2008.05.09

裁判員制度・あと1年・サンケイ新聞の記事

サンケイ新聞の連載企画【あと1年で裁判員】が完結したので資料としてまとめておきます。

以上の5本の記事で構成されていますが、一本ずつの文章が長く例えば1番目の記事は1600字もあります。
では、一気に並べてみます。

【あと1年で裁判員(1)】弁護士反発 模擬裁判の参加者は「で、何がよくなるの?」…浮かび上がる問題点

弁護士の反発あらわに…日弁連会長選挙戦“異変”

今年2月に実施された日本弁護士連合会(日弁連)の会長選。弁護士の“ボス”を決める2年に1度の選挙だが、今年は法曹関係者に激震が走った。

裁判員制度や弁護士増員など一連の司法制度改革への「反対」を訴えた高山俊吉氏が7049票を獲得、9406票で当選した宮崎誠氏に迫ったのだ。高山氏は平成18年の選挙では3698票にとどまっており、2倍近く票を伸ばしたことになる。

高山氏は元青年法律家協会(青法協)議長で、法曹界では「人権派」として知られる。これまで日弁連会長選に4回出馬しているが、過去3回の獲得票は3000~4000票にとどまっていた。今回は司法制度改革への批判票がどっと流れ込んだとみられる。

高山氏の選挙責任者を務めた武内更一弁護士は「予想された結果」と言う。「裁判員制度について全国の弁護士に無記名投票をさせたら、反対が圧倒的になるだろう。ただ、日弁連が裁判員制度を推進しているため、表立って反対できないだけですよ」

4月18日。東京・霞が関の弁護士会館で開かれた集会に、高山氏の姿があった。弁護士や市民を前に「裁判員制度は必ずつぶれる」とさけぶと、拍手がわき起こった。

日弁連の新会長になった宮崎氏は、制度に対する戸惑いが弁護士にあることを率直に認める。

ただ、「刑事裁判を改革しなければならないという弁護士も多い。これから1年で、全力を挙げて弁護士に理解を求める」と話す。

裁判員裁判で審理迅速化…だが「迅速な審理はどこかでしわ寄せが来る」

「裁判員制度の問題は審理が粗雑になること、そして、国民が多大な迷惑を受けるということだ」

元裁判官の西野喜一・新潟大学大学院教授は強調する。2月に裁判員制度実施延期の決議をした新潟県弁護士会も、この点を理由に挙げる。

「事件の7割は3日以内で終わる」

最高裁はそう説明しているが、西野教授は「迅速な審理はどこかにしわ寄せがくる」として、こう続ける。

「日本人は刑事裁判に『真実の解明』を求めている。陪審制度の米国のように、『裁判に勝つも負けるも弁護士の腕』というようなコンセンサスは日本にはない。被告、被害者双方に納得のいかない裁判になる」

また、市民からも疑問の声が出ている。3月に東京地裁の模擬裁判に裁判員役として参加した女性は「とても疲れた」と話し、素朴な疑問を口にした。

「制度を導入して、一体、何がよくなるの?」

不安は「責任の重さ」…どう払拭させるか?

最高裁が4月に発表した「裁判員制度に関する意識調査」では、4割弱が「義務でも参加したくない」と回答している。

参加に対する心配、支障で最も多かったのは、仕事や育児、介護への支障ではなく、「被告の運命が決まるので責任を重く感じる」だった。

この調査では制度への理解が深まるほど不安が解消されていく傾向が現れており、最高裁は広報活動に一層の努力をするとしている。

しかし、裁判員になれば、被告の有罪・無罪だけでなく、時には死刑にするかどうかまで判断しなければならない。

裁判員制度によって、国民はこれだけの負担に見合う“メリット”を受けられるのだろうか。

あるベテラン裁判官は「刑事裁判にかかわることで、社会の根幹を支える司法に対する市民の目が変わる。『裁判はこれでいいのか』という意識を一人ひとりが持つようになるだろう」と説明する。

一方で、裁判員制度によって裁判の真相解明機能がある程度低下する可能性も認めた上で、こう話すのだ。

「このやり方がベストなのかは分からない」

裁判員制度のスタート(来年5月21日施行)まで、あと約1年に迫った。20歳以上の国民のほとんどが、裁判員に選ばれる可能性がある。法曹三者による準備は進んでいるが、反対の声も依然根強い。この制度はどんな課題を抱え、どうすればそれを克服できるのか、検証する。

=(2)へ続く

【あと1年で裁判員(2)】「審理迅速化」の犠牲も…「精密司法」との決別

裁判員制度のスタートで消える従来の「精密司法」

「従来の法廷は記録をやり取りする場だった。その記録を眺め、判決では検察官が主張していない点まで言及する。判決を書くのに2、3カ月かかった」

あるベテラン裁判官は、これまでの刑事裁判をそう述懐する。

担当したある事件は判決までに約5年かかったという。警察、検察は犯行前の被告の行動、犯行後の被告の足取りまでしらみつぶしに調べた。その結果、事件の記録はロッカー数段分にも上った。

審理中はそのことを不思議には思わず、判決文を書く段になって初めて気が付いた。

「必要な部分は限られている。5年の審理のうち、どれだけ必要だったかと考えると、1年分ぐらいだったかな」

「精密司法」-。

起訴事実以外の被告の行動など事件の細部にまでこだわり、精緻(せいち)な立証を尽くす従来の刑事裁判の手法を、法曹関係者はこう呼ぶ。

しかし、それは時には重箱の隅をつつくような反証を招き、いたずらに審理に時間をかけるというマイナス面もあった。

その精密司法は、裁判員制度のスタートとともに過去のものとなる。裁判員となる一般国民の負担を減らすため、迅速な審理に重点が置かれるからだ。

初公判前には証拠を整理して争点を絞り込む公判前整理手続きが行われ、審理は従来より格段にスリム化される。

公判前整理手続きの重視…初公判前に「判断前提」が創られてしまう危険性も

今年3月、裁判員裁判をにらんで初公判から判決までを3日間の集中審理で行う試みが、実際の強盗致傷事件を対象に東京地裁で開かれた。

まず、公判前整理手続きで検察側の立証事実を5点に絞り込んだ。

従来なら判決までに10回程度の期日が必要だった事件は3日で終了、判決言い渡しはわずか10分程度で済んだ。想定通りのスピード審理だ。

だが、弁護人は集中審理による負担増を表明、検察側も公判前整理手続きでの争点の絞り込みに調整が必要との認識を示し、一定の課題も残した。

「約9割の事件が5日以内に終了すると見込まれる」

Up

最高裁がパンフレットなどでうたう裁判員裁判の迅速化。法曹関係者の中には、その迅速化の流れを懸念する見方がある。

「裁判員に負担をかけないということを重視するあまり、裁判官が公判前整理手続きで自分たちの視点で争点を絞り込み、公判の設計図を作る危険性が考えられる。そうなると、『有罪か、無罪か』の前提が、初公判前にできてしまうことになる」

そう指摘するのは、甲南大法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)だ。

日本弁護士連合会(日弁連)裁判員制度実施本部委員を務める岡慎一弁護士も「裁判所は短い時間で公判を終えると強調しているが、納得するまで話し合う必要のある評議もある。裁判員の負担軽減を重視しすぎて、裁判官が評議をリードして裁判所の判断に従わせる恐れもある」と指摘する。

ジレンマ…「スピードと精密性は両立しない」

公判がスピード化することで、丁寧な証拠調べができなくなるのではないか-との懸念もある。

元最高検検事で白鴎大法科大学院の土本武司院長(刑事法)は「迅速化しようとすると、ある程度精密性は犠牲になる。迅速性と精密性はどうしても衝突する傾向がある」と、双方の両立を課題として挙げる。

これに対し、ある検察幹部は「精密に捜査を行って慎重に起訴し、精密に審理して判決ということは裁判員裁判になっても変わらない」と強調する。

迅速化と精密性。双方の要請を両立できるのか。冒頭の裁判官はこう見る。

「公判前整理手続きで何が必要かをきちんと議論することで可能だ。検察官、弁護士の当事者の力量が問われることになるだろう」

=(3)へ続く

【あと1年で裁判員(3)】「守秘義務」押し付けるだけでは無理 足りない「ケア」

なぜ裁判員に「守秘義務」?…制度を機能させるための“担保”

妻「今日の評議、どうだった?」

夫「実は裁判長がね…。おっと、これはしゃべっちゃいけなかったんだ…」

1年後には、こんな会話が家庭で繰り広げられるかもしれない。

裁判員法は裁判員や、過去に裁判員を務めた人に守秘義務を課している。「評議の秘密」や、「裁判員として職務上知り得た秘密」は、生涯守らなければならないのだ=表を参照。

Up1

外部に漏らした場合には、懲役刑を含む罰則規定もある。

妻や夫、子供に話すのも「守秘義務の意義からすれば差し控えてもらいたい」というのが最高裁の見解だ。

なぜ、裁判員に守秘義務が課されているだろうのか。

最高裁は「評議でだれが何を言ったかが明らかにされれば、批判や報復を恐れて自由に発言ができなくなる」という点を挙げる。また、被害者などのプライバシーは当然守らなければならない。

このため守秘義務は、裁判員裁判を適切に進めるための重要な担保となる。

そうは言っても…人間は喋りたがる生き物

ただ、広く知られる「王様の耳はロバの耳」の話のように、秘密を握ると他人に話したくなるのは古今共通の人情というもの。

最高裁が4月に公表した「裁判員制度に関する意識調査」でも、裁判員として参加する場合の心配として「秘密を守り通す自信がない」を挙げた人は26・1%にも上った。

「秘密を生涯守るのは、そう簡単なことではない。守秘義務は裁判員経験者にとって大きなストレスになることは間違いない」

同志社大学文学部の余語(よご)真夫教授(社会心理学)は、そう指摘する。

余語教授らのグループは平成10年に、秘密の保持に関する興味深い実験を行っている。

118人の学生を対象に、恐怖心や嫌悪感を催すホラー映画のワンシーンを6分間見せた。このうち約半数の62人には「実験内容が漏れると結果に影響してしまうので、ここで見た内容や感想は今後1週間秘密にしておくこと」と指示、誓約書への署名も求めた。

1週間後、この誓約を破って実験の内容や感想を他の人に話してしまった学生は、33人(約53・2%)に上った。実に半数以上もの学生が、秘密を守れなかったのである。

“喋る”は本能…守秘義務を機能させるための制度的ケアが必要

余語教授は言う。

「人は、自分の経験や感情、考えなどを他者に開示する『自己開示』の欲求を内在的に持っている」

特に、感情経験に関する開示衝動は強く、喜怒哀楽を他者に語って共有しようという傾向があることが、近年の研究で分かってきている。

裁判員裁判で扱うのは殺人や傷害致死などの凶悪事件であるだけに、悲しみ、恐怖などの強い感情を喚起させる。悲惨な事件をめぐる評議での白熱した議論が、裁判員の自己開示衝動を刺激するのは明らかだ。

「評議で議論に負け、消化できない感情を抱えている場合なども人に話してしまうこともありうる」(余語教授)という。飲酒による影響も無視できない。

ただ、秘密は限定された他者との間で共有することによって保持することが容易になる。

「裁判員経験者が心の中を吐き出せるような相談窓口を開設するなど、生涯にわたってきめ細かいアフターケアをしていく仕組みが必要だ」

余語教授はそう提言する。

一方で、模擬裁判で裁判員役を経験した男性会社員(38)は複雑な心情を吐露する。「口が重い方ではないので、家族や友人には話してしまうかもしれない。しかし、被告のその後の人生を考えれば、そう軽く話せることではない…」

守秘義務を抱える裁判員経験者を、いかにケアしていくか-。その社会的議論はまだ、明らかに足りない。

【あと1年で裁判員(4)】仕事、通勤、育児…まだ整わぬ「負担回避支援策」

「裁判で仕事休めば、他の人の迷惑になる」

3月上旬に3日間、東京地裁で開かれた模擬裁判。

裁判員役として参加していた阿部美浦(みほ)さん(39)はこの間、夕方に模擬裁判が終わるといったん帰宅し、家事をこなした。その後、勤務先に向かい、連日、夜の10時から朝の6時まで夜勤をこなした。そして、午前9時過ぎには東京地裁に姿を見せる。

ほとんど睡眠の取れない3日間だった。

阿部さんは裁判所と職場を往復した3日間をこう振り返った。

「裁判に参加するために休めば、その間も自分の分まで仕事をする人がいる。会社には裁判員制度に向けた休暇制度がなく、有給の申請はできなかった」

中小企業の環境整備は進まず…

裁判員に選任されて裁判所に呼び出され、仕事を休まざるを得なくなった労働者に対しては、企業は解雇や降格などの不利益な扱いをしてはならない-と裁判員法は定めている。

トヨタ自動車やマンダムなどが裁判員休暇制度を設けるなど、大企業では裁判員制度に対応する動きが出てきている。

一方で、中小企業での環境整備は進んでいないのが現状だ。

東京商工会議所が中小企業を対象にした調査によると、裁判員休暇制度の導入を検討していない企業は9割に上った。

こうした企業は有給などで対応するとしているというが、同会議所の担当者は「会社や同僚への負担を思って、休日出勤をしたり残業をしたりすることで、仕事の埋め合わせをする人が多いのではないか。裁判のために休むとしても、有給を取らない場合が出てくる可能性もある」と打ち明ける。

「裁判員がスムーズに休暇を取れるよう、環境整備をしてほしい」

阿部さんは模擬裁判の最後、裁判所に対してこう要望した。

法務省は「裁判員制度は国民に行き過ぎた負担を強いるものではない」としているが、参加への環境づくりは、各企業の理解に頼っているのが現状だ。

裁判員に選任された際の負担は、何も自身の本業への影響に限ったものではない。

離島など、裁判所までの交通機関が限られた遠隔地の居住者が選任された場合、遠隔地居住というだけでは辞退事由に当たらない。日帰りができないため、泊まりがけで裁判に参加せざるを得なくなるケースも考えられる。

宿泊が必要な裁判員に対しては、地域によって8700円か7800円の宿泊費が裁判所から日当とは別に支給される。

まだまだ“不親切”なバックアップ策…法務省も「やってみなければ分からない」

とはいえ、裁判所が宿泊施設の予約や斡旋を行うわけではなく、参加者本人が宿を押さえなければならない。

「呼び出しから裁判当日までは時間もある。宿を探す時間は十分あるのでは」

法務省裁判員制度啓発推進室はそう言うにとどまっている。

また、子育て中の保護者が選任された場合、参加している間は子どもを保育施設に預けざるを得ない。厚生労働省は3月、各地の裁判所や自治体に一時保育制度を活用できるよう整備を求める通知を出した。

一時保育は、保護者の急病の際などに、保育園に通っていない子どもを預かる制度だ。

育児中の保護者が裁判員に選ばれた際、裁判所を通じて各自治体が保育施設を紹介することになるが、費用は自己負担となる。厚労省では「1日の一時保育の相場は2000~3000円。日当から十分にまかなえる」としている。

負担を強いられる国民に対し、現在のところバックアップ体勢が十分とは言い難い。

ある法務省幹部は本音を打ち明けた。

「実際にどこまで環境を整えればスムーズにいくのかは、スタートしなければ分からない。制度が始まってから、いろいろと調整すべき点が出てくるだろう」

=(5)へ続く

【あと1年で裁判員(5)完】誰だって「死刑」選ぶのは恐い 人を裁く資格と覚悟は

プロ裁判官でさえ「死刑」に逡巡する

「何かにすがらないと、プレッシャーに負けそうだった--」

大東文化大法科大学院の米沢敏雄教授(72)は昭和52年、宮崎地裁の裁判長として初めて死刑判決を言い渡したときの記憶をたどった。

被告の男は、貸金業の女性を殺害してゴミ捨て場に遺棄したとして、死刑を求刑された。事実認定は揺らがない。あとは量刑だけだった。

死刑か、無期懲役か。

米沢氏ら裁判官は死刑を選択した。

判決言い渡しの数日前、大分・臼杵(うすき)の石仏の前に米沢氏らの姿があった。米沢氏は切り立った崖(がけ)に彫り出された石仏を眺めながら、何度も自問した。

《死刑は正しい選択だっただろうか》

米沢教授は振り返る。

「人の命を奪った被告にもまた命がある。心に迷いがあったのか、自然と手を合わせていた。無心に拝むと、心がすーっと晴れていき、判決の日には迷いは吹っ切れていた」

模擬裁判参加者はいずれも「量刑判断」に悩み

来年5月から始まる裁判員制度で、私たちは初めて「人を裁く」という現実に直面する。

最高裁が今年4月に発表した意識調査では「被告の運命が決まるので責任を重く感じる」との回答が75・5%に上った。

「死刑判決にかかわるのは正直怖い。その人の人生を決めるという責任は重い。避けられるならば、避けたい」

今年4月、東京地裁で開かれた模擬裁判に参加した男性会社員(38)は話す。

昨年10月、別の模擬裁判に参加した会社員、鈴木山人さん(43)も量刑に苦しんだ1人だ。こう語る。

「裁判官と違い、量刑を決める物差しがない分、自分の価値観のみで短時間で決めてしまうのは抵抗があった。ややもすると『目には目を』の応報感情に流されてしまう」

「人を裁くこと」是認できる“理由”とは…

「1人の生命は全地球よりも重い」

昭和23年の最高裁判決の一文である。米沢氏の裁判官人生はこの言葉に導かれてきた。地裁、高裁を通じて死刑判決にも3度関与した。しかし、その思いにブレはない。事実認定や量刑に誤りはなかったと確信している。

ある日新聞で、かつて自分が死刑を言い渡した被告に刑が執行されたと知った。

言いようもないやるせなさを感じた。

「判断は間違っていない。だが気分のいいものではない」

死刑判決の宣告で、緊張の余りに声が出なくなってしまった裁判官がいた。その緊張感に耐えられないという理由で民事裁判の道を選んだ裁判官もいた。

退官後、米沢氏の元に1通の手紙が届いた。差出人は弁護士出身の最高裁判事。

法科大学院のテキストへの感想とともに俳句がつづられていた。死刑判決前の重い気持ちを詠んだ句だった。

極刑を言い渡したる日の氷雨かな

「職業裁判官としてどれだけ経験を積んでも、人を裁くことの重みは変わらない。悩み苦しむのは当たり前。ただ、だれもがそれだけの重みを感じるからこそ、被告の人生に真剣に向かい合える」

私たちに人を裁く資格があるだろうか。その重みを背負うだけの覚悟があるだろうか。

最高裁判事を務めた斎藤朔郎氏(故人)は、かつて法律雑誌に寄稿した論文にこう記した。

「人が人を裁くことを是認できるのは、裁く人が裁かれる人よりも上にあるからではない。それは、裁く人が法と証拠という客観的なものに支配されているからこそ、他人を裁くことが許されるのである」

=おわり

この連載は白浜正三、半田泰、福田哲士、森本昌彦、大泉晋之助が担当しました。

大変な大作で、このように多方面からの記事を長文で発表しているサンケイ新聞社の姿勢には、敬意を表するものです。

さて、この記事全体に問題はないか?と考えてみると、裁判員制度(裁判員裁判)の周囲をぐるぐる回っているような印象を受けます。

例えば、裁判員になると仕事を休むといった面での負担が大変だ(4回目)、との記事がありますが日本では一般市民に公的な義務が課せられるのは、選挙に一番に行った人が投票箱を確認することぐらいでしょうか?
まぁあまり無いわけです。だから裁判員になったときの負担は飛び抜けて大変ですが、負担が大変という事実への対抗軸は、裁判員制度の必要性でありましょう。

裁判員制度が必要 vs 裁判員の負担が大変、と見るべきだろうと思うのです。
しかし、この記事では裁判員制度の必要性、元をたどると「なぜ裁判員制度が決められたのか?」という点について言及していません。
むしろ1番では裁判員制度批判について色々な方面からの意見を掲載しています。

サンケイ新聞社が裁判員制度反対の立場を取るのであれば、このような回りくどい反対の根拠となるだろう事実の列挙という手段を執ることもないと考えるのです。
5番目では、結局のところ法務省や裁判所も含めて「問題の要素はあるだろうが、やってみないとわからないし、改善の余地はあるだろう」というところに納めています。
これは、サンケイ新聞社としても「現時点で裁判員制度に反対との意見表明はしない」という風に受け取りました。

結局、問題はたくさんあるよ。と指摘する記事であっても、これだけの大作になるというのはよく分かるし、その意味ではこの記事には一定以上の評価を与えるべきだと思うのですが、読者にとってはもっと踏み込んだ記事を期待するのではないのか?と思うところもあります。
特にサブタイトルが「あと1年」なのですから。

5月 9, 2008 at 01:20 午前 裁判員裁判 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2008.04.08

裁判員裁判・来年秋から本格化?

サンケイ新聞より「裁判員制度、来年5月21日に施行 法務省、政令案を公表

法務省は8日、裁判員制度の施行日を来年5月21日とする政令案を与党に公表した。政府は近く閣議決定する。

方針通り5月21日施行となれば、同日以降に殺人や強盗致傷などの罪で起訴された事件については、裁判員裁判として公判が開かれる。

初めての裁判員裁判は、早ければ7月下旬から8月上旬になる見通しだ。

裁判員法では、施行日について公布日(平成16年5月28日)から5年以内と定め、来年5月27日が期限だった。施行日を5月21日としたことについて、法務省は、

  1. 国民への周知、体制整備のためできる限りの期間を確保する必要がある
  2. 5月21日は裁判員法の国会での成立日で丸5年にあたり、施行日としてふさわしい

としている。
最高裁や日弁連も5月中旬以降を希望していた。

裁判員制度の審理対象は施行日以降に起訴された殺人、強盗致傷、危険運転致死罪などの重大事件。

すべての対象事件は、初公判前に争点を整理するための公判前整理手続きがあり、初公判の原則6週間前までに裁判員候補者に呼び出し状を送付する必要があるため、施行後、実際に裁判員裁判が開かれるのは、早くても7月下旬から8月上旬になる見通しという。

法務省はあわせて、裁判員候補者名簿の作成準備を始める期日について、今年7月15日とする政令案を公表。

同日以降、裁判員裁判を実施する各地裁・支部は管内の市町村にどれぐらい有権者がいるかを照会した上で、9月1日までに各市町村に必要な裁判員候補者数を知らせる。
裁判員候補者には今年11月以降に通知が届く予定という。

18年から始まった捜査段階での容疑者の弁護活動に国費を出す「被疑者国選弁護制度」の対象事件を5月21日から拡大するとした政令案もまとまった。現在は、殺人や強盗など一部の事件に限定されているが、拡大後は窃盗や詐欺、恐喝などの事件にも適用される。

自民党は裁判員法制定過程で、施行日の政令について閣議決定前に了承を得るよう求めていた。

与党は8日、裁判員法の施行日を来年5月21日とする政府案を了承した。政府は近く施行日を定めた政令を閣議決定する。

同じくサンケイ新聞より「裁判員制度施行日、「希望通り」と最高裁 日弁連は最大限努力

「希望通り。あとは準備を進めるだけ」。
裁判員制度を来年5月21日から始動させる政府の施行日案が8日示され、最高裁幹部らは安堵(あんど)の表情を見せた。準備の遅れが指摘されている日弁連は「最大限の努力をしていく」としている。

最高裁の小川正持刑事局長は「具体的な日にちが決まり、国民の間に制度への『現実感』が一層高まると思う。気持ちを新たにし、準備する」と述べた。今後、裁判員選任手続きや審理、評議の進め方などについて細部を詰める。

一方、日弁連関係者によると、個人加入の各弁護士会は組織で対応する最高裁や法務省・検察庁に比べ、準備が効率的に進まない。
裁判員裁判の弁護人確保や弁護技術の向上が課題で、今年1月に陪審制度の米国から弁護士を招いた研修会後、弁護技術はレベルアップが図られているという。

2009年5月21日に起きた事件が裁判員裁判になるまでの手順は、逮捕・送検・起訴・公判前整理手続,裁判員呼び出し手続、第一回公判となるのでしょうから、計算上は最短だと7月16日には初めての裁判員裁判が開かれる可能性があります。
新聞記事にある「7月下旬」というのは容疑者逮捕が5月21日であっても検察が起訴するまで時間の掛かるややこしい事件であった場合に7月29日と計算できるので、このことを指しているようです。

現実には、事件直後に逮捕・送検にならずに10日間ぐらい警察の捜査に時間が掛かるようですと、8月は裁判所も夏休みですから、9月になってから裁判員裁判が数多く開かれることになるでしょう。

4月 8, 2008 at 02:34 午後 裁判員裁判 | | コメント (1) | トラックバック (1)

裁判員裁判の難点

朝日新聞より「一審は裁判員…「市民の常識」覆せるか、悩む高裁裁判官

一審で裁判員が意見を出し合ってまとめた結論を、これまで通り裁判官だけで審理する高裁、最高裁が覆せるのはどんな場合か――。
来春始まる裁判員制度で「手つかずの最大の課題」と言われているのが控訴審のあり方だ。高裁の裁判官も悩んでいる。

「一審で決着する裁判はまれです。二審、三審は裁判官が独自に判断するのなら、一審判決は事件の決着に何の影響も及ぼさないのでしょうか」

朝日新聞社に1月、読者から寄せられた質問メールの疑問は、裁判員制度がつくられた時からの課題だ。司法制度改革推進本部の03年の議事録には、弁護士や学者らのこんなやりとりがある。

「控訴審は一審の記録の検討が中心。市民には負担が重すぎる」

「一審の内容に誤りがないかを、記録に照らして事後的にチェックすることに裁判官が徹すればよいのではないか」

結局、控訴審や上告審は裁判官だけで審理することで固まったものの、昨年7月と10月に全国から裁判官が集まった研究会では、さまざまな意見が出た。

「検察、弁護側とも一審を主戦場にするべきなのは間違いないが、結論に影響のある新たな証拠が控訴審で提出された場合は、どうするのか」

「仮に、経験則に反するとして一審判決を破棄すれば、国民の常識が反映された結論が誤っていると宣言することになってしまう」

二審で一審判決を破棄する場合は、自ら結論を出す「自判」をするか「差し戻す」かどちらかを選ぶことになる。

「有罪から無罪に変える」など被告にとって有利な変更ならまだしも、「無罪から有罪に」という判断を下すことに、抵抗を感じる裁判官は少なくない。差し戻すとなると、改めて裁判員を選び直し、一審と二審の記録を市民に読み込んでもらうなどの必要があり、大きな負担となる。

最高裁の司法研修所はいま、高裁の裁判官や若手裁判官、刑事訴訟法学者を交えたチームをつくり、「控訴審の審理のあり方」をテーマに研究を続けており、今秋には報告書を公表する予定だ。

高裁での経験が豊富な裁判官の一人は「これまでよりは当然、一審の判断を尊重することになるだろう」と話す。別の高裁裁判官は「実際に制度が始まり、一審の裁判が一般の国民にどのように受け止められるかによって、控訴審のあり方も変わってくるのではないか」と予測。まさに手探りだ。(岩田清隆)

ここまで踏み込んだ議論は今までほとんど無かったと思うのですが、いよいよ実施が近づいてくると色々と考えてしまいますね。

日本の裁判は地裁・高裁・最高裁の三審制ですが、その内容について実際的なところはあまり知られていないかと思います。

もちろん地裁の判決に不満があれば高裁に控訴審の判決を求め、それでも不満なら最高裁に上告するのはよく分かっていることです。
もうちょっと細かく考えて、高裁は地裁と同じ裁判をやり直すのが仕事でしょうか?と考えてみます。
それでは単に二重にしているだけになってしまって意味がありません。地裁と高裁は役割が違っていて当然です。

建前として、地裁(第一審)で全ての事実が法廷に出されて、審理した結果が判決になります。
もちろん判決に不満がある側は「地裁の判断がおかしい」とするわけで、高裁はこの「おかしい」について審理するのです。

だから、地裁と高裁では判断するところが違っています。
こういうことを踏まえて、新聞記事を読んでみるとわたしが重要だと思うのは

二審で一審判決を破棄する場合は、自ら結論を出す「自判」をするか「差し戻す」かどちらかを選ぶことになる。

差し戻すとなると、改めて裁判員を選び直し、一審と二審の記録を市民に読み込んでもらうなどの必要があり、大きな負担となる。

つまり、差し戻しするよりも高裁が自判した方が良い、とするかどうかという問題が出てきそうです。
もちろん、差し戻し審で新たに集められた裁判員は、記録を読んで改めてやり直しの判決を出すのでかなり大変な作業になるでしょう。

こうなりますと、裁判員裁判制度の広報で「3日で判決」とか言っているように進むのが、現実的には無理という場合(裁判)も出てきそうです。
いくら迅速に進めるとしては「結論が出せないから打ち切り」には出来ませんから、裁判員裁判でも「予想外の長期審理」というのはありうることだと思います。

現在のところ、新聞記事のように「差し戻し審をどうする」とか「予想外の長期審理にどう対応する」といった、「起こりうる事柄」についての検討が十分ではないと思います。
一応の目安ぐらいは出しておきませんと、裁判員が全員ストライキといったことが起こるかもしれません。

4月 8, 2008 at 11:03 午前 裁判員裁判 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.02.07

連日開廷が通常に

読売新聞より「初公判から判決まで「連日開廷」…東京地裁、4月から

来年スタートする裁判員制度を前に、東京地裁は今年4月以降、殺人など対象となる全事件について、初公判から判決までを原則数日間で終わらせる「連日開廷」とする方針を固めた。

国民が参加する裁判員裁判の約9割は連日開廷で5日以内に終えると想定されているが、同地裁は、プロの裁判官による現行刑事裁判でこれを前倒しすることで、制度の順調な滑り出しを図りたい考えだ。

来月上旬、東京地検と東京の3弁護士会との協議会で正式提案し、協力を求める。

裁判員裁判の対象となるのは殺人や傷害致死などの重大事件で、最高裁によると、2006年には全国で3111件、東京地裁では388件。初公判から判決までの平均審理期間は6か月だが、被告が否認している事件では1年以上かかるケースも少なくない。

これを3~5日で終えるため、同地裁はまず、初公判前に検察、弁護側の主張を整理して争点を絞り込む「公判前整理手続き」を全対象事件に適用する。06年にこの手続きがとられた対象事件の平均審理期間は1・3か月に短縮された。

さらに、証拠や証人の数を減らしたり、証人尋問などを効率的に行ったりすることで、連日開廷を実現させたいとしている。

同地裁の方針について、ある検察幹部は「全く異論はない」と、前向きの姿勢を示す。カギを握るのは弁護士側の協力だ。組織的な対応ができる検察と違い、各事件を個々に担当する弁護士にとって、連日開廷となれば、その間、他の弁護士活動が全くできなくなるなど大きな負担がかかる。

このため、国選弁護人を複数つけたり、公判前整理手続きの進め方や開廷時期などで弁護士側に配慮したりするなど、負担軽減が図られることになりそうだ。

同地裁の刑事裁判官は「裁判員制度が始まれば連日開廷は避けて通れない。本来、審理計画は個々の裁判官の判断に任されるが、制度がスムーズに開始できるよう、すべての刑事裁判部が連日開廷を目指すことで一致した」としている。

裁判員制度については以前から強い関心がありました。
これは、昔からえん罪というか裁判官の判断力が工学系の問題について常識外れであったりすることに驚いていたからです。

つまり、陪審員制度の導入が適当かと思っていたので、裁判員制度にも賛成していたのですが、段々と現実になってくるにつれて「大変だな」と思うようになっています。

その一つが「連日開廷」で、2005年ぐらいからいくつかの裁判を継続的に傍聴し関係者の説明を個人的レベルで聞いたりしていると、法定外のでの仕事が莫大であることが分かりました。

開廷のたびに前回の法廷での相手側の証拠などについて反論をしないと意味がないわけで、そのための資料作成など準備作業があるわけです。

その時間を取ることが出来るのか?

確かに、手続のための手続といったケースもなきにしもあらずのようですが、そういうムダを排除するとしても、本当に連日開廷できるぐらいに公判前整理手続で真実を追究できるか?と感じます。

だからこその裁判員制度一年前の実験なのでしょう。これは注目しなければいけません。

2月 7, 2008 at 09:19 午前 裁判員裁判 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2007.11.15

取り調べDVDが証拠不採用

読売新聞より「録画から「任意性に疑い」と調書却下、大阪の殺人未遂公判

大阪地検が取り調べの様子をDVDに録画し、殺人未遂罪で起訴した大阪市西成区、無職蓮井一馬被告(88)の第4回公判が14日、大阪地裁であった。

蓮井被告は捜査段階で自白調書を作成されたが、公判では殺意を否認しており、西田真基裁判長は前回の法廷で上映されたDVDの録画内容から「取調官による誘導や誤導があった。任意性に疑いがある」として、検察側による自白調書の証拠請求を却下した。

裁判員制度を控え、検察当局は裁判員の負担を軽減し、自白の任意性を判断しやすいよう取り調べの録音・録画を試行。公判でのDVDの証拠採用は全国で4例あるが、調書の却下につながったのは初めて。

起訴状によると、蓮井被告は5月、自宅アパートで、共同トイレの修理を巡って住人男性とトラブルになり、果物ナイフで胸などを刺して約3週間のけがを負わせた。公判では、自白調書の任意性を判断するため、検察、弁護側双方がDVDを証拠請求した。

DVDには、自白調書の内容を確認する様子を約35分間にわたって録画した。検察官から「殺そうと思ったのは間違いないね」と聞かれ、蓮井被告が「間違いないです」と認める一方で、「殺そうとは思わんけど」と殺意を否認したり、調書の内容について「わかったようなわからんような……」と言葉を濁したりする場面も収められている。

西田裁判長は「殺意を否定しようとしたのを無視し、調書に沿う供述をするまで質問を続けた」と指摘。「高齢で聴力が著しく低下しているのに早口で次々に質問し、被告に不利な内容を押しつけていた疑いがある」などと批判した。

蓮井被告の弁護人で、「日本弁護士連合会取調べの可視化実現本部」副本部長の小坂井久弁護士は「裁判員制度で、録音・録画が任意性を判断する有力なツールになり得ることが証明された」としている。

どういう意図で検察がDVDを証拠申請したのか分からないというのは、モトケンさん(矢部弁護士)も述べています。
素人考えとして、検察が取り調べ状況の映像を証拠申請するのであれば「強要など問題のある取り調べはしていません」と証明すると思っていたので「全取り調べ状況を示すしかないだろう」と考えていました。
その場合「何時間にも及ぶ映像記録をどうするのか?」とも思っていて検察が抵抗するのも当然か?と思っていたら意外とあっさりと出てきたので「どういう意味なのだ?」とちょっと不思議に思っていました。
そうしたらちょっと前に落合洋司弁護士がこんな記事を紹介して解説しています。
中日新聞より「裁判員が自白調書の任意性を判断・最高裁研修所の研究結果判明

最高裁司法研修所(埼玉県和光市)による裁判員裁判の在り方に関する研究結果の骨子が10日判明し、自白調書の任意性が争われた場合、裁判員が認めない限り証拠採用しない方針が示されることが分かった。裁判官は検察側、弁護側双方の任意性立証を解説したり、自分の考えを説明したりしないことも盛り込まれている。

研究結果の骨子は「裁判員裁判のイメージを示したもの」(最高裁刑事局)とされ、実務上の指針となりそうだ。また骨子は、富山などの冤罪(えんざい)事件で注目されている取り調べの録画を「有効な手段」と評価し、本格導入を促す可能性もある。

司法研修所は本年度、東京地裁などの裁判官計5人に「裁判員制度の下における大型否認事件の審理の在り方」に関する研究を委嘱し、10月までに骨子がまとまった。

骨子によると、まず裁判員裁判の基本的な考え方として

  1. 法廷での供述・証言に基づき審理する「口頭主義」を徹底する
  2. 審理時間を大幅に削減し、公判に立ち会うだけで必要な判断資料が得られるよう工夫する
  3. 裁判官室で供述調書などを読み込む従来の方法は採らない
-などと指摘した。

続いて被告が捜査段階の自白を翻して起訴事実を否認し、捜査段階の自白調書は任意の供述か、取調官の強要によるものかが争われるケースに言及。これまでは取調官の尋問や被告人質問などが長く続き、裁判官が全供述調書を証拠採用した上で供述の変遷を検討して判断してきたが、裁判員裁判では「こうした手法は採り得ない」との見解を示した。

取調官の尋問について「供述経過を証言させ、任意性などの肯定判断を得ることは期待すべきでない。尋問も30分-1時間程度(主尋問)で終える場合に限る」とし、検察側に取り調べ時間、場所などのほか容疑者の体調も含めた経過一覧表の作成も求めている。

その上で自白調書の証拠採用に裁判員が同意する必要性を示し「捜査の実情に関する裁判官の理解を前提にすれば任意性を肯定してもよいケースでも、裁判員が確信する決め手がない場合(検察側は)任意性立証に失敗したと考えるべきだ」と付言した。

この最高裁研修所の発表に対して、落合洋司弁護士は

「供述経過を証言させ、任意性などの肯定判断を得ることは期待すべきでない」ということになると、常識的な意味での「任意」(刑事訴訟上の「任意」は常識的な意味では使われていないので)とは言えない取調べがあったと判断されれば、供述調書の取調べ請求が次々と却下されるということが起きる可能性が高いでしょう。正にその点を、上記の通り、「捜査の実情に関する裁判官の理解を前提にすれば任意性を肯定してもよいケースでも、裁判員が確信する決め手がない場合(検察側は)任意性立証に失敗したと考えるべきだ」と指摘しているものと思います。

この研究成果は、現行の捜査、特に被疑者取調べに対し、大きな変革を求めるものと言っても過言ではなく、その意味には極めて重いものがあります。

諸外国における取調べ改革(可視化など)を尻目に、改革を怠り従来の制度に安易に依存してきたツケが、ここに来て一気に噴出してきた、と言っても過言ではないと思います。

との見解を発表されています。
そこで、改めて最高裁研修所の発表を読んでみると

取調官の尋問について「供述経過を証言させ、任意性などの肯定判断を得ることは期待すべきでない。尋問も30分-1時間程度(主尋問)で終える場合に限る

これに注目が行くわけで、それを落合弁護士が

供述経過を証言させ、任意性などの肯定判断を得ることは期待すべきでない」ということになると、常識的な意味での「任意」
(刑事訴訟上の「任意」は常識的な意味では使われていないので)
とは言えない取調べがあったと判断されれば、供述調書の取調べ請求が次々と却下されるということが起きる可能性が高いでしょう。

と書かれていることから、結局のところ今までの自白の任意性の争いでは、取調官と被告のどちらが信用できるのか?という「雰囲気を争っていた」という意味じゃないのか?と思ったのです。

自白が客観的に見て証拠能力があるのか?という問題であれば、取り調べそのものに立ち会うわけにはいかないのだから、映像記録を残すぐらいしか手がないと思っていたのですが、実は自白の信用性について客観的な判断ではなくて、自白の真実性について争っている検察と被告とのどちらを信用するのか、という間接的な手法で判定していたということになるのでしょうか?

であるとすると、今回の裁判で検察が35分のDVDを出してきた意図も「取り調べは妥当な範囲です」という雰囲気の証拠だったのかもしれません。
いくら雰囲気が妥当でも被告の意志が定まっていないのでは、検察が有罪の証拠とすることは出来ないでしょう。
その点をモトケンさんは

検事の取り調べ技術が下手くそだったのではないか。
何のために録画するのか、という問題意識のピントがずれていたのではないか。
検察官は本件の立証の柱をどう考えていたのか。

などの疑問が頭に浮かびます。

とコメントされています。
刑事裁判だけではなく民事裁判においても一般社会の常識からはすぐに思いつかない(よく考えると妥当であっても)ヘンな「お約束」があります。
わたしは、この何年間か複数の裁判の応援をしてきたので段々と「お約束」の存在やその意味を理解できるようになってきましたが、刑事裁判においても裁判員制度がこれらを分かりやすくすることは全体にとっては良いことかもしれません。

11月 15, 2007 at 10:51 午前 裁判員裁判 | | コメント (1) | トラックバック (1)

2007.10.12

裁判員裁判では量刑にバラツキ

サンケイ新聞より「裁判員裁判、量刑に開き 同一シナリオでも無期~懲役16年 (1/2ページ)

今年に入って全国35カ所で行われた模擬裁判員裁判で、起訴事実は最高裁が作成した同一シナリオで証拠もほぼ同じであるにもかかわらず、判決が懲役16年から無期懲役まで開きがあることが、最高裁のまとめで分かった。

一般市民が有罪・無罪だけでなく量刑まで決めるのが裁判員制度の特徴。職業裁判官による現在の裁判では量刑のばらつきは少ないとされるが、市民感覚を量刑にも反映させる裁判員制度では、受け止め方で大きな差が出る特徴が浮かび上がった。

今年2~8月、全国35カ所の地裁(支部を含む)で行われた模擬裁判では、最高裁が作成した同じ設定の事件を題材にした。
男性被告が、タクシー運転手の男性をナイフで刺して死亡させ、約8700円を奪ったとして起訴され、被告は事実関係を認めている-というシナリオだ。

起訴罪名は、地裁ごとに強盗殺人罪と強盗致死罪に別れている。しかし、両罪とも法定刑は「死刑または無期懲役」。酌量によって「懲役7年以上30年以下」にまで減刑できる点も同じ。

各地裁で同じ事件を審理したにもかかわらず、最も軽かったのが懲役16年(1地裁)、最も重かったのが無期懲役(8地裁)と、大きな開きが出た。最も多かった量刑は、懲役20年(9地裁)。そのほか、懲役30年(8地裁)、懲役28年(1地裁)、懲役25年(6地裁)、懲役23年(2地裁)だった。

最高裁は、ばらつきについて「被告役、証人役の演技力に差がある」などの点を挙げ、「ある意味当然」としている。

一方で別の見方もある。シナリオは今月1~3日に東京地裁で行われた模擬裁判でも使われたが、熱演した被告役が終了後、裁判員に「演技は判断に影響したか」と質問。裁判員は「あまりなかった」と答えている。

裁判では、事実認定に加え、被告にとって有利な事情と不利な事情を加味して量刑が決められる。職業裁判官にはケースの似た事件を審理した経験などから、量刑は「だいたいこの辺になる」という“相場観”が形成されているという。

東京地裁の模擬裁判の評議では、職業裁判官3人は「無期懲役は重すぎる」と判断。量刑は懲役25年が2人、「20~30年の範囲」が1人だった。一方、裁判員の量刑は無期懲役1人、懲役30年2人、懲役25年3人とばらつきが見られた。結局、判決は裁判員法の規定により懲役25年となった。

ベテラン裁判官は「今までの相場はプロの裁判官が作ったもので、裁判員裁判がこれに影響された量刑でいいのかという問題がある。裁判を重ねることで、新たな相場が形成されるのではないか」と話している。

バラツキがどのような形なのか表にしてみました。

量刑35ヶ所の地裁中
懲役16年(1地裁)3%
懲役20年(9地裁)26%
懲役23年(2地裁)6%
懲役25年(6地裁)17%
懲役28年(1地裁)3%
懲役30年(8地裁)23%
無期懲役(8地裁)23%

東京地裁での模擬裁判では、3人の職業裁判官の判断は、懲役25年が2人、「20~30年の範囲」が1人ですから、裁判員裁判の判決バラツキの中央になって正に平均値です。

そういう視点でこの表を見てみると、量刑を重くする方向と軽くする方向に大きく分かれていて、正にバラツキが大きくなるわけですがこれこそが社会が現在の刑事裁判制度に漠然とした不満を持っていた理由の表れではないでしょうか?

また、裁判員裁判ではその時々の社会の風潮がダイレクトに反映されのではないかと思います。
現在の社会の風潮は、先行きの不透明感などから重罰化を求めているのは明らかで、社会の風潮が重罰化を求めているときに、判決に反映しないのであれば裁判員制度の意味はないとも言えるでしょう。
日本の刑法では、量刑の相場という言葉があるとおり、量刑は機械的に決まりません。
このために、現在の職業裁判官だけが判決する裁判制度においても長期的には相場は変化していますし、そのことで法律改正も進んでいます。

こんなことを考えると、社会のその時々の判断が判決に反映するのは必要なことであると思います。
見方によっては「ボツネタ」氏(岡口裁判官)がおっしゃるように「現実にも,ラッキーな被告人やアンラッキーな被告人がでてきそうですね。」となりますが、これも「何に比べて」「いつに比べて」なのかということになるでしょう。

量刑の相場があるのですから「今どきこんな事件に以前からの相場では」という判断があって量刑の相場が変化してきたことは間違えないでしょう。
その辺かの速度を裁判員裁判は大きく変えることになると思います。それを「行きすぎだ」となるのかどうか、これはやってみないと分からない。

現実の被告にとっては、期待する量刑のどこら辺の判決になるのか分からない、ということあるでしょう。

その面で「ラッキー」と「ガックリ」に分かれるのは容易に予想できますが、これはすぐに「裁判員裁判では判決はこの位の範囲になる」と幅をもった表現に変わると考えます。

スッパリ言えば「裁判員裁判では量刑にバラツキが出る」と考えるのが現実的でしょう。

10月 12, 2007 at 09:42 午前 裁判員裁判 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2007.08.16

裁判員制度対応で自白調書を不提出に

東京新聞より「自白調書、不提出も 裁判員対策で最高検試案

市民が刑事裁判の審理に加わる裁判員制度に備え、最高検は15日までに、捜査・公判対策の「試案新版」を作り、「任意性、信用性に問題がある自白調書は、疑問を抱かれたときのダメージが極めて大きく、証拠提出しないという選択もあり得る」との方針を打ち出した。

自白調書は、任意性などを否定されて無罪判決につながるケースもあるが、これまでは「ほかに取って代わる明確な証拠があれば別だが、よほど信用性に問題がある場合を除けば自白調書を証拠請求してきた」(検察幹部)とされてきた。
提出自体の回避は従来方針の転換となる可能性もあり、捜査や公判の実務に影響を与えそうだ。

最高検は昨年3月に旧版の試案を公表。その後の法曹界の議論や模擬裁判などを踏まえて大幅改訂し、より実践的な指針として新版を作成した。

新版は、有罪への疑問を抱かせかねない立証を控える一方、犯行の悪質さを訴えるため被害者を効果的に尋問することなど、裁判員に与える印象を重視した点が特徴。
(共同)

「本当かよ?」と思ってしまう報道ですが、自白調書の任意性が否定されて無罪になった事件では、自白調書の内容自体だけで無罪になった例はさすがにないでしょう。

ほとんどの場合が、自白調書が信用できないとする他の証拠との評価で自白調書が信用できないとなっているでしょうから、そのようなケースであらかじめ自白調書を出さないと決定したとすると、公判では捜査自体が違法であったとするような展開になりかねないから、自白調書を出さないから有罪に持ち込めるということならないのではないか?

つまりは最高検が問題だと考える「自白調書に疑問を抱かれたときのダメージが極めて大きい」とは他の裁判へのダメージのことで、問題の裁判では検察が負けることは必然、という事なのだろ。

なんかヘンではないか?と感じます。
裁判全体を問題にしているのではなく、検察の権威=面子を潰さないことを目的にしている、と言われても仕方ないのではないか?

法律の権威は、明らかにすることで保たれているのだから、公開裁判が全世界で支持されている。 何かを公開しないで隠すことは、裁判=法の権威を多少とも傷つけることになると思うのだが。

むしろ、日弁連が主張している「取り調べ全てのビデオ記録」を使う方が実際的ではないだろうか?

8月 16, 2007 at 10:25 午前 裁判員裁判 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.05.24

裁判員制度、問題がゾロゾロ

読売新聞より「裁判員制度、裁判長から死刑選択の可否質問も…諮問委答申

2009年に始まる裁判員制度に向け、最高裁の刑事規則制定諮問委員会は23日、裁判員の日当を上限1日1万円とするなど裁判員制度に関する規則案をまとめ、最高裁に答申した。

裁判員の選任手続きでは、呼び出しを受けて裁判所に来た約30人の候補者の中から、事件を審理する6人の裁判員が選ばれる。

候補者への質問は原則、全員に対して個別に行われるが、まず、予断や偏見なく審理出来るかどうか判断するため、〈1〉事件の被告や被害者と関係があるか〈2〉自分や家族などが類似の犯罪の被害に遭ったことがあるか〈3〉事件のことを報道などで知っているか――などを聞くことになる。

さらに、死刑の可能性がある重大事件では、「有罪とされた場合、法律で定められた刑を前提に量刑を判断出来ますか」「どのような犯罪であっても、絶対に死刑を選択しないと決めていますか」など、死刑制度に対する考え方を確かめる質問もされるという。

裁判員候補者に対する質問案については、法曹3者の中には、もっと候補者の家族構成や学歴、職歴、裁判員としての心構えなどにも踏み込んで聞くべきだとの意見もあったが、裁判員の負担軽減を考え、ぎりぎりまで質問数を絞り込んだ。

わたしは裁判員制度について、当初から賛成でしたが実施が近づくにつれてドンドン問題が出てきて「本当に出来るのか?」という感じが強くなってきています。

今回発表された内容もちょっと「???」です。整理すると

  • 30人の裁判員候補を裁判所に呼び出す
  • 1人ずつ面接する
  • 事件の被害者・加害者と関係があるか
  • 自分や家族が類似の犯罪被害に遭ったことがあるか
  • 事件のことを報道で知っているか
  • 量刑を判断できるか
  • 死刑を選択できるか
  • 4人までは検察・弁護側が裁判員になることを拒否できる。
  • 最終的に6人の裁判員を選任する

これを実行するのにどれほどの時間が掛かるのでしょうか?
そもそもこれを一日で全部終わらせることが出来るのか?

8時間として(そんなに時間は掛けられないと思う)480分、30人で割ると1人16分。
各種手続きを考えると、1人の面接に割ける時間は数分でしょう。

そもそも、上記の内容を一律に面接で聞くとして、その結果の反映は一律になるとは思えない。
特に「類似の犯罪被害に遭ったことがあるか?」について、YES であれば裁判員として不適格とするのは合理的と言えるのか?
まぁ被害に遭ったとなれば、相応に思い込みがあると断ずるのは当然かもしれないが、被害に遭わなくても思い込みがある例は幾らでもあるだろう。
わたしは、裁判員制度すなわち一般市民が判決に関わる必要があると考えた理由の一つに、裁判官の知識が社会の常識とずれている場合にどうするのだ?という問題が意識がありました。

特に技術的あるいは専門家の領域の知識については、裁判所が選任した鑑定人の意見を無批判に採用したりしていないのか?といったところが問題だと思っています。
裁判員制度で改善が期待できるのがこういった面であるとすると「思い込みがあった方が良い」とも言えるわけです。

冷静に考えるとえらく難しい問題であるのは明らかですが、これを「同種の犯罪被害に遭ったことがあるか? YES or NO を聞いただけで判定できるのか?判断の意味があるのか?」とは思うわけです。

「量刑の判断が出来るか」については聞くだけムダだと思う。
元の記事では「有罪とされた場合、法律で定められた刑を前提に量刑を判断出来ますか」となっているが、この質問に対して「判断できません」というのはどういう人を想定しているのだろう?逆に「どんな場合でも絶対に正確に判断できます」と返事できる人は居るのだろうか?
まして「刑の相場はどうなっているのだ?」は以前から問題になっています。「判断できません」という回答の中に少なからず「相場は分からない」が入ってしまう可能性がある、おそらくは「相場の判断については問題にしない」となるとは思いますが、そんなことを面接時間数分の間で説明や議論が出来るとは思えない。

こんな風に問題点を考えた場合、30人の候補から6人を選ぶことについて、何日も掛かるようだと実際の裁判を開くのがいつになるか分からない、ということになりかねないのではないか?と危惧します。

読売新聞の別の記事を紹介します。「同一被告複数事件の「部分判決制」成立…裁判員制へ法改正

2009年に始まる裁判員制度に向け、複数の事件で起訴された被告の裁判を事件ごとに分離し、それぞれ別々の裁判員が審理する「部分判決制度」を盛り込んだ改正裁判員法が22日、衆院本会議で可決、成立した。

今回の改正は、1988~89年に幼女4人を次々に殺害した宮崎勤死刑囚の裁判のようなケースを想定している。
この裁判では四つの事件を順々に審理したため、1審の死刑判決まで7年かかった。
裁判員制度で同じ方法をとると、裁判員の負担が大きくなる。

このため、導入される部分判決制度では、例えば、被告がA、B、Cの三つの事件で起訴された場合、裁判官が裁判を三つに分離する決定をし、それぞれ別の裁判員を選ぶ。
裁判官はすべての審理を担当する。

この法律改正については、わたしが読んでいる法曹関係者の記事にかなり明確な批判が出ています。

元検弁護士のつぶやき

●裁判員制度の「部分判決制」
誰が考えたのか知りませんが、かなり無茶苦茶な制度のように思います。

ボツネタ

裁判員法 施行もされていないのに 改正法が成立
最初の法案が,よく考えず,とりあえず,成立させたものだっていうのが,よくわかりますね。

こういうニュースと合わせて読むと「現行の法体系に裁判員制度だけ取って付けてもダメだろう」となりますが、これは以前から指摘がありました。

1年前の記事ですが「裁判員制度・自白を考える」で、落合弁護士の記事を紹介しています。

自白に依存した立証が多用される制度(正に「自白の重要性」が語られる、我が国の現行刑事司法です)においては、自白の任意性(証拠能力)、信用性(証明力)の評価が極めて重要にならざるを得ず、そういった評価を裁判員に強いるのは、極めて困難(ほとんど不可能)であるというのが、私の率直な意見です。

この問題は、

自白に依存した立証を多用させる刑事実体法の
内容によるところが大きく、
本当に裁判員制度を実効性のあるものにしよう
とするのであれば、
刑事実体法を大改革し、
犯罪成立上、客観的な要素を中心に据えて、
犯罪体系を構築する必要があるでしょう。
その点を放置したまま、裁判員制度を導入しても、裁判官や検察官、弁護士(いずれも専門教育を受け職業として刑事裁判に携わっている)ですら認定に悩む自白の任意性、信用性を、裁判員に的確に判断しろ、というのが無理というものです(例外はあると思いますがごく一部でしょう)。

各地で、裁判員制度を想定した模擬裁判が行われているようですが、やればやるほど、こういった本質的な問題を解決しないまま制度だけを作ってしまった問題点が深刻化するだけではないかと思います。

と述べていらっしゃいます。

おそらくは、問題のかなり多くがここに集中するのですが、実は法律の構成に「犯意」が入っているので、今度は法律全体を変えないとダメだとなって、それでは法律の基になっている文化についても検証が必要だ、となりますから「百年河清を待つ」でも出来ないことでしょう。
一方で、法律も国内や国内の文化だけに立脚していればよいという時代は終わりつつあって、刑事罰や裁判のあり方について世界中が相互に批判しているのですから、何らかの世界的な文化水準に合わせた法的判断の標準化、といったことが求められているのも明らかです。
ドンドン話は大きくなっていきますが、これが現代なのでしょう。

5月 24, 2007 at 09:57 午前 裁判員裁判 | | コメント (6) | トラックバック (1)

2007.05.05

裁判員の心得だぞうで

東京新聞より「証拠と常識で判断 裁判員に審理前説明へ

2009年から始まる裁判員が加わった刑事裁判で、裁判長が審理に先立ち、裁判員に口頭で説明する内容のモデル案が4日、明らかになった。
「法廷の証拠だけに基づき、常識に従って判断する」「報道情報で判断しない」「意見は裁判官と同じ重み」「務めた印象は話しても構わない」などと裁判のルールや注意事項が並んでいる。

裁判員への説明は、裁判員法で「裁判長は最高裁規則で定めるところにより、権限、義務その他必要な事項を説明する」と規定されている。最高裁は規則で「立証責任の所在」「証拠主義」などと大枠を示し、具体的内容は各裁判所に任せる方針。

裁判員はこうした説明を了解し「公平誠実に職務を行う」と宣誓する。

今回のモデル案は東京地裁を中心に作成され、諮問委員会準備会で法曹三者(最高裁、法務省、日弁連)や法学者らからも意見を聴いた。モデル案は23日に開かれる最高裁規則制定のための諮問委員会で報告され、全国の裁判官に配布される予定。

この記事は、東京新聞、中日新聞に載っていて、共同通信の配信です。
共同通信が配信して、新聞社の中で一社だけ取り上げた場合には後から訂正があったりするのですが・・・・

まぁこういう説明にならざるをえないでしょうねぇ。
しかし「常識に基づき判断する」だけでは「報道情報で判断しない」というのと「世評を判断基準にするかしないか」が矛盾しませんかねぇ?
さらに言えば、あまり無いかもしれませんがたまたまその事件の問題について極めて専門的な知識の持ち主が裁判員になっていたらどうするのか?

現行のプロの裁判官だけが判決する、という仕組みが誇張して言えば「裁判官は世間知らずだが、判決そのものは平均値に収まる」(判決には保守的安定がある)とは言えると思います。
わたしはその点について批判的であるから、一般市民が判決に加わる方が良いと考える者ですが、それは「判決(裁判)の不安定性」とか「裁判官+裁判員の構成が当事者にとって不公平になることがある」に直結します。

逆に言えば「今までと同じ裁判結果ではない」ことは明らかであるし、裁判員制度の導入そのものの目的がこれであった。

であるのなら「報道情報で判断しない」とだけ言い切れば済むことなのだろうか?
証拠の採用については自由心証であるから、裁判官と裁判員の知識によって証拠採用は決まるわけで、知識が自力で判断するほどのレベルではないから「報道情報で判断しない」というのは良く分かるが、その逆に「報道情報よりも深く知っている裁判員」が参加している場合には証拠採用も大きく変わる可能性があります。
つまり「報道情報で判断しない」では説明になっていない、と感じるところです。

今まで、トンデモ裁判として記事にされたものの中に「裁判官の常識欠如」が幾つもあります。
つまり「常識に従って判断する」という「常識」とはナンなのか?となりそうです。

5月 5, 2007 at 02:22 午後 裁判員裁判 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2007.05.03

裁判員が自信を持って良いわけがない

読売新聞より「裁判員制度、最高裁長官が「自信持って参加を」と呼びかけ

最高裁の島田仁郎長官は2日、憲法記念日を前に記者会見し、2009年に始まる裁判員制度について、「制度の認知度や参加意欲も少しずつ上がっている。制度開始前にさらに多くの人が前向きな気持ちになれるよう、環境整備に総力を挙げて取り組みたい」と抱負を述べた。

昨年12月の内閣府調査では約65%が参加の意思を示す一方、半数以上が「責任が重い」などの理由で不安を感じていると回答した。この点について、島田長官は「裁判官と十分に意見交換をして、一緒に結論を出すのだから心配ない。自信を持って参加してほしい」と呼びかけた。

なんか違和感のある発言だと思っていたら、落合洋司弁護士がガッチリと批判しています。

弁護士 落合洋司 (東京弁護士会) の 「日々是好日」より「[話題][裁判制度]裁判員制度、最高裁長官が「自信持って参加を」と呼びかけ

この話を聞いて、「そうか、心配ないんだな、自信を持とう」と思うような人は、人の運命を左右する裁判員になる適性に問題があるおめでたさ、安易さの持ち主と言えるでしょう。

この問題の深刻さを、このような安易な発言でごまかそうとする最高裁長官も、長官としての資質に問題があるのではないかと思います。

わたしは裁判員制度に当初から賛成していますし、今でも反対ではありません。
その理由は、いくつかのトンデモ裁判やトンデモ法曹関係者の情報に接して「社会に対して畏れを持たない司法は無いだろう」と感じたからです。

少なくとも社会に畏れを持っているのであれば、刑事裁判に自信を持って参加しちゃいかんでしょう。
これは職業裁判官だって同じ事だ。

最高裁長官がこんなコメントを出すような状態だから、社会が裁判に関わるべきだと。
裁判を信用しなくなったのだと。

遠因はこういうところにあるのだと思う。

5月 3, 2007 at 01:22 午後 裁判員裁判 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2007.04.21

裁判員の呼び出し免除期間

読売新聞より「多忙期は裁判員に呼び出さず…年2か月免除を最高裁が検討

裁判員の選任手続きで、特定の期間だけ参加が難しいという裁判員候補者に対し、年2か月を上限とする呼び出し免除期間を設ける方向で、最高裁が検討していることが分かった。

昨年10月から今年2月に約5600人を対象に行ったアンケート調査の結果を踏まえたもので、国民の負担を軽くする一方、なるべく多くの候補者を確保するには年間2か月程度が妥当と判断した。

最高裁が昨年11月に公表した選任手続き案では、毎年、選挙人名簿から1年分の候補者(約37万人)をくじで選んだ後、全員に「調査票」を送付し、

〈1〉農繁期や企業の決算期など特定の期間だけ参加困難
〈2〉重病で年間を通じて参加できない

などの事情を把握。個別事件の候補者になった段階で、それぞれの事情に応じて呼び出しを免除するとしていた。
その際、参加困難な「特定の期間」をどこまで考慮するかが検討課題となっていた。

その他、転勤時期が集中する3月・4月をどうするのか?という問題はあるでしょうね。
4月には裁判官も異動が多いので、3月中に結論を出してしまう、あるいは次年度に引き継ぐといった決断を裁判長がしているのは、民事裁判ではよく知られているところです。
裁判員裁判では「数回の審理で結審」が目標ですから年度末といったことには対応できるということかもしれませんが、裁判員は集めにくいでしょう。

こんな事情が積み重なって、アメリカでは陪審員になる人たちの層が固定化してしてしまい、弁護技術としてそういう陪審員層にアピールする方向に向いてしまう、といったことが起きているようです。

多くの人が関わる制度ですから、やってみないと現実にどんな問題が出てくるのかは分からないでしょうね。

4月 21, 2007 at 08:57 午前 裁判員裁判 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2007.04.08

模擬裁判員裁判・福岡

毎日新聞より「裁判員制度:「裁判員役」の市民、量刑判断に負担の声--死刑求刑の模擬裁判 /福岡
9年5月までに始まる裁判員制度の模擬裁判が5、6日、福岡地裁であった。
タクシー運転手1人が殺害された強盗殺人事件で死刑求刑された被告人に「更生可能性がある」と懲役30年を言い渡す結果となったが、裁判後の座談会では裁判員役の市民から「判決後も心理的負担が残りそう」など不安の声が上がった。

地裁によると、内閣府の世論調査で裁判員となった場合に量刑判断について不安を感じる人が多いという結果があるため、どのような工夫をすれば負担を軽減できるかを知るために死刑求刑事件を題材にしたという。

模擬裁判後の座談会では、裁判員役の市民から「同種事件の量刑をまとめた資料を早めに渡してほしい」「論告や弁論は本当に分かりやすさを意識しているのか疑問」との指摘が出た。
さらに「これが本当の裁判なら一生背負っていかないといけない。かなりきつい」との本音も漏れていた。【木下武】
これは新聞記事をそのまま受け取るとちょっとヘンですね。
裁判員役の市民から「判決後も心理的負担が残りそう」など不安の声が上がった。
心理的な負担が残らないような判決なんてあるはずがないでしょう。
例えば心理的負担が大きいから死刑判決を回避する、と言ったことが現れるかもしれないけどそれも裁判への市民参加の一つの形でありましょう。
「裁判員裁判だからこの判決になった」という意見がが当然出てくるでしょうが、それを言えば「○○裁判長だからこんな判決」という話は以前からあります。裁判は極力公平を目指してはいるでしょうが、結果が絶対に公平なものとは言えないし、同種の事件ついての評価も時代によって変わって行っています。
裁判制度が変わることによって、判決の傾向が変化することは大いにあることでしょう。

福岡地裁(高裁)が
どのような工夫をすれば負担を軽減できるかを知るために死刑求刑事件を題材にしたという。
というのは大変に意欲的な取り組みで高く評価するべきでしょう。
裁判員制度が明らかになってすぐ「2日間で判決出来る」という話になっていたから「無理だろう?」と思っていたのですが、公表されいる模擬裁判ビデオ(ドラマ)ですら、いつの間にか3日以上になっている。
例えば、昼間に裁判員が裁判所に「こういう判例を整理して持ってこい」などと資料請求をしたとすると、請求された相手である裁判所は夜の間に処理しないと連日開廷は出来なくなります。
もちろん、その間に裁判員が資料を読む時間もない。

早い話が素人の裁判員が連続開廷できるように資料を整理して提示できるとは思えない。
現実的に出来そうなのは、週一回ぐらいのペースになってしまうのではないだろうか?
それだと、仮に4回の公判があったとして丸々一月間は拘束されてしまうし、資料を読む時間をどうやって捻出するのか?
裁判員が裁判所の事務職員の交替を要求する、といったケースにも対処できないとことは進まないように思う。

4月 8, 2007 at 10:24 午前 裁判員裁判 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.03.08

被害者参加制度

サンケイ新聞より「裁判への「被害者参加制度」 一部被害者が「反対」要望書
犯罪被害者や遺族らが刑事裁判に参加して被告人に直接質問などができる「被害者参加制度」に絡み、導入に反対する一部被害者や弁護士らが7日、「被害者と司法を考える会」を設立し、法務省に要望書を提出した。
同制度の導入を盛り込んだ刑事訴訟法改正案が今国会に提出されるのはほぼ確実だが、同会は「現行制度案では公判で被害者が加害者側から攻撃される恐れがある」などとして導入に反対している。
「被害者に手厚い司法」をめぐり、被害者や関係者の受け止め方が多様であることを物語る動きといえ、制度導入に向け今後も議論を呼ぶことになりそうだ。

法制審議会(法相の諮問機関)は2月、被害者参加制度と、被害者が刑事裁判の法廷で民事上の損害賠償を請求できる「付帯私訴制度」の導入を答申。
法務省は「被害者参加制度」と被害者が刑事裁判の法廷で民事上の損害賠償を請求できる「付帯私訴制度」の導入に向け、閣議決定を経た上で刑訴法改正案を今国会に提出する予定だ。

法案が成立すれば、来年の秋から冬には制度が始まり、一般国民からくじで選ばれた裁判員が裁判官とともに刑事裁判の審理に参加する裁判員制度(21年5月までに導入)より先行することになる。
しかし「被害者と司法を考える会」は7日の要望書で、「制度を選択した場合、公判で加害者側から攻撃される二次被害、選択しなかった場合は被害者感情を過少にとらえられる危険性が予測される」と問題点を指摘。
その上で、(1)事件直近から被害者を支援する弁護士を国費で付ける(2)裁判員制度の導入後に被害者参加制度を加えた模擬裁判を実施し、導入すべきプランを複数用意した上で議論する-などを提言している。
この記事は、3月7日に「被害者と司法を考える会」が要望書を出したというものですが、旧知の山下幸夫弁護士が3月4日に「刑事裁判に犯罪被害者や遺族が直接参加する制度を認めることができるか?」を書いています。
犯罪被害者や遺族が、刑事裁判に出廷して検察官の横に座り(要綱では明確にされていないが、そのようになることが予想される)、証人尋問、被告人質問、求刑を含む意見陳述を行うことによって、日本の刑事裁判は大きく変質することになる。

それは、刑事裁判の場に、犯罪被害者や遺族の「怒り」を持ち込むことを認め、その結果、刑事裁判が「闘いの場」となって、冷静で公平な審理が期待できなくなることを意味している。
特に、2009年から開始される裁判員制度においても、被害者参加制度が実施されることから、普通の市民である裁判員に強い影響を与え、混乱を招くおそれがある。

政府は、お互いに市民同士である犯罪被害者や遺族と加害者を、直接に刑事裁判の場で対峙させ戦わせることによって、より被告人に対する厳罰化を進めるとともに、犯罪被害者や遺族に対する経済的な支援を行うことなく済まそうとしているのであり(「安上がりな刑事政策」)、犯罪被害者や遺族が政府に不満の矛先を向けないように目を逸らさせようとしていると考えられる。
被害者(遺族)が法廷に出て何かをすることにどれほど意味があるのか以前から疑問に思っていましたが、こんな意見が実際の被害者から出て来て驚いています。

被害者が一律に法廷に出たいとは思わないでしょうから、裁判の公平性という点でも大問題でしょう。
もちろん完璧に公平ということはないわけですが、検察・弁護・判事という形はどんな刑事裁判でも揃っていて、手続きが文章中心だとの批判はあるものの手続き自体はどの裁判でも同じ。
検事・弁護士・判事の個性によって例えば証拠書類をどの程度用意するのかといった裁判の質の面ではそれぞれの裁判で違うわけですから、この段階で完全な公平ではないと言えます。

これに裁判員制度が入ってくると、裁判員の個性はバラバラですから判決がバラつくことにはなるわけで、それは社会一般が「裁判員制度が良いよ」とすれば「判決のバラつきも社会的に許容される範囲内」ということでしょう。

それぞれの裁判で証拠そのものの提出の仕方が違うのは当然で、その中には「証人による証言(証人尋問)」も違うわけです。
証人については検察・弁護・裁判所がそれぞれコントロールしていて証人は基本的には「聞かれたことについてだけ回答する」立場ですから受け身なわけです。