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2010.05.16

京都地裁で、傍聴人に指示が出た

落合洋司弁護士のブログ経由、毎日新聞より「裁判員裁判:「首振り」裁判員に予断 裁判長また怒り--京都地裁

京都地裁で公判が続いている娘3人への点滴水混入事件の裁判員裁判で、前日は傍聴人の居眠りに怒った裁判長が12日、審理中にうなずいたり首を振ったりする傍聴人の態度に苦言を呈し、禁止を命じた。

極めて難解な審理の中で、裁判員に予断を与えないよう配慮した措置とみられる。

裁判関係者によると、検察官や弁護人の言葉に身ぶりで反応を示す傍聴人がおり、午後の公判の冒頭、書記官が「殊更に反応を示さないで」と異例の注意。

続いて、増田耕兒裁判長が

「首を振ったりうなずいたりしないでください。(裁判員が)気になりますんで」
と語気を強めた。

この日は、T被告(37)の四女の死因を調べた鑑定医の証人尋問。

鑑定医自身が「何のことか分からないと思いますが」と前置きするほど難解で、質問した裁判官ですら鑑定医から「真意が分からない」と言われる一幕もあった。

傍聴席の捜査関係者からは「医学を勉強しないとついていけない」との声が漏れた。

【熊谷豪】

この報道について、落合弁護士のブログでは

傍聴人には、居眠りしたりうなずいたりする人が時々いますが、目に余るような場合はともかく、いちいち気にしていたらきりがないことで、この京都地裁の裁判長は気にしすぎ、という印象は受けますね。

だらだらした証人尋問では、裁判官も寝ている時があり、他人のことをとやかく言えないような気もします。

上記のような注意をすると、それを契機に、かえって裁判員が傍聴人のことを気にし始める可能性もあるでしょう。

何かにつけ、ぎくしゃくとしたことが起きるのが裁判員制度、ということなのでしょうか。

この裁判長の意図がどの程度のものなのか、分からないのですが、裁判は公開すること決まっています。
公開とは、どういう意味か?となってきますが、昔は傍聴人がノートを取ることも禁止していたのですから、方向性としては「裁判所が傍聴人に知らしめる」といったものだったのでしょう。

ところが現実の裁判では、裁判長も人間ですから、傍聴人がおおぜい来る裁判と、傍聴人が一人も来ない裁判では、力の入れ加減が変わってしまうらしいのです。

民事訴訟では、傍聴者を増やして裁判所にアピールするというては、よく使います。

つまり、裁判所も傍聴人から影響を受けているわけです。

裁判長の意図が「裁判員・裁判官は、傍聴席の影響を受けてはいけない」と感変えているのであれば、「じゃあ報道はどうなのよ?」となってきます。

法廷が外部の影響を全く受けないということ自体が有り得ないわけですが、仮に影響を受けないことを優先すると、法廷を公開せず、報道もしない、ということになっていくでしょう。

いくら何でも、裁判長はこんな極端なことを考えているのではないと思いますが、「身振りを禁止」では重要なところを一斉にメモをとる、なんてのは論外だ、となってしまいますね。

実際問題として、裁判長が「傍聴席書きになるから困る」というは、「多少困っても仕方ない」と考えるべきことでしょう。
そんな点からは、落合弁護士の意見のように「気にしすぎ」だし「この見解を押し通すと、裁判の公開の否定」になってしまいますよ。とは言いたいですね。

5月 16, 2010 at 04:07 午後 裁判員裁判 |

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コメント

 記事には書かれていませんが、これは、「わざと」「おおげさな」そぶりをしていたのではないでしょうか? つまり、裁判を (傍聴人の) 意図する方向に誘導することを狙っていると、あきらかに考えられる場合だったのではないかと思います。
 なお、私は現場 (法廷) にいたわけではなく、あくまでも推測です。

投稿: memo26 | 2010/05/17 5:22:54

memo26 さん

>これは、「わざと」「おおげさな」そぶりをしていたのではないでしょうか? 
>つまり、裁判を (傍聴人の) 意図する方向に誘導することを狙っていると、
>あきらかに考えられる場合だったのではないかと思います。

確かに、理論上は大いにありうるかと思いますが、事件の内容から考えて、傍聴人が意図して裁判に圧力を掛ける目的でパフォーマンスをする状況には無かったと考えます。

民事訴訟や、労働争議などでは傍聴人が応援団、ということは良くありますが(わたしも応援傍聴しているし)刑事事件、それも個人が個人を死に至らしめた、という事件ですから、あまりないだろうと思います。

つまり、傍聴人がわりと普通の反応で、驚いたり、首をひねったり、隣の人と耳打ちしたり、といったことをしたら、裁判長がチェックしたのではないか?と考えます。

傍聴人が、法廷で居眠りすることは珍しくなく、それをチェックする裁判長は、比較的少数であることを考えると、この裁判長は神経質すぎる、という評価の方が当たっているように思いますね。

ただ、裁判の一般化と裁判員裁判になったことは、裁判が劇場型になったことも確かです。

しかし、裁判員裁判以前に書面型の裁判が全てだったのか?というと、そんな事はなくて、証人尋問の巧拙が裁判の結果を変えています。

有名なのは、現在は厚労省の村木元局長の弁護をしている、弘中淳一郎弁護士は「カミソリ弘中」と言われる方で、弁論技術で裁判の結果を予想外にしています。

弁論技術の巧拙に、劇場型の要素がないとは言いがたいでしょう。

程度の問題はあって、あるいは将来は弊害が大きくなりすぎた、と批判されるかもしれませんが、今のところ以前に比べると、裁判は劇場型に移行しつつあります。

こういう時代では、傍聴人も劇の出演者であって、裁判全体をコントロールする裁判長には、傍聴人の勝手な動きも織り込んだ、裁判の進行をする能力が求められていることは、否定のしようがないでしょう。

裁判長が「裁判員裁判だから」と考えては、まずいと思います。
裁判員裁判は、普通の裁判である、という線を外れてはならないでしょう。

投稿: 酔うぞ | 2010/05/17 18:03:05

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