平和神軍裁判・論告
今日(2007/12/17)は「平和神軍裁判」を傍聴してきました。
被告の次瀬氏(ハンドル)のサイト「平和神軍観察会」より
お知らせ
「ラーメン花月・平和神軍事件」の刑事裁判の第二十一回公判が終わりました。
論告、弁論が行われました。
検察側の求刑、罰金30万円に対し、私は無罪を主張しました。
これにて本件は、結審となりました。次回、判決は2008年2月29日(金)
13:30~15:00 428号法廷です。是非ご傍聴頂けるよう、よろしくお願いします。
ご傍聴頂いた皆様、本当に有難うございました。
今日は、論告・求刑・判決日の指定でした。
この裁判は、インターネット上の名誉毀損事件が刑事裁判になった初めての例のようで、しかも内容が名誉毀損なのか否かを十分に争う余地があるものでしたから、野次馬的な感想としては「なんで検察は起訴したのか?」とずっと思っております。
わたし自身が平和神軍問題を知ったのは、NIFTY-ServeのBBS8の騒動の頃ですから、98年頃だとなります。
当時は「なんだいこの団体は?」でありました。どう見てもいたずらレベルのことにパソコン通信ですらそれなりのお金を突っ込んでいるわけで「何のつもりなのだろう?」にしかなりませんでした。
2004年にホームオブハート裁判と平和神軍裁判の両方を応援することになって現在に至っているわけですが、次瀬氏の言によると「裁判の間にはっきりしたこともをたくさんあった」とのことで、事実が明らかになった面も大きいです。
現在の名誉毀損事件の考え方にはわたしは「古すぎるのではないのか?」と強く思っていて、刑法が出来た当時(明治40年=明治40年=1907年)状況をそのまま固定的に法的判断をしているのだが、主に技術的進歩が社会を変革して法律と現実の接点がどんどん希薄なっているのではないか?と感じています。
名誉毀損
第二百三十条
公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。
2 死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない。
(公共の利害に関する場合の特例)
第二百三十条の二
前条第一項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
2 前項の規定の適用については、公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなす。
3 前条第一項の行為が公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
(侮辱)
第二百三十一条
事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、拘留又は科料に処する。
基本的に「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者」は処罰されるとなっていますから、「公然と」とは何か?が問題となるでしょう。
公然ではない、とされているものには「他人が聞いていないところで、本人だけに言う」とか「家族内の会話」などは公然ではないとされています。
これで「公然」とは放送・出版・チラシの配付といったものが対象になりそうだ、と分かりますが、では明治40年(1907年)にはどんな「広報手段があったのか?」を考えてみます。
電報 1869年 新聞 1870年 雑誌 1873年 謄写版 1894年 日清戦争 1894年 日露戦争 1904年 大正デモクラシー 1905年 ラジオ放送 1925年
こういう時代に「公然と」とはどういうことかを想像してみると、なにしろ謄写版の発明は日清戦争での情報伝達に非常に有効だったとして軍隊が大量に使用したという位の時代ですから、チラシを大量に作るなんてことは出来ないわけです。
「公然と」とは「多くの大衆に」といったほどの意味でしょうから「情報の量産」が前提になっているわけで、1907年に情報の大量生産が出来たのは新聞と雑誌だけと言って間違えないでしょう。
名誉毀損の対象は「個人の名誉=個人」ですから、個人を新聞や雑誌を使って責めると言う図式の中で考えられた法律であろうと思われます。
「公然と」と定義するだけで、「資力を使って」という意味に相当したのではないか?と考えています。
逆に言えば、個人の情報発信力の程度では名誉毀損は成立しない。だから、個人の言い分の自由は保障される。という考え方だったのでしょう。
確かに、政治家を雑誌などが名誉毀損に相当する記事で誹謗中傷した場合に、法的に全く追求できない社会には、正義は無いと言えるでしょうから、名誉毀損罪は必要だと思います。
現在でも、週刊誌は名誉毀損事件になることが多いのですが、これこそが刑法の名誉毀損の典型なのでしょう。
このような1907年頃の社会情勢に対して、戦後のコピーから始まる個人による情報の大量生産が可能になった現代では、機械的に「公然と」を1907年当時の判断基準に置いては無理がありすぎる、と言うべきであって行き着くところが今回の刑事裁判になった、と考えています。
事件としては求刑が罰金30万円の小型の事件ではありますが、ネットワーカとしては注目するべき裁判です。
12月 17, 2007 at 11:41 午後 ネットワーク一般論, 事件と裁判 | Permalink | コメント (1) | トラックバック (0)