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2010.06.29

中学生服脱がされ動画撮影・「いじめ」ではないと思う。

東京新聞より「中1女子がいじめ被害、服脱がされ動画撮影

岐阜県可児市の市立中学1年生の女子生徒(12)が、同じ学校の2年生の生徒5人にいすに縛り付けられて服を脱がされ、裸を動画撮影されるなど、いじめを受けていたことがわかった。

女子生徒の家族が28日、県警可児署に被害届を出した。

同市教育委員会によると、いじめは先月から今月上旬に計5回あり、2年生の女子生徒4人と男子生徒1人が、スーパーの駐輪場などで女子生徒を裸にした。

さらに、5人のうち1人の自宅で、女子生徒をいすに縛り付けたうえ、服を脱がせ、その様子を撮影した動画を同じ学校の十数人の生徒にメール送信していたという。

女子生徒が今月21日、学校に相談していじめが発覚。

学校側は生徒5人に謝罪させるとともに、メールを受信した生徒らに動画を削除させた。

同中学校の校長らは29日朝、学校近くの公民館で記者会見し、

「いじめを事前に察知できず、申し訳ない。二度とこのようなことがないよう対策を取りたい」
と謝罪。いじめの理由などについては、
「警察が捜査中なので、コメントは控える」
とした。

(2010年6月29日11時46分 読売新聞)

この事件は、報道も記者会見も「いじめ」になっていますが、これ、いじめでしょうかね?

これがいじめなら、骨折ぐらいでは、傷害ではなくていじめになってしまう。
世間一般では通用しない話だ。

普通に考えて、この女子生徒の以前からのいじめがエスカレートして、こんな事態になったと解釈するべきだと思う。
そうなると、この校長や教育長は、この五回の事件以前には、いじめはなかったと言うのだろうか?

「教育現場で対処するべき、いじめ行為のエスカレートを見逃して、大事件になってしまった。そのために今、警察が捜査している」というべきなのではないか?

教育界は全体として、「いじめ」とか「体罰」といった言葉を現実無視で乱発していると思う。

先日、高校の女子バレーボール部員の顔面を膝蹴りして、顔面骨折させた顧問教師がいたが、膝蹴り・顔面骨折のどこが体罰なのだ?
れっきとした暴行・傷害だろう。

この事件でも、教頭が「行き過ぎ」とコメントしているが、それではどこまでエスカレートすると「行き過ぎ」ではなくなるのだ?
行き過ぎというのは、学校の監督下での行為の実施が行きすぎという意味だろう。学校が「全部現場に任せています。何があっても知りません」ならまだ話が分かるというものだ。

いい加減に、結果をキッチリと評価するべきだろう。

日本では、警察ですら結果=現実よりも、いきさつを重視するあまり話を作りがちで、それがえん罪事件になったりする。 日本全体として、近年増えてきたストーリーが想像できない事件(子どもの殺人事件や、秋葉原の多数殺傷事件)などに対して、一人ひとりが「分からない」として考えたり調べたりすることを放棄していると思う。

出発点からのストーリーを作って事件に当てはめるのではなくて、現実の結果から、なぜそのようになっていったのかを遡る方が、わけの分からない事件のより良い解釈にたどり着くのではないだろうか?

6月 29, 2010 at 12:59 午後 教育問題各種 |

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コメント

ちっとも、本質的じゃないコメントで申し訳ありませんが、
> 県警可児署に被害届を出した。
を私は、「苛児署」と誤読してしまいました。
地理も歴史も苦手ですので、「可児市」が身近じゃないのです。
「そんな変な署があるわけないよな。」と見直して、気づきましたけれども。

投稿: mimon | 2010/06/29 22:02:51

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