« 2011年4月3日 - 2011年4月9日 | トップページ | 2011年6月26日 - 2011年7月2日 »

2011.06.24

もんじゅ・燃料交換装置を抜き取った

読売新聞より「「もんじゅ」炉内落下の装置、回収完了

日本原子力研究開発機構は24日、高速増殖炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)で昨年8月に原子炉容器内に落下した核燃料交換用の炉内中継装置(長さ12メートル、重さ3・3トン)を引き抜く作業を終えた、と発表した。

回収した装置を詳細に点検し、落下の衝撃で炉内を傷つけていないか確認する。

発表によると、クレーンで装置を引き抜く作業を始めて約8時間後の24日午前4時55分に回収を終えた。機構は引き抜き作業のために取り外した炉上部の機器を元に戻し、今秋頃に復旧させる。

このトラブルで機構は、「2012年度内」としていた本格運転開始時期を「13年度内」に変更。今年度内に、発電を伴う出力40%での試験運転を行う予定だ。
ただ福島第一原発事故を受け、安全性に対する福井県や敦賀市の見方は厳しくなっており、計画がずれ込む可能性もある。

(2011年6月24日07時48分 読売新聞)

ちょっと探し出せないのですが、落下した燃料交換装置はマシニングセンターの自動工具交換装置のような構造で、爪が下りていって掴んで引き上げる構造でした。

こんなモノがどうして失敗できるのか?と思ったら、プルボルトに相当する部分が、四角形のようです。
丸ければどちらに回転しても爪が掴むことに問題は無いのですが、四角形だから回転したら掴めない。それで落下した。ということのようです。

しかも、どうも斜めになったらしく、引き抜くことが出来なくなった。
そこで、引っかかっているところを含めて全体を抜いてしまったらしい。
この話が真実であれば、部品が引っかかって抜けないから、分解してしまった。という種類の話になります。

しかも、これナトリウムが入っている状態でやったのですね。
そうなると、元に戻せないのではないか?

ナトリウム冷却炉だから、大変だというところが多くて、こんな事では実用化などほど遠いと思うのです。

6月 24, 2011 at 10:31 午前 もの作り | | コメント (1) | トラックバック (0)

2011.06.23

戦力の逐次投入を繰り返して、全滅する気なのか?

読売新聞より「米社装置の汚染水処理、目標のわずか20分の1

東京電力は22日、試運転中の福島第一原子力発電所の汚染水処理システムで、米キュリオン社製の装置の処理能力が、当初目標の20分の1程度にとどまっていると発表した。

処理が追いつかず、循環冷却に使う汚染水の再利用ができなくなり、水があふれ出す恐れがある。東電は、汚染水をためている施設の許容量を1500トン増やす方針だが、今後の降雨量によっては、11日間程度と見られる満杯までの余裕が、さらに短くなる可能性もある。

東電によると、キュリオン社の装置は、真水の低濃度汚染水を処理すると、目標の約1000分の1以下まで濃度を下げることができたが、海水混じりの高濃度汚染水だと50分の1程度に下げるのがやっとだった。

汚染水処理システムは、キュリオン社の装置、仏アレバ社の装置に塩分除去装置を組み合わせて、放射性物質と塩分を除く。汚染水の再利用には塩分除去が不可欠だが、除去装置が正常に稼働するには、放射性物質の濃度を1万分の1以下にする必要がある。
アレバ社の装置の能力も400分の1程度と言われ、2社の装置を合わせても安定的に処理できるかどうかは不明。

(2011年6月23日00時22分 読売新聞)

4月から、更新をサボっておりました。

4月~5月は選挙に関わっていまして、時間が取れませんでした。
この間に、地震から原発問題の拡大になってしまい、あまりいい加減なことを書くと、不安などを助長する可能性もあると考えて、自重しておりました。
6月になると、学校に行く仕事が激増しまして、書くどころではなくなってしまって、結果としてずいぶん長い間記事を書きませんでした。

さて、今回の報道を見ても「なんでこんな事が問題になるのだ?」と強く思います。

だって、冷却水ではなくて冷却後の廃水でしょう。
そんなものを浄化するのには、一筋縄ではいかないことは誰だって予測できると思うのです。

そして、その現実は「カタログスペック通りにならない」に決まっているのですから、手っ取り早くいえば「必要最低限の10倍の安全性で用意する」ぐらいは常識だろう。

もちろん放射性物質が混じっている水なのだから、濾過したフィルターの処理をどうするのか?といったことは、決して簡単な事ではないが、それはやらなきゃならないことだし、さらに作業が遅れてタンクが足りなくなる、なんてことはどんな理由でも起きうることだろう。

当初の、冷却機能の全喪失以来ずっと東電と政府から出て来る情報は「○○がOKだから大丈夫」で統一されているのだが、現実は「○○は実はダメだった」の連続でないか。
なんで「○○がダメでも△△も用意してある」という展開にならないのか?

大昔に、堺屋太一氏の書いた記事だったと思うのだが「なんで、万博でトイレ行列になるのか?」というのがあった。

この内容は、うろ覚えなのだが「予算の観点で、必要な機能を最低限にしておくのは、集客が失敗しても機能が余らなかったら、予算に無駄はなかった」と言い訳するためだとなっていた。

要するに、「万全を期して、二重三重に用意する」といったことを否定しているわけです。
そりゃ、確かにルーチンワークで経験豊富なことに過度の余裕を取るのは間違っていると思いますが、よく分かっていないこととか、初めての出来事にも同じ原則を適用するのはバカだろう。

今必要なのは、「万全の体制」であって「必要最小限」ではない。
このような、考え方の根本的な勘違いが、あっちこっちに出てきていると思うのだが。

6月 23, 2011 at 09:13 午前 事故と社会 | | コメント (2) | トラックバック (1)