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2010.09.06

富沢祥也選手死亡

AFP BB より「富沢祥也、レース中の事故で死亡 サンマリノGP

2010年09月06日 08:31 発信地:ミサノ/イタリア

【8月6日 AFP】世界ロードレース選手権(WGP 2010)に参戦しているテクノマグ-CIP(Technomag-CIP)の富沢祥也(Shoya Tomizawa、日本)が5日、イタリアのミサノ(Misano)で行われた第12戦サンマリノ&リビエラ・ディ・リミニGPのMoto2クラス決勝でレース中に事故に遭い、死亡した。

富沢は転倒し、避けきれなかった後続のアレックス・デ・アンジェリス(Alex de Angelis、サンマリノ)とスコット・リーディング(Scott Redding、英国)にはねられ、40メートル飛ばされた。

富沢は30キロメートル離れたリッチョーネ(Riccione)市内の病院に搬送されたが、後に死亡が確認された。

大会主催者によると、富沢は頭部や胸、腹部をけがしていたという。

大会主催者は、

「テクノマグ‐CIPの富沢祥也(19)は5日、Moto2クラスの決勝レースで転倒し、頭部、胸部、腹部を負傷しました。富沢はサーキット近郊のリッチョーネ市内の病院に搬送され、緊急治療を試みたが、14時20分に死亡が確認されました。MotoGPファミリーは、富沢の家族、そして彼の友人たちに心から哀悼の意を表明します」
と声明を発表している。

今季より新設されたMoto2クラスで富沢は、開幕戦のカタールGPで優勝、続く第2戦スペインGPでは2位に入り、好スタートを切ったが、第11戦を終えて82ポイントで総合7位だった。(c)AFP

富沢祥也選手の参戦していた、MOTO2 クラスはすごい参加台数で、今回のサンマリノ&リビエラ・ディ・リミニGPでは、39台でレースがスタートしています。

MOTO2 クラスは、2010年から始まった新カテゴリーとしてカタールGPから始まり、カタールでの優勝、つまりMOTO2 クラスの最初の優勝者が富沢選手です。

現在、motogp.com には、トップに「富沢祥也、不運の事故死」が出ています。

レースの模様は、次の通りです。

第12戦戦サンマリノ&リビエラ・ディ・リミニGPの決勝レースは5日、ミサノ・ワールド・サーキットで行われ、トニ・エリアスが優勝。今季6勝目を飾った。

気温26度。路面温度37度のドライコンディションの中、ポールポジションのエリアスは、7ラップ目にトップを挽回すると、20ラップ目には3.172秒差のアドバンテージを広げ、今季初のポール・トゥ・ウインを決めた。

3番グリッドのフリアン・シモンは、1.969秒差の2位。2戦連続して表彰台に登れば、15番グリッドのトーマス・ルティが3位に入り、4戦ぶり5度目の表彰台を獲得した。

シモーネ・コルシ、ステファン・ブラドル、ジュール・クルーセル、ガボール・タルマクシ、ドミニク・エジャーター、クラウディオ・コルティ、ロベルト・ロルフォがトップ10入り。

29番グリッドの山口辰也は、25位でフィニッシュ。

8番グリッドの富沢祥也は、4ラップ目にトップに飛び出すなど、トップグループ内で走行していたが、12ラップ目に転倒。ウォームアップ走行を制したアレックス・デ・アンジェリスと2番グリッドのスコット・リーディングもその際に転倒を喫した。

富沢は、サーキット内のメディカルセンターに運ばれた後、近郊の病院に転院された。

13番グリッドの高橋裕紀は、5番手走行中のラスト5ラップに転倒を喫した。

カレル・アブラハムは、体調不良により、2戦連続してキャンセルした。

チャンピオンシップは、エリアスが25ポイントを加算。211ポイントに到達すれば、ランク2位に浮上したシモンに83ポイント差、ランク3位のルティに87ポイント差のアドバンテージを広げた。

  1. Author:Shoya Tomizawa
  2. 富沢祥也[とみざわしょうや]
  3. 生年月日:1990年12月10日
  4. 血液型:B+
  5. 出身地:千葉県
  6. 所属チーム:TECHNOMAG-CIPMOTO2

9月 6, 2010 at 09:25 午前 日記・コラム・つぶやき |

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