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2010.12.15

大阪の二児童放置事件の裏側

東京新聞より「大阪2児放置死 『子ども預かって』届かず

2010年12月15日 朝刊

大阪市で七月に発覚した二幼児放置死事件で、一月まで名古屋市中区に住んでいた元風俗店従業員の母親(23)が昨年十二月、中区役所に

「子どもを一時保護してほしい」
と電話で相談していたことが分かった。

市中央児童相談所は四カ月前に警察から

「将来、ネグレクト(育児放棄)のおそれがある」
との通報を受け、母子の存在を把握していたが、区役所と情報を共有できず、支援に結び付かなかった。

児相や区役所は、母親が再三の電話に応答しなかったため「相談意欲が薄い」と判断。
その後は接触を試みなかった。結果として二児を救うことはできなかった。

市が十四日に発表した検証委員会の報告書によると、

昨年十二月八日、母親から中区役所に

「夜の仕事で子どもの面倒を見られない。一時保護してほしい」
との電話があった。

時間外だったため担当外の職員が対応し児相を紹介。

母親から聞き取った内容と携帯電話の番号を区役所の子ども家庭相談員に伝えた。

相談員は翌九~十日に計三回電話をかけ、留守番電話にメッセージを残したが、電話はなかった。

相談員は児相への連絡はしなかった。

今年八月に事件を捜査する大阪府警の照会で電話をかけたのが母親だったと判明した。

昨年八月には、母子が当時住んでいた中区のマンション通路で午後十一時ごろ、長女桜子ちゃん(3つ)が泣いて母親を捜しているところを保護された。

一時間半後に母親が中署を訪れて引き取ったが、警察は「将来、ネグレクトに発展する可能性がある」と市中央児相に通告した。

これを受けて中央児相の担当者は電話連絡を七回、家庭訪問を二回したが、接触できたのは最初の電話一回だけ。

母親は

「困っていることは特にない。知人の家に引っ越し、住所が分からないのであらためて連絡する」
と話した。
このため昨年八月三十一日を最後に働き掛けをやめていた。

時系列を整理すると

2009年08月20日長女桜子ちゃん(3つ)が泣いて母親を捜しているところを保護された。一時間半後に母親が中署を訪れて引き取ったが、警察は「将来、ネグレクトに発展する可能性がある」と市中央児相に通告した。
2009年08月21日中央児相の担当者は電話連絡を七回、家庭訪問を二回したが、接触できたのは最初の電話一回だけ。
2009年08月31日昨年八月三十一日を最後に働き掛けをやめていた。
2009年12月08日母親から中区役所に「夜の仕事で子どもの面倒を見られない。一時保護してほしい」との電話があった。
2009年12月10日相談員は翌九~十日に計三回電話をかけ、留守番電話にメッセージを残したが、電話はなかった。
2009年12月11日相談員は児相への連絡はしなかった。

これだけ見ると、警察・区役所はそれなりに正しい手続を取って、児相に情報を回しているのですが、児相の調査不足が悲劇に結びついたように見えます。

児相は全体としては、とても良くやっていると思いますが、問題になるケースは命が失われたりすることなので、一つも取り落としてはいけない、というべきなのでしょう。

警察が「将来ネグレクトのおそれがある」と中央児相に通告したのに、接触できたのが1回では、判定も出来ないでしょう。
にもかかわらず、働きかけを止めてしまった。
これがいかなる判断で止めたのか?が問題になりますね。

区役所への連絡に対応した、相談員が「子供を一時保護して欲しい」という情報に対して、「連絡が取れないから」児相や警察に連絡せずに放置、というのでは判断をしてないでしょう。

現場のスキルを上げるべきだ、となりますね。

12月 15, 2010 at 12:02 午後 事件と裁判 |

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