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2010.06.12

記事削除を考える

昨日(2010年6月11日)は久しぶりに東京地裁で傍聴してきました。

【特報】悪マニ管理人が公開で証人尋問を受けます」に行ってきました。

わたしは、あまり詳しくこの事件の内容を知らなかったのですが、一言で言えば「掲載記事を削除してくれ」ということから、名誉毀損で訴えるとなったようです。

新聞記事を引用してHPの記事を作ったことが問題にされたわけで、この点は「酔うぞの遠めがね」も構造的には同じ問題を抱えています。

子細に聞くと、いくつかの論点(争点だけではない)があります。

  • 実名の表記
  • 関係会社の表記
  • 新聞社のサイトから記事が消えている
  • 新聞社のデータベースには記事がある
  • 裁判になったことを記事にしたら、それを名誉毀損と訴えられた

さらに、検索してくると出て来るから削除しろ、という話しなのですがこれをどう評価するか?という問題もあるでしょう。

今回の原告の主張の元になっている考え方を想像してみると、世間から隠れていることが出来て当然、といったところではないのか?という印象があります。

このような考え方は「個人情報の問題です・・・・」とネット上に相談している方に多くみられる考えですが、わたしには合理的とは思えません。
その意味では、個人情報保護法がうまく運用できていないことと、一体の裁判なのかもしれません。

この裁判の被告 Beyond 氏とは1997年以来リアルに付き合っていますが、彼も当時は匿名ネットワーカー論を強く主張し実践していました。
わたしは、当時はパソコン通信のSYSOPでしたからしばしば実名を名乗っていましたから、酔うぞという顕名が誰かはわりと知られていたと思います。

それが明らかになったのは、ウェディング問題になったときです。
2ちゃんねるでも採りあげられ「考える会の会長の山本洋三とは誰よ?」という話が出ました、この時に間髪を入れず「古手のネットワーカー」と書いた方がいて、この話題は瞬時に収束しました。

この事で、わたしは「あっ、知られているのだ」と確認しました。
もちろん、実名を出して、コテハンで「酔うぞ」を使い続けているのは、このような時に備えて、といったことは考えてはいましたが、現実に見ることになるとは思わなかった。

Beyond 氏もその後は実名を出して、対外的にも顔を出すように、方向転換しました。

わたしは、ネットワーク活動も普通の社会生活と何の違いもないと思っています。
社会生活の全てを匿名ですごすというのは有り得ないでしょう。

その意味では「名前が知られていました。個人情報の漏洩です」的な騒ぎ方の多くが、現実の社会生活をキチンと俯瞰して見ていない、一部分だけを拡大鏡で見て、さも全体が問題であると騒いでいるのではないのか?と感じています。

今回の裁判は「新聞記事が消えているのだから、ネット情報も消えて当然」という事から始まったような印象を受けますが、これも考えてみるとかなりヘンです。

インターネットの元となったアイディアは、核戦争によって行政システムが破壊されるような事態でも、破壊されないネットワークを求めたことだといわれています。

インターネットでのデータの伝送を「バケツリレー」と表現したものですが、社会学的には「うわさ話」とか「伝言」といった方が分かりやすいでしょう。

問題であり、悲惨な結末が報告されている「いじめ問題」や、学校に苦情が集中する「ママメール」なども、プロフや携帯メールが普及したから始まったことではなくて、結局は「うわさ話」が巨大な力を持ってしまった、ということでしょう。

そうなると、「情報を消してくれ」というのは「うわさ話を消してくれ」であって、まさに「人の口に扉は建てられない」そのものです。

つまり、世間に対して匿名であるために情報を削除しろというのは現実的な意味を持たない請求、といえるのではないのか?
現実に損害が発生した場合であっても、その損害を将来に渡って全て弁済するというのも現実には不可能でしょう。
つまり、かなり高度な妥協点を探らざるを得ないのが、ネットワークが本質的に持っている「うわさ話機能」ではないのか?と思います。

そして、行政すらもネットワークを活用している現状を考えると、実社会で活動すると本人の意志に関係なくネットワークで採りあげられて当然ですし、これ自体を隠すことは不可能でしょう。

何年前だったか忘れましたが、テレビニュースで探偵業かの人が、自分自身が追跡されないようにするために、事務所には電話も引かない、テレビもおかない、ということで「ここまでやらないとダメなのね」と思ったことがあります。

このような事を考えると、われわれは自分自身の何分の一かをネットワークに預けている、とでも考えるべきであって、ネットワークで検索されないことを目標にすること自体が困難だし、ましてや情報の削除を完遂することは出来ない、というなんとなく誰もが思っているところに落ち着くのではないか、と思っています。

インターネットが実用になって20年、すでに新聞がインターネットの情報を元に記事を作っている時代なのですから、新聞記事が消えたから、インターネット上の情報も消えて当然、という情報の上下関係は無くなってしまいました。
その意味では、情報を発信しているブロガーなどは、ますますメディアとしての意識を持った情報発信を心がけるべき時代になってきたのでしょう。

6月 12, 2010 at 12:10 午後 ウェブログ・ココログ関連 | | コメント (2) | トラックバック (1)

2010.06.11

口蹄疫・防疫の失敗

読売新聞より「止まらぬ感染拡大、10年前の成功で油断

宮崎県で口蹄疫(こうていえき)の感染拡大が止まらない。

10日には日本トップクラスの畜産基地、都城市で感染が確認されたほか、日向市や宮崎市でも新たな感染の疑いが浮上した。戦後最大の家畜被害を生んだ背景には何があるのか。

畜舎の床一面に剥(は)がれた豚の爪が無数に散らばっていた。
蹄(ひづめ)を傷めた親豚が何度も立とうとしては崩れ、横には息絶えた子豚たちが折り重なっている。

「こんな状態で生かしておいてもつらいだけ。いっそ早く殺してやりたいが、埋める場所もなく身動きがとれない」。
宮崎県川南(かわみなみ)町で30年以上養豚業を営む男性(52)は涙ぐんだ。

止まらない被害を前に、男性は

「これほど広がるなんて。これは人災ではないのか」
と憤った。

「これじゃ無理だ。感染は防げない」

同県都農町で感染第1例が発表された4月20日。都農町から川南町、宮崎市と県東部を縦断する国道10号を眺めながら、宮崎市の畜産業、尾崎宗春さん(50)は焦った。

消毒ポイントは設けられているものの、消毒するのは畜産農家の車ばかり。
一般車両は素通りしていた。

尾崎さんの危惧(きぐ)通り、感染はその後、10号沿線に広がっていく。

10年前の2000年3月、宮崎県は国内では92年ぶりとなる口蹄疫に見舞われた。この時は封じ込めに成功し、殺処分は3農家35頭にとどまっている。尾崎さんは

「当時の方が対応が迅速で徹底していたような気がする」
と振り返る。

発生初日に設置した通行車両の消毒ポイントは、10年前は13か所だったが、今回は4か所。

前回は、家畜の移動制限区域を20キロ圏内、搬出制限区域を50キロ圏に設定したが、今回はそれぞれ10キロ圏内、20キロ圏と大幅に縮小した。

危機意識の薄さも目立った。感染が分かった4月下旬には、感染の飛び火を恐れ、県内外では様々なイベントの自粛が始まった。

こうした動きに、県の渡辺亮一商工観光労働部長は4月28日の対策本部会議の席上、

「ちょっと過剰な反応なのかな、とも思います」
と語っていた。県が非常事態宣言で県民に活動の自粛を求めるのは、それから3週間も後のことだ。

蔓延(まんえん)の背景には、埋却地や人手不足による処理の遅れもある。

赤松前農相は6月1日の記者会見で、

「(県に要請して)今週中には、感染した牛や豚の殺処分を終えたい」
と、早期処理を明言した。

ところが実際には、川南町周辺などで感染したとされて殺処分対象になった約19万頭のうち、殺処分も埋却もされていない家畜は6月9日時点で3万1820頭も残っている。

このうち約1万7000頭は豚だ。

豚はウイルスを体内で増殖させやすく、牛の100~1000倍も拡散させやすいとされており、

「いわばウイルスの火薬庫を放置している状態」(農水省幹部)
だ。

蔓延の原因について、農水省や県は

「今回のウイルスの感染力が10年前に比べて格段に強かったこと」
と説明する。だが、口蹄疫問題の対策などを決めてきた同省の牛豚等疾病小委員会の委員は明かした。
「甘かった。10年前はうまくいったという自信が、失敗の始まりだった」
(東京社会部 十時武士、畑武尊、西部社会部 本部洋介)

(2010年6月11日03時05分 読売新聞)

典型的な、戦力の逐次投入、でしょうね。
ニュースでも、ブランド牛の話題ばかりが出ているのが不思議でした。ブタの感染はいつでも大問題でしたから。

その意味では、マスコミも「忘れていた」なのでしょうか?

この問題に関心のあるブロガーが以前から指摘していますが、日本で突如発生したのではないのですね。
韓国・台湾で大問題になっていて、元もと十分に警戒するべきでした。
しかし、この記事の中にあるようにテレビ映像で見ても消毒も防疫とはほど遠いもので、10年前に比べてもはるかに小規模だった、となります。

なんか、日本の劣化そのものを見ているような気がしてきます。

6月 11, 2010 at 11:28 午前 医療・生命・衛生 | | コメント (3) | トラックバック (0)

岡本倶楽部のオー・エム・シー破算手続開始

朝日新聞より「岡本ホテル関連会社、破産手続き開始 出資法違反事件

静岡県熱海市の老舗(しにせ)ホテル「岡本ホテル」などを舞台に、預託金を不正に集めたとして出資法違反(預かり金の禁止)容疑で警視庁などに家宅捜索を受けたホテル会員権管理・販売会社「オー・エム・シー」(東京都中央区)について、東京地裁は10日、破産手続き開始を決定した。

被害対策弁護団が明らかにした。民間信用調査会社によると、負債は約198億円。

弁護団によると、同社は昨年9月末時点で会員7854人から約192億円を集めたという。

債権者の会員12人が5月、同地裁に破産手続き開始の申し立てをしていた。

新聞記事はえらく地味ですが、紀藤正樹弁護士のブログによると、とんでもない大被害が出ているようです。

紀藤正樹弁護士ブログより「岡本倶楽部110番の結果と被害対策弁護団の結成へ

本日110番を実施しましたが、午前10時の開始と同時にひっきりなしに相談が来る状態であり、電話が、つながらないという苦情が、弁護士会、そして僕への連絡でも多数、ありました。

大変申し訳ありませんでした。

相談件数は83件、但しつながらないということで、東京弁護士会事務局に電話をされた方が外に110件いらっしゃり(二弁、一弁への相談については調査中。)、被害相談の最高額も、110番では2500万円、東弁事務局への電話では5000万円という高額なものでした。

110番への電話よりも、弁護士会に直接の電話の方が上回る事態は、弁護士会主催の110番史上、初のことであり、被害の深刻さを十分うかがわせるものでした。

110番への相談の年齢構成も、

30代 2人 50代 6人 60代 33人 70代 25人 80代 2人 不明 15人

と、給与収入のない高齢者の被害者が多いことがうかがえました。

そんなわけで、被害の深刻さを考えると、来週、水曜日に開かれる、相談会が、きわめて重要な情勢となりました。無料ですので、被害者の方で、心配な方は、ぜひ説明会にご参加ください。
第二東京弁護士会ひまわり | 臨時無料相談「岡本倶楽部(岡本ホテル)被害110番・被害者説明会」のお知らせ

開場は立ち見なら800人、座席でも600程度入る開場ですから、入場につき、人数多数で、若干混乱するかもしれませんが、全員が収容できると思います。多くの参集を、呼びかけたいと思います。また不参加の方へは、弁護団で、ホームページを立ち上げる予定ですので、受任方法などは、そちらをぜひご覧ください。

また弁護団をその日結成することも、今日110番の後の会議で、本決まりとなりました。弁護士費用も、泣き寝入りがないように、低額化の方向性で検討中です。

泣き寝入りは、結局、加害者側に、利益を温存させることにつながるからです。
すべての違法収益を被害者へ返そう!-「消費者庁の設置と違法収益の被害者還付制度の必要性」-

弁護士費用や体制もその日の説明会で、発表できると思います。

またこの間に、情報提供のある方は、引き続き、当ブログで受付いています。
2010.06.05 岡本倶楽部に関する情報提供の募集

[参考]
岡本倶楽部:財務局の違法性指摘後も口頭で「元本保証」 - 毎日jp(毎日新聞)

岡本倶楽部:財務局の違法性指摘後も口頭で「元本保証」

2010年5月27日 15時0分 更新:5月27日 15時0分

 「岡本倶楽部」を運営するホテル会員権管理・販売会社「オー・エム・シー」(東京都中央区)による出資法違反事件で、オ社は関東財務局から「元本保証」と記載した勧誘パンフレットの違法性を指摘された07年以降も、高齢者らに口頭で元本保証を約束していたことが分かった。警視庁などの合同捜査本部は26日の家宅捜索で押収した資料を分析し、不法勧誘の実態の解明を進めている。

 オ社は05年から、100万~1000万円の会費を納めれば、5年後に預託金(会費の8~9割)が全額返金されるうえ、全国11カ所の系列ホテルで使える宿泊ポイント(5年で60万~815万円)が付与され、未使用のポイントは換金できると勧誘していた。

 捜査関係者らによると、関東財務局は07年、オ社にこうした勧誘方法や預託金システムが元本保証を禁じた出資法に抵触する可能性があると指摘した。

 オ社は勧誘資料から「キャッシュバック」や「元本保証」といった記載を削除。その代わりに預託金を「預かり保証金」と言い換え、ポイント券の換金制度を廃止して形式上、全額返金制度を停止した。

 しかし、元本保証をうたった勧誘は続いていたという。

 07年に入会した神奈川県の主婦(64)は「必ず全額返ってくると誘われ、住宅購入に充てるはずだった資金で入会した」と証言する。【酒井祥宏、伊澤拓也】

  1. 岡本倶楽部110番に83件
  2. 東京弁護士会に110件
の相談があって、さらに第二東京弁護士会、第一東京弁護士会にも電話があっただろうというのでは、200件越えは確実ですから、すごい話です。

被害の最高額が、5000万円というのもビックリです。

被害者説明会については第二東京弁護士会のHPひまわりに記事があります。
岡本倶楽部(岡本ホテル)被害110番・被害者説明会

被害者説明会
【日  時】2010年6月16日(水)午後7時30分~午後8時30分
 (受付:午後7時から)
【場  所】弁護士会館2階講堂クレオ
 〈住所〉東京都千代田区霞が関1-1-3 弁護士会館2階
【相談対象】岡本倶楽部の被害者
【交通アクセス】
 ・東京メトロ丸ノ内線・日比谷線・千代田線「霞ヶ関駅」B1-b出口より直通
 ・東京メトロ有楽町線「桜田門駅」5番出口より徒歩8分
 ・都営三田線「日比谷駅」から日比谷公園を通り徒歩8分
【参加料】無料
【主  催】東京弁護士会/第一東京弁護士会/第二東京弁護士会
【お問い合わせ】第二東京弁護士会 人権課
 TEL:03-3581-2257

東京弁護士会館のクレオは、大ホールでここで被害者相談会を実施するのは、近未来通信などの大規模被害の場合ですね。
近未来通信や、平成電電といった禍々しい事件に比べると、名前が「岡本倶楽部」と地味だから、事件も小規模のように感じてしまいますが、実際には大違いということでしょう。

昨年9月末時点で会員7854人から約192億円を集めたという。
これを機械的に計算すると、一人あたり244万円となります。
元が「元本保証」を示していたので、集まったのでしょうか、それにしても良くもここまで拡大したものです。

6月 11, 2010 at 11:12 午前 事件と裁判 | | コメント (2) | トラックバック (0)

日本振興銀行・刑事告発

朝日新聞より「振興銀を近く刑事告発 金融庁、悪質な検査妨害と判断

金融庁は10日、中小企業向けの融資を専門にする日本振興銀行と役職員らを、銀行法違反(検査忌避)の疑いで近く警視庁に刑事告発する方針を固めた。

金融庁が立ち入り検査に入った際、業務にかかわる電子メールを大量に削除して隠蔽(いんぺい)を図るなど妨害行為があり、悪質性が高いと判断した。

今後、告発に必要な証拠などについて警視庁との詰めの協議を進める。

金融庁は昨年6月から今年3月にかけて振興銀を検査した。

この検査で、検査忌避や出資法違反など7項目の法令違反が見つかったため、金融庁は5月下旬、大口融資や融資・預金の勧誘業務など一部業務を今月7日から約4カ月間、停止するよう命じる行政処分を出した。

金融庁の処分によると、振興銀は貸金業者から貸し出し債権を買い取り、一定期間たってから業者に買い戻させる約束をするという手法で事実上の融資をしていた。

その際に金利にあたる手数料を年45.7%相当もとり、出資法が定める上限金利の年29.2%を大きく上回っていた。

さらに、この取引を記した行内の電子メールが保管先のサーバーから大量に削除されていたという。
これらのメールには法令違反にかかわる重大な事実が記されていたといい、銀行法が定める検査忌避にあたるとして処分した。

金融庁は振興銀が意図的に違反を隠そうとした疑いがあり、悪質性が高いとみている。

このため、同行とメールの削除にかかわった役職員らを刑事告発する方向だ。

金融庁が国内銀行の刑事告発に踏み切るのは、2004年に当時のUFJ銀行(現・三菱東京UFJ銀行)と関係した役員らを銀行法違反(検査忌避)の疑いで告発して以来になる。

UFJ銀行は融資先の財務関連資料などを隠したとして、元副頭取らが起訴された。(津阪直樹、畑中徹)

〈日本振興銀行〉

2004年に開業。
設立メンバーで社長、会長を歴任した木村剛氏は小泉政権時代に金融庁顧問として、大手銀行に不良債権処理を迫る金融行政の指針づくりにかかわった。

木村氏は今年5月、業績悪化の責任をとって会長を辞任した。

10年3月期の貸出残高は4219億円、預金残高は5932億円。自己資本比率は7.76%。本店は東京都、全国に125店舗。

以前から色々言われていましたが、今どき刑事告発とはちょっと驚いた。

普通に考えて、電子メールを削除し、検査を妨害したということであると、電子メールの中身はもっとヤバイ内容だったのだろう、となりますね。

いったいこの銀行は何をやっていたのだ?

新銀行東京も、日本振興銀行も、どうも銀行が作れるとなった途端に変な意図を持った人物が入ってきて、無茶苦茶なことをやったという印象が強いですね。

小泉改革の、あまりの乱暴さゆえの負の面が強く出てきた、という例でしょう。
それにしても、小泉改革で少しはまともだと思っていた、郵政改革を元に戻そうというのは別の意味で大問題だ。

6月 11, 2010 at 10:36 午前 事件と裁判 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.06.09

郵便不正事件、とんでもない展開に

毎日新聞より「郵便不正事件:元局長の指示を否定 元係長初公判

2010年6月9日 11時45分 更新:6月9日 12時42分

障害者団体への郵便料金割引制度を悪用した郵便不正事件で、実体のない団体を障害者団体と認める証明書を作成したなどとして、虚偽有印公文書作成・同行使罪に問われた厚生労働省元係長(40)の初公判が9日、大阪地裁(横田信之裁判長)であった。

元係長は「(偽証明書の作成は)単独でやった」と述べ、厚労省元局長(54)が指示したとする起訴内容を否定した。

この事件では4人が起訴されたが、元係長は「他の3人と共謀はしていない」と、自分一人で偽証明書を作ったと強調した。

同罪は文書作成権限のある公務員を処罰する「身分犯」。証明書の作成権者は元局長で、元係長は「身分なき共犯」として起訴された。

弁護側は

「元局長は偽証明書作成に無関係なので、元係長の身分なき共犯は成立しない」としており、この日の公判で「(身分犯ではない)有印公文書偽造罪なら成立する」
と主張した。

元係長は大阪地検特捜部の取り調べで、元局長に証明書作成を指示されたとする供述調書に署名した。
しかし今年2~3月に元局長の公判に証人出廷した際、「元局長から指示されていない」「検察のでっち上げ」などと供述調書を否定。
この日の公判でも改めて元局長との共謀を否定した。

起訴状によると、元係長は04年6月上旬ごろ、元局長や実体のない障害者団体「凜(りん))の会」(解散)のKS(74)、KN(69)両被告と共謀し、同会を障害者団体と認める偽証明書を作成したとされる。

また同年5月中旬ごろ、証明書の作成手続きが進んでいることを示す内容虚偽の稟議書(りんぎしょ)を作成し、ファクスで同会に送ったとされる。

元係長は公判前整理手続きが長引き、この事件の4被告の中で最後に公判が始まった。

これまでの公判前整理手続きで、

  • 元局長ら他の3被告との共謀の有無
  • 元局長の関与を認めた供述調書の任意性
  • 適用する罪名
などに争点が絞られている。

今後の公判では、元係長を取り調べた検事やKS、KN両被告、厚労省の前任係長ら8人の証人尋問が行われ、11月に結審する見通し。【日野行介】

【ことば】身分犯

容疑者が、公務員の地位や犯罪の常習者など一定の身分を持っていなければ成立しない犯罪。

収賄罪や虚偽有印公文書作成・同行使罪などでは、公務員など権限のある一定の身分がなければ罪とならない。

刑法は、身分のない人が身分犯に加担した場合は共犯に問えるとしており、一般的に「身分なき共犯」と言われる。

「元局長は偽証明書作成に無関係なので、元係長の身分なき共犯は成立しない」としており、この日の公判で「(身分犯ではない)有印公文書偽造罪なら成立する」

これはさすがにビックリです。

逆に言えば、元局長の犯罪が証明可能だから捜査したわけでしょう。
しかし、どうも事実がないらしい。
そうなると、警察は事実がないところに事件を作った、となります。

下手すると、有印公文書偽造罪も無罪になってしまうかもしません。
そうなると、事実はあるけど事件ではない、となってしまうわけで、いくら何でも、これは無いでしょう。
どういう事なのか、キチンと解明する必要がありますね。

6月 9, 2010 at 12:58 午後 事件と裁判 | | コメント (1) | トラックバック (0)

最小不幸社会の必要性

「菅直人首相会見」はサンケイ新聞にあった、首相の会見全文を載せましたが、こんな事は今までやっていません。

実のところ、テレビも含めて気にしていなかったために、昨日の段階では記者会見記事そのものを見逃していました。

今朝になって、新聞記事をチェックしたところ「最小不幸の社会」という言葉があっちこっちに紹介されていて、「おや!」と注目した次第です。

わたしは、菅直人氏が以前から「最小不幸の社会」という発言をしていたことを知らなかったので、非常に新鮮に感じましたが、ちょっと検索したら「志村建世のブログ」に行き当たりました。
「菅直人と最小不幸社会」

このところ私のブログへの検索語の上位に、「最小不幸社会」という語が急浮上してきました。調べてみると2006年4月に「最小不幸社会のつくり方」という記事を書いていました。書いた動機は、民主党の代表選挙(2004年末)で、菅氏が掲げたスローガンが「国民の不幸を最小にする政治」だったのでした。

この記事で私が提案しているのは、国民の生活に最低限必要な生活資源は、国が無償で提供するという考え方でした。当時はその言葉は使っていませんが、まさにベーシックインカムの思想でした。しかし我ながら面白いと思ったのは、その財政的基盤として「国民に一定期間の公務員としての無償の勤労を義務づける」という部分でした。ただし別に自由な仕事をしたい人は、税金を納めることで公務員の仕事を免れることができるとしています。

言うまでもなく、国は、最大の雇用者になることができます。かつてのソ連では、ほとんどすべての産業が国営で、国民の大半は公務員でした。それが官僚化して社会を硬直化させ、国の停滞と崩壊を招いたことは歴史の示す通りですが、最低保障部分と自由な経済活動の分野とを組み合わせた国づくりは、充分に可能であると思われます。

自由主義経済の下では、格差の拡大は避けられません。労働では、過労死するほど多忙な人々と、働きたくても仕事のない多くの失業者を生み出します。最低賃金といった公正な労働基準も、民間企業の主導では整備が困難です。賃金水準も、公務員の給与を民間に準拠して決めるのではなく、公務員の待遇を労働条件のモデルとして民間に普及して行くことが考えられます。

いま「分かち合いの経済学」(神野直彦・岩波新書)を読んでいる途中ですが、非常に示唆に富む本です。新自由主義信仰で歪んでしまった日本社会の現状には、多くの反省点があります。菅首相には、4年前に自らが提唱した「最小不幸社会」の実現に向けて、今こそ継続的に活躍して欲しいと思います。

国政の要諦は「不幸な国民を作らない」ことです。経済の成長も拡大も、それ自体が目的物ではありません。財政再建の第一順位が、消費税率の引き上げでないことは明らかです。 (追記・菅氏は、私が4年前の記事を書いた直後に、「年金未納問題」で社保庁のミスを自己の責任として追及され、無念の代表辞任に追い込まれました。)

(追記2・テレビ報道を見ていたら、組閣後の菅総理も「国民の不幸を最小にする」と発言していました。菅氏の一貫した持論だったのですね。)

この方は、2004年の民主党の代表選挙(2004年末)で、菅氏が掲げたスローガン「国民の不幸を最小にする政治」に注目されて、記事にしたのですね。

「最小不幸社会のつくり方」

さきの民主党の党首選挙に立候補した菅直人氏が掲げたスローガンが「国民の不幸を最小にする政治」でした。私は大いに同感したものです。政治の任務は、まさにそこにあると思います。そこで、ややユートピア論的になるのですが、国民を不幸にしない国づくりを考えてみましょう。

まず、国民の衣食住の最低限の基準のものは、国の責任において、必要とする全国民に無償で供給することとします。これで餓死と凍死の心配はなくなります。その代りに、働くことのできる全国民は、一定の時間は公務員として無償で働くことを義務づけられます。その総労働時間数は、国が無償で供給するサービスの労働価値と見合うものになります。つまり国民の最低限の生活保障は、貨幣経済から切り離すのです。こうして保障される国民生活の上に、自由な貨幣経済を発達させることにすれば、がんばって報われたい人は、いくらでもがんばれるし、もし失敗しても、生活の心配はしなくて済みます。つまりこれは、家族・同胞愛的相互扶助制度と、資本主義とを組み合わせた経済モデルです。そんなものは荒唐無稽でありえないと思われるでしょうか。しかし、その方向への試みは過去にもあったし、今でもさまざまな形で実際に行われています。

最近、福祉を考える上で重要性を指摘されている地域コミュニティーでも、ボランティアの力が高く評価されていますが、そこには、自分ができるときに奉仕しておけば、いつか自分が助けられるという相互扶助の思想があります。その仕組みを組織化するために、地域通貨やボランティア券などの擬似通貨を発行する例もあるようですが、それは資本主義経済の貨幣とは違うものです。ボランティア券は、奉仕する義務と奉仕を受ける権利とを制度化すれば、容易に無償化できるでしょう。それを一歩進めれば、一定時間、または一定期間の公務員としての無償労働になります。その時間を自由な経済活動に使いたい人は、無償労働の代りに税金を納めればいいのです。この制度がうまく機能すると、失業問題を根本的に解決することも、夢ではなくなります。

菅直人首相の持論であることは分かりましたが、首相が考える「最小不幸社会」あるいは「最小不幸社会を目指さざるを得ない状況判断」がどのようなものなのか?具体的には分かりません。

わたしは、人口減社会が現実のものになりつつあるときに「成長戦略と言いさえすれば、万事OK」のようなことでは「暴論」以外の何ものでもないと考えています。

成長戦略の代表格である、高度経済成長時代はありとあらゆるものが増えたのだから、政策は効率的な成長を見極めることで、世界的競争に打ち勝ったと理解しています。

これが、人口減による「経済縮小時代」になったときにどうするのか?は高度経済成長時代と同じく、戦略的な視点が必要であると考えています。

東京都には、多摩ニュータウンと、戸山団地という二つの高齢化団地があります。
それぞれに対策することになっていますが、全体が縮小するのだから、両方が存続するのは無理でしょう。
つまり、早晩「団地の廃棄」という問題に突き当たります。

今までの、成長戦略の視点からは誠に「不幸な事」に他ならないわけですが、不幸なことによる被害を最小限にとどめるのが、「最小不幸社会」ではないのか?と思います。

昨日の夕方、テレビでやっていましたが、電鉄会社の生き残り戦略として東急が採りあげられました。

わたしが住んでいるのは、まさしく東急が対象にしているたま田園都市なのですが、問題点は、戸建て住宅に住む住人が高齢化によって家を持てあますようになってきた、一方若い世代には子どものためにも良質の住宅供給が必要。という問題があるというのです。

そこで、東急は駅の近くの高層マンションに高齢層を戸建て住宅から引っ越すように勧め、同時に空いた戸建て住宅には若い世代に入ってもらう。
この事で、街全体としては人口が減らない、という「沿線経営」といった視点での取り組みをしているそうです。

しかしながら、これは大都会の周辺住宅地だから成り立つ話であって、もっと色々と考えなければならないことが多々あるでしょう。

わたしは、一番有効なのは「住宅団地」「工業団地」といった集合的都市計画を見直すのが、良いのでは無いかと思います。

集合化=効率化でありますが、効率を追求するとシナリオから外れたときにダメージが大きいわけです。

もの作りが必要と言いつつ後継者が育たない理由の一つは、子どもの時代に「住宅団地しか知らない」があると思います。
実際、学校で「将来の職業志望」を調べてみると、身近な職業である、美容師・看護師といったところばかりが出てきます。

工業にとって、公害処理コストなどを軽減するために、工業団地に逃げたことが後継者お断りとなってしまった、と理解するべきでしょう。
もちろん、住宅街で工場を運営したら、コストアップになって競争力が無くなるという意見が主流だと思いますが、存続は出来るでしょう。

つまり、今や「長期的存続か、短期的効率か」という選択の時代だと思います。

6月 9, 2010 at 12:28 午後 国内の政治・行政・司法 | | コメント (1) | トラックバック (0)

菅直人首相会見

サンケイ新聞より
【菅首相会見詳報】(1)
【菅首相会見詳報】(2)
【菅首相会見詳報】(3)
【菅首相会見詳報】(4)
【菅首相会見詳報】(5)
【菅首相会見詳報】(6)
【菅首相会見詳報】(7完)

上記の通り7分割の記事を一本にまとめました。

記者会見ですので、首相の発言、記者の質問、首相の回答、という順序になりますから、字下げして表示しています。
以下、サンケイ新聞の記事

菅直人首相は8日夕、就任後初の記者会見を行い、

「政治の役割は国民が不幸になる要素、世界の人々が不幸になる要素をいかに少なくしていくのか。最小不幸の社会を作ることにあると考えている」
と述べた。

会見の詳報は以下の通り。

(1)「政治の役割は国民が不幸になる要素をいかに少なくするか」

【冒頭発言】

「今夕、天皇陛下の親任をいただいた後、正式に内閣総理大臣に就任することになりました菅直人でございます。

国民のみなさんに就任にあたって、私の基本的な考え方を申し上げたいと思います。

私は政治の役割というのは、国民が不幸になる要素、あるいは世界の人々が不幸になる要素をいかに少なくしていくのか。最小不幸の社会を作ることにあると考えています。
もちろん、大きな幸福を求めることは重要でありますが、それは、たとえば恋愛とか、あるいは自分の好きな絵を描くとか、そういうところにはあまり政治が関与すべきではなくて、逆に貧困、あるいは戦争、そういったことをなくすることにこそ政治が力を尽くすべきだと、このように考えているからであります。

そして、今、この日本という国の置かれた状況はどうでしょうか。
私が育った昭和20年代、30年代は、物はなかったけれども、新しい、いろいろなものが生まれてきて、まさに希望に燃えた時代でありました。
しかし、バブルが崩壊してからのこの20年間というのは経済的にも低迷し、3万人を超える自殺者が毎年続くという、社会の閉塞(へいそく)感も強まって、そのことが、今、日本のおかれた大きな、何かこう全体に、こう押しつぶされるような、そういう時代を迎えているのではないでしょうか。

私はこのような日本を根本から立て直して、もっと元気のいい国にしていきたい。
世界に対しても、もっと多くの若者が羽ばたいていくような、そういう国にしていきたいと考えております」

「そのひとつは、まさに日本の経済の立て直し、財政の立て直し、社会保障の立て直し。つまりは、強い経済と強い財政と強い社会保障を一体として実現をすることであります。

今、成長戦略の最終的なとりまとめを行っておりますけれども、日本という国は大きなチャンスを目の前にして、それにきちっとした対応ができなかった。このように思っております。

たとえば、鳩山前総理が提起された、地球温暖化防止のための(温室効果ガスの)25%(削減)という目標は、まさに日本がこうした省エネ技術によって、世界の中に新しい技術や商品を提供して、大きな成長のチャンスであるにもかかわらず、立ち遅れてきております。

また、アジアの中で、歴史の中で、最も大きな成長の時期を迎えているにもかかわらず、先日も中国に行ってみましたら、いろんな仕事があるけれども、日本の企業はヨーロッパの企業の下請けしかなかなか仕事がとれない。

一体どんなことになったのか。つまりは、この20年間の政治のリーダーシップのなさが、こうしたことを生み出したと。このように思っております」

「成長戦略の中で、グリーンイノベーション、そしてライフイノベーション、そしてアジアの成長というものを、私たち、それに技術や、あるいは資本や、いろいろな形で関与することで、わが国の成長にもつなげていく。こういったことを柱にした新成長戦略、これに基づいて財政配分を行いたいと考えております」

(2)「沖縄の負担軽減も真摯に取り組んでいく」

「また、日本の財政状況がこれまで悪くなった原因が、端的にいえばこの20年間、税金が上げられないから、借金でまかなおうとして、大きな借金を繰り返して、効果の薄い公共事業、例えば100に近い飛行場をつくりながらまともなハブ空港がひとつもない。

これに象徴されるような効果の薄い公共事業にお金をつぎ込み、また一方で社会保障の費用がだんだんと高まってきた。 これが今の大きな財政赤字の蓄積の構造的な原因であると。

私は財政が弱いということは思い切った活動ができないわけでありますから、この財政の立て直しも、まさに経済を成長させるうえでの必須の要件だと考えております。

そして社会保障についても、従来は社会保障というと何か負担、負担という形で、経済の成長の足を引っ張るんではないかと、こういう考え方が主流でありました。しかし、そうでしょうか。スウェーデンなどの多くの国では、社会保障を充実させることの中に雇用を見いだし、そして若い人たちも安心して勉強や研究に励むことができる。まさに社会保障の多くの分野は、経済を成長させる分野でもある。

こういう観点に立てば、この3つの経済成長と財政と、そして社会保障を一体として、強くしていくという道は、必ず開けるものと考えております。

国際的な問題についても触れたいと思います。

日本は、戦後60年間、日米同盟を基軸として外交を進めてまいりました。その原則は今も原則として、しっかりとそうした姿勢を続けていく必要があると考えております。

それと同時に、アジアにある日本として、アジア諸国との関係をより深め、さらに、ヨーロッパや、あるいはアフリカや、あるいは南米といった世界の国々とも連携を深めていく。このことが必要だと思っております。

普天間の問題で、日米関係を含めて、いろいろと国内の問題も含めて、国民のみなさんにご心配をおかけいたしました。日米の間の合意はでき、それに基づいて進めなければならないと思っておりますが、同時に閣議決定においても述べられました、沖縄の負担軽減ということも、真摯(しんし)に全力を挙げて取り組んでいかなければならないと考えております。

大変困難な課題でありますけども、私もしっかりと、ひとつの方向性をもって、この問題に取り組んで参りたい。このように思っているところであります」

(3)「仙谷氏は付き合い長いが、煙たい存在」

【首相の仕事】

「そして、私、首相としての仕事は何なのか。

この間、テレビなどを少し見ますと、私が任命をした閣僚や党の新しい役員が、それぞれマスコミのみなさんの取材を受けて、いろいろな発言をしているわけです。

どうですか、みなさん。そういう、私よりも10歳、20歳若い、そういう民主党の閣僚や党役員の顔を見て、声を聞いて、『ああ、こんな若手が民主党にはいて、なかなかしっかりしたことを言うじゃないか。なかなかこれならやってくれそうではないか』、そういうふうに思っていただけたんじゃないか。

私は鳩山由紀夫前首相とともに、1996年に旧民主党をつくり、98年に新たな民主党、初代の、初代の代表となりました。その後、小沢一郎前幹事長の率いる自由党と合併をして、今の民主党になったわけでありますけども、そこにそうした人材が集まってきたこと。私はそのことがうれしいと同時に、自信を持って、今申し上げたような日本の改革を推し進めることができる。このように思っております」

「そして、この多くの、民主党に集(つど)ってきたみなさんは、私も普通のサラリーマンの息子でありますけれども、多くはサラリーマンや、あるいは自営業者の息子で、まさにそうした普通の家庭に育った若者が、志を持ち、そして努力をし、そうすれば、政治の社会でもしっかり活躍できる。 これこそがまさに本来の民主主義のあり方ではないでしょうか。

そのみなさんとともに、このような課題を取り組んでいく上で、私の仕事は、ひとつの方向性をきっちりと明示をし、そして内閣、あるいは党をですね、その方向で、議論するところは徹底的に議論をして、みんなが納得した上でその方向にすべての人の力を結集していく。そのことが私の仕事だと考えております。

ま、首相になったからには、もうあまり個人的な時間はとれない。本当なら53番札所まできているお遍路も続けたいところですけども、今しばらくはそれを、まさに後に延ばしても、ある意味では、官邸を中心に、これこそが修行の場だと、そういう覚悟で、日本という国のため、さらには世界のために、私のあらん限りの力を尽くして、よい日本を、よい世界をつくるために全力を挙げることを国民のみなさんにお約束いたしまして、私からの国民のみなさんへのメッセージとさせていただきます。よろしくお願い申し上げます」

【官邸機能強化】

首相は首相指名後の記者会見で、今回の組閣について『官邸機能をしっかりして内閣の一体性を担保する』と指摘している。
首相も副総理として加わった鳩山政権は短命に終わったが、その背景にどんな構造的問題があったのか。今回の組閣では、その教訓を生かして、どこがどう変わるのか

「まあ、鳩山内閣において、私もですね、副総理という重要な役割をいただいていたわけですから、鳩山内閣が短命に終わってしまったことは、もちろん残念でありますし、私も大きな責任を感じております。

ま、その上で、新たな、私の下の内閣は、やはり官房長官を軸にした一体性というものを考えて構成をいたしました。

つまりは首相の下の官房長官というのはまさに内閣の番頭役であり、場合によっては、首相に対してもですね、『ここはまずいですよ』と言えるような人物でなければならない。

よく中曽根康弘政権の下の(官房長官の)後藤田正晴先生の名前が出ますけれども、まさに、そうした力をもった方じゃなければならないと思っております。

仙谷由人官房長官は私とは長い付き合いでありますけれども、同時に、ある意味では、私にとっても、煙たい存在でもあるわけであります。
しかし、そういう煙たい存在であって、しかし、力のある人に官房長官になっていただくことが、この政権の一体性をつくっていく上での、まず、最初の一歩だと考えております。そして、その下に官房副長官、さらには各閣僚、そして副大臣という形を構成します」

【政と官】

「ま、この間、政と官の問題でいろいろ言われましたけれども、決して官僚のみなさんを、こう排除してですね、政治家だけでものを考え、決めればいいということではまったくありません。

まさに官僚のみなさんこそが、政策やいろんな課題を長年、取り組んできたプロフェッショナルであるわけですから。そのみなさんのプロフェッショナルとしての知識や経験をどこまで生かして、その力を十分に生かしながら、一方で国民に選ばれた国会議員、その国会議員によって選ばれた首相が内閣をつくるわけですから。国民の立場というものを、すべてに優先する中で、そうした官僚のみなさんの力もつかって、政策を進めていく。

このような政権を、内閣をつくっていきたいし、今日、全員の閣僚とそれぞれ10分程度でありますけれども、時間をとって話をいたしました。

それぞれに頑張ってほしいということと同時に、必要となれば、私がそれぞれの役所のあり方についても場合によっては、官房長官を通してになるかもしれませんが、『もうちょっとこうしたらいいんじゃないの』と、こういったことも申し上げて、一体性と同時に政と官のよりよい関係性を、力強い関係性をつくっていけるように努力をしていきたいと考えております」

(4)「取材受けることで政権運営行き詰まる」-国民に伝えるのは報道官

参院選について。改選期の議員を中心に7月11日の投開票を求める声が出ている。
今国会の会期を延長し、投開票日を先送りする考えはあるか。
また、参院選の争点と目標獲得議席数、勝敗ラインについてはどのように考えるか

「国会の会期というのは、通常国会というのは150日と決まっております。本来はその期間の中で成立させるべき法案を、すべて成立させたいわけでありますが、会期末を近くに控えて、まだそんな状況になっておりません。そういう中で国民新党との間での合意、つまりは郵政の法案について、それの成立を期すという合意もあるわけです。

一方では、たとえ多少の延長をしても、必ずしも、すべての法案を成立させることは難しい。

それならまた選挙の後に改めて取り組むこともあっていいんではないかという意見もいただいております。
これから新しい幹事長、あるいは国対委員長の下で、そうした連立の他党の皆さんとも十分議論をした上で、その方向性を定めていきたいと考えております」

「選挙における勝敗ラインということがよく言われますけれども、私は6年前、岡田代表の下で戦われた参議院選挙でいただいた議席がまずベースになる。そのベースをどこまで超えることができるか、あるいは超えることが本当にできるのか。

これから私もすべての選挙区について私なりに選挙区情勢を把握をしながら、近く発足する予定の参議院選挙対策本部の本部長として陣頭指揮をとっていきたいとこのように考えております」

先ほど財政再建の重要性を強調されたが、参院選に向けて、消費税を含む税制の抜本改革をどう位置づけていくか。
財政再建に関して新規国債発行額を今年度の44・3兆円以下に抑えると述べているが、参院選に向けて公約に明記する考えがあるのか

「確かに44・3兆円以下を目標とするということを申し上げました。

ただ、これは誤解をいただきたくないのは、44兆3000億(円)の国債を出すことで、財政再建ができるということではありません。

これでも借金は増えるんです。

この規模の財政出動を3年、4年続けていれば、GDP比で200%を超える公債残高が数年のうちにそういう状況になってしまいます。

そういった意味ではこの問題は実はまさに国として、とらえなければならない最大の課題でもあります。

これから所信表明演説もありますけれども、こういう問題こそ、ある意味では、一党一派という枠を超えた議論の中で、本当に、どこまで財政再建のためにやらなければならないのか。それは規模においても時間においても、どうあるべきなのか。そのことをある意味では党派を超えた議論をする必要が、今この時点であるのではないかと思っております。そういうことも踏まえながら、最終的な政権としての公約も含めて、そういうものを考えていきたいと思っております」

全閣僚の会見、官房長官の会見などを国民のために完全に開く意思はあるのかどうか。

「開くという意味がですね、具体的にどういう形が適切なのか、まだ私も総理という立場でまだ検討ということまで至っておりません。

率直に申し上げますと私はオープンにすることは非常にいいと思うんですけれども、ややもすれば、何かこの、取材を受けることによって、そのこと自身が影響してですね、政権運営が行き詰まるというそういう状況も何となく私には感じられております。

つまり政治家がやらなければいけないのは、まさに、私の立場で言えば、内閣総理大臣として何をやるかであって、それをいかに伝えるかというのは、例えばアメリカなどでは報道官という制度がありますし、ま、かつてのドゴール大統領などはですね、あまりそう頻繁に記者会見はされてはいなかったようでありますけれども、しかし、だからといって、国民に開かれていなかったかといえば、必ずしもそういうふうに一概には言えないわけです。

ですから回数が多ければいいとか、あるいはいつでも受けられるとか、そういうことが必ずしも開かれたことではなくて、やるべきことをやり、そしてそれに対してきちんと説明するべきときには説明する。

それについてどういう形があり得るのか、これはまだ、今日、正式に就任するわけでありますから、関係者と十分議論をしたいと思ってます」

政権が代わり、首相が代わったということで、衆参同日で選挙を打つ考えはあるか。

「まず、新しい政権になって、国民の皆さんから、参議院の選挙で審判を受けることになります。

衆議院の選挙にということついて、ま、ときどきいろんな方が言われるのは、分からないわけではありませんけれども、まず参議院の選挙で、今ここでも申し上げたような、ある意味では昨年の選挙で公約を出しましたし、また大きな意味での方向性をだんだんと固めてきた問題も含めて、きちっとこの参議院選挙で議論をさせていただきますので、そのことに対しての国民の審判を、まずいただくというのが、最初にまあ、やることというか、やらなければならないことだと思っております。

その意味で現在のところ衆議院選挙について、さらにやるべきだという、必ずしも、そうなるのかどうか、これはまったく白紙ということで考えております」

(5)「奇兵隊内閣と名付けて」

鳩山政権は「政治主導」や「友愛政治」とよく言われたが、菅政権が目指す方向性、キーワードがあったら教えてもらいたい

「私自身は草の根から生まれた政治家でありますので、草の根の政治という表現がひとつ浮かぶわけですが、もう少し元気が良いところで言えば、そうですね、まあ私の趣味で言えば『奇兵隊内閣』とでも名付けたいと思います。

私は今は坂本龍馬が非常に注目されていますが、長州生まれであります。

高杉晋作という人は逃げるときも早い、攻めるときも早い。果断な行動をとって、まさに明治維新を成し遂げる大きな力を発揮した人であります。

今、日本の状況はまさにこの停滞を打ち破るためには果断に行動することが必要だ。

そして、奇兵隊というのはまさに武士階級以外からもいろいろな人が参加をして奇兵隊をつくったわけですから、まさに幅広い国民の中から出てきたわが党の国会議員、これが奇兵隊のような志を持って、まさに勇猛果敢に戦ってもらいたいという期待を込めて『奇兵隊内閣』とでも名付けてもらえればありがたいと思っています」

鳩山由起夫前首相は退陣の理由で「政治とカネ」の問題、普天間問題をあげた。
枝野幸男幹事長は小沢一郎前幹事長の政治倫理審査会への出席に関し、ご本人の判断に任せるといったが首相はどう考えるか。
普天間問題では、8月末までに工法など詳細を決定するということだが、沖縄県では反対されている。どう判断していくつもりか

「鳩山前首相がですね、自らの辞任のあいさつの中で今、ご質問がありました政治とカネと普天間の問題をあげて、いわばその問題でこの民主党政権が本来やらなければならないことがなかなか国民に理解してもらえなくなったということで自ら身を引かれたわけです。

そういう意味では、この後を受けた私の政権はある意味では前首相の思いをしっかりと受け止めて引き継いでいかなければならないと思っています。

政治とカネの問題については前首相の発言もあって、小沢前幹事長も自ら幹事長を引いておられるわけです。

ある意味でこれで十分と考えるかどうかということはいろいろな立場がありますが、政治という場でそうした首相でもある代表を辞任し、また最も党の中で重要な役職である幹事長を辞任するという一定のけじめであると思っています。それを含めて、どうしたことがさらに国会や他の場面で必要になるのか、そこは特に国会の問題では幹事長を中心にそうしたことについては他党の主張もあるわけですから、しっかりと他党の主張も聞きながら判断していきたいと思っています」

「普天間については、日米合意を踏まえるという原則はしっかりと守っていかなければならないと思っています。

ただ、だからといって沖縄の皆さんが現在の時点で賛成をしていただいているというふうにはまだまだ思える状況にないことも分かっています。

8月の専門家によるひとつの方向性を出すということはそれはひとつの日米間の日程上の約束になっているわけですけど、そのことと沖縄の皆さんの理解を求めるということはやはり並行的に進めていかなければならない。当然ではありますけども、日米間で決めればすべてですね、自動的に沖縄の皆さんが了解して頂けるということではもちろんないわけでありますから。そういう意味では沖縄の皆さんについて、沖縄の負担の軽減ということをしっかりと取り組んでいく、そのことを含めた話し合いをしていかなければならない。

先の政権でいろいろな方がいろいろなアイデアや意見をもって鳩山前首相のところに来られたという経緯があったようでございますが、逆に言うと、いろいろな意見を聞くことは良いけれども、いろいろな人に担当してもらうことは混乱を招きかねませんのでまずは官房長官のところでどういう形でこの問題に取り組むべきなのか、もちろん外務省や防衛省、沖縄担当という大臣もおられますので、どういう形でこの問題に取り組むのが適切か、そう時間をかけるわけにはいきませんが、今日が正式のスタートでありますので、まずはどういうチームなり、どういう枠組みの中でこの問題の検討をするかの検討をしっかり行いたい」

今回の人事について「小沢カラー」を払拭(ふっしょく)した人事だといわれているが、野党側は参院選に向けた「小沢隠し」であるといっている。小沢前幹事長との距離感をどのようにとっていくのか

「良く皆さん、報道を見ていると常に小沢さんになんといいましょうか、近いとか遠いとか、あるいは小沢カラーとかいわれますが、少なくとも今回の人事を考える上で最大の要素はどなたにどういう仕事を担当してもらうのがより効果的に物事が進むかということで判断をいたしました。 ですから、よく見てもらえればわかるようにですね、それぞれ自らの考え方を持ち、行動力を持った人がそれぞれの所掌についてもらったと思っています。

小沢前幹事長について私が申し上げたのは、例えば私も2004年、最後は社会保険庁の間違えということが分かりましたけども、いわゆる年金未納で代表を辞任したことがあります。

やはり辞任した後はですね、しばらく本当におとなしくしていようと思いました。あるいは岡田(克也外相)さんは2005年の衆院選で小泉政権の郵政選挙で大敗されました。

あの選挙も今考えれば小泉さん流のある意味、ひどいというと言い過ぎかもしれませんが、まさに小泉劇場に踊らされた選挙であったわけですが、しかし岡田さんは責任をとって辞任した後にまさに全国の落選した仲間を一人一人たずねるという形で少なくとも表の場でいえば静かにして、次につながった行動をとられた。

私は特別なことを言ったつもりはありません。前首相が政治とカネの問題を含めて辞任し、また幹事長も首相から同じ問題でやはりともに引こうではないかということで了解されたということを首相が言われたわけですから、ある意味で責任を感じて辞められたということであるならば、しばらくの間は静かにされているのが、ご本人を含めてみんなのためにもいいのではないかとごく自然なことを言ったわけです。

しばらくというのは何日ならいいとか、何年ならということではなく、ひとつの新しい段階がきた中では、それはそれとして判断があっていいのではないでしょうか」

(6)「サミットで米大統領と会談できる」

経済成長を発展させるためにどのような引き金があり得るか。
また円安についての考えは

「さきほど経済、財政、社会保障を一体でということを申し上げました。

詳しいことを時間があれば申し上げてもいいんですけれども、あちらこちらで発言もしておりますし、また近いうちに所信表明もありますので、そういう中ではもう少し詳しく申し上げたいと思っております。

基本的にはですね、財政というものを健全化するそのときに、ただ、極端に言えば、増税して借金返しに充てたらいいかと言えば、これは明らかにデフレをより促進する政策になってしまいます。

そういうことを含めてですね、財政の振り向ける方向性がしっかりと経済成長につながる分野でなければなりません」

「また、国民の貯蓄を国債という形で借り受けして、そうした経済成長に資するところに使っていくというのは当然経済政策としてはあり得る政策であるわけです。

何を間違ったかと言えば、使い道が間違ったんです。

90いくつも飛行場を作って(韓国の)仁川(インチョン)のようなハブ空港が一つもないような使い方をやったことがですね、借金は増えたけれども成長はしなかったということであります」

「さらに言えば、世界先進国の中でも最もGDP(国内総生産)で高い水準まで借金が積み上がっておりますので、マーケットというのはなかなか難しい相手でありますから、そういうことを考えたときには、これ以上借金による、例え適切な財政出動であっても、借金による財政出動でいいのか、それとも税制の構造を変えることによって新たな財源を生み出して、そこの財源を使うことが望ましいのか。

そういったことをですね、まさに本格的に議論をする時期に来ている。

できればそれは政府として一方的に考え方を申し上げるだけではなくて、自民党を含む野党の皆さんの中でも共通の危機感を持たれている方もかなりありますので、そういう中での議論に私はつなげていければいいなと、こう思っております」

「円安のことはですね、一般的には円安が輸出においてプラスになるし、輸出のかなりウエートの高い今の日本経済では、円安が一般的に言えばプラスになると、こういうふうに言われていることは私もよく承知をしております。

ただ、相場についてはあまり発言しないようにと財務相になったときも言われましたので、この程度にさせていただいております」

米軍普天間飛行場の移設問題について、ぎくしゃくした日米関係を再構築する意味で、具体的に日米関係を好転させるために、どのようなことを考えているか。
近くカナダでサミット(主要国首脳会議)があるが、この前後の機会に自ら訪米する考えはあるか

「カナダでサミットが近く、今月の終わりごろありますので、その場でオバマ大統領と会談ができればいいなと。まだ最終的な予定は決まっておりませんが、そう思っております。

ただ、先日の電話会談では、カナダで会うことを楽しみにしているとオバマ大統領からもお話をいただいていますので、たぶんその場での会談は実現できるんではないかと思っております。

それより以前に訪米するということなども、いろいろ選択肢はあるわけですが、私ももちろんいろいろな国会を抱えておりますし、米大統領はもちろんもっと世界のいろいろな仕事があるわけで、今のところはサミットのときに首相として初めてお目にかかってお話ができるのではないかと思っております。ということです」

フリーランスの記者が首相に質問できる記者会見は今回で3回目だが、参加するには、さまざまな条件が課されている。
3回連続で参加を申請して断られたフリージャーナリストは、交渉の過程で首相官邸報道室に「私の権限であなたを記者会見に出席させないことができる」と言われた。
このジャーナリストはこれまで警察庁キャリアの不正を追及したり、検事のスキャンダルを暴いてきた人物だが、権力側から見たら煙たい存在だ。
首相は過去の活動実績の内容や思想・信条によって会見に参加させるかさせないかを決めていいという判断なのか

「先ほど、この会見というのか、オープンということの質問にもありましたが、私は一般的にはできるだけオープンにするのが望ましいと思っております。

ただ、何度も言いますように、オープンというのが具体的にどういう形が望ましいのかというのは、しっかりそれぞれ関係者の皆さんの意見も聞いて検討したいと思っております。

例えば私などは、首相になったらいろいろ制約があるかもしれませんが、街頭遊説なんていうのはたぶん何百回じゃきかないでしょう。何千回もやりました。
いろんな場面がありますよ。その場面でも。隣に来て大きなスピーカー鳴らして邪魔をする人もいたりですね、集団的に来る人もいたり、いろんなことがあります」

「だから、いろんな場面がありますので、できるだけオープンにすべきだという原則と、具体的にそれをどうオペレーションするかというのは、それはそれとしてきちんと何か必要なルールなり、対応なりをすることが必要かなと、こう思っています」

閣僚の顔ぶれを見ると再任が多いが、これは夏の参院選、9月の民主党代表選後に内閣改造ということを念頭に置いてのことなのか。
それとも逆に少なくとも次の総選挙まではこのメンバーでいくぞという決意で決めたのか

「一般的にはですね、まだ鳩山政権が誕生してから9カ月弱で今回の辞任に至ったわけです。 ですから、すべての閣僚も9カ月弱のこれまでの就任期間だったわけです。

ですから私もそれこそ最初の(カナダの)イカルカットでのG7(先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議)なんかに行ってですね、『この1年間で4人目の財務相の菅直人です』って言ったら、各国の財務相が苦笑していましたけれども、つまりはあまりにもですね、首相はもとよりですが、大臣も短期間で変わるということは私はそういう意味での行政の質と言っていいのか、いろんな意味で望ましいことではないと思っております」

「ですから今回については、もちろんいろんな経緯で自ら少し休みたいと言われたりですね、いろいろな経緯の方おりますけれども、しっかりした仕事をだいたいの方がやっていただいていると私も同じ内閣にいて見ておりましたので、そういう皆さんには留任をしてもらったということであります」

「改造うんぬんという話も今言われましたけれども、どうも皆さんが好きなのは改造とかですね、新しく変わることが好きなんですね。

同じ人がしっかりした仕事をやっていても、なかなか報道してもらえないんですね。ですから私の頭にそういう改造とか、なんとかということは全く頭の中にはありません。

ぜひですね、しっかり今やっている大臣が何をやっているかをよく見て、どういうことが実現できたかをよく見てですね、その上で、こうするのかああするのかを聞いていただければと思います」

(7完)「機密費、生活感覚だけではかれぬ場合も」

次の総選挙までは内閣、党人事を変えないという意気込みでいくのかどうか

「ですからそのことも含めてですね、今、私の頭の中には、改造とか何とかということはありませんし、一般的には、ある程度の期間を続けていただくことが望ましいと思っておりますけれども、この間、思いもかけない首相辞任もありましたのでですね、あまり、あの、その先のことまで、あまり確定的に申し上げることはちょっと控えたいと思います」

【北方領土】

北方領土問題についてうかがいたい。
鳩山前首相はやり残した仕事の中で北方領土問題を挙げていた。
メドベージェフ露大統領と6月のサミット(主要国首脳会議)、9月のロシアの国際会議、11月のAPEC(アジア太平洋経済協力会議)で、3回首脳会談をすることで約束していた。
菅首相としては鳩山前首相とメドベージェフ大統領との約束を踏襲するのか。
北方領土問題について具体的にどのような方針で対処するか

「率直なところ、まだ私自身がですね、今、指摘をされた鳩山前総理がどういう約束をメドベージェフ大統領とされているのか、あるいはその流れがどうなっているのか、必ずしも詳細に状況をまだ把握をしておりません。

ですから、もちろんこの問題、大変重要な課題であると同時に、大変歴史的にも非常に、こう長い間の問題で、大きな課題であるだけにですね、どういう形で取り組むことが適切か、まずはこれまでの経緯、あるいは鳩山総理とメドベージェフ大統領のそういう、その約束の中身なども十分検討した上で判断したいと思っています」

先ほどの質問で、官房機密費の問題についてお答えになっていなかったので重ねて質問する。
野中広務元官房長官が機密費を言論人、マスメディアの人間に配って、いわば情報操作、言論捜査を行ったという証言をした。
その後、取材を行い、野中氏の発言だけでなく、はっきりと私は機密費を受け取ったと証言する人物も出ている。
評論家の佐藤優氏は江田憲司元首相秘書官から機密費を受け取ったとはっきりおっしゃった。
こうした政治とカネならぬ、報道とカネの問題。政治と報道とカネの問題は大変ゆゆしき問題だ。
この点について、きちんと調査をするか。機密費の使途について、これまで使った分も、今後使用される分も含めて公開される気持ちはあるか

「この機密費という問題、なかなか、何と言いましょうか。根源的な問題も含んでいるわけです。

まあ、ものの本によればですね、いつの時代でしたでしょうか、戦前でしたでしょうか。当時のソ連の動きをですね、明石(元二郎)大佐ですか。いろいろ、こう、調査をするときにですね、巨額の、まさに、そういう費用を使ってですね、いろいろそういう意味での情報のオペレーションをやったというようなこともいろいろ歴史的には出ております。

そういう意味でですね、確かにその、なんて言うんでしょうか、国民のみなさんの生活感覚の中で考えられることと、場合によっては機密費という本質的な性格の中にはですね、一般の生活感覚だけでは、はかることの、場合によってはできない、ちょっと異質なものもあり得ると思っております。

今、この問題、官房長官のほうで検討をされていると思いますが、まあ、いろんな外交機密の問題もある意味で、ある期間が経た後にきちっと公開するというようなことのルールも必ずしも日本でははっきりしていないわけですけれども、この機密費の問題もですね、何らかのルールは、そういう意味でですね、必要なのかと思いますが、現在その検討は官房長官ご自身に委ねているところです。

まあ、報道のあり方については、これはあまり私の方からですね、言うべきことというよりも、それは報道に携わるみなさん自身がですね、考えられ、あるいはある種の、自らのですね、ルールが必要であれば、自らの自主的なルールを考えられればいいのではないかと。私なども時折ですね、ちょっと記事が違うんじゃないか、一体誰から聞いたんだと言っても、いやそれは取材元の秘匿はジャーナリストのいわば原点ですからと言って、それはそれでひとつのルールなんでしょう。

考え方なんでしょうが、まあ政治とカネの問題についてもですね、みなさん自身がどういうルールなり倫理観を持って当たられるか、それはみなさん自身が考え、あるいは必要であれば議論されることではないでしょうか」

6月 9, 2010 at 11:38 午前 国内の政治・行政・司法 | | コメント (0) | トラックバック (0)