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2010.05.05

新オフィス地区の苦闘

朝日新聞より「さいたま新都心10年 「関東の中心」になるはずが…

さいたま市のさいたま新都心が5日、2000年の「街びらき」から10周年を迎えた。

当時の為政者は「埼玉百年の大計」としたが、現在の就業人口は計画の3分の1程度。
複合ビル建設計画の見直しなど、新たな課題にも直面し、街づくりは正念場を迎えている。

大型連休の初日。JRさいたま新都心駅東側地区の商業施設「コクーン新都心」は、家族連れやカップルでにぎわった。
昼過ぎ、各レストラン前には入店を待つ行列ができ、1千台収容の駐車場は、ほぼ満車だった。

対照的だったのが、駅西側地区。
国の出先機関が入る合同庁舎周辺などは人影がまばらで、人出が目立ったのは、街びらき10年の記念行事が開かれていた「さいたまスーパーアリーナ」と、その周辺ぐらいだった。

新都心と呼ばれる開発地区は、東京ドーム約10個分の47.4ヘクタール。
日本郵政や民間企業のビル、ホテル、大型スーパーなども立ち並ぶ。

新都心誕生のきっかけは、国が打ち出した「業務核都市」構想。

1986年、東京への一極集中を緩和するため、浦和・大宮地区が首都圏の広域的な拠点の一つに選ばれた。

89年、横浜や千葉との誘致合戦の末、同跡地への政府機関の移転が決定。
91年に開発が着工され、国の約20機関が移転して2000年5月、街びらきにこぎつけた。

当時の土屋義彦知事は「埼玉百年の大計」と位置づけた。当初の5年間は、さいたま市の誕生や政令指定都市化、コクーン開業などもあり、計画は順調に進むかのようにも見えた。

■「にぎわい創出」課題

目算の狂いが目立ち始めたのは、06年。

合同庁舎の隣の「第8―1A街区」(2.4ヘクタール)にデジタル放送用タワーを誘致しようとしたが、「東京スカイツリー」(東京都墨田区)との競争に敗れた。観光などの目玉候補を失った。

昨年以降も、苦難が続いている。

同街区では、オフィスや商業施設などが入る高さ186メートルの複合ビルを、三菱地所などが建てる計画だった。

しかし、「オフィス需要低迷など経済状況の変化」を理由に、県や市に計画見直しを申し入れたことが表面化した。
計画継続に向けた協議が続いているが、期限は7月25日。「規模縮小は避けられない」(市関係者)との見方もある。

スーパーアリーナ内の「ジョン・レノン・ミュージアム」も、来館者減少などの理由で9月末の閉館が決定。
市観光政策課は「全国に発信できる観光資源だったのに」と落胆している。後継施設は未定で「どうしたら人が呼べるかを考えたい」(県都市整備政策課)という状況だ。

先行きが不透明な施設は、他にもある。現政権が掲げる国の出先機関の「原則廃止」が実現した場合、合同庁舎をどう活用するかという問題が浮上する。

完成前から見物客が大勢訪れるスカイツリーとは対照的に、新都心は今も「にぎわい創出」が課題だ。

県によると、街びらき前に5万7千人と計画していた就業人口は、1万9千人足らずにとどまっている。

県内の経済シンクタンクの担当者は

「民間企業が増えれば理想的だが、不況で東京都心でさえオフィス賃料が下がっている中、新都心まで来るメリットは見あたらない。商業施設もショッピングモールは県内各地にあり、にぎわいをどう生み出すかは難しい」
と話している。(平林大輔)

■さいたま新都心の歩み

1986年浦和・大宮地区が「業務核都市」に位置づけられる
  89年旧国鉄・大宮操車場跡地への政府機関の移転が決定
  91年新都心開発の着工式
2000年JRさいたま新都心駅開業(4月)、街びらき(5月)
  01年浦和、大宮、与野の3市が合併し、さいたま市が誕生(5月)
  03年さいたま市が政令指定都市に(4月)
  04年「コクーン新都心」開業(9月)
  06年デジタル放送用のタワー誘致に失敗(3月)
  09年タワー候補跡の「第8―1A街区」で計画見直し問題が浮上(11月)
  10年ジョン・レノン・ミュージアムの9月末での閉館が決まる(2月)

横浜のみなとみらい地区は1979年から始まりましたが、土地区画整理がようやく完了しようかという段階で、早い話がなかなか買い手が付かなかった。
神戸でも同じようなことになっています。

要するに、さいたま新都心特有の問題ではない。

どう考えても、東京、神奈川、埼玉、千葉と隣接した地区で、一斉に巨大オフィス用地を作って、全てが埋まることは考えられないわけで、結局は既存の地域からの移転が主になります。

そのような状況では、コストが安いことが一番になるでしょうから、目算通りの収益は期待できない。

さらに、高速道路の使いにくさは、横浜とは比べものにならないわけで、これではなかなか移動しないでしょう。

結局、「箱を作れば何とかなる」というやり方が、ダメだったと言うことで、時間を掛けて埋めていくべきなのでしょうが、何とかなるのかは疑問です。

もう、明らかに「過去の遺物」と化しつつあるのが、この種の「開発」でありましょう。

5月 5, 2010 at 09:03 午後 経済 |

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