2007.12.17

平和神軍裁判・論告

今日(2007/12/17)は「平和神軍裁判」を傍聴してきました。

被告の次瀬氏(ハンドル)のサイト「平和神軍観察会」より

お知らせ

「ラーメン花月・平和神軍事件」の刑事裁判の第二十一回公判が終わりました。
論告、弁論が行われました。
検察側の求刑、罰金30万円に対し、私は無罪を主張しました。
これにて本件は、結審となりました。

次回、判決は2008年2月29日(金)
13:30~15:00 428号法廷です。

是非ご傍聴頂けるよう、よろしくお願いします。

ご傍聴頂いた皆様、本当に有難うございました。

今日は、論告・求刑・判決日の指定でした。

この裁判は、インターネット上の名誉毀損事件が刑事裁判になった初めての例のようで、しかも内容が名誉毀損なのか否かを十分に争う余地があるものでしたから、野次馬的な感想としては「なんで検察は起訴したのか?」とずっと思っております。

わたし自身が平和神軍問題を知ったのは、NIFTY-ServeのBBS8の騒動の頃ですから、98年頃だとなります。
当時は「なんだいこの団体は?」でありました。どう見てもいたずらレベルのことにパソコン通信ですらそれなりのお金を突っ込んでいるわけで「何のつもりなのだろう?」にしかなりませんでした。

2004年にホームオブハート裁判と平和神軍裁判の両方を応援することになって現在に至っているわけですが、次瀬氏の言によると「裁判の間にはっきりしたこともをたくさんあった」とのことで、事実が明らかになった面も大きいです。

現在の名誉毀損事件の考え方にはわたしは「古すぎるのではないのか?」と強く思っていて、刑法が出来た当時(明治40年=明治40年=1907年)状況をそのまま固定的に法的判断をしているのだが、主に技術的進歩が社会を変革して法律と現実の接点がどんどん希薄なっているのではないか?と感じています。

名誉毀損

第二百三十条

公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。

2 死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない。

(公共の利害に関する場合の特例)

第二百三十条の二

前条第一項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。

2 前項の規定の適用については、公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなす。

3 前条第一項の行為が公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。

(侮辱)

第二百三十一条

事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、拘留又は科料に処する。

基本的に「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者」は処罰されるとなっていますから、「公然と」とは何か?が問題となるでしょう。
公然ではない、とされているものには「他人が聞いていないところで、本人だけに言う」とか「家族内の会話」などは公然ではないとされています。

これで「公然」とは放送・出版・チラシの配付といったものが対象になりそうだ、と分かりますが、では明治40年(1907年)にはどんな「広報手段があったのか?」を考えてみます。

電報1869年
新聞1870年
雑誌1873年
謄写版1894年
日清戦争1894年
日露戦争1904年
大正デモクラシー1905年
ラジオ放送1925年

こういう時代に「公然と」とはどういうことかを想像してみると、なにしろ謄写版の発明は日清戦争での情報伝達に非常に有効だったとして軍隊が大量に使用したという位の時代ですから、チラシを大量に作るなんてことは出来ないわけです。

「公然と」とは「多くの大衆に」といったほどの意味でしょうから「情報の量産」が前提になっているわけで、1907年に情報の大量生産が出来たのは新聞と雑誌だけと言って間違えないでしょう。

名誉毀損の対象は「個人の名誉=個人」ですから、個人を新聞や雑誌を使って責めると言う図式の中で考えられた法律であろうと思われます。

「公然と」と定義するだけで、「資力を使って」という意味に相当したのではないか?と考えています。
逆に言えば、個人の情報発信力の程度では名誉毀損は成立しない。だから、個人の言い分の自由は保障される。という考え方だったのでしょう。

確かに、政治家を雑誌などが名誉毀損に相当する記事で誹謗中傷した場合に、法的に全く追求できない社会には、正義は無いと言えるでしょうから、名誉毀損罪は必要だと思います。

現在でも、週刊誌は名誉毀損事件になることが多いのですが、これこそが刑法の名誉毀損の典型なのでしょう。

このような1907年頃の社会情勢に対して、戦後のコピーから始まる個人による情報の大量生産が可能になった現代では、機械的に「公然と」を1907年当時の判断基準に置いては無理がありすぎる、と言うべきであって行き着くところが今回の刑事裁判になった、と考えています。

事件としては求刑が罰金30万円の小型の事件ではありますが、ネットワーカとしては注目するべき裁判です。

12月 17, 2007 at 11:41 午後 ネットワーク一般論, 事件と裁判 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2007.12.08

総務省がフィルタリングの原則加入を打ち出したが

日経新聞より「携帯有害サイト制限、未成年者は原則加入・総務省、各社に要請へ

総務省は7日、未成年者が携帯電話の出会い系サイトなど有害サイトを閲覧できないようにするフィルタリングサービスに原則加入するように携帯電話会社に要請する方針を固めた。

出会い系サイトなどで犯罪に巻き込まれる未成年者が後を絶たないため。10日にNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクモバイルの首脳を総務省に呼び、増田寛也総務相が要請する。携帯各社も対応する見通しだ。

現在、携帯各社はフィルタリングサービスに加入するかは保護者の意思に任せている。

今後は保護者が未成年者のために新規契約する際は自動的に同サービスに加入する仕組みとし、希望しない場合のみ申し出てもらう。既契約者についても加入していない人には加入を強く促すよう求める。

まぁ一歩前進だとは思うが、なんでこの程度の「対策」しかできないのか、という方がよほど問題だと思うのだが・・・・・。

効果という点では、子ども用の携帯電話がどうあるべきかをちゃんと提示することが先決だろう。
現在、保護者にフィルタリングサービスの加入を選択させていて、その結果がどうも芳しくないというのだから、保護者がフィルタリングサービスの意味や必要性を理解していない。さらに言えば子どもに持たせる携帯電話がどんなものなのかを知らない事の証明でしょう。

であるからして「子供用携帯電話」を普及させることが一番分かりやすい、とわたしは主張するのです。
子どもが、社会人のそれもバリバリのITエキスパートが使うような携帯電話を持つ必要性はないでしょう。
今回の総務省の方針は、高性能携帯電話を子どもに買わせて、かつ能力制限をしようというある種の詐欺的商法を促進しているようなところがあって、第一フィルタリングサービスはいわば「最低限の対策」に過ぎなくて「どういう携帯電話が子どもには必要か?」という視点が全く欠けているとしか思えない。

では、この問題を文科省はどう見ているのか?というと「携帯電話は学校で必要としない」という理由で全くチェックしていない。確かに「校内での活動」には不要だろうが、子どもたちの生活全般から言えば「不要」とは言えないだろう。
どう考えても「関わりたくないから知らない」と文科省が言い張っているようにしか思えない。
その結果が、「この程度の対策」になったのだろう。

12月 8, 2007 at 11:01 午前 ネットワーク一般論, 教育問題各種 | | コメント (27) | トラックバック (0)

2007.10.28

出会い系サイトの規制なんて有効ではない

サンケイ新聞より「出会い系サイト規制強化へ

政府が11月9日のIT戦略本部(本部長・福田康夫首相)で決定する「有害サイト集中対策」案の全容が27日、判明した。出会い系サイトを通じた児童買春が後を絶たない実態を重視し、「出会い系サイト規制法」(平成15年施行)の改正で未成年者利用の防止を徹底する方針を明記。学習指導要領を改定し、有害サイトへの適切な判断力を育成する「情報モラル教育」を推進することも盛り込んだ。

集中対策案は、闇サイトを通じて知り合った男3人による女性拉致・殺害や、自殺サイトを舞台にした嘱託殺人などの事件続発を踏まえ、関係各省でつくる「IT安心会議」が策定した。首相が掲げる「国民の安全・安心を重視する政治への転換」を印象付けたい狙いもある。

ただ憲法が保障する表現の自由との兼ね合いから、出会い系を除く有害サイトの法規制は引き続き見送られ、実効性の確保が課題になりそうだ。

現行の出会い系サイト規制法も未成年者の利用を禁じ、事業者に年齢確認を義務付けている。しかし、対策案は少女を中心に「犯罪被害者が毎年1000人以上いる」と指摘し、本年度中に法改正の結論を得るとした。運転免許証、健康保険証のコピーの送付や画像の送信など年齢確認方法の厳格化を求める方向だ。

出会い系サイト被害者の96%以上が携帯電話からのアクセスだとして、携帯電話でのサイト閲覧を制限するフィルタリングの普及促進も柱に据えている。このほか関係機関による「ネット安全・安心全国協議会」設置や、警察によるサイト監視「サイバーパトロール」の民間委託、特定電子メール送信適正化法改正による迷惑メール規制強化を列挙。

闇サイト対策は「サイバーパトロールや、(一般からの通報を受け付ける)インターネット・ホットラインセンターの体制強化を図る」との内容にとどまった。

出会い系サイト対策案のポイント

有害サイト集中対策案のポイントは次の通り。

  • 出会い系サイト規制法を改正し未成年者利用の防止を徹底。
  • 有害サイトへの適切な判断力を育成するため、学習指導要領を改定し情報モラル教育を推進。
  • 出会い系以外の有害サイトの法規制は見送り。
  • 有害サイト閲覧を制限するフィルタリングの普及促進。
  • 関係機関による「ネット安全・安心全国協議会」設置。警察のサイバーパトロールを民間委託。

出会い系サイト規制法

インターネットの出会い系サイトを利用して18歳未満の未成年者に性交渉を持ち掛けることや、未成年者がサイト掲示板に相手を募る書き込みをすることを禁止する法律。

年齢、性別を問わず一律100万円以下の罰金。

事業者には未成年者の利用禁止の明示や、未成年者でないことの確認を求めている。

携帯電話の普及で出会い系サイトをきっかけにした児童買春などが急増したのを受け、被害防止を目的に平成15年9月に施行された。

「小中学生の携帯電話」に書いたことそのものなのですが、情報発信側の規制をしてもダメですよ。

ネットでの情報は、一元化されていてありとあらゆる情報が同じところ(同じ次元)にあるわけです、だから情報の選別は受信者側が行わなくてはならない。

技術的にはフィルタリングなどであって、「フィルタリングの普及促進も柱に据えている」などと言っているところで、すでに間違っていると言うべきでしょう。

子どもに無制限のアクセス権を与えてしまっているのが、実は携帯電話の使用なのですが、現実は携帯電話は安全面などから無くてはならない物になっていますから「携帯電話を持たせなければよい」では観念的な暴論に過ぎません。

なんでこういう問題について具体的な、いわば現場からの積み上げの話にならないのでしょうか?

フィルタリングの有効な携帯電話(子供用携帯電話)しか持たせないようにすればよい。
それは学校が強制してしまえばよいことです。

10月 28, 2007 at 09:45 午前 ネットワーク一般論, 教育問題各種 | | コメント (9) | トラックバック (0)

2007.07.21

通信についての縦割り行政

朝日新聞より「ブロック!有害サイト 警察と携帯各社が団結

夏休み中の子供が携帯電話の出会い系サイトなどに接続して犯罪に巻き込まれるのを防ごうと、警察や行政、携帯電話会社が、有害サイトの閲覧を制限するフィルタリングサービスの普及に力を入れている。携帯各社が加盟する電気通信事業者協会は「新規申し込みの際、フィルタリングの要否を必ず確認しているので、利用してほしい」と呼び掛けている。

大阪府警少年課はNTTドコモ、KDDI(au)、ソフトバンクモバイルの協力を得て、フィルタリングの利用を呼び掛けるチラシを120万枚作成。府教育委員会を通じて府内の全小中高約1860校に配った。全児童・生徒にチラシを配布しての啓発活動は全国でも異例という。

同課は「夏休みになると自由な時間が増え、子供が犯罪に巻き込まれやすくなる。子供だけでなく、親にもフィルタリングを知ってもらうことで犯罪を抑止したい」と話す。大阪市内のある中学校は三者面談の席で保護者と生徒に説明しながら、チラシを渡した。

一方、京都府は電気通信事業者協会に要請し、今月2日にJR京都駅でイベントを開催。特設ブースを設け、子供向け携帯電話の展示やフィルタリングサービスの案内をした。早速、近くの携帯ショップへ行き、サービスを申し込む来場者もいたという。

何年も前からこの種の「対策提案」は見ていますが、極めて不思議に思っているのが

何で学校が出てこないのか?

です。
基本的に警察主導で、コンテンツや配信、契約などの問題のはずなのに総務省系統は出てこない。
学校も出てきません。

携帯電話機は各社とも子供向け向けのサービス(フィルタリングサービス)の他に子供向けの電話機を発売しています。
先日は、航空会社で問題になった機種でありますが

記事を読んでも「フィルタリングサービスを設定せよ」と親に要求するトーンなのですが、そんな難しいことを要求するよりも、学校が「子供用携帯電話しか認めない」と取り締まってしまえばよろしい。

先日、中学校を訪問したときに生徒同士の会話を聞いていたら「携帯はまだ早いよ。高校からでよい」と話していました。
これは一つの価値観ですが、当事者である生徒の間でもこんな話題になっている。
一方、大学生になると「携帯メールが必須」という大学が沢山あります。

中学で携帯電話そのものが不要と言いつつ、大学になると持っているだけでなく使いこなすことを要求されている。
これを何とかするのは高校の3年間しかない。
いったいどうやって、中学生を大学生(社会人)と育てていくのか、という観点でネット利用の教育プログラムを考えるべきなのに、こんなところで縦割り行政をしていること自体が大問題だと思う。
日本の将来をどう考えているのか?

7月 21, 2007 at 11:59 午前 ネットワーク一般論, 国内の政治・行政・司法, 教育問題各種 | | コメント (4) | トラックバック (0)

サイトにアクセス→処分

神奈川新聞より「私用接続でサーバーダウンさせた職員を処分/川崎市

川崎市は二十日、業務に無関係なインターネット接続が原因で、市の接続用サーバーをダウンさせたとして、環境局の課長級(主幹)の男性職員(54)を減給二カ月(十分の一)の懲戒処分にしたと発表した。

同市によると、同職員は五日午後四時三十七分から約十七分間、飲食店のホームページ(HP)を閲覧したところ、同HPからのアクセスが市サーバーに集中し、約七分間、市役所や区役所など大半の職員用インターネットが使えなくなった。

同HPのトラブルなどが原因とみられるが、市パソコンの個人情報などに被害はなく、市HPの外部からの閲覧にも影響はなかったという。市は同HPへのアクセスを遮断した。

市は従来、内規でネットの私的利用を禁じ、有害サイトへの接続もできないようにしている。

正直に言って「意味不明」な記事あるいは処分だと思う。

そもそも、この「処分」はサーバーをダウンさせたことに掛かるのか、ネットの私的利用に掛かるのか?が分からない。

もっとも「食店のホームページ(HP)を閲覧」→「同HPからのアクセスが市サーバーに集中」というのでは、どういう飲食店なのだよ?と強く問題にしたいが、それで処分?

いわば「道義的に問題だ」ということなのかもしれないが、どうなんだろう?
そもそもサーバーがダウンしたというのは技術上の問題であって、回避できなかった川崎市のネットワークの安全性の方は問題にしなくて良いのか?

推測すると

  1. 怪しげなサイトにアクセス
  2. 川崎市のネットワークに攻撃
  3. ネットワークがダウン

であろうから「原因を元から絶たないとダメ」という発想で「アクセスしたのがけしからん」→「予防するためには処分する」担っているのだと思う。

では、市のネットワークがダウンすることがこの処分で防げるのか?と言えば「そんな保証はない」のは明らかで、処分したことで技術的あるいは教育的な対策が進まない可能性は少なくないだろ。

何でこういうところから一歩も前進しないのだろう?

7月 21, 2007 at 11:38 午前 ネットワーク一般論 | | コメント (1) | トラックバック (1)

2007.06.19

ネット問題こそアナログ的な判断を

読売新聞が「教育ルネサンス」という連載を続けています。
2007/5/29~2007/6/16の15回に渡って「ネット モラル」と題する記事がありました。

全体として意欲的で良くできていると思うのですが「こういうまとめ方で良いのかね?」と感じるところがあっちこっちあります。

例えば最新の「(15)【読者の声】学校・家庭を「教習所」に」はこんな内容になっています。

「ゲームサイトで知り合った男子高校生に、小学6年の娘が会いに行ってしまい、肝を冷やした」と、東京都内の母親(41)が、ファクスやメールで体験を寄せた。

サイトは携帯電話専用で、日記や掲示板の機能もある。昨年末の登録直後から、小学生の女児目当てと思われる男性から娘に大量のメールが届き、娘はその中の一人と近所の駅で待ち合わせをした。

「友達も利用しているサイトだから大丈夫」と言う娘に、「これが出会い系サイトだよ」と教え、携帯電話のフィルタリング(有害情報の遮断機能)もあわててかけた。「このようなサービスの宣伝が、電車のつり広告やテレビのCMで流れていることに不安を感じる」と訴えた。

携帯電話がほしいという小学6年の娘と家族会議をしたというのは神奈川県の父親(39)だ。

「みんなが持っているから」「何に使うの?」「学校の友達とメールとか……」「絶対に必要なのか。家の電話ではだめなのか。学校で会った時に話せば」

そんなやりとりの末、娘は自ら「今は必要ない」と結論を出した。「こういうことを言うと、すぐに『時代が違う』という方がいるが、変わったのは、子供ではなく、育てている大人の考え方では」とつづった。

ネットでの深刻ないじめについても便りが届いた。

「孫の知人が、ブログ(日記風ホームページ)で孫の名を使って他人を中傷した。いわれのない批判や脅迫を受け、我慢できなくなった孫は暴力を振るってしまい停学処分を受けた。夫と胸を痛めている」といった事例だ。

千葉県の女性も、息子がネットで中傷を受けているが対処の手だてがなく、人間不信に陥って途方に暮れていると手紙で訴えた。

「18歳以下はネット禁止にしてもよいくらい危機感を持っている」というのは愛知県の女性(37)。「自分の子供にはフィルタリングを使っていても、友人のだれかが有害情報を持っていたらボタン一つで流せる」と無力感をつづる。

山口県の大学教員(59)も「携帯電話に時間を取られ、勉強が二の次になっている。親が携帯電話の使い方を学ばなければならない風潮は愚の骨頂。最初からモラルを考えた電話を販売すればいい」と主張した。

「携帯電話を販売する時に、子供に危険性を説明してほしい」という声のほか、「大人のモラルをまず正せ」という意見も目立った。現実でもネットでも、子供は大人を見て育っていることを忘れてはいけない。

なんかヘンに感じるのです。そもそも携帯電話を持たせることを善悪なんかで評価できないからこんな事になっているわけです。
同様に出会い系サイト問題もネットワーク問題であって、フィルタリングするとなったようですが、そもそも小学生がネットワークを使用する必要があるのか?となります。

一方で、大学生になるとネットワークが使用できないと授業に出席できない学校があります。
就職に至っては、ネットワークでしか会社説明の資料を出さない会社も多い。

これはいわば、国語の学習のようなもので、小学一年生に「将来書くのだから、履歴書を書きましょう」とは誰も思わない、もっとふさわしいテーマがあるわけでネットワーク利用についてももっときちんとした、小学生から社会人までの使い方を組み立てないと意味無いだろう。

最近つくづくと思うのだが、どうして日本はここまでデジタル的価値観だけになってしまったのだろう?
ネット利用は是か非かなんて議論をしても意味がない、便利もあれば危険もある、それぞれの必要に応じて使えばよいのであって、小学生が出会い系サイトにぶつかるなんのてはいわば呑み屋街に小学生を送り込んだら酒を覚えてしまった。というくらいもので親の責任だ。
それを「酒は怖い」とか「小学生に酒を呑ませるな」というのは当然での主張ではあるが、そういっていれば無くなるものではあるまい。

ネットをめぐる諸問題についてはもちろん、ネットに無関心な親の子供、という問題だからあと10年も経てば親の世代がネットを利用しているから全く事情は変わると思うが、問題は「デジタル的価値観による判断」であって、新しい技術や問題など登場したときに「大丈夫なのか?」と疑る能力の低下、になっていると思う。

デジタル技術を万人が利用できるようになった現在こそ、アナログ的な価値観や表現力を重視し、またそれを受け取る能力を磨くことが大事だと、強く思うのです。

6月 19, 2007 at 09:52 午前 ネットワーク一般論, 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.06.18

ネットやPCの特別扱いは終わるべきだ

サンケイ新聞社説より「警察官不祥事 モラルの欠如が甚だしい

警視庁北沢署地域課の巡査長の私物のパソコンから、約1万件の捜査資料が流出した事案は、警察からの流出件数としては過去最大規模だ。

なぜ、このような内部資料が流出したのか。巡査長の私物のパソコンが、ファイル交換ソフト「ウィニー」のウイルスに感染していたことで、膨大なデータがインターネットを通じ外部に流れたようだ。

ウィニーをめぐっては、昨年、全国の警察で同じような流出が続出し、警察庁はウィニー使用を禁止する緊急通達を出した。

にもかかわらず、この巡査長は通達を無視し、私物のパソコンにウィニーを使用していたわけで、情報管理のずさんさ、危機管理意識のなさが、一線警察官の現場でまかり通っていたことになる。事態は深刻である。

ウィニー問題だけではない。愛知県警では、事件捜査にあたる巡査長が捜査情報を事件関係者に漏らし、捜査自体が失敗するという不祥事が明るみに出た。

大阪府警の捜査2課に勤務するベテランの警部補は、大阪府枚方市の清掃工場をめぐる談合事件で、大阪地検に逮捕されるという前代未聞の事件を引き起こした。捜査2課といえば、汚職や談合事件を摘発する部署だが、自らが談合の中心的役割を担っていたというのだから、話にならない。

住民の警察への信頼はまだまだ厚いが、このような不祥事の続発は、警察への信頼を根底から崩していくことになる。警察の全組織を挙げてモラル低下を防ぎ、職業倫理を高めていかないと、住民の信頼をつなぎ留めることはできない。

この社説にはなんか違和感を感じます。

  1. winny 問題
  2. 捜査情報を当事者に漏らした
  3. 談合事件に関わった

コレでは全く別の性質の事件だろう。
確かに「警察官がモラルとして守るべき事を怠った」とは言えるだろうが、対策が「モラルを守れ」にはならないと思う。

そもそも、この3つの事件の内で winny 問題がなかった場合に、この社説は「モラル」を全面的に出してきただろうか?
捜査情報を当事者に漏らした、談合に関わったでは古典的な悪徳警官像にしかなるまい。
モラルに言及するとしても「悪徳警官撲滅」のような記事になるだろうし、第一行為そのものが法律違反だ。結果ではなく、行うこと自体が犯罪と言える。

これに対して、winny 使用は行為としては現在のところ法律違反ではない。
では、winny を使っていない私物PCに捜査情報をコピーして、そのコンピュータを他人が見るとか、盗まれたとかといった場合には法律違反にならないのか?
ごく普通に考えて、捜査情報を自宅に保管するようなことが許されて良いわけがないだろう。

つまり、winny の使用は現在のところ法律違反でないにしても、私物のPCに捜査情報をコピーすることは、紙の資料を持ち出すことと何が違うのか?ということになる。

にもかかわらず、社説は「モラルの問題」としているのはなぜか?と考えるのですが、結局はPCの情報は紙とは別のものだ、という前提で書いているのでしょう。
ちょっと前には裁判でも掲示板のログを印刷したのもの証拠能力を問題にする、といった特別視がありましたが、今ではそんなことはない。
時代はドンドン変化して、すでにPCや通信は特別のものでは無くなりつつあるのだから、winny だからといった理解ではダメでしょう。この社説は時代の変化を表すものとして記憶して良いかもしれません。

6月 18, 2007 at 08:28 午前 ネットワーク一般論, 事件と裁判, 国内の政治・行政・司法 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.06.06

中学校で事務管理情報がハッキングされる

信濃毎日新聞より「テスト成績データなど生徒が見て持ち出す 小諸東中

小諸市加増の小諸東中学校で、生徒が校内のパソコン教室の端末から、学校のサーバー内にある教員用データを集めた「フォルダー」を閲覧し、勝手にテストの成績や生徒の住所録などのデータをコピーして自宅に持ち帰っていたことが5日、分かった。
同校は管理ミスがあったとして同日の朝会で生徒に報告し謝罪、夜に保護者説明会を開く。
市教育委員会も同日、市議会全員協議会で報告した。

市教委や同校によると、持ち出されたデータは、1学年分個人ごとの中間・期末テスト得点をまとめた成績表と名簿、住所録、学級編成資料。男子生徒2人がパソコン教室で昨年10月ごろから放課後の部活動の時間に閲覧していたとみられ、4月以降に何回かに分けてUSBメモリーなどの記憶媒体にコピーして自宅に持ち帰った。
さらに別の2人の男子生徒にデータをコピーして渡したという。

5月25日に「情報が漏れている」と別の生徒が教員に訴え発覚。

業者が調べたところ、本来なら教師用パスワードを入力しないとアクセスできないフォルダーが、生徒用パスワードで開ける状態になっていた。
システムは一昨年9月に更新。
教員側が何らかの設定変更をした際にアクセスが可能になったとみられる。学校はデータの入った記憶媒体や自宅のパソコンの提出を受けてデータを消去した。

校長は5日、取材に対し「学校の管理ミスで生徒に申し訳ないことをした」と述べた。
データを持ち出した生徒には厳重注意したという。
同市教委は「生徒が閲覧できる環境をつくってしまい、ミスを発見できなかったのは学校や教育委員会の責任。
生徒のケアに努めるとともに、教職員を対象にした研修会を開いて再発を防止する」としている。

学校(校長)や教育委員会が「再発を防止する」と言っても、調査段階で業者が調べたらパスワードの設定が混乱していた、と言うのですから技術的には当事者能力が無いですね。

高校では情報の授業が必修になっていて、一クラス40人が同時にコンピュータ実習が出来るようにコンピュータ実習室があって、ちょっと昔のことを考えると隔世の感というよりもウソみたいといった印象です。

当然のことながら、学校自体でもネットワーク利用環境の整備は進んでいますし、教育委員会は教員1人ずつにメールアドレスを配付することも多いのですが、実情はかなりお寒いところもあります。

学校での事務合理化を考えると、何十人かの教員・職員がいる職場ですから複数の端末を置いて、サーバに情報を集中して、ネットワーク構築をしなければならない。となりますが、学校でネットワーク管理を任せるのが適任の方、となると情報の先生が当てられてしまうことがあります。

情報の授業をする先生が、ハードウェアの故障診断から工事に至るまで担当しているのが現実で、ネットワーク環境を活かすことが出来る可能性はあるとは言えますが実際には「担当者が多忙で」とかなっても不思議ではありません。

こんな実情なので、教員が学校でメールを使う(メールアドレスを取得する)のも個々の事情によるとされていて、必ずしもメールが機能していない学校も少なくありません。
また、中途半端にネットワークが機能しているので、メールを受信する専門の担当者が印刷して宛先の先生に配付する、なんてこともありネットワーク活用とは言い難い状況もあります。

問題の中学校で事務管理と授業用の情報が同一ネットワークに流れていたこと方が問題じゃないかと思います。
学校・教育委員会の認識は「間違えないようにする」なのだと思いますが、人間は間違えるものだ、間違えても重大事故にならない、という対応こそが大事でどうも基本的なところを理解していないのではないか?と感じます。

6月 6, 2007 at 10:44 午前 セキュリティと法学, ネットワーク一般論, 教育問題各種 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2007.06.02

大物スパマー逮捕

CNN.co.jp より「世界有数のスパム送信者を逮捕、米連邦捜査当局

米国の連邦捜査当局が5月30日、インターネットを利用して膨大な迷惑メール(スパム)を送信していたとして、27歳男を逮捕、起訴した。
電子メール関連の詐欺罪や資金洗浄、通信不正行為など、35件の罪に問われている。
当局などによれば、世界でも10本の指に入る、悪質なスパマー(迷惑メール送信者)だという。

他人のIDを不正に利用し、他人のドメインを悪用して罪に問われるのは、初めてとなる。

捜査当局によると、容疑者は2003年から、不正なプログラムに感染させたコンピューターを悪用し、膨大な数のスパムを送信。

2005年に米マイクロソフトと、オクラホマ州のプロバイダが被告を相手取って起こした訴訟で、それぞれ700万ドルと1億ドルの損害賠償を命じられたにも関わらず、その後もスパムの送信行為をやめなかったとしている。

また、乗っ取ったコンピュータを使って大量のスパムを送信。送信したスパムにあるリンクをクリックすると、同被告のウェブサイトにつながり、495ドルの費用で、2000万通の広告メールを15日間で送信できると宣伝していた。

記事のタイトルだけを見たときには「どういう罪名で逮捕したのか?」と思いましたが、結構な確信犯のようですね。

警察の講演を聴くとサイバー犯罪であっても犯罪は最終的には利益を得ることを目的にしている、断ずることが多く、それを逆に考えると全くのいたずらと犯罪は区別できると言っています。

今回は、スパムの送信を業務として宣伝していたというのでは、FBIも黙ってはいない、というところでしょう。

インターネットが社会で実用になってほぼ10年強ですが、実用になったということは「インターネットだから」と特別視する対象ではないということです。現実に利益もあれば損害もあるリアルな存在になったということです。今後警察分野でも普通の犯罪扱いされていくのでしょう。

6月 2, 2007 at 10:48 午前 ネットワーク一般論 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.05.06

電子メールについて考えるその2

「電子メールについて考える」の続きです。

「電子メールシステムと sendmail」は届きましたが、3000円に近い本としてはまぁ役に立たない。
全部ダメということでもなく、資料的な意味は認めますが、現在の問題についても将来の方向についても見解が出てません。

そんなタイミングでコメントをいただきました。

前には書かなかった事情があって、それが電子メールの高度化(?)に私が注目する大きな理由です。

最近の高校生はインターネットを
積極的には使わないらしい。

これは高校に社会人講師として話に行って高校生に聞いてみた結果です。
また、ネット上での大学生や新社会人の行動などを見てもどうも昔我々がネットに熱くなって色々なことを探っていたのとは違うような雰囲気を感じます。

今の高校には情報の授業が必修ですから、コンピュータが使えない・使ったことがないという生徒はいません。
しかも、携帯電話を持っていない生徒は皆無に等しくメールやゲームをやっているのは当然。
その上で「インターネットはあまり見ない」とかいうからとまどってしまいます。

自分自身のことを考えると子供の時から「情報を調べるのが大好き」でありました。こういう人は少なくはなく、パソコン通信に入ったら「知識自慢」がゾロゾロ居るのには驚いたものです。
しかし当時は「通信をすること自体が特別なこと」だったから、通信をしなくても社会生活にはなんの問題もありませんでした。

ITバブルは社会的にインターネットバブルとなっていきますが、会社の中では「IT化=誰でもパソコンが使えて当然」となりました。
パソコン通信に手を出している人たちは別にパソコンを使うことが商売でなくてもパソコンを使わないとパソコン通信も出来ないのだから、パソコンを使うこと自体を問題にする人は居なかったのですが、普通の会社員にインターネットの利用やパソコンの使用をさせるとなると、その抵抗は激烈なものがありました。

当時は「個人の得手不得手の問題だろう」ぐらいにしか感じなかったのですが、今になると当時の判断は間違っていたのではないか?と思うようになってきました。

子供の頃を思い出してみると、わたしは情報収集癖というか野次馬根性は他を圧していたと思います。なにしろ、小学校の時のいつもの遅刻の理由が「新聞を読んでいて遅れる」だした(^^ゞ
たまたまパソコン通信で知り合ったメンバーは似たような人ばかりで、今でも「ちょっと相談」と年中電話しています。

そういう経験があったので「いずれは誰もがインターネットを利用して野次馬になる」といった感覚があったのだと思うのですが、先の高校生などの例を見ているとインターネットが普及して10年にもなるのに「立場上メールのやり取りは出来ます」といった人が実はもの凄く多くて、鑪野次馬は増えていないと気づきました。

野次馬は放っておいても自力で情報を取りに行きますが、野次馬で無い人は情報が来るまで待っている。
こういう図式であるとすると「ホームページからダウンロードしろ」というのをメールアドレスを知っている人に指示しても実行されない、のは当然ではないのか?となりました。
そこで「メールの高度(?)な利用を考える」となったわけです。
これは社会的な問題のような思えてきました。技術は社会の要請に応じるものでしょうから、メール以外のポイントキャスト(ブロードキャストに対抗する)的な何かが出来ても良いですよね?
調べれば調べるほど、メールシステムでは無理があるような印象が出てきました。

5月 6, 2007 at 12:38 午後 ネットワーク一般論 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.05.03

リナックスの販売!強化だって

日経新聞より「無償基本ソフト「リナックス」販売で連合・米オラクルなど

米オラクル、IBM、NECなど有力IT(情報技術)企業10社以上が無償基本ソフト(OS)の「リナックス」を日本で本格販売するための企業連合を発足させる。

政府調達でリナックスの採用を促す方針が打ち出されたことに対応。
オラクルが各社と契約を結んで保守を一手に担うほか、特許侵害の賠償も全面補償する。

OS市場で圧倒的なシェアを持つ米マイクロソフトに対抗する。

6月にも日本オラクルの主導で発足する企業連合は情報システムの中核となるサーバー用OSが対象になる。

NECなどのほか、日立製作所、ヒューレット・パッカード、デルなど大手サーバー各社が軒並み加わる見通しだ。
NTTデータなど大手システム開発会社の参加も内定している。

う~む・・・・・・。
これはこれで色々な問題が発生しそうですね。

ちょっと(だいぶ)前に気になるニュースがありました。

slashdot.jp より「中央省庁では互換性を重視し、Word、Excelは購入の対象外へ?

NHKニュース(12/31の19時~)によると、「中央省庁で使うコンピューターソフトについて、国は、特定の製品への依存を防ぐため、平成19年からはほかの製品との互換性を重視して調達することになりました。
これによって、現在広く使われている「ワード」や「エクセル」などは、今のままでは原則、購入の対象外になります。」

他にもタレコミがあったが、既に記事は消滅。
よって詳細は不明だが、中央省庁のどこかがそうしたいと思っているのだろう。

わたしもこのニュース確認しているので「おっ!!」と思ったのですが、瞬時にして後続のニュースがないので「ガセですか」と思ったりしています。

しかしながら、行政のように広範囲に影響するところで「ワードでやり取りします」なんてわざわざ注釈するようなことは全くのムダで、OSやアプリケーションを無視しても情報交換がで切る方向に向かうのは必然であります。

実際問題として平成15年度(2003年度)から国土交通省は電子入札に切り替えています。
技術的には XML だそうですが、情報伝達の標準化だと考えると特定メーカのフォーマットといったものは社会的に許されない、という時代が見えてきたということなのでしょう。

5月 3, 2007 at 10:59 午前 ネットワーク一般論 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.04.28

電子メールについて考える

ちょっと電子メールについて調べてみたらなんかすごいというか手が付けられないような状況であることが分かってきました。

事の発端はNPOのMLに html メールでカレンダーなどを配信するようにしたらかなり好評で、もうちょっと積極的に利用することを考えてみると「そもそも html メールとはなんなのだ?」となりました。

もちろん、html メールが www 用の html の応用であることぐらいまでは承知したのですが、その html についての教科書を読んでも www についての説明は将来の方向についても書いてあるのに、メールについてはなんの説明もない。

ネット上で「htmlメール」をキーワードにして検索すると html メールを否定するページばかりが出てきますが、そのいずれもがかなり古いページで更新しているページですら「IE6 で対策されたので・・・」などと説明しています。

もう一つが、html メールマーケッティングに関するコンサルタントの営業ページ。

さらに、迷惑メール対策が出てきます。特に総務省。

一方、アマゾンの書籍検索で「電子メール」とやると技術解説なんてのは出て来なくて、多くがアフィリエート稼ぎの指南書だったりします。

ひょいと思いついて国会図書館の書籍検索で「電子メール」と「2005年以降」で検索したら一冊しかない。
これが迷惑メール対策だった。

要するに今どき電子メールについての解説書なんてものを書いている人は居ないわけで、html メールについての研究といったものも、実質的には数年前で止まっています。仕方ないから直近の本ということで、「電子メールシステムと sendmail」榊正憲 著 アスキー社刊 2003年04月発行を注文しました。

だれかが書いていましたが、www 用の(ヘンな言葉だ)html は css が推奨されてます。基本的に文章構造と文章の修飾の分離です。しかし、html メールでは構造を問題にするほどの文章量には通常ならないけど、修飾するために html にしているわけですから W3C の勧告を厳守すると html メールに css を使うということなって、こんな事は考えられないと言って良いでしょう。タダでさえ「html メールは不当にサイズ大きくなる」というのが批判の一つとしてしっかりあります。

だからと言って、html が各ターミナルが共通して使っている表示機能を利用して相対的にコンパクトに情報を送ることができるのは厳然たる事実であって、これが今更別の修飾機能としてリッチテキストに戻すなんてのは不可能でしょうねぇ?

一体メールの今後はどうなるのでありましょうか?

4月 28, 2007 at 03:50 午後 ネットワーク一般論 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2007.02.19

ネットワーク指導員?

毎日新聞より「ネット教育:子供の安全利用で指導員育成 総務省計画
総務省はネットの安全で適切な利用の仕方を子どもや親に教えるボランティアの地域指導員を全国規模で育成する計画を決めた。
子どもの携帯やパソコンで1割にも満たないフィルタリングの普及率アップも目指す。

同省とネット業界団体は昨春以降、全国の小中学校からの要望を受け、業界関係者らを1日講師として派遣する「e-ネットキャラバン」(e-ネット安心講座)を展開。
ネットの有害情報への対処方法や、有害サイトへのアクセスを制限するフィルタリングソフトの使い方を指導している。

これまで都市部を中心に約500回の講座を開いたが、地方からの応募が少ないことや、地方では講師の引き受け手がいないことから、目標にしていた年間1000回の開催には届かない見通しだ。

このため、子どもや親、教師がネット利用の問題を気軽に相談でき、正しい利用法のアドバイスも受けられる指導員の育成が必要と判断した。具体的には、地域のNPO(非営利組織)のメンバーや教育大学などの大学院生、電器店の店主らパソコンやネットの知識が豊富で地域の実情にも詳しい人から指導員を募集。
「e-ネットキャラバン」の講師役を務めてもらうことから始める。
昨日、10年来の知人である矢延洋泰先生とお話しする機会があったのだが先生は現在の教育批判について「現場の先生は教育問題を考えない日は一日もない」とおっしゃって「誰でも教育評論家状態で現場を見たこともない教育再生会議のメンバーは・・・」という展開になりました。

わたしも実際に何十校かで授業をやって生徒達と話してみると軽々しく「最近の若い者は」とは言えない、と感じるようになっています。

ネットワーク利用の指導というのは、ネットワークを使用してそれなりにひどい目に遭ったり、ひどい目に遭った人の相談に乗ったりという経験がないと無理だと思うのです。

その上に「子どもたちに教える」だから教室に入ったことがない人には無理だよ。


つまりネットを指導できるほどの経験者で、かつ子供を教育したことがある人、なんて居るわけ無いだろ。
そもそも、学校この先生がなぜネットに疎いのか?という根本問題をどうにかしないとダメでしょう。
高校で情報の授業が始まって3年経ったことなるのかな?つまり4年前にコンピュータ犯罪に関する白浜シンポジウムでも「情報の授業はこれで良いのか?」といった議論をしています。

なんで、こうも取って付けたような話ばかりが出てくるのだろう?
ここらは社会教育そのものであって、指導者の育成すら簡単ではないよ、ということを明確にしないと無理だよ。

2月 19, 2007 at 10:04 午前 ネットワーク一般論, 教育問題各種 | | コメント (9) | トラックバック (2)

2007.02.01

ネットトラブルとリテラシー

昨日(2007/1/31)にだいぶ前に書いた「ママメール」にコメントをいただきました。
元の毎日新聞の記事は教師がママメールと呼ばれる伝言網に萎縮している、ということだったのですが、コメントをいただいた bunbunmew さんのブログによると「学校からお知らせが来た」とのことです。
「ママメール」で児童を誹謗中傷してる保護者がいるとのことで、注意を促してはるねん。
ママメールなんて、初めて聞いてんけど、結局お母さん同士のメールでの連絡のことみたい。みんなが知ってる言葉なんかなあ。

ほんで、そんな行為は悪質な犯罪行為やからって、早々に警察に相談して被害届けを出すようにって。

学校への連絡も、って、最後には書いてあるんやけど、なんか、変な感じ。


学校では対処しきれません
ので、警察へ!

みたいな感じやねん。
実際問題として、ネット上の誹謗中傷や名誉毀損などについては、専門家の間でも色々な意見があって、プロバイダ責任制限法についても警察庁サイドは法律自体にすごく否定的だし、プロバイダ責任制限法の背景にある「法的解決よりも当事者の交渉」を現実的ではないと主張しているように思えるのが小倉秀夫弁護士です。

突き詰めてみると、ネット上の誹謗中傷などに関わるのは、被害者・加害者・管理者と三者があるわけで、それぞれが問題を解決するのに当たって、自分の手間が一番少なくなるように、と考えるのはある意味では当然ですが、それは他人に丸投げすればよい、ということではないと思います。

ところが、プロバイダ責任制限法が「丸投げ公認」といった意味に取られているようにも思うし、法的解決についてもほとんどの人は現在の刑法上の名誉毀損事件の解決は極めて大変であることを知らないでしょう。
そうなると、小倉弁護士の主張する「もっと法的解決を使うべきだ」という意見にもいささか以上に抵抗があります。

さらに、最近感じてきたことなのですが、どうもわたしを含む古手のネットワーカの考え方や行動原理は少数派なのではないのか?というがあります。


わたしは情報を求めることに昔から貪欲で、いまや「酔うぞ@野次馬」という名刺まで作っています(^_^;)
NIFTY-Serveで知り合った人たちのほとんどは「自分で情報を求めて調べる」人たちばかりだったから、お互いに知人として付き合ってきました。
同じ情報を取ると言ってもテレビを見ているとか新聞を読むといったことが、流れてくる情報を受け取るだけ、というのとは全く違っていると思っていました。

お互いの立場を上記のようなものだと認識していたので「自己責任」は非常に現実的でありました。
一言で言えば情報を受け取る時に誤解するのは読み手が悪い、書いた情報を誤解されるのは書き手が悪い。
といったことで、どっちに責任があるのか、なんて議論そのものが普通はない、という世界でした。

そういう事が身につくと、自分が知っているあやふやな情報をもっと調べて確実なものにしたり、専門家に相談するといったことを自然に行うようになります。

こうなると、権威ある情報は無いのか?となりますが、古手のネットワーカの理解では情報それ自体に権威はない、世論が権威を作るといったところがあって下手に「○○教授の説では」などと自分の発言を権威づけたりすると、○○教授を論破した教授が反論してくる、といった恐ろしい世界であったわけです。

ところが、最近ではネット利用もごく一般のことになった結果、どうもこのような「調べるまでもなく」といったところが出てきたようです。
数年前に聞いて驚いたことに「Googleで検索したけどGoogleで出てこないから、その情報は間違っている(存在しない)」と判断する人たちが居る、ということでした。

つまりは、ネットワークが個人レベルで持っている根源的な疑問解消のための装置ではなくて、テレビと同様の情報丸投げ装置に変質したのではないのか?と思うようになってきました。

最初に紹介した「学校からのお知らせ」に感じる違和感は、正に「丸投げ」のところなのでしょう。
しかし、「人の口に戸は立てられぬ」であって、ネットワークが個人レベルの情報装置である限り「編集すれば何とかなる」なんてことはあり得ないのであって、編集と同時に教育が不可欠です。
つまり、被害者・加害者・管理者とあった場合に、管理者は当事者じゃないから手続きだけ正しければ丸投げしておしまい、ということはあり得ません。

管理者として何よりも重要なことは「問題を直視して積極的に解決を図る」ことです。
そういう観点から「学校からのお知らせ」を考えてみると「学校は何もしませんよ」と言っているのに等しいわけで、事の是非は別にしても「それじゃ学校を信用するなという意味か?」と受け取られても仕方ないでしょう。
「お知らせ」で済ませるべきではなかったですね。
父兄集会でも開いてきちんと勉強するべきでしょう。

参考に ITmedia News に出ていたウォールストリート・ジャーナルの記事「ネットいじめ に学校はどう対処するか」をリンクしておきます。
カイリー・ケニーさんが歩くにつれて、ささやき声やヤジは次第に大きくなっていった――それがなければ、平凡な8年生の学校生活のはずだった。
その理由は、同級生の何人かが作った「Kill Kylie Incorporated(カイリー・インコーポレイテッドをつぶせ)」というタイトルのWebサイトの噂が広まったことにあった。

 このサイトでは、「あの子はおかしい。なぜかというと……」という見出しの下に、
粗野な侮辱の言葉が並べられていた。学校の全員がこのサイトを見たようだった。
困った彼女は学校にこのサイトを報告したが、このいじめの影響があまりに深刻だったため、結局転校したという。
「まだ感情的なダメージが残っている」と話すカイリーさんは、今は10年生だ。






2月 1, 2007 at 10:58 午前 ウェブログ・ココログ関連, ネットワーク一般論, 事件と裁判 | | コメント (3) | トラックバック (1)

2006.11.21

「わたしはメールが嫌いだ」とは

東京新聞より「加藤寛一郎 電子メール 私は嫌いだ
私は電子メールが嫌いである。自分のメールアドレスも知らない。どうしても必要なときは、家内に打ってもらう。

手紙も好きではない。しかし、必要なものは書く。自分の仕事を編集者に説明するような場合、むしろ手紙にする。この方が、考えが整理される。口頭より、互いの理解が正確になる。

研究仲間の話を聞くと、一日の半分くらいをメールに使う人もいる。手紙嫌いでも、メール好きは多い。友人の一人によると、メールはワープロのフォーマットを考える煩わしさがないのがいいらしい。体裁を考えずにすみ、気が楽だという。しかし、暇つぶしの要素もあるのではないか。

数年前、アメリカから手紙が届いた。差出人は日本人の物理学者で、このご夫婦には三十年前、夫婦ともども彼の地で世話になった。たまたま私の著書を知り、連絡してきた。

夫婦連名のメールのやりとりが始まった。相手は大学者である。私も少しずつ深みにはまった。減量に関する本を書いたとき、本を送ると、メープルシロップが来た。礼状にテレビに生出演をした話を書くと、そのビデオが見たいという。さらに、航空に興味がある友人が市の振興財団にいて今度日本に行くから…。

私は日本学術会議会員に選ばれた時の話を書き送った。

「事務局が私のメールアドレスを聞いてきた。あえて誤ったアドレスを伝えたが、それでも毎日、山のようなメールが届いた。読む前にすべて破棄した」

これでしばらくメールが途絶えている。少し後味が悪い。しかし、このくらいしないと、自分の流儀は通せない。(かとう・かんいちろう=東大名誉教授)
今や「メールは嫌いだ」では通用しない世界になっているんですが、加藤先生。
と言うか、メールだけが嫌いなんですかねぇ?
PCが嫌いなのじゃないでしょうか?
携帯電話は論外だと思いますが、世の中でメールを使っている人の中にも「PCは苦手だ」という人は多いです。
つまりメールを使っている人の中で「好きだから使っている」の意外なほど少ないと思いますよ。

1997年に1155万人だった利用者数は、2005年には8529万人となっていてこの間に1997年から2000年までは増加率が倍増して、2000年には4708万人になっています。
1997年以前のデータがないですが、1987年にパソコン通信が始まったことを考えると1997年に1155万人になるためには大変な成長率ではありましたが、それでも人口の1割以下ではありました。

こんな事を考えると、今どき「メールが嫌いだ」とはどういう位置づけで理解すればよいのか?それは加藤先生が文章中で述べられています。
手紙嫌いでも、メール好きは多い。
もうトレードオフなわけです。
メールが嫌いだ=手が意味が嫌いだなんですね。こんなのは個人の好みの範囲であって、わざわざ言うことですかね?
すでに「メールが」とか「PCが」とか「インターネットが」とわざわざ名付けて論評する種類のものではなくなった、ということですね。

11月 21, 2006 at 08:49 午前 ネットワーク一般論 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.10.26

有害情報削除は可能なことか?

サンケイ新聞より「大麻は消して! ネット有害情報削除に指針 総務省
わいせつ情報や麻薬などインターネット上に氾濫(はんらん)する違法・有害情報の削除方法を検討していた総務省は25日、ウェブサイトの管理者が削除しなければならない情報の具体例を列挙し、どの法律に抵触するかなどを明示したガイドラインを作成した。
今後、業界などから意見募集を行い、11月末をめどにガイドラインを公表する。
そもそも、ネットワークの掲示板などの管理者は内容を見ているという前提はパソコン通信時代のフォーラムの形にとらわれているのではないだろうか?

多くの人に記事を見せることがある種のコミュニティであると仮定すると、一対一のメール以外をすべてコミュニティと考えことができます。

しかし、その形には色々なものがあり得るわけで、誰が管理者で何を管理しているのか?が一義的に決まらない。

通信全体の大半を管理しているのはNTT東西だろうが、総務省も記事削除をNTTにやらせることは考えていないだろう。

現実的に不可能なガイドラインを作ってどうするのだ?

10月 26, 2006 at 11:14 午前 ネットワーク一般論 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.06.20

続(一年ぶりの)地域FM放送から考える

「地域FM放送から考える」を書いたのは見事に一年前のことでした。
話の中心はFMサルースという横浜市青葉区の地域FM放送局で朝一番の番組をやっている、シンディー鈴木さんに注目という内容だったのですが、実のことをいえば記事を書いた頃からラジオのある部屋で仕事をしないようになったために肝心のラジオを聞かなくなって閉まった。(^^ゞ
今日、久しぶりに聞いたら「ブログ始めました」ということなので、さっそく「シンディ鈴木ブログ」を見に行って、コメントしちゃいました。

なにしろ地元の駅ですから時間を図って行けば、サテライトスタジオの窓越しに挨拶できるのです。
ところが、なにしろ放送時間が午前7時から9時だから、通勤客は通り過ぎてしまうのですね。
シンディ鈴木さんはメールを入れておくと「行ってらっしゃい」とラジオを通して言う方なんですよね。
もっと駅前なのだから、言い切れないほどの挨拶があっても良いと思うのだけど、実際は通勤者は通り過ぎてしまう。
そこで、わたしは手を振って挨拶して行ったりするので、顔なじみになってしまいました。

そんないきさつがあって、ブログにコメントしたわけですが、いや~さっそくお返事が戻ってきました。
なかなか、放送というところでも注目される強いキャラクターを感じます。 注目していきますよ~。

6月 20, 2006 at 07:08 午後 ネットワーク一般論 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.05.19

送信ドメイン認証は有効な SPAM 対策か?

落合弁護士の「日々是好日」経由、MYCOM ジャーナル より「送信ドメイン認証による迷惑メールの排除、法的に認められるのか
迷惑メールは、ISPや受信者にとって大きな問題であり、現在はさまざまな技術が導入されてきているが、送信者が送ったメールを、ISPが排除することに対する法律的な整合性はどうなっているのだろうか。

送信ドメイン認証は、送信者のメールアドレスのドメイン部分を偽装していないか技術的にチェック、認証に失敗した場合はそれを受信拒否するなどの手段を行うものだ。

一般的には送信者側のISPがチェックして送信元を明確化、それに対して受信側のISPがチェックを行う。
記事は細かいことが色々でているので、読んでいただきたいのだが落合弁護士
私も同意見ですね。スパムメールを無差別に受け取りたい、という人は、絶対に存在しない、とまでは言えませんが、皆無と言っても過言ではなく、また、上記のような措置を講じることにより、受け取りたくない大多数(ほとんぞ全員と言ってもよいでしょう)の受ける利益には多大なものがあり、スパムであることが確実である以上、個別の同意なく一律に制限しても、正に「正当業務行為」という評価を受けてしかるべきだと思います。
と述べていて、一般的な感想はこの通りだと思います。

わたしは、「迷惑メールの排除」というのが、具体的にどんなことで、どこにメリットがあるのか?ということが明確になってはいなのように思います。
記事はこの部分について次のような説明をしています。以下、木村氏とはニフティの木村孝氏、今泉氏とは総務省消費者行政課の今泉宣親氏で、木村氏についてはよく存じ上げています。

  1. 送信ドメイン認証については、広い意味でフィルタリングに分類されると木村氏。
  2. 今泉氏によれば、送信ドメインを機械的に認証し、認証成功/失敗といったヘッダーを埋め込むことも「通信当事者(送信者と受信者)の同意なしにラベリングする行為」として通信の秘密を侵害する。
  3. このため、ISP側は法的な整合性を確保する必要がある。
  4. SPは送信ドメイン認証でラベリングを行うことの法的整合性は確認できた。
  5. 最終的には、迷惑メール(ドメイン偽装メール)とラベリングされたメールを破棄などのフィルタリングすることが可能なのか、という点。
  6. 送信ドメイン認証の導入に際してISP側は、
  7. (1)オプションサービス利用者全員に提供する
  8. (2)会員全員に提供するが、デフォルトはオフ
  9. (3)全員にデフォルトオンで提供するが、利用者が個別に解除可能
  10. (4)全員に提供し、設定が解除できない――という提供形態が考えられる。
  11. (4)に関しては法的に利用者から同意が得られたとは認められない。
  12. ユーザーが選択して選べる(1)と(2)については同意が得られたと判断されるが、
  13. (3)については、利用者が変更可能、設定を解除することで料金が高くなるなどの不利益を被らない、事前に十分な説明があることなどの条件が必要だ。
  14. これらのことから、ISP側は送信ドメイン認証によるラベリングまでは、利用者の同意なく導入を進めてよく、
  15. 最終的なフィルタリングをするかどうかは利用者に任せることができる。
  16. 木村氏は、「送信ドメイン認証は論理的に誤判定の問題は生じない」
  17. 「一部の問題が生じるケースは、後別に対応可能」
  18. 「送信ドメイン認証を導入しても、正当なメールの送受信には支障がない」
  19. 「送信ドメインを詐称したメールを、受信者が受信したいケースは、通常あり得ない」といった特徴があるとし、
  20. このことを踏まえると、送信ドメイン認証による詐称メールの破棄を全利用者(受信者)に対して適用してもいいのではないか、と主張している。
つまり、技術的に受信側のISPがメールのドメインをフィルタリングして「これは登録してあるISPからのメールです」と正常処理する場合と「このメールのドメインは登録してありません」と区別するところから話は出発して、最終的には通信経路の途中であるISPがメールを廃棄しても良いだろう、という話ですね。

なんでメールのドメインを後から正当性をチェックする意味があるのか?というと、送信の際にはドメインは全くの無関係という技術的な取り決めがあるからです。
いわば、マンションやビルの集合郵便箱のようなのイメージで取り出す(POP3)では鍵(バスワード)が必要ですが、メールボックスに投げ込むのはだれでも自由だからです。
そうなると「送信ドメイン認証」とは何をするのか?となります。
「ほとんどの人が受信用のドメインと同じドメインでたまたま送信している」とでも言うべきことであって、技術的に保証されているわけではない。
だから認証の精度の問題はついて回るんじゃないでしょうかね?
そこで「このメールのドメインは怪しいですよ」=「SPAM の疑いが強いメールです」とラベリングして配信するの問題ないと思うし、受信側のユーザがローカルなソフトウェアでチェックして自動削除したり、ISPのフィルタリングサービスによって自動削除するのは問題ないと考えますが、全ユーザに対してISPが確実に排除できるのか?となると、これは宛先のメールアドレスがが見つからないから配信できないというのと同等の扱いにする敷かないように思います。

そこで最初「いったい何を狙っているのだ?」に戻るのですが、現実は大量の SPAM で通信線上の負荷が高くなりすぎることはあるわけで「通信線上の負荷を下げるために排除したい」というのは、線としてのネットワークからの希望でありましょう。
一方、個々のユーザにとっては「自分にとっての SPAM はこないでくれ」では確実にあるでしょうから、これはISPにサービスとして要求するところでもあります。
問題は「個人の要求は共通だという保証がない」ところにあって、そうなると回線の負荷はあがることになるような気がします。

確かに、「このドメインはインチキ」とラベルすれば以後の処理は簡単でわたしのようなローカルで処理している者にとっては福音ではありますが、最近は正当なドメインで SPAM を受ける量が急激に増えてきていて「無効だな」とも思うわけで、総合的にはどうなんでしょうかね?

5月 19, 2006 at 01:41 午前 ネットワーク一般論 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.04.17

ネットライフ・安心に必要なこと

「中西裁判・中西応援団サイトの意義」に書いたことは、ある意味で

「下手に裁判を起こしたりするとネットで晒し者にされる」

と感じる方は少なくないでしょう。
apj さんと裁判所でこの話をしたのですが、二人の結論は一致していて

「ネットでも実社会でも同じ事を言い、行うしかない」

です。

よく「ネット人格」とか「ネットでの匿名発言」といったことを重要視する意見があります。この考え方は分かりますが、匿名あるいはネット人格を強調するとネットで知り合った人と実社会で会うことが出来ないとなります。わたし