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2011.01.20

新幹線システムトラブルを報道した記事に違和感

読売新聞より「新幹線システム、処理限界警告なし…設計不備か

JR東日本の新幹線が総合管理システム「COSMOS(コスモス)」のトラブルで運行ができなくなった問題で、同システムがダイヤ修正などで処理能力の限界を超えた際、パソコン画面上などで係員に警告する機能を備えていなかったことがわかった。

今回のトラブルでは、処理能力を超えてデータが表示されなくなる現象が起こり、同社はこれをシステムダウンと疑って新幹線全線の運行を停止していた。

国土交通省ではシステムの設計に不備があったとみて調べている。

JR東日本によると、17日朝は雪の影響で東北新幹線24本のダイヤ修正を処理したところ、「1分あたり600件」の設定上限を超過してしまったという。
その結果、運行本部のパソコン画面上で運行情報の一部が表示されなくなる不具合が起きた。

システムにはパソコン画面に処理件数を表示する機能や、限界が近づいたことを警告する仕組みがなかった。
(2011年1月20日09時00分 読売新聞)

朝日新聞より「新幹線運休、同じフロアにシステム開発者 連携できず

2011年1月20日8時47分

JR東日本の新幹線が一時運休した問題で、「システムの不具合が発生した」と誤解した運行担当の指令部門が所属する新幹線運行本部には、システムの開発者もいたことが関係者への取材でわかった。

しかし連携できず「不具合ではない」と見抜けなかったため、1時間15分の全面運休を招いた。

JR東の発表によると、17日朝、東北新幹線の沿線で雪が降り、福島県内でポイントが切り替わらなくなる事故が相次いだ。
新幹線運行本部(東京都)では同8時ごろから、指令部門の7人が、24本の列車ダイヤの変更を入力し始めた。

運行管理システム「COSMOS(コスモス)」では1分ごとにデータ修正が必要な箇所をチェックしており、上限の600件を超えると各列車の駅到着予定時刻を示す線がモニター上から消える仕組みになっていた。
だが、これを知らされていなかった指令部門はシステムの不具合が起きたと考え、同8時23分に全線で停車を指示した。

しかし、JR東の関係者によると、同じフロアにあるシステム部門には、システムを開発して仕組みをすべて把握している社員が複数いた。
だが、発生時のシステム部門の当番は開発者に連絡をとらず、指令部門とも十分な協議をしなかったという。

同本部に詳しいJR東社員は「表示が適正だと知っていれば列車は止めない」と指摘する。

同本部の元幹部は「指令はシステムに聞くべきだったし、システムは情報を集約して指令に教えるべきだった」と話す。

JR東は朝日新聞の取材に

「システムに最も詳しい社員の勤務は午前9時からだった。発生時に適切な助言ができる社員がいたとは承知していない」
としている。

今回の問題でJR東は、システム導入以降に列車本数が4割増え、2008年にはシステム更新をしたのに上限は600件のままにしていたことが原因で、「配慮不足だった」と説明した。

その上で

  1. (1)続けてデータを修正する場合、時間をおいて入力する
  2. (2)600件を超えても到着予定時刻を示す線をモニターに表示するようにする
を再発防止策に掲げた。

だが、元幹部は「対症療法でしかない。部門間の連携を密にしなければ同じトラブルが繰り返される」と危惧する。(小林誠一、宮嶋加菜子)

わたしは、どうもこの2本の記事には、かなりの違和感を感じます。
そもそも、今回のシステムエラーとその対処が、それほど問題になることなのだろうか?

読売新聞の記事は、設計不備かとありますが、設計時の入力想定を超えたという事実があって、それに適切な対処が出来なかったから、システムを止めたわけです。
だから記事は、その通りなのだが、原因が分かって対策が出来たのだから、同じことは今後起きないでしょう。

そうなると、入力範囲のチェックが不完全なシステムであった事が、大問題なのか?となりますが、現場の実情から言えば、この種のトラブルはそうそう珍しい事ではないし、特に古いシステムではおきがちな事です。
つまり、わたしにはわざわざ報道するほど珍しい事件とは思えないのです。

朝日新聞の記事は全く違う観点からの記事ですが、運用の現場に開発の人間がいたから、ちゃんと対応出来て当然だ、という事なのですが、これは全く間違っていると思いますね。

基本的に新幹線のダイヤ管理システムは、巨大システムに分類されるものであって、そこに偶然対応できる人がいたから、何とかなるはずだ、はあり得ない。
そんな事が「出来るべきだ」だとすると、現場に開発担当が張り付いていて当然だ、となってしまって合理化の観点からはあり得ないし、そもそもヒューマンエラーの原因を大増産します。

大昔の本で「自動車絶望工場」1973年がありますが、その中に著者の鎌田慧氏が「労働とは・・・・」として、趣味の園芸のような組織化されない、個人的な「働き」が本来の労働の姿である、として自動車の量産工場自体を否定しています。

わたしが、この本で一番異様に感じたのが「本来の労働」が、趣味の園芸作業のような「隣の人と手を携えて」という範囲に限定したら、中世以前ぐらいでしか成り立たない世界になってしまうと思ったところです。

今回の朝日新聞の記事には「隣の人と手を携えて」という雰囲気を感じて、近代社会はそれでは動かないし、オフショア開発といった事が日常化している現在この記事はいったいどういう世界観で書いているのか?大いに疑問があります。

この2本の記事は、どうも方向性がヘンで、新幹線のような巨大システムを正しく評価する視点が報道機関にはないのでは?という危惧を感じました。

1月 20, 2011 at 10:19 午前 もの作り |

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