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2010.05.15

大学生に高校の補習授業

読売新聞より「大学生の基礎学力低下、提携の高校で補習へ

大学生の基礎学力の低下が問題となる中、埼玉県の県立高校が来年度から、提携先の大学生を聴講生として受け入れることになった。

大学が独自に高校レベルの補習を行うケースは増えているが、高校への“差し戻し”は異例。

歓迎ムードの教授たちに対し、学生からは「恥ずかしくて通えない」との声も上がっている。

提携したのは、県立吹上秋桜高校(鴻巣市)と、県内にある大東文化大(東松山市)、ものつくり大(行田市)。高校生が大学で講義を受けるなどの「高大連携」を3月に締結した際、学力不足の学生の受け入れでも合意したという。

学生は高校生と一緒に授業を受け、授業料は1科目年間1750円前後を想定。対象となる科目や学生など詳細は今後決める。

学生の学力不足を補うため、補習授業を実施する大学が増えている。

文部科学省によると、

  • 1996年度の実施大学は572校中52校(約9%)だったが、
  • 2007年度は742校中244校(約33%)に上った。

大東文化大学務局長の山崎俊次教授は

「学力は年々下がっているが、講師や教授が高校教員のように基礎を教えられるわけではない。全科目の補習を行うのも難しい」
と高校での補習に期待をかける。

同高は4月に開校した昼夜開講の単位制学校。「地域社会に開かれた学校」を目指し、在校生以外を対象にした科目履修制度もある。「授業は午後9時まで。制服もなく、大学生でも学びやすいはず」と同高。

大東文化大2年の男子学生(19)は

「高校時代は受験に出やすい英単語や古典ぐらいしか勉強しなかった。興味ある科目を勉強できるなら授業を受けてみたい」
と歓迎するが、同大1年の女子学生(18)は
「高校に通うのは少し恥ずかしい。友達にも言えない」。
学生たちには賛否両論のようだ。

(2010年5月15日06時19分 読売新聞)

補習授業を実施している大学が33%なんですか・・・・・。

学力は年々下がっているが
とのことですが、問題を「学力全般」と捉えるのは間違っているのではないだろうか?
「高校時代は受験に出やすい英単語や古典ぐらいしか勉強しなかった。
興味ある科目を勉強できるなら授業を受けてみたい」
こっちが問題なのだと思う。

数十年前の受験生としては、勉強ができること=成績が良いこと、であったと思います。
しかし、受験技術の向上は、この二つを分離してしまった。
成績さえ良ければ勉強ができなくても良い。

勉強を学問の一部として捉えると、例えば本を調べるといった知的好奇心の開発、といった面が重要ではないのか?と思うのです。
しかし、それだと必ずしも成績は良くならない。 「夜中まで本を読んでいて寝坊した」とかなります。

試験の成績を上げるテクニックは説明を聞けばもっともだと、思いますがそのようなことばかりに集中している子どもたちにとっては、知的作業は苦痛になっていくでしょうね。

さらに、ある程度成績が良いつまり進学校の中学生などだと、自分の試験の成績を上げるよりもライバルの成績を下げる方が簡単だ、と考えて行動するような生徒も出てきているとのことです。

こうなると、教育=将来への勉強、という側面が消えてしまって、目前の成績ランキングだけを目標にして十数年「勉強」した結果が大学生になっているわけです。

下手すると、「高校レベルの補習授業が必要」なのではなくて、「幼稚園レベルの生活学習が必要」になっているのかもしれません。

偏差値に代表されるデータ偏重主義がこのような抜け道を探すようなことばかりを推し進めてきた、と強く感じます。

大学が本当に学力を必要とするのであれば、受験科目を9科目にするとか、体育実技を受験科目に必修にする、キャンプ生活の試験をする、といったところまで拡大するべきでしょう。

社会はどういう人材を必要としているのか、という観点で入学試験(?)を実施するべきなのです。

しかし、現実は大学の経営上の必要から、受験のハードルをドンドン下げて、一人でも多くの学生を確保する方向に向かっています。
大学生のインフレですが、一言で言えば「悪貨は良貨を駆逐する」そのものでしょう。

今の大学生世代の一番辛いところは、すべてが偏差値で評価されているところでしょう。
一人ひとりの大学生は、やる気もあるし体力も十分ですが、それだけではなかなか突破できない、「試験成績だけ重視」の社会の現実があります。
なんとか、ここを切り替えないとダメなのですが、日本の役所も社会も、全て供給サイドからしか動かないから、大学生に社会(需要家側)が何を求めているのかという観点からは、全く企画が出てこない。

教育がドンドン現実離れしていく、ということです。

5月 15, 2010 at 11:44 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

明石市役所・連れ子の女子高生の婚姻届を受理

読売新聞より「元妻の連れ子との婚姻届受理、戸籍上は「夫婦」

元税理士の男(57)が、元妻の連れ子だった女子高校生との婚姻届を偽造した有印私文書偽造容疑で兵庫県警に逮捕される事件があり、同県明石市の職員が、男と女子高生が民法上、結婚できないことを知らずに届を受理していたことが14日、わかった。

いったん受理された婚姻届は有効で、戸籍上はまだ「夫婦」のまま。

女子高生は婚姻の無効確認を求めており、家裁の判断を待って、戸籍を訂正するという。市は近く、女子高生に謝罪する。

捜査関係者などによると、男は4月、婚姻届の妻の欄に女子高生の名前を書くなどして偽造した疑い。
男は「自分のものにしたかった」と容疑を認めているという。

2008年の戸籍法改正で、窓口を訪れなかった配偶者に結婚が通知されるようになり、通知を受け取った女子高生が警察に相談し発覚した。

民法では、直系姻族(結婚相手の子どもなど)とは、婚姻することができないとし、離婚後も同様と規定している。

男は女子高生と血縁関係はないが、元妻との離婚後も連れ子との結婚は認められない。

男が届を出した際、夫と妻の欄にある名前の筆跡が酷似しているのを職員が不審に思い、法務局に照会したが、法務局から「書類が整っていれば、受け付けないといけない」と回答があり、受理したという。

(2010年5月15日00時48分 読売新聞)

なんとも色々ある事件ですね。

素晴らしいのは、

通知を受け取った女子高生が警察に相談し発覚した。
ですね。きちんと行動したことが良かった。
もっとも、こんな問題で「警察に行く」というところが、この税理士と元妻、その連れ子の女子高生との関係に何らかのトラブルがあったのだろうと想像できますが・・・・・。
しかし、警察ざたにしたから、明らかになったわけで、この点はよい判断でした。

対して、

明石市の職員が、男と女子高生が民法上、結婚できないことを知らずに届を受理
これは論外でしょう。
単に受け取るだけなら、職員なんて配置する必要ないよ。
郵便ポストで沢山だ。
この職員には、給与を払わないでも良いとなってしまう。

だいたい

夫と妻の欄にある名前の筆跡が酷似しているのを職員が不審に思い、法務局に照会したが
というのだから、疑っていたわけでしょう。
だったら、どこに問題があるのか無いのか、キチンと判断しなかったのか?明らかに、職務としての判断能力が必要な法的な知識を満たしていなかったわけで、当事者への謝罪をしても、市役所職員の行政上必要な判断能力が大いに疑わしい、という事実をどう修復するのだろうか?

5月 15, 2010 at 10:56 午前 国内の政治・行政・司法 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.05.14

実名か匿名か

サンケイ新聞より「【論説委員の取材ノート】鹿間孝一 迫られた実名か匿名か

2010.5.14 07:55

平成13年6月8日、大阪教育大付属池田小学校で事件は起きた。

当時大阪の社会部長だった。朝の部長会が始まってまもなく「小学校に刃物を持った男が乱入して、けが人が出ている」と一報が。
全体像がわからぬまま、嫌な胸騒ぎがした。

予感は不幸にして当たった。児童8人刺殺という犯罪史に残る惨事だった。

男は現場で取り押さえられ、持っていた免許証から(死刑が執行されたので元死刑囚とする)とわかった。そこから難しい判断を迫られることになる。

まず精神科の病院に通院していることがわかり、犯行前に精神安定剤を大量に服用したという供述が入ってきた。さらに2年前、傷害容疑で逮捕されながら、心神喪失状態だったと不起訴になり、措置入院していた。

これらを総合すると、池田小の事件も精神障害によるもので刑事責任を問えない可能性がある。

実名で報道すべきか、匿名か。

それまでは精神科病院への入院・通院歴があると匿名にしてきた。

不起訴になるケースが多いからだ。

「罪に問えない」と「罪がない」のは違うのだが、被疑者の人権を声高に叫ぶ風潮も無視できなかった。

一方で、「入院(通院)歴」を理由に匿名にするのは、精神障害者が犯罪に走る可能性があると思わせ、かえって偏見・差別を助長するとの指摘もあった。

実名報道を決断した。

匿名は被害者、遺族の心情になじまない。
元死刑囚の刑事責任能力の有無は捜査の進展を待とう。
触法精神障害者の問題に一石を投じる意味もある。

紙面に「おことわり」を掲載する準備もした。

だが「実名が原則なのだから必要ない」という編集局長の一言で取りやめになった。

夕刊が配達されるころ、

「なにもかも嫌になった。死刑にしてほしい」
という供述が入ってきた。
「こいつはまともやで」。
編集局内でそんな声が上がった。

非常に有名な事件の取材状況の記事です。
サンケイ新聞の記事には、正に「実名」が書かれていますが、このエントリーでは実名ではなくてイニシャルで書きました。

ニュースで実名報道されているものを、ブログではイニシャルにする根拠はあるのか?となります。
この何年か常に考えていることの一つです。

サンケイ新聞の記事は、事件当時の新聞社の決断の様子が説明されています。
やはり、新聞は速報を第一とし、必要であれば後から修正するといった体制なのですね。
そして、それは「実名報道の原則」として決められている。

しかし、この事件は9年前(2001年6月8日)の話であって、ネット上では大変化が始まった頃でした。

「酔うぞの遠めがね」は、@nifty のブログサービス・ココログのスタートと同時で2003年12月からです。
もちろん、その後SNSが登場し・・・・とネット上の発言の機会は増加したわけです。

現在では、ネット上の記事における「匿名・実名」問題を書き手としては考えないわけにいかない、と思っています。

わたしはブログを始めた当初、新聞の報道などを省略して紹介し「正確には、リンク先を読んで欲しい」というスタンスで始めましたが、リンク先の消失にどう対応するのか?と考えて、基本的に記事全体をコピーするようになりました。
その理由は「ブログのエントリーは資料として価値があるだろう」という思いからです。

今になってみると、この決断をした時に「元記事はニュースだが、ブログに紹介することは意味が違う」と考えていた、と言えます。

しかし、今度は新聞の実名報道をそのままコピーすると、実名がブログに載ってしまいます。
事実、実名での検索が来ています。

確かに、記事にするべき事実はあって、それを資料とするのは良いとしても、実名が延々と残り続けるのは、どうなのか?という判断に迫られて、現在では実名は書き換えています。

つまり、サンケイ新聞の記事には「速報ゆえの判断の悩み」があって、わたしとしては「資料として後々に残ることの悩み」があると言えます。
同じニュースに対して、全く別の立場から判断しているわけで、表現の自由といった問題については、「○○にあるのだから良いではないか」という見解では、いささか乱暴に過ぎる、という時代になってきたと言えるでしょう。

一ブログであっても、メディアの一端であるという意識が必要になって来て、「編集方針」のようなことを考えるべき時代になった、ということでしょう。
さらに「編集方針」が正しいのかどうか、常に悩むわけであります。

5月 14, 2010 at 10:02 午前 ウェブログ・ココログ関連 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.05.13

メキシコ湾の原油流出事故・その2

CNN.co.jp より「BPは爆発直前、油井の異常を把握していた 米下院委員長

ニューヨーク(CNNMoney)
米ルイジアナ州のメキシコ湾で起きた石油掘削施設の爆発事故で12日、米下院エネルギー商業委員会・小委員会の公聴会が開かれた。

同委員会のワックスマン委員長は、

油田の採掘権を持つ石油大手BPが爆発の数時間前に油井の異常を把握していながら、対応を怠った
と証言した。

同委員長は、

BPは4月20日、爆発が起きる数時間前に油井の圧力試験を実施し、基準を満たしていないことを認識していた
と証言した。

この件については、BPから同小委員会に非公式に報告があったという。

同委員長によると、

圧力試験では油井内の圧力が高まっていることが確認されていた。
これにより原油やガスが浸透し、爆発を引き起こす可能性のあることが示されたという。

同委員長は

「それでもBPは作業を中止しなかったようだ。その結果、11人が死亡し、メキシコ湾は大規模な環境災害に直面した」
と述べた。

これに対しBPと同施設を所有するトランスオーシャン、設置工事を請け負ったハリバートンの幹部らは、爆発の原因は依然、調査中であると証言した。

公聴会では原油の流れを止めるはずの防噴装置が正常に作動しなかったことについても質問がなされたが、装置を製造したキャメロン・インターナショナルのムーアCEO(最高経営責任者)は、

「原因を結論付けるのは時期尚早だ」
と答えた。

また、現在、原油の流出を止めるために噴出口を「ごみ」でつまらせる案が検討されているが、これに対する批判の声も上がった。

この爆発事故をめぐっては、海洋掘削を管理する連邦機関、鉱物資源管理部のあり方も問われている。

公聴会でも、同機関と石油業界との関係を疑問視する声が上がった。これについて政府は11日、同機関を2つに分割する計画を発表している。

この事件は、今や深海での原油流出をどうやって止めるか、という問題になってきましたが、元もと大爆発でありました。

CNN.co.jp より「石油施設爆発めぐり責任のなすり合い 米上院公聴会

ルイジアナ州ケナー(CNN)
米ルイジアナ州のメキシコ湾で起きた石油掘削施設の爆発事故で11日、米上院の公聴会が開かれ、証言に立った石油大手BPや採掘施設所有社などの幹部が事故原因をめぐってそれぞれの主張を展開、責任のなすり合いの様相となった。

上院エネルギー天然資源委員会の公聴会で、油田の採掘権を持つBP米国法人のラマー・マッケイ会長は、爆発を起こした採掘施設の運営責任と非常装置の点検責任は同施設を所有するトランスオーシャンにあると強調した。

これに対しトランスオーシャンのスティーブン・ニューマン最高経営責任者(CEO)は、油田を支えるコンクリート構造に問題があったとの見方を示し、「そうした要因に問題がなければ、爆発は起こらなかったはずだ」と反論した。

この構造の設計責任はBPにあり、設置工事は石油サービス会社のハリバートンが請け負っている。

ハリバートンの最高安全環境責任者、ティム・プロバート氏は、ハリバートンはBPの指示に従っただけであり、爆発防止はトランスオーシャンの責任だと証言、責任はトランスオーシャンかBPのいずれかにあるとの認識を示した。

一方、沿岸警備隊と内務省共同の公聴会では同日、爆発現場に居合わせた補給船のアルウィン・ランドリー船長が証言し、爆発の直前、掘削施設から「黒い雨」が降り注ぎ、ガス放出の轟音が響いたと語った。

同船長が無線で連絡を取った掘削施設の施設長は、油田からの原油流出を防ぐための非常用スイッチ作動を試みたと話したという。
しかし作業員らが脱出する時点で、このスイッチが機能したかどうかは分からなかったとランドリー船長は証言している。

採掘施設は4月22日に爆発を起こして海に沈んだ。
この事故で作業員11人が行方不明になり、日量約5000バレルの原油がメキシコ湾に流出している。

CNN.co.jp より「メキシコ湾のドーム作戦、結晶沈着で中止 対応策探る

ミシシッピ州ビロクシ(CNN) 米南部ルイジアナ州の石油掘削施設爆発事故で、原油流出を巨大なドーム状構造物で止める作戦を試みている国際石油資本(メジャー)の英BP社は8日、ドームの内側に大量の結晶が沈着したため、作戦をいったん中止したことを明らかにした。

同社のサトルズ最高執行責任者(COO)によると、ガスと水が結合してできる氷状の結晶が、ドーム内に大量に蓄積している。

ガスは水よりも軽いため、ドームを浮上させてしまう。

また、流出した原油を船に吸い上げるためのドーム上部の穴が結晶でふさがれるという問題も発生している。

「ガスが問題になる可能性は予想していたが、これほど大きな問題になるとは考えていなかった」
と、サトルズ氏は話している。

作業チームは、ドームをいったん流出箇所から外し、対応策を探っているという。

ドーム本体を加熱する方法や、メタノールで結晶をとかす方法、穴の詰まりをドーム内側からの流れで突破する方法などが検討されている。

メキシコ湾には日量約5000バレルの原油が流出しているとみられ、数千人の作業員やボランティアが油膜の除去作業に追われている。

現場は、ルイジアナ州沖80キロ、深さ1500メートルの海底に設置され、そこから10キロ下の油田ガス田から採掘していたようです。

これほどの大深度で噴出しているガスをどうやって止めたり、流出状態から回収できるのか、想像しがたいですね。

YouTube の「The Gulf of Mexico Oil Slick (BP: Deepwater Horizon) 」を見ると、どこで起き、汚染がどのように広がっているか、などが分かりやすいですね。
Deepwater Horizon で検索すると、色々な情報が出てきます。

5月 13, 2010 at 10:50 午後 事故と社会 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2010.05.12

パロマ湯沸かし器事故で有罪判決・その3

山口利昭弁護士が「パロマ工業元社長・有罪判決への感想」を書かれています。

本文はリンクを読んでいただくとして、わたしが注目したところを示します。

本事案に特有の問題点として、製品の欠陥はかなり事故に対しては限定的な寄与しかないにもかかわらず、製造元会社の経営トップに過失犯は認められるのだろうか?といった疑問もありましたが、判決はこれを肯定しております。

当判決では、パロマ工業社と修理業者(関連会社といっても良いかと思います)との平時における業務上の関係性をかなり詳細に論じたうえで、パロマ工業社が十分な安全対策を講じていれば、たとえ関連会社の不正改造に起因する事故であったとしても重大な結果を回避することはできたとしています。

ここはかなり規範的な評価がなされている、といった感想を持ちました。

なお新聞報道では「製品に欠陥がないにもかかわらず、メーカーは責任を負うか?」といった問題提起をされているものもみかけられますが、当判決はそこまで言っておらず、修理業者が容易に不正改造できるような安全装置自身が被害発生に一定の寄与をしていた、と言及しております。

この点にも企業としては注意が必要であります。

パロマ工業社だけで事故を防止できるのではなく、ガス事業者や経産省などの事故防止対策が万全でなければ防止することはできなかったのではないか、といった疑問もありましたが、
判決では詳細な事実認定のもと、
事故防止は他の事業者や行政当局に頼るべきものではなく、被告人らによる積極的な行動でも十分に防止できたのであり、被告人らの「刑法上の義務」であった、としています。
製品事故を知ったメーカーとしての有事の「被害拡大防止義務」についても触れられており、
重大な製品事故を認識した経営者としては、
マスコミを利用して製品の使用停止などを広報すべきであり、
また徹底した製品回収に努めなければならない
ことが具体的に明示されています(結果回避可能性に基づく回避義務違反)。
製品事故が多発している状況を知った経営者としては「より上位の者(組織)によって事故防止対策が行われる必要がある」とされ、全社的なリスク管理体制が構築されている必要性が謳われているのが印象的であります。

製品利用者への切迫した危険性の認識ということではなく、製品に関連する事故が多発している状況を認識している以上は「未必の故意」ではありませんが、結果の予見可能性は認められる・・・とされるようです。

たしかに品質管理部長は事故発生の原因事実を認識していたようですが、経営者が容易に品質管理部長と同様の情報を共有できたのかどうか、またたとえ共有しえたとしても、パロマ工業社としては、一定程度の安全対策は講じていたようですから、それらの対策によって少なくとも経営者の(事故発生にかかる)予見可能性が低減されるのではないか、とも考えられそうであります。

しかしそのあたりは予見可能性の判断において考慮されていないようです。

つまり誤使用の可能性があろうと、他の事業者による不正改造が原因であろうと、自ら供給している製品の重大事故発生の事実を認識した以上は、安全対策を最優先すべき経営者の義務(しかも高度な義務)があることが、このあたりから理解できそうに思われます。

山口弁護士は以下のようにおっしゃっています。

私の個人的な感想としては、経営トップへの刑事責任が認められ、企業側にとっては相当厳しい判決が出たなぁ・・・というところです。

控訴された場合、結論がどうなるのかは、私もわかりません。

事件の内容から考えると、刑事罰が全くもって不当である、とは言いがたいと思います。
15件の死亡事故で、時効になっていなかった唯一の事件だとのことです。

ガス器具なのですから、死亡事故は避けられないでしょう。
その中に、メンテナンス不良があった場合にどうするか?と言うことが問題になったわけです。

山口弁護士の説明では、責任は限定されないとしたから、下請けの会社のメンテナンス不良についても責任があるとされました。
ここも微妙なところで、出荷時には正常に作動していたものを、メンテナンスの必要上安全装置をカットすることになった、ところにメーカーの設計上の責任がある、と裁判所は認定したのではないかとも思います。

このような認定に対して、メーカーは反論できるのだろうか?
実際、その後の製品は改良されていて、問題ある製品が、設計上の問題で、メンテナンスとして、安全装置を殺す場合があった、ということです。
これで、メーカー側に全く責任が無い、とは言いがたいと思いますね。

とは言え、メーカー側に責任があるとして、それが刑事罰に相当なのか?というのは法律論的には議論のあるところでしょう。

やはり、これは事故であって、事故原因の解明と対策を最優先するべきであり、回収のルールやメンテナンス業者との関係性など、実務的に整備するべきことは沢山あるはずで、本来は消費者庁がユーザー側からの問題提起をするべきでしょうね。
経産省側つまり製造・供給側の視点としては、「事故は起こさない」と言った抽象的な目標になってしまいそうです。

5月 12, 2010 at 08:23 午後 事件と裁判 | | コメント (1) | トラックバック (0)

パロマ湯沸かし器事故で有罪判決・その2

サンケイ新聞社説より「【主張】パロマ事故判決 安全確保への義務に警鐘

パロマ工業(名古屋市)製のガス瞬間湯沸かし器による一酸化炭素(CO)中毒事故で、東京地裁は業務上過失致死傷罪で被告の元社長(求刑禁固2年)ら2人に執行猶予付きの有罪判決を言い渡した。

製品そのものの欠陥ではなく、湯沸かし器の修理業者による不正改造から起きた事故だが、元社長らは事故防止の対策を取る義務があったと判断した。

メーカートップには状況に応じて厳しい注意義務が課せられるとした判決であり、産業界は「他山の石」として重く受け止めるべきだ。

都内の大学生がパロマ製のガス瞬間湯沸かし器の不正改造による一酸化炭素中毒で死亡し、兄も重症にさせた。

同じような中毒事故は全国各地で起き、判決によると昭和60年以降、平成13年までに計15人が亡くなった。

元社長らは

「パロマは修理業者を指揮監督する立場にはない」
と無罪を主張したが、東京地裁は
「パロマ側が製品の点検や回収を適切に行っていれば、死傷事故を未然に防止できた」
と被告側の過失を認めた。

判決でも指摘する通り、生命の危険を伴う製品を提供する企業は、機器それ自体の安全性の向上を図るだけでなく、消費者が安全に使用できるよう配慮することも求められている。

今回の事故はパロマの系列業者も改造工事を担当しており、元社長らは事故の多発を認識する立場にあった。

消費者の安全を守るためには、メーカー責任をより厳格にとらえるのは当然だろう。

監督官庁にも、責任の一端がある。

この問題は平成8年に起きた別の事故の遺族の要望で再捜査した警視庁が経済産業省に連絡し、18年7月に事故情報を公表して表面化した。

それまで、経産省内で情報が集約化されていなかったことも明らかになっている。

もっと早く行政が手を打っていれば、少なくとも同様の事故が相次ぐ事態だけは防止できた可能性がある。

この事故を契機に、安全点検や重大事故の報告などを義務付ける消費生活用製品安全法が強化された。

省庁ごとの縦割りの弊害が指摘された消費者保護を一元的に管理するため、昨年9月には消費者庁も創設された。

今後とも行政とメーカーが情報を共有し、実効性のある安全対策を講じてゆくことが何よりも重要だ。

「パロマ湯沸かし器事故で有罪判決」では、コメントをいただき、他にもネット上では「製造責任を課題に捉えた判決だ」と有罪判決に対する批判意見も多いようです。

わたし自身は、判決を批判するか是認するかについて、判断できていません。
判決自体には「あり得るかな?」といった感想ですが、判決に対する批判の多くが、「この種の判決が一般的になると、製造販売ができない」とメーカーなどが減ることに危惧の念を持っている、と述べています。

つまり、この判決が

「一般的に製造業者は・・・」
という観点からの判決である、という見方での批判だと思いますが、わたしには
「この判決は、かなり特異な事件だと捉えての判決だろう」
という思いがあります。

社説中に紹介されている

「パロマ側が製品の点検や回収を適切に行っていれば、死傷事故を未然に防止できた」

この部分をどう読み取るか、だとなりますがわたしは「適切に」がもっとも重視されていたのではないのか?と思います。

裁判所の認定は、「適切ではない」で決定であって、「回収しなかった」ではない、と考えます。

適切に処置したが回収できなかった場合には無罪、つまり適切な処置をする努力を評価した上での判決だろうと思うのです。

どこが適切でなかったのか?が問題になりますが、

「パロマは修理業者を指揮監督する立場にはない」

もし被告会社側がこれしか主張がなかったのであれば、「いかなる状況でも、修理業者の行動については関知しない」と受け取られて仕方ないでしょう。
これは、普通に考えて通用しないし、事実注意喚起を業者に行っているのだから、部分的には指揮監督しているわけです。

いわば「言っていることとやっていることが一致していない主張」となってしまいます。
これでは裁判所は納得しないでしょう。

有罪判決批判のご意見は、被告会社が裁判を正当に戦ったのだが、裁判所は被告会社の立場を無視した判決を下した、といった見方なのだろうと思います。

しかし、わたしには今回の裁判で被告会社は、正面から裁判を戦っていないのではないか?という印象が強くあります。
つまり、自分の主張を尽くしていない。

そのために、裁判所が「こういう会社が、こういう問題を起こした」といった具合に、決定した上での判決だったのではないのか?
もしそうであれば、判決の批判は被告会社の裁判に対する姿勢に問題があった、となっていくのかもしれません。

判決文を見ないことには決定的に言えないのですが、現時点でのわたしの考えは、どこに問題があり、判決が問題に沿っているのかどうかも、今ひとつ分かりません。

5月 12, 2010 at 09:58 午前 事件と裁判 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.05.11

パロマ湯沸かし器事故で有罪判決

毎日新聞より「パロマ中毒事故:元社長らに有罪判決 東京地裁

2010年5月11日 13時38分 更新:5月11日 13時54分

パロマ工業(名古屋市)製湯沸かし器による一酸化炭素(CO)中毒事故で、東京地裁(半田靖史裁判長)は11日、業務上過失致死傷罪に問われた元社長(72)に禁固1年6月・執行猶予3年(求刑・禁固2年)、同社元品質管理部長(60)に禁固1年・執行猶予3年(求刑・禁固1年6月)の判決を言い渡した。

販売後の改造による事故でメーカー側の責任が問われていたが、トップに厳しい判断が示された。

検察側は、問題の湯沸かし器について、不完全燃焼を防ぐ安全装置が故障しやすく、装置が動かないままでも湯沸かし器を使えるようにする不正改造が横行していたと指摘。

「元社長は社長として安全確保を含む業務を統括し、元品質管理部長は事故対応の責任者だったが、事故を認識しながら抜本的な対策を取らずに放置した」
と主張した。

これに対し弁護側は

  1. パロマは修理業者を指揮監督する立場になかった
  2. 修理業者に不正改造の禁止を連絡しており、事故はなくなったと思っていた
  3. 全国的な防止策を取ることができたのは経済産業省だけだった
などと無罪を主張していた。

検察側は、元社長らが不正改造された湯沸かし器の事故で85~01年に計14人が死亡していたことを認識しながら、回収などの安全対策を怠り、05年11月に東京都港区のマンションで大学生(当時18歳)をCO中毒で死亡させ、兄(29)に重傷を負わせたとして起訴していた。

マンションの湯沸かし器を不正改造したパロマ系列の販売店員は07年8月に病死している。

一連の事故は全国で28件あり、死者は21人に上る。96年に起きた別の事故の遺族の要望で再捜査した警視庁が経産省に連絡し、同省が06年7月に事故情報を公表して初めて問題が表面化した。【伊藤直孝】

メーカーが出荷した製品を市場で不正改造したものについて、メーカー側に責任があるのか?という正面衝突型の裁判ですね。

NHKニュースより「パロマ元社長に猶予付き有罪

ガス湯沸かし器による一酸化炭素中毒で大学生が死亡した事故で、業務上過失致死傷の罪に問われたパロマ工業の元社長に、東京地方裁判所は「事故が起きることは予測できたのに、対策をとらず漫然と放置し続けた」と指摘し、執行猶予の付いた禁固1年6か月を言い渡しました。

この事故は、平成17年に、東京・港区の大学生(当時18歳)がパロマ工業のガス瞬間湯沸かし器による一酸化炭素中毒で死亡し、兄が重傷を負ったものです。

パロマ工業の社長だった元社長(72)は、修理業者によって安全装置が不正に改造されて死者が出ていたのに対策をとらなかったとして、業務上過失致死傷の罪に問われました。

検察が禁固2年を求刑したのに対して、元社長側は「製品自体には欠陥はなく、パロマには点検や回収を行う義務はなかった」と無罪を主張していました。

判決で、東京地方裁判所の半田靖史裁判長は

「昭和60年以降、不正改造が原因の事故が13件起きて15人が死亡し、このうち12件の事故についてパロマは情報を入手し、独自に点検や回収を行うことができたのに、対策をとらず漫然と放置し続けた」
と指摘し、元社長に禁固1年6か月、執行猶予3年を言い渡しました。

また、いっしょに起訴された元品質管理部長(60)には禁固1年、執行猶予3年が言い渡されました。

判決は、製品そのものの欠陥がなくても修理業者の不正改造によって起きた事故をめぐって、メーカートップの刑事責任を認めるものとなりました。

結局、この判決では「実態として事故が起きていることを知っているのだから、何とかしろ」という考え方だと見えます。

対して、弁護側の主張が「指揮監督する立場になかった」といった、外形的条件を重視したものですが、これは悪徳商法裁判で被害者側が勝訴した時の型式にそっくりですね。

おそらくは、改修漏れであって、不正改造した業者が系列販売店ではない、といったことであれば、「偶然の事故」であったとされたかと思います。

簡単に言えば、「安全の確保が不十分であった。その理由についてメーカー側が納得出来る説明がなかった」ということかと感じます。

なによりも、不正改造があった場合に、どう対策するのか?という問いかけに対して、「不正改造の禁止を通達していた」だけでは、弁明としては弱すぎるでしょう。

それゆえ「回収の義務がなかった」という主張になったわけですが、普通に考えて、不正改造の事実を知ったら、それは回収し不正回収した業者に、ペナルティーを課すべきだったでしょう。
そうでなければ、結果として不正改造機が市場に増えてしまう。

全体として、メーカーの主張は矛盾があった、ということだったのだと思います。

5月 11, 2010 at 06:41 午後 もの作り, 事件と裁判 | | コメント (1) | トラックバック (0)