2009.11.17

教育委員会は教員に大学院卒業資格を要求しない

毎日新聞より「教員養成:「6年制化」29教委が反対

民主党政権が掲げる教員養成の6年制化について、毎日新聞が全国の都道府県と政令市の計65教育委員会に賛否を聞いたところ、約45%の29教委が「反対」と回答した。6年制化は、医師並みに6年かけてじっくり育てることで「教員の質」の向上につなげるのが狙いだが、実際に教員を採用する教委側の理解が得られていない実態が浮き彫りになった。

今月上旬、全国の支局を通じて各教委の採用担当者らに聞き取りや書面で取材。
6年制に(1)賛成(2)どちらかと言えば賛成(3)どちらかと言えば反対(4)反対--の四つの選択肢を示して尋ねた。

その結果、秋田県や静岡県などの

  • 5教委が「反対」
  • 24教委が「どちらかと言えば反対」と回答
  • 「賛成」はなく、「どちらかと言えば賛成」も岩手県や京都府などの6教委にとどまった。
  • 残る30教委は「具体的な制度設計が不明」などとして賛否を示さなかった。

6年制化で経済負担が増えれば「教員志望者が減少する」と不安視する声は教育関係者の間に多く、アンケートでも最多の27教委が反対理由(複数回答)に挙げた。次いで、多様な人材確保が難しくなる(20教委)▽4年間でも質の高い教員養成は可能(18教委)▽受け皿となる大学院が不十分(17教委)--の順だった。

一方、「どちらかと言えば賛成」と答えた6教委のうち、4教委が「質の高い教員を養成するには4年間では不十分」を理由に挙げ、群馬県教委は「教師に求められる役割が多様化する中、教員志望者にはより充実した研修が必要」と指摘。

賛否を示さなかった教委は「現段階ではメリットとデメリットが不明」(石川県教委)などとして、来年度から議論が始まる制度設計に際して、広く教育現場の意見を聞くよう求める声が目立った。
【井上俊樹】

まあこんなものでしょうね。

全国の都道府県と政令市の計65教育委員会が対象ですから、基本的には直接管轄しているのが県立高校だとなります。
とは言え、人事は例えば東京都では教育委員会は各区にあって、小中学校の教員を監督していますが、教員の身分は東京都職員であり、区内では無くて都内の学校が転勤の範囲になっています。

どこをどうやると、教員資格に大学院卒業を義務づけると何かが変わるのか?という発想なのかが分かりません。

別に教員だけではなく、普通の会社員ですら学校での教育が職場のキャリアーに直接影響しているところは数える程ですよ。

法科大学院卒業は、いまや司法試験を受ける資格として不可欠にしましたが、法科大学院を卒業しても司法試験に合格を保証したり、法曹資格を得ることにはなりません。
実務教育が資格取得を保証するという観点で見ると、自動車教習所とか航空大学校のような、学校内でフルイに掛ける、予備検定を実施する方を主力とするべきだと考えますが、法科大学院はそのようなことをしていません。

教員に大学院卒業を義務づけるというのも、単に驚異になる手間を増やすだけの手続でしょう。
結果として、教員志望の学生がより勉強する可能性はありますが、保証にはならない。

では、一般企業では大学での教育をどのように評価しているのか?と言えば、20年ぐらい前は機械メーカーでは技術系の学生だけを採用して、その中から経理担当者を自社で十何年も掛けて養成するとか、ゼネコンでは建築士の数を外部に知らせるために、まず建築資格を優先して採用して仕事は全く建築設計には関係ない仕事をさせる、といったことをやってきました。
簡単にまとめると、企業は大学の教育を直接的には考慮していない。

逆に、大学での実務教育が「成果」を挙げているとされるアメリカでは、新卒者が持っている実務能力が高いからという理由で、勤続何年の社員が全く落ち度無しでも解雇される世界になっています。

学校での実務教育が、本当に会社に役立つのであれば、人事に直接影響して当然なのです。
しかし、上記のように日本では学校と社会(会社)を一種の絶縁状況に置いてきたのですから、突然「実務教育が必要」と言い出すのは、木に竹をつぐようなものでしょう。

法科大学院も、自動車教習所と同じで予備司法試験を実施して、卒業できないから放校という制度をさいようすれば実務教育と言えますが、現在のところ法科大学院も文科省のルールですから成績評価が相対評価になっています。

法科大学院が、全体として毎年必要とされるの法曹人口(の予測)の何割増しかだけ絞って、全法科大学院の共通テストで足切りをしてしまえば良いわけです。
法科大学院を法律を漠然と勉強する、法学部の延長であるとやっていると「法科大学院卒・法曹資格無し」の卒業生を量産することになります。

結局ところ、実務を考えないで、教育だけやっているのに、看板を実務教育に切り替えているというべきでしょう。

11月 17, 2009 at 11:23 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2009.11.14

学校の統廃合の問題

東京新聞より「公立学校の廃校5千超える 92年度以降、少子化が直撃

廃校となった公立の小・中・高校が、文部科学省が調査を始めた1992年度から昨年度までに5259校に達したことが14日分かった。

最近は年400校を超え、少子化が直撃した形。同省は廃校の転用を進めるが、自治体の財政負担も重く使い道が決まらないケースも多い。
コミュニティーの中心だった学校の再活用は大きな課題だ。

文科省によると2000年度以降、廃校の増加ペースが速まり、04年度は579校と最高を記録。

08年度は449校が廃校になり、1992年度からの累計で5千校を突破。
全国で小学校3485、中学校1048、高校726が廃校となった。

都道府県別では、北海道の584校が最多で、次いで東京336校、新潟260校の順となっている。

過疎地域だけでなく、高齢化が進むベッドタウンなどを抱える大都市でも増加が目立っている。市町村合併に伴う統廃合も進んでいる。

廃校を他の用途に利用する動きは一部で進みつつある。

美術館(栃木県那珂川町)や自然学校(三重県大台町)のように文化施設へ再利用しているほか、地ビール工場(北海道ニセコ町)やドジョウ養殖(鳥取県日南町)など、生産拠点に衣替えするケースもある。

なんかこの記事は、文科省が学校を統廃合することについては全く問題が無く、その後の跡地利用だけが問題だ、と文科省がリリースした内容をなぞっているような印象です。

先日、沼津市の小学校でもの作り教室を実施して来ました。

これが、来年度から統合予定の3小学校の合同授業の一環として実施されました。
この事自体は事前に聞いていたのですが、3つの小学校と一つの中学校を統合(?)して、現在の中学校の場所にまとめるのだそうです。

つまり4つの学校を一つにする。

おそらく、通学範囲の端と端の距離は直線で4キロを超えます。しかも沼津市内ですが伊豆半島よりなので、道路が海岸沿いの国道だけなのですね。小学生が歩いて通うのは無理だし、自転車だって危険です。

そうなると、スクールバスの運行が一番現実的となるわけですが、日本ではまだスクールパスは一般的ではない。

現在でも、地域によっては小学生が徒歩一時間を掛けて通学しているところありますが、交通路が危険であるというのでは、それも出来ないでしょう。
今後このような問題が続出してくるだろうと思っています。

結局は、「疎」になるとは、このような事が先に起きるのですね。

11月 14, 2009 at 10:49 午前 教育問題各種 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2009.11.06

日本をバカにしている文科省

読売新聞より「中退率など大学公表を…文科省が義務化狙う

文部科学省は5日、国公私立大学に公表を義務づける教育情報の項目を盛り込んだリスト案を中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)大学分科会の部会に示した。

5分野、計17項目からなり、大学側が積極公表してこなかった「中途退学(中退)率」や「在学者数」などが含まれる。

受験生らの指標にしたい考えで、さらに項目を精査し、年度内の大学設置基準の改正を目指す。

リストで示されたのは、教育の質を向上させるため、大学が積極的に公表すべき情報で、「教育」「学生」「組織」「経済的枠組み」「学習環境」の5分野。

例えば、「学生」の分野で示された「中退率」は、入学後の進級の厳しさを示す一方、不本意入学の多さなどにもつながるデータで、経営に直結するため大学が出したがらないのが実情だ。

このほか、収容定員との差し引きで定員割れの実態が分かる「在学者数」、推薦入試やAO入試での入学者数が分かる「入試方法別の入学者数」など、リストには大学側が公表に消極的だった情報が含まれた。

教育情報の公表は大学設置基準などで規定されているが、具体的な公表項目は各大学の判断に委ねられているのが実態。

大学運営の基礎となる学則を公表している大学は41%(文科省調べ)に過ぎず、「説明責任を果たしていない」との批判もあった。

なんというか、文科省のバカさ加減が透けて見えるという印象です。

文科省の何が悪いと言って、教育全体を「授業を受ければ資格が取れる」というところに集約してしまったことだろう、と思っています。

一見すると「(卒業)資格が取れればOKだろう」と感じますが、人生は学校教育だけで終わるわけではないから、資格を取っても全然OKじゃないのが社会です。

また、社会としても卒業資格だけを新社会人に要求しているわけではない。

そうなると、文科省が管轄する教育とは社会に対するサービスの一つであって、そのために国民が教育をどう利用するのか?という視点が必要だとなります。
その中には、中退・再入学といったことも当然必要でしょう。

大学が、全員入学で卒業するのが1/10になるとか、入学試験が極端に難しいが、卒業生は確実に社会的な資格(医師・弁護士・パイロット)などになる、といった学校もあって良いでしょう。

要するに、社会とのインターフェースを文科省が決めること自体が不適切です。

文科省がやるべき事は、むしろ学校の財務信用状況の公開などではないでしょうかね? 大学がどうあるべきかを決めている「大学設置基準」なんてものは、ドンドン最低限必要事項だけに減らして行くべきでしょう。

11月 6, 2009 at 09:55 午前 教育問題各種 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2009.10.15

教員養成6年制以前の問題の方が重大でしょう

毎日新聞より「教員養成制度:民主新制度、教員養成課程6年に 経験10年で1年研修

民主党政権が導入する新たな教員養成制度の概要が分かった。

大学院修士課程(2年)の修了を教員免許取得の条件とし、養成課程は計6年に延長。教育現場で実習する総時間を現行の2~4週間から1年程度に増やす。

また、10年程度の現場経験を積んだすべての教員が、大学院などで1年程度研修を受け「専門免許状」を取得することを事実上義務化する。

早ければ11年にも関連法案を成立させ、新制度に移行する。

鈴木寛副文部科学相は14日の政策会議後、報道陣に「来年度、教育現場と教員養成現場から意見を聞き、相当精力的に検討する。拙速にはしない。教員に不安を与えないようにしたい」と話した。

10年ごとに教員に30時間の講習受講を義務付ける教員免許更新制度は、今年度スタートしたばかりだが、新制度移行後は専門免許制度に吸収される。
鈴木副文科相は「(受講の実績は)専門免許取得時に単位換算するなどの配慮をする」との方針を示した。

新制度の核になるのは全国24校の教職大学院。教育学部だけでなく他学部卒業生も受け入れ、実習を中心とした2年間のカリキュラムを組む。

教育現場での実習は大学1年の段階から長期的に実施できるか検討する。
「小1で出会った子が小6になるまで成長を見守るのが理想」(鈴木副文科相)という。

教職大学院は現職教員再教育の場にもなる。

専門免許は「学校経営」「教科指導」「生活・進路指導」の3種を想定し、各コースで高度な実務能力を養う。

文科省は47都道府県に教職大学院を最低1校設置したい考えで、指導教員確保や能力向上、カリキュラム見直しなどを急ぐ。
来年度実施予定の更新講習は縮小せず、3コースを意識したものへの変更を促す。

民主党は「教員の質と数の充実」をマニフェストに掲げたが、教職員定数について文科省は、来年度概算要求に5500人の増員を盛り込むことを決めた。

前政権下で8月に行った要求と同じ人数。今後、11年度以降の大幅増員と少人数学級の実現を目指し、複数年度にわたる定数改善計画を策定し、採用のあり方も抜本的に見直す。【加藤隆寛】

◇「金持ちだけ先生に」/「強い意志、質高まる」

教員養成期間の2年間の延長には、教員志望の学生や採用する側の教育委員会などから「負担が大きい」「教員希望者が減るのでは」と懸念する声が上がっている。

早稲田大学の教員志望者でつくるサークルの代表で、教育学部3年の豊田昂希さん(21)は「6年間に延ばして何を学ぶことになるのかも、はっきりしない。
現在の学部の教育の質を高めることが先決ではないか」と疑問を示す。

同じサークルで1年の柴田直樹さん(20)は「経済的負担が増えることが心配。金持ちだけが先生になれるということになれば問題だ」と指摘する。

東京都教委も「採用後4年間、一人前の教師に育てるための独自の研修システムがすでにある。

今のままで十分」(選考課)と延長に否定的な立場。

団塊世代とその直後の世代の教員が今後10年間、毎年2000人以上退職する都教委にとって、教員の確保はただでさえ懸念材料だ。「教育学部を避けたり、教員になることをあきらめたりする学生が増えれば元も子もない」と語った。

鈴木副文科相は、志望者が減少するとの指摘に対し「年10万人強が免許を取得し、実際教員になるのは2万人強。
6年制にすればより強固な意志を持った人たちが教員を目指すことになり、実習で受け入れる側の熱意も高まるだろう」と説明している。【井上俊樹】

まるで法科大学院の構想そのままです。

そもそも、現在求められている「教育の質の向上」は教員養成制度の問題なのか?という視点が欠落しているように見えます。
おそらくは、大学院を義務づけるというのはフィンランドの例のパクリではないのか?と思いますが、外国でも教育がうまくいっているという国の事情を聞くと、教員の負荷の軽減と教育技術の向上に集中できるように研究を義務づけるといったことがセットになっているようです。

実際に学校の組織にはかなりいびつなところがあって、教員なのか事務員なのか区別がつかないような状況になっています。
例えば、学校全体・学年全体の授業計画の調整といった仕事は不可欠ですが、これは事務の仕事でしょう。それが、職員室に事務の人がいない。

実験や実習といった準備や後片付けといった作業は、大学の例で考えると助手の仕事ですが、高校以下では助手の制度がない。

現在、神奈川県立学校では教育委員会で成績の集計をしていますが、これが全部IT化されました。つまり個々の先生は成績を集計をPCで行うべきなのに、先生にPCをようやく渡すようになった。
必然的に、紙に集計した成績をPCが得意な先生に渡して代理入力させる、というのが多かった。

小中高は現在でも最大級だと一つの事業体として1000人ぐらいが集中しているわけで、地域で見ると最大級の企業ともいえる存在です。
そこに、管理運営のための総務部門が存在しない、その状況でIT化を進めたから、情報の先生がルータの管理からケーブル張までやっています。

その上、だれも問題にしないのが「部活の顧問」なんて事があります。
先生が古き良き先生だった時代は遙か何十年も前の事であって、特に情報化社会で事務のIT化から生徒の携帯電話問題といったものが、新たに付け加わっているのに、文科省は何もしてこなかった。

そのあげくに「教員養成の6年制」と言い出したわけです。
いったそれで何がどうなるのだ?

わたしは、法科大学院の失敗は文科省にあると考えています。

法科大学院は実務者(法曹人)の養成機関だと思っていたので、例えばパイロットの養成などと同様に、絶対評価によって有資格者を選別するものだと思っていました。
現在の法科大学院の成績表は相対評価です。

法科大学院内で相対評価をするから、司法試験の合格者が極端に少ない法科大学院が出てきてしまう。
校内では成績上位だが、外部では通用しないという学生を早めに排除した方が、本人のためにも良い事でしょう。

つまり文科省が法科大学院でも相対評価としたのがかなり重大な問題なのですが、絶対評価をするのであれば、これは法務省の管轄になるのでしょうね。

教員養成は法科大学院よりはマシかもしれませんが、現在学校が要求されている多彩な人材の供給や、学校のスタッフ部門の拡充、人事管理の問題、教職者の固定化問題などに教員養成の6年制で対応できるようには見えません。

10月 15, 2009 at 09:55 午前 教育問題各種 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2009.10.14

教員免許更新制度の停止

朝日新聞より「教員免許の更新制、10年度限り 文科省方針

教員を続けるために10年に1度大学などで講習を受け修了することを義務づけている教員免許更新制をめぐり、文部科学省の政務三役は13日、10年度限りで廃止する方針を固めた。

制度は今春始まったばかりだが、現場にはかねて「教員としての技量向上に効果があるかどうかは不透明」「ただでさえ忙しい教員がさらに疲弊する」という批判がある。

文科省が同日開いた有識者との会合でも批判的な意見が強く、制度を続ける必要性がないという判断を固めた。

文科省は、現在の制度下で講習を受講しなくても免許が失効することがないよう、11年1月の通常国会で関係法令を調整する考えだ。

教員免許更新制は、安倍晋三政権の目玉として設けられた教育再生会議などが提案。

幼稚園から高校までの教員が対象で、制度化に当たって文科省は「最新の知識技能を身につけてもらうことが目的」と説明してきた。

ただし、現場には不満も多く、民主党は今年7月、無駄な事業を洗い出す「事業仕分け」の中で、廃止すべきだとの結論に至った。

教員の数は、ざっと100万人ですから、毎年10万人を大学で講習会を受けさせ、試験をして免許を更新するわけです。
これが自動車運転免許のように、30分の講習とかいうものではなく、何日間かなのですから、それほどの負担を負ってもやることなのか?となります。

一方で、教員になって以来、19年間も児童に性的ないたずらをし続けていた教員が居るのですから、これはなんとかしなくてはいけない。

要するに、免許更新は良いとしても、その手段の問題でしょう。
そして、現実問題として免許更新制度では無理だ、ということですね。

現在の教員の仕事は、かなりヘンなことになっていて、外国の例と比較すると「どういうことだ?」というところが多々あります。

わたしが感じる、教員とその周囲の問題には以下のような点があります。

  1. 専門的な学科の授業もこなせる教員を要求するから、万事に素人の教員になっている。
  2. 授業以外の仕事が多すぎる
  3. 逆に、授業が出来ると、授業以外が出来ない教員でも通用してしまう。
A はわたしが関わっているキャリアー教育関連が代表ですが、教員の仕事は就職した時点で、教員の職から変わることがありません。
ほとんどの職場は、営業をやったり、人事をやったり、倉庫番になったり、と職種が変わりますが、教員は教員から変わりません。

このように特殊な職業の人が、生徒に仕事について語る方が無理、というものです。
その他、理科の実験や音楽といった事についても「教員としてレベル」でしか見ていない、子どもたちから見ると専門家の驚嘆するような授業を受けることが出来るチャンスを奪っている、とも言えます。

B 教員が、クラブ活動での事故の刑事責任を問われたりしています。
元々が授業の専門家として仕事に就いた者を、授業外のことについて、刑事責任を追及できるというのはどんな考え方なのでしょう。
さらには、実験など準備と後片付けといったことが必要な授業でも大学のように助手が準備する、といったことはほとんどありません。

最近大問題になりつつあるのが、学校のIT化で教員にIT専門家を要求するから、情報の先生が校内にケーブル張の工事をしたりしています。
どう考えても、ネットワーク機器のメンテナンスなどが片手間で出来るわけがないのですが・・・。

授業以外のことを増やして、授業の内容が薄まっているとも言えます。

C は極めて深刻な話です。
AやBで示した問題の解決策の中に、社会人講師や学校ボランティアといった外部の人と学校が協力して行く、といったことが徐々に実現しているのですが、外部の人間はほとんどがビジネス経験者ですから、ビジネス上の手順で進めるのが簡単なのですが、教員の多くはそれが分からない。

言葉を変えると「社会人失格な教員が居る」というのが現実です。
困ったことに、教員の評価基準には社会人としての能力評価は全くありませんから、教員としては別に問題ないとされてしまいます。

良い事も悪いこともひっくるめて、教育界の現場が一般社会とは全く別の世界になっている事こそが問題で、それを教員免許の更新でなんとかしよう、というのは無理でしょう。

10月 14, 2009 at 09:44 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.09.27

ブラックベリーを子供に与えるという選択

サンケイ新聞より「【社会部オンデマンド】ブラックベリーなぜフィルタリングできないの? 海外プロバイダー対象外 今後導入も

「娘が誕生日プレゼントに携帯電話『ブラックベリー』が欲しいというのでNTTドコモの販売店に家族で出かけましたが、この機種はフィルタリングが利用できないというのです」
=埼玉県新座市、主婦(匿名)

オバマ大統領も愛用

インターネットが利用しやすく、複数のメールアドレスを管理できるなどの機能を備える携帯電話はスマートフォンと呼ばれ、ビジネスマンらに人気だ。高解像度のスクリーンとキーボードが特徴のブラックベリーはドコモが販売するスマートフォンの1機種で、オバマ米大統領が愛用していることでも知られる。

質問を寄せた女性は、中3の娘がオバマ米大統領のファンでもあることからブラックベリーの購入を希望していたが、アダルトサイトや違法行為を誘発するサイトに接続できないようにするフィルタリング機能がないことから、購入を断念したという。

携帯電話各社には18歳以下の利用者に対し、アダルトサイトや違法行為を誘発するようなサイトに接続できない「フィルタリングサービス」を提供する義務が法律で定められているのに、こうした事態はなぜ起きるのだろうか?

ドコモスマートフォン事業推進室の松野亘さんによると、携帯電話でインターネットサイトを見る場合、必ずインターネット・サービス・プロバイダ(ISP)を通って接続される仕組みになっている。フィルタリング利用が申し込まれた携帯電話は接続先のISPで識別され、見られるサイトに制限がかけられる。

松野さんは「パソコンにはそれぞれにフィルタリングソフトを入れることでアクセス制限がかけられますが、携帯電話の小さな端末にはソフトを入れられないため、ISPでフィルタリングをかけます」と話す。

ドコモでは、「i-mode」「moperaU」という2つのISPで携帯電話のフィルタリングを管理。しかし、ブラックベリーは機能の特殊性から製造元であるカナダのリサーチ・イン・モーション社(RIM社)のISPに接続するため、ドコモでフィルタリングをかけることができない。また、世界各国の携帯電話がアクセスするRIM社のISPで、日本の携帯電話の一部だけにフィルタリングをかけるには技術的ハードルも高いという。

18歳未満の利用30人程度

今年4月、「青少年が安全に安心してインターネットを利用できる環境の整備等に関する法律」が施行された。この法律では、インターネットに接続できる携帯電話の使用者が18歳未満の場合、フィルタリングサービスを提供しなければいけないと定めている。

総務省の担当者は「青少年が有害情報を閲覧する機会が少ないものは、利用実態を踏まえて判断するよう政令で定めています」と話す。そのため、「ブラックベリー」については、(1)ISPをカナダのRIM社が管理しているため法律の適用ができない(2)ビジネス向けのモデルで青少年の利用は少ない-ことから、フィルタリング規定の対象外と判断しているという。

一方、ソフトバンクが米国から輸入しているスマートフォン「アイフォーン」については、(1)ソフトバンクのISPを通ってネット接続している(2)アプリも豊富で青少年に人気-などの理由から、総務省と協議した結果、フィルタリングサービスを提供している。

ドコモによると、「ブラックベリー」は平成18年9月から法人向けに発売を開始。その後、自営業など個人のビジネスマンのニーズが高まったことを受けて、今年2月からは店頭でも販売を開始した。ドコモの調べでは、18歳未満の利用者は全国で約30人(0・1%未満)だが、“オバマ効果”で問い合わせが増えており、今後は18歳未満の利用者の増加も見込まれる。

ドコモ経営企画部の東原弘さんは「国内で法律ができたことや、顧客層を広げるためにもフィルタリングは必須。RIM社とは、日本の顧客向けにフィルタリングを提供できないか検討中です」と説明。店頭では現在、フィルタリングの対象外であることを説明し、フィルタリング機能の希望者にはほかの機種を勧めている状況だ。(石川有紀)

産経新聞はマイクロソフトのポータルサイト「MSN」内に設けられた『相談箱』と連携し、「社会部オンデマンド」を始めました。
日常生活や日頃触れるニュースの中で感じた疑問点などをお寄せください。
取材のプロである社会部記者が徹底調査し、報告します。

窓口は、MSN産経ニュース(http://sankei.jp.msn.com/)から「産経新聞『社会部オンデマンド』」▽社会部Eメールnews@sankei-net.co.jp▽社会部FAX 03・3275・8750。

記事の表題にある【社会部オンデマンド】とは、読者の投稿(相談)を元に取材し記事にするという、会話型の記事作りですからネット上で賛否を闘わせるのは当然でありましょう。

今回の「子供にブラックベリーを買ったら・・・・」というのは、わたしが以前から主張している「学校が子供用携帯電話を指定するべし」との対策を実施した場合には、ブラックベリーがフィルタリングできないではなくて、スマートフォンはすべて対象外になるはずですから、問題にならなかった。

フィルタリングが子供の携帯電話問題の解決に一番有効なのか?と考えると、違うだろうと強く思うのです。
だから子供用電話(実物がある)にしてしまった方が有効でしょう。

そういう前提で記事を読んでみると、面白いです。

ドコモ経営企画部の東原弘さんは
「国内で法律ができたことや、顧客層を広げるためにもフィルタリングは必須。
RIM社とは、日本の顧客向けにフィルタリングを提供できないか検討中です」
と説明。店頭では現在、フィルタリングの対象外であることを説明し、フィルタリング機能の希望者にはほかの機種を勧めている状況だ。

  1. 顧客層を広げる
  2. フィルタリングが必要
  3. 子供用電話は二の次

という論理ですね。

逆に言えば、この記事の元の質問をした「埼玉在住の主婦の家庭」は、この携帯電話会社の戦略に踊らされている、とも言えるでしょう。

  1. 子供用携帯では無くて
  2. フィルタリングが掛かる機種を指定せず
  3. ブラックベリーが良いとして
  4. 後からフィルタリングをすれば良いと考えた

ですよね、これはなんというか「全体を考えてのことですか?」と聞いて見たいところです。
子供にどういう携帯電話が良いのかではなくて、ブラックベリーが欲しいというのでは、結果は別にしても、スタートの方向性としてかなり危うい選択になっている、と感じるところです。

9月 27, 2009 at 10:47 午前 教育問題各種 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2009.09.26

電子黒板で何するの?

日テレニュースより「電子黒板で模擬授業 文科相らが機能を確認

補正予算の全面見直しが進む文科省では、大型デジタルテレビに特殊なペンを使って画面に書き込む電子黒板(一台70万円)の導入が焦点の一つになっている。

川端文科相らは25日午前から文科省内で模擬授業を受け、どのようなものかを体験した。

川端文科相らは、教員の経験もある官僚から小学校の英語の模擬授業を受け、電子黒板の機能などを確かめた。

こうした学校のIT化事業は補正予算で2000億円が計上されており、電子黒板だけでも90億円に上るとみられる。

鈴木副大臣が24日に「現場の優先順位として電子黒板なのか」と発言するなど、導入について見直される公算が大きくなっている。

電子黒板だけで90億円とはいかにも強引すぎると思いますが、学校は大人数を扱いますから安い物でも数が増えて総額では大変なことになったりします。

8月にロジクールのウェブカメラ Qcam Pro 9000を買いました。
狙いは、学校の授業で手元のモノなどをPC+プロジェクター経由で生徒に見せる事です。

8月に行った、品川区立図書館でのもの作り教室では、非常にうまく機能しました。
ウエブカメラなので、三脚に固定しがたい(ネジがない)ことが問題ですが、

フォーカス10cm~∞ (オートフォーカス)
画像センサー300万画素
ビデオキャプチャー最大300万画素(1600×1300)
静止画キャプチャー最大800万画素(ソフトウェア処理による)
フレームレート最大30フレーム/秒
露出自動(マニュアル設定可能)
ホワイトバランス自動(マニュアル設定可能)
レンズカールツァイスレンズ
F値*2.0
画角(映る広さ)75°

という性能は、プロジェクター経由で説明するのにはまずまず使用に耐えます。
問題は価格で、実売価格が9000円ぐらいなのだから、90億円の予算があれば100万台用意できます(笑)

小中高生の総数は約1400万人ですから学級数は70万以下でしょう。
学校でのプロジェクターの普及は、一つの学校では2~数台でしょう。とても全学級に普及するとは言いがたい。

もちろん、遮光が難しい(冷房がないから)など色々と問題があって、プロジェクターだけあれば良い、とは言いがたいのですが電子黒板よりも先生の手元を見せる9000円のカメラの方が有効じゃないのか?と強く思うところです。

9月 26, 2009 at 01:30 午後 教育問題各種 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2009.09.19

教育政策の大疑問

朝日新聞より「教員養成課程の6年化検討へ 教員の質向上策の一環

川端達夫文部科学相は18日の記者会見で、民主党が総選挙のマニフェストで掲げた「教員養成課程の6年制化」を含めた教員の質向上策について、近く検討に入ることを明らかにした。川端文科相と副大臣2人、政務官2人による政治主導で行うという。

教員養成課程6年制の制度設計をはじめ、自公政権が始めた「教員免許更新制」の効果の検証など、教員の質をどう向上させるかの基本方針を話し合う。官僚には、ここで決まった方針から具体的に指示するという。

日本の教育費は国際競争力の観点から増加するべきなのです。

サンケイ新聞より「【教育】教育への公的投資 日本再び最下位 GDP比

経済協力開発機構(OECD)は、加盟各国の2005年国内総生産(GDP)に占める教育への公財政支出割合について調査結果を発表、日本は前年よりも0・1ポイント減少し3・4%で、データ比較が可能な28カ国中で最下位だった。

調査は国と自治体の支出総額が対象。日本は03年も最下位で、04年はワースト2位。先進国最低の教育投資について文部科学省は「GDPは伸びたが、少子化の影響で公立学校の教員数が減り、給与支出や施設整備費が減ったことが背景にある」としている。

調査結果によると、28カ国の平均は5・0%。1位は7・2%のアイスランドでデンマークの6・8%、スウェーデンの6・2%が続き、北欧の国が上位を占めた。下位3カ国は日本のほかスロバキアとギリシャ。

教育段階別の公財政支出でみると、小中高校までの初等中等教育では、日本は2・6%で下から3番目。大学などの高等教育は0・5%で各国平均のほぼ半分となり最下位だった。

教育費全体に対する私費負担の割合は、日本は31・4%。韓国、米国に続いて3番目に多く、公的投資の少なさを私的支出で補っている実態があらためて浮かんだ。

日本の私費負担は、義務教育では1割だが、幼稚園などの就学前段階は55・7%、大学などの高等教育段階が66・3%と高く、家計を中心にした負担に頼っていることがうかがえる。

文科省は今年7月に初めて策定した教育振興基本計画で、10年後に公財政支出をGDP比5・0%まで引き上げる目標を明記しようとしたが、財政再建を目指す財務省の強い反発から、見送りとなった経緯がある。

この対策として、教員の質の向上を目指すべきで、教員養成に6年化は一つの選択肢とありでしょう。

しかし、どんな組織でも同じことですが、人材には優秀な人から、居てもらっては困る人まで居ます。
組織全体としては、適所適材を目指して、優秀な人材入れば、追い抜かれて仕事が出来ない人が排除される仕組みが機能していますが、教員の世界ではそれが機能していない。

そこをなんとかしようしたのが、教員免許更新制度です。

川端文科相は教員免許更新制度を廃止すると言っています。

毎日新聞より「川端文科相:教員免許更新制度 廃止含め見直し

教員免許の更新制度について、川端達夫文部科学相は18日の閣議後会見で「求めるゴールは(教育の)質の向上。着手は早速にさせたいと思う」と述べ、廃止も含めた見直し作業を具体化させる意向を示した。

民主党は代替制度として教員養成課程の6年制化や、免許保持者にさらに2年程度、大学院で学ばせる仕組みなどを提案している。

川端文科相は「相当広範囲に検討し、大きく制度設計しなければならず、現行制度の検証も必要。4年間の中で一定の方向性をつけることは当然で、精力的に検討を進めたい」と述べた。川端文科相は官僚が作成した資料を持参して会見に臨んだ。【加藤隆寛】

一体何をどうしようと言うのか?

片方では、世間から強く批判が出ているダメな教員の排除を目指した制度を止めて、片方が優秀な人材だと思われる人を増やす。
これでは、原理的に「ゴミの蓄積が増える」ようなものだろう。

現実問題として、各教育委員会が苦労しているのは、各学校で断られた教員の再配置です。
仕方ないから、優秀な教員をリクエストした学校にセットで送り込んだりしている。
こんなことがいつまでも続かないのは明らかで、ここに手を付けないで何かとなる、というのならその処方を示すべきでしょう。

全体目標を示さず、その時々の「対策」だけで何とかなる時代は終わっているだろう。
これではどうにもならない、と強く思います。

9月 19, 2009 at 10:58 午前 教育問題各種 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2009.08.22

ウェブカメラ

夏休みもそろそろ終わりで、区立図書館の企画で小学生向けのもの作り教室をやっています。 使うキットは「はこアニメ」で、電子的パラパラマンガといったものです。

2~30人を集めての工作教室ですから、小さめの教室ぐらいの部屋を使います。
出来た作品は、パラパラマンガですから大勢で見たいのですが、なにしろこのスクリーンの大きさは名刺とほぼ同等です。
これでは、そばに近寄らないと見えない。

企画段階でも「並べて置いて、その周りを歩きながら見る」といった案も出たのですが、机の配置を動かすのが大変、といったこともあって一台に子どもたちが作ったシートを持ってきて投影しました。
当然、スクリーンを注視していないと何をやっているのか、分からない。

実は、説明用にノートPCを持ちこんでパワーポイントを投影しているので「ウェブカメラを使えば、拡大投影が出来るな」と思いついて、さっそく買ってきました。

ロジクール・Qcam Pro 9000

何を選べばよいのか、分からないのでとりあえず200万画素だということと、比較的人気商品だということで買ってきました。
ウェブカメラは何年も前に「どんなものだ?」とオモチャのようなものを買っていて、PCがテレビカメラを持つといことは分かっていましたが、オモチャはしょせんオモチャでした。

Qcam Pro 9000 はさすがに強力で、900×720といった巨大画面でもきれいに写ります。本物のテレビカメラと言っても良いくらいです。
「これなら、(教室で)拡大投影に使える。手元のサンプルなどを見せることが出来る」
と大喜びしたのですが・・・・・。そうは問屋が卸さない。(^_^;)

PCにかなりの能力を要求します。(考えれば当たり前)
Core2 のデスクトップ機では900×720の動画を表示しますが、Atom だと320になってしまう。 ノートの Core2 だと640「なるほどね」であります。

こんな問題はありますが、Qcam Pro 9000 はオートフォーカスもあるので、拡大鏡で見た切手の投影といったこともで来ますね。
なかなか楽しいオモチャであります。

来週は、上記の区立図書館でのもの作り教室がありますから、いよいよ本番で使えると期待しています。

8月 22, 2009 at 09:23 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.08.09

第3回高校生模擬裁判選手権

第3回高校生模擬裁判選手権を見に行ってきました。
去年、見に行ってあまりの面白さにすっかりはまってしまい、何ヶ月も前から楽しみに待っていました。

高校生模擬裁判選手権と言われても、具体的に何をどんな規模でやるのか分からないと思います。

主催日本弁護士連合会(日弁連)
共催最高裁判所・法務省・検察庁・東京地方裁判所・大阪地方裁判所・福岡地方裁判所・東京弁護士会・第一東京弁護士会・第二東京弁護士会・横浜弁護士会・埼玉弁護士会・山梨県弁護士会・大阪弁護士会・京都弁護士会・兵庫県弁護士会・滋賀弁護士会・香川県弁護士会・福井弁護士会・福岡県弁護士会・佐賀県弁護士会・九州弁護士会連合会
関東大会・東京公文国際学園高等部(神奈川)湘南白百合学園高等学校(神奈川)東京都立西高等学校(東京)桐朋高等学校(東京)・日本学園高等学校(東京)・山梨学院大学附属高等学校(山梨)早稲田大学高等学院(東京)・早稲田大学本庄高等学院(埼玉)
関西大会・大阪京都教育大学附属高等学校(京都)・高松第一高等学校(香川)・西宮市立西宮東高等学校(兵庫)・福井県立藤島高等学校(福井)・立命館宇治高等学校(京都)・立命館守山高等学校(滋賀)
九州大会・福岡久留米大学附設高等学校(福岡)・佐賀県立佐賀西高等学校(佐賀)・福岡県立小倉高等学校(福岡)・福岡県立福岡高等学校(福岡)

青で示した学校が、3回連続出場校で、緑で示した学校は2回出場の学校です。
九州大会は今回が初開催ですので、全参加校が1回目の参加ですが、東京は8校が参加して初出場が2校なのですから激戦となりました。

昨年は、8月9日に行われた関東大会に優勝した湘南白百合と関西大会で優勝した京都教育大学付属が、2008年11月8日に決勝戦を行い京都教育大学付属が日本一となりました。

今回は全国大会は開かれないとのことです。

今回の結果は、湘南白百合の3連覇となりました。(大拍手)

模擬裁判選手権と言っても、具体的にどのように闘うのかが分からないと思います。

二校が、検察役と弁護役として法廷で争います。一回の法廷は1時間50分。
これを一日で検察役と弁護役を入れ替えて、別の高校と対決します。一日に2回の対決をすることになります。

刑事事件は、警察が送検すると、検察庁の捜査部が捜査して起訴します、裁判が始まると検察の公判部の検事が弁護側と争います。
つまり、検察官は捜査する検察官と公判に出る検察官は別です。
このために公判部にとっては「なんでこんな起訴をしたのだ?」ということもあるようです。

今回の課題の事件はまさに公判部の検事にとってはかなり大変な起訴になっています。

平成17年1月3日午後8時50分ごろ、被告人は、郡山市の自宅で、
知人の小山実さんらと飲酒だんらん中、
小山さんの自慢話に反論したことから口論となり、
小山さんが鉄砲など怖くないなどと言ったうえ、
被告人が持ち出した散弾銃を見て、「撃てるものなら撃ってみろ」
と開き直ったことに激こうし、殺意をもって約2.6メートルの至近距離から散弾銃を発射し、
小山さんの右肩甲骨部分に命中させたが、
直ちに病院で治療を受けたため、右上腕、胸部などに
全治4か月の障害を負わせたにとどまりその目的を遂げなかった。

罪名及び罰条 殺人未遂 刑法第199条、第203条

これが起訴状に書かれている公訴事実です。

銃を発射して怪我をさせたことに争いはないのですが、起訴が「殺人未遂」ですから、殺意があったのかなかったのかが争点になります。

高校生が検察官役と弁護士役を演じると説明しましたが、他に被告役、被害者役が必要ですが、これも高校生が演じます。

法廷の再現ですから、試合の進行は以下のようになっています

進行時間担当手続時間
0:00裁判官開廷、冒頭手続5分間
0:05検察官検察官冒頭陳述5分間
0:10弁護人弁護人冒頭陳述5分間
0:15検察官検察官証人尋問15分間
0:30弁護人反対尋問15分間
0:45弁護人被告人質問15分間
1:00検察官反対尋問15分間
1:15論告・弁論検討時間10分間
1:25検察官論告10分間
1:35弁護人弁論10分間
1:45被告人最終陳述若干
裁判官結審若干

今回の模擬裁判では、犯意を引き出すことが検察の仕事ですから、被告人質問などが非常に大きな要素で、被告人役をどう形作るかが全体の進行(評価)に大きく影響します。
このために、被告人役・被害者役の生徒の演技力にも注目が集まり、講評では「実にふてぶてしい被告」とか「(銃撃で)怪我しているから右手を動かせない被害者」といった細かい演技も高く評価されていました。

先に挙げた、審査員の講評で「法科大学院の学生の模擬裁判と同レベル」とか「法律知識とは別の才能なのかもしれない」といった評価もありました。

湘南白百合高校は、三連勝であったわけですが、当の生徒たちにとっては大変なプレッシャーの元での勝利ですから、大いに褒めるべきでしょう。

湘南白百合中学・高等学校の学園の概要です。

本学園は、キリスト教(カトリック)の精神に基づいて中高一貫の女子教育を行っている学校です。その設立母体はシャルトル聖パウロ修道女会で、全国に7つの姉妹校があります。

本校で学ぶ生徒には、聖書に示される価値観を指針とした三つの校訓

「従順・勤勉・愛徳」

を日常生活の中で実践すること、そして将来は人類社会に貢献できる愛ある人に成長することを目指して勉学に励み、人格を磨くようすすめられます。

校訓は、私たちにいのちを与え生かされる神とのつながりを示す宗教性に基づくもので、それらの実践による体験は、心に自由と喜びの実りをもたらします。

  • 従順-真理の声に従うよろこび
  • 勤勉-能力を磨き役立てるよろこび
  • 愛徳-互いに大切にし合うよろこび

本校のすべての教育活動は、21世紀の国際社会の中で、周囲の人びとと共に苦しみや喜びを分かち合いながら、地の塩、世の光として生きる、世界に開かれた女性の育成を目指して行われます。

湘南白百合学園中学高等学校長 水原 洋子

校長が、写真のままの姿で応援に来ていらっしゃいましたので、ちょっとお話ししましたが

「三連勝おめでとうございます」
「今回で終わりかとも思っていたのですが、まだ続くということですねぇ」

と校長先生もプレッシャーを感じていた様子でした。

湘南白百合は過去の2連勝したOGが応援に来ていて、私立の良い意味でノウハウの伝承があることを確認しました。
昨年、初めて高校生裁判選手権を見たときに、湘南白百合は非常に高級なあまり世間には知られていない法廷テクニックを披露して「これは指導役の弁護士がかなりトレーニングしたな」と思いました。
ところが、一年後の今回はほとんどの学校が昨年の湘南白百合のレベルに極めて近づいていて、いわば上位校と下位校の差が非常に縮んでいました。
その分、評価の差は細かいところになってしまって、その中でも非常にバランスに優れている湘南白百合が優勝したのは納得できます。

準優勝は、公文国際でしたが表彰を受けた代表の生徒が「去年もこの舞台に1年生で立ちました。先輩には「湘南白百合から優勝をもぎ取ってやる」と言って出場しましたが、果たせませんでした。」とスピーチしていました。
出場選手は2年生・1年生なのです。

高校生模擬裁判選手権を観客として見る大きなメリットは、同じ事件の裁判を複数回見ることができることです。
これは現実の事件ではあり得ないことです。

昨年は、関東大会・全国大会を見たので多分、6回は見たと思うのですが、同じ事件なのに検察・弁護が変わると取り上げる証拠が変わってきます。
その結果「あれ?別の裁判ではこの証拠は議論にならなかったぞ」とか「同じ証拠をこういう評価をすると、先々まずいぞ」といった見方になってしまいました。

この事でわたしは「あ、神の視点とはこのことか」と理解したのです。
現実の裁判では、裁判官・検察官・弁護士・傍聴人の誰一人として神の視点に立つことはありません。

理屈としては当然のことなのですが、それでも実感することはありませんでした。
それを実感できる、まれに見る良い機会です。
来年もおそらくは各地で開催されるでしょうから、お時間のある方はぜひご覧になることを強くお勧めします。

8月 9, 2009 at 09:38 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2009.07.26

法教育について

読売新聞の教育ルネサンスより「(6)法教育 法曹から助言

ルールがなぜ作られるのかを教えることで、規範意識を育む。

「証人は被告の親友だから、かばいたくなるんじゃないかな」「被告も証人の話も疑わしいけど、それだけじゃ有罪にできないよ」

6月2日、福井市の福井大学付属中学校で、3年生の授業として開かれた模擬裁判。森田史生教諭(41)が時間切れを告げても、判決を検討する議論はやまなかった。

模擬裁判は、30歳代の男性が福井市内の電器店で人気のゲームソフトを盗んだ疑いで逮捕、起訴されたという設定。生徒たちは、「裁判官・裁判員」「検察官」「被告・弁護士」など役割ごとに八つの班に分かれ、男性のアリバイや警察に自供した点などを争点に裁判を進めた。

結審後、班ごとに結論を発表したが、「有罪」としたのは「傍聴人」の二つの班だけで、他の班はいずれも無罪だった。

模擬裁判の指導役で、福井市内で開業する井上毅弁護士が「皆さんの顔に正解はどっち?と書いてあるけど、この話に正解はありません。自分たちが人を裁くことについて考えるのが大切です」と授業を締めくくった。

被告役を演じた藤井大君(14)は「みんなに囲まれて緊張したし、被告の気持ちが少し分かった。自分が裁判員になったらそこまで考えて判決を出したい」と話した。

森田教諭や井上弁護士は、福井法教育研究会に参加している。模擬裁判で使ったシナリオも研究会が作ったものだ。法教育の目的は法律の知識を学ぶのではなく、法的なものの考え方を身に着けることに主眼を置いているという。

中心メンバーの橋本康弘・福井大准教授は、背の小さい人が常に前に並ぶ背の順のルールの是非を考える授業や、廊下を走らない、人の悪口を言わない、給食を残さないの三つの決まりに優先順位をつける授業などを身近な法教育として例示。「生徒がルールの意味を理解し、納得した上でルールを受け入れることが重要だ」と説明する。

しかし、法的なものの考え方に慣れていない学校の先生が多く、学校で法教育を行う難しさを感じている。背の順のルールを取り上げてはと提案すると、「議論することによって生徒たちが整列しなくなると困る」と難色を示す教師もいたという。

今年5月に始まった裁判員制度をきっかけに、検察官や裁判官が模擬裁判に参加するなど、法の世界と一般との接点が増えた。井上弁護士のように学校現場に足を運ぶ人もいる。授業の進め方についても、法曹関係者の助言を期待する声は強い。

授業時間の確保も課題だ。森田教諭によると、同大付属中は模擬裁判も含めて年に10時間を法教育に割くが、一般的に、社会科の中で法教育に該当する部分は3、4時間しかない。森田教諭は「公立の中学校でも社会科の時間に法教育ができるようにしたい」と話し、内容を圧縮した授業モデルを検討している。(塩見尚之、写真も)

裁判員制度殺人や強盗傷害などの重大な刑事事件の裁判に抽選で選ばれた20歳以上の国民が参加する制度。今年5月21日に始まった。裁判員6人と職業裁判官3人の構成で、有罪か無罪かの事実認定と有罪の場合の量刑を多数決で決める。8月3日にも最初の裁判員裁判が開かれる予定になっている。
(2009年7月23日 読売新聞)

「高校生模擬裁判選手権2009」を書いたのは、この記事を読んだからです。

森田教諭や井上弁護士は、福井法教育研究会に参加している。

模擬裁判で使ったシナリオも研究会が作ったものだ。法教育の目的は法律の知識を学ぶのではなく、法的なものの考え方を身に着けることに主眼を置いているという。

中心メンバーの橋本康弘・福井大准教授は、

背の小さい人が常に前に並ぶ背の順のルールの是非を考える授業や、廊下を走らない、人の悪口を言わない、給食を残さないの三つの決まりに優先順位をつける授業などを身近な法教育として例示。

「生徒がルールの意味を理解し、納得した上でルールを受け入れることが重要だ」と説明する。

しかし、法的なものの考え方に慣れていない学校の先生が多く、学校で法教育を行う難しさを感じている。

背の順のルールを取り上げてはと提案すると、「議論することによって生徒たちが整列しなくなると困る」と難色を示す教師もいたという。

非常に重要なのは、この部分ですね。

法教育が必要だ、という意見に誰も異論を唱えないと思っているのですが、実は法教育とはなんぞや?ということが社会の特に教育関係者に通じていないから、ごく一部の学校の先生や、弁護士さんがイライラしていることが、昨年の法教育セミナーに参加してようやく分かったわけです。

「高校生模擬裁判選手権2009」に書いた通り「人は神の視点を与えられずに裁判に参加しなければならない」ということをわたしは忘れていました。
しかし、上記に紹介されてい「議論することによって生徒たちが整列しなくなると困る」と難色を示す教師、というのは「教師だから神の代理で当然だ」というところから出てくる発想だと言えます。
教師が神の代理かどうかは議論しないとしても、人である限り神にはなり得ない、ということを実感しないままで良いのか?という問題が残ります。

この先生は結局のところ人が神になったり、人になったりする都合の良い世界をイメージしてそこらか一歩も出てこないわけです。
学校教育は極めて合理化した洗練された手法の集大成ですから、あまりに根源的あるいは哲学的な命題に時間を割くことができないし、そのためのお約束として「先生は正しいものである」としているわけです。
それは「先生は神の代理である」という考えた方に直結している面があります。

しかし、人は根源的なところで社会に他人に対面することにもなるわけで、そこを整理したのが法律です。
法律の考え方は、絶対的な正しさが無いことが前提になっているはずです。例えば刑法ではいくら怪しくても、立証されなければ無罪です。こういういわば相対性あるいは精度の限界といったものを考慮するのが法的な考え方の中核であるはずなのです。要するに「絶対は無い」です。
こう考えてみると、一部の強硬な裁判員裁判反対論の中にも同じく「神の視点が確実に存在する」と思いこんでいる主張があるように感じました。

わたしのイメージでは、法教育を主唱している方々の論は、社会では少数派であり日弁連が一生懸命にアピールしても上滑りである、と感じます。
わたしも含めて多くの法律素人は「法律は絶対である」と思っているから「判決も絶対の真実である」と思いこむわけです。
だからこそ冤罪についても非常に厳しく反発しているわけですし、その逆に重罰化も世論であります。
これらが基本的に「判決は絶対の真実に基づいて下る、神の判断」だと直感的に感じているところがあるのだと思います。

これでは、裁判官・検事・弁護士は神であって、神が扱うべき裁判に裁判員が参加するのは反対だ、というのならそれなりに了解できる反対意見であると思いますが、そもそも法曹人は神だというのが間違っているのは言うまでもないわけで、そんな情緒的なことで裁判員制度に反対されても賛成しかねます。

しかし、日本が世界で競うためには国民の法的判断力を質的に高めることが極めて重要で、非常に大きな課題である、と強く感じています。

7月 26, 2009 at 10:48 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2009.07.23

一人で5大学共同事業を潰した男

Matimulogさん経由、サンケイ新聞より「昭和女子大准教授が経歴詐称 5女子大、共同大学院の申請取り下げ

昭和女子大(東京都世田谷区)准教授の男性(61)の経歴が虚偽だったことが判明し、同大など都内5女子大が来年度開設を目指していた「共同教職大学院」の設置申請を取り下げたことが23日、分かった。

男性准教授は16日付で懲戒解雇処分となった。

同大学院としての設置申請は全国初で、大きな注目を集めていた。

同大などによると、共同教職大学院の設置認可申請を実施していたのは

  • 昭和女子大
  • 日本女子大
  • 実践女子大
  • 大妻女子大
  • 東京家政大

の5大学。

昭和女子大は男性准教授をトップの教職研究科長に就任させる予定だったため、同大学院の教員として申請した。

ところが7月上旬、文科省から男性の経歴について指摘があったため調査。調べたところ、文科省の提出書類に記載された「岐阜県教育委員会指導主事」「同研修課長・教育センター第2研修部長」「同県立高校長」などの経歴がいずれも詐称だったことが発覚した。

男性は16年に同大助教授として採用された際も経歴を偽っていたが、大学は分からなかったという。

共同大学院は複数の大学が連携してカリキュラムを組み、連名で学位を授与する仕組み。

20年の制度改正で同大学院の設置が可能となり、5大学は5月末に申請を出していた。

一連の問題について坂東真理子・昭和女子大学長は
「本学教員の経歴詐称が5女子大の共同教職大学院の実現を妨げる結果となり、悔しくてなりません。今後は本学の信頼回復に努めていきたい」
とのコメントを発表した。

町村先生は以下のようにコメントされています。

昭和女子大学は犠牲者というか被害者だが、採用時の確認はずさんだったといわれても仕方がないであろう。

大学教員採用プロセスを考えると、こうしたずさんさはあり得ないことではないと思う。

今までは事務方がきちんと履歴書の裏付け調査をしているのではないかと、なんとなく想像していた。
給与の格付けをするのにも、経歴の正確なところが必要になるのではないかと。
しかしそういうプロセスなしに採用人事を進めることも、あり得ないことではなさそうである。

ディプロマ・ミルなんぞが成立しているところを見ると、採用人事も隙だらけなところが結構あるのかもしれない。

ご本人、ウソの経歴で採用された手前、ウソでしたとは言い出せない状態におかれていたであろうし、文科省に申請書類が行く段階では毎日胃の痛い思いをしていたのではないか?
すべてが明るみに出て、かえってホッとしたとか?

しかし、大学は学問の府であり研究の自由を確保する観点からも、事務方が管理を強化するのも変な話で、下手に強化(?)したのが、町村先生が取り上げていた「jugement:東和大学の教授懲戒解雇紛争」になったのではないか?と思います。

それにしてもこの男性准教授は一人で、5大学共同事業をぶっ潰したのだから、大したものだというか、大変なことをしたものだと言うべきでしょう。

この男性准教授は業界内で話題にならないところでウソを作っていたのでしょう。
極論を言えば「ノーベル賞を受賞しました」といった経歴を偽造しても、すぐにばれてしまうからウソとしても役に立たないわけです。
ありそうだけど、すぐには分からないし、調べないところでウソをつくからウソとして有効(?)なわけです。
この男がそういう計算してやっていたのなら、本格的な詐欺師ですよ。

7月 23, 2009 at 11:47 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.07.21

子供の携帯電話問題

神奈川新聞社説より「携帯電話

小中学生に携帯電話を持たせない「保護者の努力義務」を盛り込んだ条例が石川県議会で可決、来年1月に施行される。
所持の規制にまで踏み込んだ条例は全国で初めてだ。
罰則こそなないものの、「自治体がそこまで」との意見も多かろう。

子どもに携帯電話は必要か。

石川県での所有率は小学校高学年で10%、中学生でも22%だった。

これに比べ、いち早く小中学校への持ち込みを原則禁止した横浜市での所有率は、小学校高学年で41%、中学生では80%に及んでおり、もはや不必要と切り捨てることは難しい。

いずれ社会人となることを考えれば、むしろトラブルや犯罪の被害・加害、依存症の防止に取り組んだ方が現実的だ。

横浜市教育委員会によると、いじめや暴力行為の原因になる「学校裏サイト」は、同市立中学校の7割で存在した。書き込みが原因でいじめや不登校、暴力行為など深刻な問題に発展した学校は全市の1割に達する。
有料サイトの請求詐欺に遭って140万円をだまし取られた男子中学生の事例もあった。

出会い系サイトによる児童買春などの被害者は、県警の調べだけで昨年、中学生34人を含め116人。

出会い系サイトの届け出義務化以降、被害は出会い系サイト以外に移りつつある。

自己紹介を書き込む「プロフ」や一般の掲示板などで昨年、小学生3人、中学生25人を含む68人が被害に遭っている。

一方で利点もある。部活動や塾などで夜間帰宅の際の防犯対策、地震や大きな事故に巻き込まれた際の連絡手段だ。石川県の条例でも「防犯や防災」目的は例外化しており、横浜市でも防犯目的などでの持ち込みには許可が与えられている。

「みんなが持っているから」といった単純な理由ではなく、子どもに与えるときは利点と危険性について、よく話し合う必要がある。「必ずフィルタリング(閲覧規制)をつける」「個人情報は書き込まない」「チェーンメールは送らない」「利用は1日何分まで」などのルールを決め、その実行度もちゃんと確かめるようにしたい。

横浜市教委は、こうしたチェックシートを作成し、小中学生の保護者に配っている。

ほかの自治体にも同様の取り組みが広がることを期待したい。夏休みを機に、家庭や学校、地域で話し合いを重ねてほしいものだ。

横浜市教育委員会がチェックシートを発行しいるから問題が起こらなくなったということではないのだよね?

一方で、石川県では「携帯電話を持たせない保護者の努力義務」条例を可決したというのだけど、これは社説が指摘する通り「もはや不必要と切り捨てることは難しい」とは誰でも思う。

しかし、石川県の条例も、横浜市教育委員会の取り組みも、現実問題として「子供用の携帯電話の使用を義務づける」ことでほとんどの問題が解決してしまうのではないだろうか?

特に学校への持ち込みについては教育委員会の管理下なのだから、持ちこむ場合は子供用携帯電話に限定するで構わないと思う。
現状は文科省が小中学校には携帯電話を「原則として持ち込み禁止」としているから、結果として持ちこまれている。
持ちこむ場合には「子供用電話に限定」となぜ誰も言わないのか?

一部には「ネット広告収入の減収になるから」といった説まで出てきているのだが、普通に考えて例えば自動車を小学生に運転させることの是非は、といっているほどのことであって「なんで小中学生が、大人と同じ携帯電話を使うのか?」に他ならないと思う。

その一方で「子供が携帯電話を持つことは絶対に不要だ」などとは到底言えない。

実際問題として、電話の形をしてないスマートフォンとかネットブックなどPCと分類されるものに対しては、教育委員会などはどういう判断をするのだろうか?

明らかに、携帯電話というブツにこだわると判断を誤るし、子供にも通信手段は不可欠である、情報検索能力は高めなければならない、といったことも全て含んだ子供への教育像を整理してから、携帯電話対策を決めるべきだろう。

7月 21, 2009 at 08:14 午前 教育問題各種 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2009.07.20

教育改革に関する社説から

日経新聞社説より「チェンジ!少子化 公立校の魅力高め教育不安をぬぐえ

子どもの教育にはたいへんなお金がかかる。こう思わない人はいないだろう。そうした不安が少子化の一因になっているのは間違いない。

国立人口問題研の出生動向基本調査(2005年)によると、夫婦が理想とする子どもの数は平均2.48人だが予定しているのは2.11人。実際にはもちろんさらに少ない。理想の数に達しない理由を聞くと、66%が「子育てや教育にお金がかかりすぎるから」と答えている。

私立校や塾の負担重く

この背景には学力や「いじめ」問題などをめぐる公教育への不信がある。公教育が心もとないから早い時期から私学へ入れたり塾通いをさせたりせざるを得ない、しかしそのための出費が大きすぎて心配、という意識だ。それなら負担の小さい公立校の魅力を高め、不安をぬぐう方策を考えなければならない。

文部科学省の調査では、小学校から大学までに必要な教育費はすべて公立・国立なら約800万円だが、中学校から私立だと2倍にはね上がる。私立の中高一貫校は6年間で約700万円は必要だ。公立中学に通っていても学習塾の負担は重く、夏季講習なども含めると年間30万円以上もかかるケースが珍しくない。

それでも首都圏では中高一貫校に進む小学生が3割ほどに上り、東京では6割にも達する小学校がある。公立中学生で塾に通っているのは約7割、小学生も中学受験を目指す場合は大半の子どもが通塾する。

多くの親がこうした負担に耐えながらなお「脱・公教育」を目指すのは、それに見合う成果が期待できるからだ。たとえば東京大学合格者のうち6割ほどは中高一貫校の出身者が占める。こんな傾向が呼び水になってさらに私学に生徒が流れ、公立校は地盤沈下する。大都市圏を中心に、ふつうの公立高から有名大学に進みにくくなって久しい。

これでは所得が低い家庭の子どもは進学の道を制約され、意欲も失うことになる。東大大学院の調査では年収1000万円以上の家庭の子どもは大学進学率が6割を超えるのに400万円以下だと3割ほどだ。東大生の半数以上の家庭が年収950万円以上というデータもある。

こうした現実を踏まえれば、公教育の再生が少子化対策の重要な柱になるのは確かだろう。

そのひとつの方策はもちろん、教育への十分な公的支出によって教育条件を整え、教育環境の改善も進めることだ。少人数学級の実現から高校などの授業料減免、パソコンや電子黒板の配備まで財政措置が伴わなければ始まらない課題は多い。

経済協力開発機構(OECD)の調査では、国内総生産(GDP)に対する教育費の公的支出の比率は日本は主要28カ国中で最下位の3.4%だ。公私の負担割合も日本は家計の比重が大きい。厳しい財政事情の下とはいえ、こうした現状を放置しておくわけにはいくまい。

しかし肝心なのは教育の中身だ。公立校がそれぞれ魅力のある授業や課外活動を編み出していくことである。そのためには中央集権的な教育行政の見直しが必要となる。

戦後の教育行政は文科省が学習指導要領で細かなカリキュラムを定めて学校現場を拘束し、教科書検定を通してそれを補強し、教員の養成や登用も免許制度によって一元的に進めるといったやり方が続いてきた。地方の教育委員会は文科省の出先機関とも化している。

統制緩め現場に裁量を

こうしたシステムが均質な教育を保証してきた面はあるが、一方で地域や学校の創意工夫の余地を狭め、本来の魅力を奪っている。もっと地域や学校現場に裁量を与えたり、教員を積極的に外部から招いたりして風通しのよい公教育に転換する時期だ。受験学力一辺倒では困るが、私学や塾に見習う点も多いだろう。

地方ではすでに、中高だけでなく公立小中学校の一貫教育や公立高のテコ入れなど独自の試みも始まっている。公立校が教育環境と教育内容の両面で頼りがいのある存在に生まれ変われば、子どもの教育に余計な出費をする場面が少なくなり、教育不安はずっと小さくなるだろう。

もっとも、公教育離れの底流には「どんなに無理をしてでも有名大学へ」というブランド志向もある。それを支えているのは、企業などが人材採用にあたって出身校にばかり目を向ける現実にほかならない。

親の経済力によって子どもの将来が左右され、それが次の世代でも繰り返されていくとすれば社会は活力を失う。そんな傾向を断ち切るためにも企業は人材登用の尺度を見直していくべきだろう。それはまた、遠回りでも少子化を乗り越えるためのひとつの手立てとなるはずだ。

毎日新聞社説より「新職業教育校 既存の学校では無理か

新タイプの学校というなら明確な必要性と役割がいる。だが既存の学校だけではどうにもならないのか。

職業教育改革を検討している中央教育審議会は中間報告で、実践的な職業教育に特化した新たな学校制度案を提起した。今後各界の意見を踏まえて答申にまとめる。

こんな案だ。大学、短大、専門学校など既存制度の枠外の高等教育機関で、入学者は高校卒業者。修業年限は2~3年、もしくは4年以上。実験、実習など演習型授業が4~5割を占め、関連企業へのインターンシップ(就業体験)を義務づける。設置基準は大学、短大のそれを基本にするが、教員配置では専門職の実務経験者を重視する。

どんな分野か。ソフトウエア設計・開発、デジタルコンテンツの開発、バイオテクノロジーなどといくつかを例に挙げたが、もっと多岐にわたることを想定している。

中教審は昨年文部科学相の諮問を受け、若年無業者増加や早期離職の傾向に教育はどう対処すべきかを論議してきた。折しも大不況と雇用崩壊が若年労働市場を直撃し、問題はより深刻となった。一方、企業側は「人材育成に手が回らない」と即戦力性を求める傾向が強まっている。

今回の新学校案の背景には、現在の高校、大学などの教育では将来の職業やキャリア設計の意識が十分育たず、卒業後の職選択がマッチしていないという考え方がある。

高校では高度経済成長期に中堅人材を輩出した専門学科がかつての約40%から今は約25%に減少、進学を想定した普通科が70%を超える。また戦後の大学制度は教養・学問研究と職業人養成が混然とし、実践的な職業教育の考え方に乏しい。高校進学率が約97%、大学など高等教育進学率が約77%に達した今、適性や能力、目的意識の差異や多様性はつかみきれないという側面もある。

中教審も既存校の改善工夫を求めているが、できることは多くある。例えば「全入時代」で私立大学は半数が定員割れを起こす状況で、大学自らが人材教育や職業実践力育成の方針と実績を示さなければ生き残れない。国公立も例外ではない。

また普通科傾斜の高校教育については、大学入試の教科偏重をやめることで改善は可能だ。

職業教育特化の課程は従来の大学の設置趣旨や理念にもとり、国際的に通用するか心配、というのも当たるまい。専門実務者、つまり実社会のプロたちが大学教育に吹き込む新風をむしろ期待したい。

「今もこんなにたくさん、いろんな学校があるのに」。この素朴な疑問に、いろんな解決のヒントや可能性が潜んでいるのではないか。

たまたま今日は、二新聞社の社説が教育について書いていました。

何年か前に高校の必修科目履修偽装事件があって、たまたまそのころ理数離れが問題となり理科の時間を増やすことになりました。
そしたら理科の時間で地学を増やすという話が出てきて、その解説記事で各科目の時間配分には学会の勢力争いが反映していて、地学は勢力が弱いが巻き返す良いチャンスだと猛然とアピールしている。とのことでした。

確かに、何を教えるのかは重要な問題でそのために各学会がアピールするのは大いにけっこうなことだと思うのですが子どもたちに社会で必要な能力(職業能力など)を身につけさせるという本来の意味から外れてしまって「我が学会の勢力拡大」といった方向に自己目的化してしまう可能性は少なくないだろう。

社会人講師として、小中高で総合的学習の時間などでロボット作りなどを企画しているのですが、授業を企画してみて分かることは教科教育が極限まで研ぎ澄まされていると感じることです。

歴史(日本史と世界史)などでは一年間で先史時台から現代までを教えることが出来るようになっていますが、一年間とは35週であり週に1時限の授業では30時間以下で歴史を全部やってしまうなどです。

30時間が倍(週に2時限の授業)であっても、普通の労働時間に当てはめてみると、簡単に言えば一週間で全部をやる、ことに相当します。
これは教科書や教え方自体を高度に洗練しないと無理だし、試験としては「何年にどんな事件があった?」となってしまうのも仕方ないともなるでしょう。

これらが積み重なった結果、子どもたちの知識が極めて断片的になってしまい、応用力が身につかず、「聞いてないから知らない」といった問題解決にならない回答がまかり通ることに?がっていくのだと思います。

学校の先生方と話しても「試験の範囲を限定しなくても良い。範囲は教科書全部」とか「生徒が知っていること全部を使って回答すればよい」といった意見をお持ちの方は少なくありません。
また、試験範囲の明示が先生の言い訳に使われていることを非常に問題視する先生もいらっしゃいます。

しかし、現実はセンター試験において過去の問題を使用することは先日許されるようになったばかりです。
センター試験のたびに「どこそこの模擬テストに出ていた問題だ」などといった指摘がありますが、それの何が問題なのでしょうか?本来の試験の目的と一致していることなのでしょうか?

ペーパーテストでは分からないところで若者の能力が不足していると社会は指摘していて、それゆえにキャリアー教育の推進といった事になるのですが、下手をすると「キャリアー教育という教科を作る事」と解釈されている面もあるようで、こっちが問題です。

わたし自身は、センター試験や大学・高校の入試で科目ごとの試験では無くて、総合的な謎解きのような試験をする方が良いのではないのか?と思います。
実社会や大学後期での授業は待ちの姿勢ではダメで、自分がどう動くのかが重要なわけで、その能力を評価することが現在の学校教育には欠けていると思います。

7月 20, 2009 at 08:41 午前 教育問題各種 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2009.06.18

LEC大・募集停止

朝日新聞より「LEC大、来年度の募集停止 日本初の株式会社立大

「株式会社立」の4年制大学として国内で初めて設立されたLEC東京リーガルマインド大学(本部・東京都千代田区)が、来年度の学生募集を停止することを決めた。

同大は札幌市から福岡市まで全国12カ所にキャンパスがあるが、入学者減による経営悪化から今年度は千代田区の本部キャンパスでのみ学生を募集していた。

募集停止後も在校生がいる間は授業を続け、大学院は引き続き募集を行うという。LEC大は18日、募集停止を在校生に説明する。

株式会社立大が募集停止した例は大学院大学で1校あるが、4年制大は初めて。

LEC大は04年4月に開校した。小泉改革の目玉だった規制緩和によって、「構造改革特区」で学校法人以外に株式会社でも大学が設置できるようになったのを受け、資格試験予備校などを経営する株式会社「東京リーガルマインド」(反町勝夫社長)が設置した。

通常は設置認可まで8カ月程度かかるところ、株式会社立大学に適用される特例で、3カ月という短期間の審査で設置が認可された。

当初は本部の千代田区のほか、札幌、宇都宮、千葉、新宿(東京)、横浜、静岡、大阪、神戸、岡山、広島、松山、北九州、福岡の計14カ所にキャンパスがあったが、新宿と北九州は廃止され、現在12カ所。
法律や会計学、都市政策などを学ぶ総合キャリア学部に459人が在籍する。

同社が今月15日、文部科学省に提出した報告によると、唯一、学生募集を行った千代田区のキャンパスでは、募集目標の60人(定員自体は160人)に対して入学者19人と大幅な定員割れとなっていた。

また、同社からの大学設置提案を受けて、国に特区の認定申請をした千代田区から、入学者数低迷を懸念され、今後の大学運営をどうするか報告を求められたことを説明。

「熟慮の結果、将来入学してくる学生よりも、在籍学生の適切な修学維持・向上のために経営資源を集中させることを決断した」と募集停止の経緯を明らかにしている。

LEC大の広報担当者は17日の朝日新聞の取材に「何も言えない」と話した。

株式会社立大学は全国に6校ある。特色ある教育で評価される大学がある一方、経営面や教育環境、内容が不安視される大学もあった。

大阪市のLCA大学院大学は06年に開設されたばかりだが、経営難から、今年度、すでに学生の募集を停止している。

LEC大も、「専任教員」の大半が、実態として専任とはいえない点などが大学設置基準に違反するとして07年1月、学校教育法に基づく初の改善勧告を受けた。

中央教育審議会(文科相の諮問機関)では現在、規制改革の流れで緩和されてきた大学設置基準を補強すべきだとの声が出ている。(青池学、葉山梢)

学校法人なら大丈夫で株式会社だから危ない、という理由は無いはずだが、参入障壁は株式会社の方が低いだろうから、結果として下手な経営も多くなるのだろう。

規制緩和が大学設置基準の全体的な緩和というのはナンセンスで、教育の本質から言えば、金融機関などと同じく事業の存続性についての保証を重要視するべきだっただろう。

簡単に作ることが出来るから、簡単に止めることが出来るという問題ではないことは明らかだ。

それにしても「小泉改革」の危なっかしいと言われていた面が次々と行き詰まるのは「やっぱりね」としか言いようがない。
別稿でも指摘しているが、小泉改革=新自由主義の主張は、あまりにも極端に単純化し過ぎているだろ。

そういう手法は所詮は無理なのであって、どこかで破たんして当然と言える、今回もその一つだと思う。
簡単に出来ることだからこそ、大変なのだといった一見矛盾したようなところに踏み出すことなのだという当たり前のことを見ないでやってきた結果ということだろう。

6月 18, 2009 at 07:00 午後 教育問題各種 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2009.05.25

教育改革・正解を求めているのは新聞社だろう

毎日新聞社説より「言語力育成 「正解は一つ」ではない

小中学校は11年度に新学習指導要領に全面移行するが、多くの学校は前倒し実施を始めている。新要領は「ゆとり」を見直し、授業時間を増やし学習量を復活させたと注目されたが、もう一つ大きな特徴がある。
全教科で「言語力」育成を求めたことだ。コミュニケーション力だ。

2000年代に入り、高校1年生対象の経済協力開発機構(OECD)の国際学習到達度調査(PISA)で、日本は続けて順位を下げ、活用力や読解力に問題があると指摘された。これが新要領に強い影響を与えた。筋道立てた説明や受け答え、討論などをする力は家庭や社会のありようにも根ざし、学校教育にすべてがかかるものではない。

しかし、これによって、一方的に知識を授けることになりがちだった学校の授業が大きく変わる可能性がある。

新要領は教科学習でどんなことを通じ言語力育成を考えているのか。例えば、小学校の算数では数、式、図を用いて考え、説明させる。
理科では推論を促す。
中学校の社会では地図や資料を読み取り、論述、意見交換をさせ、理科では分析、解釈、音楽では根拠をもった批評を求める。
こうしたことが全教科に「言語活動」として盛り込まれている。

教材をどう生かし、課題設定し、展開するかは学校現場それぞれの工夫だが、基本姿勢は「正解は一つではない。
異なる意見を聞き、なぜそう思うかを理解し、自分の意見も理由をつけて説明し、協力して課題を考える」ことといえよう。

実は大人社会が十分にできていないことだ。

明治以来の義務教育は概して「一つの正解」を出させ、覚えさせるものだった。

基礎知識や定式は必要だが、一方で懐疑的な視点、多様な見方など、独創的思考や表現に欠かせない力の育成には十分ではない。

戦後の受験過熱は学習を暗記に傾かせ、さらには読書離れやゲーム、携帯電話普及など子供たちの環境は移り変わった。そしてグローバル化の中で、主張、討論する力の不足は大きな問題と指摘されてきた。

こうした状況を踏まえ財団法人「文字・活字文化推進機構」が今秋始める「言語力検定」は、資料を理解して考えを整理し、記述するなど、従来の語彙(ごい)力試しや一つの正しい解釈を選ばせるようなものとは異なる。学校現場でも参考になるだろう。

小学校の英語導入も、異なる言語文化に触れ、コミュニケーションに積極的になる態度を育てることが目的とされている。窮屈な受験英語の先取りに化けては元も子もない。

言語力育成という発想が生き、ノウハウが充実するには実践の積み重ねと情報が必要だ。研修などでそれを共有できる工夫が欠かせない。

毎日新聞 2009年5月24日 23時57分

この社説、一見してもっともらしいことを言っているように見えるが、現状の「正解は一つ」を強く推進してきたのは、マスコミではないか!

センター試験での過去問の使用が許されるようなったのはごく最近のことだ。
今でも「○○試験の問題は、××に出たものとそっくりだ」と騒ぎ立てるのはマスコミだろう。

このような「疑惑や非難」をかわすために、出題側に課せられる仕事は「過去問に無いことの証明」であったりする。
しかし、これに何の意味があるのか?

「公平な試験が重要であればくじ引きにすれば良い」とはこの種の議論で必ずでてくる話で、教育の目的が何なのか?という視点に対して、手続を重視する意見だと言える。

手続を重視するとは、法律の適用などでは極めて重要ではあるが、子どもたちの教育で樹脂するべきこととは思えない。
しかし、現実に見たある公立高校では教室に

○○教科の試験範囲

教科書・○○ページから○○ページまで

と書いた、ワープロ文章をラミネートしたものが、黒板に貼ってあった。

見た当時は意味が分からなかったのだが、その後考えてみると「教師が、試験の範囲から外れているとクレームを付けられたときのアリバイ作りだ」と理解した。

このようなことがまかり通っている時に、毎日新聞社説が主張するようことが簡単に出来るとも思えないし、第一明治以来の問題なのか?
確かに、精密な試験をするべき場面は初等中等教育でもあり得る。算数の計算が「多分こんな数字」とか「一つ・二つ・三つ・沢山」では使い物にならない。

そういう場面をなぜ、ありとあらゆるところに拡大することになったのか?
基本的には社会の要請であって、それを煽ったのがマスコミである、というのはかなり重大な点であろう。

その意味では「ゆとり教育」の正しい運用が大切だったのであり、精密に「正解は一つではない」という教育に進めるのが良いとしか取れないような意見を出してどうするのだ?

5月 25, 2009 at 08:57 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.04.21

学力低下問題

大石英司の代替空港の記事「絶望が足りない?」に※ 【日本の議論】日本の大学は多すぎる? 増える「ナゾの学部」というセンテンスがあって、コメント含めて色々な意見が出ています。

元はサンケイ新聞の記事、「日本の大学は多すぎる? 増える「ナゾの学部」」です。

この記事に対して、大石氏のコメント(ブログの記事本文)は以下の通りです。

ここ数年、大学生の学力低下を憂える論調が多いのですが、私はちょっとピンと来ないんですよ。というのは、何だかんだ言っても、彼らは、社会へ出る時には、就職試験を受けるわけでしょう?

公務員にして私企業にしても。一定規模以上の企業なら、普通にペーパーテストもあるでしょう。論文だって書かせるだろうし。

所が、ニュースになる時の論調だと、まともにノートも取れない(ノートを取らない学生は昔から大勢いた)、算数も出来ない、みたいな話になっているじゃないですか。しかもそういう学力低下が、偏差値が下の大学だけじゃなく、今や六大学ですら見られるという話がまたまた信じられなくなるわけです。

キャンパスの学力低下というのは、いったい何処まで深刻なのでしょうか。

これに対して、読者のコメントが複数付いていて、なかなか、興味深い色々な意見が出ています。

大石氏が「私はちょっとピンと来ないんですよ」というところを推測すると、「曲がりなりにも勉強しているのに、なぜ学力低下が問題になるのか?」でありましょう。

この部分についてのわたしの解釈は、社会が要求する「学力」を教育するのでは無くて、試験の成績を評価するだけに統一してしまったからだ。
だと思っています。

例えば、会社が新入社員を採用するときに、何らかの選考をするわけですが、非常に単純な基準としては「先着順」と「何となく決めた」でも良いはずです。
しかし今どき「決めた理由はありません」では社会的に非難されますから「客観的な基準で試験」のようなことを、どこでもやっています。

試験が本業である(?)学校教育においては、それがドンドンと「進化した」当然のことながら対策も進化した。

つい最近、センター試験での「過去問が許可」になりました。
これまではセンター試験では過去に出した問題を出してはいけない、というルールでやってきたのです。
理由は言うまでもなく「公平性の確保」です。

こんな事をしているから、試験問題がドンドン磨かれてあいまいなところが無くなってしまった。
あいまいなことを試験問題に出すこと自体が、罪になってしまった。

こうした教育環境を何十年か続けた結果、「答えがあって当たり前」としか考えられない、青少年を大量生産してしまった。
簡単に言えば、問題と回答のデータベースを持っていて、問題を見た瞬間に考える事無く回答できる能力こそが成績優秀者である学生を作ってきた。

これはで創造性なんてのは無いわけで、試験問題の短作文は書けるけれども、実験レポートは書けない、といったことになるわけです。

小中学校(下手すると幼稚園から)試験に回答することだけが勉強であるとしてきた結果、国語は日本語を操ることではなくて、「国語の試験で満点を取ること」と置き換わったし、算数で距離と速度を計算するのではなく「数字を見つけること」に置き換わってしまったのです。

わたしは、高校生にロボットを使った授業をやっていますが「指定した距離を進んで止まれ」という課題に対して、速度と時間の比例を計算すればよい、ということが即座に出てくる高校生は非常に少ないです。
応用力を発揮したことがないのです。

それでも試験の成績が良ければ6大学にも入れる。
つまりは、社会は大学生にもなれば「応用力も当然あるだろう」と期待するのですが、試験の成績を上げるために「応用などといった余分なことをやらないですごした、成績の良い若者」が大勢いるのです。

「実験や実習など応用力がないと出来ない学科はどうなっているのか?」というご意見があると思いますが、実験や実習で必要なことの一つに「失敗すること」があると思っています。しかし、いまや学校では「失敗する時間が作れない」のです。
そのために「失敗しない実験の手引」を使って授業をしたりします。これでは「実験もどき」でありましょう。
あらゆる手段を尽くして、頭でっかちな若者を量産した結果「応用力がない大学生をどうしよう」というのはあまりにひどいでしょう。

実際に、中高校生には「映画見ろ、本を読め」といったことを強調していますが、その反応の中に明らかに「本を読んでも良いのだ」という安堵感を示すコメントがあります。
若者の知識欲に対して「試験勉強するべき」というプレッシャーが常に掛かっているのだな、と実感するところなのです。

以下は、サンケイ新聞の記事です。

日本の大学は多すぎる? 増える「ナゾの学部」

「最高学府」であるべき大学が危機に直面している。現在、国公私立の4年制大学は全国で約760校。希望すれば誰でも大学に入学できるという「大学全入時代」にもかかわらず、約半分の私立大が定員割れを起こしており、飽和状態に陥っている。学生数を確保しようと焦るあまり、各大学が“一芸入試” レベルのAO入試を導入したり、ユニーク学部を相継いで新設したりした結果、一定の学力レベルさえない学生も「大学生」になってしまった。「算数レベルの学力さえない…」「まともな日本語すら書けない…」。そんな大学の叫びが聞こえてくる一方、ずさんな学部・学科を増やし続けた揚げ句、大学自体の質さえ保てない状況だ。一体、大学はどうなってしまうのか。

■グローバル、デジタル…増えすぎた大学

「健康プロデュース」「グローバルスタディーズ」「デジタルコミュニケーション」「社会イノベーション」「未来創造」「ライフデザイン」「シティライフ」…。これらは、ここ数年間に新設された学部名だ。聞いただけでは、一体何を学ぶのか、分かるようで分からないものが多い。

国公私立の4年制大学は平成20年度で765校(国立86校、公立90校、私立589校)。平成2年度が507校(国立96校、公立39校、私立372校)だったことを考えると、この約20年間で約1・5倍になったことになる。特に増加が著しいのは私立大学だ。学部数でみると、平成2年度は1310学部だったが、平成20年度には2374学部と1000学部近くも増加している。学部名だけをみても、平成20年度には445もの学部名がひしめいている。

子供の数は減り続けているにもかかわらず、なぜ、これほどまでに大学、そして学部が増えたのか。最大の原因は「大学の多様化」との理由で、平成15年度から設置基準が緩和されたことがある。これまでのように「大学設置・学校法人審議会」の認可を受けずとも、届けを提出するだけで新しい学部を設置できるようになった。毎年、新設される学部・学科は300前後にのぼるという。

背景にあるのは、「大学全入時代」だ。平成19年度の大学・短大の入学者数は計約70万人。一方、総定員数は約66万人。単純にみても、大学・短大への進学を希望すれば、ほとんどの学生が大学に入れる計算になる。しかし、その実態は、平成20年春には、4年制の私立大学の47・1%が定員割れし、過去最悪を更新するなど厳しい状況となっている。

ある大学関係者は「人気のある大学では定員数よりも多く入学させているケースがある。一方で人気のない大学や地方の大学には学生が集まらず、学校の運営さえ危ぶまれている」。

人気大学に多くの学生が集まると、人気の低い大学は残った学生を奪い合うことになる。このため、各大学とも、ユニークなネーミングの学部を新たに設置しては、学生の確保に力を注ぐことになる。別の大学関係者は「学生の興味を引きそうな学部を作ることで、他の大学との違いをアピールしなくては生き残れない」と話す。

■ずさんな学部設置…詐欺のようなもの?

「新しい学部設置は基本的に性善説なんですよ。まさか、大学が学部を新設するのに手を抜くことはないだろうと。しかし、実際にはそれが起きている。そして、学生が不利益を被っている。言葉は悪いが、学生は詐欺にあったようなもの…」。文部科学省の担当者はため息混じりに話す。

文科省によると、平成15~20年度に新設された学部のうち、380学部に調査したところ、およそ4分の1に当たる100学部で学生数の過不足やカリキュラム変更など、当初の計画通りには運営されていないことが明らかになった。学生にとっては、大学の門をくぐってみたら、当初の説明とは違う内容の授業を受けさせられたということになる。

大阪国際大(大阪府枚方市)では、昨年4月に新設した「ビジネス学部」と「現代社会学部」の2学部で、科目の3分の1について、担当教員や受講できる学年が変更されており、当初の届け出内容を大幅に逸脱していた。また、東京福祉大短期大学部(群馬県伊勢崎市)は、同じ法人が経営する専門学校と一部の授業が重複するなど、明確な区別がないまま授業が運営されていた。

さらに悪質なケースもある。福岡医療福祉大(福岡県太宰府市)では平成18年度以降、専任教員数が最大で32人も不足するなど、大学の設置基準すら満たしていなかった。文科省は、理事長らが認識しながら放置したと判断し、同大を運営する学校法人に対し平成22年度からの5年間、新たな学部の開設を認めないという処分を下している。

こうしたずさんな学部設置の背景について、文科省は「学生数を確保したいという大学側の焦りから、計画の見積もりが甘くなったり、設置計画を順守しようとする気も薄くなるのではないか」と指摘する。

■ノートの取り方やリポートの書き方まで…

大学生の質の低下も深刻だ。大学で基礎を一から教えないと、次のステップに進めない学生が増えている。文科省の平成18年度調査では、中学や高校レベルの補習授業を行っていた大学は全体の約3割にのぼった。

帝塚山学院大学(大阪市)は、1年生の必修科目として「大学基礎講座」を設置。ノートの取り方やリポートの書き方、図書館の利用法といった大学生活で必要な基礎中の基礎を学ばせている。同大では「4年間の大学での授業を最大限に生かすために、1年生のうちに基礎をしっかりと学んでもらいたい」と説明する。

また、日本橋学館大学(千葉県柏市)でも、1年生の必修科目として、授業の受け方や時間割の作り方などを学ぶゼミや、友人や教師との付き合い方を向上させる体験学習ゼミを設置している。

「消える大学 残る大学」などの著書がある桜美林大学の諸星裕教授は「少子化による大学全入時代は、簡単に言えば、偏差値上の上位の大学から順に受験生を取っていくという構図になっている」と指摘する。

つまり、上位校が定員数以上に、成績上位の学生を取った場合、中位校には、これまでよりも成績の低い学生が入学することになる。言い換えれば、これまで大学に入れなかった学生でも、大学生になれるということだ。結局、学生の質を落としているのも大学自身ということになる。

もう一つの“戦犯”とされるのが、書類審査や面接などによる「AO(アドミッション・オフィス)入試」だ。文科省の調べでは、平成19年度にAO入試を実施した国公私立大学は454校で、学部数では1047学部にものぼっている。入学者数の割合でも、推薦入試を含めると42・6%と全体のほぼ半数を占めており、もはや、入試スタイルの主流になりつつある。

本来は受験生の能力を総合的にみるという目的で導入されたものだったが、入学者を早く確保するため、高3の1学期に実施する大学も登場したり、学力検査を行ったりしていないケースもあり、「単なる一芸入試」との指摘もあるになっている。

大手予備校「河合塾」の担当者は「クラスの半分が秋ごろまでにAO入試や推薦入試で進路が決まってしまうため、現場の先生は、子供たちの学習習慣を維持させることが難しくなっているようだ」。

■リーダーではなく、土台を育てること…

大学が学生をダメにするのか、学生が大学をダメにしたのか。

文科省は今年度から、大学が学部・学科を新設する場合、カリキュラムや職員数などを記した基本計画書▽設立趣旨▽教員名簿-などを、同省のホームページ上で公表することにした。「看板」と実際の中身が異ならないようにするためだ。

また、届け出制度で設置された学部について、文科省は今年度からは調査した上で、基準を満たしていない大学について、学校名を公表することにした。

AO入試についても、平成22年度入試からは出願期間を8月1日以降に限定。合否判定には、筆記試験やセンター試験の成績などで十分な学力が身についているかの確認を求めるという。高校段階の学力を測り、大学入試などに活用するための「高大接続テスト(仮称)」の導入の検討も始まっている。

では、これからの大学に求められるものは何か。

諸星教授は「3ケタの割り算ができない学生に経営学を教えても意味がない。大学全入時代では、そういうレベルの学生が入学してくることを、もはや止められない。大学は社会のリーダーではなく、社会の土台となる大人を育てていくことが求められている。そのためには、それぞれのミッション(役割や個性)をはっきりさせ、学生の力をどれだけ引き上げてあげるかが重要だ。つまり、4年間でどれだけの付加価値をつけて社会に送り出せるか、が問われている」。

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4月 21, 2009 at 12:42 午後 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.03.29

小学校の理科教育の危機

京都新聞より「若手教員も「理科離れ」? 滋賀県の小学校

子どもたちの理科離れが問題視される中、小学校の若手教員にも理科に対する苦手意識が広がっていることが、滋賀県総合教育総合センターの調査で分かった。

大学で科学関係の実験、実習を経験しない教員が6割に上ることが理由とみられ、センターは研修などを充実する方針だ。

■高校の履修偏りも響く

県の理科教育充実に向けた資料とするため、センターが昨年8月に実施した。
対象は2003年から08年採用の小学校教員計926人で、回答率は92・1%だった。

大学で理科概論のほかに「科学関係の実験実習を受けた」のは、 全体で41・4%。年代別では、04年採用の54・5%をピークに、07年には28・9%まで落ち込んだ。08年は35・9%と持ち直したが、いずれも低い水準だった。

より専門的な知識などが必要とされる中学理科の免許の保有者は8・7%。03、04年の14%から減少傾向にあり、08年には4・7%にまで落ち込んでいる。

高校時の理科分野の履修科目は「化学Ⅰ」が82・1%、「生物Ⅰ」が78・6%。一方で「物理Ⅰ」は34・4%、「地学Ⅰ」は31・9%と偏りがあった。調査では、担当する学年が上がるにつれ、物理と地学分野の学習の指導を不得意と感じる傾向が顕著となっており、高校時の履修状況に関係するとみられる。

センターは「ゆとり教育や総合学習の導入で、理科の授業が減った影響があるようだ。苦手意識を持つ教員のため、新年度以降は理科関係の研修や講座を増やしていきたい」としている。

ちょっと前に「子供の理科嫌いの理由は、小学校の先生が理科嫌いであった場合に顕著である」という記事がありました。
さもありなんと思うところです。しかし、今回の記事はその理科嫌いの先生が増加している、という意味でありましょう。

だいぶ以前から「教育が文系とされているために、理系の学生が入りにくい」という指摘があって、文系の学生に理科を強制しても理科教育が出来るモノなのか?という意見は根強くありました。

今回の記事からデータを表にします。

2003年から08年採用の小学校教員計926人で、大学で理科概論のほかに「科学関係の実験実習を受けた」先生

Up

【注記】この表は、2003年~2008年まで、毎年同じ数の教員が採用されたという前提で計算し、かつ回答の無かったところは全体として一致する数字を当てはめた、仮定の計算です。

あからさまに長期低落といって良いでしょう。
日本は、今後も産業立国である国ですから小学校教員の半数以上が理科教育が充分に出来る体制を維持することが最低限では無いかと思います。

元もと、理科教育が頼りないとされていたところに、さらなる理科教育体制の劣化なのですから10年後20年後の日本がどうなるのか?きわめて深刻な問題だと言えるでしょう。

3月 29, 2009 at 11:49 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.03.15

「親権」の重さを示す例。

東京新聞より「即日審判で父母の親権停止 家裁、息子への治療拒否で

東日本で2008年夏、消化管内の大量出血で重体となった1歳男児への輸血を拒んだ両親について、親権を一時的に停止するよう求めた児童相談所(児相)の保全処分請求を家庭裁判所がわずか半日で認め、男児が救命されていたことが14日、分かった。

子供の治療には通常、親の同意が必要で、主治医は緊急輸血が必要だと両親を再三説得したが「宗教上の理由」として拒否された。

病院から通報を受けた児相は、児童虐待の一種である「医療ネグレクト」と判断した。

医療ネグレクトに対しては過去に1週間程度で親権停止が認められた例があるが、即日審判は異例のスピード。
児相と病院、家裁が連携して法的手続きを進め、一刻を争う治療につなげたケースとして注目される。

関係者によると、当時1歳だった男児は吐き気などを訴えてショック状態となり、何らかの原因による消化管からの大量出血と診断された。

病院は「生命の危険がある」と児相に通告。
児相はすぐに必要書類をそろえて翌日昼、両親の親権喪失宣告を申し立てるとともに、それまでの緊急措置として親権者の職務執行停止(親権停止)の保全処分を求めた。

こうした輸血拒否への対応については日本小児科学会など関連学会が08年2月、合同で指針をまとめており、今回のケースでも病院側はこの指針に従って対応した。
(共同)

ちょっと前に、知人である山形大学の apj さんのサイトで、高校で授業料未払いによって卒業証書を渡さない、といった報道を元に複数の議論が活発に交わされました。

今回この記事を取り上げたのは、apj さんのところで行われた議論の中に「親権を制限する」といった話が複数出てきて、親権を一時的にしろ停止することの大変さと、厳密な手続があり、法的には極めて大げさな事である、というのがよく分かる記事として紹介します。

apj さんのサイトでの話題は

などで活発に行われました。
その中に、高校生が未成年であるから、親の意に反して高校に通う場合、親が授業料を支払わないときに、除籍といった生徒(子供)が不利になる事態にならないように、親権を制限できないものか?という意見がありました。

その他いくつかの議論があったのですが、親権問題に代表されるように、高校生ぐらいの年代は、いわば過渡期であるかのように、あっちにもこっちにも問題が出てきて、庶民的な判断としては「法律の方がおかしい」と感じることも多いのですが、今回の報道で、親権の強さがよく分かると思い、紹介しました。

3月 15, 2009 at 10:25 午前 医療・生命・衛生, 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

給食費未払い問題

毎日新聞より「未納給食費:校長ら780万円「自腹」 鳥取市小中学校

鳥取市立の小中学校で05、06年度に未納になった給食費計約780万円が校長や教員の個人負担や、PTA会費などで立て替えられたままになっている。

市教委は「立て替えは今も全国的に行われているはずで、改善する」として、07年度以降の未納分を一般会計で補てんすることにしたが、05、06年度分は措置しない方針。

景気悪化で経済的に苦しい家庭が増える中、校長らが不況のツケを押し付けられた格好だ。

市教委によると、1人当たりの年間給食費は小学校が約5万円、中学校が約5万7000円。

文部科学省の全国調査(05年度)と市の06、07年度の調査によると、同市の未納額は

  • 05年度447万円(06年11月時点)
  • 06年度333万円(07年同)
  • 07年度198万円(08年10月時点)

07年度は小学校44校のうち12校で、中学校は18校のうち11校で未納があった。

市教委の担当者は「徴収のために家庭訪問すると、失業や離婚などによる経済的困窮を訴えられるケースが多い」と話す。
ある校長は「未納額が十数万円にもなり、大半を負担している校長もいる」という。

このため改善を求める声が上がり、市教委は07年度分以降について、督促に応じない未納者に対し簡裁に督促を申し立てたり、悪質なケースでは債権差し押さえ命令を地裁に申し立てるなど納付率アップに向け対応を厳しくした。

秋山光行・市教委体育課長は「全国でも学校側が負担している所はあるはず。鳥取市は解決に向けて一歩進んだ」と話す。
しかし、市教委は05、06年度分については「学校任せ」の方針だという。

文科省の全国調査では05年度の未納額は約22億3000万円に上るが、学校や教委の対応は把握していない。
鳥取県内の他の3市は、校長らの個人負担にならないよう不足分を市が賄うなどしている。

鳥取市中学校長会の木下法広会長は「最終的に管理職の校長が払わざるを得ない実態がある。経済的な困窮者を助けるのは行政の仕事ではないのか」と話している。【宇多川はるか】

給食費が5万円であるとすると、780万円とは156人となります。これが二年度分だから、年間で78人が未納。
では、鳥取市教育委員会が管轄する小中学校の数などはどうなのか?と調べました

鳥取市立の小学校は全部で44校、児童数は約10,800人です。
中学校は全部で18校、生徒数は約5,500人です。
詳しくは、下記をクリックしてください。

合計で、1万6300人。その内の156人だから、ほぼ1%ですね。

文科省のデータが、22億3000万円で、同じく年間5万円だと計算すると、4万5000人が未払いとなります。
文科省のデータでは生徒数は、小学校は712万人、中学校は360万人です。合計1072万人ですから、不払い者の割合は0.4%だとなります。
鳥取市教育委員会のデータは文科省のデータの倍の割合だとなりますが、これをどちらかのデータが信用できないのか、両方とも信用できるのか、つまり現実を反映しているのか?と考えますと、「校長らの自腹」で正しいデータが出てくるものでしょうか?

鳥取市のデータでは、07年度は小学校12校、中学校11校の総額が198万円だとなりますから、一校あたりでは8万6千円の未納となります。
これでは、ポケットマネーで何とかしてしまうこともあり得るでしょうし、PTA会費で穴埋めもできるでしょう。
むしろ問題は「ちゃんと情報が取れているのか?」になると思うのです。

3月 15, 2009 at 09:36 午前 教育問題各種 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2009.02.12

神奈川県立の中高一貫校が始まる

読売新聞より「公立一貫校サクラサク

県内初の公立中高一貫校の県立平塚中等教育学校、県立相模原中等教育学校で11日、1期生となる今春の入学生の合格発表が行われた。いずれも募集定員と同じ男女各80人が合格、計320人が難関を突破した。

県教委によると、合格倍率は、平塚中等教育学校の男子は5・38倍、女子は7・41倍。相模原中等教育学校の男子は14・49倍、女子は18・04倍だった。全受験者は3625人で、平均倍率は11・33倍の狭き門だった。

相模原市相模大野の相模原中等教育学校では午前10時、合格者の受験番号が掲示されると、少し離れて待っていた受験生やその保護者らは一斉に近寄り、自分の番号を探した。合格した受験生は掲示板前で記念撮影したり、家族や友人に電話連絡したりしていた。

掲示板の自分の受験番号を携帯電話で撮影していた女子生徒は、「まだ実感がわかない。中高一貫だから友達もずっと一緒にいられるし、これからが楽しみ」と笑顔。母親(43)も「私立の伝統校も検討したけど、ここは少人数で勉強できるところがいい。合格して本当によかった」と胸をなで下ろしていた。

わたしが直接この話を聞いたのは、昨年の春でした。平塚中等教育学校、相模原中等教育学校はそれぞれ神奈川県立大原高校神奈川県立相模大野高校に中等学校を作ります。(呼び名が「中等学校」で良いのか「中等教育学校」にするのか分かりません)

公立の中学校が県立というのが、まず珍しいと言えます。

中等学校は、21年度は当然1年生だけで2・3年生が居ませんが、同じ敷地に高校生が1~3年生揃っていることになります。

つまり、同じ敷地に中等学校と高等学校が併設された状態で始まります。

これが、21年度入学の中学生が高校生になる、24年度には高校は新入生の募集を打ち切ります。そして、中等学校の4年生というか高等1年生というかが高校1年生の席に入ります。
その後、24年度の高校2年生が高校としては最後の生徒となり、25年度末で高校が無くなる。というスケジュールになります。

一見して、私立学校が以前からやっていた中高一貫教育とそっくりではないか、と感じますが多くの私立学校が、高校でも新入生が入学するところを中等学校は全くやりません。
その意味では「徹底した6年制度」と言えます。

わたしが参加しているNPOが双方の「高校」で授業を行っている関係で、よく知っているのですが県教育委員会も非常に力を入れて、実力のある先生方を配置しているように感じます。

2月 12, 2009 at 10:53 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.12.30

教育関連のニュース

教育関連のニュースを集めました。

富山県の理科教育

なかなか良い取り組みだと思います。大学生を派遣するというのは数を確保するといった点からも確実ですね。

ただ、対象が小学校に限られているところがミソで、実験の支援という作業そのものは、小学校では年間を通じて一時期だけだから成立するのでしょう。
いかに学生といっても、毎週の実験に付き合うことは出来ません。その点、教育委員会が音頭を取ってやれば、各小学校のスケジュール調整も可能なわけで、大規模なことが割と簡単に出来た良い例になるでしょう。

しかし、教員の仕事が多すぎて支援が必要だというのは、中学も高校も深刻であって、理科実験の支援要員がいれば問題解決ということにはなりません。
これこそが問題かと思うのです。

給食費値上げ

「値上げ幅は月二百~三百円。」とのことですが、「県内最安値の月額三千三百円に据え置いてきた横須賀市は月七百円の大幅な値上げとなる。」そうですから、4000円になるわけですね。

一食で200円の計算ですから、絶対額としては高くはないですが、通学に伴って必須とされる出費の総額はかなりな額になり、実際に高校などでは学費免除などの支援措置を受けている子供がかなり多いところもあります。

総費用の観点からのチェックも同時に行うべきでしょう。

入学者全員に入学準備金3万円を贈る

「ヘンだと感じた事件」で紹介した「山形新聞より 荒砥高入学者に6万円助成へ 白鷹町、定員割れに危機感」と全く同じことのようですね。

来春には金山一、横田の2つの中学校が統合される。「高校までなくなれば町の灯は消える」と懸念を抱く町民は多く、町にとって高校の存続は大きな問題だ。

しかし、これで何とかなるものなのでしょうか?

理科支援員/授業充実へ欠かせぬ戦力

小学校五、六年の理科の授業で教員をサポートし、実験器具の準備や後片付けも担う「理科支援員」が、来年度さらに拡充される見通しだ。
支援員の大半は富山大の学生が務めている。
教員の負担を減らし、理科好きの子どもを増やす効果が期待され、教員志望の学生は実地経験を積むことができる。双方にとってのメリットをさらに大きいものにしていきたい。

理科支援員事業は、子どもたちの科学技術への関心を高め、国が掲げる「科学技術創造立国」の基盤を築く狙いがある。

今年は日本人のノーベル賞受賞ラッシュとなった。この吉報は、知的興味や好奇心から出発した研究が、いずれ社会に欠かせない成果に育つ可能性があることを教えてくれた。
そうした可能性の芽を膨らませるためにも、「科学は楽しいもの」との思いを、多くの子どもたちに持ってもらいたい。

一方では理科離れが言われて久しい。
これは、子どもたちのせいばかりではない。教える側が忙しいこともあるだろう。特に小学校の教員はほぼすべての教科を教えるが、中には理科を苦手とする人もいるはずだ。
外部から支援してくれる人材がいれば、時間的余裕が生まれ、指導力向上にもつなげられよう。

県教委は平成十九年度から、地域貢献を掲げる富山大の協力を得て支援員制度を始めた。
希望のあった小学校三十九校に人間発達科学部と理学部の学生六十八人を派遣した。本年度は五十九校に拡大し、新たに工学部の学生や教員OBも加わり、八十人が活動している。

実験器具の整理や予備実験を学生がこなすなどし、教員は授業に集中しやすくなる。
学生との打ち合わせに割かれる時間もあろうが、実験内容の質が高まり、理科教育の充実につなげられる効果は大きい。

二十一年度は支援員を百人程度に増やしたい考えだ。
事業の継続には学生たちの協力が欠かせない。参加学生には教員志望者も多く、子どもたちを直接指導する貴重な機会になる。意欲をさらに高めるために、教員免許取得時や採用の際に支援員の経験を加点材料にするなどのことが検討できないだろうか。

連続性も重要だ。中学校に進んだ後も、子どもたちには充実した理科教育を提供したい。
先日公表された国際数学・理科教育動向調査(TIMSS)では、学力の低下には一定の歯止めがかかったが、意欲の面で課題が残る結果となった。理科の勉強が楽しいと答えた小学四年生は87パーセントだったのに対し、中学二年生は59パーセントと落差がある。国際平均よりも低い。

暗記重視の詰め込み教育とならぬよう、生徒たちの興味を引きながら、より深く考察させる授業の工夫が求められる。多忙さや指導力の充実など学校や教員にとりさまざまな課題はあるだろうが、ここでも、地域の人をはじめとした外部人材を活用できれば大きな手助けになるはずだ。

柔軟性のある物の考え方ができる年代である。子どもたちの多様な能力を伸ばせるように、できうる限りの態勢を整えたい。

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11市町が給食費値上げ/17年ぶり横須賀も

食材の急激な値上がりなどのあおりを受け、県内各自治体の教育委員会は相次いで学校給食の値上げを発表している。県教委のまとめによると、二〇〇八年四月以降、値上げに踏み切ったり、来年に値上げを明らかにしたのは十一市町。改定に向けて検討中の自治体もあり、さらに値上げラュシュが続きそうだ。

〇八年四月から値上げに踏み切ったのは、平塚、茅ケ崎の両市と湯河原町で、値上げ幅は月二百~三百円。いずれも〇七年度に決めており、最近の食材値上がりが直接影響したものではなかった。

だが、食材の高騰が顕著になった〇八年秋以降、横浜、川崎、横須賀など七市と葉山町の計八市町が相次いで値上げを表明。このうち五市一町は〇九年四月からの予定だが、伊勢原市はすでに今年九月から踏み切り、横浜市は〇九年一月からの実施となる。

各自治体はこれまで、豚肉は赤身から脂身付きに部位を変え、デザートの回数を減らす」(伊勢原市)、「ブリを値段の安いサワラに変える」(鎌倉市)など単価を抑える工夫を重ねてきたという。

しかし、約十年前の消費税率引き上げ時も上乗せせず、県内最安値の月額三千三百円に据え置いてきた横須賀市は「努力も限界。必要とされる栄養価を確保するためにはやむを得ない」(学校保健課)として、十七年五カ月ぶりに月七百円の大幅な値上げとなる。

大和市は、今年九月時点での食材費は前年同期比で約3・9%上昇。横浜市は〇七、〇八年の九月で食材価格を比較すると、スパゲティ(一キロ)は百七十五円から三百六十四円へと、約二倍になった。給食費を値上げしない場合、〇八年度は三億三千二百万円の赤字が見込まれるという。

一方、値上げを表明していない自治体も苦しい事情は変わらない。「経済状態の悪化は実感で分かる。現時点では食材の仕入れで工夫し、何とかしのぎたい」(厚木市)と踏みとどまろうとする自治体がある一方、「これまでは工夫で乗り切ってきたが、来年一月に給食会の総会を開き、値上げするかどうか話し合いたい」(小田原市)と改定を視野に入れて検討しようとする自治体もある。

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高新の新入生に3万円贈呈 金山町が学校存続に向け補助制度

川口高がある福島県金山町は、来春からの入学者全員に入学準備金3万円を贈る方向で検討を始めた。入学生確保の取り組みで、県教委によると、実現すれば県内初。在校生一人一人にも年間で2万円ずつを贈呈する考え。町は高校を「まちづくりに必要不可欠な地域のシンボル」と位置づけている。富岡高川内校が入学者不足による募集停止となる中、県内の分校や小規模校を中心に生徒獲得に向けた動きが活発化している。

町は議会に説明した上で来年度当初予算に入学準備金と在校生への「贈呈金」を計上する見通し。入学準備金などは川口高後援会の桐径会(会長・長谷川律夫町長)を通じて配布する。

同校の全校生徒は毎年、約130人から150人程度。生徒への入学準備金や「贈呈金」は、毎年300万円前後となることが見込まれる。

町が入学準備金を負担してまで入学者を確保する背景には、生徒募集停止に関する県教委の基準重視の姿勢がある。基準は3年連続で入学者が定員の2分の1以下になった場合には分校化、分校が同じケースとなった場合、生徒募集を停止する。来年度から富岡高川内校が初めて適用される。

川口高の現在の定員は70人。平成7年から14年連続で定員割れの状態が続いている。今春の入学生は40人で、県教委の基準には至っていないが、定員の2分の1の35人を5人上回るだけとなっている。

町は過疎高齢化が進み、来春には金山一、横田の2つの中学校が統合される。「高校までなくなれば町の灯は消える」と懸念を抱く町民は多く、町にとって高校の存続は大きな問題だ。

桐径会は隣接する三島町や昭和村から通学する生徒に通学費を補助している。土曜、日曜に食事が出ない寮で生活する生徒には週末に民宿に宿泊する費用の一部を補助するなどの取り組みを続けている。長谷川町長は「高校は地域の宝。存続させるために今後もさまざまな施策を検討していきたい」と話している。

金山町に隣接する只見町の只見高では毎年、県内外から山村で学びたい生徒を受け入れる山村教育留学を実施し、入学者増を図っている。西会津町の西会津高では会津坂下町や柳津町からの生徒が通学しやすいようにバスを独自に走らせている。飯舘村では村内の相馬農高飯舘校の生徒の就職支援を行うなど、各自治体が入学者の確保に懸命だ。

今春の入試で定員割れした学科がある全日制高校は、91校(分校を含む)のうち37校。定員の2分の1以下は富岡高川内校と浪江高津島校の2校だった。

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12月 30, 2008 at 11:41 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.12.29

教育関係(?)のニュース

教育問題(?)のニュースを集めました。

琉球新報・人材育成

公立学校での人手不足は、あまり一般に知られていないと言って良いでしょう。 わたし自身も、学校に行くようなって理解しました。

問題は、学校運営上でどこが手不足になっているのか?をキチンと論じている記事が見えないことです。
琉球新報社説でも「教師が忙しい」という話から「教員を増加するべし」と受け取れる内容ですが、わたしには、教員の本来の仕事が子どもたちに教えることなのだから、教員をバックアップする助手とか事務職といった人たちを新たに仕事に就けるべきだろう、と思うのです。

問題になっている「理科離れ」などは実験の準備と片付けなどを助手に任せれば、先生はより多くの時間を授業に割くことが出来ます。
先生が行うことになっている、成績などの事務管理も一人の秘書が複数の先生の事務処理を代行できる部分はたくさんあるでしょう。

現在の公立学校の人の使い方は極めて非効率であると感じています。

携帯電話

秋田魁新聞社説の主張の通りで、情報教育の充実の方が「携帯電話の校内持ち込み禁止」などという施策よりはるかに重要です。

名古屋市立大学が理学部を新設

最初は「名古屋大学か?」と思ったのですが「名古屋市立大学」ですね。
なんか安直な企画という気がするのでありますが・・・・。

公立学校調査 予算拡充で人材育成を

教育現場が予想以上に疲弊している。そう思わざるを得ない。

県教育委員会が実施した調査によると、勤務時間外労働の増加など、先生方の負担が目に見えて増えている。

「子どもとじっくり向き合えない」「教材研究の時間がない」という。雑務に追われ、本来の教育に専念できないということであれば、事は深刻。早急な改善策が必要だ。

沖縄県の低学力問題がクローズアップされて久しい。

多くの要因が指摘され、それなりの対策も取られているが、これといった効果が出ていないのも事実だろう。

確かに、こんな現状では学力向上をいくら強調しても、取れる方法は限られている。
授業の基本である「児童」と「教師」の距離が遠くなっている気がするからだ。

調査によると、県内公立学校の教員の52・1%が、全国平均1時間43分を上回る2時間以上の超勤業務に従事している。
5時間以上も5・9%に上る。また、平日には78・8%が自宅に業務を持ち帰り、休日にも68・6%が出勤している。

校務分掌や部活動などに時間を取られ、授業の準備など本来の教育がおろそかになる、という実態が浮かび上がってくる。

教員の病気休職や精神疾患が全国的に増え、過去最多を記録している。特に精神疾患がひどく、2007年度には4995人で、病休者全体の62%を占めている。
沖縄でも153人が精神を病んで休職しており、現場の過重な負担がいかにストレスを引き起こしているか、よく分かる。

こう見てくると、教員増と連動した「30人学級」の実現が、どうしても避けて通れないのではないか。とはいえ、政府は教育予算の削減に腐心しているとしか思えない。

今夏、初めて策定された教育振興基本計画でも当初、文部科学省は小中学校の教職員定数を2万5000人増やすよう求めていた。だが財務省などの反対で明記が見送られてしまった。資源の少ない日本は人材こそが最大の資源。100年先を見据えた教育施策が求められている。

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小中生の携帯規制 優先させたい情報教育

政府の教育再生懇談会は、小中学生による学校への持ち込みの原則禁止を盛り込んだ子どもの携帯電話利用に関する素案をまとめた。
3年後に施策の検証を行い、法整備も含めた必要な措置を講じるよう国に求めており、小中学校での携帯電話禁止が方針として前面に打ち出された。

しかし現実には、児童生徒の携帯電話所持率は増加を続けている。

本県も例外ではない。防犯対策のために持っているケースが多いのが実態であり、強圧的な規制は避けたい。携帯電話による犯罪やいじめなどの、被害者にも加害者にもならないために、むしろ情報教育の充実を優先させたい。

県教育庁義務教育課の調査では、本県の児童生徒の携帯電話所持率(5月1日現在)は小学生が5・7%、中学生は22・7%。学校が不感地帯という地域もあって、全国平均(小学生約30%、中学生約60%)を大きく下回る。しかし、この3年でいずれも2ポイント程度増えており、今後も増加することは間違いない。多くが、部活動や塾通いのために帰宅が遅くなる子どもたちとの連絡用として、親たちが持たせているという。

県内の小中学校の対応は、ほぼ全校が「原則持ち込み禁止」である。

ただし、ほとんどの学校で防犯という所持の目的に配慮した例外規定を設けている。
PTAなどの場で、教師が父母らと話し会い、必要と認めた場合に持ち込みを認めている。実情に即した現場判断であり、今後とも継続して実施するよう望みたい。

携帯電話規制は、子どもたちの携帯電話への依存が強まり、犯罪やいじめの危険性が高まっていることへの対応策であることは確かだ。
しかし、忘れてならないのは、問題が携帯電話にあるのではなく、所持する人の使い方にあるということだ。

特定の個人に対する誹謗(ひぼう)中傷の書き込みが問題視されている学校裏サイトも、メールによるいじめも、出会い系サイトによる性犯罪も、モラルの問題である。

匿名性が高く、情報が独り歩きする恐れのあるネット通信の裏面も教え、情報を自分の判断で取捨選択できる能力を身に付けさせることこそ必要だ。県内では技術などの授業でインターネットを含むパソコン操作などの情報教育を行っているが、より踏み込んだ指導が求められる。

県内での利用率が小学生47・7%、中学生37・2%にとどまっている携帯電話のフィルタリング機能も、有害サイトへのアクセスを制限する有効手段であり、学校、家庭双方が利用の普及に努めるべきだ。

その利便性の高さから、携帯電話普及の流れは止まらないだろう。

県内でも高校生の所持率は3学年を通して90%を超える。情報の良しあしを判断できる力を養う情報教育は早いに越したことはない。

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名古屋市立大が理学部新設を構想 ノーベル賞で人気

名古屋市立大が、ノーベル賞受賞ラッシュで学生の人気が高まっている理学部を新設する構想が明らかになった。2009年から設置に向けた調査を始め、早ければ12年度から学生を受け入れる。

名市大は市内の計4キャンパスに計6学部あり、理学部の新校舎は山の畑キャンパス(瑞穂区)に建設。定員50人。生物環境や遺伝子、生命の進化など現在は高知大などにしかない環境に特化した理学部にする。

教員は25人で、研究者だけでなく、環境省OBや、10年に名古屋市で開かれ、7千人の政府関係者や研究者らが集まる生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)で世界的な大物科学者や名物教授の“スカウト”も目指す。

東海3県には名古屋大にしか理学部がない。ノーベル賞受賞ラッシュで基礎研究の大切さが見直されつつある中で、大半が他県に流出している理学部志望者をこの地域に引き留めることにもつながる。

11年度にも文部科学省に認可を申請する意向だが、人文社会学部の教員を削減するなど組織再編も進める。

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12月 29, 2008 at 10:52 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2008.12.20

気になるニュース

    <
  1. 朝日新聞より「裁判員候補4割、調査票を返送 辞退希望含む12万人」
  2. 東京新聞より「ネット中傷から子を守れ 都がヘルプデスク」
  3. 東京新聞より「学力テスト、抽出調査に 犬山市教委が国に初の意見書」
  4. 京都新聞より「栗東の土地区画整理事業を廃止 新幹線新駅建設中止で市が公告」
  5. 読売関西より「明石市議会、市長退職金減額を可決 返上撤回に反発」
  6. 読売関西より「パナソニック、三洋電機の子会社化を発表」
  7. 宮崎日日新聞より「住民投票条例廃止で原発論争再燃か 串間市」

裁判員候補4割、調査票を返送

約29万5千人のうち、4割にあたる約11万8500人から辞退の希望などを確認する調査票の回答が返送されてきた

何らかの問題がある人が返送する仕組みですから、辞退を希望する人が非常に多いとは言えるでしょう。
半数に近いというのは、驚きです。

ネット中傷から子を守れ 都がヘルプデスク

やらないよりは、ずっとマシですが、子どもたちはイタズラをするものであって、ネットでやると被害がひどくなったり、拡大したりするということでしょう。
だから、事後に被害者の面倒を見るのは当然として、ネットの使い方教育をキチンとやることが必要です。
これも「小学校でやったから良い」ではなくて、小学校から、高校までずっとやる必要があります。
ところが、現在は「小中学校に携帯電話を持ちこませない」なのだから、どういうビジョンで教育するつもりなのでしょうか?

「裁判員候補4割、調査票を返送 辞退希望含む12万人」

最高裁は19日、来年1年間の裁判員候補者として通知を送った約29万5千人のうち、4割にあたる約11万8500人から辞退の希望などを確認する調査票の回答が返送されてきた、と発表した。
該当する項目がない場合は返送する必要がないが、最高裁は現時点では内訳を集計しておらず、返送されたすべてが辞退希望かどうかは不明だ。

候補者への通知は11月28日に一斉に発送された。調査票の回答は通知に同封されており、返送の締め切りは今月15日だった。
マークシートに記入する方式で

  • (1)病気や高齢など1年を通じて認められる辞退の理由があるか
  • (2)1年間のうち特に忙しいため裁判員になることを避けたい月があるか
  • (3)住所を移転したか――などを書き込む。

最高裁は年明け以降に一括して内訳を集計する方針で、結果は2月下旬ごろに取りまとめる予定。

一方、候補者が転居してあて先不明になっていたり、受け取りを拒否されたりして、届かずに戻ってきた通知は16日朝までに約2700通あったという。(中井大助)

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「ネット中傷から子を守れ 都がヘルプデスク」

インターネットや携帯電話のトラブルから子どもを守るため、東京都は来年度、子どもや保護者からの相談に解決策を助言する「ネット・ケータイヘルプデスク(仮称)」を創設する方針を固めた。都の調査で、高校生の十人に三人、中学生の四人に一人が中傷の書き込みや迷惑メールなどのトラブルを経験しており、個別の不安や悩みに応える受け皿が必要と判断した。

都青少年・治安対策本部によると、ヘルプデスクは専門知識を有する関係機関に委託して開設。ネットや電話による相談の受け付けを想定している。

例えば、不特定多数への転送を求める「チェーンメール」が届いて困っている場合は、不安を取り除くために転送先を紹介。中傷の書き込みには、サイト管理者に削除を依頼する方法を助言する。「ワンクリック詐欺」などの架空請求の相談にも対応する。

都が今年七月に実施した公立学校の児童・生徒への調査で、「ネット上で自己紹介ができる『プロフィルサイト(プロフ)』で中傷を書き込まれた」などのネットトラブルの経験が判明。一方、相談を受ける側の教員も67%が、対処の仕方などで「困っている」と回答した。

都はヘルプデスク開設と併せ、子どもに適正利用を指導する取り組みを展開し、有害サイトの閲覧を制限する「フィルタリング」の改善にも役立てる。

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「学力テスト、抽出調査に 犬山市教委が国に初の意見書」

全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)に全国で唯一、不参加を続けている愛知県犬山市教育委員会の丹羽俊夫委員長は19日、文部科学省を訪ね、2009年度全国学力テストの実施方法について塩谷立文科相あての意見書を提出した。
同市教委が学力テストについて国に意見書を提出するのは初めて。

意見書は、学力テストの結果公表や開示をめぐる混乱が全国的に広がっている原因について、調査の狙いや考え方が不明確だとして国の手法を批判。
結果公表が過度の競争や序列化を引き起こす恐れがあるとして、すべての学校を対象にした悉皆(しっかい)調査を、抽出調査に変更すべきだと要求。公表の在り方を見直すようにも求めている。

09年度の実施要領は年内にも各教委に通知される見通し。

瀬見井久・犬山市教育長は「国は学校別の結果などを公表しないように指導しているが、情報公開が進む世の中の流れに逆行している。来春の実施要領が通知されるまでに、意見を具申したかった」と話した。

応対した文科省初等中等教育局学力調査室の小松悌厚室長は「学力テストは平均点を出すのが目的ではなく、悉皆調査は学校が置かれたきめ細かな状況を把握するために必要だと説明した」という。

(中日新聞)

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「栗東の土地区画整理事業を廃止 新幹線新駅建設中止で市が公告」

滋賀県栗東市は19日、建設中止になった新幹線新駅の予定地周辺で進めてきた土地区画整理事業(50・2ヘクタール)の取り消しを公告した。

事業は正式に終了し、国松正一市長は「新駅中止により事業廃止せざるを得なくなり、手続きを進めてきた。課題は山積しているが、解決に向けて全力で取り組む」とのコメントを出した。

事業廃止で、土地の仮換地を終えていた地権者238人の土地は従前に戻り、土地利用の制限は解かれるが、県が決めた都市計画が残るため、依然、土地が自由に利用できない状態が続く。

今後は新駅に代わるまちづくりが焦点になり、地権者からは「もっと積極的に進めてほしい」との要望が強い。県と市は来年度上半期までに次のまちづくり構想をまとめる方針。

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「明石市議会、市長退職金減額を可決 返上撤回に反発」

兵庫県明石市で、北口寛人市長が昨年4月の市長選前に、1期目の退職金約2400万円の返上を表明したのに、再選後、一転して退職金を受け取る意向を示し、市議会が猛反発する事態が起きた。北口市長は今月、満額支給を求めて市議会(定数31)に特別職給与条例改正案を提出したが、議会側は19日の本会議で、市長にお灸(きゅう)をすえる形で、492万円に減額する修正案を可決した。

この問題は、北口市長が2006年に市議会で「4年という短い期間で退職金を受け取るというのはいかがなものか」と発言したのがきっかけ。市長ら特別職の退職金の支給を停止するため、07年3月に条例を改正したが、再選後、今年11月に市長の諮問機関・特別職報酬等審議会から「退職金の支給停止措置は正常な状態とは言い難い」との答申を受け、返上の考えを撤回した。

これに対し、反発したのは議員側。今議会では市長の満額支給案に対し、「市長にはけじめをつけてもらいたい」「不況で住むところに困る人がいるのに、2400万円を受け取るのはいかがなものか」などとして、「減額」「不支給」の2議案を議員提出する異例の事態になった。この日の採決では、在籍4年の市職員と同じ基準で退職金を算定した減額修正案を16対14の賛成多数で可決した。

可決後、北口市長は「市民の代表である市議が出した結果を言葉だけでなく本心で受け止めたい。市民に迷惑をかけた」と謝罪した。

(2008年12月19日 読売新聞)

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「パナソニック、三洋電機の子会社化を発表」

800億円の増益効果目指す

パナソニックと三洋電機は19日、2009年春にパナソニックが三洋を子会社化することで最終合意し、資本・業務提携を結んだと発表した。

パナソニックは独占禁止法などの手続きを終えた後、09年2月をめどに三洋株の公開買い付け(TOB)を1株131円で実施し、三洋を傘下に収める。これにより同年3月末にも、連結売上高10兆円超(09年3月期予想の合算)という国内最大級の巨大電機グループが誕生する。

パナソニックは、普通株換算で三洋の発行済み株式の7割を持つ金融3社の保有株を取得することで3社と合意している。TOBにかかる費用は約5600億~8000億円となる見通しだ。
両社は委員会を設置して経営管理や事業戦略、コスト削減などの協議を進め、12年度に営業利益ベースで800億円の増益効果を目指す。

三洋は当面、ブランド名と上場を維持するが、19日夕、大阪市内で記者会見したパナソニックの大坪文雄社長は「将来のシナジー(相乗)効果の出方を見て、その後に経営統合というのを考えていく」と述べ、将来の経営統合を強くにじませた。一方、同席した三洋の佐野精一郎社長は、「パナソニックから物心両面の支援が具体化され、同社グループの中で我が社のエネルギー、環境事業をさらに飛躍させることができる」と期待を示した。

三洋は、ハイブリッド車向けに大きな成長が期待されるリチウムイオン電池の世界最大手、太陽電池は7位と世界的に高い競争力を持つ。パナソニックは三洋のこれら「エナジー事業」をデジタルAV(音響・映像)、白物家電、カーエレクトロニクス、半導体・部品に続く第5の事業の柱と位置付け、1000億円を追加投資して研究開発などを加速させる。

4000億円上限、社債を発行

パナソニックは19日、4000億円を上限に無担保普通社債を発行することを決めた。一部を三洋の株式買収に充てるほか、設備投資の資金を確保する。

(2008年12月20日 読売新聞)

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「住民投票条例廃止で原発論争再燃か 串間市」

原発立地問題で揺れた串間市で19日、一部市議が市議会に原発立地の是非を問う住民投票条例の廃止動議を提出しようとしたものの、別の議員の抵抗を受けて見送った。

提出に動いた議員は「長年放置され、もはや無用の長物」としているが、同条例は九電が立地を断念した要因の1つになっており、議会内の原発論争にも発展しそうだ。

提出を試みたのは、過去に推進派として活動した森光昭議員(無所属)ら。
同日、最終日を迎えた市議会の最後に動議を提出しようとしたが、別件動議が提案理由説明前に採決され直ちに否決されたことから、同様の結果を招くことを避けて提出を取りやめたという。

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12月 20, 2008 at 01:34 午後 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.12.18

小中学校の携帯電話持ち込み禁止議論

大阪日日新聞より「携帯電話の持ち込み禁止 市町村に指導要請

小中学校に児童・生徒が携帯電話を持ち込むことを原則禁止する方針を決めた大阪府教育委員会は十七日、府庁新別館で府内市町村教委の生徒指導担当課長らを対象とした会議を開き、学校で指導を徹底するよう要請した。

会議には、政令指定都市の大阪、堺両市を除く市町村教委から約七十人が出席。

府教委の担当者が過度の携帯電話依存が小中学生に広がり、依存傾向が強い子どもほど家庭での学習時間が短いなどとする調査結果を説明し、「携帯電話を禁止している学校は多いが、生徒・児童が持って来ているのが現状。ルールを見直し、しっかりと指導する契機にしてほしい」と呼び掛けた。

出席者の一人は「各校で携帯電話のトラブルがあり、府の通知で現場は指導しやすくなる」と話していた。

携帯電話の使い方が問題になっているのは分かるのですが、何をどうするのが「改善」なのか分かりません。
確かにネットいじめとかトラブルといったものは無い方が良いに決まってはいますが、それは携帯電話の使い方の問題であって、学校に持ちこまないと言っても学校外での携帯電話使用が野放しなら、学校に相談できなくなる分だけかえって事件が隠れるかもしれません。

では、家庭での学習時間が短くなる、という問題はどうなのでしょうか?。今回の騒動の元ととなった大阪府が作った「平成20年携帯・ネット上のいじめ等課題対策検討会議」のPDFに、家庭での学習時間についての報告があります。

家庭(塾を含む)での学習時間の割合(単位%)
家庭での学習時間小学4年生小学6年生中学1年生中学3年生高校1年生高校3年生
0~30分19.715.925.41854.551.3
30分~1時間31.629.620.915.318.513.4
1時間~1時間30分19.320.21818.510.27.5
1時間30分~2時間10.913.115.619.15.96.5
2時間以上12.918.317.3275.418.7
無回答・無効5.52.92.92.12.52.6

Up

早い話が、高校に進学すると学校外では勉強しなくなるというデータです。
これでは、小中学校に携帯電話の持ち込みを禁止したとして、家庭での学習時間が増える結果が期待できるとは思えません。
ところがこんな記事が出ています。毎日新聞 2008年12月3日の記事携帯電話:小・中学校への持ち込みを原則禁止 大阪府教委

大阪府教委は、小・中学校の児童生徒が学校に携帯電話を持ち込むことを原則禁止とする方針を決めた。

高校では生徒が校内で使用することを原則禁止とする。府教委が調査したところ、児童生徒が携帯電話に過度に依存する傾向が強まっていることが分かり、規制が必要と判断した。

ただ小・中学校でも子供の安全目的で保護者が求めるという場合は、学校の判断で登下校時に持たせることを認める。

文部科学省は7月、都道府県教委などに携帯電話の取り扱いに関する方針を明確化するよう通知。同省によると、市や町で携帯電話を持たせない取り組みをしているところはあるが、都道府県レベルで学校への持ち込みや使用制限を設けるケースは異例だ。
府教委は今後、小・中学校の設置主体の市町村教委に対し、各校への指導を要請。来年度にも「原則禁止」を実現する意向だ。

府教委の検討会議は今年7月、小、中、高校の児童生徒と保護者、学校を対象に携帯電話の使用実態について抽出調査を実施。携帯電話を持っている児童生徒のうち、中学1年生の15.6%、高校1年生の32.6%は1日の使用時間が3時間以上▽中学1年生の10.6%、高校1年生の15.9%は1日のメールの送信回数が51回以上--などの結果となった。

また、携帯電話の使用時間やメールの頻度を「依存傾向」として数値化し、学習時間との関係を分析。
1日の学習時間を「0~30分」と答えたのは、依存傾向の低い児童生徒では29.6%、中くらいの児童生徒では41.7%だったのに対し、依存傾向の高い児童生徒では50.3%を占めた。
すでに小学校の88.1%、中学校の94.2%が持ち込みを禁止。一方、高校では95.2%が持ち込みを禁止しておらず、うち96.8%が校内での使用を認めていることも分かった。

 橋下徹知事は3日の記者会見で「大人になれば、いやでも携帯電話から離れられなくなる。子供のうちは携帯電話から離れて、ゆっくり自分の時間を使ってほしい。まずは家庭の責任で、親が制限をかけてください」と呼び掛けた。【鮎川耕史】

直感的に、高校生の方が携帯電話をより多く使うはずだと分かるので、同じ資料から「1日の携帯電話使用時間」を見てみると

一日の携帯電話操作時間
携帯電話使用時間小学4年生小学6年生中学1年生中学3年生高校1年生高校3年生
0分~5分43.522.49.66.34.34.8
5分~30分32.538.528.820.315.617.3
30分~1時間11.82226.524.72022.5
1時間~3時間3.410.718.827.426.928.6
3時間以上5.75.515.620.332.626.3
無回答・無効30.90.710.70.5

Up1

これで携帯電話の使用時間で家庭学習の時間が減っていると言えるのでしょうか?。むしろ、高校に進学すると家庭学習をしなくなる(親が教えられなくなる)、といったことを示しているだけではないのでしょうか?
少なくとも、携帯電話使用時間が少ない子どもが高校生では激減することは分かりますが、著しく増加するという傾向は見て取れませんし、その一方で高校では家庭学習の時間が激減している事は事実です。
関係ないものをくっつけたように見えてなりません。どうも、データの関連性を明示しないまま「携帯電話を使うと学習時間が減る」と記事にしたように感じます。

12月 18, 2008 at 01:22 午後 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2008.12.16

教育再生懇談会も携帯電話を禁止に

読売新聞より「教育再生懇、小・中学校での携帯電話「原則禁止」提言へ

政府の教育再生懇談会(安西祐一郎座長)がまとめた子供の携帯電話利用に関する提言の素案が15日、明らかになった。

小中学校への持ち込みの原則禁止などの方向性を示したことが特徴で、来月、麻生首相に提出する予定だ。
大阪府の橋下徹知事が、政令市を除く府内の公立小中高校で携帯電話の持ち込みや校内での使用を禁じる方針を示して波紋を呼んだばかりだけに、政府の今後の対応が焦点となる。

素案では、子供の携帯電話利用の弊害に関し、「わいせつ情報や暴力、いじめを誘発する有害情報が悪影響を与える」と指摘、保護者が「家庭内ルール」を作ることや、小中学校が「持ち込みの原則禁止」を打ち出すなど、利用方針の明確化が必要だとした。

子供が携帯電話を持つことそのものの是非については、家庭との緊急連絡などのために必要との主張に配慮し、「通話先限定や、GPS(全地球測位システム)機能のみの携帯電話や、これらの機能に緊急連絡用のメール機能を付加した携帯電話は有効」とした。

その上で、PTAや教育委員会が連携して、機能限定機種の「推奨制度」の確立を提案している。電話会社にも、学校などに子供が使いやすい公衆電話を確保するなどの協力を求めた。

また、保護者の判断で有害サイトに接続できないようにする「フィルタリング機能」の利用状況や、有害情報の影響について、国が3年後に検証し、改めて対策を講じるとした。

教育再生懇談会はどっちに向いて何を言っているのか分からないところがありますが、今回の「提言」も例にもれないですね。

小中学校が持ち込み禁止を打ち出すべし、と言いつつ、機能制限をした携帯電話を推奨する、フィルタリング機能をチェックする。
これでは「持ち込み禁止」というのは何を指すのか分からない、さらに機能限定もフィルタリングもすでに実現しているのであって、その実態に問題があるというのなら分かるが、この記事の範囲では実態を検証した形跡もない。

小寺信良氏が「ケータイ持たせない論 に見る大人教育の困難」という面白い記事を書いています。
大変に長いので、目に付いたところだけ紹介します。

「学校への携帯持ち込み禁止」が話題となったが、禁止か許可かだけの議論は意味を持たない。見当違いの議論をする前に、やらなければならないことは山積している。

 個人的にはこれまでどおり、規制よりも先に教育があるべきという考え方に揺らぎはないが、実際に教育へ着手してみると、いろいろなことが分かってきた。MIAUとして学校教材としてのリテラシー読本「”ネット”と上手く付き合うために」を作成したが(リンク先PDF)、これは当初、親に向けた内容になるはずだった。しかし学校で子供たちの実態をヒアリングしていく課程で、学校での教育がまず先に困っているという現状が分かった。

 学校教育に関しては、制度やシステムで対応できる。しかし親に対しての啓発で、このような手法は通用しない。大人を教育するということは、次元の違う話であることを実感させられる動向が目に付くようになってきている。

確かに携帯にはおもちゃ的な要素もあるが、おもちゃだとしても与えない方がいいのか、昔ながらにブランコや縄跳びで遊んでいる方がいいのか、というところが気になる。物心ついた頃からすでに手元に情報機器があって、その経験が人の繋がり方や発想、能力、可能性を広げていくということも考えられるわけだが、不所持規制は、子供たちにそっちの未来への選択権を与えないことになりはしないのか。そこが心配である。

 もう1つは、それをいつまで続けるのか、終わりが見えないことである。いつまでというのは「高校生まで」ということではなく、その地域の小中学生は2030年とかになっても携帯なしなんですか、ということである。

 しかし携帯電話は、急速に普及したから問題を生んでいるわけであり、今大学生ぐらいの人たちが小中学生だった頃とは事情が違う。だが年齢的には数年しか違わないため、子どもがそれほど違うはずがない、という前提に基づいた判断をする。この普遍的な自信は、子育てを終えた親には共通に見られる傾向だ。

 人としての子供は変わらないが、子供社会が変わってしまったのである。多くの大人は、そこが受け入れられない。

 筆者の個人的な感想を言わせていただければ、そんなことしても何も変わらないし、見当違いなことに大騒ぎしてもしょうがないと思っている。理由を説明していこう。

1. 制限するのはそこじゃない

 今回の携帯持ち込み禁止の方針を打ち出した背景は、大阪府教育委員会の「携帯・ネット上のいじめなど課題対策検討会議」が出した「とりまとめと提言」に基づいたものである。ここの「提言1」として、「小中学校は、学校への児童生徒の携帯電話の持ち込みについては原則禁止、府立学校は、校内において、原則使用禁止」とある。

 とりまとめでは、「携帯依存が進行しており、学習時間が減っている」という調査結果を出しているが、そもそも学習時間が減っているというのは家庭内のことであり、学校でのことではない。そもそも学校では、携帯電話をいじくる時間は休み時間の10分間に頑張るか、昼休みの30分ぐらいのことである。学校生活は、それほどヒマではないのだ。

 携帯依存の問題を気にするのであれば、家庭内での時間制限などを行なわなければ、意味がないのである。

2. いじめの解決にもなってない

 対策検討会議の名称が物語るとおり、そもそもは「ネットいじめ」に対する実態調査と対策が課題である。しかしネットいじめと携帯を学校に持っていくことには、ほとんど関係がない。なぜならば、根本的に「リアルいじめ」の延長で「ネットいじめ」があるわけで、それぞれが独立して存在しているわけではないからである。

 これは個人的な体験からも断言できるが、ネットいじめが深刻なのは、いじめが学校だけで終わらないことである。携帯電話がない世代にもいじめはあったが、家にまで押しかけていじめるというケースはなかった。家庭は安住の地であり、親と一緒にいることで心の平穏が保たれ、家族愛の中で子供は自分の価値を知る。しかし携帯電話によるネットいじめは、家庭にいる時間にまで執拗に訪れるから、問題なわけである。

 学校に携帯を持ち込まないことは、この問題解決にほとんど影響を与えない。まあ強いてあげれば、お互いのメールアドレスの交換が多少不自由になるぐらいのことである。

3. そもそもは、文科省が言い出したことである

 小中学校の携帯電話持ち込み禁止の方針は、今年7月に文部科学省から出された「児童生徒が利用する携帯電話等をめぐる問題への取組の徹底について」という通知で、「指針例」として明言されている。例として書いてはいるが、「以下の指針例を参考とし、~児童生徒への指導を徹底すること。」という表現である。どう見ても、指針例に従えと読める。

 要するに今、マスコミも含めてなんかオオゴトになってきているのは、そもそも青少年ネットリテラシなんか全然興味のない人たちが大量に押し寄せて来て、本来切り分けなければならない問題をぜんぶ1つの鍋にぶちこんで闇鍋状態にしてしまい、それを食って「ケータイはマズい」と大騒ぎしているからである。

 それらの論でもっとも不毛なのは、「携帯を持たせるのは銃を持たせるのと一緒」とか、「携帯を持たせないのは服を着せずに外に出すのと一緒」といった、物理物のシチュエーションに置き換える論争だ。もともとは程度問題、つまりコントロールの問題なのに、モノに置き換えてしまうと、とたんにマルかバツかイデオロギーの問題にすり替わってしまう。こうなってくると、ヒステリックな活動を得意とする人がワラワラと集まってくることになる。

 本当に必要なことは何で、それを冷静に話して分かる大人がどれぐらいいるのか。結局のところ、そういう人捜しから始めなければならないから、親の教育は大変なのである。

教育再生懇談会の「提言」と小寺信良氏の「分析」を比べてみますと、どちらが説得力があるのかは明らかです。

だいたい、文科省と総務省の綱引きにされているのが子どもの携帯電話問題だと思います。
文科省の怖いところは「学校での子どものあり方」しか見ないのに、それを子どもの生活(成長)全体に拡大しているところです。
だから「学校では携帯電話は必要ありません」 → 「子どもに携帯電話は不要」となっています。

これは携帯電話の否定だと受け取った総務省が「フィルタリングが必要」などと言い出しました。
こんな問題は学校が「子供用の携帯電話しか認めない」とすれば、親は従うしブラウザーが無い携帯電話、メールアドレス限定の携帯電話といったものを使うようになるでしょう。
しかし、文科省は「携帯電話は子どもに不要ですから、文科省はノータッチ」としているのでしょう。その結果、子供用の携帯電話は普及せず、親の意識改革を図るしかないとなりました。

小寺信良氏が冒頭で「小中学生は2030年とかになっても携帯なしなんですか、ということである。」と書いているのには、ドキッとしました。
学校に頻繁に行くようになって数年になりますが、この数年間で高校生の携帯電話の使い方がずいぶんと変わったと感じます。
考えれば当たり前のことで、数年前の高校生は携帯電話を利用し始めたのが高校になってから、といったところだったのでしょう。時間がたつにつれて、同じ高校生でも携帯電話の利用経験がまるで違っています。

こういった「時間経過」を考えて、「将来の子どもの携帯電話利用はどうあるべきか?」という視点が、教育再生懇談会や大阪府の見解に見られるのか?と眺めてみると「現状が大変です。だから昔に戻します」としか言っていないように見えます。

「子どもの将来にとって携帯電話はどうあるべきか」などと言い出すと、大人が「われわれが子どもの時には携帯電話なんか無くてもちゃんとやっていた」と返事するわけです。
この部分こそが、小寺信良氏が「人としての子供は変わらないが、子供社会が変わってしまったのである。多くの大人は、そこが受け入れられない。」と指摘しているところです。

就職のために企業と接触するのもインターネット限定ですし、大学での出欠やリポート提出などもネット限定という時代です。「われわれが若いときにはインターネットなんて無くてもやっていられた」などと言っても、今では大学で脱落確実です。

子どもの携帯電話問題が常に「後ろ向き視線」であるところこそが、大問題だと思います。

12月 16, 2008 at 10:05 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (2)

2008.12.04

大阪府・小中高生の携帯電話を禁止に

読売新聞関西版より「携帯電話、小中学校で持ち込み禁止に…橋下知事表明

府立高では校内使用禁止 「学校に必要ない」

大阪府の橋下徹知事は3日、政令市(大阪、堺両市)を除く府内の全公立小中学校で携帯電話の持ち込みを禁止する方針を明らかにした。

府立高校では校内での使用を禁止する。携帯サイトの利用をきっかけにした犯罪やいじめの増加などを受けての判断で、順次、禁止する学校を増やし、来年3月までには全校に広げる。

文部科学省によると、携帯電話の校内への持ち込みや使用を都道府県単位で禁じるのは初めて。

橋下知事はこの日の記者会見で「学校に携帯電話は必要ない」と強調。
「携帯電話への依存度が高くなれば、学習時間が短くなるのは当たり前」と学力向上策でもあると説明した。

府教委は近く、禁止方針を各校に通達。児童・生徒が違反した場合は携帯電話を没収し、保護者に受け取りに来させるなどの措置を求める。

通学時の安全確保などのために必要な場合は、持ち込みを認め、下校時まで学校側で預かるなどの対応を検討する。

府教委が今年7月に調査したところ、携帯電話所持率は中学生で59%、高校生で91%。所持生徒の4人に1人はメールで嫌がらせを受けたことがあるとしていた。公立小学校の88%、公立中学校の94%が持ち込みを禁じている一方で、9割超の府立高校が授業中以外は使用を認めていた。

こんな事が実現可能なのでしょうか?
そもそも、携帯電話(のメール)に時間を取られて勉強時間が減っているのだとしても、学校に持ち込み禁止にすると、それが是正されるものだろうか?

わたしが主張している、子供用に機能制限した携帯電話だけを持ち込み可能とする方が、話は簡単でしょう。

府立高校の校内で使用禁止はけっこう問題で、大学に進学すると携帯電話がキチンと使えないと授業が受けられないところが非常に増えています。
つまり、大学から見ると携帯メールが使えない生徒は高校卒業の水準に達していない、とも言えるわけです。

必要なのは、もっと丁寧に対処法を考えることで、こんな乱暴な「規制」をしても、ヘンなことになるだけでしょう。

第一、現在の社会で必要な能力の一つがネットワーク利用の能力であり、いじめ問題や違法ダウンロードといったことも、ネットワーク利用の実務能力と不可分の関係でしょう。
必要な教育しませんという宣言とも取れるわけで、大問題じゃないでしょうか?

12月 4, 2008 at 08:59 午前 教育問題各種 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2008.11.30

神奈川県教育委員会の努力はもう一歩

毎日新聞より「県教委:ネットマナー紹介、携帯サイト開設 トラブル防止策も /神奈川

県教育委員会は28日、インターネット利用時のマナーやトラブル防止策を紹介する携帯サイト「かながわモード」を開設した。県教委によると、このような携帯サイトを設ける例は珍しいという。

サイトは小学生と中高生、保護者、教職員向けの4項目。小学生向けのコーナーでは、「悪い人はあなたの名前や住所、メールアドレスを知ると、しつこく連絡してきます」などと呼びかけ、中高生には「匿名やなりすましで不適切なメールや書き込みをしても、発信者は必ず特定されます」と悪用防止を求めている。

また、教職員には、いじめの温床になっている「学校裏サイト」への対処方法も紹介。架空請求や恐喝などのトラブル事例や相談先リストも掲載した。

かながわモードのアドレスはhttp://www.pref.kanagawa.jp/i/40/4012/02

【五味香織】

全角のURLはナンなのか?と思いつつ打ち込んでみたら、確かに携帯サイトだった。PCでも見ることが出来ます。

行政機関が携帯サイトを作ること自体が珍しいと思うが、それ以上に内容が多すぎて説明が書ききれない。
実演という意味では非常によいとは思うが、もう一工夫して解説用のページに携帯用のページを埋め込むようにした方が実際的ではないだろうか?

11月 30, 2008 at 11:45 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.11.25

教育再生懇談会の廃止

読売新聞より「教育再生懇 首相が廃止決定、教委改革一段落後に

麻生首相は24日、政府の教育再生懇談会(安西祐一郎座長)の廃止を決めた。

廃止時期は、懇談会が取り組んでいる教科書や教育委員会の改革などの議論がまとまった後とする方向だ。

同懇談会廃止後の教育に関する有識者会議の在り方については、近く首相と塩谷文部科学相が会談し、調整に入る見通しだ。

懇談会は、安倍内閣が2006年10月に設置した教育再生会議を今年2月に衣替えしてできた。

5月には英語教育の強化などを盛り込んだ1次報告を福田首相(当時)に提出。来年1月までに2次報告で教科書の充実、3次報告で大学や教育委員会の改革などを答申する予定だが、福田政権下での9月22日の会合を最後に、麻生政権では1度も全体会議が開かれていない。

同懇談会の議論は、文科相の諮問機関、中央教育審議会(中教審)との重複も多いと言われてきた。

自民党文教族として影響力を持ってきた首相が、直属機関である同懇談会の廃止に踏み切る背景には、「首相は大方針を示し、具体論は各省に任せた方がいいという考えが、麻生首相にはある」(周辺)ためと見られる。

ただ、同懇談会の前身である教育再生会議が、学力低下への不安に対し、政府として初めて「ゆとり教育の見直し」を提言したことへの評価もあり、官邸主導の教育行政の継続を求める声もある。

一時は教育再生会議と衝突した文科省内にも、「有識者会議と連携できれば、世論喚起や予算獲得で利点がある」との声があり、今後の調整が注目される。

さっさとつぶすべきだと思います。

教育のような極めて多面的な事について、少数の素人の思いつきのようなものが、政策に直接反映するような仕組みがよいとは言えないでしょう。

その上予算の裏付けがありませんから、実行しようがない、ということになります。

小学校712万2千人、中学校359万2千人、高校336万6千人、合計すると1千四〇〇八万人の児童生徒が居ます。

1400万を35人学級で割りますと、40万クラス。
1学級に7000円ずつ投資するだけで、28億円になります。
しかし、生徒一人あたりに換算するとわずか200円にしかなりません。

いかに金が掛かるものかが、よく分かります。教材費や講師料など直接経費を生徒一人あたり2000円にすることは、妥当だと思うがそれで280億円です。

では逆に、500億円を現在の学校の教育システム以外に使ってみると考えますと、NPOなどが扱える金額としては、一団体ではせいぜい1000万円程度でしょう。
1000万円を生徒一人あたり2000円を使うとしますと、5000人=143クラス、つまり50校。
一団体が年間50校を対象に何か教育するとなります。

一団体が1000万円を使うとして、200億円の総予算では2000団体が必要となります。

直感的に考えますと、1000万円を動かすことができる団体2000となりますと、1万団体ぐらいが活動することが前提となるでしょう。
間違えなく、無理と言えます。

1400万人という膨大な児童生徒に何かをするとなりますと、いかにしても金が必要なのは言うまでもなく、かつそれを動かす人員の動員そのものにも金が掛かるようになるのは明らかで、できるところからやる、というのと、国の施策として全国にあまねく行うというのでは話が全く違います。

少数の人が自分の経験の範囲で考えていることを、拡大すること自体が無理なのですから、懇談会といった型式が有効な政策に直結するわけがありません。
単なる参考意見止まりなのですから、インターネットで意見を募集した方がよほどマシです。

11月 25, 2008 at 08:48 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.11.23

職業を教育する方法は?

大阪日日新聞より「好きなことで一生食べていける力 育成 府が素案

大阪府は「おおさか職業教育ナンバー1戦略」の素案を策定した。
府内の専修学校で企業ニーズに沿った人材を育成する「産学接続コース(仮称)」の設置など
九つの具体策を盛り込んでいる。

同戦略は、「ナンバーワン、オンリーワン」を軸とした「将来ビジョン・大阪」などを受け、「おおさか職業教育力向上作戦」をバージョンアップしたもの。
中高生を中心に、「好きなことで一生食べていける力」の育成を掲げている。

素案によると、実現に向けたテーマとして、

  • 実践的職業教育の体験機会の拡大
  • 中高生が将来の仕事や夢を考える場の提供
  • 産業界が求める人材を育成し就職へ橋渡し
を掲げ、具体策を定めた。

産学接続コースの大きな特徴は

  • 「就職する道が開かれる」。
  • 専修学校と職業教育に関する協定を結んだ企業で実践的、長期的な学生の職場体験を実現する。
  • 従来のインターンシップとは異なり、企業は求める技能者を育成、
  • 学生は希望すれば就職も可能
と、双方にメリットのあるシステムとしている。

橋下徹知事はこれまで「大学受験のための英・国・数・理・社だけでない多様な進路を子どもたちに」と職業教育の重要性を強調しており、担当部局の私学課も「大阪発の先進的な取り組みとして普及させていきたい」と意気込みたっぷり。
府専修学校各種学校連合会と協議の上、来年度からの本格実施を目指す。

また、そのほかの具体策としては、

  • 専修学校と高校との共同事業
  • 専修学校による地域の活性化支援
  • 中学・高校での将来の仕事を考えるためのワークショップの拡大
など。いずれも来年度の実施を検討している。

今ひとつ具体的なイメージが掴めない記事ですが、中高生 → 専修学校 → 企業の路線での人材育成を前提としている計画なのでしょう。

NPOで高校に出向いて「仕事について」で話をする機会が多いのですが、学校から「この職業について話が出来る講師をお願いしたい」ということで「職業」が10~20も示されます。
しかし、非常に多くが職業ではなくて職種を指定しています。

高校生で職業を考える場合に、分かりやすいのが「理容師・美容師」など「士」であって、それ自体は悪くはありませんが、専門学校に行ってすぐに「士」になれるわけではない。
そもそも専門学校や大学で専門教育を受けて資格を取ったとしても、それだけでは仕事は出来ない。

多くの場合は「就社」することが必要で、統計として働く人口の2/3は給与生活つまり会社員です。

入社すると、会社の都合で仕事を決められるわけで、その意味では資格を取っても「好きな仕事が出来る」保障はありません。

現役の理容師・美容師の方に経験談を語ってもらうと「専門学校を卒業して、会社(美容院など)に就職したが、髪を切ることが出来るまで何年も掛かった」といった現実が出てきて、生徒が驚くわけです。

若者にどう説明するのかは、今も研究しているのですが、現実として2/3が会社員であり、会社員は会社の命令で様々な仕事をするものだ、ということを優先して教えるべきだろう。
と思っています。

11月 23, 2008 at 08:55 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.11.14

続・2006年度神奈川県立高校全生徒の情報流出

読売新聞より「生徒情報流出、第三者が故意に公開か

2006年度に県立高校に在籍した生徒延べ約2000人分の個人情報流出は、授業料口座振替用コンピューターシステムを開発した日本IBMの下請け業者が県教委との契約に違反して個人用パソコンに情報を保存していたために引き起こされた。
県教委とIBMは13日、下請け業者のパソコンから流出した情報を入手した第三者が、ファイル交換ソフト「シェア」を使って「意図的にネット上に公開した可能性がある」と指摘した。

発表によると、約2000人分のうち、約1400人分は、授業料の口座振替に使う名前や口座番号などの情報。約600人分は住所や氏名、電話番号など。

IBMの下請け業者の社員は、06年3月の契約期間を過ぎてもパソコンに約11万人の個人情報を保存。そのまま使い、08年6月に、ファイル交換ソフト「ウィニー」を介して情報を流出させるウイルスに感染させた。
社員は「作業後に個人情報を消去した」とIBMに報告していたが、今回の調査には「データが残っていることを失念していた」と話したという。

IBMでは、ウィニーを介して流出した個人情報を、第三者が再びネット上でダウンロードできる状態にさせているのではないかとみている。個人情報はシェアにより拡散するおそれがあるが、IBMは「犯罪性がないと警察は動いてくれない」として、流出した個人情報をすべて削除するのは難しいとしている。

県教委が12日に開設した相談窓口には、2日間で「どうして流出したのか」という保護者などから計93件の問い合わせがあった。

県教委では、個人情報が流出した恐れがある06年度に県立高校に在籍した約11万人には書面で謝罪し、流出が確認された2000人分の該当者には電話で連絡するという。
また、被害を防ぐため、県警と協議し口座変更を円滑にできるように金融機関に要請する。

神奈川新聞より「2000人分の流出確認/口座番号など県立高生徒の個人情報

二〇〇六年度に県立高校に在籍していた全生徒約十一万人の個人情報が流出した恐れのある問題で、県教育委員会は十三日、約二千人の口座番号などのデータがインターネット上に流出していた、と発表した。
県教委は流出した恐れのあるすべての生徒や保護者に文書で謝罪し、口座番号の変更を求めていく。

県教委によると十二日午後、授業料の徴収システム開発を委託した日本IBMが、生徒の氏名や住所、口座番号、電話番号を含む個人情報がファイル共有ソフト「シェア」を介して閲覧可能な状態になっているのを確認した。
流出情報が悪用された形跡はないという。

インターネット上では、既に数十人分のデータが大半を消した状態で流出しているのが確認されている。
シェア上のデータも同一人物が流出させた可能性が高いとIBMはみている。

笠原達夫教育局長は「適切に管理する責任があったのに大変申し訳ない。流出が確認された約二千人に対してはできるだけ早く事実を伝え、対応をお願いしたい」と述べた。
IBMは「現状では他の流出はないと思う」と話している。

今回、流出したデータは、システム開発に携わった日本IBMの下請け業者の男性社員のパソコンに保存していたものと同一だった。ファイル共有ソフト「ウィニー」を介してウイルスに感染していた。

2006年度神奈川県立高校全生徒の情報流出の続報であるが、なんだか意味不明ですね。

  • 県教委とIBMは13日、下請け業者のパソコンから流出した情報を入手した第三者が、ファイル交換ソフト「シェア」を使って「意図的にネット上に公開した可能性がある」と指摘した。
  • IBMでは、ウィニーを介して流出した個人情報を、第三者が再びネット上でダウンロードできる状態にさせているのではないかとみている。
  • 被害を防ぐため、県警と協議し口座変更を円滑にできるように金融機関に要請する。
  • 流出情報が悪用された形跡はないという。
  • IBMは「現状では他の流出はないと思う」と話している。

教育委員会も、IBMも情報セキュリティという観点では珍しいほど完璧に失格だと思うのだが・・・・。

リスク評価を公表して比べるとかしないと、何をやったのか理解できないのだろう。

11月 14, 2008 at 12:38 午後 セキュリティと法学, 事故と社会, 個人情報保護法, 教育問題各種 | | コメント (2) | トラックバック (1)

2008.11.12

2006年度神奈川県立高校全生徒の情報流出

神奈川新聞より「最大11万人の県立高生徒の個人情報流出か/PC感染で住所、氏名、口座番号も

二〇〇六年度に県立高校に在籍していた生徒の個人情報がインターネット上に流出した可能性が高いことが十一日、分かった。コンピューターシステムの開発に携わった業者のパソコンから最大で全生徒約十一万人分のデータが流出したとみられ、県教育委員会は確認を急いでいるが、いまのところ個人情報が悪用された形跡はないという。

県教委によると、流出した可能性のあるデータは生徒の住所、氏名、授業料の振替口座番号、電話番号など。二〇〇五年度に県教委が授業料の徴収システムを開発する際、開発を担当した日本IBMの下請け業者の男性社員のパソコンにあったデータと同じ二十~三十人分の個人情報の画像がインターネット上に大半をぼかした状態で掲載されていた。

データは契約終了後に消去しなければならなかったが、男性社員は私物で使っていたコンピューター内にデータを残したままにしていた。ことし六月になってファイル共有ソフト「ウィニー」を介してウイルスに感染していたことが確認されている。

九月に県庁へ匿名の情報があったことを受け、県教委が委託先の日本IBMに調査を指示した。日本IBMの調査によると、今のところそれ以外の生徒の情報流出は確認できていないという。

県教委は発表が遅れたことについて「発表することで検索回数が増えて、仮に流出していた場合にデータが表面化し、二次被害の恐れがあったため」と説明している。ただ、「第三者がデータを持っている可能性が高い」と警戒している。

日本IBMは今後もデータが流出していないか二十四時間態勢で監視を継続。もし流出が確認された場合、県教委は口座番号を変更するなどの対応を生徒に要望するとしている。

日本IBMは「業務委託先で判明した不適切な情報管理について深くおわびする。今後、業務委託先での情報管理の徹底を一層強化し、再発防止に努める」とのコメントを出した。

FNNニュースより「2006年に神奈川の県立高校に通っていた全生徒の個人情報がネット上に流出のおそれ

神奈川県の県立高校に2006年に通っていたすべての生徒の個人情報が、インターネット上に流出しているおそれがあることがわかった。

神奈川県教育委員会によると、情報流出のおそれがあるのは、2006年に神奈川県の県立高校に通っていたすべての生徒およそ11万人分で、名前や住所、それに授業料納付などに使用していた口座番号などが含まれるという。

県では、授業料徴収のシステムを日本IBMに委託していて、システムを作成した下請け会社の社員のパソコンが、ファイル交換ソフト「Winny(ウィニー)」を介してウイルスに感染し、2008年9月には、流出した情報の一部がウェブサイトの掲示板に掲載されていたという。

それ以降、個人情報の流出は確認できていないということだが、県やIBMでは引き続き情報流出がないか監視を続けている。

開発で生データを使うのは禁じ手であります。

なんで、県 → IBM → 下請け → 担当者 と生データが渡ってしまったのかの方が重大問題でしょう。

県も、IBMも事件を矮小化しようとしているように見えますね。
情報管理の徹底をいっそう強化し、って生データを直接開発の末端まで回した時点で、落第であって強化以前の問題、早い話が「今後はこの種の開発業務を引きうけません」と言うぐらいしか対策がないと思うのだが。

11月 12, 2008 at 09:10 午前 セキュリティと法学, 事故と社会, 個人情報保護法, 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.11.09

高校生模擬裁判選手権

昨日(2008/11/08)は第23回司法シンポジウム「カウントダウン!みんなで築こう裁判員制度」に行ってきました。

実は「高校生模擬裁判選手権・東西対抗決戦」

Up

を見に行ったら、弁護士会館全体を使った司法シンポジウムだったのです。
プログラムは

  1. 裁判員ドラマ上映とドラマの出演者を交えたパネルディスカッション
  2. クイズ大会、川柳大会
  3. 模擬裁判「あなたも裁判員 ~体験してみよう裁判員裁判~」(申込み受付終了)
  4. 【シンポジウムⅠ】「裁判員裁判における弁護人の役割」
  5. 【シンポジウムⅡ】「理想的な評議のあり方を考える」
  6. 「高校生模擬裁判選手権・東西対抗決戦」
  7. 法教育模擬授業・授業参観と懇談会

と盛りだくさんで、高校生模擬裁判選手権と法教育シンポジウムに出席しました。

高校生模擬裁判選手権は、8月9日行われた関東選手権を見たので「決勝戦も見てやろう」と言うほどの意味しかなかったのですが、関東選手権も大変に面白く、大いに期待していました。

チラシの説明をそのまま書きますと、実際に起きた事件をそのままではないそうですが、ほぼそのまま題材にして、高校生に検察役と弁護役に別れて刑事裁判の、冒頭陳述から論告までを行い、出来を競うというものです。

弁護役と検察役を入れ替えるので、いわば先攻と後攻のようなことになり。
決勝戦は、関東大会優勝校と関西大会優勝校の決勝戦が二試合行われました。

多くの方は、実際に裁判を傍聴されていないでしょうし、何度も見ないと検察・弁護のテクニックの違いに触れることもないですから、わたしはかなりマニアックに見ていたことになります。

事件としては、起訴は殺人事件で、弁護側の主張は無罪、という正面衝突の事件で実際の裁判でも紛糾するだろうと思われるものでした。
なお、予選会(関東大会では8校が参加)から決勝戦まで同じ事件を扱います。
刑事裁判ですから、弁護士・検察官・被告・証人の4者が登場するのも、全試合同じです。

  1. 被告は、被害者の妻の兄つまり義理の兄弟
  2. 被告が被害者の結婚式に欠席したことで、以前は不仲であった
  3. 事件当日は、翌朝に釣りに一緒に行く約束をして、二人で酒場でかなり深酒をした
  4. 事件現場である、被告の仕事場で独身寮がある運送会社の構内に戻ってきたところで、被害者が被告を十数回殴打した。
  5. 被告は、数日前に同僚に頼まれて購入した全長40センチ以上の包丁を事務所から取り出して、トラックの駐車場に出た。
  6. 被害者は、被告に向かってきたので、包丁を上下に振って抵抗、被害者の腕に骨に達する傷を負わせた
  7. なおも、被害者は被告に迫り、よろけてトラックにもたれかかった、被告に覆い被さった。
  8. 被告は、包丁を持っていた手を出していたので、被害者の左胸に刺さり、被害者は死亡した。
  9. 被害者は、刺されて倒れた後に「兄貴、俺はもうダメだ」と被告に言って死亡した

この事件には、第三者が2名関わっていて、一人が証人になります。その状況は

  1. 同僚Aは喧嘩の仲裁をするが果たせず「勝手にしろ」と言い残して、独身寮の部屋に帰ってしまった。
  2. 目撃者として証言する、同僚BはAよりも先に喧嘩に気づくが、独身寮の階段から見ていて、仲裁には入らず最後まで事件を見ていた。

まるでミステリーのようなことなのですが、物語ではないので読者に相当する観客は「神の視点」が与えられていません。
上記の説明は、ほとんど小説の骨子のように書きましたが、わたしは関東大会と決勝戦で数回に渡って同じ事件を説明を、検察役と弁護役の高校生のプレゼンテーションを聞いたから組み立てる事が出来たのであって、実際の高校生の論告などは、これら全てを述べてはいません。

また、わたしにはまだ謎なのですが、目撃者がどの位置に居たから何が見えて、何が見えないかは分かりません。
実際の裁判では重要な事ではない、という判断になるのかもしれません。

このような、複雑な事件を題材にして、検察と弁護の攻防が行われるのですが、判決は下しません。

関東大会の優勝校は、湘南白百合学園高等部でした。
不思議なことに、わたしは関東大会で会場が複数あったために見ていませんでしたが、他の学校のレベルもかなり高いと思っていたら、昨年度の優勝校であるといった説明があって、関東大会優勝というのはどんな学校なのか?と非常に関心がありました。

関西大会の優勝校は、京都教育大学附属高校でした。
HPに関西大会の様子が紹介されています。

8月9日(土)大阪弁護士会館で行われた第2回高校生模擬裁判選手権(大阪大会)で昨年に引き続き優勝し,2連覇を果たしました。

今年は11月8日(土)東京弁護士会館にて関東の覇者・湘南白百合学園高校(神奈川県,同じく2連覇)と日本一をかけて戦います。

当日の画像はこちら

関東大会の時には「高校生の様子を見よう」という事で、ビデオを撮っていましたが、決勝戦では「裁判員になったつもりで、検察・弁護の評価をしよう」とメモを取ってきました。

試合は、午前と午後に行われ、午前は京都教育大付属が検察、湘南白百合が弁護で行われました。
実は、わたしはこの前半戦だけを見て、午後は法教育シンポジウムに参加したために、後半戦を見ませんでした。

優勝は、僅差で京都教育大学附属高等学校になりましたが、講評によるとチームワークの良さが評価されたとのことです。
湘南白百合は非常にクールというか、見事な法廷戦術で「本物の弁護士でももっと下手なのを見たぞ」というレベルでありました。

実際の法廷を傍聴して、その後に解説でも聞かないと分からないことですが、証言を引き出すための段取りといったものが利いてきます。
証人や被告にいきなり核心を突く質問をすると「分かりません」とか「覚えていません」といったあいまいな証言になる可能性があります。
そこで段取りを踏んで、問題の状況を正確に証言させる技術があるのだそうです。

この証言の攻防は、リハーサルを行って攻撃も防御も手順を確認するのだそうで、湘南白百合は「これは相当リハーサルを積んで、攻撃と防御を良く理解した生徒たちが参加したな」とわたしは見ました。
前半戦を見たところで「湘南白百合の優勝か」と思って、法教育シンポジウムに席を移したのですが、結果は京都教育大学附属高校の優勝でした。

何よりも、こんな難しいことに挑戦した、各校の生徒を誉めたいと思います。
それよりも、面白いのが一番でありました。

日経新聞より高校生、模擬裁判で熱戦 日弁連シンポ、審査員「迫力あった」

来年5月に始まる裁判員制度を控え、市民の参加意欲を高めようと、日本弁護士連合会は8日、司法シンポジウム「カウントダウン!みんなで築こう裁判員制度」を東京都内で開き、パネルディスカッションや日弁連制作の裁判員ドラマの上映会を実施した。高校生による「模擬裁判選手権」東西決戦も行われ、京都教育大付属高(京都市)が優勝した。

模擬裁判対決は同シンポの目玉で、高校生が実際の刑事裁判と同じように検察側と弁護側に分かれ、有罪か無罪かなど主張の説得力を競う模擬裁判の“甲子園”。

8月に行われた関東、関西大会の両優勝校、湘南白百合学園高(神奈川県藤沢市)と京都教育大付属高が繰り広げた熱戦に、審査員の1人の裁判官は「これほど迫力のある模擬裁判は初めて。司法の未来は明るい」と舌を巻いていた。(08日 23:01)

朝日新聞より立証技術競い合い「高校生模擬裁判」、京教大付が日本一

初開催となった「高校生模擬裁判選手権東西対抗決戦」(日本弁護士連合会主催)が8日、東京・霞が関の弁護士会館であり、西日本代表の京都教育大付属高校(京都市伏見区)が東日本代表の湘南白百合学園高校(神奈川県藤沢市)を破り、初の日本一となった。

両校が検察側と弁護側に分かれて立証の技術を競い合い、現職の裁判官や検事、弁護士ら5人が審査員を務めた。京都教育大付属は主張に情熱がこもり、チームワークが優れていた点などが評価された。裁判員役の東京地検の検事は「(両校とも)すぐにプロとして通用する」と舌をまいた。

サンケイ新聞より【迫る裁判員制度】プロも舌巻く法曹“卵” 高校生が模擬裁判選手権

日本弁護士連合会(日弁連)が11月8日に東京・霞が関の弁護士会館で開催する司法シンポジウム「みんなで築こう裁判員制度」で、「高校生模擬裁判選手権東西対抗決戦」が行われ、初の日本一が決まる。弁護士らも舌を巻く裁判術を披露する高校生たち。来年5月スタートの裁判員制度など、司法の市民参加時代を迎えた法曹界にとって心強い存在となりそうだ。

「模擬裁判の甲子園」ともいえる同選手権は、1つの事件を素材に争点を見つけ出し、弁護側(被告含む)・検察側(証人含む)に分かれて“試合”を行う。それぞれ(1)冒頭陳述(2)証人尋問(3)被告人質問(4)弁論(弁護側)・論告(検察側)を実施。(1)~(4)の時間配分や技術を現職の裁判官、検事、弁護士らが採点し、勝敗が決まる。

今回の題材は、男性が左胸を刺されて死亡し、男性の妻の兄が犯人として起訴されたが、殺意を否認している-という事件。

証拠類をもとに高校生らしい発想で論理を組み立て、主張・立証する。相手側の出方次第で臨機応変の対応を迫られることがあるうえ、裁判員制度適用を前提に、分かりやすさもポイントとなる。

関東・関西大会では計15校(県予選含む)が出場。関東で湘南白百合学園(神奈川)、関西は京都教育大附属(京都)が、それぞれ代表に勝ち上がった。両校は第1回の昨年も各代表になったが、決戦大会がなかったため、「今年初めて雌雄が決する」(日弁連)。

両校の“選手”は1、2年生有志。法曹志望者ばかりでなく、理系や、「おもしろそう」と知的好奇心を刺激された生徒も多く、試験や学校行事の合間をぬって“練習”を重ねている。

湘南白百合学園(8人編成)は弁護士の指導や裁判傍聴に加え、証拠書類の読み込み・分析、プレゼンテーション資料作り、他校との“練習試合”までこなして万全の構え。指導にあたっている熊本秀子教諭(49)は「汗と涙の日々ですが、究極の知のゲームにみんなハマってます」。

対する京都教育大附属(14人編成)は、弁護士、検察官、裁判官のほか、殺人事件対策に医師、表現力を磨くため元劇団四季俳優・講師からも話を聞くなど、幅広く技術を磨いている。札埜和男教諭(46)は「生徒も僕も優勝をねらいます」と気合十分だ。

実際に予選の戦いぶりを見た日弁連副会長の福島康夫弁護士は「司法試験を受けていなくてこれだけできる。われわれ弁護士は何なのだろうと思う」と、レベルの高さに感心していた。

予選の運営に携わった村松剛弁護士も「裁判員を意識して分かりやすく論を組み立て、証拠の見方もいい。相手に訴えかけたり説得したりという本来あるべき姿を、プロの法律家以上に表現している」と絶賛していた。

当日は開会式後、攻守(弁護側・検察側)を替えて2試合開催する。見学の問い合わせは日弁連(電話03・3580・9977)。

11月 9, 2008 at 09:53 午前 教育問題各種, 裁判傍聴, 裁判員裁判 | | コメント (0) | トラックバック (2)

2008.10.27

学力テストと大学進学率

サンケイ新聞より「学力テスト1位「秋田に学べ」は大丈夫? 大学進学率は低迷

文部科学省が実施した「全国学力テスト」で、2年連続トップの成績を収めた秋田県に対し、その秘訣(ひけつ)を学ぼうと、全国の教育委員会や地方議員らによる“秋田詣で”が続いている。
しかし、「秋田を見習って大丈夫なのか」と疑問を呈するのは、ほかならぬ秋田県内の教育関係者。
「競争より横並びが大事」という県民性が成績の底上げを実現する一方、大学進学ではふるわないという、秋田の特殊事情があるためだ。(宮原啓彰)

秋田県は平成19、20年度の全国学力テストで、小学生は全4科目がすべてトップ、中学生も1~3位に入った。

好成績の理由は少人数教育との見方が有力で、急激な少子化のため全国に先駆けて県全域で少人数学級に移行した事情が背景にある。
また、県教委が19年度の全国学力テストの結果について、平均正答率が同程度の他の4県と比較分析したところ、正答数が少ない、いわゆる“落ちこぼれ”の割合が他県に比べ小中学とも大幅に少なかった。

いまや全国の目標となった秋田だが、県教委は「秋田の子供は中学で伸び悩み、大学受験で低迷する」という。
昨年度の大学入試センター試験の7科目平均点は全国34位。大学進学率は約43%で、全国平均の約53%を10ポイント下回る37位にとどまっている。19年度の東大合格者数も東北で唯一、1けたの8人で、43位と低迷している。

なぜ大学受験まで高い学力を維持できないのか。

その答えは、19年度の全国学力テストの中学生の正答数分布に表れている。小学生では「全問正解または1問不正解」という高正答率者の割合が全科目で比較対象の4県を上回るが、中学生では逆にすべての科目で下回った=グラフ。

Up

つまり、秋田の中学生は「平均値で他県を上回るが、上位層が薄い」(県教委)。その理由を県教委関係者は「中位偏重」にあると指摘する。

「学習内容が平易な小学生の間は理解の速い子、遅い子とも伸ばせるが、内容が高度な中学生での両立は困難。
教師としてはできる子供は後回しになる」。この中位偏重は高校で一層顕著になり、「平均値は良いものの、高レベルの競争になる大学受験で結果が残せない」という。

その半面、一般的に大学進学者が少ない専門高校からの大学進学率は全国トップレベルで、学力中位層の厚さを証明している。

「(上位層が薄いのは)これまでの教育方針での行き過ぎた平等主義の弊害もある」と県教委関係者。
秋田の県民性には「おれもやらないからお前もやるな」というマイナスの横並び意識が強いとされ、「教師や子供、保護者に進学や立身出世の意欲が薄い」と教育関係者は口をそろえる。

秋田大の佐藤修司教授は「秋田は歴史的に裕福な地域で、競争意識が希薄。他人より目立つのを避ける横並び意識が、中位偏重と全体の好成績の背景の一因」と分析。
その上で、「他の自治体が秋田を参考にしたくても、生活環境が似た家庭が多いほか、少人数学級や風土など秋田独特の事情を考えると、単純に参考にはならない」と話している。

教育評論家で国際医療福祉大の和田秀樹教授は「秋田は東大進学者が少なく、学習塾主催のテストでも必ずしも成績がよくない」と上位層の薄さを指摘した上で、「できない子供が少ないということは、義務教育がうまく機能しているから。できる子を伸ばすのは義務教育の責任ではない」として、秋田の教育を評価する。

また、和田教授は「失業率が高い県は平均点が低いなど、成績の差にはさまざまな要因がある。そうした関係を明らかにするためにも全国学力テストの成績公表が必要であり、点数がいいから“秋田に学べ”ではない」と最近の風潮にくぎを刺している。

この記事はタイトルが問題なのではないだろうか?
小中学生の学力テストが大学進学率に結びつくと考えたら、そっちが問題だろう。
学力テストのバラツキは、非行少年の率などには影響しているかもしれない。

そのような質的な要素を無視して、成績の順位という量だけを全く異質の試験(学力テストと大学進学率)を繋げて考えている教育関係者が居ることの方が危ないと思う。

つまり、秋田の中学生は「平均値で他県を上回るが、上位層が薄い」(県教委)。その理由を県教委関係者は「中位偏重」にあると指摘する。

グラフを改めて眺めてみると、小学校では全般的に他県よりも高いか、同等の成績が中学になると上位成績者から減っていくということなのでしょう。

その理由が、「競争より横並びが大事」という県民性が成績の底上げを実現する一方、大学進学ではふるわないという、秋田の特殊事情があるためだ。であるのだとすると、そういう地域性を実現しているということで、それはそれで良いのではないのか?

なぜ、大学進学率という数字を問題にするのだろうか?韓国では極めて高い大学進学率なのだが、しかし特別に韓国の水準が高いという話は聞かない。
なんか、全体を見ないで大学に送り込めば教育は完了で後は知らない、といった教育という組織のエゴのようなものを感じてしまう。

10月 27, 2008 at 08:33 午前 教育問題各種 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2008.10.21

文科省と総務省

毎日新聞より「文科省:保護者を「ネット指導員」に 3年で9千人養成

携帯電話やインターネットを巡る子どもの事件やトラブルが深刻になっていることを受け、文部科学省は来年度から、父母ら保護者を「ネット指導員」として養成する事業を始めることを決めた。

3年をかけ全国で約9000人を養成する。教職員や保護者を集めた「出前授業」をしてもらい、ネットの危険性や情報モラルなどの知識を持つ大人を増やすのが狙い。

文科省によると、全国の都道府県と市区町村からモデル事業への参加を公募し、64自治体を選んで事業を委託する。
養成する指導員は各自治体で年50人前後計約3000人を予定している。

大学教授などの有識者が講師となり、ネット指導員となる保護者に対し、人気サイト上で行われている子どもたちのやり取りや掲示板への書き込みによるいじめ、サイトに流出しているわいせつ画像の実態などを教える。
そのうえで、犯罪に巻き込まれたり、加害者になる危険性について、例示し、指導方法やトラブルが起きた時の対処法を伝える。

指導員は、各地域で小中学生の保護者や教職員を集めて出前授業をする。
携帯電話やネットの子どもたちへの普及スピードが速く、学校、家庭での指導が追いついていない現状を改善する目的がある。

同様の取り組みは群馬、茨城、鳥取県など一部の自治体が数年前から独自に行っている。
だが、財政難などから手付かずの自治体も多く、国の事業として年約2億円の予算で行うことにした。
モデル事業に参加した64自治体の事例を集めた報告書を他の自治体に配布した、自治体の担当者らが情報交換できるサイトを開設することも検討している。

文科省生涯学習政策局は「『知った人』から『知らない人』へネットに関する知識を広げていき、親の関心や監視力を高めたい」と話している。【三木陽介】

【ことば】
子どものインターネット問題 文部科学省の06年度の調査では、携帯電話やパソコンのインターネットの掲示板を使った「いじめ」が全国の小中学校で約3200件確認されている。
特に生徒や児童が学校の公式サイトとは別に開設する「学校裏サイト」は、いじめの温床と指摘され、3万8260件ある。このほか、今年7月には携帯電話のサイトの書き込みを巡って群馬県桐生市で私立高校1年の男子生徒(当時15歳)が元同級生らから暴行されて死亡する事件が起きた。

以前「総務省がフィルタリングの原則加入を打ち出したが」を書きました。

この中でも、わたしは「子供用の携帯電話の普及を図るべきだ」と書いていますが、それは総務省が通信事業を管轄しているからで、早い話が「電話会社がどういう売り方をするべきか」「通信をどう使うべきか」という広い視点での行政こそが総務省の管轄だと思うわけです。
しかし、フィルタリングの原則加入というのは結局は本人というか親の意志に任せているところを誘導しようというもので、幅広い行政というよりも個人の生活に関わる部分について踏み込んでいると感じます。

問題は子どもの携帯電話利用なのだから、わたしは文科省がやるべき事を総務省がやった、と感じていたわけですが、今日の記事は「指導員に養成」だから、これは文科省ではなくて総務省の仕事でしょう。
実際に、わたしが接しているネット安全教育に関わり、かつ行政と関わっている先生方は総務省とのやり取りは以前からやっています。

つまり、わたしから見ると「文科省がやった方が良いことを総務省が行い、総務省のやってきたことを文科省が始める」と見えるわけです。
まるで、戦前の陸軍が潜水艦を造り、海軍が戦車を作った、という時代と同じではないのか?とまで感じてしまいます。

10月 21, 2008 at 04:23 午後 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.10.16

子供用の携帯電話を強く推進するべきだ

朝日新聞神奈川版より「児童・生徒の携帯電話 持ち込み原則禁止

横浜市教育委員会は14日の定例会で、市立小中学校内に携帯電話を持ち込むことを原則禁止とすることを確認した。各学校長の判断に任せられている現状を一歩踏み込み、学校ごとに差がないルール作りの基本形を設ける。

委員からは「校内外に公衆電話がなくなりつつある状況も考慮して」との意見が出た。これらをふまえ、ルールの詳細は各学校が保護者と話し合い、登校時に一括して学校が預かるなど、柔軟に考える余地を残すという。

この記事だと、今まで野放しであったかのように読めてしまうが、文科省は携帯電話について「学校では必要ない」といった形で、持ち込みを禁止できるように説明していた。

小中高校生について携帯電話の利用に関する問題点を挙げてみる。

  1. 授業中に携帯電話を使っている
  2. 多額の利用料金が発生する
  3. トラブルに巻き込まれた
  4. 学校裏サイト問題
  5. 親が連絡を取るために必要
  6. GPS機能で行動がチェックできる

実は、ここに挙げた6項目のうち1番と2番は古い問題で、今ではほとんど無いようです。
つまりちょっと時間が経つと変化してしまう問題で、原則論では実体には対応できません。

一方、親が連絡を取る、子どもの居場所を確認するといったニーズはなくなるわけもなく、品川区では全小学生にPHSの連絡装置を配っています。
これらを総合して考えると、学校が実際に取りうるのは「預かる」ぐらいしかないわけですが、これもわたしが実際に見た高校で実施されていましたが、とてもじゃないがやってられません。

平均的な学校とっては「持ち込み禁止の原則は守れない」となるでしょう。

ところで、記事にある通り文科省は、先日の通達で「小中学校」としているわけで、高校は除外してしまった。
しかし、現実にトラブルに巻き込まれるのは高校生の方が圧倒的に多いのであって、小中学生に限定すれば、特に親の目からは、携帯電話の安全機能の方がはるかに優先でありましょう。

そう考えると、話は元に戻って「携帯電話を学校に持ちこませない理由は何なのか?」となります。
そもそも、小中学校の9年間を一括りにして良いのか?となるでしょう。小学校1・2年生の行動範囲と、中学2・3年生の行動範囲は全く別物です。そう考えると明らかに乱暴すぎる「原則」であります。

携帯電話各社は、子供用の携帯電話を発売しています。
わたしは「子供用の携帯電話に限る」とするだけで、かなり多くの問題が無くなるはずだ、と考えています。
なぜそこまで踏み込んだ議論を避けるのか?という文科省の責任問題になっている、と考えています。

10月 16, 2008 at 08:18 午前 教育問題各種 | | コメント (25) | トラックバック (0)

2008.10.05

子どものネット利用安全教育の無策

サンケイ新聞より「ネット有害情報から子供守れ!携帯、通信各社が連携

NTTドコモ、ヤフー、楽天などの情報通信会社や通信機器メーカーが、日本PTA全国協議会などの教育団体と共同で、インターネットの有害情報から子供たちを守るための「安心ネットづくり促進協議会」を発足させる。
産業界と教育界が連携し、サービス提供者としての業務ガイドラインを作成するほか、保護者向けの啓発活動などに取り組む。

発起人にはほかに、KDDI、ソフトバンクモバイル、マイクロソフト、富士通、インターネットイニシアティブなどが名を連ねる。発起人総会を8日に開き、来年1月をめどに協議会を設立。数百社規模のネット関連企業に参加を呼びかける。

情報通信関連業界が横断的に連携し、ネットの安全確保に向けた協議会を設けるのは過去に例がない。

協議会では、

  1. 教師や保護者向けシンポジウムなどの啓発活動
  2. 事業分野別でのネットの安全利用実現に向けた「自主憲章」の策定や、業務ガイドラインの作成
  3. ネット上の違法有害情報に関する調査・研究
などを行う。

これまでネットの安全利用に向けた啓発活動などは大手のネット企業などが個別に行うケースが多かったが、企業色が強く、教育関係者から敬遠される傾向があった。業務ガイドライン策定も、業界が個別に行っており、具体的な取り組みや成果が見えづらいなどと指摘されていた。

協議会では教育界と連携することで、効果のある対策を探ると同時に。社会的な認知や理解を深めていきたい考えだ。

6月には議員立法で有害サイト規制法が成立し、総務省もネット安全利用に向けた促進計画の策定を進めるなど、業界に対しネットの安全維持にむけた取り組み強化を求める動きが強まっている。協議会の設立は、民間による自主的な取り組み強化を強調する狙いもある。

産業界と教育界が連携し、サービス提供者としての業務ガイドラインを作成するほか、保護者向けの啓発活動などに取り組む。

こう言ってしまうといかにも分かりやすいのだけど、

有害サイト規制法が成立し、総務省もネット安全利用に向けた促進計画の策定を進めるなど、業界に対しネットの安全維持にむけた取り組み強化を求める動きが強まっている。協議会の設立は、民間による自主的な取り組み強化を強調する狙いもある。

要するに、総務省と業界団体と法律、なのであって実行機関である行政として総務省が教育の現場に口を出しても

企業色が強く、教育関係者から敬遠される傾向があった。

が変わるわけではあるまい。
学校の現場では、まず第一に教委委員会を通じて文科省を見ています。これが当然なのであって、そこにどうやってネット安全利用を入れるのか?と考えると、そもそもその場所がない。

こういう「その他のこと」ができるのが、総合的学習の時間であって、それが「ゆとり教育問題」と同一視されて、時間枠を削減しようという話になっています。

学校の現場にとって、ネット安全教育を実施すること自体が、文科省がノータッチだから「指示していないことをやる」というリスクがあって、例えば親から「ムダなことをするな」と抗議があった場合に、学校のリスクにおいて「必要な事だから断固として実施します」とは言いがたいわけです。

こういう状況において、学校がネットの安全利用について教育を依頼すると考えたときに「とりあえず携帯電話会社に頼もう」となっているのが、現状でその携帯電話会社が「個別にはやってられない」として連携するのは「何がやってられない」なのか?を理解する必要がありますね。

わたしは「文科省がネット利用教育を正式に取り上げろ」という側面は少なからずあるだろうと思います。
今や、携帯電話の子どもたちの使用を禁止する、なんてことは社会的に不可能であるのは明らかですが、その一方で「どういう利用が子どもたちにふさわしいのか」が取り上げられていません。

文科省が出しているのは「携帯電話における「フィルタリング(有害サイトアクセス制限)」の普及促進について

平成19年2月16日
文部科学省
警察庁
総務省

本日、文部科学省、警察庁及び総務省は合同で、インターネット上の有害情報から子どもを守るため、都道府県知事・都道府県教育委員会・都道府県警察等に対して、別紙のとおり、携帯電話におけるフィルタリングの普及促進について、学校関係者や保護者をはじめ住民に対する啓発活動に取り組んでいただくよう依頼しました。

要するに、文科省は「安全利用については、総務省・警察庁に任せる」と言っているわけです、その一方で最近こんな事を発表していることになっています。

CNET Japan より「小中学生、校内への携帯電話持ち込み「原則禁止」へ--文科省が要請

文部科学省が全国の小中学校に対し、学校内への携帯電話持ち込みを原則禁止すると通達したことが明らかになった。

7月25日付けで通知されており、「児童生徒が利用する携帯電話等をめぐる問題への取組の徹底について」として、全国の教育委員会をはじめ、都道府県知事など宛てに送付されたもの。その中では各学校や教育委員会において、学校内における携帯電話の取り扱い指針を作成し、児童への指導を徹底することを求めている。

また取り扱い指針の具体例として、

  1. 小中学生の学内への携帯電話の持ち込みの原則禁止
  2. 安全性等やむを得ない事情で携帯電話の持ち込みを許可する場合には、GPSなど一部の機能に使用を限定する
  3. 持ち込みが許可された携帯電話の校内での使用の禁止
、という3点を挙げている。

児童の携帯電話の使用をめぐっては、文部科学省の有識者会議が2008年6月にまとめた報告書においても、学校での携帯電話の取り扱いに関するルール策定の必要性が提言されている。実際、多くの学校が自主的に作成したルールに基づいて指導しているが、一部の学校では実践されておらず、文部科学省の今回の通知に至った。

あくまでも「学校運営の観点で携帯電話に触れたくない」というところ止まりなわけです。
探し出せないのですが、何年か前に国会だと思うのですが文科省に子どもの携帯電話利用について質問があり、文科省の答弁が「携帯電話は教育には無関係。だから学校に持ちこむことは考えていない」とかいうものがあったと記憶しています。

要するに、私物であって学校も文科省もノータッチだ、と宣言したわけです。
だから今になっても「ネット安全利用教育を学校は行わない」としているのではないか?とわたしは強く疑っています。

このわたしの判断が正しいように見えるのは、上に上げた文科省の「要請」にも感じられるところです。
文科省という役所が、こうまでネット利用についてバラバラでむちゃくちゃなスタンスをとり続けていて、良いとはとうてい思えません。
一体何を考えているのか?「敵は文科省」ということになるのでしょうか?

10月 5, 2008 at 11:10 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.09.09

ネット利用教育・ニフティ社の例

わたしはNPOコアネットに所属していて、多くの学校を「もの作り教室」の指導などで訪問しています。
NPOコアネットは本拠地を品川区に置き、品川区とも連携しています。

先日、情報ネットワーク法学会の勉強会がありまして、ニフティ社の法務の方も出席されていて、久しぶりにお話ししたのですが、その中で以下のことをやっている、と聞きました。

INTERNET Watch の記事で、大変に長文ですが、ニフティ社はなかなかよくやっていると思います。
まぁ大変に長時間を掛けないと、小学生を対象にしても説明しきれないわけですが、そもそもその機会がない。
当然、説明する側も相当な準備が必要なので、実行するのは大変なことです。

ただ、わたしは今では小学生から始まって、大学では必須になるネット利用について何を教えるか?となると、ネット安全教育一回で全部がカバーできる、とは思えなくなってきています。

また、高校生に聞いて見ると、家にPCはあるけど、ネット利用をしている生徒は非常に少なくなります。
携帯電話利用が子どもたちのネット利用の主流になっています。
はっきり言えば、家や学校のPCは監視の目があるからそれを逃れて、自由にどこでも使えるから携帯でのネット利用に進んでいるのでしょう。

高校で今問題になっているのは、PCでのネット利用が上手にできないから、授業での調べ物などで成果が出てこない、なんてのがあります。
ネット利用の重要な側面である「調べる」が消えて「コミュニケーター」になっているわけです。
このような高校生には、あらためて「ネット利用での調べ物技術」といったところから教える必要があるでしょう。

このようなことを考えると、それこそ1年ごと学年に応じたネット利用教育といったことも考えるべきだと思うのです。
ついつい「フィルタリングすればOK」といったような考え方になりますが、このような考え方は、いわば大人の論理でかつ「静止的な考え方」だと思うようになりました、子どもたちが日々大きくなっていくのに合わせて「動的な指導」を必要としていると思います。

INTERNET Watch より「10代のネット利用を追う 小学校でネットの約束事の授業~ニフティの情報モラル教育

ニフティは2008年6月より社会貢献活動の一環として、東京都品川区立の小学校にて「情報モラル教育」の授業を始めた。この授業は、品川区独自の教科「市民科」の一環として実施された。

ニフティはなぜこのような活動を始めたのか。授業に込めた思いは何か。そして、受け入れた側の教育委員会や学校側の思いは?
品川区立台場小学校5年1組・2組合同で行われた授業を取材し、2回にわたってレポートする。まず今回は、授業の様子や子どもたちの反応などを紹介する。

● クラス全員が「ネットを使ったことがある」

品川区立台場小学校5年1組・2組合同で行われた、ニフティの「情報モラル教育」の授業 ニフティによる情報モラルの授業は、「インターネットを安全に使うために」というテーマで行われた。社員が講師となり、ニフティの社会貢献活動第1弾として実施されている。

授業の冒頭、講師の先生がした「インターネットを使ったことのある人は?」という質問に、児童たちは全員手を挙げた。“全員”とは、わかってはいるつもりだったが改めて驚く。
続いて「インターネットって何だと思う?」と質問されると、「メール」「検索」「携帯電話」「相手と通信をしたりする」と口々に回答。
ちなみに講師の先生の説明によると、小学生でネットを利用している割合は平均で65~69%くらいだという。

「便利で楽しいインターネットだけれど、悪い人も使っており、インターネットを使った犯罪は増えていて、危険も増している」という前置きがあり、いよいよ授業は本題に入っていった。

● 事例1:モデル募集偽サイトに潜む危険

「インターネット事件簿1」として、本当にあったことだという「N子さんのモデル応募」の事例が紹介された。子どもたちは、何がいけなかったのか、どうしたらよかったのかを考えながら話を聞いた。

――N子さんは将来の夢が歌手という小学校6年生。ある日、パソコンを使って検索をしていると、「モデル募集、スターへの第一歩!」とある。詳細を読むと、「顔写真を送ってください。お友達を紹介してくれたらプレゼントをあげます。写真審査に合格した人にはご連絡します」と書いてあった。サイトには合格した人の写真も載っていたため、本当だと判断したN子さんは、早速応募することにした。その際、同じ夢を持つ親友のY美さんの分も応募することにした。名前、住所、電話番号、メールアドレス、生年月日、友達の名前を記入して、友達と撮った顔写真を送った。

数日後メールが来た。「合格しました。お友達も合格しました。明日、駅前に来てください」という文面だ。喜んだN子さんは、Y美さんに一緒に行こうと誘い、「みんなには内緒にしてほしいの」と頼み込んだ。翌日、2人が会いに行くと、芸能プロダクションの女性がいた。喫茶店でケーキを食べながら撮影の説明を受け、車で移動することになった。不安になった2人は逃げようと店を出たが、そこにはワゴン車が止まっていた。男の人が2人降りてきて、彼女たちは車に連れ込まれさらわれてしまった――。

講師が「怖いなと思った人」と聞くと、児童全員が手を挙げた。何が悪かったのかについては、「親に相談しないで勝手に送ったこと」「自分と友達の個人情報を送ってしまった」「誰にも言わないで2人だけで行ったこと」などの意見が出た。どうすればよかったのかについては、「警察の人に言えばよかった」「お店の店員さんなど大人の人に助けを求めればよかった」「防犯ブザーを持っていればよかった」など、具体的な意見が多数出てきた。

● 事例2:ケータイ詐欺サイトに隠された罠

続いて2つめの事例が紹介された。この事例では、パソコンで実際に情報を入力できる、デモ用の携帯電話画面が用意されている。名前や学校名などは、代表となった児童が入力したものが使われたため、メールが非常にリアルに感じられた。

――ある日携帯電話を使っていると、メールを受信。「ハッピープレゼント」のメールで、ゲームでプレゼントを当てようというものだ。クリックしてゲームソフトを選び、名前、電話番号、小学校名を入力する。音楽が流れてスロットが回るが、結果は「残念」。2回目もトライするが、やはり結果はダメだった。

3日後、メールが来た。「○○小学校△△様へ。ハッピーゲーム利用料をお支払いください。ゲーム利用料は2回で1万円になります。1週間以内に振り込まない場合、学校や自宅に連絡します」とある。どうしようと思ったけれどそのままにしていると、電話が鳴った。電話に出ると、「早く金を払えよ。学校まで取りに行くぞ」という男性の声が響いてきた――。

男の声で電話がかかってくるところでは、実際に教室に大人の男性の声が流れたため、児童たちは震え上がっていた。

この事例で悪かったところについて、児童からは「個人情報を教えた」「知らない人からのメールを開いた」などが挙がった。どうすればよかったのかについては、「応募しなければよかった」「どういうサイトかを確かめてからゲームをすればよかった」「知らない人から来たメールは開かなければよかった」などの意見が出た。

講師の先生からは、「詐欺サイトは嘘の情報で個人情報を入力させて、お金を騙し取ります。『お金を振り込め』というメールや電話が来たら、払わないで親や先生など信頼できる大人に相談しましょう。1回払うと、“払う人”と思われて毎日電話がかかってくるので気を付けましょう」というアドバイスがあった。

● お茶を煎れる時にも、ネットにも必要な“フィルター”

このような事例を通じて、パソコンにも携帯電話にも危険があることがわかった児童たち。では、どうすればいいのだろうか?

「パソコンや携帯電話にフィルターをかけるといいです。フィルターは知ってますか。お茶を煎れる時には茶葉にお湯を入れて煎れますが、その時葉っぱが湯飲みに入らないようにするのがフィルターです。いい情報と悪い情報のうち、悪い情報をはじくものです。」

では、フィルターをかけたら安全なのだろうか。安全と思うかという講師の先生の質問に対しては、児童からは1人しか手が挙がらなかった。「フィルターをかけても入ってきてしまう悪い情報があります。見分けるのが難しいので、いいのか悪いのかを見極める力を付けないといけません」。

● インターネットを使うときの約束事

その後、「インターネットにある情報はすべて正しく安全とは限らない」という説明があり、インターネットを使うときの約束事が説明された。約束事とは、「自分や友達の個人情報、名前や住所、顔写真などは無闇に人に教えないこと」「困ったことがあったらすぐにおうちの人に相談すること」「インターネットを使う時間や使い方などについて、おうちの人と約束事を決めること」「フィルターをかけてインターネットを使うこと」というものだ。

授業の最後、「今日の授業でネットを使う自信ができた人」という質問に対しては、半数くらいの手が挙がった。手が挙がらなかった子たちに自信がない理由を聞くと、「いい情報と悪い情報の区別がわからないから」という。これについては、「大人の人に相談すること」というアドバイスがあった。

授業の終了後、数名の児童にインタビューしてみたところ、パソコンや携帯電話を持っている子はたくさんいたが、身近な友人間でネットでのトラブルは聞いたことはないそうだ。メールは友達とするという子がいた程度で、Webサイトは「Yahoo!きっず」程度であまり見ないということだった。小学生ではネットを利用してはいるものの、使いこなすまで至っている子どもは少ないというところか。

● 小学校でのネット活用状況、子どもには十分な技術的知識

ニフティによる授業を取り入れるかどうかは、学校側の判断に委ねられている。しかし、情報モラルのカリキュラムは用意されているため、ニフティの授業でなくとも同様の授業は必ず実施しているという。品川区では、情報モラルの授業は小学校5、6年と中学1年生で3、4時間ずつ行っている。

台場小学校の松本清介校長は、学校でのパソコンの活用状況についてこう説明する。「小学校では、多くの授業でネットを活用しており、主に調べ学習などで利用することが多い。例えば移動教室で行く場所を調べてみんなに紹介するなどの場面で使っています。子どもたちは、技術的な知識は低学年のころから授業の中で学んできており、使いたいという気持ちもあるし、十分に使える状態です。携帯電話はまだ授業の中では扱っていませんが、保護者への啓発活動はしていきたいと考えています」。ちなみに中学校では、技術家庭の時間に安全なネット利用法などを教えるという。

小学校ではネット絡みのトラブルはどのくらい起きているのだろうか。「多少はあるようです。ある小学校では、友達の携帯電話を借りて誹謗中傷したというトラブルがありました。小学校の段階では子どものネット利用は親が責任を持つべきです。最近の保護者は、仕事など自分のことで精一杯で子どものことが疎かになりがち。もっと子どもに関わって、どんな使い方をしているのかを見てほしいですね」。

子どもたちは、今回のニフティの授業も楽しみにしていたという。「ただ、今日の授業だけでは実際に行動に移せないし、実感して怖いとわかることこそが日常化につながると思います。ニフティの皆さんに疑似体験コンテンツを作っていただき、子どもたちが授業の中で実際にパソコンを使って操作をする時間を取る予定です」。

次回は、ニフティによる授業の導入を決めた品川区教育委員会と、提案したニフティの考えを聞く。

10代のネット利用を追う  “ネットの未来を守るために”ニフティが考えること

前回は、東京都品川区立の小学校で導入された、ニフティによる「情報モラル教育」の授業の様子をレポートした。なぜ、ニフティはこのような活動を始めたのか。そして、受け入れた側である教育現場の問題意識はどうなのか。

● 外部からの協力も積極的に活用する「市民科」の授業

そもそも、この授業が実施された「市民科」とはどんな科目なのだろうか。市民科は2006年から品川区独自に小学校と中学校で開設されている科目だ。週に3時間、年間で最低105時間行うことになっており、道徳や特別活動、総合科などの時間を使い、それらを網羅するような内容となっている。市民科の目的は、自己管理、人間関係形成、自治的活動、文化創造などと多岐にわたる。ちなみにインターネットを活用する活動は“自己管理”として位置付けられている。

「内容が多岐にわたるため、授業には専門的な知識や情報が必要になります。教師だけで実現するのはなかなか難しいため、外部から力を借りて実現するのは有意義なこと」と、品川区教育委員会指導主事の滝渕正史氏は語る。

今回の授業は、ニフティ側から話を持ちかけられ、教育委員会が導入を決めた。同様に品川区ではこれまでに、外部からの協力を得て、フジテレビのアナウンサーによる話し方教室、日本サッカー協会の協力でJリーグ選手による夢の授業などが実施されている。さらに裏千家によるお茶の授業をはじめ、経済教育団体ジュニアアチーブメントと共済により企業の協力を得て、空き教室に架空の街を作り、仕事の体験学習ができる授業なども行われている。

例えば夢の授業では、Jリーグの選手が挫折をどう乗り越えたか、どのようにして夢を実現したかを語った。「子どもの目の輝きが違いました。一芸に秀でている人の影響力はすごい」。

一方、市民科には当たり前のことを当たり前にできるようにするというしつけ的な面もある。「今までは気が付いたときに叱っているだけでしたが、カリキュラム化してきちんと教えていこうという考えです。傘のたたみ方や礼儀作法などは家庭でやるべきという思いはありますが、学校でやらざるを得ない状況になっているのです」。このような教育活動は、東京以外でも実施しているところはあるものの、品川区は教科書まで作り、全校で同じカリキュラムで実施しているところが一歩進んでいる。教科書は、教員がどうやって教えるか考える手引きになっているそうだ。

● 携帯電話所持率が高い一方で、保護者の危機意識はまだまだ低い

品川区の児童の携帯電話所持率は全国平均と比べるとかなり高く、東京都の平均くらいとなる。「2006年に調べたのですが、ネットを利用する際の約束事がある家庭は半分くらいしかありませんでした。親は、子どもの携帯電話やパソコンでのネット利用に無関心で、注意を受けたことがあるという子も半分くらい」。

滝渕氏によると、利用時のトラブルとしてはチェーンメールが一番多く、出会い系サイトやコミュニティサイトによるトラブルもある。掲示板などで誹謗中傷を書かれるトラブルも多い。

「保護者は料金についてはうるさく言うものの、最近はパケット通信料定額制になったため、ルールは何も決まっていないし、子どもは注意もされない状態です。しかし実態は、小学生でも自分の部屋で夜の11時、12時までメールを打っています。問題として表に出ていないだけで、いつ表に出てきてもおかしくない土壌はあるのです」。

● 今後、学校でも携帯電話などリテラシー教育が必要に

「まずは、子どもにネットをどんな目的でどう使わせるかということを、保護者に認識していただくことが必要だと考えています。携帯電話の使い方は、今後カリキュラム化していきたいですね。ニフティさんに実施していただいたような授業が必要となるでしょう。すぐにメールの返事をしなかっただけで人間関係が崩れるとか、返信をしないと寝られないなどの問題は、実際に起きてきています。携帯メールの使い方や情報リテラシーは、今後取り上げていく必要があるでしょう」。

ちなみに、これらの教育を学校の中で扱わねばならないと考える理由は、学校での人間関係に影響を与えるからだそうだ。「今回の授業のように、ネット企業の人がネットの危険性や正しい使い方を教えてくれるのは素晴らしいことです。今日の授業だけで全部理解できたかどうかはわかりませんが、今回の授業を受けたことは次の授業の深まりにつながるのは確かでしょう」。

● 子供たちが無防備にネットを利用しないよう、、情報モラルの授業を開始

教育委員会の考えはわかった。では、授業を実施したニフティの考えはどうなのだろうか。この取り組みを提案したコーポレート本部社会活動推進室社会貢献チームの大空真由美氏に理由を聞いてみた。

大空氏が所属する社会貢献チームが発足したのは、2007年10月のことだ。「私には小学校6年生の子どもがいるのですが、ネットを使っている時にいろいろと質問をしてきます。そこで、うちで起きることは他の家庭でも起きているのではないかと考えたのです。ネットの会社にいる私なら、子どもに聞かれても教えられます。けれど、親にも子にも知識がなければ、危険なサイトにアクセスしてしまいかねません。ネットは便利な楽しい情報ツールなのに、間違った使い方をしたせいでネットは怖いと思われると悲しい。ちゃんとした使い方を教えたいと思って提案したのです」。

その提案が通り、会社として取り組むこととなった。2008年4月には社会活動推進室もできた。ちなみに品川区で実施しているのは、まずはニフティがある地元で地域貢献をしたいと考えたためだ。このような取り組みは同社初のこととなる。ネットが広まるにつれて闇の部分が顕著になってきており、ネットビジネスを展開する立場として、ネットの被害に遭う子どもを1人でも多く救う責任があると考えての判断だ。

他の地域からも要望があれば、いずれは品川区だけでなく全国的に展開する可能性も視野に入れているが、まずは自分たちができるところから始めていくという。

● 情報モラルには心と知識の2つの分野、授業ではまず知識を

心理カウンセリングを個人的に学んでいるという大空氏は当初、授業でいじめの問題を取り上げたいと考えていた。しかし、倫理的な部分は1時間で教えられることではなく、毎日の積み重ねで伝えられるものだ。また、情報モラルの教育の内容は、知識と心の2つの分野に分けられているが、あれこれ詰め込むと子どもたちが混乱してしまう。そこで今回は、そのうちの知識を磨く分野に限定したという。

ちなみに、今回の授業の内容は、ニフティが学校や教育委員会にも見てもらいながら作り上げた。また、子どもたちに危険回避の知識を確実に身に付けさせるためには、違法・有害サイトを擬似的に体験できる「インターネット体験ドリル」をニフティのサイト上で9月から提供し、出前授業の次の単元で復習のために利用できるようにした。なお、このサイトは、品川区の小学校だけでなく、広く誰でもアクセスして学ぶことができる。

「トラブルの原因は、親子のコミュニケーション不足など、家庭での問題が大きく影響していると思います。けれど家庭の中には踏み込めないので、せめて子どもたちを通じて手紙などで保護者の方の意識を高めて、子どもたちの周りで起こっているいろいろな問題に気付いてもらいたいと考えています」。今回も、フィルタリングのかけ方などを保護者あてのプリントにして配布した。さらに、品川区立の小中学校の保護者向けの「情報モラル講座」もあわせて展開をはじめている。講座では、新聞の記事などから実際に起こった事件の事例などを抜粋して、具体例を交えながら危険性をアピールして啓発活動を行っている。

● 危険を知らない子どもたち、「ネットは便利」の前に教えるべきこと

授業を実施してみての子どもたちの反応や感想についても、大空氏に聞いた。「授業の後、子どもたちに感想を書いてもらっていますが、ネットは怖いと認識を新たにした子もいるし、フィルターをかけたいという感想もあります。危険を正しく認識させるのはいいことだと思いました。子どもたちは意外と、ネットを何も考えないで使っている印象を受けました。ネットには危険な情報や嘘もあるとは知らなかったようです。その意味でも小学校から始めるのが大事だと思います」。

ネット企業がネットの魅力を抜きに、怖さや危険だけを教えるというのはもったいない話のように思える。それについては、「正直、ネットの便利な部分も教えてあげたいですが、今はまず正しい知識を教える段階だろうと思っています。“便利さ”は、ネットとは何で、どんなことが起こるかを把握した上でもわかってくるものだと思うので。ネットはインフラ的に必要不可欠になってきているので、いずれ使うようになるでしょう」。

今後、企業もできるところからネットの正しい使い方の啓発活動に励む必要があるだろう。結局はそうすることが、ネットの未来を守ることにつながっていくのだ。

9月 9, 2008 at 11:19 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2008.09.01

学力問題と言えるのか?

サンケイ新聞より「【正論】精神科医・国際医療福祉大学教授 和田秀樹 どこまで落ちる大学生の学力

≪少子化がもたらす弊害≫

私たちはさまざまな形で、学力低下を論じてきたし、その甲斐(かい)があってか、学習指導要領もゆとり教育撤回の方向に向かうことになった。しかし、学力低下の誘因としてもう一つの大きな問題がある。それは、少子化である。

少子化そのものが学力低下の原因になっているわけではない。フィンランドなどは、子供が減ることで、生徒一人ひとりに行き届いた教育を行い、むしろ学力が向上している。だが日本の場合は、子供の数が減ることで、受験圧力が大幅に緩和されて、それが学力低下に直結する。

第2次ベビーブーム世代は1学年200万人以上いた。その際に、「15の春は泣かせるな」の掛け声とともに、公立高校が大増設された。その後の少子化で、現在は1学年が120万人程度になっているが、結果的に、びりのほうでも新設の公立高校の普通科に入れるようになった。

おそらくは、それが中学生のインセンティブを奪ったのだろう。各種調査で、中学生の4割以上が学校の外で全く勉強していないという結果がでている。

このような少子化による学力低下の影響が、さらに激しく出ているのが大学だといわれるようになってきた。

現実に、第2次ベビーブーム世代と比べて、1学年70万人も減っているのに、大学生の数は当時と比べ、4学年で60万人も増えている。要するに少子化にもかかわらず、大学側が定員を増やし続けたため、大学が大幅に広き門となってしまったのだ。

≪AO・推薦で入試変質≫

1998年に行われた京都大学の西村和雄教授と慶応大学の戸瀬信之教授による大学生の数学力調査で、早慶クラスの大学でも、数学を受験しない文系学生の2割が分数ができず、7割が2次方程式の解の公式を使う問題が解けないことが明らかになった。

しかし、昨今では、それとは質の違うレベルの学力低下が問題にされている。

日本語の読み書き能力の著しい低さ、英語の基本的文法知識の欠如、歴史や地理的知識の著しい欠如(坂本龍馬やゲーテすらも知らないなど)である。

現実に、大学の入学定員と志願者数がほぼ同数となり、大学の半分近くが定員割れとされる状態であるから、事実上、中位・下位校では無試験で大学に入学する。

そしてさらに新たな問題が最近になって浮上してきている。それは、AO入試(学力試験の代わりに書類審査、面接、小論文などで選抜)、推薦入学の激増である。

2000年に旧文部省が、私大の推薦入試の上限をこれまでの3割から5割に引き上げ、国立大学協会も2008年度入試から5割に引き上げている。それ以外にAO入試の実施校が激増しており、現在では私大入学者の1割近くを占める。帰国子女選抜や社会人選抜、そして付属校からの進学者を含めると、私大では、入学者のうち、一般入試で入学した学生の割合が半分を割り込んでいるのである。

建前上は、一発勝負の受験の弊害を排したり、多様な学生を集めるためのものだが、有効に機能しているとは思えない。推薦組、とくにAO入試組の低学力が、各大学で問題になっているのだ。

≪早急に「資格試験」導入を≫

現実には、中低位校では定員割れを少しでも避けるための学生確保に用いられ、上位校では、これを行うことで、一般入試の定員が減り、見かけ上の偏差値が上がるために学校の格を上げることに用いられている。

もともと、一般入試組が無試験同然になっている低位校以上に、上位校では、推薦入試、AO入試組と一般入試組の学力格差が問題になっているそうだ。

私の知る限りでも、早慶レベルの学校に、それより偏差値が10以上下の大学の付属校から成績不良で大学に上がれなかった生徒が推薦やAOで数人入学している。

基本的にAO入試というのは、アメリカで行われている試験制度を採り入れたものということになっているが、アメリカの場合は、SATと呼ばれる統一学力テストの点数も評価したうえでのセレクションが原則だ。ところが、日本では、推薦入学を文科省が11月まで認めていないので、その代わりになる。

そのため、秋に大学入学が決まった学生で自動車免許の教習所がいっぱいになるという。いちばん勉強するはずの高校3年生の秋以降がいちばん勉強しなくていい時期になっているのだ。

中教審や教育再生懇談会でも、この事態を認識して、高大接続テストの導入を検討しているそうだが、早急に大学入学の資格試験を作らないと大学教育のみならず、高校教育までが崩壊しかねない。(わだひでき)

和田秀樹氏は教育問題のオピニオンリーダーの一人です。この意見を読んでみると「何を言いたいのだ?」と感じます。
いわゆる「学力重視」は分かるのですが、記事中で指摘されている通り。

1998年に行われた京都大学の西村和雄教授と慶応大学の戸瀬信之教授による大学生の数学力調査で、早慶クラスの大学でも、数学を受験しない文系学生の2割が分数ができず、7割が2次方程式の解の公式を使う問題が解けないことが明らかになった。

しかし、昨今では、それとは質の違うレベルの学力低下が問題にされている。

日本語の読み書き能力の著しい低さ、英語の基本的文法知識の欠如、歴史や地理的知識の著しい欠如(坂本龍馬やゲーテすらも知らないなど)である。

といった問題があります。
しかし、和田氏のこの文章で「さっぱり意味不明」のところが、「しかし、昨今では、それとは質の違うレベルの学力低下が問題にされている。」の部分です。
分数のできない大学生と、日本語の読み書きの能力の著しい低下、を「質の違う問題」と考えることができるものなのか?

おそらくは、和田氏はゆとり教育を否定する立場から「生きる力」といったまとめ方ができないから、分けざるを得なかったのではないだろうか?
ゆとり教育批判は、かなりのところが批判されて仕方ないと思うが、教育は総合的に生きる力といったところ高めることが目的であることを否定はできないだろう。

ここらを「総合学習は学校教育ではない」として「学校教育とは学力向上である」「進学率の向上である」とやってきたのが、現在の大学進学率が増えた理由なのだから、学力向上派(?)としては「結構なことだ」と言わざるを得ないのだろう。

和田氏は意見ではなくて現状報告を述べたということかもしれないが、現実がバラバラになっていると指摘したのだから、対策は「どうやって統合するか」といういわば教育ビジョンとか長期政策の提言になるはずなのに、「資格試験の導入」と言い出した。

和田氏がはっきり書くべきなのは「資格試験で大学進学率を下げるべきだ」であろうと思う。
どう考えても「資格試験に切り替えるとどうなるのだ?」の回答は「現在の低学力大学生を排除する」だろう。それとも、資格試験で一生懸命勉強するから、底上げになるとでも言うのだろうか?

大学生の学力が低下すると、何が問題なのか?を和田氏はどうとらえているのだろうか?
問題は、学力低下ではないように思う。
人生にとって学力は誰にでも一律に影響するものではない。いわゆる、知的エリートとされる、学者・研究者といった人にとっては学力こそが第一の評価基準かもしれない。
しかし、店員などサービス業の第一線で必要とされるのは対人能力になる、今の学力検査には対人能力なんて無い。

これで分かる通り「学力ですべてを推し量る」こと自体が無理であって、わたしには現在の大学受験を頂点とする「学力での層別を過度に重視した結果」として、学力以外のところを教育していないことこそが問題であろうと強く思うのです。

このように考えてみると、今回の和田氏の主張が「何を主張しているのか分からない」理由が、学力問題について従前の「過度の重視」から抜け出せないのに、世間が変化してしまったから学力低下では論ずることができなくなった、という証明なのかもしれない。

9月 1, 2008 at 10:50 午前 教育問題各種 | | コメント (61) | トラックバック (0)

2008.08.25

大分県教員採用試験問題

朝日新聞より「大分県教委、新たに不正確認 処分人数2ケタも

大分県教育委員会の汚職事件を受け、教員採用や昇任人事をめぐる不正の実態調査を進めている県教委の教育行政改革プロジェクトチーム(PT)は24日、職員の不正への関与を新たに確認したことを教育委員に報告し、職員本人や上司らの処分方針に関する複数の案を示した。

最も厳しい案の場合、処分される人数は2ケタに上るという。処分は月内にも行われる見通しだ。

この日、県庁であった教育委員の協議会で報告された。
協議会は非公開。関係者の話を総合すると、処分される人数は最も厳しい案の場合、事件で起訴され懲戒免職になった義務教育課参事2人と校長、教頭の4人を含めて2ケタになるという。

主に減給や戒告などの懲戒処分が検討されている。
職員が関与したとされる不正の具体的内容については、詳細は明らかにされなかったという。

この日の協議会では、事件の再発防止のための組織改革の一環として、来年度から教員出身の人事担当者を減らす方針も決まった。
麻生益直・教育委員長は取材に対し、代わりに教員以外の県教委職員や知事部局出身者を増やす考えを示した。

大分県教委では今年度、義務教育課人事・免許班に8人、高校教育課人事班に5人が配置されており、多くが教員出身という。
元参事も教員出身で、人事・免許班を総括していた。

これは不正人事に絡む汚職事件などの処分案なのでしょうね。
ということは、誰が考えても不正人事そのものには手が着いていない、と見るだろうし実際の教員が疑惑の目で見られることになるでしょう。

教員採用については、あっちこっちで「コネが絶対に必要」などと以前から言われていました。
大分県では、試験成績の改竄をしているのだからこの部分は人事の信用性を著しく失墜させた、という点で問題です。

この種の大規模な問題になりますと、何が起きたのかを細かく解明することが出来ないのですが、そうすると「先生は信用できるのか?」と疑念が発生するといった展開になるでしょう。

では、刑事事件で強制捜査をすれば問題は解消するのか?というと直感的には「刑事捜査による社会に対する効果は限定的だ」と思うのです。

誰か特定の人物が、引き起こした事件ではなく代々引き継がれてきたのでしょうから、現時点で「犯罪者」となった人たちは「なんでオレだけ」と思うでしょうし、そもそも社会正義の観点からは「以前からこんな事になっていた」と主張することは大いにあり得るでしょう。

よく似た構造の事件について、非常にうまく説明している記事がありました。
NIKKEINET BIZ+PLUS より「そして誰もいなくなった――長銀裁判とは何だったのか

タイトルから分かる通り、長銀裁判の無罪判決について背景などを説明しています。
4ページにわたる長文ですが、見出しを並べてみます。

  • 「法律」と「法律の精神」のはざま
  • 裁判官の補足意見に込められた長銀破綻の本質
  • スケープゴートにされた“バブルの象徴”
  • 大手を振って歩く「同じ穴のむじな」だった面々
  • 権力者たちの責任回避の果て
  • 刑事事件化によるカタルシスの危うさ
  • 皮相な善悪二元論を超えて

筆者の箭内 昇氏は

1947年生まれ。
70年東京大学法学部卒、日本長期信用銀行入行。法律室配属を皮切りに、広島支店、企画部、人事部、公共金融部、ニューヨーク支店副支店長、企画部企画室長などを経て、97年に取締役営業2部長。
同新宿支店長を経て98年4月に執行役員新宿支店長となるが、同年7月に当時の経営陣を批判して辞職。

現在はアローコンサルティング事務所代表として経営コンサルティングを手がける。
りそなHD社外取締役。

ですから、いわば当事者なのですね。
長銀事件が、被告だけの責任ではないと誰もが考えることですが、では銀行を潰すような事件に誰も責任が無いのでしょうか?というとそれはあり得ません。この点については

今回の判決要旨は次のとおりだ。「97年3月の大蔵省通達による経理基準はまだガイドライン的なものだったので、長銀が関連ノンバンク向け貸し出しについて、旧基準を使って不良債権処理の先送りをしたとしても、違法とはいえない」

結局、最高裁は厳密な規定解釈に論点を絞り込み、いわば法技術的な見地から無罪と判断したのであり、その限りでは全く妥当な結論だ。だが、別の視点から見れば、不良債権処理先送りを容認した旧経理基準そのものの適法性については、判断を回避したともいえる。

この大蔵省通達の根拠法であり、決算の憲法ともいうべき商法は、「貸し倒れの恐れがある債権は引当金を積むべし」と規定している。「保守的で健全な決算をせよ」というのが法の精神だ。

その視点からすれば、「銀行が支援する以上、関連会社向け貸し出しの貸し倒れはあり得ない」という牽強付会(けんきょうふかい)の理論を盛り込んだ旧経理基準自体には、重大な問題があったといわざるを得ない。そして、この甘い経理基準に便乗して大胆に関連会社を不良債権隠ぺいや先送りの道具に使っていった長銀経営者の行為は、法律そのものには違反しなかったとしても、法の精神に違背した「広義の粉飾決算」だったというべきだろう(本コラム第20回参照)。

一方、この甘い経理基準を放置することで結果的に長銀の粉飾決算に加担した大蔵省も、「未必の故意」もしくは「重大な過失」による「共犯者」だったというべきだ。

この点、今回の判決における古田佑紀裁判官の補足意見はきわめて重要だ。

「関連ノンバンクについては、(大蔵省の行政指導による)母体行主義が存在していたため、母体行である銀行は、自行の関連ノンバンクに対して原則積極支援を求められる立場にあったところ、税法基準においては積極支援先に対する貸付金には原則として回収不能と評価することはできないという考え方がとられており、この考え方からは、関連ノンバンクに対する貸付金を回収不能とすることは(本判決の結論どおり)困難であったと思われる」

「(だが一方)業績の深刻な悪化が続いている関連ノンバンクについて、この税法基準の考え方により貸付金を評価すれば、実態とのかい離が大きくなることは明らかであると考えられ、長銀の本決算は、その抱える不良債権の実態と大きくかい離していたものと推認される」

「このような決算処理は、当時において、それが直ちに違法とはいえず、また、バブル期以降のさまざまな問題が集約して現れたものであったとしても、企業の財務状態をできる限り客観的に表すべき企業会計の原則や、企業の財務状態の透明性を確保することを目的とする証券取引法における企業会計の開示制度の観点からみれば、大きな問題があったものであることは明らかと思われる」(カッコ内は筆者、一部要約)

まさに的確な指摘であり、古田裁判官の複雑な思いが伝わってくる。

裁判所の判断を肯定しますと、無罪判決は当然となりますが、実際に何が起きていたのかについては次のように説明しています。

日銀と大蔵省は、80年代に俯瞰(ふかん)的な金融情勢を見誤ってバブルを引き起こし、90年代にはグローバル化に逆行する護送船団方式の不良債権処理で、日本経済を危機に陥れた。政治家は、バブルに便乗して金策に精を出し、96年の住専処理では農協擁護の横車を押して、大蔵省に公的資金アレルギーを植え付け、その結果銀行界への公的資金投入を遅らせた。

政府は長銀が破たんするや、旧経営陣を刑事告発することで、問題や責任を限定、極小化しようとした。
事実、その後大手銀行が野合的にメガバンクを誕生させていく中で、国民はこれでバブル処理は終わったと安堵する。

だが、その直後から大手銀行の不良債権問題が再燃し、わが国経済は重大な難局を迎えた。結局、泥沼化した不良債権問題を決着させたのは、竹中平蔵金融担当大臣という、政治家でも官僚でもバンカーでもない1人のエコノミストだった。

実は、そこに「不良債権とモラルハザードは表裏一体」という、わが国不良債権問題の本質が収斂(しゅうれん)している。政治家も金融当局も銀行トップも、関係者は誰一人自らの非を認めず、自らの手で不良債権問題を処理することもできなかった。

箭内氏は刑事裁判の結果が無罪であっても、モラルハザードになってしまったところはどうなんだ、と続けます。

今日、わが国は不信渦巻く混迷の中にある。その最大の責任は、「ノブレス・オブリージ」の精神を失った既得権者にある。高い地位にある者ほど大きな責任を果たしてこそ、国民は権力者に信頼を寄せる。

だが、今のわが国は権力者が責任回避と開き直りを押し通す情けない国に堕落した。筆者には、旧経営者に全責任を押し付けることで国民の目をそらせようとした長銀裁判こそが、その嚆矢(こうし)だったように思える。

そして、長銀の無罪判決がおりた後の「そして誰もいなくなった」状態こそ、壮大なモラルハザードの象徴に思えてならないのだ。

第3に、近年、長銀事件のように不祥事件を刑事事件化することで、かえって本質的な問題が埋没しているような気がする。

長銀事件以降、不祥事件が起きるとワイドショー的雰囲気の中で、企業トップや役職員を逮捕するケースが目立つ。三菱自動車事件、耐震偽装事件、食品偽装事件、賞味期限改ざん事件、コクド事件、ホリエモン事件、村上事件、NOVA事件、日雇い派遣不正事件などなど。

刑事事件化してしまうと、すべて「善か悪か」というステレオタイプに押し込まれ、こうした実態が埋没してしまう。政治家や官僚たちもこれを奇貨として、「クサいものにふた」をし、個別・特殊問題、民間サイドの問題として抜本処理を先送りしがちだ。これでは、食品偽造事件など同根の不祥事が頻発するのは当然だし、国民の意識を変えることも困難である。

この問題に関しては、メディアの役割がきわめて重要だ。中立的で正確な情報や問題の核心を突く深い分析を国民に提供できるのは、メディア以外にない。今回の長銀判決では、多くのメディアが当時の金融行政の実態をかなり正確に分析し、報道している。

「10年前に同様の報道をしてくれていたなら」というのは筆者の恨み節かもしれないが、メディアは、間違っても視聴率引き上げにこだわるあまり事実を脚色したり、扇情的な報道に走ったりすることのないよう、ひたすら祈るのみだ。

この記事は、2008/08/18の配信であり、大野病院事件の福島地裁判決が出たのが8月20日です。
大野病院事件の無罪判決についても、マスコミ批判はかなり強くあります。
箭内氏が指摘する
今日、わが国は不信渦巻く混迷の中にある。その最大の責任は、「ノブレス・オブリージ」の精神を失った既得権者にある。高い地位にある者ほど大きな責任を果たしてこそ、国民は権力者に信頼を寄せる。
は非常に重大だと思うのですが、現在の福田首相はまるで正反対を向いているのではないのか?と感じてしまうところが、現在の日本の病んでいるところだと言えるでしょう。

8月 25, 2008 at 10:26 午前 事件と裁判, 国内の政治・行政・司法, 教育問題各種, 日記・コラム・つぶやき | | コメント (3) | トラックバック (0)

2008.07.28

教科書を厚くしよう

日経新聞より「教科書のページ倍増、教育再生懇が改革案

政府の教育再生懇談会(座長、安西祐一郎慶応義塾長)は28日、教科書の質や量を充実させる改革案をまとめた。

教室での使用を前提とした現行の教科書を、自学自習にも使える内容にするためのページ数の倍増と教科書の内容改善に向けた研究に関する体制整備などが柱。今秋にも福田康夫首相に提出する第2 次報告に盛り込む方針だ。

教科書は、1人で読んでも理解できるような練習問題や原典からの引用量を増やす。
学習指導要領以外の内容を教える発展学習などに充てる分量の上限の撤廃や、大学レベルの内容などの高校教科書への柔軟な記述も提言した。
こうした拡充には国語、理科、英語では現在の2倍のページ数が必要と試算した。

実際に高校の教科書をみてみると「絵本ではないのか?」と思うほどカラフルでかつ薄いのですが、書いてある内容は本質的には昔と同じ内容なので一行に複数の注意点があるなど、読むのに疲れてしまうようなものになっています。
厚くするとか、上限の撤廃などは当たり前でしょう。

なんでここまで、がんじがらめにしているのかさっぱり分かりません。
その意味では、わたしが基本的に反対する教育再生懇談会での議論としては良い意見だと思います。

7月 28, 2008 at 06:00 午後 教育問題各種 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2008.07.24

教育関係者は責任について考え直せ

サンケイ新聞より「女児暴行の教諭を懲戒免職、問題放置の関係者処分へ 茨城県教委

茨城県行方市立北浦中教諭(38)が小学5年だった女児=当時(11)=に性的暴行を加えたとして強姦罪で起訴されたことを受け、県教委は23日、被告を懲戒免職とした。
被告は事実関係を認め、「被害者に大変申し訳なかった」と謝罪したという。

一方、市教委などが事件の概要を把握しながら長期間放置していた問題について、県教委は今月中にも関係者の処分を行う方針を示した。

県教委によると、被告は事情聴取に淡々と応じ、「罪を償い、謝罪したい。女児には普通の幸せを手にしてほしい」と述べたという。

被告は平成18年4月ごろから、女児の兄の担任として家庭訪問を実施。兄を車でコンビニなどに連れて行き、食事などを買い与えていたが、女児も一緒に連れ回すようになった。

同年9月以降、被告は女児と2人で行動することが多くなり、1週間に2回の頻度で連れ回すこともあった。被告は「家に1人で残すのがかわいそうだった」と理由を話しているという。

事件をめぐっては、市教委や同中、県の出先にあたる鹿行教育事務所などが、女児の訴えを1年以上放置していたことが判明。
県教委は報告体制の見直しを急ぐとともに、近く関係者の処分を行う。

起訴状などによると、被告は19年2月17日夜、女児をドライブに誘って神栖市内のホテルに連れ込み、みだらな行為をした。

「教育関係者は直視せよ」の一応の結論ですが、「県教委は今月中にも関係者の処分を行う方針を示した。」なんて話なのでしょうか?どう見ても「意図的に扱わず」「容疑者が強く否定したため、(学校側も)信用してしまった」ということでしょう。

じゃあ、いったいどうすればこのような教員が事件を起こすのを抑止できるのか?

今回は、一年以上放置したあげく、警察が逮捕したから教育委員会が動いた。なんですよね。

「教育関係者は直視せよ」

で紹介した記事によれば、

一方、同校は産経新聞の取材に対し、「小学校を含め、女児周辺に接触して聞き取りを行ったことは一切ない」と全面的に否定。

市教委も「『性的暴行』に繋がる具体的情報は把握していなかった。

『女児を車に乗せて一緒にいた』という情報をもとに事情聴取したが、容疑者が強く否定したため、(学校側も)信用してしまったようだ」などと説明している

これでは、教育委員会や小中学校は積極的に隠蔽の意図を持って調査を打ち切った、と評価されてもしかたあるまい。
モノサシが狂っているよ。
学校で「学校は信用できないけど、警察は信用できる」と教えるとでも言うのだろうか?

7月 24, 2008 at 09:15 午前 教育問題各種 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2008.07.13

子供用のネット利用不可の携帯電話

読売新聞より「KDDI、ネット不可携帯を発売へ…有害サイトから子ども保護

KDDIは、インターネットに接続できず、機能を通話などに限定した子ども向け携帯電話機を今年度中に発売する。未成年者が携帯電話で出会い系などの有害サイトに接続し、犯罪に巻き込まれるケースが社会問題化していることに配慮した。

携帯電話のネット接続サービスが始まった1999年以降、一部の高齢者向け機種を除き、ネット接続機能を外した機種が発売されるのは業界で初めて。

KDDIは新機種の機能を、通話や全地球測位システム(GPS)を使った位置情報確認などに限定する。メール送受信機能を加えるかどうかは検討中。端末価格は3万円前後を想定している模様だ。

同社は、子ども向け機種として、ネット接続などの機能を制限できる「ジュニアケータイ」を2006年から販売し、未成年者が有害サイトに接続できなくする「フィルタリング(選別)サービス」も提供している。ただ、いずれも制限するかどうかは利用者の判断に委ねられており、犯罪防止を徹底するため当初からネット機能を外すことにした。

わたしはこれには基本的に賛成ですが、携帯電話会社一社だけがやってもダメだ。
携帯電話会社全社が揃って「新・子供用携帯電話」を発売して、さらに文部科学省(総務省ではない)が学校側を支援するために「子供用携帯電話の推進」と表明するべきです。

一番の問題は、文科省が携帯電話について学校に対して指導どころか助言もしていないことでしょう。

考えてみますと、バイク禁止の「3ない運動」が横行したときにも、文科省はなにもしませんでしたね。 だから各地でかなりの大混乱になりました。

文科省には調整能力というのがないのでしょうか?

7月 13, 2008 at 11:03 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.07.12

教育関係者は直視せよ・その2

「教育関係者は直視せよ」の続報です。

サンケイ新聞より「女児暴行で教諭起訴 茨城県教委、近く処分へ

■問題放置の市教委なども処分検討

小学5年だった女児=当時(11)=に性的暴行を加えたとして、水戸地検土浦支部は11日、強姦罪で茨城県行方市立北浦中学校教諭(38)=鉾田市札=を水戸地裁土浦支部に起訴した。

県教委は近く被告から直接事情を聴き懲戒処分する方針。
事件をめぐっては、市教委や同校が女児の訴えで具体的情報を早期に把握しながら、


1年以上も放置

していたことが発覚。県教委や市教委は今後、関係者への処分も検討する。

起訴状などによると、被告は平成19年2月17日夜、女児をドライブに誘って神栖市内のホテルに連れ込み、13歳未満であることを知りながら、みだらな行為をした。

行方市教委は先月23日、被告の逮捕を受けて行った記者会見で「事件をうわさとして聞いていた」と虚偽説明

しかし、今月8日になって、問題を長期間放置したことを認め、
前教育長や同中学校の前校長が「結果的に問題を隠蔽(いんぺい)したと思われても致し方ない」と謝罪
した。

県教委によると、暴行直後の19年4月、女児が小学校の担任に「先生と付きあっている。5年生の2月か3月のころ、ラブホテルに行った」とホテルの具体名も挙げて証言。疑惑の概要や女児の訴えは同年5月、県の出先にあたる鹿行教育事務所にも口頭で報告されたが、県教委本庁には報告されていなかった。

被告の起訴を受け、県教委は「事実関係を本人に確認し、厳しく対処する」とコメント。行方市教委は「市内からこのような教員が出たのは断腸の思い。全力で信頼回復を目指す」と話している。

これでは、教育委員会の懲戒権なんてものは返上します、といっているようなものでしょう。

どこが「結果的に隠蔽」なんでしょうかね?調べない報告しない、のでは「強固な意志を持って隠蔽」としか言いようがないでしょう。

警察が起訴しないと、対処しないんだ。
これでどうやって「信頼回復を目指す」になるんでしょうかね?
「信頼されないことを目指した」としか言いようがないでしょう。

本当に信頼回復を図るのであれば、起訴以前に教育委員会が辞任して、後任の教育委員会が事件の内容が明らかになった時点で前任者の責任を追及する、といった姿勢でも示すぐらいしかやりようがないでしょう。

最初に「なんとかごまかせないか」とやった「ボタンの掛け間違え」のようなことが、どうにもならない状況に追い込んでしまったのは明らかなのですから、一旦切り離して新規やり直しぐらいしか対処する方法がないはずですよ。

報道にあるとおり、問題は二つはあって、一つは児童強姦をした教師、もう一つはなんとかごまかそうとした教育関係者。

「起訴されたから・・・」では、まるで教育委員会を初めとする関係者の責任が刑事事件の下部構造であるかのように、受け取れますが全然別の問題です。
それすら分からないほどひどいと言うことなのでしょう。

7月 12, 2008 at 10:49 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.07.05

学校はもっとうまく社会に向き合って欲しい

読売新聞より「小中高生の「職場体験」、企業の受け入れ継続は6割…負担重く

小中学生や高校生などの職場体験を受け入れた企業のうち、「今後も続けたい」と考えている企業は約6割にとどまることが、東京商工会議所の調査でわかった。

学校との調整が難しいことや、企業側の負担が大きいことが背景にあるようだ。

教育活動の一環として、地域で学校と企業の連携が広がっており、東商の調査でも、従業員数が1001人以上の企業は約9割、10人以下の企業も半数近くが何らかの形で教育支援活動に取り組んでいた。

内訳は、「事業所への受け入れ」が約8割と最も多く、実際に職場で仕事を体験してもらったり、従業員が生徒のインタビューに答えたりしている。しかし、今後も継続する意向の企業は、小学生の受け入れで58・1%、中学生は66・5%となり、企業側がためらっている様子もうかがえる。

「学校との事前の調整が不十分だった」「子どもが万一ケガをした場合の責任の所在がわからない」などの不満もあるため、東商は仲介機能を強化するなどして、企業が支援しやすい環境づくりに取り組む。

調査は会員企業3713社を対象に5月に実施し、681社が回答した。

わたしの属しているNPOでは学校から依頼を受けて、見学などの出来る企業を探してくるなどといった事をやっているので、この記事に上がった問題は非常に良く分かります。

しかし、ちょっと考え直してみると「学校」を「役所」に切り替えても同じなのじゃないのか?と思うところもあります。

民間では、ほとんどの事柄が複式簿記的な手順で進行しています。
例えば、品物を買ったら、お金を払って、領収証を受け取る。

もうちょっとビジネス的な場合には、見積依頼 → 見積 → 注文書 → 納品書 → 受領書 → 請求書 → 支払 → 領収書となるでしょう。

これが、お役所だといくつかのやり取りが消えてしまいます。
先にお金が入金されるから、その仕様の仕事を後からやる、などです。

要するに、各段階でチェックするのが標準にはなっていない。

企業が「学校との調整が難しい」というのはこのようなところだろうと想像します。
学校は「任せた」としたのだかたらやって当然というかそれ以外にやりようがない、というとこがあります。
しかし企業側は、常に学校も関わっていて当然と考えているから、ここでうまく行かなくなる。

つまりは、学校側の社会的な適応力がビジネス界に接するには不十分なレベルだから、というしかないですよ。

7月 5, 2008 at 03:55 午後 教育問題各種 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2008.06.27

教育関係者は直視せよ

「大学総長・強制猥褻で実刑」を書いたら途端に、イザにこんな記事がを見つけた「小5女児性的暴行の“事実”把握 中学、適切処置怠る?」

小学5年で11歳だった女子児童に対する強姦容疑などで茨城県行方市立北浦中学校教諭(38)=鉾田市札=が逮捕された事件で、同校が「性的暴行」の具体的な情報を早くから把握していたにもかかわらず、疑惑を否定する教諭を一方的に信じ、警察や児童相談所への通報など適切な処置を怠っていた疑いがあることが26日、分かった。

関係者によると、女児が当時通っていた小学校は、容疑者による性的暴行の噂が流れた昨年4月以降、女児の保護者や北浦中学校の職員らを同席させ、数回の話し合いを実施。
同中は、容疑者の逮捕容疑とほぼ同じ「性的暴行」の疑惑を把握しながら十分に調査することなく放置し、警察などへの通報を行わなかったという。

複数の関係者は「女児は性的暴行があった日付や内容を小学校に説明していた」と指摘。
「中学校は小学校からの情報で性的暴行の具体的な疑惑を把握していたし、会議も行っているはず」としている。

一方、同校は産経新聞の取材に対し、「小学校を含め、女児周辺に接触して聞き取りを行ったことは一切ない」と全面的に否定。

市教委も「『性的暴行』に繋がる具体的情報は把握していなかった。
『女児を車に乗せて一緒にいた』という情報をもとに事情聴取したが、容疑者が強く否定したため、(学校側も)信用してしまったようだ」などと説明している

市教委のこれまでの発表などによると、中学校は昨年4月以降、容疑者に何度も事情聴取。強く否定する容疑者の言葉を信じ、副担任として教壇に立たせ続けていた。

逮捕に関するニュースです。朝日新聞より「小5を強姦容疑、中学教諭を逮捕 茨城県警

小学校5年生だった女児(当時11)に性的暴行を加えたとして、茨城県警は23日、同県行方(なめがた)市立北浦中学校教諭(38)=同県鉾田市札=を強姦(ごうかん)と児童福祉法違反の疑いで逮捕した。「間違いありません」と容疑を認めているという。

行方署などによると、07年2月中旬、顔見知りの女児をドライブに誘い、同県神栖市内のホテルで性的暴行を加えた疑い。
今年5月、女児から相談を受けた人から行方署に通報があって発覚した。

容疑者は96年4月に教員採用された。北浦中には03年4月から勤務。
技術を教え、女子テニス部の副顧問も務めていた。一昨年、昨年と学級の担任だったが、現在は受け持っていない。

行方市の教育長や校長は23日午後6時から記者会見し、「大変申し訳ない。二度とこういうことが起きないよう、対応策を考えたい」と陳謝した。

23日早朝、校長の自宅に容疑者の両親から電話があり、容疑者が泣きながら「子どもに迷惑をかけ、申し訳ない」と話したという。

同容疑者は独身で、一緒に住む両親も小学校の校長を務めたことがあり、近所でも教育一家で知られていた。

同中学の女子テニス部の生徒は「熱血先生で、土日もないくらい部活の指導に熱心だった」。卒業生の一人は「いつも明るく笑っていて、授業では一人ひとり見回ってくれるいい先生だった」と話した。

事件そのものずいぶんひどい話だと思いますが、その後の展開には「関係者はどう考えているか?」と大いに疑問を感じます。

2007年2月事件を起こした
2007年4月ウワサが流れた
2007年4月以降被害児童の親と中学校は話し合いを行う
2008年5月警察に通報

にもかかわらず、

一方、同校は産経新聞の取材に対し、「小学校を含め、女児周辺に接触して聞き取りを行ったことは一切ない」と全面的に否定。

市教委も「『性的暴行』に繋がる具体的情報は把握していなかった。

『女児を車に乗せて一緒にいた』という情報をもとに事情聴取したが、容疑者が強く否定したため、(学校側も)信用してしまったようだ」などと説明している

などと言っているわけです。
「一切ない」なんて言うからこういう反撃を世間から食らうわけですが、2月の事件が4月にウワサになったということ自体が、事件の重大性を示しているわけで、それに対して「関わっていない」のごとき方向に引っ張った関係者の鈍感さは、地域社会を崩壊に向かわせるものです。

なんというか、視野狭窄に陥っているのではないでしょうか?

6月 27, 2008 at 07:22 午後 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.06.25

小学校の天窓から6年生が転落死・その4

「小学校の天窓から6年生が転落死・その3」の続きです。

サンケイ新聞より「都立高でも7年前に天窓転落事故

平成13年に都立富士高校(中野区)で当時3年生の男子生徒が校舎5階の天窓から転落死していたことがわかった。
都教育委員会は都立高校長会で注意喚起を行っていたが、小中学校区市町村教委には報告していなかった。

都教委によると、13年10月、男子生徒が友人と昼食の弁当を食べるため、入り口が施錠されていた5階屋上へ雨どいを伝って登った。
昼食後、男子生徒が幅約1・2メートルのガラスの天窓に乗ったところ、ガラスが割れて1階まで転落。
全身を強く打って約1カ月後に死亡した。
都教委は区市町村に未報告だったことについて「想定していない事故だった」と説明している。

杉並区の杉並第十小学校では18日、6年生の男子児童(12)が転落死。杉並署が学校側の安全管理に問題がなかったか、業務上過失致死容疑で捜査している。

なんか「想定していない事故」と言えば事故ではなくなるかのような印象ですが、杉並区議会の文教委員会で「児童転落死亡事故」に関する資料として、「区教委担当セクションから区議会文教委への報告書」を傍聴していた方からいただきました。

                                                 

                                                 平成20年6月23日

                                                              

                                                  センター

              区立小学校での児童転落事故について 

  区立杉並第十小学校(校長:宮山延敬、児童数387名)において、6年生男子児童が授業中に3階屋上にあるトップライト(明かり採り)から転落し、死亡する大変痛ましく重大な事故が発生しました。事故の概要と対応について報告します。 

1 概要

(1)児  童  ○○  君(酔うぞが修正) 12歳 (杉並区和田2丁目)

(2)発生日時  平成20年6月18日(水)午前9時25分頃

(3)事故の概要

    1時間目の6年生の算数の授業で、2学級を3グループに分けた少人数学習指導により、各自10歩程度の歩幅を計測し、その平均を出す授業が行われていた。そのうち1グループ(25名)が校舎3階の屋上を使用し、9時25分に学習を終えて教室に移動する際、ドーム型のトップライトに当該児童が乗り、強化プラスチックの覆いが割れ、1階コモンスペースの床に転落し、全身を強打した。

    9時27分、学校が救急車を要請し、児童は東京医科大学病院に搬送され、集中治療室にて治療を受けたが、症状が重く、1317分に死亡が確認された。

    事故直後、学校から警察に対し、事故の発生を通報した。事故の原因については、現在警察が調査中である。

    今回事故につながった当該校の屋上は、本来児童の利用を想定したものではなく、日常は施錠している。 

2 事故後の対応

       ○学校は、当日14時から全校集会を開催し、児童に事故の説明を行ない、集団下校の措置をとった。また、事故を目撃した児童に対して、済美教育センターが派遣したスクールカウンセラーにより、カウンセリングを行なった。

       ○16時から教育委員会室で記者会見を行い、教育長および校長が事故の概要等を説明した。

       ○1830分から、学校で臨時保護者会を開催し、教育委員会と学校が保護者に対して事故の説明を行なった。(約250名が参加)

       ○翌19日午前、全校集会を開催し、児童に対し事故の経過等を改めて説明した。

       ○同19日午前、臨時校長会を開催し、事故概要を説明するとともに、再発防止に向けた指導を行った。

       ○同19日午後、事故原因の究明等のため教育委員会内に事故調査委員会(事務局次長ほか5名)を設置した。 

3 教育委員会の対応

      (1)学校施設等の安全点検を行い、必要な対策を講じ、再発防止と安全管理の徹底に取組む。

          ○トップライトが設置されている13校について、①立入り禁止措置の徹底 ②安全点検の実施③強固な安全対策を講ずる。

          ○当面、屋上の利用を一時禁止し、早急に安全点検を行うとともに、必要な安全対策を講ずる。

          学校教職員の危機管理意識を改めて喚起し、学校施設全般及び教育活動全般について、安全面からの調査・点検を行うとともに、順次、必要な対策等を講ずる。

      (2)今後も一定期間スクールカウンセラーを3名体制で派遣し、当該校の児童の心のケア等を支援する。

      (3)事故調査委員会において、早急に原因の究明に取組み、再発防止等に役立てる。

赤字で示したところは、わたしが注目した箇所です。

  1. 本来児童の利用を想定したものではなく、日常は施錠している。
  2. 当面、屋上の利用を一時禁止し、早急に安全点検を行うとともに、必要な安全対策を講ずる。

なんかこれには、ヘンな印象を受けますね。
施錠していて、日常は使わない場所で事故が発生したら、最初に問題になるのは「立入」でしょう。「なぜ立ち入ったのか?」などですね。
これに対して「当面、屋上の利用を一時禁止し」とは普通に読めば「日常的に使用しているから、一時的に利用を禁止」でしょう。

慌てふためいているのは分かるとしても、これでは何をどうしようとしているのか分からない。
こんなところで混乱するような話なのでしょうか?

これこそが「想定していない事故」だとすると、杉並区も東京都も安全管理を任せることができるレベルにあるのか疑わしくなってきます。
ふじみ野市のプール吸い込み事件でも、管理者である、ふじみ野市教育委員会の職員が「責任を持って点検したとはとうてい言えない点検をしていた」ことが問題になり、刑事事件になりました。

その一方で、都立富士高校の事件では「雨樋を登って屋上に上がった」となっていますが、群馬県桐生市で起きた事件が紹介されています。
読売新聞より「天窓転落小5桐生で

京都杉並区の小学校で児童が屋上の天窓から転落して死亡する事故があったが、桐生市立相生小学校で今年1月、小学5年の女子児童が1階屋上の天窓から転落し、軽傷を負う事故があったことが20日、わかった。

同校によると、女子は1月31日午前、家庭科の授業の一環で3人の班で校舎2階の廊下の窓掃除をしていたが、女子1人が廊下外側部分の窓をふこうとして屋上部分に出て採光用の天窓に乗ったところ、編み目ガラスが割れて約4メートル下の1階多目的室の床に落下した。女子は左足や左手を打撲するけがをした。

Up

同校では、普段はこの屋上部分には出ないように児童に指導していたといい、神山晴夫校長は「学校は安全でなければならない所で、安全管理について注意すべきだった。現在は指導を徹底している」と話した。

また、杉並区の死亡事故を受け、みどり市は市内の小中学校にある天窓に落下防止のための網を設置する方針を決めた。全15校のうち、子どもが天窓の近くに行くことのできる学校は5校あるといい、これまでに落下事故はないという。

県教委は19日付で、全県立学校と市町村教委に、屋上の施錠や管理と、天窓に乗らないなど生徒の安全指導を徹底するよう呼びかける緊急の通知を出した。県教委によると、県内では、1997年11月に県立富岡東高校で女子生徒が採光窓から転落死する事故が起きて以来、天窓に関係する死亡事故などは起きていないという。

(2008年6月21日 読売新聞)

この写真で見ると「特に厳重に注意しなければ、簡単に乗ってしまうだろう」と思います。
わたしには、ここまで来ると「建築物として学校(公共機関というべきか)に相応しくないのでは?」とすら思ってしまいます。
特に、学校は生徒が清掃もするわけで、そのことを考えるとこれは無いだろう。

繰り返し出てきた「想定していない」とはいったい何のことなのでしょうかね?

6月 25, 2008 at 09:47 午後 教育問題各種 | | コメント (10) | トラックバック (0)

2008.06.22

小学校の天窓から6年生が転落死・その3

「続・小学校の天窓から6年生が転落死」にいただいたコメントで知った記事です。

日経新聞より「小6転落死、区が設計時に「3階屋上に児童入らず」と説明

東京都杉並区立杉並第十小学校で6年生の(12)が屋上の天窓から転落死した事故で、校舎設計時、杉並区と同小の担当者が「3階屋上に児童は立ち入らない」と説明したため、設計士が天窓の安全柵を設置しなかったことが19日、関係者の話でわかった。

同小は説明に反し、校舎が完成した 1986年当初から屋上を授業に使用して児童の立ち入りを続けたという。

設計士は「屋上に児童を入れるのなら、安全柵を設置したはず」と話しており、児童が立ち入らないことを条件に設計された屋上で20年以上も授業をしていた同小の安全管理体制が問われそうだ。

関係者によると、校舎の設計が話し合われた80年代前半、
杉並区と同小の担当者は設計士に
「3階屋上は普段鍵をかけるため児童が入らない」「屋上は使わない」と説明。
このため設計士は3階屋上の天窓を安全柵で囲ったり、天窓の下に防護ネットを設置したりしなかった。

大本の原因については、予想の範囲かなといった感想ですが、問題としては「なぜ設計段階の決定を無視して使い続けることが出来たのか?」でしょう。

この事故については、ネット上でも刑事責任の追及を誰に向けるのか?という話がいくつか出ていますが、今回明らかになった情報によれば刑事責任の追求で将来同種の事故を抑止することが出来るとも思えません。

いつも読んでいる「元検弁護士のつぶやき」さんでは、長い間医療訴訟関係の問題を取り上げていて、特に医師が医療の結果について刑事責任を問われることについての議論が深まっています。

その議論の一部に、事故調査のためには刑事免責や司法取引が有効ではないかという意見が出ています。
わたしは航空機事故の調査に代表されるように、刑事捜査優先では事故原因が解明できず、同種の事故を繰り返すことが多いという点で、事故についての刑事捜査の後回しあるいは免責や司法取引を真剣に考えるべきだと思っています。

今回の天窓からの転落事故の元々の原因が、記事の通りだとすると、校舎を企画した区側の担当者が決めた「屋上には立ち入らない事として設計した」という情報そのものが、伝えられなかった可能性が高いように考えます。

しかし、20年間も継続して使っているのですから、親子二代でこの屋上に上がったことがあるという人もいるような「公開された情報」でもあったはずです。
にもかかわらず「本来は立ち入っては行けない場所だ」と誰も気づかなかったのでしょうか?

地域における危険な情報の共有という観点では、完全に失敗ですね。
20年の間に「屋上に上がって大丈夫なのか?」といった問い合わせは何件かあったと思います。
それでも調べなかった。

こうなると、この事件の最大の問題点が「20年間も放置された情報共有の欠如」はなぜ起きたのか?という「原因解明」は非常に重要な意味を持ちますね。

強制力のある事故調査委員会がないと、警察以上の調査は無理なんですよね。
書類の押収などしてでも、原因調査をするべきだと思うのです。

6月 22, 2008 at 01:31 午後 教育問題各種 | | コメント (28) | トラックバック (0)

酒鬼薔薇世代と表現するのは良くないだろう

サンケイ新聞より「【秋葉原通り魔事件】「酒鬼薔薇」世代、教育のひずみ?

秋葉原の無差別殺傷事件で殺人容疑で再逮捕された派遣社員の容疑者(25)は、神戸連続児童殺傷事件の容疑者の元少年と同年齢の「酒鬼薔薇(さかきばら)世代」。 10年前、教育現場では神戸事件を受け、「心の教育」が問われながら、ナイフを使った少年の事件が相次ぎ、突然「キレる」子供の問題が深刻化した。
家庭や学校のしつけ・指導力低下が顕著になり、識者からは「挫折に弱い」「過保護」など、この世代が受けた教育の弊害を指摘する声もある。(鵜野光博)

■「実体験」希薄

「ヤンキー先生」の通称がある参院議員の義家弘介氏は、平成11年から務めた北星学園余市高校で、容疑者と同世代の生徒を受け持った。

「幼少期から『個人の自主性が大切』『校則はいけない』『詰め込みは悪』という教育にどっぷりとつかった世代」と振り返る。

昭和50年代に吹き荒れた校内暴力で管理教育や体罰が問題となり、反動から校則をなくそうという動きも出た時代。
埼玉県立所沢高校で平成9~10年、入学式ボイコットの騒ぎを起こした生徒も同じ世代だ。

学習内容を大幅削減した「ゆとり教育」の学習指導要領改定が行われたのもこの時期。
義家氏は「勉強ができる、できないは子供にとって切実な実体験。それが『できなくてもいい』という教師によってぼやかされ、努力の大切さという当たり前のことも教えられていなかった」という。

生まれた年に「ファミコン」が登場したこの世代。欠けている実体験を補うため、義家氏はイベントなどを生徒にやらせ、失敗を経験させるという教育を繰り返した。「みんな『何とかなる』と思っているが、現実は何ともならない。悔しがらせることで現実を教える教育を、高校でやらなければならなかった」

■「いい子」の虚像

「子供たちはなぜ暴力に走るのか」などの著書がある評論家の芹沢俊介氏は、容疑者が携帯電話サイトの掲示板に「親が書いた作文で賞を取り、親が書いた絵で賞を取り」「俺(おれ)が書いた作文とかは全部親の検閲が入ってたっけ」などと書き込んでいたことに注目する。

「小中学校で周りから高く評価されても、『それは自分じゃない』というギャップに苦しんだのだろう。教育熱心な家族の中で架空の『いい子』にされ、容疑者は存在論的に“殺された”のではないか」

芹沢氏は「それが仕事や人間関係でうまくいかないことに対する強い被害者感情の基になっている」と指摘。「被害者感情は、何かのきっかけがあれば即座に攻撃性に転化する。家庭と社会で2度殺された思いだったのではないか」

また、「プロ教師の会」を主宰する日本教育大学院大教授の河上亮一氏は「家族でも友人関係の中でもいいが、ありのままの自分を受け入れてくれるホームグラウンドがあるかどうかが重要だ」と話す。

「ホームグラウンドがあることを前提に、社会に出れば思うままにならないこともあることを、言い聞かせて育てる。容疑者にはホームグラウンドがなかったのでは」

■「自立」履き違え

平成10年1月、栃木県黒磯市(現那須塩原市)の中学校で、当時13歳の男子生徒が女性教師をナイフで刺殺し、翌月には東京・亀戸で、パトロール中の警官が15歳の少年にナイフで襲われた。「キレる少年」は社会問題に。これも容疑者らと同世代だ。

明星大教授の高橋史朗氏は、事件を起こした少年らに共通する点として「知能指数は低くないが、対人関係能力と自己制御能力という『心の知能指数』が低い」とし、「教科の基礎基本は考えても、人間として社会人としての基礎基本という観点が教育界から抜け落ちていた」と話す。

「自尊感情や他人の痛みが分かる心が育っていない。他と切り離された『個』の自立を重視し、他者とのつながりの中で生かされている自分を発見し、社会に参画する力を育てることをやってこなかった」

「勝ち組はみんな死んでしまえ」という容疑者の書き込みについて、河上氏は「いい大学を出て、一流企業に就職するのが幸せで『勝ち組』だという価値観が、若い人を追い詰めている」とみる。

「少子化で大学進学も容易になり、みんなが夢をみられる半面、成功できるのは相変わらず少数だけ。この現実がより厳しくのしかかるのが、容疑者の世代ではないか」と河上氏は話している。

問題は、この「世代」以後の教育が指摘されているような面について改善されているのかどうか?ということと、指摘されている望ましくない若者像は変化しているのか?だろう。

ここ数年、主に高校を中心に学校に出入りするようになって、実際には小学校から大学まで見ているし、訪問した学校の数も数十以上になっているから、普通の先生よりも学校の数だけは多いと言うほどの計算になってしまいます。
その経験と記事中の指摘を照らし合わせてみましょう。

失敗を経験させるという教育

わたし達が教えている授業では、ほとんど必ず出てくる考え方です。
ただ、失敗を経験させるだけではあまり生産的ではないし、そもそも「教育上有用な失敗」とは何か?であって、単に失敗しても良しとする、ではダメでしょう。

義家氏はイベントなどを生徒にやらせ、失敗を経験させるという教育を繰り返した。
「みんな『何とかなる』と思っているが、現実は何ともならない。
悔しがらせることで現実を教える教育を、高校でやらなければならなかった

これを実践しています。
このために、ロボットを作るところから始めて、チームでプログラムをどう作るのか議論し、相手の話が理解できない、自分の意見を理解させることができない、何事をやるのにも他人と協力した方が良い、幾らやってもキリがない。
といったことを経験させるようにしています。

この授業は高校生に実践していますが、評価は「いかに大人が期待する、どんどん発言し、ロボットを改造するような若者らしい積極性が出てくるか?」に置いています。

自分で作ったロボットやプログラムがライバルチームに勝ったり負けたり、全然違う考え方をするライバルがいることを知って、先ほどのチーム内で話が通じないことなどと合わせて「自分と他人の違いを知る」「自分と他人は違うのだから、コミュニケーションが必要だ」ということを実体験させています。

社会に出れば思うままにならないこともあることを、言い聞かせて育てる。

これは非常に重要だと思いますが、小学校から高校になっていくにしたがって、子どもたちから現実感が無くなっていくような印象を受けます。

最近の学校では、小学校から大学まで「キャリアー教育全盛」で学校内で「仕事についての勉強」は非常に多くやっているのだけれども、子どもたちが実際に仕事の場を見たり、大人から仕事の話を聞くといった事は、親など身近な大人からの情報が圧倒的に多いはずだと思います。
それを「学校の教育」で高度化していっても学校内で止まっていては「空想上の仕事の話」でしかないし、それ自体がどんどん現実離れを加速するという側面もあるでしょう。

社会に出るとどうにもならないことがある、と説明してそれを実践できる子どもなんて居ないと思うよ。
確かに事前に教育しておいて、社会で「何ともならない」問題にぶち当たったときに「あ、これが授業で聞いたことか」と思い出すかもしれないが、学校の教室で教育するよりも、社会に触れさせて体験させた方が、教育効果ははるかに高いだろうと思う。

この点に関しては、子どもたちが街の中で大人と接触することがほとんど無くなってしまった、そもそもお店がないから「お使い」が出来ない、駅のキップも券売機になっている。こういうところに問題の遠因はあるのだと思う。

社会に参画する力を育てることをやってこなかった

このような書き方をすると「社会」とカギ括弧付きになってしまうが、子どもたちの接する社会なのである。

たまたま学校には、多くの生徒がいて、40人を最大とするクラスで集団で授業を受けているから「学校生活=集団生活」であるかのように考えてしまうが、冷静に考えれば今の学校では集団を自然に作る機会はない。

生徒にとって学校での生活の基本は、学習だから集団で学ぶ学習は「グループ学習」となるだろう。
では通常の授業はグループ学習ではないのか?
考えてみると、通常の40人体制の授業では生徒に求められるのは「先生の話をよく聞け」であって生徒同士が話をするのは「雑談」であるし、試験の時に生徒同士が話せば「カンニング」になってしまう。
つまり、グループで意見交換するような場は、学校の中でも特殊な場合になる。

これは以前から、おそらくは近代教育制度が導入される以前から200年ぐらいは変わっていないのだろうと思う。
それなのに最近は「社会に参画する力の教育」という言葉に違和感を感じない方が問題だろう。

以前は、いわゆる社会教育の範疇で、社会との関わり合いを学んでいたわけですが、そういう機会が無くなってしまった。
昔から、家庭教育、社会教育、学校教育と並べるし、最近は「家庭教育が崩壊している」とする意見は多いのですが、わたしは「社会教育の消滅」の方が影響は大きいのではないか?と思っています。

学校が「社会に参画する力を育ててこなかった」というのは、昔は学校に要求されることではなかったものが、学校に積み上げられている、といった解釈が正しいのでしょう。

そういう意味では、果たして学校が引きうけることなのか、引きうけられることなのか、といった観点から整理するべきだと思います。

こんな風に、チェックしてみると「全然、世代の問題じゃない」と思うし、これからの若者の中に想像を絶するような犯罪行為をする者が出てこない、とも言えない。
何よりも、本当に上記でチェックしたことが、教育が問題のある若者を作り出したと関係づけられるのであれば、事態は今でも全く楽観できないと思うのです。

多くの人が「最近の高校生は幼稚だ」といった感想を述べます。若者は、生意気に背伸びして大人とやり合うくらいでちょうど良いのです。
そういう機会がない、といったところも問題でしょうし、学校教育が教科学習であり、教科単位の評価になってしまうから、どうしても総合的に学習するよりも教科単位でいわば縦割りで教科のつまみ食いのようなことになりがちです。
最近私が使っている言葉としては「レンガを積み上げている」と説明しています。

レンガ1個が高校の授業の単位だと考えます。
レンガを積み上げて家を造ろうとすると、レンガを闇雲に積み上げるのではなく、どういう積み方にするのかを考えながら積むべきなのですが、一方では「どれくらいの数のレンガを積んだか?」も現実の評価になります。

ここで、レンガの積み方をすっ飛ばして数だけ競うようなところがあるのが、受験競争です。
そして受験技術として、「レンガをいかに早く積むか」だけを教えているところもあるわけです。
結局のところ、家の作り方を無視する、という学習をしているわけで、これでは本末転倒になってしまいます。
大学受験などで、どんどんと受験科目が減っていることや、センター試験などに対して極めて細かい苦情があり、その対応のためにますます誤解の余地のない精密な試験にむかっている、こんなことで若者に社会に出るために必要な総合的な能力のレベルアップなんてのは出来ないし、第一受験の方向からは「社会性なんて知ったことではない」とやっていると言っても良いでしょう。

教科書を見てみると、驚嘆するべき精密で濃密な内容です。こういうモノを作ることが出来るのは、師範学校制度以来の100年の近代教育のノウハウと言ったところなのだと思いますが、やはりかなり特殊なことでもあることは、覚えておくべきです。
学校教育が、教育のすべてではないし、学校に全部を任せることも出来ない。その一方で、社会が子どもたちにとってはどんどん大変な環境になっている、と認識するべきです。

6月 22, 2008 at 01:20 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.06.19

続・小学校の天窓から6年生が転落死

「小学校の天窓から6年生が転落死」は午後5時頃の速報段階で書きました、このため夜のニュースで明らかになった事実とはだいぶ違っています。

その後、サンケイ新聞には「ほかの天窓にも複数の足跡 杉並の小6男児転落死」が出ました。

東京都杉並区の杉並第十小学校で6年生(12)が屋上の天窓から転落死した事故で、ほかの天窓からも児童の古い足跡が見つかっていたことが19日、警視庁杉並署の調べで分かった。

「人が乗ることは想定していなかった」。学校側はこう釈明するが、過去にも児童が天窓に乗って遊ぶなどしていた可能性が高く、杉並署では学校側の安全管理に問題がなかったか業務上過失致死容疑で捜査している。

■平成2年以降17人死亡

転落した男子児童は1時間目の算数で歩幅を測る授業終了後の18日午前9時25分ごろ、教室に戻る途中で屋上の天窓に乗ったところ、ドーム形のプラスチック(直径130センチ、厚さ4ミリ)が割れ、さらに金網入りガラス(厚さ7ミリ)を突き破り、12メートル下の1階に転落。頭を強く打っており、搬送先の病院で約4時間後に死亡した。

学校やマンション、公共施設などで起きた天窓からの転落事故は、平成2年以降少なくとも25件発生。世田谷区大蔵の区立総合体育館で平成17年7月、私立高2年の男子生徒(16)が屋上で遊んでいるうちに天窓を突き破って転落して死亡するなど、成人も含めて計17人が死亡している。

太陽光を効率よく採り入れる天窓は電気代を節約できる上、デザイン性にも優れているため、昭和50年代ごろから学校で設置されるようになり、マンションやホテルにも広まった。成人は屋根の補修作業など仕事中の事故が多い一方、児童・生徒らは無断侵入して遊んだり、飛び乗ったりして転落するケースが目立つ。

■人乗ること想定せず

杉並第十小では、昭和61年の校舎建設で天窓を設置し、建築基準法に基づいて3年ごとに検査。直近の平成18年10月の検査では、ひび割れや傷がないかなどを目視で確認し、異常は見つかっていなかった。

天窓を設置したプラスチック製造業者によると、こうした天窓は積雪や火災に耐えられる設計となっているが、人が乗ることは想定しておらず、天窓にも注意書きがしてあるという。

担当者は「静かに立つぐらいは大丈夫だろうが、飛んだり跳ねたりして一点に大きな力が加わると壊れることもある。過去にも転落事故が起きており、立ち入りできないように柵をつけるなど何らかの対策を講じるべきだ」と話す。

一方、国土交通省は「この学校の屋上は人の出入りを前提にしておらず、天窓自体に問題があったとは考えにくい。逆に屋上に立ち入る際は十分な注意が必要だった」としている。

■安全管理に問題か

杉並署では屋上のほかの天窓でも複数の児童の古い足跡が見つかったため、学校の安全管理に問題がなかったか詳しく調べている。

同校の校長らによると、屋上は通常、カギがかけられているが、授業などで利用することがあった。教諭が付き添えば校長や副校長の許可は不要で、今回引率していた女性教諭(49)も校長に事前に報告していなかった。

女性教諭は「天窓に乗らないよう注意はしていなかった」と説明。屋上を走っていた別の児童を注意している間に男子児童が転落したという。転落した男子児童が天窓の上で飛び跳ねていたという同級生の目撃情報もある。

過去のケースでは、神奈川県横須賀市の小学校で13年9月、6年生の女児が校舎屋上の天窓から転落し重体になり、現場にいた女性教諭と校長が業務上過失傷害容疑で書類送検された。

杉並区の教育長は「安全安心でなくてはならない学校でこのような事故を起こし、申し訳ない。事故原因を徹底的に調査したい」としている。

【全国の主な天窓転落事故】

発生年月転落場所転落者けが
08年12月名古屋市守山区のマンション屋上小5男児死亡
10年07月沖縄県北中城村の島袋児童館1階小2男児死亡
10年10月長野県浪合村の浪合小中校1階小5女児重傷
11年05月横浜市港北区の慶応高体育館屋上高2男子2人死亡・重傷
13年07月茨城県那珂町の菅谷小プール更衣室中3男女2人軽傷
13年11月神奈川県横須賀市の大楠小屋上小6女児重体
17年07月世田谷区総合運動場体育館屋上高2男子死亡

※市町村名や名称は当時

この事件の学校と教育委員会の記者会見を見ても何を考えているのか、よく分からないのです。

「小学校の天窓から6年生が転落死」でも指摘していますが、事実関係はそれほど複雑ではありません。

  1. 通常は屋上に出るドアにカギを掛けていた。
  2. 屋上で授業をした。

授業が出来るところに、なぜカギを掛けて普通は入れないようにしていたのか?というほとんど超根本的な疑問になってしまいます。
普通の人は疑問に思うことはありません。「屋上で危険だからだろう」と誰もが判断します。
だから普通は

  1. 屋上は人が日常的に使用するのには適した場所ではなく、転落も含めて危険がある場所である
  2. したがって、通常は屋上に出るドアにカギを掛けていた。
  3. にもかかわらず、屋上で授業をした。

となってしまいます。
今回の転落事故に至った、最大の理由は屋上に立ち入ったからで、これが今まで全く前例がないというのならとにかく、授業で使っていたことは教育委員会の記者会見も認めていました。
しかも今回のニュースのように「他の天窓にも古い足跡があった」というのですから、少なくとも屋上に立ち入ったことが異例なことでないのは確実でしょう。

こうなると「カギを掛けていたのに、立ち入って事故になった」なのですが、鍵を開けて立ち入っているのであって、鍵を開けたのはカギを掛けた学校です。

どう考えても「なぜカギを掛け、なぜ鍵を開けたのか?」が問題になります。 鍵を開けず、立ち入らなければ事故は起きなかった。

学校では、だれもこれを異常なことだと考えなかったのでしょうか?
カギを掛けて屋上を立入禁止にした意味が分かっていない学校関係者、というのはアリでしょうか?
亡くなった男子児童は正にこれからが期待の少年であったことは確かなのですが、彼の生活していた世界がこれほどまでワケの分からない判断基準で動いていたとは、誰も思いつかないでしょう。

子供自身が注意する、危険なところだと先生が注意する、複数の大人が見張る、色々な方法で最悪の自体だけは避けることは可能でしょう。

しかし、わたしには一方で「危険だから立入禁止」の場所で「特に問題にせずに授業する」という判断の根本に非常に重大な問題があると思っています。

6月 19, 2008 at 11:41 午後 事件と裁判, 教育問題各種 | | コメント (18) | トラックバック (0)

2008.06.18

小学校の天窓から6年生が転落死

朝日新聞より「明かり窓割れ小6転落死 校舎屋上で授業中 東京・杉並

18日午前9時25分ごろ、東京都杉並区和田の区立杉並第十小学校から、「児童が屋上から転落した」と119番通報があった。6年生の男児(12)が屋上の明かり取り用窓から1階に転落。救急車で病院に運ばれたが、頭などを強く打っており、約4時間後に死亡が確認された。警視庁が原因を調べている。

杉並署によると、男児のクラスの児童は、算数の授業の一貫として屋上で歩幅を測るなどしていた。屋上の床面にある明かり取り用ガラス窓の上に男児が乗った際、ガラスが割れ、約12メートル下の1階床に落ちたという。窓の下は吹き抜けになっていた。

明かり取り用窓は、屋上の中央付近に3つ並んで設置され、囲いなどはなかったという。

ニュースのタイトルだけ見たときには、いたずらで転落したのかと思ったら「授業中に」とのことなので、他のニュース記事も集めてみました。

フジニュースネットワークより「東京・杉並区の小学校で6年生の男子児童が3階建て校舎の屋上から1階に転落」(ニュース動画)

東京・杉並区の小学校で6年生の男子児童が屋上から転落した。児童は、頭などを強く打っていて、18日午後2時現在、集中治療室で治療を受けている。

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8日午前9時20分ごろ、杉並区和田の区立第十小学校で、女性教師の指導のもと、算数の授業で3階建ての校舎の屋上に上っていた6年生の男子児童(12)が、1階の床に転落した。

児童は病院に運ばれたが、頭などを強く打っていて、18日午後2時5分現在、集中治療室で治療を受けている。 児童は、教室に戻ろうと、ドーム状のガラスの屋根の上を通ったところ、突然ガラスが割れ、吹き抜けになっている1階の集会場の床まで転落したという。

警視庁は、事故のくわしい経緯を調べている。

日テレニュース24より「屋外授業中に天窓割れ転落 小6男児死亡

東京・杉並区で18日午前、小学校の屋上で6年の児童らが算数の屋外授業を受けていたところ、突然、天窓が割れ、男子児童(12)が1階に転落して死亡した。

通常、屋上には鍵がかけてあったということで、警視庁が事故の原因を調べている。

赤字にしたところがポイントかと思いますが、

  • 屋上への出口は通常鍵掛かっている
  • 明かり取りの窓には柵など無い

この条件で、歩測の実験を屋上で行い、自動が転落死したと言うのは、単純に「通常は立入禁止になっているところで授業を行い、危険を予測できなかった」とは言えないでしょう。

屋上に出る扉にカギを掛けていることが、危険を通知しているのは明らかと言えるでしょう。
こんな事になるというのは、鍵を開けるところが、大問題だろうと思います。

6月 18, 2008 at 05:12 午後 事件と裁判, 教育問題各種 | | コメント (6) | トラックバック (2)

2008.05.24

教育再生懇談会の答申だってさ

読売新聞より「英語教育の強化、小3から「必修」求める…教育再生懇報告

政府の教育再生懇談会(座長・安西祐一郎慶応義塾長)が26日に福田首相に提出する第1次報告の全容が、明らかになった。

英語教育の強化を掲げ、国に小学校3年から英語を必修化するように求めている。

また、小中高の英語教師の採用に際し、英語能力を測る世界共通の学力テストである「TOEIC」などで一定の点数を取っていることを条件とするように提言している。

報告は、

  1. 英語教育の抜本的見直し
  2. こどもを有害情報から守る方策
  3. 留学生30万人計画の国家戦略化
  4. 実践的な環境教育の展開
  5. 若い保護者の子育て支援

が柱。

英語教育について、小学校から大学までの各段階での到達目標をTOEICなどを活用して具体的に定めるように求めた。さらに、英語教育を小学校3年生から年35時間以上行うモデル校を全国に5000校設けて支援するとしている。

こどもが有害情報の被害に遭うことを防止するため、小中学生が携帯電話を持つことがないように関係者に協力を促す。仮に持つ場合は、通話や居場所確認機能に限定した携帯電話を持つように推進するとした。

福田首相が提唱した「留学生30万人計画」については、政府が国内の30大学を指定して重点的に支援し、これらの大学で、留学生の比率を全学生の20%以上、特定学部の外国人教員の30%採用を目指すとしている。

まったくもって「なんじゃこりゃ?」でありますが、日経新聞より「小3から英語必修へモデル校・教育再生懇第1次報告

政府の教育再生懇談会(座長・安西祐一郎慶応塾長)が26日に福田康夫首相に提出する第1次報告の全容が明らかになった。

英語教育の抜本改革を柱に据え、英語教科書の語彙(ごい)数やテキスト分量の大幅上積みに言及。
小学校3年生からの早期必修化を目指し、全国の4分の1にあたる5000校を年間 35時間以上の英語授業を実施するモデル校に指定する方向も打ち出す。

懇談会は安倍政権の「教育再生会議」の後継組織として発足
報告は福田政権で初めての教育改革に関する指針となる。 (19:06)

それにしても、この手の「教育問題会議」に求められていることは、現在から将来に向けての教育の理念の再構築だと思う。
そういう観点では、なんの授業を何時間にする、といった数値を出すこと自体がダメだろう。

教育と断るまでもなく、どういう未来があるのかを若い世代に伝えることが出来ないところが一番の問題で、教育行政の数合わせのような話するヒマはないと思う。

大体、英語教育を増やして何がどう変わるのだ?私立や一部の学校では英語教育を拡充しているが、それで何かが劇的に違うのだろうか?

「ゆとり教育」「脱ゆとり教育」「英語教育」となんかスーパーのチラシを書き換えているかのような印象があるが、教育を受けるのは人ですぞ、どんなときにも失敗が許されないのが教育で下手に「実験的教育」などとやらない方が良い。

社会を形作っている、文化や法律、産業といったことにガッチリと根を張った教育理念が何よりも必要だと思う。

5月 24, 2008 at 11:59 午後 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.05.09

学力テストで名前をチェックしたのが問題だと

毎日新聞神奈川版より「小中学力テスト:逗子市教委、300人分の名前を無断修正 謝罪文添え返却 /神奈川

◇業者「読みにくい」と判断--児童生徒へ、謝罪文添え返却

逗子市教育委員会が市内の小中学生783人を対象に実施した学習状況調査(学力テスト)で、児童生徒約300人分の解答用紙の名前が線を引かれて消されるなど赤字で修正されていたことが分かった。

「ぼくの字はそんなに汚いの」とショックを受けた子どももおり、採点時に修正した委託業者の「学習調査エデュフロント」(東京都北区)は「結果的に人権を傷つけてしまい申し訳ない」と話している。

市教委によると、エデュフロント側の採点担当者が「読みにくい」と判断した解答用紙の名前を赤字で消し、その脇に書き直していた。採点後に結果をパソコン入力する作業の際に、間違えないために書き直したという。解答用紙を返却することが採点担当者に十分伝わっておらず、無断で修正したらしい。

無断修正は返却前に判明したため、市教委は3月下旬、同社と共に謝罪文を添えて解答用紙を返した。

調査は1月、市内の小学5年生447人と中学2年生336人を対象に行った。県教委は毎年1回、抽出校を対象に調査を行っており、市教委は同じ問題を使って市内全校で実施した。
採点を委託されたエデュフロントは、教科書会社・東京書籍の子会社の学力調査運営会社。

市教委は「児童生徒にとっては大事な名前で、あってはならないこと」と指摘。同社の酒井浩二統括部長は「指示の徹底が足りなかった」と話している。【五味香織】

わたしたちは、学校には頻繁に行っていますが、採点などはしないので子どもたちの名前を直接読む必要はありません。
しかし、子どもたちの名前を見る機会はかなり多いのも事実で、「この名前は呼んでもらうのに苦労するだろう」と思うことはしばしばあります。

「読みにくい名前対策」があったのだろう事はすぐに分かりますが、何が起きたのかを考えてみると

  1. 子供に自分の名前を書かせた
  2. 業者にそのまま作業依頼
  3. 入力するときに名前の入力が必要であった
  4. 業者は読み間違え対策のために名前を書き直した
  5. 名前が書き直された答案が子供に返却するために学校に戻って問題化した。

問題の試験は、逗子市教育委員会が統計調査のために抽出校で実施したのもので、そもそも答案を返却する必要があるものなのか?と言えます。
答案を返却しないのであれば、名前の記入自体が不要なわけで、名前の入力をしないのであれば業者側の作業も大幅に簡略化できたことは間違えありません。

こんな事を考えると、問題になった試験全体をどうするべきなのかを考え直した方が良いのではないでしょうか?

番号付きの試験問題(解答用紙)を配付して、子供が名前を記入してもデータ入力上では名前の代わりに番号を入力すれば、コストダウンになるのじゃないでしょうか?

5月 9, 2008 at 09:12 午前 教育問題各種 | | コメント (5) | トラックバック (0)

2008.04.25

脱ゆとり教育

読売新聞より「小学授業、週1コマ増 理数強化を来年度から

文部科学省は24日、先月末に改定した新しい学習指導要領の移行措置を公表した。

小中学校とも算数・数学と理科の実施時期を前倒しして来年度からとし、この2教科の授業時間と学習内容を大幅に増やす。

中学は総合学習などを削減するので総授業時間は現在のまま。
小学校は全学年で週1コマ授業が増える。

移行期間中は新たな検定教科書がないため、同省では補助教材を作成して配布する予定だが、現場に行き渡るのは実施直前になる見込み。準備期間が不足したまま新しい授業が始まることを不安視する声も出ている。

「ゆとり教育」からの脱却を打ち出した新指導要領は、約40年ぶりの授業時間増や学習内容の復活などが柱。

小学校では2011年度から、中学では12年度から全面実施されるが、昨年末に公表された国際学力調査で理数系の学力の落ち込みが目立ったことなどを受け、同省は、理数系教育の強化を予定より早く進めるべきだと判断した。
ほぼ10年ごとに改定される指導要領の移行期間中に授業時間が増えるのは初めて。

新指導要領では小学校の算数は

1年が週4コマ(1コマ45分)
2~6年が週5コマとなり

6年間で142コマ増える。理科も4~6年は週3コマになるなど計55コマの増。

中学は数学が1年と3年が週4コマ(1コマ50分)になるなど計70コマ増え、理科も2~3年が週4コマになるなどで計95コマ増える。

移行措置によって小学校の場合、算数と理科は来年度から授業時間、内容とも新指導要領と同水準になり、算数は2年の「時刻の読み方」が1年に、6年の「立方体、直方体」は4年に、理科は「電磁石の強さ」が6年から5年に早まる。

教科ごとに担任が違う中学は理数の教員だけに負担が偏るのを避けるため、授業時間は11年度までに段階的に増やすこととし、来年度は数学が1年で年35コマ増、理科は3年で年25コマ増にとどめる。

内容も数学の「球の表面積と体積」や理科の「イオン」など最低限の増加にした。

教科書会社は全面実施時期に合わせて検定教科書を作成しているため、同省は現在の教科書にない分を補助教材にまとめ年度内に全児童・生徒に配布する。

[解説]教員増員具体策が必要

今回、文科省が公表した新指導要領の移行措置は、「ゆとり教育」からの一刻も早い転換を望む保護者の声に応えたものと言える。ただ、授業時間と学習内容の増加で学校現場の負担が増えることも間違いない。

同省は「教員の増員で対応したい」としているが、今月公表された中央教育審議会の「教育振興基本計画」の答申は、国の財政事情に配慮し、増員の数値目標を盛り込まなかった。

このまま教員増のめどが立たない状態が続けば、新指導要領に対応できる学校と、できない学校とでバラツキが出ることも予想される。学力向上に向けた施策も重要だが、それを実行に移すための条件整備も行政の責任。学校現場の努力だけに任せていては新指導要領の趣旨は生かせない。(社会部村井正美)

理数系教育の底上げを図るのは悪くはないと思いますが、それがゆとり教育否定とつながっているところは違うと思います。

記事の中でも教材の増加と教員の増員に触れていますが、ゆとり教育では全国一律ではない学校独自の教育を打ち出しましたので、教材を教員が作るとしました。
また教員は、教科書ではやらないことを教えることを求められたわけですが、専門家としての教員は教科書にでてくることを教えることの専門家であって、教科書ではやらないこととは専門家に専門外のことをやらせる事になりかねません。

ゆとり教育で実績を上げたところは、教員が自分の趣味や研究を中心に授業を進めたところと、外部から講師を迎え入れたところです。
これで問題になったのが「お金」。外部講師だって全くの手弁当自腹ではそうそう続けることが出来ません。まして、教材は原則としては40人を単位として生徒の分だけ作ることになりますから、何百人もいる児童生徒が必要とする教材費は一回の授業で簡単に10万円を超えます。

ゆとり教育が失敗した大きな部分は「お金の問題」「事務処理の問題」であると思っています。
特に事務処理問題は、表だってはほとんど出てきていませんが現在の学校が抱えている問題のほとんど全部に関わっていると言っても良いでしょう。

よく「学校の先生は雑用が多すぎる」といった話が出てきますが、雑用じゃなくて教育という専門分野とその準備作業、企画と事務処理といったことを全部まとめて先生の仕事としているのですから、大変なことになっています。

しかも時間的融通が利きません。
これは実際に社会人講師になって実感できることですが、授業時間中には先生は他の仕事は全く出来ません。
「当たり前だろう」と思われるでしょうが、8時半から15時半ぐらいまでの時間帯で、この間の休み時間は10分以下です。

この時間が全く動かせませんので、内部での打ち合わせ(職員会議ですね)を16時からやります。そのあおりを受けて、外部との折衝も出来ません。

こんなのは、秘書というか助手に相当する職員がいれば一発で解決するわけです。
理科教育でも実験を時間通りに片付けないといけないというところから、実験の面白さである失敗をする時間がなくなってしまって、単に時間を潰すだけになっている場合もあるそうです。
大学と同様に助手がいれば時間の調整は出来るわけです。

こんな事を考えてみますと、先に示した「ゆとり教育失敗の理由がお金」という問題は、「お金を掛けないと内容をいじっても失敗する」となります。
ゆとり教育を減らしても、コマ数を増やしても教育の質的向上は望めないと思うのです。
むしろゆとり教育で現場毎に調整代がある状態で、予算処置で事務職員を増員して教員が授業へ集中出来る体制にした方が簡単で効果があっただろうと思っています。

4月 25, 2008 at 12:55 午後 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.04.16

学校裏サイト

毎日新聞より「学校裏サイト:3万8000件の半数に中傷 文科省初調査

いじめの温床になっていると指摘されるインターネット上の掲示板「学校裏サイト」(中高校)が3万8260件あることが15日、文部科学省の初めての実態調査で分かった。

うち、約2000サイトを抽出したところ、半数に「キモい」「うざい」など他人を中傷する表現があり、約27%に「死ね」「殺す」など暴力的な表現が含まれていた。同省は問題サイトの比率が予想以上に高いとして、情報に関するモラル教育を急ぐ。

各学校が管理している公式サイトではなく、▽中高生の利用を想定して開設されている掲示板▽「2ちゃんねる」など大型掲示板にある中高校関連のスレッド(特定の話題に関する投稿の集まり)などを「裏サイト」と定義。今年1~3月の調査期間で、3万8260件のサイト・スレッドの存在を確認した。

内容を確認するため、群馬大など調査協力者がいる群馬、静岡、兵庫の3県計2010件を詳しく調べた。

この結果、「キモい」「うざい」など誹謗(ひぼう)・中傷の表現(32語)を含むものが半数の996件あった。さらに、このうち、生徒個人に向けた中傷等が約60%、教師に向けた中傷等が約15%あった。「死ね」など暴力的な表現(20語)は約27%の534件に含まれていた。また、性器や性描写などわいせつな表現(12語)があったのは734件で、全体の約37%を占めた。

一方、この3県の中高生1522人を対象にしたアンケートでは、学校裏サイトを「知っている」が約33%で、約23%が「見たことがある」と答えた。実際に書き込んだことがあるのは約3%の49人。うち11人は「ほぼ毎日書き込む」と回答し、一部のヘビーユーザーを中心にサイトが作り上げられている実態も浮かんだ。

調査に協力した群馬大の下田博次特任教授は「非公開型で調査が困難なサイトも含めると、総数ははるかに増えるだろう。各学校に数人は、自校に関する裏サイトの検出や見回りができる教員を育てて対策を取る必要がある」と話している。【加藤隆寛】

【ことば】学校裏サイト学校の公式ホームページなどのサイトではなく、児童・生徒や卒業生などが情報交換するため管理しているインターネット上の掲示板やブログ。個人への中傷などが掲載され、自殺につながったり脅迫事件になったケースもある。ハンドルネーム(ネット上の名前)を使って書き込みをすることが多く、予防が難しい。サイトの閲覧のためパスワードを必要とするなど、父母や学校のチェックが困難なサイトもある。

記事の全文を読むと、内容は当然のことでありかつすぐに対策できるようなものでもないことを説明していますが、タイトルはちょっと違うのではないか?

「キモい」「うざい」など他人を中傷する表現があり、約27%に「死ね」「殺す」など暴力的な表現が含まれていた。

これでは「言葉狩り」にしかならないだろうし、第一記事の中にもあるよう形を変えて続いていくことにしかならない。

  • 学校裏サイト」(中高校)を3万8260件見つけた。
  • うち、約2000サイトを抽出して調べたら
  • 半数に「キモい」「うざい」など他人を中傷する表現
  • 約27%に「死ね」「殺す」など暴力的な表現

確かに、数としては少なくないが落書きを中傷表現と扱って良いものか?という問題があるのは確実で、実態の解明とは言いがたいだろう。

高校生に接していると、人との距離感にとまどっている生徒の方が多数になってます。
つまりチームワークが出来ない方が普通という異常な状況です。

こういう生徒は、少々成績がよい学校の方が多い。
私立学校など意識の極めて高い学校では、人づきあいもちゃんと出来る生徒が普通になりますが、普通に成績がよい学校では、おとなしい=言われたことは素早くやる=自己表現しない=人づきあいしない=チームワークが出来ないとなっています。

学校裏サイトが自殺を引き起こしていることは、間違えないでしょうが若者がおとなしければ良いのか?というのは別の難問を生み出していると思うのです。

4月 16, 2008 at 09:52 午前 教育問題各種 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2008.04.13

学校のスタッフ拡充と仕事の合理化が必要

サンケイ新聞関東版より「都立高副校長はツライ!? 残業が全国平均の2、3倍

都立高校の副校長の平均残業時間が、勤務日で3時間19分、休日出勤時の業務時間も3時間5分にのぼり、全国の高校教員平均の2、3倍に達していることが、都教育委員会の調査で分かった。

総合的な学習の導入で地域との連携が深まり、窓口役の副校長に業務が集中していることなどが要因。
都教委は、副校長をサポートする教員の育成を急ぐなど対応策を検討している。

副校長の残業の内容をみると、報告書の作成が70分と最多。休日出勤時の業務内容は、地域行事や会合への出席など「外部対応」が平均約1時間半と半分を占めていた。

公立小中高校・特別支援学校の副校長になるための管理職試験の倍率は、平成12年には4・5倍だったのが、19年には2倍にまで下降。都教委によると、副校長の責任の重さや多忙さが不人気の要因の一つになっているという。

この問題は言うまでもなく都立高校だけの問題ではなく、どの公立高校でも同じ事情です。
記事にもありますが「総合的な学習の導入で地域との連携が深まり、窓口役の副校長に業務が集中」の部分はおつき合いしている都立高校を見ているとよく分かります。

しかしわたしはこれは本質的な問題ではないと考えています。

現在では、どの仕事場にもコンピュータが並んでいるのが常識になっていますが、このようになったのはわずか10年ぐらい前のことです。
それまではオフィスで「PCが扱える人」が居ました、今では「誰でも扱う」となっています。
ではこの間にPCは極端に進化したのでしょうか?と言えばそんなことはない、もちろんビジネス界にとってはPCの低価格化が一番の要因でありましょうが、低価格化を受けて合理化圧力が仕事のやり方を変えたのが最大の変化です。

仕事の中身と仕事やり方、職場の構成は一連のセットであって、PCを使うことが仕事のやり方を変え、職場の仕組みを変え、結果的に人員配置をも変えてしまいます。

実際問題として、企業規模が大きくなるほど変化には手間と費用が掛かって中小企業よりもPC利用が遅れた会社も珍しくありません。
しかし、今では事務の合理化は社会の常識になっています。

学校にたびたび行くようになって「気づかなかったな」と思うのは「学校は地域単位で見ると最大規模の組織体である」です。
小中学校まで含めますと、1キロ四方に一つぐらいの学校はあります。その学校は平均的に数百人から千人ぐらいの生徒と教職員が居る組織です。

数百人から千人の人が一ヶ所に集まっているのは他には、大企業とか巨大店舗ぐらいです。そういうものが1キロ四方に一つあります。
その運営が大変なことは容易に理解できますが、学校の運営は先生が授業の片手間にやるような仕組みになっていて、運営のための事務職員は極端に少ないです。
しかも、授業内容に関わる仕事そのものである準備や助手といった人員は公立高校では皆無。

このような状況はほとんど戦前から変わっていないと思いますが、そこにPCとネットワークだけ持ちこみました。さらに地域連携も持ちこみました。
こうなると必要なのは、副校長以下学校のスタッフ側の拡充ですが、部活の指導までも教員が行うのでは人員増加しか手がないわけで、それは無理だとなります。

そういった色々な問題を「副校長に押しつけた」と言うべきであって、新聞記事のようになるのは当たり前のことです。

学校自身も、行政も、地域社会ももっと学校のあり方を見直す必要があります。

4月 13, 2008 at 09:34 午前 教育問題各種 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2008.04.01

区立中学職員・二千万円横領

東京新聞より「中学の修学旅行費など2300万円 事務職員に横領容疑 板橋

東京都板橋区は三十一日、区立高島第三中学校の男性事務職員(47)が生徒の保護者から預かった修学旅行の積立金や教材費など計二千三百万円余りを着服していたと発表した。

業務上横領の疑いで警視庁高島平署に通報。この職員は沢川菊雄校長に付き添われて同署に出頭した。

区教委などによると、職員は着任した二〇〇二年四月から、修学旅行の積立金など複数の預金口座の管理を任されていたが、無断で引き出し、借金で穴埋めすることを繰り返していたという。「住宅ローンの返済などに充てた」と話しているという。
口座には十数万円しか残っていなかった。二十七日に校長に告白し発覚した。

区教委事務局の大迫俊一次長は「区民に深くおわびしたい。長年、通帳の確認を全くしていないのは、校長と副校長は管理職としての資質に欠け、誠に遺憾」と話した。

色々と考えるところがあるというか問題がある話かもしれません。

東京都の小中学校は「区立」になっていますし、学校の管理をする教育委員会は自治体単位ですから区の教育委員会が当たります。

神奈川県で考えますと、横浜市教委員会が横浜市立の小中学校を運営し、県立高校は神奈川県教育委員会が運営することになります。

横浜市の総人口は360万人、神奈川県は890万人ですから、神奈川県は横浜市と神奈川県に二分されているような規模ですから、横浜市教育委員会が市立の小中学校を管理運営すること問題はないでしょう。

しかし、東京23区の人口はずっと少なくて、板橋区の人口は50万人です。

このため、東京都の区立学校の教員人事は東京都教育委員会の管理下にあって、先生は都内ならどこへでも転任してしまいます。

今回の事件は、中学校職員の犯行なので本当に「区職員」であり、区教育委員会の管理下の職員なのかもしれませんが、区教育委員会が校長と副校長についてどこまで責任を追及することが出来るのでしょうか?となると人事権がないわけですから文句を言うぐらいが限界かと思います。

教育委員会は設置の理念は地域に密着し行政そのものとは距離を置いた中立的な機関であるべきだ、という発想なのでしょうが人事権や予算執行権を持つことで規模に不相応な業務を執行する立場になっていると感じます。

そういう谷間で、今回のように二千万円以上の横領がばれなかったのは、組織運営に大きな穴があると言わざるを得ないでしょう。

学校に頻繁に行くようになって感じるのは、1キロ四方ぐらいの狭い範囲に数百人から千人ぐらいの人が集まっている場所が一ヶ所はあるわけです。
こんな大きな集団は、学校以外には大企業しかないわけで、考え方を変えると地域で一番の大企業だと見ることも出来ます。

ところが実態は、学校は小中学校だとカギを掛けていて地域の住人も拒んでいる、地域も学校の中身を考えていません。
地域で最大の企業のようなものが、存在しないかのような扱いにすること自体が非常に無理があるわけで、今回の事件の遠因にはこういった面も大きく作用しているのだろうと思います。

4月 1, 2008 at 10:41 午前 教育問題各種 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2008.03.31

理科教育とゆとり教育

昨日(2008/03/30)深夜に放送された、NHK・BSの番組「新BSディベート どうなる科学技術立国ニッポン」を偶然見ました。

"科学技術立国ニッポン"の国際的な地位が、今危機に瀕しています。

日本政府は少子高齢化時代の中でも質の高い産業レベルを維持しなければならないとして、平成7年に科学技術基本法を制定。以来、「科学技術創造立国」を目指して様々な政策に取り組んできました。

しかし、経済成長が著しい中国やインドなどアジア諸国が急速な追い上げを見せているほか、日本国内でも大学生の"理工系離れ"や子供たちの理科や算数の学力低下が指摘されています。

日本と同じように科学技術立国を目指す中国は、研究開発に当てる予算を毎年20%ずつ増やし、2006年にはその額で日本を追い抜きました。またインドでは、IT部門の技術者数が160万人に達して世界No.1の座に君臨するようになりました。

一方、日本の将来を担う人材の育成という観点に目を向けると、2007年12月に発表されたOECD・経済協力開発機構の国際的な学習到達度調査(PISA)では日本の高校1年生の成績が順位を下げ、もはやトップレベルにはないことが明らかになりました。
今回の調査には世界57の国・地域から40万人が参加、日本からは6千人が調査の対象となりました。
2000年、2003年の調査結果と経年で比較すると、OECD加盟国中の順位で『科学的リテラシー』が2位→2位→6位、『数学的リテラシー』は1位→4位→6位というように、理数系の分野における落ち込みが目立っています。
さらに、同時に行われた「科学への興味、関心」というアンケート調査では、日本の子供たちは世界最低の水準を記録しました。
また大学生の"理工系離れ"も深刻です。工学部への志望者は減少を続けており、最盛期の半数近くにまで落ち込んでおり、工学部が廃止になる大学まで現れています。

こうした傾向が続けば、世界をリードしてきた科学技術大国・日本の地位はいずれ急降下し、将来を担う人材の育成・確保すらままならない危機的な状況に陥ると指摘する専門家も少なくありません。

"科学技術立国ニッポン"の構想はどうなってしまうのか。そしてこの危機的な状況から逃れるためにはどうすればいいのか。番組ではPISAの調査でトップを走るフィンランドなどとテレビ電話で結びながら徹底討論します。

出演者は

有馬朗人日本科学技術振興財団 会長
篠塚勝正OKI代表取締役社長
山根一眞ノンフィクション作家
戸瀬信之慶應義塾大学教授
石井 裕マサチューセッツ工科大学・メディアラボ教授

さらにフィンランドからもスピーカーが参加し、スタジオには各界の人々が高校生も含めて関しているというNHKの実力を示した番組でした。

実はこの記事を書くためにHPを見て初めて番組の名前と方向を知ったのですが、出演者がバリバリの理科系ばかりであったせいなのか、分かりにくかったと感じます。

わたしが見たあたりでは「ゆとり教育論」をやっていて、学習指導要領の改訂の話でした。 学習指導要領の改訂の骨子は、授業時間数の拡大で、そこでゆとり教育を減らすという方向に向いているわけですが、これに対して有馬朗人氏が猛然と反発して「ゆとり教育重視」を延々とぶっていました。

対して、戸瀬信之氏は「大学生の学力はゆとり教育世代から確実に落ちている」と現役大学教授としての見解を述べて、一見して意見の衝突でありました。

元が、PISA の結果として「学力が下がった」であり「理科離れ」ですから、その方向だけだと「ゆとり教育撤廃・理科授業の拡大」となるわけですが、理科授業を拡大しゆとり教育を拡充しろ、が結論となりました。

山根一眞氏が地元である杉並区で地域住民として学校教育に関わった経験で「いきなり学校医に行って手伝わせろとは言えない。地域が関わるルールを作る必要がある」と行ったところは非常に重要な指摘です。

フィンランドの教員養成の説明がありましたが、フィンランドでは20年ぐらい前に教員は修士課程修了者に限定したそうです。
さらに研究者としての実績も要求するそうで、考え方として自分で研究する人が子どもたちに主しいことを発見させることが出来る、という考え方のようです。
教員養成課程に5年間かかるそうで、それで競争率が10倍とのことでした。
日本で言えば、医師とか法曹人の養成といった感じですね。

もう一つ面白かったのは、日本の先生が忙しすぎるという事で、わたしも強く思っているのですが、実業界の人にとっては「それぞれの作業に専門家を動員するべき」として教員に事務処理などをさせるべきではない、との話がありました。
その中に「先生が部活の面倒をみる」ということについて、特にフィンランドから指摘があって「フィンランドで先生に部活の面倒をみさせたら、ストライキなります」という意見でした。

わたしが日ごろ考えていることとほとんど同じであったことにちょっと驚きましたが、同時にこれらが出来ていないことも確認できました。

3月 31, 2008 at 12:11 午後 教育問題各種 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2008.03.25

統一教会系が授業の続報

「小学校で統一教会系が授業」の続報です。

神奈川新聞より「統一教会系講師問題受け講師の審査厳格化/厚木市教委

厚木市立北小学校(同市山際)が、世界基督教統一神霊協会(統一教会)系とされる団体「世界平和女性連合」のメンバー三人を外部講師として授業に招いていた問題で、同市教育委員会は二十四日、職員を市内の全市立小学校に派遣し、外部講師の審査を厳格に実施するよう要請することを決めた。

市教委によると、同連合の三人は同校に所属団体を明らかにして「国連NGO(非政府組織)として活動している」と説明。その上で、二年生八十四人にモンゴルの暮らしをテーマとする「国際交流」の授業を行った。宗教関係の話はなかった。

三人を招いた教諭と同校は、いずれも統一教会と関連があるとされる団体とは認識しておらず、審査は全くしていなかったという。

この問題をめぐっては、全国霊感商法対策弁護士連絡会が市が統一協会の活動に「賛同しているかのような誤解を生む」として、小林常良市長と同校校長に抗議する文書を送っている。

教育委員会の対応は当たり前のことで、多少は良くなるとは思いますが、今回のような問題を事前に防ぐのは難しいでしょう。
特に「一度だけ」をチェックするのはほぼ無理で、チェックの効果が出てくるのは繰り返し行われると、外部で問題視されている場合などでしょう。

要するに学校の関係者が常に注意深く活社会常識豊かに見ていることが必要なのですが、今の教職員に欠けている大きな部分でもありますね。

3月 25, 2008 at 10:59 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.03.23

小学校で統一教会系が授業

神奈川新聞より「統一教会系の講師が教壇に/厚木市立北小学校で授業

厚木市立北小学校(滝本かな子校長)=同市山際=が、世界基督教統一神霊協会(統一教会)を実質的な運営主体とするとされる「世界平和女性連合」のメンバー三人を講師に招き、「国際交流」をテーマとする授業を昨年と今年の二回行っていたことが二十二日、分かった。全国霊感商法対策弁護士連絡会は「霊感商法によって被害が相次いでいる統一教会の活動に、市が賛同しているかのような誤解を生む」として、小林常良市長と滝本校長に抗議文を送った。

同市教育委員会によると、同校はボランティア講師として今月十三日、モンゴル滞在の経験を持つ同連合メンバーの女性三人を招いた。

三人は同日の二、三、四校時、一緒に教壇に立った。国語の授業で学んだモンゴルの民話「スーホの白い馬」の関連授業という。授業を受けた二年生八十四人は創作ダンスを踊って三人を歓迎。三人はモンゴルでの暮らしぶりや言葉などを紹介したほか、民族楽器を弾いたり、児童とともに民族衣装に触れたりした。

授業を企画した同小の教師が三人のうちの一人と個人的な知り合いで、謝礼を支払い、同団体を講師に招いたと同市教委。「昨年も同団体のメンバーを招いて同様の授業を行ったが、宗教についての話はなく、児童に悪影響を及ぼす内容ではなかった」と釈明した。

同市の平井広教育長は「地域との連携を深めようと学校に民間の講師を招いてきたが、講師の選定が甘かった。申し訳ない」と話している。今後は講師の選定を厳格化する方針だ。

同弁護士連絡会によると、同連合の総裁は統一教会の文鮮明教祖の妻で、事務局も信者が運営。「同教会の正体を伏せて女性を勧誘し、資金を集める窓口にもなっている組織」という。

このため、同連絡会は「厚木市が推奨する良質な団体であると誤信した女性や市民が資産を奪われ、人生を狂わされる被害が続出しないか、深刻に憂慮している」とする抗議文を市長らに送った。その上で【1】講師が統一教会の関連団体と認識していたのか【2】講師の審査はどう行われたのか【3】今後も続けるのか-の三点について回答を求めている。

同連絡会の調べでは、印鑑やつぼを高額で売るといった統一教会による国内の霊感商法の被害件数は二〇〇六年十二月までの約二十年間で約二万八千件、被害総額は約九百八十三億円に上る。現在も被害は続発しているという。

2年連続というのは問題ですね。

わたしも学校に行っている関係で、事務処理的な面は多少は承知していますが、年度の最初に時間枠が設定されます。これはいわゆる時間割の年度版であって「何月になったら何をやる」といったことが決められます。

次の段階として、内容の大枠が決まるわけで、例えば費用が必要なものとか何回かに分けて行うもの、など大変なものから先に取りかかることになります。

こうして、一年間が過ぎると3月ごろにいわば調整枠で「一回だけの催し」が入るわけで、わたしの場合には中学校で話をしてきました。

問題の小学校でも同じようなことで、統一教会系を呼んだのでしょうが最初に指摘したとおり、2年連続でというのがヘンなわけです。
学校としても基本的には目新しいことを探しますから、この時期に去年と同じというのはわたしは経験がありません、時期的に年度末近くになって大がかりなのを毎年やる学校というのはありますが、小学校2年生ではちょっとないでしょう。

また国際交流なら毎回相手国が変わる方が自然ですから、その意味でもヘンです。

かなり危うい話が裏側にあるのではないかと思います。

3月 23, 2008 at 07:57 午後 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.03.21

高校の閉校式

読売新聞神奈川版より「三崎水産高68年の歴史に幕 創立82年 大秦野高も

県内唯一の水産高校である横須賀市の県立三崎水産高校と、82年の歴史がある秦野市の大秦野高校の閉校式などが19日、行われた。
再編統合で校名がなくなり、OBらが式典に駆けつけ、別れを惜しんだ。

同水産高は、来月から県立海洋科学高校に衣替え。
1940年に水産講習所として開校、48年に現校名となった。実習船湘南丸による漁業実習などで知られ、海洋冒険家の白石康次郎さんら計7550人を輩出。だが、近年は、県内の漁業、水産業の後継者不足などを反映し、漁業生産科、食品産業科などの志願者が激減。新1年生から、計4学科を廃止し、海洋科学科の1科となる。

閉校式には、在校生や卒業生ら約370人が出席。同窓会長の竜崎知治さんが「実習船の油がなく、実習できない時もあった。伝統をしっかり受け継いでほしい」とあいさつした。

一方、4月から県立秦野南が丘高校と統合して県立秦野総合高校となる大秦野高校でも、完校記念式典が同市文化会館大ホールで開かれた。

同校は26年(大正15年)、秦野町立実科高等女学校として開校、50年から「大秦野」に変わった。定時制を含め、1万7000人の卒業生を輩出した。

神奈川県立大秦野高校にはNPOの活動で体験学習としてロボット製作の授業を2年間で三十数時間実施しました。
そんなこともあって、大秦野高校の完校式には参加してきました。

高校の統合はあっちこっちで行われていますが、多くの場合は校舎は残って再利用されて別の学校になりますが、大秦野高校は建物に問題があるらしく更地にして職業訓練関係の施設に生まれ変わるのだそうで、校舎が無くなってしまうのは気の毒です。

今年度は、小学校、高校、中学、大学と行ったことになり合計すると80回ぐらいになります。
これだけ見て回ると、小学校では意外なほど校風が明確にあることが分かってきましたし、高校では進学率などの数値的なデータとは別に子供から大人への変わり目という時期に学校がどう考えているのか、といったことも学校の大きな特徴だと分かってきました。

わたしが見聞した範囲は、公立校ばかりでありそれも進学については中以下の成績の学校ばかりですが、その中でも大秦野高校は完校式でとても自然な良い高校生像を生徒諸君が示したのを見て「良い学校だったな」と思いました。

実際に授業を引きうけたりして学校の内部の事情が分かってくると、新聞報道などで伝えられていることの背景が実はもっと深刻というか簡単に解決できる問題はないことが分かってきました。
機会があれば多くの方に若者が良き社会人になれるように気を配っていただきたいと思います。

3月 21, 2008 at 11:42 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.03.16

全国学力テストの学校別成績公開問題

日経ネット関西版より「保護者「学校別成績教えて」続々――全国学力テスト、一部拡大の自治体も

文部科学省が昨年4月、小学6年生と中学3年生を対象に43年ぶりに実施した全国学力テストを巡り、保護者らが、学校別の成績などの公開を自治体に求める動きが相次いでいる。

同省は序列化につながるとして詳細な結果は公表しないよう通知しているが、「結果が分かれば学力改善に有効」と、自治体を相手に訴訟を起こしたケースもある。
公表範囲を一部拡大した自治体もあり、対応は割れている。

学力テストは国語と算数・数学で、知識を問うA問題、記述式など活用力をみるB問題で構成。文科省は昨年10月、全国と都道府県ごとの平均正答率だけを公表した。

各地の教育委員会には市区町村や学校ごとの成績を提供したが、「学力を把握し指導に役立てるのが目的で、学校の順位付けが狙いではない」とし、公表しないよう要請。
同省は、来月実施する今回のテストでもこの方法を貫く方針だ。

しかし「地域ごとの具体的な成績が分かれば、生徒や保護者に課題を改善しようとする動きが出るはず」と、公開を求める動きが出てきた。

大阪府枚方市には昨年10月以降、学校別の正答率など3件の情報公開請求があった。
市はいずれも応じなかったが、うち1件の請求者は不服として大阪地裁に提訴。
鳥取、愛知両県や京都府でも住民らが公開を求めた。

一方、同じ目的で実施されてきた自治体独自のテストについては、既に学校ごとの成績を公表しているケースもある。

枚方市では以前行った市独自の学力テストの学校別成績の公開を市民が求めた訴訟で、大阪高裁が「テストの目的を十分周知すれば、開示しても著しい支障はない」と判断。
敗訴した市側は公開に踏み切った。

市の担当者は「独自テストと同じ司法判断が出るとは限らないし、文科省の方針に従わなければ国との協力関係に支障が出る恐れもある」と対応に苦慮する。

宇都宮市は2003年度から行っている市独自のテストについて、国語の「書くこと」「読むこと」など領域別の各校の成績を公表している。
「保護者らに知ってもらうことは学力改善に有効」(学校教育課)と判断したためで、支障は生じていないという。

このため全国学力テストも公表範囲を一部拡大。
市内の全小中学校93校のホームページに、各校の領域別の平均正答率を掲載している。

こんなことが訴訟になっているとは知りませんでした。
確かに、学校別の成績を完全に非公開にする理由はあまり強いものではないでしょうが、学校間の違いという面では成績も含めていわゆる校風言われるところが結構大きく違っていますから、それをどうやって公開するのか?といった方が問題のように思います。

それにしてもそこまでして学校別の成績を知ることが重大なことなのでしょうか?なんか違和感が残ります。

3月 16, 2008 at 12:21 午後 教育問題各種 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2008.03.11

フィルタリング問題

朝日新聞より「携帯フィルタリングで「過剰規制」 防災情報もダメ?

防災情報もスポーツニュースも有害?――。
有害サイトから子どもを守ろうと、携帯電話各社が始めた接続規制(フィルタリング)が、「過剰規制」の一面を見せ始めた。
児童買春やいじめの舞台になるとして、掲示板やブログなどの機能を持つサイトを規制対象にしたところ、自治体の防災ブログまで閲覧できない状態に。
「だれが有害か否かを判断するのか」をあいまいにしたまま規制したことが、混乱を増幅させている。

埼玉県は07年11月、楽天と協定を結び、災害や食中毒などに関する情報を発信するブログを開設。職員が簡単に書き込めるというブログの特徴を生かし、台風や地震情報をリアルタイムで配信する仕組みだ。1日に200~300件のアクセスがあるが、2月以降「携帯だと見られない」という報告が寄せられるようになった。

携帯各社は2月までに、18歳以下の利用者についてフィルタリングの原則化に踏み切った。保護者が拒まない限り、ネット接続を制限。
ブログは見知らぬ者同士が連絡を取り合えることを理由に、規制対象とされた。

パソコンだと閲覧可能とはいえ、災害時に役立つのは携帯電話。県広聴広報課は「外部からの書き込みは受け付けていないのに、ブログ形式というだけで『有害サイト』扱いとは」と驚く。静岡県や宮城県の防災ブログも同様に閲覧できないケースがあるという。

携帯会社のお墨付きを得た公式サイトでも、フィルタリングの網がかけられる。新聞各社が運営するスポーツニュースのサイトの一部は、読者との交流や情報提供コーナーが掲示板機能を持つとして、規制対象にされかかった。実際はスタッフが目を通してから掲載する仕組みで、「掲示板」ではないという。

どのサイトを規制するかは携帯各社の責任だが、リストをつくるのは専門会社「ネットスター」(東京)。同社はキーワードで検索したり、担当者が実際に見たりして、サイトを「アダルト」「薬物」など75項目に分類。携帯各社はこのリストをもとに、規制対象を決める。

ネットスター社は「リストはあくまで項目分けで、有害か否かを判断しているわけではない。掲示板やブログ機能があれば『コミュニティー』に分類する」と話す。

リストに基づく規制範囲は携帯会社によって多少異なるが、ひとつの項目については基本的にまるごと規制。サイトごとにきめ細かく吟味することはないという。

ある携帯会社は「個別サイトの中身に踏み込んで、有害かどうかを判断するわけにはいかない。総務省の要請で十分な準備をしないまま規制に踏み切ったことは事実だが、子どもの安全問題である以上、まずは広く規制して、問題があれば修正する」と話す。

NTTドコモは、一律規制を見直し、利用者側で規制範囲を変更できる方式の検討を始めた。しかし、システムの大幅な変更が必要で、具体的な導入時期は明らかにできないという。

現行の規制が続けば、1兆円規模に達したとされる携帯ビジネスの急成長に水を差しかねないとして、業界団体「モバイル・コンテンツ・フォーラム」は第三者機関がサイトの健全性を認証する制度を提案。4月からの運用開始をめざし、基準づくりを急いでいる。

しかし、コンテンツ事業者の間には「膨大な数のサイトを本当に認証しきれるのか」「健全サイト救済という業界側からの視点では、利用者の理解を得られない」などと、認証制度を疑問視する声もある。

金曜日に区立図書館で定期的に行われているビジネス相談会の当番を務めていました。
どなたも相談には来なかったので、時間つぶしに備え付けのPCで遊んでいました。
区立図書館は教育委員会に属しているので、教育委員会経由のネット接続となります。これは学校と同じ事です。

そこで知ったのが「ブログは掲示板と同じ扱いでフィルタリングの対象」でした。

実際にやったのは、自分のPCではありませんからブックマークがないわけで、仕方ないから Google から始めます。

  1. サンケイ新聞のサイトに飛ぶ
  2. このページの一番下にあるリンクで姉妹サイトのIZA(イザ)に飛ぶ
  3. IZAのページの中ほどにある「記者ブログ」をクリックする。

記者ブログはフィルタリングの対象で見ることが出来ませんでした。

それではと企業サイトなどを見てみるとこれは見た範囲ではブロックされていません。
ブログによる被害の可能性と、企業サイトなどでヘンテコな商品を紹介されることのどちらが問題が多いのだろ?と考えてしまいました。

フィルタリグの考え方として「掲示板で意見交換するから良くない」という発想自体がヘンではないのか?

高校だと、情報教育を積極的にやると指定されている学校もあって、フィルタリングもカスタマイズされています。
ここまで許しても良いのか?という高校も見たことがあります。

ネットワークをめぐる法律の整備や規制については、一方で過激な自由主義(?)があり、片方に表現の自由問題、反対側に深刻な被害といった具合に、非常に複雑な現実に対してあまりにも乱暴なところで決めて「これで大丈夫」のような作る側の自己満足といったところになっていると感じます。

少年サッカーチームの連絡用掲示板が使えなくなった、という報道もありました。
こんな事を考えると、「ブログ・掲示板の一律規制」はフィルタリングとしてもダメなんでじゃないでしょうか?

3月 11, 2008 at 09:43 午前 ウェブログ・ココログ関連, 教育問題各種 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2008.03.02

中学校の砲丸事故で警察6時間後に現場に

東京新聞神奈川版より「横浜市立中で生徒に砲丸直撃し重傷 問われる危機管理体制

横浜市立港南台第一中学校(港南区)で二十八日、二年生の男子生徒(14)が体育の授業中に頭部に砲丸の直撃を受け、重傷を負う事故があった。

横浜市教育委員会は二十九日、この事故について記者会見を開いたが、学校側の砲丸の管理や警察への通報の遅れなど対応のまずさが次々に明らかになった。

過去の教訓も生かせず、子どもの命を預かる教育現場の危機管理体制のずさんさが、浮き彫りとなった。 (中山高志)

港南署などの調べでは、二十八日午前十一時十分ごろ、同校グラウンドでクラスメートが、四、五メートル離れたところから投げた砲丸(重さ約二・七キロ)が、男子生徒に当たった。男子生徒は頭部骨折の重傷で緊急手術を受けたが、命に別条はなく意識もあるという。

授業は円盤遊具による競技「アルティメット」で、砲丸は関係なかった。

クラスメートは円盤遊具を取りに行った際、用具ケースに紛れ込んでいた砲丸を見つけ、遊びで人がいない場所に砲丸を投げたところ、それた円盤遊具を追い掛けてきた男子生徒に当たった。

当時、体育の担当教諭は、生徒がけったサッカーボールを拾いに行き、現場を離れていた。

市教委によると、同校には五個の砲丸があり、四個は職員室のロッカーや鍵付きケースで管理されていた。
残り一個が事故につながったが、学校側は、これがどこにあるのか、まったく把握していなかったという。

事故後の対応については、同校の大場裕二校長が電話で港南署に事故の第一報を伝えたのは、発生から約四時間四十分も経過した午後三時四十五分ごろだった。
この間、体育教諭と別の女性教諭が「生徒の目に触れさせたくない」と判断し、砲丸を事故現場から校長室へ移していた。

通報が遅れた理由について市教委幹部は「被害生徒の付き添いなど、子どもの対応を優先した」と釈明。
だが、なぜ副校長らが通報しなかったかについては明確に説明できなかった。

港南署幹部は「重傷事故の場合は早く一報を入れてほしかった」としている。

市内では、二〇〇四年十二月に青葉区の市立奈良中学校で、男子生徒が柔道部顧問に技をかけられて脳挫傷などの重傷を負った事件があったが、この際に学校側はすぐに警察へ通報せず、批判を受けた。
市教委幹部は「過去の教訓が生かされていない部分はあった。申し訳ない」とうなだれた。

「中学生・砲丸投げの授業で頭蓋陥没骨折」に書いた、2007年10月2日に大阪府守口市の中学校で体育の授業で砲丸を投げて事故になったのとは全く別の事件ですね。

時間こそを体育の授業中ですが、事件としてはいたずらによる大けがの発生でしょう。

だからこそ、新聞は「危機管理体制」を問題にするわけで、なんか社会性の欠如といった印象を受けます。
当日の様子については朝日新聞神奈川版に出ています「通報、4時間半後 中学砲丸事故

横浜市立港南台第一中学校(港南区、大場裕二校長)で体育の授業中、砲丸投げの球が生徒の頭に当たって頭部骨折の重傷を負った事故で、学校が港南署に届け出たのは、発生から約4時間半経過した後だったことが判明した。

同署は現場に着くのが遅れ、同日中の検証作業ができなかった。

横浜市教育委員会は過去の事故対応への反省から、警察などへの「迅速な連絡」を学校側に繰り返し指導してきたが、教訓は生かされなかった。

(中村靖三郎、千葉卓朗)

市教委は29日、記者会見を開き、経緯を説明した。事故は28日午前11時10分ごろ発生し、生徒はすぐに救急車で運ばれた。
ところが、学校が同署に連絡したのは午後3時45分ごろだった。

同署によると、連絡を受けた後、けがの程度など問い合わせたが、手術中で確認できず、署員が学校に着いたのは連絡から約2時間以上過ぎた午後6時ごろだった。
現場にいた生徒はすでに下校し、教師もいなかったという。夕方で暗くなっていたため、実況見分は翌29日に行われた。

署の担当者は「もっと早く連絡をもらえれば、記憶が新しい間に現場の生徒や教師に話を聞くことができた」と話す。

市立学校内で起きた事故をめぐる通報・連絡については、同市青葉区の中学校で04年、柔道部の練習中に顧問に技をかけられた生徒が脳挫傷などで重傷を負い、後に顧問が傷害容疑で書類送検される事件が発生。

この際、学校側が警察に事故を届け出ていなかった反省から、市教委は昨年11月、小中高など全校長らに「迅速な対応」を指導したばかりだった。

また、砲丸の管理もずさんだったことが判明。砲丸は01年度まで授業で扱われたが、現在は使われておらず、一つだけ用具ケースに紛れ込んでいたという。陸上部で使う砲丸は、鍵付きの収納庫で保管されていた。

市教委は「重大な事故で、他の生徒への対応もあり通報が遅れてしまった。申し訳なかった」と陳謝し、29日に改めて全校長に対し、連絡や用具管理の徹底についての通知を出した。

救急車つまり消防と警察は情報が連動していて、とりあえず何が起きたのかは分かるはずなんですよね。

だから、警察が問題にしているのは学校が警察に対してきちんとした説明をしなかったということでしょう。

しかし、学校の職員が誰も居なくなって無人になることはあり得ないのだから、警察とのやり取りでは「担当者が不在で」のようなことを繰り返したのでしょう。

これでは周囲から不審の目で見られるのは当然でしょう。

どこまで行っても「人が他人に重症を負わせた」のですから傷害事件である疑いがきわめて濃厚であると警察は考えるでしょう、それなのに実際には警察が現場に入ったのは6時間後というのでは、警察は怒りますよね。

何でこの程度の判断が出来ない人たちが学校を運営しているのだろうか?
それこそが問題ではないのか?

3月 2, 2008 at 02:15 午後 教育問題各種 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2008.02.24

小中学生の携帯電話使用を教育委員会が禁止

奥村弁護士のブログに出ていた記事です。「携帯電話を小中学生に「持たせない」方針
奥村弁護士のコメント。

これは有効ですよ。実現すれば携帯電話を接点とする被害はゼロになります。

「防犯対策」等で携帯を持たせる必要性との調和点が問題ですが、児童が被害に遭うネット犯罪はほとんど携帯電話経由になっていることは警察がよく知っているところで資料も豊富。それに対して、必要性を主張する方が、根拠を示して欲しいところです。

防犯として電話機能・メール機能はともかく、カメラとブラウザは必要なのかという点も。

元の記事は、佐賀新聞の記事「携帯電話を小中学生に「持たせない」方針

携帯電話を持つ子どもが増える中、佐賀市教委とPTAは合同で「小中学生には原則持たせない」方針を打ち出した。

保護者からは「防犯面からも必要」との声もあるが、出会い系サイトのトラブルやメールによるいじめなども起きており、学校現場は対応に頭を悩ます。

所持にまで踏み込んだ方針には賛否あるが、学校だけでなく親子で携帯電話について考える契機になりそうだ。

市教委と市PTA協議会、佐賀郡PTA連合会は昨年12月、小学五年と中学2年を対象に携帯電話について調査。
昨年4月に小学6年と中学3年で実施した全国学力・学習状況調査の携帯電話所持のデータと合わせ現状を分析した。

それによると、児童生徒が自分の携帯を持っている割合は、小5の14・8%から学年が上がるにつれ増加し、中3では30・1%。しかし調査の回収率は小5が約82%、中2が約77%で、市教委は「未回収分は所持している可能性が大きく、実数はもっと多い」とみる。

トラブルがあったのは小五が2・5%、中2は5・7%。内容は「アダルトサイトに入り、高額請求があった」「ブログに悪口を書かれた」「メールで『死ね』と送られ留守電で連呼された」などがあった。

結果を受け、市教委とPTAは「子どもたちの健全な成長に大きな影響を与える」として、小中学生に携帯を持たせない方針を決定。

保護者にも安易に買い与えないよう呼び掛けることにした。

ある教頭は携帯の問題について、「暴力や無視などと違い“現場”が見えないため、教師や保護者がトラブルに気づきにくい」と話し、生徒指導の難しさを指摘。

別の校長は「朝、子どもを起こすのに携帯を使っている親さえいる。親子関係も希薄になりかねない」と危機感を募らせており、方針に賛同する。

一方で、中学3年に携帯を持たせている父親は「防犯の役割は大きく、持たせないだけでは問題は解決しない。学校の責任逃れの口実にならないか心配」。別の母親は「子どもの気持ちも簡単には切り捨てられない。使い方のルールをきちんと決めることが大人の責任では」と、実態を踏まえた対応を求める。

今後は各校のPTA主催で、保護者が携帯について理解を深める研修会を開くほか、佐賀市が設けている3月の「命を考える日」では全校一斉に携帯やネットの実態を取り上げる予定。ある生徒指導の教師は「全体を見渡す学校と、自分の子だけを見る親とで考え方に温度差があるのは事実。でも、子どもを守る共通認識だけは持ちたい」と話している。

子供の携帯電話問題を文科相以下の教育関係者のほとんどが「よく分からないから様子見」のようなことで放置している間に携帯電話はどんどん進歩しているというのが実情です。

子供の携帯伝はどうあるべきかというのを教育委員会が責任を持って判断したということで、誠に結構なことです。
問題があれば修正すればよいのだから。

しかしどう考えても「持たせないだけ」では解決とはいいがたいわけで、奥村弁護士の指摘するとおり、教育委員会は携帯電話の機能について判断するべきだったし、それは結果として機種指定になっていくでしょう。
やるのなら、子供の持つべき携帯電話のあり方=許可機種といったところまで踏み込んでいただきたい。

子供用の携帯には、ブラウザーは不要で、メールも宛先指定したところだけに制限してしまって良い思う。

2月 24, 2008 at 02:03 午後 教育問題各種 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2008.02.22

高校の統合

朝日新聞神奈川版より「3部制高、開校へ 座間に定時制独立校

午前、午後、夜間の三つの時間帯を設けた新しい3部制の定時制独立校を、県教育委員会が10年春に開校する。

校舎は09年春に県立栗原高校と統合する県立ひばりが丘高校(座間市ひばりが丘3丁目)の施設を使うという。

引地孝一教育長が20日の県議会本会議の答弁で明らかにした。

県立の定時制高校は現在、分校を含め19校があるが、多部制の単独校は初めてとなる。

多部制の定時制は全国的に増えており、横浜市教育委員会も02年春、3部制の市立横浜総合高校を開校した。

県教委は今春、庁内にプロジェクトチームを立ち上げ、指導内容など具体的な検討を進めていくという。単位制、学年制のいずれの制度を採用するかは決まっていない。

3部制の新校を立ち上げる理由について、県教委は「定時制に通う生徒も正社員が減り、就業時間が様々なアルバイトやパートが増えた。不登校経験者や外国籍の生徒も増え、ニーズも多様化している」としている。

また、新校には特別支援学校高等部の分教室を併せて新設する方針という。

(佐藤善一)

昨年9月に都立の三部制高校で話をしてきました。
この時に初めて三部制高校に行きましたが、三部制高校があるという話は7月ぐらいに聞いたように記憶しています。
最初に聞いたときの皆の感想は「どういうワケでそういう仕組みになったのだ??」ばかりでした。

二部制つまり昔の夜学は通う生徒が減ってはいるもののごく少数とは言え中年以上の通学生もいて無くすことは出来ない。

一方で、中学時代に朝起きることが出来ないといって事情で不登校同然で、普通高校に進学できない生徒の受け皿がない、ということで午後の部が出来たというのです。

当初は「そこまでサービスする必要があるのか?」といった感想でしたが、現場の先生のお話では「現在では中学卒業では就職も出来ないから、学校には行かず仕事もしない、全く何もすることがない若者が街に出てきてしまう。これでは街のためにも良くない」という側面があるのだそうです。

これではある種の社会事業とか治安対策と言ったレベルは無くて教育だけを考えているわけにもいかないのか?と感じるところでした。

それにしても今回の決定はもっと早く発表しても良かったのではないでしょうか?

2009年栗原高校とひばりヶ丘高校が統合して、座間方面総合学科高等学校となる。
2010年三部制の独立高校を、座間方面総合学科高等学校の施設内に作る

わたしは2008年度いっぱいで統合によって閉校する神奈川県立高校で授業していますが、学校を統合すること自体が大変です。

高校の場合生徒にとっては卒業するまでに3年間在校することになりますが、それが途中で別の学校と統合して新しい高校になります。

そこで実際に、統合前の年度で卒業する生徒は旧校の制服、統合後に2年生・3年生に進級する生徒には入学時から新校の制服になります。
つまり同じ学校の中に二種類の制服の生徒が入り交じっている。

新たに出来る「座間方面総合学科高等学校総合学科の高校ですからちょっと複雑になります。
神奈川県教育委員会のサイトより「個が生きる高校教育 総合学科

将来を見つめ、自分の進路を考える

学校が独自に目標と内容を定める「産業社会と人間」という科目などさまざまな学習で自分の個性や適性を見つめます。
将来の進路や生き方についてじっくり考えることができます。

普通科目と専門科目から科目を選択

単位制のしくみにより、幅広い普通教科の科目と専門教科の科目から自分で学習計画をたてて学びます。
「系列」と呼ばれる総合選択科目群、自由選択科目群があります。

  • 原則履修科目
      自らを見つめなおし、将来の生き方を考える科目「産業社会と人間」
  • 系列(総合選択科目)の科目
      適性や進路、興味・関心に応じて選択する科目
  • 自由選択科目
      教養的・基礎的科目、応用・発展的科目など

系列の枠をこえて、どの科目でも選択できます。

  • 系列と主な科目の例
系列の例主な科目の例
情報科学ネットワークシステム、プログラミング など
造形文化基礎造形、デザイン、映像表現 など
地域環境環境概論、環境調査、地域環境 など
社会福祉福祉概論、ボランティア学習 など
国際文化国際社会、各国文化 など

こういう制度と、三部制の学校というのは同時には成立しないように思うので、同じ場所に総合高校と三部制の高校が出来るのではないのか?と考えます。

三部制の高校はわたしが伺った都立高校の例では、教員は3組揃っていて全く別々の授業をしています。
管理職こそ一組ですが、教員の段階では同じ場所にある3つの高校と言うべきで、なかなか大変でした。
それが今回は、総合高校と同じ施設というのでは4つの学校になってしまうのでしょうか?ちょっと予想が付きません。

2月 22, 2008 at 09:48 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2008.02.16

学習指導要領改定案が発表された

朝日新聞より「40年ぶり小中授業増 理数09年から 指導要領改訂案

文部科学省は15日、小中学校で教える標準的内容を定めた学習指導要領の改訂案を発表した。

現行版から引き続き「生きる力の育成」を掲げ、知識の習得、活用する力、学習意欲を身につけさせるため、68~69年改訂以来40年ぶりに総授業時間と学習内容を増やした。教育基本法改正を受け、「公共の精神」の育成や伝統・文化の尊重も盛り込んだが、道徳の教科化は見送った。

「ゆとり教育」が批判を浴び、国際的な学力調査でも日本の成績低下が問題となる中、学力向上の姿勢を明確に打ち出した。

全面実施は小学校が11年春、中学校が12年春の予定だが、文科省は09年春から段階的に移行する計画だ。内容が特に増える算数・数学、理科はこの時点で授業を増やし、教材も文科省が配布する予定だ。

改訂案は、あらゆる学習の基盤となる「言語力」の育成に注目し、各教科で論述を重視。
このため国語、算数・数学、社会、理科、外国語で、体力低下防止の観点から体育・保健体育で、それぞれ授業を増やす。
一方、「総合的な学習の時間」(総合学習)は減らし、中学校の選択教科も原則なくす。

この結果、総授業時間は小学校で約5%、中学校で約4%増える。

中でも、算数・数学は約18%、理科は約23%増となる。
小学算数で「3.14」の円周率を場合によって「3」とする規定をなくし、中学理科ではイオンや元素周期表を入れるなど学習内容も充実させるが、授業増の割合と比べると抑え気味だ。

改訂案を一気に実施に移すと、基礎を学ばないまま上の学年で発展的な内容が出てくる場合があるため、09年春から前倒しで教え始める。
ただし、単純に授業を増やすと教員の手当てがつかないため、もともと減らす総合学習や選択教科の時間を使う可能性が高い。

道徳教育は「教科書検定で国が価値観を判断することは難しい」などの理由で教科化は見送る一方、各校に「道徳推進教師」を置き、学校全体で取り組む。

文科省は今後、教材の国庫補助を検討し、乳幼児期を含めた「子どもの発達と徳育」に関する有識者会議を立ち上げる。

学習指導要領

小学校から高校までの学校教育で、学年ごとに教える内容と時間を示した文書。
文部科学相が学校教育法に基づいて告示する。教科書も指導要領に沿って編集・検定されている。47年に試案が公表されてから今回が7回目の改訂となる。

ゆとり教育の発想には多分にバブル時代の「根拠なき楽観主義」があったのではないか?と思います。

ところで、学力調査で日本の成績が低下したこと、仕事をすぐに辞めてしまう若者、小学生並みの学力しかない高校卒業生、といった事実が「ゆとり教育の影響だ」と決めつけられている感じで、「学校の週5日制が良くない」といった意見も出ています。

しかし、詳細に見ると国際学力比較では、成績の低い層がより一層成績が下がり、成績の高い層は従来同じか上がった、という報告があります。

以前は考えられなかった「小学生並みの学力の高校卒業生」の存在を裏付ける形になったわけです。

つまり、同年代の子どもたちの間での学力格差が開いたということで、感覚的にも「お金があれば公立高校には進学しない」といった進学熱とも符合します。

一方、子どもたちを取り巻く環境は昔に比べると大きく変わりました。

一言でいえば、家庭から経済的な面も含めてゆとりがずっと減った。

一方で、テレビ・ゲーム・インターネットと情報を家庭や個人で得ることが非常に簡単になったから「人に聞く必要もなくなった」。

こんな事が、積み重なってあらゆるところが「専門化している」と思います。

子どもたちは、受験のための専門家として過ごしている。と考えれば分かりやすい。

学習指導要領の改訂だけで劇的に何かが良くなるとは、ちょっと思えないのです。

わたしやっている「ロボット授業」では18名ぐらいの生徒を、4人ぐらいで指導します。
ごく普通に考えても、ここまで手厚くやって成果が何も生まれないなんてことはことはあり得ないでしょう。

この事から分かるのは「40人学級制度が無理じゃないのか?」ですし、学校に入ってみると「先生の異様な忙しさ」に驚きます。

教師とは子どもたちと対面することの専門家のはずなのに、事務処理が今や半分を超えているのではないでしょうか?

実際にも、教育は情報産業一種ですから電子政府化ということで教育委員会からのネットワークなど、学校内のネットワーク使用は当然とされていますが、ネットワーク管理者が選任で居るところは公立高校では無いように思います。

何百人のデータを年中扱うネットワークが出来たのに、従前の人員でなんとかしようというのが無理、といったところに問題が出てきます。

学校の仕組み自体は、この数十年間ほとんど変わっていないわけで、世間はどんどん変わってしまった。

教育指導要領は、仕組みそのものを変えるのではなくて、いわば色を変えるぐらいの意味のものでしょう。
それで大きく変わってしまった社会に対応できるものなのでしょうか?

何年か後に「ゆとり教育見直しでも改善されなかった」となるような気がします。
問題を直視していない、ということではないのかな?

2月 16, 2008 at 11:18 午前 教育問題各種 | | コメント (2) | トラックバック (0)

杉並区立和田中学、入学予定の小学生向け塾を開講

毎日新聞より「入学前授業:DSで算数復習 東京・杉並区立和田中

進学塾講師による有料受験対策「夜スペシャル」で話題になった東京都杉並区立和田中(藤原和博校長)で、今度は小学6年生を対象にした入学前授業「ドテラ(土曜寺子屋)ジュニア」が始まった。
人気ゲーム機のニンテンドーDSと計算ソフトを使い、足し算から分数計算まで算数を復習する。
藤原校長は「小学校で計算ができなかった子は、中学でつまずく。スムーズに授業を受けるために必要だ」と話している。

授業は地域住民らがボランティアで学校を支援する和田中地域本部が主催し、今月9日~3月8日の毎週土曜日に計5回。
午後2~4時の2時間で、参加費はプリント代など事務経費2000円だ。自由参加だが、4月の入学予定者約100人のうち約50人が参加する。

教材は「遊び感覚で勉強してもらえる」とゲーム機を採用した。ソフトで小学校で習う計算問題を項目ごとに分類。
児童は足し算、掛け算、分数の割り算など不得意な分野を選び、専用のペンでゲーム機の画面に答えを書き込んでいく。項目ごとに認定試験があり、自らの学力を測ることができる。ゲーム機とソフトはソフト会社が無償貸与。家に持ち帰って勉強もできる。

ソフトを作成した教育研究家(58)と教員志望の学生が操作方法や分からない問題などを教える。参加した女児(12)は「算数は苦手だけど、DSなら楽しんでやれる。今後も続けられそう」。母親(39)も「子供の基礎学力を確認できるし、中学に早く慣れることができる」と期待している。

和田中では、中学1~3年生を対象とした「ドテラ(土曜寺子屋)」を03年秋から開催している。土曜の午前中、生徒は自分で宿題や英検、漢検の問題などを持ち込み自習する。教員を目指す学生や地域住民がボランティアとしてサポートし成績下位層の学力を引き上げるのが目的の一つ。年間5000円。

夜スペシャルは成績中上位層の中学2年生が対象で1月26日に始まった。大手進学塾講師が有料で高校受験対策をする。週3~4回で費用は月1万8000~2万4000円。【三木幸治】

う~む・・・・

画期的といえば画期的ですが、すごく特殊な状況ですね。5W1H的に整理すると。

  1. 杉並区立和田中学校を会場にして
  2. 地域のボランティアが
  3. 中学校に入学予定の小学6年生の内で半分を対象に
  4. 一人2000円を徴収して
  5. 合計五回の塾で
  6. 算数の計算問題をゲーム機を使って復習する

わたしは基本的に地域のボランティアが学校と密接に協力するようになることはよいと考えています。

しかしこのように考える理由は、実情として学校と地域が疎遠であると考えているからで、杉並区立和田中学校の取り組みが大々的にニュースなるの理由も「特別な活動だから」であることは確かでしょう。

今回の「塾」では小学生を対象にしているわけで、和田中学校とボランティアなど関係者が良しとするのは当然でしょうが、対象になる子どもたちが通っている小学校としては、「補習しなければダメだ」とされたようなものですし、同じ小学校でも和田中学に進学しない子どもも当然居るわけでしょうから誰が考えてもある程度の摩擦を生み出すだろうと、判断するでしょう。

わたしが学校に社会人こうしてとしていくようになって分かってきたことの一つに、先生方には強く「教育の平等」意識があることです。

社会人的には「人間はチャンスもピンチもある、決して平等ではない」という前提で考えますから「個性を発揮するべきだよ」と強調します。

しかし、これは学校の通常の授業ではないから、強調できるわけであって、通常の授業では、生徒の得意不得意によって内容を変えるのでは授業ではなくなってしまいます。

そういう観点からは、計算が不得意な子供を普通にするという意味でなら非常に結構と言えるのですが、それを中学校を会場にしてやるのはどうなのだろうか?

小学校とは摩擦が生じるように感じますし、計算の必要性ではなくてゲームに勝つこととして計算を面白く感じるようになるのは、知恵の発展性という観点からは、わたしは賛成できません。

教育の根本的なところに、興味の探求心を植え付けるというか「自分でもこんなこともできる」といった生徒一人ひとりの可能性を引き出すような方法を常に実行していく、といった面が不可欠であろうと思うのです。

受験勉強に代表される「点数で計る」の方法は割と低いところに限界があるのだ、と思っているのですが、今回のゲーム機でパズル感覚で練習することが、点数獲得競争に過度に興味を引き立てることになるのではないのか?と心配します。

2月 16, 2008 at 10:38 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

都立高専で入試問題が白紙で一律加点なのだそうだ

サンケイ新聞関東版より「都立高専入試問題で白紙ページ

都教育委員会は15日、同日行われた都立産業技術高等専門学校の入試で、英語のリスニングテストの問題用紙1人分に、白紙ページが見つかったと明らかにした。

試験開始から3、4分後に受験者が申し出た。都教委は、289人の受験者全員にリスニングテストの点数を一律満点にする措置を取った。

問題用紙に白紙のページがあったというのも情けないが、それで全員一律満点にする、というのはどういう理屈なのか理解できませんね。

東京都教育委員会の報道発表「平成20年度東京都立高等専門学校入学者選抜学力検査(英語)における事故について(2月15日)」がありました。

平成20年2月15日
教育庁

平成20年度東京都立高等専門学校入学者選抜学力検査(英語)における事故について

 

 本日実施しました東京都立産業技術高等専門学校入学者選抜学力検査において、英語学力検査 (第3時限・午前11時20分から午後0時10分まで)で、問題配布における事故がありましたのでお知らせします。
 なお、概要及び採点上の対応については、下記のとおりです。

 

1 概要

 受検生1名へ配布した英語検査問題に白紙のページ(リスニング問題)があった。リスニングテスト開始後に受検生からの指摘で新たに英語検査問題を配布し、検査を続行した。

2 採点上の対応

 リスニングテストについて、全員に一律16点を加点する。

3 受検状況

受検状況
検査実施校 募集人員 受検人員
産業技術高等専門学校 256 283 289

4 経緯

(1) 2月4日(月曜日)、産業技術高等専門学校において英語学力検査で用いるリスニングテスト用テープが1本ないことに気が付いた。

(2) 2月13日(水曜日)、校内で、リスニング問題を全問作り直した。

(3) 2月14日(木曜日)、校内で、該当ページを印刷して差替えた。

(4) 2月15日(金曜日)、印刷されていないページがある検査問題を配布した。

 


<問い合わせ先>
教育庁学務部高等学校教育課
 電話 03-5320-6745
都立産業技術高等専門学校
 電話 03-3471-6331

なるほど、要するにどたばたになったから白紙のページを配付してしまった、というわけですね。
しかもリスニングだから、その場で問題を差し替えるといったことも出来なかったのでしょう。
テストは実行したが、その後検討して一律加点で実質評価はしないことにした、という意味なのでしょうね。

新聞記事の省略された情報では、理解しがたいですな。
こういう事がすぐに分かるようになったのは、インターネットのメリットですね。

2月 16, 2008 at 10:00 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.02.06

すごい教育委員会

東京新聞より「払わないなら弁当持参を 給食『契約制』に 市川市教委 未納対策で通知 

給食費未納対策として、千葉県市川市教育委員会が新年度から、市立学校に通う児童・生徒の保護者に対し、支払いについて学校と「契約」を交わすよう求めていることが五日、分かった。保護者には今月から、契約書に当たる「学校給食申込書」を提出しなかったり、給食費を払わなかったりした場合は「弁当を持参してもらう」と小中学校、特別支援学校を通じ通知している。

通知などによると、申込書は毎年度、提出を求める。申込書は、新年度からの給食提供について「保護者と学校が書面で契約を交わす形をとらせていただく」と記され、保護者が「納付義務者」として署名、押印して校長あてに提出するよう求めている。

同市立学校の給食費は月額で小学校が四千三百円、中学校が五千円。市教委によると、未納額は二〇〇五年度の計約百九十万円から〇六年度は計約二百五十万円、未納率は0・10%から0・22%と増加傾向にある。未納を受け牛肉を豚肉にするなど食材費を切り詰める学校もあるという。

市教委は「払えるのに払わない規範意識の低さ」も未納の原因の一つに挙げ、申込書の提出は「給食費を払っている保護者との不公平感をなくすための措置。集金する先生の負担を減らす目的もある」と説明している。

■根本解決にならぬ

千葉大学教育学部の片岡洋子教授(教育学)の話ある程度の効果があっても根本的な解決策にはならないだろう。本当に給食費を支払う能力がなく、申込書を出さない家庭があった場合、その状況をどのように子どもに説明するのか。先生の負担はさらに増すことになる。

すごいバカですね。

片岡洋子教授のコメントの通りで解決策にならない、単なる恫喝でしょう。
一番の問題は「先生の負担はさらに増すことになる。」で、仕組みを整備するのが行政の企画調整の仕事でしょう。それを「現場に投げちゃう」のであれば、給食制度の廃止を現場(学校)が選択出来ないとダメだ。

法律違反になるではないか?

2月 6, 2008 at 10:18 午前 教育問題各種 | | コメント (11) | トラックバック (0)

2008.01.21

サイバー VS 文科省その2

Matimulogさん(町村先生)に指摘されてしまいました。

しかし、この点では文科省の方が筋が通っているのではないか。

普通の通信制大学では、少なくとも年2回のスクーリングがあり、そこで日頃の勉強の成果が先生の前で試される建前がある。 これに対してサイバー大学は、上記記事によれば、一般の通信制大学のような「スクーリング(面接授業)」を一切しないことが特徴で、「一度も通学せずに大卒資格が取得できる」とPRしているとのことである。

それでテクノロジーを使い、テレビ会議システムを活用した遠隔対面授業をやるかと言えば、「大学側は、在校生のうち約200人は1回も対面やカメラで本人確認をしていなかった」というわけである。

言い方を悪くすると「目くそ鼻くそ」なのだと思うのであります。

元記事には「サイバー大学がうまく行くものかは疑問無しとはしない」と遠慮がちに書きましたが、一応は文科省とすり合わせをした上で開校の運びになったのだから、とりあえずサイバー大学を否定はしませんが、本音は従前の大学とは全くの別物にならざるを得ないのではないか?とも思うわけです。

その上で、今回問題にしたのが「ICカード」なのか「サイバー大学の仕組み」なのかが問題になるはずですが、文科省は認可した建前からも「ICカードだけを問題にした」のだと考えます。

しかし、町村先生の指摘の通り「そもそもサイバー大学で従前の大学と同質の教育が出来るものなのか?」という疑問はあるわけですが、わたしそれなら文科省は認可するべきではなかった、さらに実は文科省はサイバー大学のやり方を理解できないまま認可したのではないか?と疑っています。

町村先生は次のように指摘していますが

これでは、代返してくださいというものだし、大学の単位だけほしい人向けに、大学の授業を受講してレポートを書くという産業が育成されてしまうだろう。

その通りだと思います。わたしは、文科省はそういう仕組みを認可したのだと思うわけです。

そして、その担保として大学の言い分はパスワードを利用するといった主張などとして出てくるわけ。
わたしは大学がスクーリングが無しで成立するのものか?と思います。

つまり、全然「ICカードの問題じゃない」
インターネット利用のサイバー大学という仕組みがどうあるべきかを、文科省は考えていないのだろう、と思うのです。
結局は、文科省がインターネットで何が出来るのか、インターネットの教育はどうあるべきか、といったことについて腰が引けていて、何も考えていないのだろうと強く疑っています。
そういうインターネットについて「文科省として判断したくない」という姿勢がサイバー大学問題にも現れた、と考えています。

サイバー大学がICカードを使っていない事に対して、ICカードを使えば問題がないのか?と考えると、町村先生の指摘のようにもっと高度な保障を求めて、生体認証とかになっていく。
それでも問題は残るでしょう。

こうなると、文科省は「サイバー大学という仕組みについては、分かりません。考えてません」というの実情なのではないのか?
文科省が主導してサイバー大学が出来るとは思えないのであります。

とどのつまりは「分からない物だから、イチャモンを付けている」のとどこが違うのか?
と思うのであります。

1月 21, 2008 at 08:09 午後 教育問題各種 | | コメント (4) | トラックバック (0)

サイバー VS 文科省

読売新聞より「サイバー大学、本人確認せず単位…文科省が改善指導へ

すべての講義をインターネット上で実施している「サイバー大学」(昨年4月開校、吉村作治学長)が、在校生620人のうち約200人の本人確認をしていなかったとして、文部科学省は近く、改善指導に乗り出すことを決めた。

この中には、大卒資格の取得に必要になる単位を得ていた学生も多く、同省は、講義を履修した学生だけに単位を付与するよう定めた「大学設置基準」に違反する疑いが強いと判断した。4月までに学生全員の本人確認を完了しなければ、学校教育法に基づく改善勧告も検討する。

福岡市に本部を持つサイバー大は、パソコンを使えば、どこでもネット上の講義を受講できることや、一般の通信制大学のような「スクーリング(面接授業)」を一切しないことが特徴で、「一度も通学せずに大卒資格が取得できる」とPRしている。

文科相の諮問機関「大学設置・学校法人審議会」では一昨年秋、大学の設置を認可するにあたって、「学生本人が、ネット上の講義を受講していることをどう把握するのか」などという問題点を指摘。〈1〉入学時や受講時、単位の認定や卒業判定の際には、何らかの方法で学生が本人かどうか確認する〈2〉少なくとも入学時は学生本人と対面する――など11項目の「留意事項」を伝え、大学側は、学生に与えたICカードがなければ、ネット上で講義を閲覧できないシステムを取るなどと回答していた。

しかし、こうしたICカードのシステムはまだ実施されておらず、昨年4月から始まったネット上の講義は、学生に与えたIDとパスワードをパソコンの画面に打ち込めば閲覧可能で、大学側は2007年度前期の単位を、この閲覧履歴と、ネット上で実施する試験をもとに認定していた。

文科省は、受講者が学生本人かどうかを、パソコンに取り付けるカメラで確認する方式の対面も認めていたが、大学側は、在校生のうち約200人は1回も対面やカメラで本人確認をしていなかった。現状では、他人に講義や試験を受けさせて、大卒資格を得ることも可能なため、文科省は「大学設置基準を満たしていない疑いがある」として指導に乗り出すことを決めた。

サイバー大の渡辺開也・事務局長は「文科省の指摘があれば、真摯(しんし)に受け止める。本人確認については今年4月までに完了させたい」としている。

タイトルを読んだときに「どういうことだ?」と思ったのだが、なんでこんなことを開校後の今頃になって文科省は問題にしたのだろう?

「学生本人が、ネット上の講義を受講していることをどう把握するのか」などという問題点を指摘。
  1. 入学時や受講時、単位の認定や卒業判定の際には、何らかの方法で学生が本人かどうか確認する
  2. 少なくとも入学時は学生本人と対面する
など11項目の「留意事項」を伝え、大学側は、学生に与えたICカードがなければ、ネット上で講義を閲覧できないシステムを取るなどと回答していた。

しかし、こうしたICカードのシステムはまだ実施されておらず、昨年4月から始まったネット上の講義は、学生に与えたIDとパスワードをパソコンの画面に打ち込めば閲覧可能で、大学側は2007年度前期の単位を、この閲覧履歴と、ネット上で実施する試験をもとに認定していた。

ICカードの有無が問題になるのか?

それなら、インターネットバッキングなど全滅ではないか?
もちろん、クレジットカードの番号を携帯電話で送信するといったこともダメだ。

確かに、サイバー大学がうまく行くものかは疑問無しとはしないが、それがICカードの有無でないことは明らかだろう。

「大学設置・学校法人審議会」が仕組みを理解していなかったのではないか?
わたしもどういう仕組みで大学の授業を成り立たせるのか、詳しいことを知らないこともあって、今ひとつ理解できていない。

インターネットは「通信」であり、通信制の大学は沢山あるのであって、その点からも何が問題なのか理解できない。
以前から批判している、携帯電話の学校への持ち込みについて学校現場に丸投げで仕方ないから総務省がキャリアーと交渉するようなことになっても、いまだに何もしない文科省のネットワークに対する極度の無責任ぶりがここでも表れたと言うべきだろう。

今になって、双方向メディアであり大学・研究機関が引っ張ってきたインターネットについて「知らぬ存ぜぬ」で押し通そうとする文科省などいらない。

1月 21, 2008 at 09:52 午前 教育問題各種 | | コメント (3) | トラックバック (1)

2008.01.07

教育の質的な転換について

朝日新聞社説より「希望社会への提言(11)―「アポロ13号」に教育を学ぶ

教育の質について述べているのですが、とりまとめて引用します。本文はリンク先をご覧ください。

・正解を急がず、競わせず、考える心を育てよう

日本が低迷を続ける国際学習到達度調査(PISA)は「未来型学力」のテストと呼ばれる。いま何を知っているかではなく将来何ができるかを測る――。

調査をしている経済協力開発機構(OECD)の事務総長は、日本にこんな警告を発した。「知識を再現する学習ばかり続けていると、労働市場に出た時に必要とされる力が身につかない」

学力世界一といわれるフィンランド。福田誠治・都留文科大教授は、その教育の神髄を二つあげた。

第一に、正解を先回りして教えない。

理科の授業では、まず実験だ。様々な現象を見させて、各自が仮説をたてる。自分とは違う意見にも耳を傾け、もう一度考えてみる。
教師が理論を説明するのは一番最後だ。正解を先に教えると、その時点で思考が止まってしまう。

次に、他人と競わせないことだ。

競争させると、順位に関心が向いて、考えることへの興味がそがれる。
テストは各自がどこでつまずいているかを確認し、補うためのものだ。
考える力がつくとともに学力格差も少ないのは、この二つの理念と実践が成果をあげているからだ。

福田教授はそう指摘する。

学力危機は子どもに限ったことではない。大学生でも分数ができないと揶揄(やゆ)される。しょせんは試験でいい成績をとるために頭に押し込めた知識だ。

学力低下は、PISA調査で勉強への意欲が際だって低いことと分かちがたく結びついている。単なる知識の量で成績や入試の合否が決まってしまう。

教室で学んでいることが現実の生活に、今後の人生につながっていく。そして、何よりも考えることが楽しいという手応えを感じさせることができるかどうか。そこが分かれ道になるだろう。

学力の質を転換させることである。

考える心を育てるには、授業を変えなければならない。未来型学力を育む教員の養成が急務だ。教科書をただ覚え込ませるのとは違って、相当の力量がいる。授業にも十分な準備が必要だ。

フィンランドでは、教師には原則的に修士号が必要で、実習も実践的だ。授業に専念する環境も確保されている。

大量の雑務に追われる日本からは別世界だが、授業と放課後の活動の分業など思い切った改革に踏み切るしかない。

社会に出たら、教室で習った公式では解けない問題ばかりである。正解がわからない問いと向き合う力をつけることこそが、未来を拓(ひら)く教育の役割だろう。

基本的にはこの社説の通りだと思うが、教員の養成が必要というのはちょっと違うように思う。

教員ではなくて、教員を支援する人たちは現在のところ皆無に近い。だから学校での事務処理に教員が追いまくられるし、授業の準備も出来ない。
この問題を解決するのには、大学の助手のような立場の人を数多く学校に入れることになる。

もう一つ重要なのは、特に大学の入学試験で学科の成績の評価割合も大幅に下げるべきだと思う。

もちろん、学科によってペーパーテストが示す「学力」の必要度が違うのは当然だが、受験生である高校生が「大学進学に相応しい社会性を身につけているのか」といった項目を評価しないで、入学させてから大学が苦労するというのは筋違いだろう。
「君は高校生らしさがない」という評価で大学が入学を拒否するぐらいでも学科によっては構わないと思う。

実際に高校生に接していて改めて感じるのは「人の評価は多面的である」という当たり前のことです。

多面的な評価をするためには、評価を段階的に構成しては出来ない。
一回の評価では順位は当然付くのだが、次の評価に前の評価の順位を取り入れてやると、どの段階の評価でも最初の評価が影響してしまう。
これでは多面的な評価ではなくて、多段階の評価だ。

多段階の評価は基本が選抜であり、言葉を変えれば切り捨てだ。
今の日本に「若者を切り捨てる程の余裕があるのか?」という極めて単純な命題であって、もちろんそんな余裕はない。

多段階評価から多面的評価に切り替えないといけないが、教育の仕組みはこの100年以上も基本的には変わっていなくて、元々が第一次大戦で成功した士官養成の手法がそのまま使われているから、多段階評価のままだ。

なんとかして、教育での評価手法を多段階評価から多面的評価に変更する必要がある。

1月 7, 2008 at 10:54 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.01.06

文科省・学校裏サイト「対策」だと

毎日新聞より「学校裏サイト:文科省が実態調査 対策案策定も検討

文部科学省は、いじめの温床にもなっていると指摘されるインターネット上の掲示板「学校裏サイト」の実態調査を始めた。
学校裏サイトは子どもたちが情報交換のために立ち上げた掲示板で、匿名性を背景にひぼう中傷の書き込みがエスカレートしがちだ。
文科省は「子どもたちのネット利用を見守る体制を作りたい」と実態調査後の対策案の策定も検討しており、3月末までに調査結果をまとめる方針。【高山純二】

昨年11月に公表された文科省の06年度いじめ実態調査では、初めてパソコンや携帯電話でひぼう中傷や嫌がらせなどを受けた例を聞き(複数回答)、全体の3.9%にあたる4883件で「ネットいじめ」があったことが判明。顔写真とアダルト画像を組み合わせた合成写真が掲示板に掲示されるケースも報告されたという。

ネットいじめを巡っては、毎日新聞の取材で、実名や携帯電話の番号を公開されたうえ、「うざい」「カンニングしている」と書き込まれ、無言電話や中傷メールの被害に遭い、不登校になった男子高校生がいることが分かっている。
また、知らない男からわいせつな電話がかかり、自宅のチャイムが鳴るなどストーカーまがいの行為をされた女子高校生の被害も明るみになるなど、いじめ以上の問題に発展するケースが出ている。

一方、携帯電話各社は昨年12月、出会い系など有害サイトへの接続を制限する「フィルタリングサービス」について、契約者が未成年の場合は、従来の任意加入から原則加入とする方針を表明した。
しかし、フィルタリング機能だけでは学校裏サイトへの接続制限に限界があり、ネットいじめを解決する「即効薬」にはなりそうもない。

このため、裏サイトの実態に基づく対応策が求められているのが現状だ。
文科省青少年課は「どんな書き込みがあるのか一つ一つ当たっていき、次の対策を練らないといけない」と説明している。

文科省はすでに大学教授やNPOの協力を得て調査を開始。学校裏サイトの総数のほか、有害情報と判断する具体的な基準を作り、書き込み内容を詳細にチェックしている。

調査の責任者を務める下田博次・群馬大大学院教授(情報メディア論)は「子どもたちの有害情報発信の全体像を調べる調査は今までなかった。全体像の把握は、学校裏サイトがなぜ問題を生み出すのかを明らかにすることにつながる」と意義を強調している。

◇抑止効果を期待

ネット上でいじめなどの悩みを聞く活動をしている「全国webカウンセリング協議会」の安川雅史理事長の話

今まで「氷山の一角」しか見えていなかったものが明らかになる。
また、大人たちが調査を始めれば、子どもたちへの抑止効果も生み出すだろう。
ただし、すべての学校裏サイトを調べることは不可能。
実態を知っている子どもたちを調査に参加させるなど、手法を工夫すべきだ。
そうしなければ、せっかく調査しても本当の実態が分からない恐れもある。

【ことば】学校裏サイト 各学校の公式ホームページとは異なり、子どもたちが管理しているインターネット上の掲示板やブログ。主に携帯電話を使って接続し、ハンドルネーム(ネット上の名前)を使って書き込みをすることが多い。接続にパスワードが必要なサイトもあり、いじめの確認が難しい例も出ている。

文科省のネット対応の遅さを中心に強く批判してきましたが、

「どんな書き込みがあるのか
一つ一つ当たっていき、
次の対策を練らないと
いけない」

そういう問題なのか?子どもは無謀ですぐに人を傷つけたりするものだろう。
社会人になるとは、そういう子どもの無謀さを社会性で抑えて、なるものではないか。

つまりは、社会人が使って便利なツールを何の措置もしないで子どもに与えれば、当然ひどいことになるだろう。

日本でも起きてしまったが、アメリカでは銃を使って幼児が幼児を殺すという事件がはほとんど定期的に起きている。
人を殺せる道具を子どもが勝手に使うというのは銃の所持が憲法で認められているアメリカですら、大人の管理不行き届きとして強く非難される。

文科省が教育を扱う役所として、子どもたちがネットワークにどのように接するべきかをコントロールしてきたのか?を問題にするべきだ。

実際問題として何もしていない。
学校現場でも、携帯電話はヘンに浮いた状態になっているし、校内のコンピュータネットワークも情報が得意な先生が作ってシステムが、転勤によってノーコントロールなってしまったりしている。

その一方で、事務処理用として先生にメールが届かないといった例もある。
すでに、政府もe-ジャパン計画と称して電子政府と称する行政の電子化を進めている。
公教育は間違えなく、行政の一端であってその運営主体は文科省だろ。

どこをどう考えても、文科省はネットワークのトラブル解決だけをするのではなく、子どもたちのネットワーク利用はどうあるべきかという具体的な学校現場への指導要領を策定する責任がある。

文科省に緊急に課せられている仕事は、対策ではなく政策だ。

1月 6, 2008 at 10:37 午後 教育問題各種 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2008.01.02

小学校6年生の半分は携帯電話を持っている

サンケイ新聞より「携帯電話持つ小学生、3年生から急増

携帯電話を持つ小学生は3年生から急増し、6年生では4割の児童が自分専用の携帯電話を持っていることが、三菱総合研究所などのインターネットアンケートで分かった。きっかけは「親から勧められた」が4割を超し、通塾時の安全対策として利用されているようだ。

アンケートは平成19年11月、子供向けポータルサイト「キッズgoo」で行われた。有効回答は1100件。

携帯電話を持ち始めたのは3年生が19.5%、4年生で25.1%で最も多い。6年生になると、自分専用の携帯電話を持つ児童が40・6%になった。

持ち始めたきっかけは「親から持つよう言われた」が43.4%で、子供の意向(32.3%)を上回った。塾や習い事の往復で家庭を離れる機会が多くなることなどが背景にあるとみられる。

男女別でみると、専用機を持つ男子は29.4%に対し女子は37.8%と8.4ポイントも差がついた。利用法も「友達との電話」が男子27.7%に対し女子は43・2%、「友達のメール」は男子28.1%に対し女子56.8%と大きく上回った。

「絶対ないと困る」と答えたのも男子33.3%、女子は43.7%で、とくに女子はコミュニケーションツールとしての利用が進んでいることがうかがえる。 家庭で決めた携帯電話のルールで最も多いのが「料金」で25.0%だが、「決めていない」が45.9%もあった。

同研究所などは「インターネットでルールを設けていない家庭は37.8%という調査結果もあり、子供の携帯電話の利用は寛容視されている」とみている。

小学校6年生の半分が携帯電話を持っていることには驚きませんが、にもかかわらず携帯電話のルールについて決めていない家庭が半分、これでキャリア各社に「子供向けの携帯電話はフィルタリングしろ」と総務省が言うのは滑稽というべきでしょう。

なんで、子供の持つ携帯電話にルールが無いのか?と言えば、学校をはじめとする地域社会でも子供の持つ携帯電話のルールが無いから、ということで説明が付くでしょう。
とどのつまりは、学校(文科省)が子供の持つ携帯電話はどうあるべきかを決めれば、ルールは出来ますよ。
その意味では家庭からも野放し状態の子供の持つ携帯電話のルールを作らない文科省にはその分の責任はある、と思いますね

1月 2, 2008 at 07:50 午後 教育問題各種 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2007.12.28

毎日新聞・論点(2007/12/28)

毎日新聞(紙面)で「どう考える 15歳の理科離れ」として、三人の意見を紹介しています。

三人のご意見はいずれも極めて重大な提言であると思いますが、中央教育審議会や教育再生会議で出ている論点とは全く違うというか、むしろ中央教育審議会や教育再生会議の議論に対して否定的な意見ばかりだと評価しても良いかと思います。

  • 何でもかんでも点数で序列をつけ、それをもって全人格をうんぬんする悪習
  • 理工系の職にある者と例えば金融マン(ウーマン)との、生涯所得を比較すれば差は歴然
  • 薄給でも就職できれば幸運なほうで、理工系の博士号を取ったのに職がなく、塾の講師などで糊口をしのぐ人も多い
  • 教育制度に小手先の策をろうしてではなく、社会の理数軽視や文理格差を本気で改善すること
  • 大学入試で知識しか問われない日本
  • 日本の入試は、知識理解の問題を出すことで、国全体の教育の方向を縛っている。
  • この十数年の日本の学習指導要領は、理科の時間を減らすだけでなく、理科的な知識の要となるような内容を削り、断片的にしか学べない内容を残してきた。
  • 学んだことが次につながり、現在の社会でどのように使われているのか、そうしたことに結びつける余裕のないカリキュラムにした。
  • 先生に対して社会全体がもっと支援を行い、先生が意欲を持って教えられる環境を作ることが不可欠だ。
  • 先生の雑用を減らし、授業の準備に専念できる環境を整えることが長期的には大切なことだ。
  • 21世紀に求められているのは「高度の知識を身に着け、それを活用する」という質の高い学力
  • 科学の学習が社会生活や自然現象とどうつながっているか、将来の仕事にどう生かされるか、という考え方が非常に弱い。
  • 深刻なのは、授業のスタイルと学習環境の劣悪さだ。「生徒自ら実験を行う」「生徒同士で課題の話し合いをする」と答えた日本の生徒は著しく少ない。
  • 日本の学校の授業は、伝統的スタイルに縛られている。質の高い学力を身に着けるためには自分で表現する、共同で探索し、対話するといった学び方の質の改善が不可欠だ。
  • これらは国の教育行政の責任だ。日本は80年代の臨時教育審議会以降、国の教育予算を削減し続けてきた。教育予算は国内総生産(GDP)比でOECD加盟国中最低クラス。
  • 授業と教科書の改革、子どもたちが興味を持てるようなメディアや学習環境の整備、そして教師への支援だ。
  • 国は教育の質を高めるグランドデザインを提示し、未来投資に乗り出すことが求められている。

といったところには深く同意します。

効率至上主義でやってきたせいか、質とも言うのでしょうが授業に厚みがないのだろうというのは容易に理解できます。
生徒の側から見れば「面白くない」でしょう。

ところが、その「面白くない授業に耐える」ことが選抜になっているわけです。
入試が知識の程度を試す方向に偏っているから、次の段階として「時間内にいかに大量の回答をするのか」という方向に向いてしまいました。
そこで「反射的に回答が出るように訓練する」のが受験勉強になっています。

これはスポーツのトレーニングと同じで、回答速度の訓練ですから、同じようなことを繰り返しやることになる。
知的好奇心などとは正反対にあることで、これで勉強が面白い、とか将来の自分の興味に役立つだろう、なんて思うことは不可能でしょう。

なによりもまずいのは、これで通用するのが「受験勉強」なので、議論とかチームワークといった他人との関わりについてせっかく学校に居ながら訓練できない事です。

本当に自分の意見がない子どもなんてのはそうそう居ないでしょうが、意見の言い方を知らないから言わないという生徒は多い。
「みんなと同じ」となってしまう。

しかし、そういう大人に社会の運営は任せられないわけで、良くも悪くも他人との関わりを学校時代に練習して欲しいし、それが何十年か前に比べると非常に高度な水準を要求されているのだから、現在の教育の方向は必要なことを育てないどころか、削っていると評価するべきだ。

極めて深刻な問題になりつつあると思っています。

以下「毎日新聞2007/12/28の「論点」より


「大人の理数離れ」の反映

米沢富美子(慶応大学物理学科名誉教授)

「報われない仕事」に敏感な子供たち。評価も待遇も改めて優秀な人材育成を。

経済協力開発機構(OECD)の学習到達度調査(PISA)の、06年結果が発表された。日本の順位がここ数年、理科の成績や科学への興味に関して下降気味であることが、学力低下、理数離れの根拠として論じられている。

しかし、どのような調査データも、結果の数字だけで一喜一憂するのは愚である。調査の仕方や背景、データの統計性をまず問うてみる必要がある。テストの結果については、調査参加国の増加が日本の順位低下の一因だとすでに言及されている。

そもそも、真の学力は数字では測れない。価値観は多様であり、数値化できるものではない。何でもかんでも点数で序列をつけ、それをもって全人格をうんぬんする悪習を断たない限り、教育は崩壊する。PISAテストのための受験参考書の類が出版されているのを知って、仰天した。

点数の高い子どもが、将来は立派な科学者になる保証はないし、逆もまた真だ。アインシュタインは学校嫌いで中学は中退しているし、大学入試も一浪した。日本初のノーベル賞受賞者で物理学者の湯川秀樹博士は子どものころ、活発な兄弟たちに比べて目立たなかったので、父親は秀樹少年を大学ではなく専門学校に進学させようと考えた。PISAテストにしても、天才の力量を凡才の大人が作っだこざかしいテストで測れると思うのが、どだい間違いだ。

子どもたちの理数への興味喪失をテストの結果が示唆しているなら論ずるべきは「子供の理数離れ」ではなく「大人の理数離れ」である。社会が理数を見捨てているのだ。

社会への貢献度に対する評価や待遇において、理工系の職は軽んじられている。大学・企業を問わず理工系の職にある者と例えば金融マン(ウーマン)との、生涯所得を比較すれば差は歴然だ。社会における発言権でも、科学技術がからんだ国の政策に、科学者の意見がいれられることは少ない。社会のほころびがさまざまな格差として顕在化しているが、こうした「文理格差」も憂慮すべき問題だ。

薄給でも就職できれば幸運なほうで、理工系の博士号を取ったのに職がなく、塾の講師などで糊口をしのぐ人も多い。私は、物理学科で大学院修了まで育て上げた学生が、理工系の職に就けず銀行や証券会社に行くのを、切歯扼腕の思いで見てきた。学生たちは、子どものころから科学が好きで大学院まで進んできたのだ。その彼らが社会の現実に直面して、科学からの撤退を余儀なくされる。こういう状況で子どもたちを理数に勧誘するのは詐欺だと思う。

子どもたちも、理工系の仕事が必ずしも正当に報われないことを、敏感にかぎ取っている。資源のない日本にとって科学技術立国こそが唯一の道で、担い手の優秀な人材は必須だから、焦眉の事態だ。子どもたちの理数離れの問題は、教育制度に小手先の策をろうしてではなく、社会の理数軽視や文理格差を本気で改善することで、初めて解決可能になるのである。

大学入試の改革重要

滝川洋二(東京大学教養学部附属教養教育開発機構客員教授)
知識しか問わず、学ぶ楽しさから遠い教師が意欲を持てる環境作りも不可欠。

学習到達度調査(PISA)で、科学的活用力は、前回2位から6位(531点)と下がったが、OECD加盟国内では、断トツに高いフインランド(563点)に続く2位グループにとどまっている。授業時間が世界で最も少ない理科でよくこれだけの成果を出したものだ。義務教育の理科は、日本では70年代には1048時間だったのが、現在は640時間である。英国(今回14位515点)では、多数の人は1212時間学んでいる。多民族国家で、経済格差が大きい英国に比して、日本は有利な点が少なくないが、国の教育への姿勢が異なるのを感じる。

大学入試で知識しか問われない日本で、知識を基本に考える力を養うには、より多くの時間が不可欠だ。次の学習指導要領で、義務教育の理科が790時間に復活するのは、状況の改善に少しつながるのではと期待している。

もっと根本では、大学入試を変えることが重要だ。英国では、大学入試にも理科では20%程度を実験を工夫したリポートの評価に充てている。日本の入試は、知識理解の問題を出すことで、国全体の教育の方向を縛っている。

「PISAのテスト問題のような、知識を基本にしながら考える力を評価する問題」や実験リポート評価を大学入試で採用することは、教育を大きく変える原動力になるだろう。ここを変えないで小、中、高校の先生の教育力を批判するのは、公正ではない。

この十数年の日本の学習指導要領は、理科の時間を減らすだけでなく、理科的な知識の要となるような内容を削り、断片的にしか学べない内容を残してきた。

一例で小学校3年を取り上げると、以前は1・2年で教えていた内容を、生活科の創設で理科を全く教えなくなり、3年では数週間ごとに学ぶ内容が変わる。学んだことが次につながり、現在の社会でどのように使われているのか、そうしたことに結びつける余裕のないカリキュラムにした。これは中学まで同じ傾向が続く。断片的な内容を学ぶ意欲は、入試などの外部要因に求め、学ぶこと自体の楽しさを基本に据えることから遠ざかってしまった。ここを変えないと、問題の解決にはならないだろう。

中学高校の理科の教師は理系出身だが、小学校教員は文系なので理科をあまり学んでいない。今、小中高校で理科を780時間学べば小学校教師になれる。70年代には1573時間だった。以前の義務教育より少ない時間で教師になれるので、60%は理科が不得意とのデータもある。この状況で、全員参加の悉皆的な学力テストで学校に競争させようとしても、子どもに本当の学力がつくはずがない。

先生に対して社会全体がもっと支援を行い、先生が意欲を持って教えられる環境を作ることが不可欠だ。世界に比べて、一クラスの人数が少なくない中で、先生の教育力は実はまだかなり高い。先生の雑用を減らし、授業の準備に専念できる環境を整えることが長期的には大切なことだ。

国の未来投資、転換を

佐藤学(東京大学大学院教育学研究科)
教育現場劣化は長期の予算削減が原因。授業時間増より「学び方の質」の改善を。

今回の調査で、日本の義務教育終了時の学力は低下傾向にあり、かろうじて世界の上位レベルを維持しているということが明らかになった。しかし、学力の低下に目を奪われ、授業時間を増やせばよいという論調に走るべきでない。調査結果をじっくり検証すれば、授業時間と学力が相関していないのは明らかだ。21世紀に求められているのは「高度の知識を身に着け、それを活用する」という質の高い学力であり、単純な授業時間増では身に着かない。

そこで問題となるのが、日本の子どもの学習態度だ。科学の学習が社会生活や自然現象とどうつながっているか、将来の仕事にどう生かされるか、という考え方が非常に弱い。00年調査でもこうした傾向が出ていたが、今回その深刻さがはっきり表れた。

ただ、報道されているように「数学・理科への関心意欲が低い」と単純化するのはどうか。関心・意欲が高いのは、コロンビアやブラジル、インドネシアなどこれから産業発展を遂げようという国々。関心・意欲の低下は、産業主義を脱した先進国の宿命でもある。また、関心・意欲の高さと学力の高さは必ずしも一致していない。

深刻なのは、授業のスタイルと学習環境の劣悪さだ。「生徒自ら実験を行う」「生徒同士で課題の話し合いをする」と答えた日本の生徒は著しく少ない。日本の学校の授業は、伝統的スタイルに縛られている。質の高い学力を身に着けるためには自分で表現する、共同で探索し、対話するといった学び方の質の改善が不可欠だ。

一方で、教師に対して実施された調査では、教師の自律性が低いこと、学校の自由度が低いことが示された。教師の質は調査対象になっていないが、この20年で他の先進国の教師は大学院卒レベルの専門性を持つようになり、日本は完全に後れを取った。中学高校の授業開発研修も不十分。日進月歩の科学を教える立場にありながら、教師自身が卒業時点での知識しか持ち合わせていないのは問題だ。

しかし、これらは国の教育行政の責任だ。日本は80年代の臨時教育審議会以降、国の教育予算を削減し続けてきた。教育予算は国内総生産(GDP)比でOECD加盟国中最低クラス。教員は、オーバーワークで疲弊している。この悪条件の中で生徒の学力がいまだ上位クラスを維持できているのはむしろ奇跡的だ。ただ、教育現場の劣化を放置すれば、子どもたちの学力は急低下するだろう。

ただちに手をつけなければならないのは授業と教科書の改革、子どもたちが興味を持てるようなメディアや学習環境の整備、そして教師への支援だ。中央教育審議会は小中学校の理科の授業時間増を決めているが、そんなことをするより、はるかに効率的だ。

草の根レベルでの授業の改革は、少しずつ進んでいる。こうした取り組みを支えるためにも、国は教育の質を高めるグランドデザインを提示し、未来投資に乗り出すことが求められている。

12月 28, 2007 at 04:40 午後 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.12.27

高知大学で何が起きているのだ?

高知新聞より「票すり替え と告発 高知大学長選考」(フレーム内にリンクしています)

高知大学の学長選考で、現学長の相良祐輔氏(72)の再任を決めた学長選考会議の決定に対し、高知大教授ら十四人が二十六日、学内意向投票の開票作業後、「何者かによって票の差し替えがされた」として被告発人不詳のまま、窃盗罪と偽計業務妨害罪で高知地検に刑事告発した。
国立大学法人の学長選考をめぐる刑事告発は全国で初めて。

学長選挙で票の差し替えだとして刑事事件として告発というのはちょっとすごいと思い高知新聞の関係記事のタイトルを見てビックリです。

  1. 高知大学長選び不透明 学内投票は現職劣勢(2007/10/16)
  2. 高知大学長選「規則違反で無効」?相良氏が再任(2007/10/18)
  3. 密室の逆転劇 高知大学長選で構内取材拒否(2007/10/18)
  4. 高知大学長問題 選考会議無効を決議 2学部、1研究科(2007/10/23)
  5. 学生「不信払拭を」 高知大学長問題(2007/10/24)
  6. 選考会質問状に未回答 波紋広がる高知大学長問題(2007/10/31)
  7. 関係者に箝口令? 高知大学長選考会議(2007/11/07)
  8. 高知大学長選やり直さず 選考会議「結果に疑義なし」(2007/11/08)
  9. 高知大学長選 学生が署名2085人分提出(2007/11/22)
  10. 相良氏学生に持論展開 高知大学長選考(2007/11/29)
  11. 高知大学生有志 学外委員にも質問状 学長選考問題(2007/12/13)
  12. 高知大教授ら 学長選考無効と提訴へ(2007/12/13)
  13. 抗議疑問視に学生反発 高知大学長選考(2007/12/22)

個々の記事を読んでも細かいところが分からず、今ひとつ理解できません。

1番目の記事「高知大学長選び不透明 学内投票は現職劣勢(2007/10/16)」には

高知大学長選び不透明 学内投票は現職劣勢

 高知大学(高知市曙町二丁目)は、国立大学法人移行後初めての学長選考を十七日に行う。
候補者は現学長の相良祐輔氏(72)と、同大大学院黒潮圏海洋科学研究科長の高橋正征氏(65)の二人。
次期学長の任期は来年四月から四年間。

同日の学長選考会議で決定される見通しで、それに先立ち同大学は五日、教職員八百九十三人を対象とする「学内意向投票」を実施している。
十五日時点で結果は公表していないが、複数の教職員によると、高橋氏が相良氏を上回っているもよう。
「学内意向投票」には法的拘束力はないとされる中で、意向投票と選考会議の学長決定が食い違った他県の国立大学法人では、学内外から批判が高まるケースが表面化しており、今回の投票結果が最終的な学長選考に反映されるかどうかが注目される。

この後に行われた「学長選考会議」は

高知大学長選「規則違反で無効」?相良氏が再任

高知大学(高知市曙町二丁目)の国立大学法人移行後初の学長選考が十七日行われ、理事や学部長、学外有識者で構成する「学長選考会議」(議長=篠和夫農学部長)は次期学長に現学長の相良祐輔氏(72)を決めた。
しかし同氏の得票は五票で、「出席者(十人)の過半数」という同会議の規則を満たしておらず無効という指摘が続出。今回の学長選では「学内意向投票」をめぐる不透明性も明らかになっており、選考のあり方が厳しく問われる結果となった。

とのことですから、「学長選考会議」の決定が審議規則に反しているから無効という主張であれば単純明快ですが、告訴が「学内意向投票の集計で業務妨害」とするのでは、学長選挙結果には影響しないですよね。

これでは嫌がらせも同然ですが・・・・・。
どこまで行っても「内部の人気投票の信頼性」の問題では、刑事事件にはならないのでは?と感じます。

12月 27, 2007 at 01:41 午後 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.12.26

教育再生会議の古色蒼然

読売新聞により「理科専科教員の設置、「道徳」教科化…教育再生3次報告

政府の教育再生会議(野依良治座長)は25日、首相官邸で総会を開き、理科教育強化のために理科専科教員の設置を進めることや小中学校で「道徳」の教科化などを柱とした第3次報告を決定し、福田首相に提出した。

同会議は来年1月、これまで3回の報告を踏まえ、最終報告を取りまとめる予定だ。

第3次報告は、「公教育の再生」を掲げ、<1>学力の向上<2>徳育と体育の重視<3>大学・大学院の抜本改革<4>学校の責任体制の確立――などを重点課題とした。

具体的には、2006年国際学習到達度調査(略称PISA)などで、理数系の学力水準が低下していることを踏まえ、小学校高学年に理科専科教員の設置を進めるなど、理科教育の強化を打ち出した。さらに、学力向上に向けた意見交換のため、各都道府県の代表者による「全国教育再生会議」の開催を提案した。

2次報告に続き、「道徳」を教科化し、偉人伝や古典などを活用して感動を与える教科書を作成することを打ち出した。だが、点数での評価はせず、学級担任が担当するとした。

第3次報告の焦点だった「教育バウチャー制度」については事実上見送った。その代替案として、公立学校の学校選択制を通じて、児童・生徒数に応じた運営費を配分するモデル事業を実施することを明記した。

大学・大学院の抜本的な改革としては、国立大の大学・学部の再編や、大学全入時代を踏まえて入学定員の減少による質の向上を求めた。

さらに、子供の携帯電話にフィルタリング(選別)機能を義務づけるための法的規制の導入を求めた。

この「教育再生会議」はさっさと潰した方が社会のためだと強く思う。

理科教育のために理科の専任教員を増やせば良いというほど単純なものではないだろう。
理科や技術は非常に考える・決断する・実験してみるを要求されることで、特に「色々考えを巡らせてみる」ことが重要で理科限定の話ではない。
たまたま理科に重要な結果が現れている、ということだと思う。

塾などが指導している「考える以前に回答を反射的に出す」訓練によってペーパーテストの成績を上げ得るところに問題があるのではないのか?

だとすると、いくら理科実験をやっても考えないでやってるだけは意味がないし、そもそも他の教科で「反射的回答」はっかりやっていては意味無いだろう。

思うに、今必要なのは学習の細分化ではなくて統合化だと思う。
実現不可能かもしれないが、理科の実験レポートを国語の教師が国語力の観点から評点する、といったことが実社会への訓練としてはより適切ではないのか?

算数・数学ではいわゆる応用問題で文章や絵から問題を探り出すといったことを重視するべきだろう。

穴埋めのような回答を求めても、実社会にはそんな問題はほとんど無いし、第一学習進度の到達度をチェックすることは、学習効果の測定そのものと言えるのだろうか?

工学技術的には物事を分解して評価する手法は明快ではあるが「総合評価」は別にするのが普通で、製品などの評価は「総合評価」のところだけに限定される。

細分化した評価の積み上げだけでは社会は評価しない。これが「プロダクトアウト」の問題で、教育再生会議がやっているのは「プロダクトアウトの推進」そのものだと思うし、そこを非常に危惧しています。

12月 26, 2007 at 11:06 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.12.23

福島県教育長の記者発表

福島民友新聞より「白河高未履修で、校長を停職1カ月

白河高が昨年度の3年生必修科目の未履修を隠ぺいした問題で、県教委は21日、「昨年の調査以降も校内の実態を適切に把握せず、所属教員に対する必要な是正を行わなかった」などとして、校長(60)を停職1カ月の懲戒処分に、また適切な対応を誤ったとして同校教頭(57)、同(51)を戒告の懲戒処分にした。

県教委の学習生活指導グループ参事についても、昨年調査したにもかかわらず実態を把握できなかったとして厳重注意とした。前任の教育指導領域総括参事についても、現在所属している町教育委員会に指導上の措置を依頼した。

また、FIS(国際スキー連盟)フリースタイルスキー世界選手権猪苗代大会の開催費膨張問題で、県と県教委は同日、「財務計画の見直しなどを怠り、大会組織委員会の財務計画に疑義を生じさせ、県や県教委の信用を失墜させた」として、前県教委生涯学習領域スポーツグループ参事の県立高校長(56)と前生涯学習領域総括参事だった消防学校長(57)、現同領域スポーツグループ参事(55)と、大会組織委員会の前事務局長(55)=22日付で異動=の計4人を戒告の懲戒処分とした。

県教委によると、4人はそれぞれの時点で、大会予算が変動する見込みがある、もしくは予算を超過していることを認識しながら、適切な対応を怠った。

野地陽一教育長が同日、記者会見して一連の処分を明らかにした。

「白河高校・既卒生の必修漏れが発覚」の続報であり、しかも「校長が停職一ヶ月」という聞いたことのない重い処分でありますが、良く見ると

  • 白河高校履修偽装で卒業させた事件
  • フリースタイルスキー開催に関する予算計画がずさんであった事件

をセットにして「処分を発表しただけ」ですね。

たまたまいずれの問題もわたしは取り上げていますが、両方とも「処分は後回しで良いから対策をきちんとしろ」というべき事柄でしょう。

特に、白河高校の必修科目の履修偽装は、他の方も指摘していますが「通信教育ででも、なんとかする義務がある」のであって、何もせずに放置する一方で行政内部で処分すれば良いという問題ではないですよ。

そういう視点で、この報道を見てみると、福島民報は「白河高校長停職1カ月 未履修で懲戒処分」で

福島県教委は21日、白河高で未履修の隠ぺいが発覚したことを受け、同校の遠藤教之校長(60)を停職1カ月としたほか3人を懲戒処分にした。停職1カ月は一連の県立高校の未履修問題で最も重い。国際スキー連盟(FIS)フリースタイルスキー世界選手権大会で適切な対応を怠り、県教委と県の信用を失墜させたとして現県立高校長の前生涯学習領域スポーツグループ参事(56)ら4人を戒告にした。

野地陽一県教育長自身も21日開かれた、県教委の定例会で異例の厳重注意を受けた。

と報じています。
県教育委員会で、教育長が厳重注意を受けたというのでは、これまた内部の処分であって、本質的には県議会とか県知事が扱うべき問題を「どうやって閉じこめようか」と考えて「処分したと記者発表した」としか思えません。
両新聞社がこのような「異様な感じ」を伝えようして、福島民報新聞は2つを並べ、福島民友新聞は3つを並べた、ということでしょう。

天網恢々疎にして漏らさず、という言葉を思い出しますね。

12月 23, 2007 at 10:11 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.12.20

白河高校PTA解散事件の続編

福島民報より「元会長ら争う姿勢 白河高PTA訴訟

福島県白河市の白河高PTA職員の契約をめぐり、元会長ら2人が元職員から賃金分などの損害賠償を求められた訴訟の第1回口頭弁論は18日、地裁白河支部(高瀬順久裁判官)であった。

被告の元会長ら2人は請求の棄却を求める答弁書を提出し、全面的に争う姿勢を示した。

答弁書によると、原告が主張する雇い止めについては、いったん合意した契約条件を原告が撤回して交渉決裂となり新たな契約が締結されなかったためで雇い止めに当たらないと主張した。また解散はPTA総会での決議で、被告が主導したものでないとしている。

次回は2月5日午後3時半から。

この記事は「白河高校PTAが労働争議で解散・その11」の後日談というか続編といったところでしょう。

2007/12/18 日に始まった裁判の内容が分からないのですが、「雇用契約確認等請求事件」の判決が確定して原告には請求権が認められたので、元会長ら被告に請求したが拒否されたから賠償請求訴訟裁判が始まったのでしょう。

この事件、裁判官が同一ですね。白河支部だから、性質の同じ事件は同じ裁判官になってしまうのでしょうか?

福島民報の報道の通りだとすると、被告側の主張は前の裁判で行うべきことでないかと感じますが、前の裁判の判決は確定していますから被告側の主張で争えるものなのか非常に興味があるところです。

前回の裁判は、被告が裁判を無視して全く対応しなかったために原告側の主張が全面的に認められてしまったもので、社会のルールという観点からは「裁判は無視したら負け」という当然の結果そのものでした。
今になって「争う」と言い出しても、判決は変わりませんからその中での争いしかないわけで「全面的に争う余地」があるとはちょっと思えません。

ここで「全面的に争う」となると、この裁判は延々と続く可能性がありますが、それは主に被告側の主張の量(証拠の量)によるはずで、原告側が「前の判決に基づいて支払え」という主張であるのなら、争うことが出来るとはちょっと思えないのですが・・・・・。

注目せざるを得ません。

12月 20, 2007 at 08:51 午前 事件と裁判, 教育問題各種 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2007.12.08

総務省がフィルタリングの原則加入を打ち出したが

日経新聞より「携帯有害サイト制限、未成年者は原則加入・総務省、各社に要請へ

総務省は7日、未成年者が携帯電話の出会い系サイトなど有害サイトを閲覧できないようにするフィルタリングサービスに原則加入するように携帯電話会社に要請する方針を固めた。

出会い系サイトなどで犯罪に巻き込まれる未成年者が後を絶たないため。10日にNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクモバイルの首脳を総務省に呼び、増田寛也総務相が要請する。携帯各社も対応する見通しだ。

現在、携帯各社はフィルタリングサービスに加入するかは保護者の意思に任せている。

今後は保護者が未成年者のために新規契約する際は自動的に同サービスに加入する仕組みとし、希望しない場合のみ申し出てもらう。既契約者についても加入していない人には加入を強く促すよう求める。

まぁ一歩前進だとは思うが、なんでこの程度の「対策」しかできないのか、という方がよほど問題だと思うのだが・・・・・。

効果という点では、子ども用の携帯電話がどうあるべきかをちゃんと提示することが先決だろう。
現在、保護者にフィルタリングサービスの加入を選択させていて、その結果がどうも芳しくないというのだから、保護者がフィルタリングサービスの意味や必要性を理解していない。さらに言えば子どもに持たせる携帯電話がどんなものなのかを知らない事の証明でしょう。

であるからして「子供用携帯電話」を普及させることが一番分かりやすい、とわたしは主張するのです。
子どもが、社会人のそれもバリバリのITエキスパートが使うような携帯電話を持つ必要性はないでしょう。
今回の総務省の方針は、高性能携帯電話を子どもに買わせて、かつ能力制限をしようというある種の詐欺的商法を促進しているようなところがあって、第一フィルタリングサービスはいわば「最低限の対策」に過ぎなくて「どういう携帯電話が子どもには必要か?」という視点が全く欠けているとしか思えない。

では、この問題を文科省はどう見ているのか?というと「携帯電話は学校で必要としない」という理由で全くチェックしていない。確かに「校内での活動」には不要だろうが、子どもたちの生活全般から言えば「不要」とは言えないだろう。
どう考えても「関わりたくないから知らない」と文科省が言い張っているようにしか思えない。
その結果が、「この程度の対策」になったのだろう。

12月 8, 2007 at 11:01 午前 ネットワーク一般論, 教育問題各種 | | コメント (27) | トラックバック (0)

2007.11.28

実験の考察の書き方は練習していない

apj さんも取り上げている朝日新聞の記事「小中学生理科、考える力身につかず 国立教育研究所調査

理科の実験で、結果が予想と違った場合、原因を調べようという子どもは、小学校より中学校の方が少ない――こんな傾向が、国立教育政策研究所が27日にまとめた理科の授業の課題調査で分かった。8割以上の子どもが「実験や観察が好き」と答えたが、研究所は、実験結果から考察したり活用したりする力はあまり定着していない、と分析している。

調査は06年1~2月、全国の小中学校211校の小5生3284人と中2生3196人を対象に行われた。

小5の90%、中2の82%が「観察や実験が好き」「どちらかと言えば好き」と答えた。一方、「考えが正しいか調べるため、観察や実験の方法を自分で考える」は小5の61%に対し、中2は29%。「予想と異なった時に原因を調べようとする」は小5が59%で、中2は48%だった。同研究所は「学年が進むと内容が高度になるという面はあるものの、課題がある」としている。

考える力が身についていないことは、具体的な問題の正答率にも表れている。調査では、実験や観察の様子をビデオで見せて出題した。

小5では、「インゲン豆の発芽には肥料が必要である」という予想の当否を実験で確かめる問題が出された。必要な実験を選ぶ段階では87%が正解したが、「予想は間違っていた」という結論まで到達できたのは39%。電球からフィラメントを取り出して通電させる中2の問題では、外気中ではすぐに切れる理由は56%が正解したが、長く輝かせる方法まで答えられたのは40%だった。

実験をして考察瀬要という課題だというので「どうやったんだ?」と思っていたら「ビデオを見せた」のですか・・・・・。

何ヶ月前の報道で、

死んでも生き返ると考える生徒が
中学校になると小学校よりも増える
というのがありました。

コリャなんだ?と思いますが、実際に小学校に行くと色々な生き物を飼っていて、沼津の小学校ではヤギがいて驚きました。
これが、中学になるとゲームとマンガに移ってしまうから「死んでも生き返る」なんて言い出すのかとも思います。

高校生になると、表現そのものが非常に抑制的になって「みんなと同じ」といった言い方が主力なります。
一言で言えば「分からない問題には答えない」となります。

わたしはこれには受験技術が大きく影響しているのではないのか?と考えています。
受験技術=受験勉強は極めて反射神経というか運動部的なやり方が主流なのだそうで、

  • 簡単に融ける問題から解くことで回答数を増やす。
  • 一瞬で解ける問題を見つけ出す練習をする
  • 問題に短時間で回答にするためにパターンとして問題を覚える

こんな勉強をするとは「考える時間があれば回答しろ」ということになるわけで、学年が進むにつれて「考えないで反射的に回答する」になっていきます。
特にちょっと成績がよい学校だと、書くのだけが異様に速かったりする。

別の言い方をするとこれでは「表現の仕方も切り捨てる」事になるでしょう。
そこに「考察せよ」という課題が来たらどうなるか?
多分受験勉強に接している中学生では「試験範囲に無いから答えない」という面が出てくるように思います。

apj さんは

 考えるといっても、それには経験が必要では。知識が少ない状態で考えても、トンデモに突っ込んで玉砕するだけのような気がするが……。

とおっしゃっていて、知識の少なさを経験を通じて増やす事で、考察することができるのに中学生は出題(考察)と回答する能力の背景となる経験のミスマッチというご意見かと理解しました。

わたしはもっとずっと悲観的で、現在の多くの試験では考察に優れている生徒を排除するような、マス埋めとか○×(マークシート)などが多く、かつ出題範囲も事前の取り決めに厳密に従うことになっているのですから、優れた考察が出来ることが受験では負けるになる、という理解があると感じています。

若い人が勉強するのは社会にとって非常に重要な事ですが、こと受験については勉強ではないく別のものではないか?と強く感じます。

近頃の子どもは・・・とは昔から言われていますが、小学生を対象にもの作り教室をやってみると2時間の授業時間の最後の方で体育館で勝手に遊ばせると、昔の子どもたちがやっていたことと同じになります。 約一時間で、子どもの生の姿が現れます。

これが高校生になると、週に一度の授業だと数回から十数回、時間にして一月から半年ぐらい掛けないと「若々しい議論」なんてものにたどり着きません。

確かに、子どものうちに夢想的であったりすると学校の成績は悪くなるところもありますが、全部排除して受験に勝つことが正義であると押し通している現在の「教育」が個人的主張の発露はもちろん、考察の発表とか小論文の記述といった「創造性を必要とする方面」をひどく貶めているのではないか?と強く感じています。

11月 28, 2007 at 01:53 午前 教育問題各種 | | コメント (6) | トラックバック (2)

2007.11.18

白河高校・既卒生の必修漏れが発覚

福島民友新聞より「白河高、未履修隠ぺい 不正承知で教員ら

県教委は16日、白河高(遠藤教之校長)の昨年度の3年生全員317人が、必修科目の情報A1単位を履修せずに卒業し、このうち109人は日本史B4単位も履修していなかったと発表した。

受験対策として別の教科の授業を行っていたためで、本年度の3年生も情報Aで同様の履修不足が発覚した。授業を行っていた教員らが不正を知りながら「言い出せなかった」と隠ぺいしていたことが原因といい、遠藤校長は「大変申し訳ないことをした。未履修は把握していなかった」と釈明した。

県教委は卒業生について「生徒に責任はない」と、卒業認定に影響はないとした上で、進学先などに理解を求めていく方針。現在の3年生に対しては、授業を組み替えるなどして今月末までに不足分を履修させる。

また、これまでの調査が不十分だったとして、県内すべての普通科の高校を調査する。「昨年の調査が不十分だったことは申し訳ないが、(未履修を隠ぺいしていた)学校は許し難い」と今後、関係者の処分を行う方針。同校では昨年11月、2、3年生計157人の家庭基礎1単位の未履修が発覚し、遠藤校長が戒告の懲戒処分を受けている。

校長「迷惑掛け申し訳ない」

白河高の遠藤教之校長と大岡清一教頭は16日、白河市役所で記者会見を開き、遠藤校長は「生徒、保護者にご迷惑を掛け、大変申し訳ない」と謝罪した。

遠藤校長は「大学受験を控える生徒のことを思う一心で担当教諭が行ってしまったことと認識している」と弁明した。今後については「校長の職務を全うするとともに、保護者、卒業生への事情説明などを通し、おわびをしていきたい」とした。

昨年の今頃、日本中の高校で同様の問題が発覚して、冬休み中に授業をやったり3月末に修業後にさらに授業したりして、つじつまを合わせていました。

福島県立白河高校では、その時点でも履修偽装を認めずに卒業させたということですね。

県教委は「生徒に責任がないから卒業認定に影響はない」という判断だと言うのですが、それはあまりに乱暴じゃないのでしょうかね?
必修科目を設定しているのは文科省であって、各地の教育委員会や学校が判断できるのは、必修科目の組合せや選択科目であって、必修科目を履修していないという事実は生徒一人ひとりに残るし、必修科目を履修しないことが卒業認定に影響しないというのでは「必修」にならないだろう。

「昨年度の3年生全員」ということは、生徒一人ひとりを特定されてしまうわけで、浪人などで今度(来年度入学)を目指して大学に願書を出した場合に大学が「履修が完了していないから、受験資格がない」としたら、教育委員会や白河高校はどうするつもりなのだろうか?

「白河高校PTAが労働争議で解散」でも問題の解決を後に延ばすという姿勢が見えたと感じましたが、いったいどうするつもりなのでしょうか?

事は「高校卒業の資格」の問題であって、いくら学校や教育委員会が「卒業資格があります」と書類を書いても、報道されてしまったのでは世間は「正式に卒業したとは言えないだろう」と判断するでしょう。
必要なのは、この部分をなんとかすることであって「迷惑を掛けた。ゴメンなさい」ということでは、問題解決のとっかかりにすらたどり着いていない。

11月 18, 2007 at 10:41 午前 教育問題各種 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2007.11.14

学校の事務処理軽減は書類の問題なのか?

毎日新聞より「文科省:学校現場の事務作業軽減を目指しPT設置へ

文部科学省は、学校現場の事務作業の軽減を目指したプロジェクトチーム(PT)を設置することを決めた。
教員に子供たちと向き合う時間を確保してもらうことが狙いで、文科省や教育委員会が行っている各種調査や照会事務の縮減・統合のほか、学校で作成する書類の簡素化・統一化を検討する。早ければ今月中にも取りまとめる方針。

PT委員は、校長会や教育長協議会など関連団体から選出する。

文科省は来年度予算の概算要求で、「子供と向き合う時間の拡充」として、来年度から3年間で小中学校教職員を約2万1000人増員する計画を計上。
しかし、財務相の諮問機関・財政制度等審議会などで批判的な意見が相次いでいる。
渡海紀三朗文科相は「定数増などを進めていく上の作業として、より確実に(事務負担の軽減策を)進めていく」と述べた。

学校現場の事務作業をめぐっては、年間で小学校に400本、中学校には200本の調査や通達が来るともいわれており、「文書量が増え、教頭らが『機能低下』を起こしている」と指摘する声もある。【高山純二】

社会人講師として学校に行くようになって色々な事情が分かってきましたが、今の先生は大変です。
高校では情報の授業が必修になったので、全校に情報担当の先生がいらっしゃいますが、多くの先生は「情報教育の資格を持っている」であって、情報やコンピュータの専門家が先生になっている例は少ないです。

理科や数学の先生が情報を資格も持っている形になります。
これは、情報の専門家が理科の資格を持っていて理科の先生をやっても問題ないわけですが、問題は学校内のコンピュータの管理についても情報担当の先生に依存しちゃう学校があることです。

現在では、教育委員会などとのやり取りもどんどんとネットワーク化が進んでいて、先生全員が教育委員会が渡すメールアドレスでメールを交換出来るようになっているようですが、メールアドレスだけではダメで、PCの接続から印刷の問題まで学校の現場でやるべき事が多々あるのは 容易に分かりますが、その手当てについて聞いたことが無い。

この問題の種明かしが「情報の先生がコンピュータ全般の管理者になっている」なのです。

だいたい、学校は地域内で見ると最大の事業所と見るべきなのです。
大ざっぱに言ってしまえば、学校は一キロ四方に一校はあると言えるでしょう。そこに1000人近くの人が集まっているわけです。
一般企業で1000人規模の事業所が一キロ四方に次々とある、なんてことはあり得ません。

にも関わらず、学校は地域とはお互いにちょっと無視しているようなところがあります。
子どもが通学している父兄以外になると、地域の人でも学校の中のことに詳しい人は極端に減るでしょう。

大規模な事業所を運営するの適切な人手が配置されているのか?となると、現実の先生の忙しさからから見ると、とても出来ているとは思えません。

こんな観点からは「事務作業の軽減」は大いに進めるべきだとは思いますが、先生の本来の仕事が教室を中心にして、子どもたちに授業を実践することだと考えると、授業の準備については助手が出来るのではないか?といったことありますし、まして全くの事務処理は教員ではない職員の仕事ではないでしょうか?

つまり、目的が「教員が子どもと向き合う」ことを求めて総合的に対策するのであれば「事務処理の軽減」がどれほどのウェイトを占める問題なのかを先に検討するべきでしょう。

11月 14, 2007 at 01:15 午後 教育問題各種 | | コメント (9) | トラックバック (0)

2007.11.04

ネットいじめではなくて、いじめのネット利用だよ

京都新聞より「ネットいじめ、京の学校でも匿名の中傷「友」襲う

全国的にインターネットや携帯電話を使った学校でのいじめが問題となる中、京都市伏見区の中学3年の男子生徒が同級生らから悪質な「ネットいじめ」を受け、学校を休んでいることが発覚した。関係機関への相談も急増しているが、仲間内だけのサイトなどを通してのやりとりだけに、表面化するのはまれだ。現状や課題を追った。

「ばか」「キモい」「死ね」…。悪口中傷が携帯の画面いっぱいに並ぶ。男子生徒が伏見区の中学への転校を前に、「友達をつくりたい」と開設したホームページ(HP)。10月の登校初日、そのことを同級生らに伝えた。間もなくHPのブログ(日記)に卑劣な言葉の書き込みが始まった。

相手も分からない腹立たしさと恐怖。メールの返信で注意すると、中傷は過激になった。HP閉鎖や金銭を求める脅迫も交じる。アドレスなどから送信相手を突き止めた。同じクラスの女子生徒ら3人だった。学校や警察への相談を機に、彼女らはようやく詫びたが、男子生徒の傷は癒えない。うつ病と診断され、休学したままだ。

教育相談などを受け付ける全国webカウンセリング協議会(東京都)では、年間約1000件に上るいじめ相談の大半にネットが絡むという。学校単位の「学校裏サイト」での書き込み、他人のメールアドレスをかたる「なりすましメール」、他人に回すよう指示する「チェーンメール」など、自分の正体を隠した陰湿な手法が目立っている。

低年齢化も進む。今年1月、京都市南区の小学6年生(当時)の女子児童は、親友だった女子同級生とささいなことで言い争ったのを機に、複数の同級生から中傷メールを受けた。それまで楽しいやりとりの場だった携帯サイトの掲示板が使われた。「てめぇなんか、同じ中学にくるな」-。卒業を前にふさぎ込む娘に母親が気づき、保護者同士が集まるなどして収まった。「文字だけの世界はいったん行き違いがあると、どんどんひどくなる。恐ろしい」と母親は振り返る。

■教育現場、危機回避を指導

どうすればよいのか。関係者からは「携帯を持たせるべきでない」との声の一方、「現実的に無理。防犯面でも必要」という意見も多い。

京都府や府教委、府警は今年2月、「情報モラル教育」のサイトを立ち上げ、アクセスを制限する「フィルタリング機能」の設定方法や、迷惑メールの相談窓口の紹介を始めた。京都市教委も近くネットいじめを考える連絡会議を立ち上げる。

下京区の七条中では、1年生に3年生の指導内容を前倒ししてチェーンメールへの対処などを教える。「『○君って態度悪いと思わへん?』。友達からこんなメールが来たらどう返す?」。教師の問いに生徒がパソコンに一斉に返事を書き込む。村上幸1校長は「中学生のネット技術は高く、メールなどのモラルを教えるのに3年生では遅い。小学校で教えてもいい」と実感を込める。

情報モラル教育を研究してきた八幡小(八幡市)の富永直也教頭は「ネットでのいじめをなくすのは、通常のいじめをなくすのと同じく難しい。学校で教えるべきは、命の大切さと危機回避の方法」と指摘する。

深く静かに広がる「顔の見えないいじめ」。接続制限などの対処療法に加え、いじめの根を絶つ地道な対策が迫られている。全国webカウンセリング協の安川雅史理事長は「子どもが携帯電話の着信音を消したり、大人から隠れてメールをチェックするなどの変化を見逃さないで」と、親や教師らが「子どものSOS」を感じ取ることの大切さを訴えている。

ネットによるいじめ問題京都府警によると、ネットによる中傷の相談は2006年度で241件、4年前の3倍近くに上り、中高生の絡む事案も目立つという。京都市教委が6月に実施した抽出調査でも、携帯電話所持率が中学3年70%、小学6年25%に達し、中学生の約1割が「人権侵害のような書き込みをしたり、されたことがある」と答えた。神戸市では今年7月、私立高の男子生徒が多数の生徒から脅迫メールを受けて飛び降り自殺。同級生らが逮捕され、大きな社会問題となった。

この記事の内容は子どもたちがネットを利用することについて混乱している現状の平均値といったところでしょう。

しかし、極めて違和感を感じるところもあります。

  • 「情報モラル教育」のサイトを立ち上げ
  • アクセスを制限する「フィルタリング機能」の設定方法や、
  • 迷惑メールの相談窓口の紹介を始めた。
  • 京都市教委も近くネットいじめを考える連絡会議を立ち上げる。

こんな事、大人でも理解できないのではないか?
実際に「インターネットで下手に書き込みをすると他人を傷つけることあります」とインターネットにをやったこと無い大人に説明したと仮定すると、「じゃあ、注意して書き込もう」なんてことになる大人が居るか?
注意を忘れて書き込むか、インターネットを利用しないかのどちらかになるだろう。
なぜ、人を傷つけなくなるのかは、危うい経験をして覚えるているのが現実だ。

つまり、いくら事前に教育しても無理だよ。
第一、インターネットじゃなくても子どもたちは遠慮会釈無く批判したりするものだ、それをインターネット利用だけ「大人並みにやれ」というのは実現不可能だろう。
だから「携帯を持たせるべきでは無い」という意見は常に出てくるし、その反論もある。

この話の落ち着く先は、

  • 携帯電話は持たせる
  • その携帯電話ではインターネット利用は出来ないようにする

で大半が解決してしまうのではないか?と考えます。 上記の仕様の子供用携帯電話を使うようにすればよいわけです。

そもそも、子どもが携帯電話で掲示板を利用しなければならない状況なんてあるのか?
また、メールについても無制限にメールが出来ないと困るなんてことがあるモノだろうか?
携帯電話でインターネット(メールを含む)を子どもが利用する時に大人用と同列である理由があるとは思えない。
子どもがインターネット利用するとはどういうことなのか、をきちんと整理するべきでなんでもできる環境を子どもたちに「自力で管理しろ」というような無茶を言って何とかなると思っているのなら、ナンセンスとしか言いようがない。

11月 4, 2007 at 12:47 午後 教育問題各種 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2007.11.01

ゆとり教育は間違っていない論

朝日新聞より「学校側、自分で考える習慣乏しい 教育問題で町村長官

町村官房長官は31日の記者会見で、中央教育審議会の部会が小中学校の授業時間の増加を大筋で了承したことについて

「ゆとり教育は間違っていたとは思わない。
ゆとり即ゆるみ、即授業時間の減少ということが、結果として学力低下を生んだ。
改めてしっかり基礎基本はやるということを徹底しないといけない」

と一定の理解を示した。

一方、総合学習の時間が削られる見通しになったことには疑問を呈し、

「教科横断的テーマを考えてみようということなのに、学校現場では自分の頭で考える習慣が誠に乏しく、やり方が分からない」「そういう認識が中教審は足りない」

など、学校側や中教審を批判。
「官房長官というより、元文部大臣の個人的感想を述べた。ちょっと言い過ぎたかもしれない」と語った。

わたしは町村長官の意見にほぼ同意します。
しかし、ゆとり教育の目玉であった教科横断的・地域にあった内容の教育のために総合学習の時間などで教材を学校が独自に用意するための予算も人員も全く手当てしなかったのだから、現場の責任だけに帰するのは間違っていると思います。

色々な形で資金提供があるから、わたしの属しているNPOでも講師を学校に派遣できるわけで、中には「全く予算がないのですが、何とかお願いします」という学校もあります。
このような場合、一校や二校なら何とかなりますが、どの学校にもどんな内容でも出来るのか?言えばそんなことが続けられるわけがない。

総合学習で外部講師による授業が成立する場合には、そのための事前準備として学校は予算取りをしたり、調査のために教師を出張させたりしています。
こういう事務処理(むしろ経営判断と言うべき)をするために学校に新たに生じる手間を無視しているわけで、続くわけがないから続かない、と言うことですよ。

総合学習が、小学校3年生からあるのは問題だと思います。
教科横断で総合的に色々やれるのは、たとえて言えば自転車に乗るようなものでしょう。
同時に色々なことが出来る、判断できるからこそ「総合」なわけで、自転車はその代表だと思うのです。
自転車に乗れるのが普通と言えるのは、小学校6年生でしょうから、小学校の総合学習は6年生限定で良いでしょう。

総合学習の時間を減らせばよい、という考え方は、総合学習の時間を設ければよいと言うのと同じで、まるで薄っぺらな考え方だと感じます。

11月 1, 2007 at 12:38 午前 教育問題各種 | | コメント (5) | トラックバック (0)

2007.10.28

出会い系サイトの規制なんて有効ではない

サンケイ新聞より「出会い系サイト規制強化へ

政府が11月9日のIT戦略本部(本部長・福田康夫首相)で決定する「有害サイト集中対策」案の全容が27日、判明した。出会い系サイトを通じた児童買春が後を絶たない実態を重視し、「出会い系サイト規制法」(平成15年施行)の改正で未成年者利用の防止を徹底する方針を明記。学習指導要領を改定し、有害サイトへの適切な判断力を育成する「情報モラル教育」を推進することも盛り込んだ。

集中対策案は、闇サイトを通じて知り合った男3人による女性拉致・殺害や、自殺サイトを舞台にした嘱託殺人などの事件続発を踏まえ、関係各省でつくる「IT安心会議」が策定した。首相が掲げる「国民の安全・安心を重視する政治への転換」を印象付けたい狙いもある。

ただ憲法が保障する表現の自由との兼ね合いから、出会い系を除く有害サイトの法規制は引き続き見送られ、実効性の確保が課題になりそうだ。

現行の出会い系サイト規制法も未成年者の利用を禁じ、事業者に年齢確認を義務付けている。しかし、対策案は少女を中心に「犯罪被害者が毎年1000人以上いる」と指摘し、本年度中に法改正の結論を得るとした。運転免許証、健康保険証のコピーの送付や画像の送信など年齢確認方法の厳格化を求める方向だ。

出会い系サイト被害者の96%以上が携帯電話からのアクセスだとして、携帯電話でのサイト閲覧を制限するフィルタリングの普及促進も柱に据えている。このほか関係機関による「ネット安全・安心全国協議会」設置や、警察によるサイト監視「サイバーパトロール」の民間委託、特定電子メール送信適正化法改正による迷惑メール規制強化を列挙。

闇サイト対策は「サイバーパトロールや、(一般からの通報を受け付ける)インターネット・ホットラインセンターの体制強化を図る」との内容にとどまった。

出会い系サイト対策案のポイント

有害サイト集中対策案のポイントは次の通り。

  • 出会い系サイト規制法を改正し未成年者利用の防止を徹底。
  • 有害サイトへの適切な判断力を育成するため、学習指導要領を改定し情報モラル教育を推進。
  • 出会い系以外の有害サイトの法規制は見送り。
  • 有害サイト閲覧を制限するフィルタリングの普及促進。
  • 関係機関による「ネット安全・安心全国協議会」設置。警察のサイバーパトロールを民間委託。

出会い系サイト規制法

インターネットの出会い系サイトを利用して18歳未満の未成年者に性交渉を持ち掛けることや、未成年者がサイト掲示板に相手を募る書き込みをすることを禁止する法律。

年齢、性別を問わず一律100万円以下の罰金。

事業者には未成年者の利用禁止の明示や、未成年者でないことの確認を求めている。

携帯電話の普及で出会い系サイトをきっかけにした児童買春などが急増したのを受け、被害防止を目的に平成15年9月に施行された。

「小中学生の携帯電話」に書いたことそのものなのですが、情報発信側の規制をしてもダメですよ。

ネットでの情報は、一元化されていてありとあらゆる情報が同じところ(同じ次元)にあるわけです、だから情報の選別は受信者側が行わなくてはならない。

技術的にはフィルタリングなどであって、「フィルタリングの普及促進も柱に据えている」などと言っているところで、すでに間違っていると言うべきでしょう。

子どもに無制限のアクセス権を与えてしまっているのが、実は携帯電話の使用なのですが、現実は携帯電話は安全面などから無くてはならない物になっていますから「携帯電話を持たせなければよい」では観念的な暴論に過ぎません。

なんでこういう問題について具体的な、いわば現場からの積み上げの話にならないのでしょうか?

フィルタリングの有効な携帯電話(子供用携帯電話)しか持たせないようにすればよい。
それは学校が強制してしまえばよいことです。

10月 28, 2007 at 09:45 午前 ネットワーク一般論, 教育問題各種 | | コメント (9) | トラックバック (0)

学習指導要領の反省というが

読売新聞より「授業減らしすぎた中教審が異例の反省

次の学習指導要領を審議している中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)が、近く公表する中間報告「審議のまとめ」の中で、現行の指導要領による「ゆとり教育」が行き詰まった原因を分析し、「授業時間を減らしすぎた」などと反省点を列挙することがわかった。

中教審はすでに、小中学校での授業時間増など「脱ゆとり」の方針を決めているが、反省の姿勢を明確に打ち出すのは初めて。中教審が自己批判するのは極めて異例だが、反省点を具体的に示さなければ、方針転換の理由が学校現場に伝わらないと判断した。

中教審は1996年、それまでの詰め込み教育への反省から、思考力や表現力といった学力と、他人を思いやる心などを「生きる力」として提唱。
現行の学習指導要領は、この「生きる力」の育成を教育目標に掲げ、小中とも授業内容を3割削ったり、総授業時間数を1割近く減らしたりしたほか、教科を横断した学習で思考力などを身につける「総合学習の時間」の創設を盛り込んだ。
しかし、指導要領が実施されると、授業時間の減少により、「基礎学力が低下した」「子供の学習意欲の個人差が広がった」といった批判が相次いだ。

中教審が今回、反省点として挙げるのは、

  1. 「生きる力」とは何か、なぜ必要なのかを、国が教師や保護者に伝えられなかった
  2. 「生きる力」の象徴として、「自ら学び自ら考える力の育成」を掲げたが、子供の自主性を尊重するあまり、指導をちゅうちょする教師が増えた
  3. 総合学習の時間を創設したが、その意義を伝えきれなかった
  4. 授業時間を減らしすぎたため、基礎的な知識の習得が不十分になり、思考力や表現力も育成できなかった
  5. 家庭や地域の教育力の低下を踏まえていなかった

の5点。

ゆとりが強調されたことで、

  1. 教師が基本的な知識を教えることまで「詰め込み教育」ととらえ、
    避けるようになったと振り返るとともに、
  2. 主要教科の授業時間が減って、
    観察やリポート作成の時間がなくなったと分析。
  3. さらに、家庭や地域の教育力が低下し、
    生活習慣や規範意識を身につけさせる上で学校の役割が増していたのに、
  4. その認識もなかったと反省している。

中教審は、こうした反省を踏まえ、次の学習指導要領では、「生きる力」をはぐくむという理念は残しつつ、十分な授業時間の確保や道徳教育の充実を図る必要があると結論づけた。
近く公表する「審議のまとめ」を基にさらに議論を進め、来年1月ごろに答申をまとめ、文科省が今年度内に学習指導要領を改定する。

同省はこれまで、「運用面で問題があったが、ゆとり教育の理念は間違えていない」などとし、明確な反省を示してこなかった。

ゆとり教育は批判されるべきものだ、と決めてかかっていたからどうなるのかな?と思っていたらやっぱりこんなものか、という印象です。

現在総合学習を手伝っている側から見ると、総合学習は恐ろしいほどコストが掛かります。

というよりも、普通の教科が教育用に研ぎ澄まされていて、本を買ってきて自習するような方法とは比較にならないほどの低コストで集中的に教育できる仕組みになっている、というべきでしょう。

文科省の「学習指導要領」のサイトから高校の授業内容を見て見ますと、世界史AとBのどちらかと、日本史と地理あわせて4種類の内の1つが必修になっています。

世界史・日本史・地理のABはそれぞれ2単位と4単位に分かれているので、この3科目で6単位にすればよいという意味なのでしょう。

何気なく「単位」と書きましたが、1単位は50分授業を一年間で35回行うことです。
時間にすると、一単位は29時間。

世界史を4単位は、116時間です。8時間労働で計算すると15日、週5日制では3週間。一月に達しません。
これで世界史の時間の多い側の授業を終わらせることが出来る。世界史を余裕を持って一月以内に教えることが出来る。

歴史の教育では、江戸時代で終わってしまうなどと昔から言われますが、これほど密度が高くできるのは、教科書を含めた教育技術が極めて高度化していると思うわけです。

こうしてみると、企業などで行っているOJTは教育技術としては学校教育の足許にも及ばないわけで、総合学習で半年間などと時間を制限されると全然目標に到達しないし、ましてその科目の周辺にまで話を広げる余裕がない事が分かります。

この事から分かるのは、

総合学習を
ちゃんと実施するのなら、
もっと莫大な手間(予算)
を掛けるしか無かった。

となりますが、実態は「総合学習は学校が個々に工夫しろ」で予算も取らずに放り出したのが文科省でしょう。

その一方で、「家庭や地域の教育力が低下し」というのも、家庭はそうそう変わるものではないと思います。
確かに、一部には子どもの面倒を見るヒマがない家庭はあるだろうし、それも増えているとは思うけど、それ以上に「地域で子どもが教育される機会が減っている」方が深刻でしょう。

冷静に考えてみると、地域で日常的に子どもが大人と話す機会がほとんど無いです。
例えば電車のキップを買う場合も駅員と話すことがない。そもそもお使いに行ける店がない。

子どもに社会性を身に付けさせる必要はあっても、大人が社会性があまりなくても楽々とやっていける社会を作っているのですから、訓練の場そのものがない。

そこで、「生活習慣や規範意識を身につけさせる上で学校の役割が増していた」のです。
以前は社会教育と分類されて学校ではやらなかったことを学校でやらなくてはならなくなった。

本来的には、この部分が「総合学習」なのではないか?と思うのですが、文科省はそれも「生きる力」としてどうにでも解釈できる形で放り出してしまった。

結局のところ、簡単に説明できる教育の目標といったものを明らかにしないで「要領」だけを作っていた文科省の方針の通りに「試験だけ出来ればなんでもよい」生徒を作ってきたわけです。

今必要なのは、国家百年の計といった観点での理念とか哲学を明確にすることではないかと思います。

10月 28, 2007 at 09:18 午前 教育問題各種 | | コメント (3) | トラックバック (1)

2007.10.26

小中学生の携帯電話

神奈川新聞より「携帯利用は公立校小6で4割近く、中3は7割超/神奈川県内

県内の公立小学校の六年生の約四割近くが携帯で通話やメールを楽しみ、中学三年生ではその割合は七割を超える-。
文部科学省の全国学力テストに伴って行われた児童生徒へのアンケート調査で、携帯電話を日常的に利用している姿が浮かび上がった。
専門家は「携帯電話を有害と決めつけてやり過ごせる時代を終わった」と指摘。
「携帯」というメディアと子供たちが向き合うための情報教育の必要性を指摘している。

文科省が二十四日に発表した生活習慣に関する調査によると、

携帯電話を使って通話やメールをしている県内の公立小六年生と中学三年生の割合は、
小学六年生が
「ほぼ毎日」の16・2%と 「時々」の19・5%を合わせると35・7%に達した。
中学三年生では
「ほぼ毎日」が45・9%に急上昇。 「時々」の 27・3%を加えると73・2%となり、およそ四人に三人が携帯ユーザーとなる計算。
全国の公立小・中学校の平均と比べると、
小学六年生で13・4ポイント、 中学三年生で18・2ポイントそれぞれ高かった。

県教育委員会によると、県内の公立の小・中学校で児童生徒の携帯の使用認めるかどうかは各校の判断。ただ、現実には学校生活で携帯電話を使うことが許されるのは、修学旅行の安全確保の際などごく限られており、事実上、持ち込みは禁じられている。

今回の結果は、校内ではご法度の携帯電話が、児童生徒にとって身近なコミュニケーションの手段として広がりつつある実態をあらためて数字で示した格好だ。

こうした現状についてメディア論が専門の東京大学大学院準教授の水越伸さんは、「携帯電話がこれだけ子供たち浸透する中で、学校が携帯を有害なメディアとしてとらえるだけでよいのか。それを使いこなす力を子供たちに身に付けさせることがますます重要になる」と話している。

携帯電話については色々な側面があって、禁止するでは無理なのにいまだにこんな事を言っていると言うべきでしょう。

ネットワーカとしては子供用の携帯電話に限るを促進するべきだと思う。
通信機器なのだから、憲法上も犯罪的利用が出来て当然で、通信機器やその利用方法を事前に規制することは出来ない。
そういうものを子どもがそのまま使うのがおかしいのであって、子供用携帯電話に限るというのが正しい選択だと思う。

その上でどういう利用方法が適切かを議論するべきであって、情報発信側に規制を掛ければ解決するといった安直な考え方ではダメだ。

10月 26, 2007 at 09:59 午前 教育問題各種 | | コメント (8) | トラックバック (0)

2007.10.17

ネットいじめ対策

サンケイ新聞より「誰でも加害者にネットいじめで専門家に聞く

神戸市須磨区の私立高校3年の男子生徒=当時(18)=が「もう払えん」などと遺書めいたメモをポケットに入れ、校舎から飛び降り自殺した恐喝未遂事件は、逮捕された同級生3人が神戸家裁に送致され、審判開始の決定を待つ段階に入った。

この事件では携帯電話に送りつけられた恐喝メールや悪質なインターネット上の嫌がらせが、男子生徒を自殺に追い込んだとみられているが、学校側は把握できていなかった。匿名性が高く手口も巧妙化する「ネットいじめ」。

専門家は「新しい規制や行政の積極的な介入が必要」と警鐘を鳴らしている。

「ネットいじめ」の問題について、いじめ問題の支援などをしている「全国webカウンセリング協議会」(東京都)の安川雅史理事長(42)=心理学博士=に話を聞いた。

--ネットいじめが広がった背景は

今の子供たちは食事でも寝るときでも携帯電話を手放さず、「携帯漬け」と言ってもいいほどコミュニケーションを携帯電話に頼り切っている。
高校生では9割以上という普及率の高さに加えて、携帯電話1台で写真や動画を撮影してそのままネット上に掲載できたりする高機能性も、ネットいじめの広がりに拍車をかけている。

--ネットいじめと従来のいじめの違いは

従来は体力的に勝るなど優位な立場の生徒がいじめの「加害者」になることが多かったが、ネットという仮想空間の中では誰でも加害者になりうる。
仲がいいと思っていた友達や、学校では全く目立たない生徒が加害者になるケースもある。

さらに、これまでのいじめは登校拒否や長期休暇などで学校に行かなければ直接的な被害から逃れることはできたが、ネットいじめにあっている子供は24時間、365日いつでもいじめにさらされることになる。

相手が誰か分からないという匿名性も問題で、被害者は疑心暗鬼になってどんどん追いつめられる。いじめが表面化しにくく周囲が気付きにくいといった問題もある。

--ネットいじめの現状は

協議会に寄せられる年間約3000件のいじめの相談のうち、3分の1がネットいじめに関するもの。2年ほど前から相談が増え始めた。
目立って増えているのは「なりすましメール」と呼ばれるもので、特定のソフトを使って他人になりすまして嫌がらせのメールを送るという手口。

--ネットいじめに対してどのような対策がなされているのか

あまり利用されていないが、ほとんどの携帯電話に「サブアドレス拒否機能」がついていたり、契約時に有害サイト閲覧を禁止する「フィルタリング機能」の設定ができたりする。
また、ホームページ(HP)の運営事業者に代わって有害情報や誹謗(ひぼう)中傷が書き込まれていないかを監視する民間会社もでき始めている。

--今後の課題は

通信会社を含め民間企業がネットいじめ対策を先導しているのが現状で、新しい規制や行政の積極的な介入、新たな法制度が求められている。
韓国では今年7月から特定のサイトで「実名制」が導入されており、効果に注目が集まっている。

日本では警察や自治体にいじめに関する相談窓口を設けているところも多いがネットに関する知識はまだ十分ではない。

規制や行政の介入と言うが「どこに介入するのか?」という根本的な対策を示さないのでは意味がないのではないだろうか?

そもそも、ネットでのイジメ対策をするのはどの部分か?を定義しないとダメなのではないか?
ネットの大きな力とは、一個人の発言が社会を動かすことがあるほどの力を持った、つまりはマスコミ並みの力も発揮しうるツール、それがネットだ。

だから、イジメも半端じゃない。その気になれば会社や組織の命運すら左右できるし、下手すれば戦争を引き起こすぐらいのこともあり得るだろう。

こういう「イジメをする側」を抑えようとするのは無理だし、基本的にやってはならないだろう。
コントロールするべきは「いじめられる側を限定して」であろう。

この記事が問題にしている点が、児童生徒つまり小学校から高校まで範囲限定で考えるとはっきりさせる必要がある。

では、児童生徒限定で「インターネット実名制は?」と考えたら答えは「そりゃムチクチャだ」となるのではないか?
情報発信がコントロールできないからイジメになっているわけで、情報発信がコントロールできない者を実名制で情報発信させたら、悪徳業者などのやり放題になるのは自明のことだろう。
全く別のことをくっつけてしまっている。

そもそも、ネットの持っている強大なパワーの影響力を理解するためには、自分の力の限界を知ってからだろう。
子どもたちが学校や親に保護されて、自分の力の限界を知らない段階でネットのパワーを使えば暴走しない方がおかしい。

現在では、小学校ですら情報教室ががあってPCが並んでいるし、高校ではインターネットを利用して調べ物をすることが推奨されている。
しかし、学校のPCはほとんどの場合、教育委員会のフィルタリングなどを経由してインターネットにアクセスしているから、その時点で子どもたちに「無制限のアクセス権」を与えているわけではない。

だからこそ、イジメをする場合には携帯電話でやるわけだ。
ほとんど機能制限していないから。

韓国では、PC喫茶のようなとろが隆盛しているから、ネットトラブルの舞台も店になっている。
こんな事を考えてみると、

携帯電話のネットアクセス機能を制限する

のが有効だろうと考えます。

基本的には「子供用の携帯電話」を使えばよいわけで、学校が「子供用境内電話以外は認めない」とするだけで、事態は大幅に好転するだろうと考えます。
いずれにしろ、

  1. コントロールする対象を限定する(小学校から高校まで)
  2. 発信側を制限する
  3. 技術的な規制をする
が肝心であって、厳罰主義で何とかなるものではないでしょう

10月 17, 2007 at 12:51 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (2)

2007.10.14

白河高校PTAが労働争議で解散・番外編

2007年5月から7月にかけて、「白河高校PTAが労働争議で解散」シリーズを11回ほど書いて、実際に白河市まで伺ったりしました。

一月ほど前に「記事を使いたい」とのメールがありまして、事情を伺うと「会報誌に載せたい」といった内容だったのですが、先ほどその会報誌「ふくじろう・創刊号」が届きました。

「ふくじろう」創刊号 2007.10(年4回発行)
発行人福島県学校事務労働組合(福事労)
住所〒964-0032 福島県二本松市毘沙門堂山85-1
Tel/Fax0243-22-6798
eMailfukujiroo.1992.05@nifty.com

編集後記に購読について説明があります。

はじめまして!季刊誌「ふくじろう」創刊号は、県内の小・中学校の教職員向けに発行しています。
今後、季節ごとに発行していく「ふくじろう」を定期購読したいという方を募集しています。送付先を明記して福事労事務所までFAXかメールで申し込みください。個人宛に無料で郵送いたします。

こんな情報をネットで公開して殺到しちゃったらどうしよう(^_^;)ですが、お知らせします。

創刊号はA48ページで、2ページを「特集 PTA解散の衝撃 -白河高校PTA問題の真相とは!-」に割いています。
この内のほぼ1ページが酔うぞの遠めがねに掲載された文章で、「ネット上でも話題となっています」と案内されています。

内容的には、当時議論した内容そのものですが、ネットの情報と紙の情報の双方があることは当然ですから、一層議論が深まれば良いと思います。

10月 14, 2007 at 04:04 午後 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.10.03

中学生・砲丸投げの授業で頭蓋陥没骨折

産経関西より「砲丸直撃、中3重傷授業中、通報せず大阪・守口

2日午前11時半ごろ、大阪府守口市佐太中町の市立庭窪中学校の運動場で、砲丸投げの授業中、3年生(14)に、別の生徒が投げた砲丸が頭に当たり、左後頭部陥没の重傷を負った。
病院に搬送されたが、命に別条はないという。学校側は救急車を呼び、市教育委員会には連絡したが、警察には通報していなかった。
守口署は業務上過失傷害の疑いも視野に、学校関係者らから事情を聴く。

市教委や学校によると、事故当時は3限目の体育の授業中で、3年生2クラスの男子生徒36人が、3~4人のグループごとに約15メートル離れて投げ手と拾い手に分かれて練習。
事故当時、岳本君は拾い手で、隣のグループが投げ損じた砲丸を拾おうと身をかがめた際、自分のグループの男子生徒が投げた砲丸が左後頭部に直撃したという。

砲丸は直径約12センチ、重さ約2・7キロ。通常は女子中学生が使用するやや小さめのものだった。3年生で砲丸投げの授業はこの日が初めてだったという。

担当していた体育科の男性教諭(54)は約10年間、同校で砲丸投げの授業を行っており、授業前に安全確認をするよう生徒らに説明したが、投げ方やタイミングなどについて具体的な取り決めはしていなかったという。

同校では事故後、警察に通報しておらず、約5時間半後の午後5時ごろ、報道関係者からの問い合わせで警察が知り、警察側から同校に電話を入れたという。

庭窪中の校長は「安全であるべき学校で事故が起きたことにおわび申し上げる。安全の配慮が足りなかったことは認めざるをえない」。
市教委の指導部長は「校内で起きたことなので通報する必要はないと思った」と釈明した。
今後は砲丸投げの授業は取りやめる方針という。

全体としてずいぶんひどい話だと思う。

投げ手と拾い手に別れてについては、他の報道では「並んでキャッチボールの要領で」との説明があった。
また、実際の事件(ここでは事故とは呼ばない)でも、拾いに行った生徒に他の生徒が投げた砲丸が当たっているのだから、同時に複数の砲丸を投げ合っていたのは明らかだ。

危険なものを取り扱うときの大原則に、同時に複数を動かしてはいけない、というのがあってこれはごく普通の身を守るための常識だろう。
こんなところに反しているのが、学校側の常識=社会では非常識、と言えるのが教育委員会の発言だ。

教育委員会の指導部長にとっては生徒が頭蓋骨陥没に至るようなことは事件どころか事故ですらなく、日常的に起きる「事」なんですね。
随分とひどい発言だと思う。

砲丸の授業が云々ではなくて、根本的に安全管理の意識が無いのではないか?
人間が大勢集まっているときに一番注意するべきは安全管理で、しかも失敗したときにも安全に、というのが安全管理の常識だ。
「失敗したから怪我をした」という認識であれば、それ自体が間違っている。

10月 3, 2007 at 09:40 午前 事故と社会, 教育問題各種 | | コメント (13) | トラックバック (0)

2007.09.12

中央教育審議会なのか?

読売新聞より「小学校で全都道府県名と位置くらいは暗記を…中教審方針

今年度内にも改定する予定の学習指導要領について、中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)の専門部会は、小学校社会で、47都道府県と世界の主な国々の名称と位置を覚えさせる方針を固めた。

現行の指導要領で学習内容が3割削減されたことに伴い、弥生時代から教えることになっている日本の歴史も、縄文時代から教えることにする。

詰め込み教育への批判から、授業時間が大幅に減る一方、自分で資料を探して発表するといった「調べ学習」の時間が増えたため、「学校が基本的な知識を教えない状況」(文部科学省)になり、学力低下の一因と指摘されていた。今回の方針は、脱ゆとり教育への転換を示す一例と言える。

現行の小学校社会の学習指導要領には、地理分野について何を教えるか具体的に示されていない。改定案では、小学校で全都道府県と世界の主な国、海洋、大陸の名前と位置などを教えることを明記。歴史でも、「農耕の始まり以前の内容についても取り上げる」として、弥生時代より前から学ばせることにした。

また中学校でも、現行の地理分野では、学ぶ国を2か国か3か国に限定し、教科書にも米国やフランス、オーストラリアなど限られた国の産業や文化などの説明しかないため、「世界各地を網羅的に学ぶことが必要」と盛り込む方針だ。

「中央教育審議会  専門部会」をキーワードにしてニュースを検索するとこんなタイトルが出てくる。

これではどう見ても、それぞれの学会の勢力争いに過ぎないではないか。
しかもそれを垂れ流していて、全部を実行することは時間的に不可能なのだからこそ、調整機関として中央教育審議会の仕事があるはずなのに、無調整で情報を出している。

これでは教育の構造の破滅というのではないのか?

9月 12, 2007 at 09:50 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2007.09.11

足立区の教育委員会は??その3

「足立区の教育委員会は??その3」の続編です。

朝日新聞より「足立区教委、試験前に学力テスト配布 校長会で問題用紙

東京都が05年1月、都内の公立小中学校を対象に学力テストを実施した際、足立区教育委員会が事前に区立小中学校の校長を集め、問題用紙の一部を配っていたことが分かった。
この際、担当者は「よく学習してください」などと話したという。校長側が反発したため、結果として事前の「学習」には使われなかったとみられる。

足立区では、都が実施した06年1月と07年1月、区が実施した06年4月の計3回の学力テストで、区立小1校で教員が児童に間違いを指さして知らせるなどの不正が今年7月に発覚し、区教委は「校長の指示に行き過ぎがあった」としていた。
しかし、問題の事前配布が明らかになったことで、それ以前に区教委自身が、成績アップをねらい不正を行おうとしていた可能性が出てきた。

関係者によると、問題が事前配布されたのは、都が学力テストを実施した1月18日の約1週間前。足立区教育研究所(現・区教育相談センター)であった校長会のために集まった区立小中学校の校長たちに、区教委側がテスト問題の一部を封筒に入れて配った。区教委の担当者は「よく学習してください」「先生たちに見せてください」「扱いは任せます」などと言ったという。

しかし、校長たちは「おかしい」と反発。区教委側は態度を変えて「校長がしっかり管理してほしい」と言い、「鍵のかかるところで管理するように」などの指示があったという。
実際にテストに使う問題は、その後に人数分が送られてきた。校長会で配られた問題は試験後に返却されたという。

足立区の斉藤幸枝教育長は「すぐに回収したので実害はなかったと聞いている」と、証言と一部食い違うものの事前配布については大筋で認め、その理由として「問題用紙と解答用紙が別になっている書式に子どもたちが慣れていないので、慣れさせるために教員向けに一部分を配ったのではないか」と話した。

足立区は04年2月の都の学力テストで23区中最下位になり、学力向上が課題になっていた。問題を事前配布した05年1月分でもやはり最下位。都や区が実施するテストで学校ごとの正答率などをホームページで公表したり、07年度からは成績の伸び率を各校の予算配分に反映する仕組みを作ったりして学力を競わせている。

わたしが足立区の教育委員会の動きに興味を持ったのは「足立区の教育委員会は??」に紹介した、

区立小中学校に配分する07年度予算で、都と区の教委がそれぞれ実施している学力テストの成績に応じて各校の予算枠に差をつける方針を固めた。

という2006年11月の新聞報道だった。
しかし、さすがにこれは数日で撤回されたのだが、2007年の予算策定の時期に出てきた話であるから、行政主導の話であるのは当然でその観点から行政機関としての教育委員会の判断がおかしいのではないか?と考えていた。

ところがその後、一斉試験で先生が成績を上げるために細工をしたという記事が出てきた。

「足立区の教育委員会は??その2」より

東京都足立区の区立小学校で、区独自の学力テストの採点から障害のある児童3人を外したことが明らかになった。 なぜ問題は起きたのか。区教委は7日の会見で「今後の調査を待ちたい」と明言を避けたが、教育関係者からは、学校ぐるみで成績を上げる「不正行為」をしていたのでは、との疑惑も出ている。 「決して平均点を上げるためだったとは思っていない」。3人の答案を集計から外したことについて、区教委はこう説明した。

この段階では、各校が競ってそのために成績のつり上げをした、といった雰囲気の記事になっているのだが、学校が個々にそこまでやるものか?という疑問がどうしても出てきます。
わたし自身も「教育委員会の意を受けて学校が暴走した」と解釈はしていますが、それにしても何にもない段階でそこまで具体的に走り出すのものか?とは思うわけです。

それが、今回こういう形で明らかになってきた。
結局は、教育委員会は学校に対してかなり強硬に成績向上策を押しつけていたわけです。
どうも、予算配分を成績比例にするとか、試験の時に成績が良ければそれでよいとか、教育委員会の判断として根本的なところに重大な欠陥があると思います。

9月 11, 2007 at 09:19 午前 教育問題各種 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2007.09.01

全小学生に農業・業業体験を!

毎日新聞より「農山漁村交流プロジェクト:全児童が長期宿泊、農漁業体験

農林水産、文部科学、総務の3省は31日、すべての小学生が農山漁村で長期宿泊体験をすることを目指す「子ども農山漁村交流プロジェクト」を始めると発表した。
まず08年度に、各都道府県約10校ずつの全国470のモデル校と、受け入れる全国40カ所のモデル地域を設ける方針で、5年後には2万3000の公立小学校すべてで実施し年間120万人が参加できるようにすることを目標にする。

宿泊体験は1週間程度。高学年の児童が民宿や農家に泊まり、体験に行く時期に応じて田植えや稲刈りなど実際の農作業を体験する。農山漁村の学校も、農村から山村、漁村へ行くなど、環境の違う農山漁村に行って体験を実施する方針だ。体験に参加するかどうかは各学校が判断することになるが、目標の120万人は全国の1学年の人数に当たる。
このため、施設整備などがすべて実現すれば、全児童が小学校在学中に1度は体験に参加できる規模になる。

3省はまず08年度予算の概算要求に、宿泊費など参加費の支援(約22億円)や、廃校の改修など受け入れ施設の整備費を連携して盛り込んだ。文科省は「モデル事業では保護者や市町村の負担ができるだけ小さくなるようにしたい」と説明している。
受け入れ地域は、農水省が5年間で500カ所に増やす予定だ。

プロジェクトの狙いについて、文科省は「自然の中での体験で児童の学ぶ意欲や思いやりの心がはぐくまれる」と説明。
農水省は「都市との交流が農山漁村の活性化につながる」と期待している。【位川一郎】

平成18年(2006年)10月の人口推計表によると6歳から11歳まで(小学生)の人口総数は715万人です。だから120万人という数字になったのでしょう。

平成17年(2005年)の農業就労人口は335万人、平成15年(2003年)の漁業人口は42万人のようです。
合計して、377万人そこで毎年120万人を受け入れることが出来るものか?

仮に、40人1学級として考えると、120万人では3万学級です。
各学級に2人ずつ地域から人を出すとして、6万人。

1.6%ぐらいの人手を出すことになります。
統計上のデータであって、通常の仕事や病気などで参加することがどうしても出来ない人がいることを考えると、このような負担はむりではないだろうか?

その一方で、就労者の総数は6400万人台だから、人口比で見た場合農業漁業人口は就労者全体の6%未満だ。

現代の日本人の就労構造はサラリーマンがほとんである。
高校で仕事について話してくれる講師を募集しているとNPOに相談が来るのだが、先生が仕事=職種と捉えているから、理容師、警察官、看護師といった具合に「手に職を付ける」話しばかりになってしまっている。
現実に一番多い「普通のサラリーマン生活とはどのようなのものか」を話す機会はかなり少ない。
完全に現実と遊離したキャリアー教育になってしまっている。

その上にこれだ、一体何を考えているのか?

9月 1, 2007 at 12:46 午後 教育問題各種 | | コメント (17) | トラックバック (0)

2007.08.31

学習指導要領改訂に

日経新聞より「小学校、40年ぶり授業増へ・指導要領改訂素案

小学校の授業時間が約40年ぶりに増える見通しとなった。
学習指導要領の改訂作業を進める中央教育審議会の専門部会は30日、小学校で国語や算数など五教科の授業時間数を約1割増やし、5、6年生では英語の授業を導入する素案を大筋で了承した。基礎学力向上に重点を置き、授業時間数という「量」で学力低下を食い止める。

ゆとり教育の象徴とされる総合的な学習の時間は削減され、ゆとり路線は名実ともに見直される。ただ、教育関係者の間では「ゆとり教育の功罪は総括されていない」との声は根強い。

現在の小学校の学習指導要領は以下のようになっています。
文科省は学校が開いている期間を年に35週、週5日、一日6時限で計算しているので、最大で1050時限になりますが、この中から各種行事などの時間が割かれるので最大で945時限となっています。

分かりやすく言えば、それぞれの科目を35で割ると週に何回の授業あるかを示しています。
例えば総合学習が105となっているのは週に3時限を行う事になります。

区分国語社会算数理科生活音楽図画
工作
家庭体育道徳特別
活動
総合
学習
合計
1年2721141026868903434782
2年2801551057070903535840
3年23570150706060903535105910
4年23585150906060903535105945
5年1809015095505060903535110945
6年17510015095505055903535110945

サンケイ新聞はもっと踏み込んだ記事になっています。
サンケイ新聞より「総合学習は「遊び」の批判も 「ゆとり教育」転換

「ゆとり教育」の象徴と鳴り物入りで導入された総合学習の時間だが、授業内容は教師の指導力に左右され、学校によっては事実上「遊びの時間」になっているとの指摘や「何をやっているか分からない」との批判も強かった。

「基礎基本の学力が定着しない段階で総合学習を取り入れたのは、そもそも無理だったのでは」

プロ教師の会を主宰する日本教育大学院大学の河上亮一教授はこう指摘する。河上教授によれば、調べ学習を中心とする総合学習は児童の学力が高い一部の学校では有効だが、基礎基本が不十分な学校では「遊びの時間」になるなど、逆効果のケースもみられた。

運動会や学芸会の準備時間が削られるなど、学校行事を軽視する傾向も目立っていたという。

学力低下問題に詳しい国際医療福祉大の和田秀樹教授も「学力低下に対応する画期的な内容だが、総合学習は全廃すべきだ。勉強意欲を増すといわれてきたが、実際には勉強ができる子にしか効果が表れていない」と話す。

教員の中からも総合学習への批判がある。

埼玉県の公立小学校教諭は、授業準備の負担が大きいため、行事の準備時間に利用したり、勉強の苦手な子供向けの“補習”に利用したりしている学校もあるという。

「総合学習は、教員側に問題があるともいわれるが、時間も費用もないなかで独自の授業などできない」と嘆く。

神奈川県の公立中学の野牧雅子教諭も「どうせなら全廃すべきだ」と主張する。

総合学習の時間に一部の教員が過激な性教育を行ったり、イデオロギー的な平和教育を行う弊害もみられたという。

「総合学習の導入により教員の負担は倍増した。準備に追われて、最も大切な教科学習がおろそかになっている。1時間減らしただけでは、充実した教科学習はできない」と訴えている。(川瀬弘至)

社会人講師として総合学習に参加して現場を見た経験からすると、総合学習の一番の問題は「あまりに教員の負担が大きすぎる」です。
総合学習だからという理由で教科書も教材も無い。教員が用意するとなっていますが、これはとてつもない手間で、とても出来るものじゃない。
しかも、予算がない。これで「総合学習をしろ」というのがムチャクチャで、結果として社会人講師で参加するときにも、ボランティアでは追いつかず別の事業で得た資金を注ぎ込むといったことなります。
これでは、続くわけがない。

一方、サンケイ新聞が紹介している「反ゆとり教育」を標榜する方の意見もおかしい。
「学力の高い子に有効で・・・・」というのはゆとり教育を導入したときに「生徒の個性に応じて」であって、言葉を変えれば「全員同一ではない」としたのだから結果として当然で、これは総合学習の問題じゃないでしょう。
論点のすり替えであると断じます。

わたし個人としては、総合学習が小学校3年生からかなりの時間を割いているのは、やり過ぎだと思います。
小学校では6年生だけでよいのではないでしょうか?

ただし、従来の教科授業を強化すると広い意味ので学力が向上するか?となると疑問です。
元々、教育は学校教育・家庭教育・社会教育があると言われています。
何十年か前から比べると、少子高齢社会でありハイテク社会であり、団地化社会になったので一番変化したのは社会教育の機会の劇的な減少でしょう。

学校教育は週5日制度の導入ぐらいの変化しかないですし、家庭のあり方もそうそう極端に変化できるものではないでしょう。
その点、社会の変化はすごくて工場街で育ったわたしは町工場を覗いて、溶接とかガラス工場などを見ていました。
それが今では、工場街には人が住んでいないから当然子どもも居ない。子どもたちが居るのは住宅街であり、団地です。仕事や社会といったものが見えない生活をしているのです。
聞いた話ですが、小学校の高学年になってようやく現金を見たという子供もいるそうです。

だから、従来の教科をやればよいというとは別に、学校で社会教育をせざる得ないでしょう。
商店街や工場街に住むのが有利になるように税制を変えるとか、工場では外部から見えるガラス張りの工場を優遇するといった、総合的で施策が必要です。

8月 31, 2007 at 10:47 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (2)

2007.08.30

竹花氏が東京都教育委員に

毎日新聞より「都教育委員:元都副知事の竹花豊氏を任命へ

東京都は元警察庁生活安全局長で元都副知事の竹花豊氏を教育委員に任命する方針を固めた。9月末で教育委員が任期満了となる鳥海巌・元丸紅社長の後任で、9月の定例都議会に石原慎太郎知事が提案する。
竹花氏は03年6月~05年8月まで治安対策担当の副知事を務め、青少年の非行防止にかかわる条例改正などに取り組んだ。

う~む・・・・・・。
この人、悪名高き「東京都健全育成条例」のインターネット規制を主導的に持ちこんだ張本人でしょう。

第三章の三 インターネット利用環境の整備

(平一七条例二五・追加)
(インターネット利用に係る事業者の責務)

第十八条の七

電気通信設備によるインターネット接続サービスの提供を行うことを業とする者(以下「インターネット事業者」という。)は、青少年の健全な育成を阻害するおそれがある情報を取り除くためのフィルタリング(インターネットを利用して得られる情報について一定の条件により受信するかどうかを選択することができる仕組みをいう。)の機能を有するソフトウェア(以下「青少年に有益なソフトウェア」という。)を利用したサービスを開発するとともに、利用者に提供するように努めなければならない。

2 インターネット事業者は、利用者と契約を行う際には、青少年の利用の有無を確認し、利用者に青少年が含まれる場合には、青少年に有益なソフトウェアを利用したサービスを提供している旨を告知し、その利用を勧奨するものとし、及びこれを利用することが可能であることを標準的な契約内容とするように努めなければならない。

3 インターネット事業者のために利用者と契約の締結の媒介、取次ぎ又は代理(以下「媒介等」という。)を業として行う者は、利用者と契約の締結の媒介等を行う際には、青少年の利用の有無を確認し、利用者に青少年が含まれる場合には、青少年に有益なソフトウェアを利用したサービスが存在する旨を告知し、その利用を勧奨するように努めなければならない。

4 第十六条第一項第四号に掲げる施設を経営する者は、青少年が当該施設に備え付けられた機器によりインターネットを利用する場合には、青少年がインターネットを適正に利用できるように、青少年に有益なソフトウェアを利用した機器の提供に努めなければならない。

(平一七条例二五・追加、平一九条例九・一部改正)
(インターネット利用に係る保護者等の責務)

第十八条の八

 保護者は、青少年に有益なソフトウェアの利用により、青少年がインターネットを適正に利用できるように努めなければならない。

2 保護者及び青少年の育成にかかわる者は、家庭、地域その他の場において、インターネットの利用に関する健全な判断能力の育成を図るため、その利用に伴う危険性、過度の利用による弊害等についての青少年に対する教育に努めなければならない。

(平一七条例二五・追加)
(インターネット利用に係る都の責務)

第十八条の九

 都は、インターネットの利用に関する青少年の健全な判断能力の育成を図るため、普及啓発、教育等の施策の推進に努めるものとする。

(平一七条例二五・追加)

東京都が抱える教育問題は単純に人口が多いことだけでも大変で、当然非常に多岐に渡っているし、市区の教育委員会との関係など難しい問題も多いのだが、どうもシロクロを単純化するのが得意な方と思うので、ちょっと不向きなのではないかな?

8月 30, 2007 at 12:51 午後 教育問題各種 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2007.08.24

ニセ科学問題のあっちこっち

信濃毎日新聞より「科学者から批判の「ニセ科学」 先生が紹介する事例

わたしの知人で山形大学の apj さんが長らく「水商売ウォッチング」を続けています。
通称「水伝問題」が起きて、物理学会ので「ニセ科学」についての発表があり、水伝批判本である「水はなんにも知らないよ」も出版されています。

こんなことで、ニセ科学批判そのものはさして問題もなく進んでいるのかな、と特に考えることも無かったのですが、数日前に以前から存じ上げている「技術系サラリーマンの交差点」さんが「分析化学会は「ニセ科学」と向き合うか」から始まる記事で「単純にニセ科学とラベルを貼って批判するのは疑問があるといった趣旨のことを書かれました。

「水はなんにも知らないよ」の著者の左巻先生「水商売ウォッチング」の apj さん=天羽先生、大阪大学の菊池先生、といった面々が、それぞれにニセ科学をどう捉えるかといった議論をしています。

これらは新鮮で面白い議論ではありますが、信濃毎日新聞の記事はそう言う意味ではちょっと古典的な例といえるかもしれません。

科学者から「ニセ科学」との批判が相次いでいる「『ありがとう』という文字を見せた水の結晶は、美しい形になる」との内容を、先生が子どもたちに紹介する事例が教育現場で出ている。 長野市内の小学校でも校長が全校児童を前に講話する事例があった。
これに対し、専門家は「科学的にあり得ない内容。科学的知識の十分でない子どもたちに、事実であるかのように教えるべきではない」と指摘している。

長野市内の小学校では今年2月、当時の校長が全校児童を前に、「ありがとう」「ばかやろう」などの文字を水に「見せて」凍らせたとされる結晶の写真をスライドで紹介した。
「ありがとう」を見せた結晶は形が整い、「ばかやろう」の場合はバラバラだった-とし、「きれいな言葉を使っていると体も心もきれいになるが、汚い言葉を使っていると醜くなってしまう」と述べたという。

この問題を「ニセ科学」と批判する著書がある左巻健男・同志社女子大教授(理科教育)によると、こうした事例は、同様の話を扱った書籍の出版や一部教育団体の紹介をきっかけに、全国各地の小学校の道徳の授業などで散見されているという。講話で紹介した校長も書店から購入した写真集を参考にしていた。

菊池誠・大阪大サイバーメディアセンター教授(物理学)は「言葉の意味や内容が水に影響を与えるというのはあり得ない話」と断言。「(整った)雪のような結晶の形になるかどうかを決める要素は、温度と水蒸気の量だと明らかになっている」と話す。

校長は「内容は半信半疑ではあったが、言葉遣いが荒れていることを子どもたちに気づかせ、きれいな言葉を使おうという趣旨だった」と説明。科学者による批判は「知らなかった」とし、「知っていれば講話では扱わなかった。不適切だった」としている。

この校長は、講話の内容を各家庭に配布した「校長室だより」でも紹介。校長や学校によると、講話後に教諭の1人が校長に「(話は)本当かね」と尋ねた以外、内容に対する疑問や批判の声は寄せられていないという。

こうした事態に、菊池教授は「そもそも道徳は物質から教わるものではなく、別の教え方があるはずだ」と強調。左巻教授も「以前であれば授業に取り上げることなど考えられなかった。教員は、科学的な物の見方の背景にある批判的な見方を、もっと鍛える必要がある」と話している。

わたしがこの校長の説明で問題と感じるのは

  • 内容は半信半疑ではあった
  • 知っていれば講話では扱わなかった

この部分で、まとめると「自分じゃ何も考えてませ~ン」宣言ではないか、それを学校内で問題にしなかった、だからこそ左巻先生の

教員は、科学的な物の見方の背景にある批判的な見方を、もっと鍛える必要がある

と警告する意味も分かるというものだ。

安直な批判や批判ブームといったもので動くのではなくて、個別・具体的に考えて批判するなり、授業に使うなりするというのは当たり前のことだろう。
この当たり前のことが、機能しないことがあるという現実はしっかりと記憶しておく必要がある。

8月 24, 2007 at 10:38 午前 教育問題各種 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2007.08.20

センター試験の改善?

読売新聞より「センター試験、「過去問」出題を解禁へ

大学入試センター(本部・東京都目黒区)は、毎年1月に実施している大学入試センター試験について、過去に出された問題(過去問)を今後出題する方向で最終的な検討に入った。

これまで出題を控えてきた、教科書に掲載されている題材も出題対象にする。出題の範囲を広げることで、良質な問題を作成する狙いがある。

同センターは、文部科学省や国立大学協会などと協議した上で、今年度中にも過去問の活用を宣言する方針で、早ければ2010年1月のセンター試験から、過去問が登場する可能性が出てきた。

センター試験の問題は、大学教員など約400人が2年がかりで作成。
センター試験は、現在、国公私立の780大学・短大が入試に利用しているほか、各大学が入試問題を作成する際の参考にすることも想定されるため、学習指導要領に基づいた良質な問題を出すことが求められてきた。

一方で、過去問については、問題を解いたことがある人とない人で不公平が生じることを避けるため、1979年から始まった前身の共通一次試験を含め、一度も出題されたことはない。
また、教科書に載っている題材も出題しないことが慣習になっていた。

しかし、問題作成の過程で、センター試験や他大学の過去問、教科書との重複をチェックするのに多大な時間を割かれる状況が年々、深刻化してきた。特に、国語の古典では、「枕草子」などの著名作品について、教科書や予備校の模擬試験で使われている可能性が高いとして出題を避けており、「高校生が読める程度の難易度で、興味を持つような内容の題材を探すのは限界がある」との声が上がっていた。

このため、同センターは05年以降、大学や高校の関係者を集め、過去問の扱い方を検討。「良問ならば繰り返し出題されても構わない」「代表的な古典からの出題は大学側にとっても望ましい」など、肯定的意見が相次いだことから過去問を認める方向でほぼ一致した。

出題対象をどこまで広げるかについて、現段階では、「教科書に掲載されたり過去に出題されたりした題材の中から、引用場所が重ならない範囲で出題する」という案から、「引用場所が重複しても構わない」「設問や選択肢まで同じでもいい」という案まで幅広く検討されている。

ただ、受験生の間の公平性を確保する観点から、「選択肢の表現まであえて同じにすることは避けるべき」といった声もあり、今後、重複をどの範囲まで認めていくかなど、細部を詰める予定だ。

センター試験にどれほどの意味があるのか?というのはさておいて、過去問を出さないことが受験生に公平だとする考え方自体に問題があるのではないか?

センター試験のやり方自体がかなり特異で、そのために専門的なトレーニングをした生徒に有利なのは当然で、それは広い意味では「特定の大学の出題傾向に合わせて勉強する」ことと同列でしょう。
つまり最初から「完璧な公平性の維持」なんてのはありはしない。

じゃあ、センター試験の意義はどこにあるのか?を考えてみると、果たして順位を付けることなのか?とも思う。むしろ、キッパリと資格試験にしてしまった方が良いのではないか?

但し、そうなるとペーパーテストで資格審査できるのか?となるだろうし、ましてマークシート方式で出来るのか?ともなるだろう。

これでは「資格試験のようなもの」程度にしかならないように思う。「大学入学教養検査」といったものにでもした方が良いのではないか?

8月 20, 2007 at 10:44 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

中央教育審議会の基本方針その2

「中央教育審議会の基本方針」についての社説の一つですが、これではちょっと見方が甘いと感じます。

北國新聞社説より「言語力重視 速やかに取り組みたい

「言語力」とは、要するに「読む」「書く」「話す」の能力だ。
日本の子供のこの能力が低下したと、大騒ぎになったのが〇三年だった。
この年に、経済協力開発機構(OECD)が行った国際学習到達度調査で、文章表現力や思考力を測る「読解力」の日本の子供の順位が八位から十四位に下がったからだった。

これを受けて、文科省に中教審委員でもある梶田叡一・兵庫教育大学長を座長とする臨時の「言語力育成協力者会議」がつくられた。
この協力者会議が、国語を中心にすべての教科で論理的思考やコミュニケーションの基盤となる言語力の指導を強化するよう求めた「たたき台」をまとめ、近く報告書として「ゆとり教育」見直しの学習指導要領の改訂作業を進める中教審に提示する。

日本人は自分の意見を論理的に話す訓練を受けていないこともあり、国際会議などで堂々と発言しないとよくいわれる。
言語力育成の重視が指導要領の改訂に反映され、義務教育の段階から適切に指導されることに賛成だ。速やかに取り組みたい。

たたき台では、一分間スピーチ、児童生徒が自分で資料などを用意して発表し合う「ショー・アンド・テル」、質疑応答、ディベートなどの対話・議論形式の授業が例示されている。
中心となる国語でも、記録や説明文などを正確に理解し、その内容を分かりやすく相手に伝える能力も重視するよう呼び掛けている。

ただ、意見の発表などということには「出しゃばらない」ことを美徳する文化や、個々人の性格の問題も絡んでいるし、自分の考えを筋道立てて表現するにはそれだけの内容が備わっていなければなるまい。

国際連合の前身の国際連盟で事務次長を務め、英文で「武士道」を著した新渡戸稲造ら国際的に活躍した日本人や、あるいは郷土から出て国際的な活躍をした、たとえば金沢生まれの鈴木大拙、富山県立山町生まれの英文学者の佐伯彰一さんらの話術や、どうやって表現する力を身につけたのかをも調べてモデルに使うことも推奨したい。
鈴木大拙は話術も巧みで、金沢弁で分かりやすく面白く世界を論じた録音がある。佐伯彰一さんには立山の歴史と文化に育まれた味わいがある。

う~む、えらいところまで引き上げた意見だな、という感じが強くします。

今、問題になっているのは、国際会議で意見を述べることができるというレベルとはかけ離れていると思うのですよ。
確かに、国際会議で論理的でない構成の意見を述べるから通じないという説は以前からありますが、それとはほとんど関係ないでしょう。

むしろ問題は、

たたき台では、一分間スピーチ、児童生徒が自分で資料などを用意して発表し合う「ショー・アンド・テル」、質疑応答、ディベートなどの対話・議論形式の授業が例示されている。 中心となる国語でも、記録や説明文などを正確に理解し、その内容を分かりやすく相手に伝える能力も重視するよう呼び掛けている。

なんて気楽に言っている方にあるのではないか?と強く思う。

「一分間スピーチの実施」は社会人講師として実践した経験からすると、極めて大変です。
なぜなら、現行のクラス編成は40名。一分間のスピーチをさせたら授業時間を一時限まるまる使っても足りない。
つまりは実施するためには、複数の時間を使うわけで、これでは年間計画に影響してしまう。「じゃあ30秒にすれば良いじゃないか」とかいうことになりそうだが、実際問題として授業として教師側から何かを教えて、それに対する発言をさせるとなると常識的には教えた時間の上回る程の時間を掛けるわけにはいかない。普通に考えて40分(小学校)~50分(高校)の授業時間を考えると、全体で5~10分ぐらいが現実的だろう。
仮に10分だとすると、40名では10秒スピーチになるだろうし、授業としては飽きるよ。

「分かりやすく相手に伝えることを国語の授業で教える」というのもヘンだろう。

分かりやすく伝える、相手の話を理解するのは、伝わらない・理解できないことを実感してから、それを打破する技術の一つとして国語の応用がある、というべきではないのか?

伝える・理解するということで言えば、英語でも問題だろうし、映画とかパントマイム、落語といったものだって同列だろう。
それを「国語で」と言うところがおかしいし、それこそが今一番の問題だろう。

結局のところ、子どもたちが普通の良き社会人に成長するために必要なコミュニケーション能力を開発するのは「コミュニケーション開発学科」を考えることではなくて、子どもたちに学校教育も含めた生活環境全体にコミュニケーションの能力の必要性を重視する状況に追い込むしかない、と考えます。

つまり、学科縦割りのようなことを一番先に排するべきで、そこに持っていくためには、特別な例を取り上げるのは、現在の問題から目をそらすことになると思うのです。

8月 20, 2007 at 10:27 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.08.17

中央教育審議会の基本方針

読売新聞より「言語力育成、脱「ゆとり」も…中教審が指導要領改定へ

今年度中に改定が予定される小中高校の学習指導要領について、中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)は16日、基本方針を「ゆとり教育」から「確かな学力の向上」に転換した上で、自分の考えを文章や言葉で表現する「言語力」を全教科で育成していく方針を固めた。

国際学力調査で低下していることが明らかになった文章表現力や思考力を向上させる狙いがある。中教審は今後、各教科ごとに言語力の具体的な育成方策をまとめる方針だ。

学習指導要領は、小中高校の授業で行う内容や時間数などを定めた国の基準で、ほぼ10年に1回改定される。現行の指導要領は、学校5日制の完全実施など、学習内容を大幅に削減した「ゆとり教育」が柱で、小中学校は2002年度から、高校は03年度から施行されていた。

しかし、学力低下が指摘されているため、新たな指導要領では、「ゆとり教育」からの脱却を明確に示すことにした。

さらに、「言葉は学力向上のために欠かせない手段」と位置づけ、小学校の低学年から、国語だけでなくすべての教育活動を通じて言語力を育成する必要があると判断した。

例えば、小学校低学年では、体験学習で感じたことを作文にまとめたり、発表したりして、他の人と比べる学習を重視。
中学の理科では、予想や仮説を立てた上で実験や観察を行い、結果を論述させる。
体育の授業でも、筋道を立てて練習計画や作戦を考え、状況に応じて修正させる訓練を積むことを想定している。

経済協力開発機構(OECD)が2003年に行った国際学習到達度調査(PISA)では、文章表現力や思考力を測る「読解力」の順位が、日本は8位から14位に下落した。

中教審は、こうした力が欠けていることが、人間関係の構築が苦手な子供を増やし、いじめやニートなどの問題の遠因となっていると分析。
言語力の習得を通じ、子供のコミュニケーション能力を向上させることも目指したいとしている。

まぁ結構なことだと思うが、逆に今頃なんでこんなことに「改善の余地」があるのかが不思議だ。
今、高校生向けのキャリア教育のプランを考えているところですが、全6クラスで3時間を埋めなくてはいけない、という条件なのでNPO側からは人が出せない。(すでに他の計画が入っている)
そこで、教材を提供するか?となって、職業について書かれた本を生徒に読ませて、それを元に自分や他人、生き方について考えるといった授業を先生にやってもらう、と考えました。
そこで、出てきたのが「感想を書かせるではダメだ」なんですね。

感想書かせると「面白かった」とかが終わる生徒が過半数です。
どこが面白かったのかも書かない。まして、なぜ面白かったのかを発表できるのは10~15人に一人ぐらいです。

文章で算数の問題を出すと、途端に回答が大混乱になる、といった報告があります。
これに対して、計算式を直接解かせるような問題だと、昔と大差ない。
さらに、大学の試験などで「二つの説があって正解がない」といったことで「問題を出した方が悪い」と非難される論調がずーと続いていますが、実社会・実生活では「問題の意味を仮定して答えを出す」「一つの問題に複数の回答を用意する」のはごく普通のことで、問題と回答で一対一の関係が成立していなければならない、というのは採点側の都合でしょう。

採点にアナログ的解釈の余地無くデジタル的に判定するのが公平だ、という考えにあまりに強く支配されている、いや毒されているというべきではないかと思う。
第一、生徒が揃って同じ回答をしさえすれば良いものか?回答そのものは同じでもプロセスが違うだろうし、それは評価しない。
デジタル的になりすぎていると思う。

ところで、この「言語力育成計画」と「ゆとり教育からの脱却」はどちらかというと相反するものではないだろうか?
ゆとり教育の理念は悪くはないと思うが、なにしろ手間と莫大な費用が掛かるのは明らかで、特に先生に教材作りが出来る余裕が無くてはとてもできない。その意味では、先生の事務処理負担の軽減を同時に考えないと無理だろう。

これを書いていて思いついたのだが、中央教育審議会などが教育についての方針を作るときに予算や人員について事務局はきちんとした情報を提供しているのだろうか?さらには中央教育審議会が、将来の予算についても提言できるのだろうか?
もし「予算のことはさておいて」と技術論のようなことばかりをやっていたらそれはチグハグな事になるだろう。

修正 & 追記

apj さんが「事象の地平線」で同じ問題を取り上げていて、大学の先生からの意見として読むと、わたしが書き損ねた面があるので追加します。

社会人講師で小学校ではもの作り教室で何十人かの子どもたちにスクローラⅡを作らせていますが、プラモデルというか模型製作なので、子どもたちの得手不得手が表れてできあがりまでの時間が大幅に違います。

動画(wmv)を見ると分かりますが、ある程度の広さのあるところで遊ぶ方が楽しいから、出来上がった子供から体育館に移動して遊びます。

遅れる子供はどんどんと教室内の仲間が体育館に行ってしまうわけですが、この段階で「これを完成させないと行かない」と自己主張して絵を描いている子供がいたりします。

これが大事だと思うのです。自分の得手不得手、他人の得意なこと、考えていることを理解することは社会人にとっては必須だし非常に重要なことだけど、それを学習するのは間違えなくある種の競争の結果なんですよね。

よく考えると、学校の中では他人との違いが明確になるのは、成績と学科の得意不得意ぐらいしかない。意外と少ないと言うべきなのかもしれません。
それでも昔は夏休みにトンでもないものを作ってくる子供とかいましたが、段々とそれも薄れてきた。

小学生にあからさまに差が付くような授業の進行を毎回やっていたら、そりゃストレスで大変ですが、だからと言って全く差を見せないようにするというのもヘンで、自己主張をするためには「わたしは相手と違う」というところから始まらないとダメだと思う。

さらに高校生になると「理不尽な体験をさせる」として、明々白々ではない事については「やってみよお~」とか煽って、結果的に出来ないという方向でも進めています。
当然のように生徒は「やってみろと言われたからやったけど出来ない」と文句を言いますが「じゃどう考えたのよ?」とか聞くと「途中からヘンだと思った」とか言い出すわけです。 「じゃちゃんとやれるようにしろよ」と言うと「じゃ、出来れば良いんですね?」とか言い出すから「最初から言っているでしょう」でやっと話が通じるわけです。

体験学習というのはこういう奥深いところに手が届く授業の型式だとは思いますが、恐ろしく手間が掛かる、時間の効率が悪い。
その意味で、普通の教科書による教科のすごく研ぎ澄まされた仕組みには改めて感心しています。

何が悪いのか?というと色々あるけど、結局は学校教育の中で社会で使用する技術の優先度とはまるで無縁に近い受験技術を大きく取り上げすぎているのが一番問題では無いかとも思う。
なにしろ、考える前に自動的に回答を選ぶ練習が受験勉強なのだから、社会生活という観点からは危なっかしくて見てられないような事をやっている若者を作っているとしか言いようがない。

8月 17, 2007 at 10:40 午前 教育問題各種 | | コメント (1) | トラックバック (1)

2007.08.13

高等学校の数

ちょっと調べてみました。

大和市

学校名
生徒数
大和高校
677
大和南校高
668
大和東高校
761
大和西高校
749
市内県立高校合計
2,855
市内の15~17歳人口
5,711
市内県立高校充足率
49.99%

きっかけは、大和市のデータを調べ直していてなのですが、人口22万3千人の市に県立高校が4校あるのは多いように直感的に感じました。

人口統計から15歳から17歳の人口を拾ってみると、こんなことになりました。
そこで横浜市青葉区のデータを作ってみます。

横浜市青葉区
学校名
生徒数
市ヶ尾高校
1,033
田奈高校
612
元石川高校
898
区内県立高校合計
2,543
区内の15~17歳人口
8,624
区内県立高校充足率
29.49%

現在では神奈川県の県立高校は全県一学区制度になっているので「大和市が」とか「 青葉区が」というのは直接的な意味はないわけですか、それでも傾向は分かります。
県外はもちろん、青葉区外の県立高校や私立高校に通う生徒も多いでしょうから、青葉区で県立高校のシェアが低くても不思議はありません。

全国ではどうか?と調べると

全国の高等学校総数
5,318
生徒数
3,406,343
一校当たりの生徒数
641
全国の15~17歳人口
3,933,000
全国の高校充足率
86.61%

高等学校の総数としましたが、正確には「全日制・定時制の高等学校」ですから、通信制高校は含まれません。
それにしても、87%ですから「統計的には高校全入」ですね。

8月 13, 2007 at 03:00 午後 教育問題各種 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2007.08.11

不登校は原因ではない

2007/08/09 に文科省が「平成19年度学校基本調査速報」を発表しました。

これについて、毎日新聞、琉球新報、北海道新聞が社説を書いています。

「平成19年度学校基本調査速報」の「調査の要旨」

【調査結果の要旨】

1   小学校,中学校,高等学校,中等教育学校,特別支援学校,幼稚園
1   在学者数
参考図表1(PDF:23KB),参考図表2(PDF:23KB))
  在学者数は,中学校,中等教育学校,特別支援学校では増加し,小学校,高等学校,幼稚園で減少。小学校は過去最低。
  1   小学校の児童数は713万3千人(前年度より5万5千人減少)で,昭和57年から26年連続減少し過去最低
2   中学校の生徒数は361万5千人(前年度より1万3千人増加)で,昭和62年以降21年ぶりに増加
3   高等学校(全日制・定時制)の生徒数は340万6千人(前年度より8万8千人減少)。
4   中等教育学校の生徒数は1万5千人(前年度より3千人増加)。
5   特別支援学校の幼児・児童・生徒数は10万8千人(前年度の盲学校・聾学校・養護学校の合計数より4千人増加)。
6   幼稚園の園児数は170万5千人(前年度より2万1千人減少)。

2   長期欠席者数
参考図表3(PDF:19KB),参考図表4(PDF:22KB))
  平成18年度間の長期欠席者(30日以上の欠席者)のうち,「不登校」を理由とする児童生徒数は12万7千人(4千人増加)。
  1   平成18年度間の長期欠席者数は,小学校6万1千人(前年度間より2千人増加。対前年度比3.5パーセント増),中学校13万5千人(前年度間より7千人増加。対前年度比5.3パーセント増)の合計19万7千人(前年度間より9千人増加。対前年度比4.8パーセント増)。
2   「不登校」を理由とする児童生徒数は,小学校2万4千人(前年度間より1千人増加。対前年度比4.9パーセント増),中学校10万3千人(前年度間より3千人増加。対前年度比3.4パーセント増)の合計12万7千人(前年度間より4千人増加。対前年度比3.7パーセント増)。

3   卒業後の状況
参考図表5(PDF:22KB),参考図表6(PDF:29KB),参考図表7(PDF:33KB))
  高等学校等進学率(通信制課程を含む)は97.7パーセントで前年度と同率,大学等進学率(現役)は51.2パーセントで初めて5割を超え過去最高
〔中学校卒業者〕
  平成19年3月の中学校卒業者数は121万4千人(前年より2千人増加)。
  1   高等学校等(高等学校・中等教育学校後期課程・特別支援学校高等部の本科・別科及び高等専門学校)への進学率(通信制課程を含む)は97.7パーセント(前年と同率)。
2   就職率は0.7パーセントで前年と同率。

〔高等学校卒業者〕
  平成19年3月の高等学校卒業者数は114万7千人(前年より2万4千人減少)。
  1   大学等(大学学部,短期大学本科,大学・短期大学の通信教育部,大学・短期大学の別科,高等学校専攻科,特別支援学校高等部専攻科)への進学率は51.2パーセント(前年より1.9ポイント上昇)で過去最高
2   専修学校専門課程への進学率は16.8パーセント(前年より1.4ポイント低下)。
3   就職率は18.5パーセント(前年より0.5ポイント上昇)。
4  平成16年度から調査を開始した「一時的な仕事に就いた者」(臨時的な収入を目的とする仕事に就いた者(アルバイト,パート等))は1万6千人(前年より3千人減少)。卒業者に占める比率は1.4パーセント(前年より0.2ポイント低下)。
5  卒業者数のうち進学も就職もしていない者(家事の手伝い,外国の大学等ヘ入学した者,就職でも大学等へ進学や専修学校への入学等でもなく進路が未定であることが明らかな者。)は6万人(前年より6千人減少)で,卒業者に占める比率は5.2パーセント(前年より0.5ポイント低下)。

2   大学・大学院・短期大学
1   在学者数
参考図表1(PDF:23KB),参考図表2(PDF:23KB),参考図表15(PDF:23KB))
  大学及び大学院の女子学生の総学生数に占める比率はともに過去最高。大学院の学生数は過去最高。うち社会人は19.5パーセント,うち専門職学位課程では40.5パーセントが社会人。
  1   大学(大学院を含む)の学生数は282万9千人(前年度より3万1千人減少)。
 このうち女子は112万7千人(前年度より1千人減少)。その占める比率は39.8パーセント(前年度より0.4ポイント上昇)で過去最高
2   学部の学生数は251万4千人(前年度より9千人増加)で過去最高
 このうち女子は102万4千人(前年度より1万2千人増加)で過去最高。その占める比率は40.7パーセント(前年度より0.3ポイント上昇)で過去最高
3   大学院の学生数は26万2千人(前年度より1千人増加)で過去最高
 このうち女子は8万人(前年度より1千人増加)で過去最高。その占める比率は30.4パーセント(前年度より0.3ポイント上昇)で過去最高
  大学院学生のうち社会人(経常的な収入を目的とする仕事に就いている者。ただし,企業等を退職した者及び主婦なども含む)は5万1千人(前年度より3千人増加)で,その占める比率は19.5パーセント(前年度より0.9ポイント上昇)。
 専門職学位課程の学生数2万2千人のうち9千人(40.5パーセント)が社会人。
4   短期大学の学生数は18万7千人(前年度より1万6千人減少)。

2   入学状況
参考図表8(PDF:23KB),参考図表9(PDF:27KB),参考図表10(PDF:27KB))
  大学・短期大学進学率(過年度高卒者等を含む)は53.7パーセントで過去最高。大学への進学率(過年度高卒者等を含む)は47.2パーセントで過去最高。
  1   大学(学部)・短期大学(本科)の入学者数は69万8千人(前年度より4千人増加)。
2  平成19年3月高等学校及び中等教育学校(後期課程)卒業者のうち,大学(学部)・短期大学(本科)への入学志願者の比率(入学志願率)は58.8パーセント(前年度より1.4ポイント上昇)。
 大学(学部)への入学志願率は51.8パーセント(前年度より1.8ポイント上昇)。
 短期大学(本科)への入学志願率は6.9パーセント(前年度より0.5ポイント低下)。
3   大学・短期大学進学率(過年度高卒者等を含む)は53.7パーセント(前年度より1.4ポイント上昇)。
 大学(学部)への進学率は47.2パーセント(前年度より1.7ポイント上昇)で過去最高
 短期大学(本科)への進学率は6.5パーセント(前年度より0.3ポイント低下)。
4   高等教育機関(専修学校専門課程等を含む)への進学率(過年度高卒者等を含む。)は76.3パーセント(前年度より0.4ポイント上昇)。

3   卒業後の状況
参考図表5(PDF:22KB),参考図表11(PDF:29KB),参考図表12(PDF:29KB),参考図表13(PDF:21KB),参考図表14(PDF:21KB))
〔大学(学部)卒業者〕
  平成19年3月の大学(学部)卒業者数は55万9千人(前年より1千人増加)。
  1   大学院等(大学院研究科,大学学部,短期大学本科,大学・短期大学の専攻科,別科)への進学率は12.0パーセント(前年より0.1ポイント低下)。
2   就職率は67.6パーセント(前年より3.9ポイント上昇)。
3  卒業者数のうち進学も就職もしていない者(家事の手伝いなど,就職でも大学院等への進学や専修学校・外国の学校等への入学等でもないことが明らかな者。以下同じ。)は6万9千人(前年より1万3千人減少)で,卒業者に占める比率は12.4パーセント(前年より2.3ポイント低下)。
4  「一時的な仕事に就いた者」は1万3千人(前年より3千人減少)で,卒業者に占める比率は2.4パーセント(前年より0.6ポイント低下)。

〔短期大学(本科)卒業者〕
  平成19年3月の短期大学(本科)の卒業者数は9万2千人(前年より8千人減少)。
  1   大学等への進学率は12.0パーセント(前年より0.3ポイント上昇)。
2   就職率は70.2パーセント(前年より2.5ポイント上昇)。
3  卒業者数のうち進学も就職もしていない者は9千人(前年より2千人減少)で,卒業者に占める比率は10.3パーセント(前年より1.6ポイント低下)。
4  「一時的な仕事に就いた者」は4千人(前年より1千人減少)で,卒業者に占める比率は4.7パーセント(前年より0.5ポイント低下)。

(生涯学習政策局調査企画課)

となっていて、少子化問題と不登校問題がトップに来ています。このため3つの社説は共に不登校を取り上げていますが、微妙に主張が違っているのが面白いところです。

毎日新聞社説 不登校増加 子供のシグナルを受け止めよ

数は12万6764人で、全体の1・17%。前年度より4000人以上も増えた。
一因には、昨年秋以来自殺さえ伴ういじめ事件が続発し、「過酷ないじめを避けるためには、学校を休むこともやむをえない」などの助言や考えが広まったからという見方がある。

そうだとするなら、その子はそれ以前にはいじめに耐え続けながら我慢の登校を続けていたことになる。数値上の「漸減」は上辺のもので、その陰で苦しむ子が少なからずいたということだ。

今回の調査から不登校の原因(きっかけ)の区分に「いじめ」の項目を設けたところ、4688人がこれを原因に挙げている。

昨秋いじめ自殺が相次いだ際、文科省の統計が過去何年にもわたって「いじめ自殺はゼロ」としていた問題は記憶に新しい。子供たちが発するシグナルを早くにきちんと受け止め、状況改善を図っていれば、不登校にまで至るケースはもっと少なかっただろう。このことを改めて肝に銘じたい。

琉球新報社説 「不登校」増加 強制せず子供本位の対策を

「不登校」が増える原因は何か。確たることは言えないが、教育・心理カウンセラーの富田富士也さんは「効率優先の学校に魅力を感じず、早々と勉強を放棄する子は増えている」と指摘する。
また文科省は「いじめ問題などで、無理に学校に行かなくてもいいという考えが広まっているのかもしれない」と推測する。

しかし、現実は、魅力を感じるどころか、いじめなどで深刻な苦痛を感じる場となっているという。ならば、「不登校」の子を学校に戻す方法として、「強制」「圧力」があってはならないと思う。

「義務教育だから学校は行くべきだ」と杓子(しゃくし)定規に断じては、ますます「不登校」は増えるに違いない。その摩擦の中で傷つく子もいるだろう。

魅力ある学校にすればいい。簡単ではないだろうが、保護者、行政、学校が、学校の存在意義に対して共通認識を持ち、児童・生徒が喜んで通える学校づくりのために知恵を出し合う必要がある。

北海道新聞社説 不登校対策*子どもをよく見つめて

これまでの学校側の不登校対策は、教師が家庭訪問を重ね、子どもに登校を促すことが基本だった。しかし、教師側の個別の指導には限界がある。

教師が子どもに十分に目配りできるようにするためには、少人数教育の実現が必要だ。文科省は、複数の教員がチームで指導する態勢の整備にも取り組んでほしい。

親や教師との関係、家庭の事情などをめぐって悩み、不登校になることもある。子どもの精神面での成長を支援するカウンセラーの養成と、学校への配置の拡充も必要だろう。

注意欠陥多動性障害(ADHD)などの子どもたちが増えているという専門家の報告もある。医療関係者の支援も欠かせない。

見逃せないのは、不登校になった小中学生の3・2%が、「いじめ」が原因だったことだ。

道教委によると、道内では中学校に進学した後に不登校になるケースが多い。新しい友達とのコミュニケーションづくりでつまずく子どももいる。

一部の保護者からは、「いじめられるくらいなら、学校に行かなくてもいい」という意見が出ている。

ことさら不登校に注目が集まるのは、不登校よりも学校に行かない生活が成り立たないところにこそ問題があるのではないか?
現在では事実上高校を卒業する18歳までは働くことも出来ないわけだから、小学生はもちろん高校生になっても「学校に行っていない」=「不良」になってしまう。
だからフリースクールとといった発想も出てくるわけだ。そこで、一部の公立高校では全く授業に付いてくることが出来ないような生徒も受け入れる体制にしているが、その意味するところはもう「治安確保」に等しい。

不登校の中に、朝起きることが出来ないといった生活習慣に基づく原因で始まるものが少なくないと聞くが、生活習慣→不登校→成績不良→授業が分からない→学校に居る意味がない、と悪循環になってしまうのだろう。

また、単に「学校が面白くない」だから行かなくなった、という声もまま聞く。
学校(授業)がそれほどまで面白くないものだろうか?と感じるところではあるが、社会人講師としてちょっと学校内を見た感想を述べます。

わたしが行った学校のほとんどは公立学校で、小学校から高校までです。

そこで感じるのは「お役所と同じ発想ではないのか?」です。
というよりも日本では私立学校も含めて文科省が定めた「学習指導要領」によって授業が行われるから別に公立の学校だからお役所という意味ではないのでしょう。

簡単に言ってしまうと「これは単式簿記だろう」と思うわけです。

正しいことだけやっていれば、いつまでも正しい結果が続くということではないかな?と思うのですが、生徒が学校で過ごす時間のほとんどを占める授業は、教師(学校)から生徒に与えるだけ、なんですね。

これは昔からそうだったし、今さらあえて指摘することでもない、とのご意見は多いかと思いますが、昔は「今日学校で先生がこんな事を言っていた」などと大人に話すと「そりゃ先生の説明は・・・・」と修正されたり「学校ではそう教えるが、世の中ではな・・・」と言われたりしました。
これは、社会教育とされる分野でしょう。

今やこの部分がほとんどありません。その上、PCの教育とか消費者教育といった親の世代がほとんど受けた事がない教育がどんどん増えています。

授業を受ける子供の側からは、納得したり、理解したりできない情報が山積みなっていくのではないか?と思うところです。

それでも、受験競争といった子供でも分かる「ムチとニンジン」でもあれば「頑張って学校には行く」のかもしれませが、現在では中学から高校へは全国的に全入状態です。

おそらくは、中学校時代に受験競争があるという実感はないかもしれません。
また、競争に勝って成績上位を目指す。という気もないようです。

その状態で、偏差値で割り振られた高校に入ってくる。これが現在の公立高校の平均的な姿かとも思います。
高校の先生にとっては、今度は大学進学という格段に難しいことに挑戦させるのですから、それまでとは比較にならないほど大変になります。

このような一連の流れを見ていると、「授業では正しいことだけを教えて、その他のことをやってはいけない」という単式簿記=行きっぱなし、が生徒に次の授業を期待させなくなっているのではないか?と思うようになりました。

わたしたちが社会人講師として引き受けている授業のコマは、総合的学習の時間ですから授業内容に規制がありません。
もちろん間違ったことを教えるわけにはいかないけど、どこまでやらなきゃならないというのがないから、生徒の質問に答える・議論するといったことで授業の内容を変更することが出来ます。

本来、学校教育は学校や地域の独自性を発揮することが出来ように地域ごとにバラバラに置かれているのに、教育の手法を一方通行に固定してしまってはダメでしょう。
生徒からのフィーバックを受けて授業の内容を変化させる、これよって「言いっぱなしではない」授業を成立させて、生徒に次の授業に興味を持たせる=未来に興味を持たせる、事こそが必要なのではない、と思うのです。

つまり、不登校は現象であって、

問題の本質は
「未来に興味がない子供の激増」

にどう対処するか?であると考えています。

8月 11, 2007 at 12:15 午後 教育問題各種 | | コメント (1) | トラックバック (1)

2007.07.21

通信についての縦割り行政

朝日新聞より「ブロック!有害サイト 警察と携帯各社が団結

夏休み中の子供が携帯電話の出会い系サイトなどに接続して犯罪に巻き込まれるのを防ごうと、警察や行政、携帯電話会社が、有害サイトの閲覧を制限するフィルタリングサービスの普及に力を入れている。携帯各社が加盟する電気通信事業者協会は「新規申し込みの際、フィルタリングの要否を必ず確認しているので、利用してほしい」と呼び掛けている。

大阪府警少年課はNTTドコモ、KDDI(au)、ソフトバンクモバイルの協力を得て、フィルタリングの利用を呼び掛けるチラシを120万枚作成。府教育委員会を通じて府内の全小中高約1860校に配った。全児童・生徒にチラシを配布しての啓発活動は全国でも異例という。

同課は「夏休みになると自由な時間が増え、子供が犯罪に巻き込まれやすくなる。子供だけでなく、親にもフィルタリングを知ってもらうことで犯罪を抑止したい」と話す。大阪市内のある中学校は三者面談の席で保護者と生徒に説明しながら、チラシを渡した。

一方、京都府は電気通信事業者協会に要請し、今月2日にJR京都駅でイベントを開催。特設ブースを設け、子供向け携帯電話の展示やフィルタリングサービスの案内をした。早速、近くの携帯ショップへ行き、サービスを申し込む来場者もいたという。

何年も前からこの種の「対策提案」は見ていますが、極めて不思議に思っているのが

何で学校が出てこないのか?

です。
基本的に警察主導で、コンテンツや配信、契約などの問題のはずなのに総務省系統は出てこない。
学校も出てきません。

携帯電話機は各社とも子供向け向けのサービス(フィルタリングサービス)の他に子供向けの電話機を発売しています。
先日は、航空会社で問題になった機種でありますが

記事を読んでも「フィルタリングサービスを設定せよ」と親に要求するトーンなのですが、そんな難しいことを要求するよりも、学校が「子供用携帯電話しか認めない」と取り締まってしまえばよろしい。

先日、中学校を訪問したときに生徒同士の会話を聞いていたら「携帯はまだ早いよ。高校からでよい」と話していました。
これは一つの価値観ですが、当事者である生徒の間でもこんな話題になっている。
一方、大学生になると「携帯メールが必須」という大学が沢山あります。

中学で携帯電話そのものが不要と言いつつ、大学になると持っているだけでなく使いこなすことを要求されている。
これを何とかするのは高校の3年間しかない。
いったいどうやって、中学生を大学生(社会人)と育てていくのか、という観点でネット利用の教育プログラムを考えるべきなのに、こんなところで縦割り行政をしていること自体が大問題だと思う。
日本の将来をどう考えているのか?

7月 21, 2007 at 11:59 午前 ネットワーク一般論, 国内の政治・行政・司法, 教育問題各種 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2007.07.16

足立区の教育委員会は??その3

「足立区の教育委員会は??その2」の詳細が明らかになりました。

読売新聞より「校長、学力テスト中の児童に指で正答教える…東京・足立区

東京都足立区教育委員会が昨年4月に実施した学力テストで、区内西部にある区立小学校の校長1人と教員5人が、テスト中に児童の答案用紙を見て回り、誤った解答を指で示すなどして正解を誘導する不正を行っていたことが16日、区教委の調査で分かった。

同校はこの学力テストで、区内での成績が前年の44位から1位に急伸しており、区教委は「管理職からの何らかの指示があった」と判断。今後、第三者委員会を設け、学力テストのあり方などを検討する方針だ。

今月7日、この小学校が障害のある児童らの成績を保護者の了解を得ないまま集計から除外するなどしていた問題が発覚。
区教委が同校を含めた区内の全109小中学校を対象に調査し、この日、結果を発表した。

区教委によると、同校の校長1人と教員5人が、「(指で解答を誘導する)指さしをした」と不正を認めた。また、この5人を含む9人の教員が「管理職からの指示があった」と話しているが、校長や副校長は指示を否定している。

校長は、「本来なら正答できる児童の誤答に気付き、そのままだと力が正確に測れないと考えた」などと釈明しているという。

また、前年の学力テストの問題をコピーすることは禁じられているが、同校を含む小学校4校と中学校1校は、昨年の試験直前に、コピーしておいた前年の問題を解かしていた。
出題内容は毎年ほぼ同じなため、これらの学校の生徒が有利になった可能性がある。
このうち1校は、試験後、区教委に事実関係を報告したが、区教委は「ほとんど影響はなかった」として放置していた。

一方、障害がある児童らのテスト結果を保護者の了解なしに集計から外した小学校が計2校あった。

同区では、02年度に学校選択制を導入し、05年度からは区独自の学力テストを本格的に始め、学校別の成績と順位を公表。
07年度からはテストの成績の伸び率を>各校の予算配分に反映させている。

どういう根拠で統一テストの順位などが予算配分の割合を決めるのに適当と言えるのか?と言う根本的な問題を放り出したまま進めるからこんな事になったのは明らかだろう。
こんな仕組みにした区の責任だとしか言いようがない。

品川区で数校の小学校を7月に訪問しましたが、区立の小学校でそれも徒歩10分ぐらいの範囲にある小学校同士でも別の文化があります。
学校選択制があるから学校同士の独自性も成り立つわけで、そこに統一テストの成績だけで競わせるのでは、全部が同じような学校になることが目的にしているわけで、学校選択制とはそもそも根本的に相容れないでしょう。

小中高校は学校のある地域の文化の一端を担ってもいるわけで、その意味からも独自性がある方が当然でしょう。
統一テストが予算獲得競争そのものになるのでは、そりゃ試験の調整をするに決まっている。
まして、教育という観点で個々の児童生徒は学課の成績以外にも社会性や感受性の訓練なども重要であって、どっちが重要かなんて決めることも出来ない。
全く持って、こういう結果になるのは最初から予想出来ることだろう。

7月 16, 2007 at 09:16 午後 教育問題各種 | | コメント (7) | トラックバック (0)

2007.07.15

白河高校PTAが労働争議で解散・その11

「白河高校PTAが労働争議で解散・その10」の判決文を読んでわたしが注目した点を挙げます。

ある意味で当然ですが、被告のPTAが裁判に応じなかった事は、第3 当裁判所の判断の先頭に次のようにされてしまいました。

  • 訴訟要件につき職権により判断する。
  • 一件記録によれば,被告は,平成19年5月26日開催の臨時総会をもって解散の決議をしたとの事実を一応認めることができる。
  • しかし,被告は一件記録により権利能力なき社団であると認められるものであるから,民法73条の類推適用により,清算の目的の範囲内でなお存続するものとみなすべきである。
  • そして,本件訴訟が係属している以上,清算が完了したとはいえない。
  • また,その代表者については,被告の会則(甲第1号証)等には,解散した場合の清算人に誰が就任するか明文の定めはなく,前記臨時総会により選任されたとの事実も認められないから,民法74条を準用して,解散時の代表者 (会長)であると認められる○○○○が清算人になったというべきである。

実際にPTAは解散し、会費も会員に戻したから今後どうなるのか?とはこのブログでも多くの方が注目している点ですが、被告が解散を選んだ理由を推測すると「解散して、会費も返還してしまえば、実質的に何もかも無くしてしまうことが出来る」という判断であったのでしょう。

しかし「清算が終わっていない=責任はある」と裁判所(裁判官)の職権で決定してしまいました。

PTA総会の解散が有効であるのかについて、裁判所は

なお,本件では,前記一応真正になされたと認められる解散により,本件雇用契約も,その消滅等法的影響を受け得るものと思料されるものの,本案についての争点であり被告の主張がないため,判断しない。

「本件雇用契約も,その消滅等法的影響を受け得るものと思料される」とまで言っているのですから、裁判で争う余地は十分にあったと裁判所が言っているようなものです。
しかし現実は裁判に参加しなかったために、決定してしまった。

判決は

  1. 原告が,被告に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する
  2. 被告は,原告に対し,平成19年4月から毎月21日限り,20万0500円を支払え。
  3. 被告は,原告に対し,平成19年6月から毎年6月30日限り16万6415円,及び毎年12月10日限り34万0850円を,それぞれ支払え。
  4. 訴訟費用は被告の負担とする。
  5. この判決は第2項及び第3項について仮に執行することができる。

ですから、4月から給与と賞与の支払が始まっていることになります。
すでに被告は債務が積み上がりつつあるわけです。

さらに「訴訟費用は被告の負担とする」となりましたが、被告のつもりとしては「裁判はやっていない」のでしょうが、費用負担だけは確定してしまったわけで、こんな点からも「なんで裁判に参加しなかったのだ?」こそが大問題ですね。

7月 15, 2007 at 01:51 午後 教育問題各種 | | コメント (18) | トラックバック (0)

白河高校PTAが労働争議で解散・その10

判決文のコピーをいただいたので、記録の意味で掲載します。
例によって、なるべく判決文の雰囲気になるように html で構成しました。


平成19年7月10日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官

平成19年(ワ)第36号 雇用契約確認等請求事件

口頭弁論終結日 平成19年6月19日

判 決

福島県白河市***********

原  告柏木 成美
同訴訟代理人弁護士安藤 裕規
安藤 ヨイ子
斉藤 正俊
大峰 仁
渡邊 純
尾形 昭

福島県白河市南登り町54

被  告福島県立白河高等学校父母と教師の会
同代表者会長ないし精算人○○○○

主 文

  1. 原告が,被告に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する
  2. 被告は,原告に対し,平成19年4月から毎月21日限り,20万0500円を支払え。
  3. 被告は,原告に対し,平成19年6月から毎年6月30日限り16万6415円,及び毎年12月10日限り34万0850円を,それぞれ支払え。
  4. 訴訟費用は被告の負担とする。
  5. この判決は第2項及び第3項について仮に執行することができる。

事 実 及 び 理 由

第1 原告の求めた裁判
主文と同旨
第2 請求原因
  1. 被告は,福島県立白河高等学校(以下「白河高校」という。)の生徒の父母及び教職員により構成され,会員相互の連絡協調等を目的とする権利能力なき社団である。
    なお,被告の代表者は会長である。
  2. 平成2年4月1日,原告と被告は,原告を事務員とする雇用契約を締結した (以下「本件雇用契約」という。)。
    なお,本件雇用契約における雇用期間は1年間であるものの,毎年4月1日付けで更新されてきていたものであり,その実質は期間の定めのない雇用契約と異ならない。
  3. 被告は,平成19年2月19日付けの書面で,年間の給与額を約291万円から約177万円に引き下げること,日々雇用とすることを内容とずる,労働条件の変更を申し入れた。
    原告がこれを拒絶したのに対し,被告は,雇い止めの趣旨を含む同年3月30日付けの文書を原告に手渡した。また,同年4月2日に,原告が就労のため白河高校に入ろうとするのを妨げた。
  4. 原告の平成18年度における月給の額は20万0500円であり,また,期末勤勉手当として,6月30日に16万6415円(0.83か月分),12月10日に34万0850円(1.70か月分)の支給を受けていた。
  5. よって,原告は,被告に対し,原告が本件雇用契約に基づく労働契約上の権利を有することの確認を求めるとともに,主文掲記の,平成19年4月分以降の賃金(月給及び期末勤勉手当)の支払を求める。
第3 当裁判所の判断
  1. 被告は,適式の呼び出しを受けながら本件口頭弁論期日に出頭せず,答弁書その他の準備書面を提出しない。よって,請求原因事実を明らかに争わないものとして,これを自白したものとみなす。
  2. 訴訟要件につき職権により判断する。一件記録によれば,被告は,平成19年5月26日開催の臨時総会をもって解散の決議をしたとの事実を一応認めることができる。
    しかし,被告は一件記録により権利能力なき社団であると認められるものであるから,民法73条の類推適用により,清算の目的の範囲内でなお存続するものとみなすべきである。そして,本件訴訟が係属している以上,清算が完了したとはいえない。
    また,その代表者については,被告の会則(甲第1号証)等には,解散した場合の清算人に誰が就任するか明文の定めはなく,前記臨時総会により選任されたとの事実も認められないから,民法74条を準用して,解散時の代表者 (会長)であると認められる○○○○が清算人になったというべきである。
  3. なお,本件では,前記一応真正になされたと認められる解散により,本件雇用契約も,その消滅等法的影響を受け得るものと思料されるものの,本案についての争点であり被告の主張がないため,判断しない。
  4. 以上のとおりであるから,原告の被告に対する請求は理由があるから全て認容し,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

福島地方裁判所白河支部

裁判官  高瀬 順久

7月 15, 2007 at 01:24 午後 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.07.12

白河高校PTAが労働争議で解散・その9

「白河高校PTAが労働争議で解散・その5」にヒデバロさんが判決速報をコメントして下さいました。
後日のことも考えて、許可をいただいき判決速報を全面転載いたします。
資料として若干の整理をして掲載します。

ヒデバロさんの 2007/07/10 17:52:47 のコメント

白河高校PTA問題で本日判決がでました。

その内容は

  1. 原告が被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
  2. 被告は、原告に対し、平成19年4月から毎月21日限り、20万0500円を支払え。
  3. 被告は、原告に対し、平成19年6月から毎年6月30日限り16万6415円、及び毎年12月10日限り34万0850円を、それぞれ支払え
  4. 訴訟費用は被告の負担とする
  5. この判決は第2項及び第3項について仮に執行することができる。

と雇用継続はもちろん、これまでの賃金・一時金の支払いを命ずる原告全面勝訴の判決でした。

面白いのは裁判所の判断として、被告が弁論期日に出頭しないことや書面を提出しないことについて「訴訟原因事実を明らかに争そわないものとして、これを自白したものとみなす」としたこと。さらに解散についても「本件訴訟が係属している以上、清算が完了したとはいえない」と述べていることです。

そうはいってもPTAは解散していることを理由に何の動きもとらない可能性がありますので、校長や県教育委員会の責任を問いながら一日も早い解決を求めていきたいと思っています。

ご紹介いただいた判決速報の中でわたしが注目した点を挙げます。

この判決は第2項及び第3項について仮に執行することができる。

基本的に労働債権の争いなので、請求側が勝訴した場合には直ちに仮差押えを可能とする仮執行宣言が付くと承知はしていましたが、裁判所の意向で出さないかもしれないと考えていたので、「あ、出しちゃった」といった感じです。

ヒデバロさんが注目した

被告が弁論期日に出頭しないことや書面を提出しないことについて「訴訟原因事実を明らかに争そわないものとして、これを自白したものとみなす」としたこと。

この部分は、民事訴訟に出廷しないで相手の意見を全面的に受け入れることは「擬制自白」と名付けられていて、判決文の中では「自白したとみなす」と書きます。
なんで裁判所がこんな言葉を使うのかと考えると「裁判所に来いよ」という意思表明と捉えるべきでしょう。
「裁判所に来ないのは、それだけで責任があると法的に決まるのだ」ということです。
今さらながらですが、被告は裁判で争うべきでした。
争わない途を選んだこと自体が、このようなある程度の公的な側面のある問題を扱う事についての資格に問題あり、と強く非難されて当然というべきです。

しかしながら、今後を考えると実態としてPTAには資産がないでしょうから債権・債務の整理することが出来ないでしょう。
その意味で、別の問題になってしまいます。

7月 12, 2007 at 05:58 午後 教育問題各種 | | コメント (5) | トラックバック (0)

2007.07.11

白河高校PTAが労働争議で解散・その8

「白河高校PTAが労働争議で解散・その7」に書いたとおり、予想通りの判決となりました。

元は、雇用問題であり日本全国でいつもある問題で、社会的には解決手段も確立されていて大問題になることも少ない亊案でした。

それが、新聞に報道されて、福島県以外でもニュースになった経緯は、「白河高校PTAが労働争議で解散・その6」に時系列を追った資料の通りです。

どこが問題か?と言えば、わたしがタイトルに付けている通り「労働争議で解散」にあります。

実態はとにかく「訴訟されたのでPTAを解散する」という決定には「解散すれば裁判にはならない」という見通しがあったのでしょう。
事実、裁判所からの通知(特別送達)を受け取り拒否しています。

裁判所からの通知を受け取らない、というのは個人ではさほど珍しくありませんが、県立高校が受け取らないというのは、ちょっと考えられない。

裁判沙汰になる事件では、被告が行方不明といったことも当然あって、それでも裁判は出来ます。
また、民事訴訟では被告が出廷しないと原告の主張を全面的に認めたとされます、民事訴訟は原告被告双方の主張を法廷で戦わせて裁判所が勝ち負けを決める、というものであって刑事裁判の「正しいのは」という判断を裁判所はしません。
被告が裁判に出ないと大変なことになります。

今回の裁判では、原告側の主張は労働争議での労働者側の主張としては典型的なもので普通に争えば妥協点も比較的簡単に決定できたのでないかと思いますが「自称解散」などとやってしまったために

「解散したのに給与の支払い続く」

事になってしまいました。

この先は良く分からないのですが、控訴審(高等裁判所)は「第一審の争いについて問題がある」ことが基本的に前提ですから、この場合は被告側は「争いがない」ことが決定してしましたから、争うこと自体が極めて難しい。

これで、給与支払い(払えないでしょうから未払いになるでしょう)が続くと労働債権の確定となって・・・・・。
どんどん自体は泥沼化してしまうかもしれません。

裁判は近代社会の「究極の問題解決手段」であることは世界中が合意していることで、裁判を無視するというのは大変なことになるという実例です。

7月 11, 2007 at 11:11 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

白河高校PTAが労働争議で解散・その7

「白河高校PTAが労働争議で解散・その5」に2007年7月10日に予定されていた判決をお知らせいただきました。

1、原告が被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2、被告は、原告に対し、平成19年4月から毎月21日限り、20万0500円を支払え。

3、被告は、原告に対し、平成19年6月から毎年6月30日限り16万6415円、及び毎年 12月10日限り34万0850円を、それぞれ支払え

4、訴訟費用は被告の負担とする

5、この判決は第2項及び第3項について仮に執行することができる。

と雇用継続はもちろん、これまでの賃金・一時金の支払いを命ずる原告全面勝訴の判決でした。

以下に、訴状をアップします。


訴状

2007(平成19)年4月17日

福島地方裁判所白河支部 御中

原告訴訟代理人

弁護士安藤 裕規
安藤 ヨイ子
同(主任)斉藤 正俊
大峰 仁
渡邊 純
尾形昭

雇用契約確認等請求事件

訴訟物の価額
291万3265円
貼用印紙額
2万0000円

当事者目録

〒961-****福島県白河市***********
原告 柏木成美
〒963-8876福島県郡山市麓山一丁目2番13号
弁護士法人けやき法律事務所(送達場所)

(中略)

〒961-0851福島県白河市南登町54

被告福島県立白河高等学校父母と教師の会
上記代表者会長○○○○

第1請求の趣旨

1原告が被告に対し労働契約上の権利を有ずる地位にあることを確認する。
2被告は,原告に対し,平成19年4月から毎月21日限り金20万500円を支払え。
3被告は,原告に対し,平成19年6月から毎年6月30日限り金16万6415円及び毎年12月10日限り金34万850円を支払え。
4訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに第2項及び第3項につき仮執行宣言を求める。

第2請求の原因

1当事者
(1)原告は被告と雇用関係にある労働者である。
(2)被告は,福島県立白河高等学校(以下,「白河高校」という。)の生徒の父母及び教職員により構成され,会員相互の連絡協調等を目的とする権利能力なき社団である。被告会則により,被告の代表者は会長とされている(甲第1号証・会則)。
2原被告間における雇用契約の存在及び同契約が実質的に期限の定めのないものであったこと
(1)被告は,その内規により事務職員を雇用できるとされているところ(甲第2号証・内規),原告は,平成2年4月1日付で被告に事務員として雇用され,以後被告事務員としで,被告及び白河高校後援会等の会計事務等の業務に従事し,現在に至っている。
(2)原被告間の雇用契約は,原告の雇用期間は1年と定められていたが,毎年4月1日付で反復継続して雇用契約が更新されており,平成18年までの間,被告の側から更新拒絶の意思表示がなされたことはない。このように,原被告間の雇用契約は16回にわたって反復継続的に更新され,原告の勤続は17年にも及ぶ長期勤続が続いているものである(甲第3号証・雇用通知書)。
(3)以上の事実によれば,原被告間の雇用契約は,期間の定めのない雇用契約と実質的に異ならないものと言え,このような場合は,いわゆる雇い止めによる更新拒絶は解雇と同視され,社会通念上相当と認められる合理的な特段の事情がない限りは解雇権の濫用(労働基準法18条の2参照)に該当し,許されないと解するべきである(最判昭49・7・22東芝柳町工場事件等)。
3雇い止めの無効
(1)本年2月19日,被告会長である○○○○は,原告に対しで同日付「お知らせ」なる文書を手渡し,労働条件の変更を申し入れた。この「お知らせ」には,2月13日に被告役員会において上記内規の改正を行い,これに基づく平成19年度の雇用条件は別紙のとおりである旨が記載され,その別紙によれば平成19年4月からの雇用条件は,日々雇用となり,給与は1日7040円ということであった(甲第4号証の1・「お知らせ」,甲第4号証の2・別紙,)。変更後の給与は,月に21日勤務したとして月当たり換算すると14万7840円にしかならず,原告の平成18年度の給与は月額20万500円であったこと(甲3)と比較して,月あたり5万2660円もの減額となる。さらに》原告に対しては,平成18年度まで期末手当が支給されていたところ(甲3),変更後の雇用条件では,日々雇用であることから,期末手当の支給もされなくなるということであった。期末手当が支給されなくなることも含めると,原告に支給される給与は年約291万円から同約177万円になり,年110万円以上もの大幅引き下げとなる。
(2)このように,被告が原告に申し入れた労働条件の変更は,労働条件の大幅な不利益変更であったことから,原告は被告に対し,このような不利益変更には応じられない旨返答するとともに,労働組合に加入し,2月26日と3月24日の2回にわたって,被告との間で団体交渉を行った。これに対し,被告は,3月24日の2回目の団体交渉の席上,被告会長が「3月31日までの契約なのでそれで終わり。解雇ではない」と発言し,雇い止めの意思表示をした。
(3)また,被告は3月30日,原告に対し,同日付「お知らせ」なる文書を手渡した。この「お知らせ」には「平成19年4月1日以降については,去る3月24日(土)に当該席上においてお話申し上げたとおりですので,よろしくお願いします。なお,業務内容の引継ぎは副会長の大岡教頭へお願いします」と記載されており,3月24日の団体交渉の席上における被告会長の発言に重ねて,原告に対する雇い止めの趣旨が記載されていた。
(4)さらに,4月2日,原告が就労のため,白河高校に入ろうとすると,白河高校正面玄関の外で□□□□教頭(被告副会長)らが待ちかまえており,「PTA会長さんから校内に入れないようにいわれていますので」などとして,校内に入ることを妨げ,原告の就労を拒否した。
(5)以上のように,被告の原告に対する雇い止めの意思表示は,労働条件の大幅な切り下げを一方的に提案し,これに応じなかった原告を雇い止めとするというものであり,社会通念上相当と認められる合理的な特段の事情がないことは明らかであるから,労働基準法18条の2に違反し,無効である。
4原告の賃金請求権
(1)原告が平成18年度(平成18年4月~平成19年3月)までに被告から支給された賃金は下記のとおりであり,毎月末日締めで計算して同月21日に支給される月給の他,年間で2.53カ月分の期末勤勉手当を6月30日(0.83カ月分)と12月10日(1.70カ月分)の2回に分けて支払を受けていた(甲3,甲第6号証の1乃至3・給与明細)。
給料月額20万500円
期末勤勉手当6月0.83カ月分16万6415円
(200,500×0.83=166,415)
12月1.70カ月分34万850円
(200,500×1.70=340,850)
(2)しかるに,上記のように,被告による雇い止め及び就労拒否により,原告の就労が不能となったものであるから,原告は,本年4月以降も上記記載のとおりの賃金及び期末勤勉手当の支払を受ける権利を有する(民法536条2項)。
5まとめ
よって,原告は被告に対し,雇用契約上の地位確認と賃金の支払いを求めるため,本訴に及んだ。

7月 11, 2007 at 10:44 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2007.07.08

足立区の教育委員会は??その2

朝日新聞より「学校ぐるみで成績向上「不正」の疑いも 足立区立小

東京都足立区の区立小学校で、区独自の学力テストの採点から障害のある児童3人を外したことが明らかになった。

なぜ問題は起きたのか。区教委は7日の会見で「今後の調査を待ちたい」と明言を避けたが、教育関係者からは、学校ぐるみで成績を上げる「不正行為」をしていたのでは、との疑惑も出ている。

「決して平均点を上げるためだったとは思っていない」。3人の答案を集計から外したことについて、区教委はこう説明した。

学力テストは小2から中3まで原則として全員が対象だ。
ただし、校長の判断で、障害がある子どもなどの答案は保護者の了解を得た上で対象外とすることを認めている。
しかし、その線引きはあいまいだ。明文化されておらず、各校への説明会で口頭で1度伝えただけだ。

問題が発覚した小学校の成績は05年度、72校中44位。ところが、3人を採点から外した06年度は1位に。この両年は、同種の問題がほぼ9割を占めていた。今年度からは業者が代わり、テストの内容も変わった。5日に公表された今年度の成績は59位に落ちていた。

問題は回収されることになっているが、校長は「テストの記憶をメモにし、似たような問題を使って指導していた」と説明しているという。
「不正の結果、成績が上がったのでは」という報道陣の問いに、斉藤幸枝事務局次長は「確率がゼロだとは言えないが、朝の読書などに力を入れて指導した結果だとも考えられる」と説明した。

試験中に間違った解答を見つけると教師が机をたたくなどしていたという疑惑もあり、区教委は当時の教員から聞き取りを始めている。

成績が大幅に上がった学校の存在は関係者の間でささやかれていた。

この記事だけを読むと、足立区の小学校の一つ(?)が区独自の共通テストで良い成績を出すために、一部の児童の成績を採点から外す、事前演習を実施した。としか分かりませんが、足立区では以前にこんな発表をしています。

「足立区の教育委員会は??」

東京都足立区教委は、区立小中学校に配分する07年度予算で、都と区の教委がそれぞれ実施している学力テストの成績に応じて各校の予算枠に差をつける方針を固めた。
小学校計72校、中学校計37校をそれぞれ4段階にランク分けし、最上位は約500万(中学)~約400万円(小学)、最下位は約200万円にする予定。
都のテストで同区が低迷していることなどから、学校間競争をさらに促す必要があると判断した。

小学校の成績に応じて予算配分を変えるというのですから、さすがに文科省も「聞いたことが無い」となり、3日目には撤回します。

東京都足立区の07年度予算で、学力テストの成績に応じて各区立小中学校をランク付けし、学校への配分額に差をつける方針を固めていた同区教委は7日、この方針を撤回することを明らかにした。
同区教委は、新たな方針として、各校からの申請に基づく予算査定では、「ランク付け」はせず、テスト結果の伸び率を大きな判断材料にすることにしている。

新たな方針では、A~Dの4ランクに分けるのをやめ、各学校から提出される予算の申請に基づいて1校ずつ査定する方法に改めるという。
学力テストの結果は、伸び率によって学校に加点する形で予算を上乗せする。
加点の点数はあらかじめ決めずに1校ずつ判断する。
学校へ配分する予算に学力テストの結果を反映する点は変わらないという。

表向き成績連動は引っ込めたが、学校を評価して予算配分を変えるという方針は変えなかった。

それが今回、テストの業者を変えたらすでに底上げ工作があったことが明らかになった、わけです。

わたしは小中学校などでは地域性も重要だから、授業内容の独自性は不可欠だし、そのためには学校毎の予算に差があっても良いとは思いますが、それが学力テストで直接関係するというのは無理がありすぎると思います。

東京都内では小中学校の自由な選択が出来るようになったために、学校が競争することになって結果としてこんなことも起きるのでしょうが、成績格差を無くすのは現実には不可能だしそのために各学校が努力をするのも期待されていることです。

しかし、一歩踏み誤るとこのような「成績偽装」になるわけで、これ自体をどうやってチェックするのかは重大な問題でしょう。
共通試験をするからいけない、いう意見は例によって出てくるでしょうが、全く各学校の成果を評価しないで放置するというのならとにかく、何か評価すればその裏をかく人は必ず出てきますから、共通試験そのもの問題でないことは明らかです。

足立区の教育委員会が「成績によって予算配分を変える」とした時にあまりの意外さに驚いたわけですが、すでにこんな事になっていたわけですから、予算配分を変えるどころから教育委員会にはものを見抜く力が無く、結果としてロクな企画能力が無いことが明らかになった。とは明記するべきです。

7月 8, 2007 at 08:47 午後 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.07.06

白河高校PTAが労働争議で解散・その6

「白河高校PTAが労働争議で解散・その5」で紹介した「白河高校PTA解散問題を考えるシンポジウム」で配付された時系列の経過報告資料を可能な限り、html に再現してみました。


柏木成美さんの不当解雇撤回・職場復帰闘争

資料2 提訴(4/17)以降の経過と資料


4/17柏木さんが労働契約上の権利を有する地位にある確認を求め提訴 (資料1)
4/21白河高校PTA総会開催。柏木さんの問題で事実に基づかない攻撃を行うとともに、対応については「執行部一任」を決める。(資料2)
予算について収入前年比12万円の減に対し、人件費100万円減の一方で新聞購読費やモップリース料新設などで、「教育振興費」「施設設備費」を大幅に増額する。(資料3)
5/15対策会議-5/26にPTA臨時総会を開くこと、そこで解散提案がされる可能性が大きいことなどが情報として入り、対応を協議。
5/18労働組合から、PTA会長、校長あてに「団体交渉もしくは労働委員会の『あっせん』の場で速やかな解決を求める要求書」を送付。(資料4)
→その後、受取拒否で返送される
斎藤弁護士からPTA会長あてに、解散しても、被告の立場から逃れることはできない旨の「ご連絡』を送付。 (資料5)
→その後、受取拒否で返送される。
5/22県教育委員会に対して、白河高校で起こっているPTA雇用職員の解雇問題で、校長に対して憲法と法にもとづいて速やかに解決する指導を求める要請(資料6)
5/26白河高校PTA臨時総会で、解散を決議。PTA役員はただちに記者会見を行い、翌日にかけて、テレビ、新聞で大きく報じられる。(資料7)(資料8)
PTAは裁判所(「上申書」)にPTAを解散した旨を文書で送付(到着は28日)。(資料9)
5/28労働組合が「PTA解散」をうけて記者会見。(資料10)
5/29①白河市内の労働組合、団体に要請行動。
②県労働委員会より「あっせん打ち切り」の通知。
理由は「被申請者(使用者)側があっせんに応じないため。(資料11)
6/ 1「柏木成美さんの不当解雇を撤回し、職場にもどす会」結成総会(参加者45人)不当解雇撤回`職場復帰実現のために、2つの大きな運動にとりくむ-
①問題の真実を知ってもらい、PTAを再建し、柏木さんを雇用することを白河高校内外で議論していく、
②県の教育予算増、PTA負担減、PTA雇用職員の身分安定と柏木さんの職場復帰を県教育委員会の責任で行うことを求める。
6/5第1回口頭弁論。裁判長は「法人格なき社団で解散したとしても、精算が終了するまでは社団として存続するので、当事者適格は失わない」として、出廷を要請したがPTA側は出廷せず。
柏木さんの「意見陳述」(資料12)の後、次回どうするかを問われ、話し合いをめざしたいので、もう1度期日 (6/19)を入れてもらうことにした。
6/6裁判所書記官から渡辺弁護士に電話あり。
PTAに対し(対応は大岡教頭)、次回期日への呼び出しをかけたところ、「すでに解散している以上、呼び出し状を受け取る者がいない」との理由で、受取を拒否された。
PTA代表者に呼び出しをかけるので、斯日を変更するということ。これは裁判所の勧告をも無視したことになる。
→その後の連絡で留置送達の手続きに入っているので「期日は予定通りとなる」との連絡あり。
6/13遠藤校長の名前でPTA会費を全額返済する手続きをとっていること判明
6/19第2回口頭弁論。裁判長が
「被告に出頭を求めたが解散を理由に出てこないため、書面を留置送達した。弁論を終結し、言い渡しを7月10日午後1時10分より行う」

その他の関連資料

柏木さん問題の疑問に答えて (資料13)
柏木さん問題の疑問に答えて② (資料14)
柏木さん産休の時の休暇願い控え(資料15)
産休・育休の取り扱いにっいて (資料16)
産休の給与100%支給決定事項(資料17)
「教育長」によるPTA会費値上げ実質自由化通達文書 (資料18)

7月 6, 2007 at 10:18 午後 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

白河高校PTAが労働争議で解散・その5

「白河高校PTAが労働争議で解散・その4」に紹介したシンポジウムに参加してきました。

タイトルが「白河高校PTA解散問題を考えるシンポジウム」で福島県立高等学校教職員組合の呼びかけで開かれました。

18時半から20時半過ぎまで白河地域職業訓練センターの会議室に40人強が集まる集会で、訴状のコピーやご本人の柏木さんにもお会いすることが出来ました。
ただ、わたし自身は15時過ぎまで平塚の高校に行っていたので、ほぼ1時間遅れの19時半近くの到着となり、プログラム後半を聞くことが出来ました。

プログラム

  1. 開会
    18:30~
  2. 呼びかけ団体あいさつ
    18:40~  県南支部長
  3. 意見発表(1人15分程度)
    ~18:55  柏木さん(原告)
    ~19:10  Aさん(書類には実名記載・以下同様) 白河高校PTA
    ~19:25  Bさん 県立高校教員
  4. 質疑応答
    ~19:35
  5. フロアからの発言・交流
    19:45~
  6. 全体のまとめ(5分間)
  7. 諸連絡
  8. 閉会(5分間)

わたしはプログラムの質疑応答の始まる直前から参加しました。
すぐに「PTAを解散することで議論を逃げるという例は他に無いのではないか?」との趣旨を含むご質問があり、この部分についてだけ「佃島小学校事件」があって、運営としてムチャクチャという例はある、と発言し同時に「酔うぞの遠めがねの酔うぞです」と自己紹介したところ「お~」との声が上がって、わたしも驚きました。

ゆっくりお話しする時間も無かったのですが、何人かの方とお話ししたのは

  • 雇用問題(労働問題)の側面
  • PTA組織を含む学校運営や教育行政の問題
  • PTA会長や校長が裁判に応じない。法治の無視の問題
があるとしたのですが、当然のように皆さんも同じようなことをお考えであり、また同時にそれぞれのお立場での問題意識からの発言がありました。

訴状のポイント

訴状のコピーが配付資料に含まれています。
なお、この文章を書いている7月6日は「白河高校PTAが労働争議で解散・その3」に apj さんのレポートを転載したとおりの経過をたどって「結審、次回7/10、2号法廷にて13:10より判決を言い渡すということになった」わけで会合での説明も「7月10日の判決で原告勝訴になるのだが」という前提の質疑になりました。

  1. 雇用契約確認等請求事件
  2. 原告  柏木さん
  3. 被告  福島県立白河高等学校父母と教師の会
          代表  PTA会長C
  4. 請求の趣旨
        労働契約上の地位確認
        賃金の支払い

です。他に柏木さんの陳述書に労働実態の説明や交渉経過があり、資料として「平成19年度PTA会費決算書」があります。
説明の中でも「注目するべき資料」とされたのものが
「平成19年1月12日づけ、教育長が学校長に出した、団体会計の会費についての取扱通知」
で、これはPTA会費などの会費の改訂について、これまで教育長に事前に協議の必要があったが、今後は各学校の責任で行い、教育長都の協議を必要としない」というものがあります。

会合の席で出た情報では、生徒一人あたりの年会費が3~4万円に達するのだそうで、合計すると3000万円程度の資金があり、その利用について「いきなりPTA解散が出来るようで良いのか?」という不信感が根底にあるのでしょう。

白河高校PTAは解散したわけですが、コメントにもあったように後継の組織が必要とのことで、各学年別に組織を作っているとのことでその会費を引落にしたために「なんでPTAが解散したのに、また引落なのか?」と反発する意見もあるそうです。

なかなか良い雰囲気の会合であり、行政・学校・PTA側からの出席も意見も無かったのではありますが、労働組合、父兄、PTAなど多方面の方が意見を述べたのはとても有用であったと思います。

わたしが注目するのは、労働問題を「回避する」ためにPTAを解散し、PTAの必要性のために新たな組織を作り、予算不足のために学校の事務費をPTA会費から出し・・といった「必要のためにタテマエは無視しても良い」という姿勢の行きすぎではないのか?と思うところです。

確かに本音とタテマエは日本を形作る文化の骨格のようなところがありますが、それもバランスが取れていてこそ社会が安定するわけで、本音だけで突っ走ると後からタテマエの反撃を激しく食らうことになります。

判決がどうなるのか?非常に興味深いものになりますが、事件として労働争議であり被告敗訴ですから、全面的に認められてしまうかもしれません。
そうなると、雇用が継続していることになり、給与を支払を将来も続ける事になります。
こんな結果にしてしまったのは「裁判なんか無視」と判断したことのツケと言うべきで、一体どうなるのでしょうか?

7月 6, 2007 at 10:38 午前 教育問題各種 | | コメント (13) | トラックバック (0)

2007.07.03

白河高校PTAが労働争議で解散・その4

「白河高校PTAが労働争議で解散」にコメントでご紹介いただいています。

元PTA会長さんのコメント

7月5日午後6時30分から白河地域職業訓練センターで「白河高校PTA問題を考えるシンポジュウム」が開かれます。
私も参加しますので、白河高校PTA・保護者の方や一般市民の方などご都合がつく方、是非参加してみませんか?
当日お会いできれば嬉しいです。私のことはすぐに分かると思いますよ。

一保護者さんのコメント

5日の白河高校PTA問題を考えるシンポジュウム」は誰が発起人で、どんな内容になるのか詳しく教えていただけないでしょうか。

元PTA会長さんのコメント

5日のシンポジュウムは、県立高教組のよびかけで行われ、呼びかけ文によると
『白河高校のPTAが「解散」して、一ヶ月がたちました。」今改めてPTAの役割は何かが、問い直されています。
「問題はどこにあるのか」「なぜ裁判になったのか」「PTA解散をどう考えるか」など、事実を明らかにしながら、ご一緒に考えたいと思います。』
とのことです。
内容は意見発表、質疑応答などが予定されてます。
白河高校PTAの方々にも参加と発言を要請している、とのことです。どなたでも参加自由、もちろん無料です。

FJNさんのコメント

5日のシンポ、東京から近いので心誘われるのですが残念、所用のため参上できません。
もし話題になるなら、白河高校のPTAなるものが(これまで福島県高等学校PTA連合会のメンバーであったことを前提としてですが)、福島県高等学校 PTA連合会への今年度の“上納金”を払ったのか、払うのか、払わずに払わない理由を通知したのか、その他――という事実を知りたいところです。
領収書/通知書等実務系書類の存在を確認できるとよいのですが。実態によっては「解散」など言葉のアヤかもしれない、と私は考えております。

情報を寄せていただいた元PTA会長さんに感謝します。
わたしもFJNさんと同様で、是非とも見たいとは思うのですがちょっと参加は難しいだろう、という感じです。

参加された方はご報告をお願いいたします。

酔うぞ拝

7月 3, 2007 at 10:44 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.07.01

高校の個人情報流出事件

読売新聞より「愛知で県立高生徒情報流出、教諭PCから…空自基地資料も

愛知県教委は30日、同県立高校の男性教諭のパソコンから、県立高校2校の個人情報がインターネット上に流出したと発表した。

教諭の自宅パソコンに入っていたファイル交換ソフト「シェア」のウイルスを介して流出したとみられ、情報が流出した生徒数は延べ1万4598人に上るという。

航空自衛隊岐阜基地の個人情報なども、この教諭のパソコンから流出していた。

県教委によると、流出したのは教諭が勤務する一宮工業高と前任校での1994年度以降の内部資料。
生徒の氏名、進路希望、成績表や大学、専門学校などの受験の合否結果、指導要録を作成するための性格検査の結果などが流出した。

教諭は、進路指導資料作成のため、無断で持ち帰り、自宅のパソコンで作業をしていた。

空自岐阜基地の情報は、教諭の親族が同基地に以前勤めていた関係で、同じパソコンに資料を保存していた。
流出したのは退職者名簿や行事内容などで、機密資料などはないという。

教諭は県教委の調査に対し「ファイル交換ソフトが入っているパソコンでデータを扱ってはいけないと知っていたが、毎日ウイルスチェックをしており、大丈夫だと過信していた。個人的な目的には使用していない」と話している。

同県教委高等学校教育課の高須勝行課長は、「仕事熱心な教諭で、極めて残念。教員一人ひとりに徹底されるよう、指導のあり方を考えたい」と話した。

結構詳細な情報なので色々と検討することができます。

  • 一万5千人以上のデータ
  • 現在と前任地、家族の勤務先のデータ
  • 進路指導資料の作成
  • シェアをインストールしていたが、ウィルスチェックで大丈夫と判断
  • 教育委員会は「教員一人ひとりに徹底」とコメント

業務用のPCでシェアーを使う神経が分かりませんが、それ以上に分からないのが「1万5千人以上の個人情報」そんなものを個人で抱えてどうするつもりだったのでしょうか?
ましてや、前任地の学校のデータは何に使うつもりだったのか?

要するに「情報を捨てられない人」なのだろうと思いますし、言い分としては「進路指導の基礎データを集めていた」というのはあるでしょう。
しかし、なんで個人のPCでやるのか?となります。

最悪なのが、教育委員会のコメント

ですね。
今回の事件は早い話がアクシデントの一種で、防止策は何重にも掛けなければならない。
個人の責任に負わしてもまた同じような事件が出てくるだろう。

個人のPCで仕事をするな、と教育委員会は主張できる程のものではあるまい。
わたしが見ている範囲でも、教員のITスキルが十分に世間に通用する人はかなり少ない。
もちろん「これはやってはいけない」と言われたことを忠実に守ればアクシデントにはならないが、そういうレベルでは個人PCを使ってまで仕事をする必要もないIT利用が現実だ。

ウイルス感染、ハードウェアの破損、データの流出、不正アクセスなどは誰にでも起きる可能性があるのであって「こうすれば絶対」なんてあり得ない。
一番確実な安全策はコンピュータを利用しないことだ。

わたしが見るところ、教員のPC利用スキルを大幅に引き上げることが必須で、その結果として「個人PCの使用禁止・教育委員会がPCをすべて供給する」というのようなことになるだろう。

だいたい、学校には1000人以上もの人がいるわけで、扱っている個人情報の数は莫大だ。
それらを安全に運用するために、それなりの体制や設備が不可欠だが、現実にはネットワーク・プリンターもまともに運用出来ない。メールは個人に届かない。情報管理者が居ないという仕事場がかけ声を掛ければなんとかなるものなのか?

「個人の責任」で全部まとめてしまうようでは、対策にはならない。

7月 1, 2007 at 11:57 午前 セキュリティと法学, 個人情報保護法, 教育問題各種 | | コメント (8) | トラックバック (0)

2007.06.19

白河高校PTAが労働争議で解散・その3

「白河高校PTAが労働争議で解散・その2」に紹介していた新聞記事の予定通りに、福島地裁白河支部で第2回口頭弁論が開かれました。
apj さんが傍聴記を公開されたので、許可をいただいて転載します。



2007/06/19
年休をとって裁判傍聴:白河高校PTAの労働争議
 本日は年休を取得し、福島地方裁判所白河支部へ裁判傍聴のために出向いた。酔うぞさんのところで既に紹介されている、福島県白河高校PTA雇いの事務職員の雇い止め問題の労働争議の第二回口頭弁論が13:30から行われるのを見るためである。まあ、大学だって法人化したので大学の職員もこの先労働争議とは無縁ではいられない、それならいっそ予習がてらに見ておいても損はないと考えた。
 事件番号は平成19年(ワ)第36号 雇用契約確認等。原告は一労働者なのでネットではとりあえず名前を伏せておく。被告は、福島県立白河高等学校父母と教師の会(以後白河高校PTA、あるいは単にPTAと略)。
 一号法廷(ラウンドテーブル)で行われた。裁判所には12:30頃到着。既に福島テレビの車が来ていて、しばらくすると門のところにカメラマンが集まっていた。13:00頃、法廷のある3階に行くと、裁判所の腕章をつけた職員が二人いて、受付ができていた。傍聴席は記者12、一般12で、4人がけの椅子を6つ並べてある(増設して6つになった)。記者席が余ると一般を入れる、一般が12人を越えると抽選、ということで、13:10から整理券が配られた。抽選になって外れたら何しにきたかわからんな、と思いながら整理券を持って一列に並ぶ。13:20になって一般の列に12人だったので全員傍聴席に移動。続いて記者さんと遅れてきた傍聴人が入った。
 原告は、原告本人と代理人2人。被告は欠席。横浜地裁のような、傍聴席と法廷の間の仕切りはなかった。傍聴人は最終的に25人、うち記者8人。
 被告欠席の理由は、白河高校PTAを解散したから対応できないということで、結審、次回7/10、2号法廷にて13:10より判決を言い渡すということになった。
 弁論そのものは一瞬で終わった。高校関係者らしい人数人はそのまま立ち去り、原告代理人による会見が1階であったので、記者さんや支援の人に交じって一緒に部屋へ。

 以下は、代理人からの状況説明。
 まず、訴状は前回も今回も被告に送達した。白河高校宛に送達したら受け取り拒否にあい、白河高校PTAの現会長の職場と自宅を調べてそちらに送達したら、またもや受け取り拒否。郵便局員がとにかく置いてくるという、差置送達という方法で、送達できたと見なして訴訟手続きを進めた。教育現場や県立高校といった公の組織で起きることではないのではないか。
 今回は、もう一回だけ被告に弁論のチャンスを与えようという意図で弁論を行ったが、またも無視されたため、結審となった。
 労働運動としては、元の職場に原告を戻すところまで戦いを続けたい。
 PTAの対応は極めて異常である。事務職員が不要というわけではないが、雇い止めを強行し、組合が入ったからという理由で解散した(団体の目的を果たしての解散ならわかるが、学校が存続する限り必要な団体を訴訟を理由に解散している)。
 被告からは、解散したという上申書が1通出てきたのみである。訴訟手続きに必要な書類を送っても、全て受け取り拒否をしている。
 解散するとしても、清算手続きが残されている。雇い止め問題には口を閉ざしたまま清算しようとしており、提訴しても出てこない。しかし、裁判所は、清算中の団体にも当事者適格を認めている。
 被告欠席のため、このままだと請求が認められる可能性が高いが、雇用が継続しているという判決になった場合、賃金の支払い義務が発生し、最終的には会長が清算人になる(つまり会長が弁済するということ)。また、債権者に弁済してからでないと、清算手続きが無効となる。
 裁判所からの呼び出しを無視するという対応をしている学校側当事者の校長は、社会科の教師である。
 福島県ではPTA雇用の職員が県内に100人ほど居る。学校の事務費をPTAから出させている。白河高校の場合だと、PTA会費の収入は12万円減ったが、人件費を削った分100万円の余裕が出たはずである。その差額が、モップリース代や新聞購読費に使われている。
 現在、清算手続きを強行しているPTAであるが、保護者への会費の返還が白河校長名義で行われている。

 以下は私の見てきたことと感想。
 任意団体であるPTAに裁判所が当事者適格を認めたというのが、ちょっと意外だった。法人格を持つのかどうかがそもそも疑問だと思っていたので……。
 既に、原告を支援する会ができていた。福島県労連の議長の小川さんが中心、県の教職員組合の書記長も来ていた。せっかくなので名刺交換してきた。小川さんから、どこかで見た記憶が……と言われたが身に覚えがない(汗)。私の方は、特に支援ということではないが、ネットの方から来た野次馬です、と正直に自己紹介した。
 新聞報道に出ていた、PTAに代わる連絡会のようなものを作ったという話について。役員や学校サイドのメンバーが共通なら、法人格否認の法理を適用し、債務を負わせるという展開だと思ったのだが……ときいてみたら、支援する会でも新しい連絡会の実態を十分知らない様子だった。
 また、清算法人(?)の代表者である会長が返金するのではなく、校長名義で返金が行われているという時点で、清算手続きとして違法というか無効ではないかということ。この点については小川さんも同意してくれた。逆に、これが無効でないとしたら、連帯して校長と会長が清算業務を行っている実態があるということになるから、ひょっとするとPTAの解散無効になった後の諸々の処理についても連帯責任ということになったりはしないのだろうか。
 一番信じられないのは、裁判手続きにシカトを決め込んでいるのが県立高校の校長(社会科)やらPTAやらだということだったりする。これまで一体何といって、公民やら政治経済の授業をしてきたのだろう。三権分立について生徒に教えても、説得力を持つとはとても思えない。生徒の目の前で「司法手続きはシカトします」というのを現在進行形で実践中なわけで。大体、取り込み詐欺でもやってばっくれようかって企業なら訴状受取拒否もありうるが、県が運営している公の組織の長とそこにくっついている団体の長が、そろって国の裁判手続きをまるきり無視するというのは、一体ここは法治国家なのかと目眩がしてくる。
 いずれにしても、解散したところで裁判逃れはできないし、最終的には校長あるいはPTA会長の個人財産を差し押さえることになっても責任を問われることになるのではないか。
 また、清算手続に瑕疵があって無効とされた場合、解散して逃れたつもりが解散すらできていないことになる。PTAの他のメンバーは本当にこのことを認識しているのだろうか。
 PTAといっても、それぞれ保護者の皆さんは職業人のはずである。ということは、職場で法務に関わってるとか労組の仕事をしているとか、そもそも行政書士や司法書士をしている、社会保険労務士をしている、という人だって混じっているのではないか。それが、裁判逃れの解散つまり偽装倒産のようなことをして通用すると思っているとは、とても信じられない。本当に正しい情報が伝えられているのだろうか。
 とにかく不思議なことの多い事件である。

6月 19, 2007 at 08:22 午後 教育問題各種 | | コメント (15) | トラックバック (0)

ネット問題こそアナログ的な判断を

読売新聞が「教育ルネサンス」という連載を続けています。
2007/5/29~2007/6/16の15回に渡って「ネット モラル」と題する記事がありました。

全体として意欲的で良くできていると思うのですが「こういうまとめ方で良いのかね?」と感じるところがあっちこっちあります。

例えば最新の「(15)【読者の声】学校・家庭を「教習所」に」はこんな内容になっています。

「ゲームサイトで知り合った男子高校生に、小学6年の娘が会いに行ってしまい、肝を冷やした」と、東京都内の母親(41)が、ファクスやメールで体験を寄せた。

サイトは携帯電話専用で、日記や掲示板の機能もある。昨年末の登録直後から、小学生の女児目当てと思われる男性から娘に大量のメールが届き、娘はその中の一人と近所の駅で待ち合わせをした。

「友達も利用しているサイトだから大丈夫」と言う娘に、「これが出会い系サイトだよ」と教え、携帯電話のフィルタリング(有害情報の遮断機能)もあわててかけた。「このようなサービスの宣伝が、電車のつり広告やテレビのCMで流れていることに不安を感じる」と訴えた。

携帯電話がほしいという小学6年の娘と家族会議をしたというのは神奈川県の父親(39)だ。

「みんなが持っているから」「何に使うの?」「学校の友達とメールとか……」「絶対に必要なのか。家の電話ではだめなのか。学校で会った時に話せば」

そんなやりとりの末、娘は自ら「今は必要ない」と結論を出した。「こういうことを言うと、すぐに『時代が違う』という方がいるが、変わったのは、子供ではなく、育てている大人の考え方では」とつづった。

ネットでの深刻ないじめについても便りが届いた。

「孫の知人が、ブログ(日記風ホームページ)で孫の名を使って他人を中傷した。いわれのない批判や脅迫を受け、我慢できなくなった孫は暴力を振るってしまい停学処分を受けた。夫と胸を痛めている」といった事例だ。

千葉県の女性も、息子がネットで中傷を受けているが対処の手だてがなく、人間不信に陥って途方に暮れていると手紙で訴えた。

「18歳以下はネット禁止にしてもよいくらい危機感を持っている」というのは愛知県の女性(37)。「自分の子供にはフィルタリングを使っていても、友人のだれかが有害情報を持っていたらボタン一つで流せる」と無力感をつづる。

山口県の大学教員(59)も「携帯電話に時間を取られ、勉強が二の次になっている。親が携帯電話の使い方を学ばなければならない風潮は愚の骨頂。最初からモラルを考えた電話を販売すればいい」と主張した。

「携帯電話を販売する時に、子供に危険性を説明してほしい」という声のほか、「大人のモラルをまず正せ」という意見も目立った。現実でもネットでも、子供は大人を見て育っていることを忘れてはいけない。

なんかヘンに感じるのです。そもそも携帯電話を持たせることを善悪なんかで評価できないからこんな事になっているわけです。
同様に出会い系サイト問題もネットワーク問題であって、フィルタリングするとなったようですが、そもそも小学生がネットワークを使用する必要があるのか?となります。

一方で、大学生になるとネットワークが使用できないと授業に出席できない学校があります。
就職に至っては、ネットワークでしか会社説明の資料を出さない会社も多い。

これはいわば、国語の学習のようなもので、小学一年生に「将来書くのだから、履歴書を書きましょう」とは誰も思わない、もっとふさわしいテーマがあるわけでネットワーク利用についてももっときちんとした、小学生から社会人までの使い方を組み立てないと意味無いだろう。

最近つくづくと思うのだが、どうして日本はここまでデジタル的価値観だけになってしまったのだろう?
ネット利用は是か非かなんて議論をしても意味がない、便利もあれば危険もある、それぞれの必要に応じて使えばよいのであって、小学生が出会い系サイトにぶつかるなんのてはいわば呑み屋街に小学生を送り込んだら酒を覚えてしまった。というくらいもので親の責任だ。
それを「酒は怖い」とか「小学生に酒を呑ませるな」というのは当然での主張ではあるが、そういっていれば無くなるものではあるまい。

ネットをめぐる諸問題についてはもちろん、ネットに無関心な親の子供、という問題だからあと10年も経てば親の世代がネットを利用しているから全