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2010.04.12

弁護士増員・大問題

サンケイ新聞より「【日本の議論】弁護士は多すぎる?少なすぎる? 日弁連新会長誕生で再燃

弁護士の数を増やすべきか、減らすべきか、法曹界で議論が再燃している。

政府は「法的紛争の増加が予想される」として、裁判官、検察官も含めた「法曹人口」全体を拡大すべき-という立場で、司法試験合格者を現状の年2千人程度から3千人程度に増やすことを閣議決定している。

これに対して、弁護士側から「これ以上、弁護士が増えると困る」と反発が強まり、「日本弁護士連合会」(日弁連)に合格者1500人論を掲げる新会長が誕生した。

「なんでも裁判にするギスギスした『訴訟社会』になる」という反対論も根強い。果たして適正な弁護士の数とはどれくらいなのか。(菅原慎太郎)

「1500人に削減を」新日弁連会長が誕生

「弁護士の就職難が深刻化している。立ち止まって検証すべきだ」

今年3月10日、日弁連の会長選で当選した宇都宮健児弁護士(63)=東京弁護士会所属=は東京・霞が関の弁護士会館で記者会見し、改めて、こう強調した。

東京や大阪の弁護士会主流派が推す元日弁連副会長の山本剛嗣(たけじ)弁護士(66)=同=との一騎打ちで、異例の再投票の末に勝利を収めた宇都宮弁護士。

「弁護士人口が急増し、就職難となっている」
と訴えて、司法試験合格者を現状の年間約2千人から1500人程度に削減することを提唱した。
それが大きな勝因となったのは明らかだった。

年間1000人程度だった司法試験合格者を平成22年をめどに3千人程度とすることを、法曹界での議論の末、政府が閣議決定したのは14年。

「3千人」はまだ実現していないが、2千人程度まで増やされた結果、弁護士から「このままでは、やっていけない」と悲鳴に近い声が上がるようになった。

司法試験合格者の8~9割が弁護士になるため、20年前に約1万4千人だった弁護士の数は約2万9千人に急増。

その結果、相対的に1人当たりの依頼者も減り、経済的に“困窮”する弁護士が増えたのだ。
そうした弁護士の不満を吸収したのが宇都宮弁護士だった。

政府は30年に弁護士、裁判官、検察官の法曹人口を5万人とする計画で、そうすると弁護士は4万人を超えることになる。
弁護士の危機感は大きい。

「イソ弁」はまだいい方給料ゼロの「ノキ弁」

「このままでは大変なことになる。ただでさえ、一生懸命、勉強して弁護士になっても、法律事務所にも入れず困っている仲間が多い」

ある若手弁護士はこうぼやいてみせた。司法試験に合格し、司法修習を終えた新人弁護士は、顧客もいなければ経験もないため、普通はまず先輩弁護士の法律事務所に入り、給料を得ながらキャリアを積む。

こうした弁護士を「居候(いそうろう)弁護士」、略して「イソ弁」と呼ぶが、最近は新人弁護士が増えすぎて、イソ弁を受け入れる事務所が足りない。

「給料なしで、事務所の机だけ借りて、自分で“営業”している若手弁護士も多い。軒(のき)の下を借りているようなものだから、『ノキ弁』と呼ばれている。
仕事がなかなかなく、収入は大変厳しい」

若手弁護士はこう話す。勉強を重ね、司法試験という難関を突破しても、最近の若手弁護士は平均年収300~400万円ともいわれる。

「このままでは志がある優秀な若者が弁護士にならなくなる」

弁護士増員について詳しく書いた「こんな日弁連に誰がした?」の著者、小林正啓弁護士はこう危機感を募らせる。

「国民の権利を守る法律家に、優秀な人材が集まらなくなれば、困るのは国民。弁護士業界だけの問題ではない。弁護士の数を減らしても、本質的な解決にはならないが、当面はやむをえないのではないか」

すでに、利益ばかり重視するあまり、安易に訴訟を起こそうとするなど、「正義より利益優先」の弁護士も増え始めているという。

高利の金融業者から「過払い」金利を回収するように依頼した多重債務者が、取り戻した過払い金のほとんどを弁護士に報酬として支払わされ、トラブルになるケースも目立つようになっている。

人を助ける余裕を失った弁護士、訴訟社会の危機…

「困った人を助けるのが弁護士だ。しかし、ボランティアで困っている人を助けるためには、自分に余裕がなければ無理。『貧すれば鈍する』だ」

ある弁護士はこう、本音を打ち明けた。

東京や大阪など大都市は、それでも企業や団体が多く法的トラブルや犯罪も多いため、弁護士の仕事もある。
しかし、地方はもっと深刻だ。

「地方では、事務所を維持できなくなる弁護士も出ている」

ある弁護士はこう話す。宇都宮弁護士を日弁連の会長選に勝利させたのも、地方の弁護士の支持だった。
宇都宮弁護士は東京では得票数で対立候補に敗れたが、地方では逆転。その結果が当選につながっている。

「弁護士が増えすぎると、国民が訴訟を乱発する『訴訟社会』になる」

こう指摘する専門家や弁護士もいる。確かに弁護士の数が多い米国は、ささいなトラブルも裁判になることなどから、「訴訟社会」「濫訴(らんそ)社会」と呼ばれ、さまざまな問題が指摘されている。

米ニュー・メキシコ州で、ハンバーガーショップでコーヒーを購入した高齢者の女性が、持ち帰る途中に、こぼしてやけどを負ったとして、店側を訴えた訴訟は、賠償金286万ドル(約3億円)の支払いを命じる判決が出たため、日本でも注目された。

富裕層のように高額の法的なコストを払えない大多数の国民に不利だという指摘もあり、日本がこうした社会の仲間入りをするべきか、慎重な議論が必要だ。

弁護士は甘えている?増えれば「安く」なる?

一方で「弁護士が多すぎる」という意見に対しては、批判もある。

「弁護士は甘えていると思う。もし、法律事務所を維持できないなら、サラリーマンになればいい。
弁護士だからといってお高くとまっているから、そういう発想になる」

米国で弁護士資格を取得した中央大の平野晋(すすむ)教授はこう厳しく批判する。

米国では、一般企業や官公庁で、いわばサラリーマンとして働く弁護士が多い。

「日本は弁護士の数が少な過ぎる。
弁護士に相談できず、正当な権利を主張できないため、泣いている国民は多いのではないか。
弁護士が増えれば、リーズナブルな価格で法律サービスが提供されるようになり、国民のためになるはずだ」。
平野教授はこう強調する。

確かに日本はほかの先進国に比べると、弁護士ら法律専門家が少ない。

1997年で、

米国で国民約290人に1人
英国で約710人に1人
ドイツが約740人に1人
フランスでも約1640人に1人

の法律専門家がいるのに対し、

日本は約6300人に1人

だった。現在では日本の弁護士らは増えているが、それでもフランスの水準にも及ばない。

「米国ほど弁護士を増やさなくても、ヨーロッパレベルまで増やせばいい。『濫訴社会になる』という指摘はあるが、それは自分の利益ばかりを主張するいまの日本の風潮が問題で、正当な権利を尊重することとは別問題だ」。

平野教授はこう主張する。

また、「困っている」といいながら、高所得を得ている弁護士が多いことも、「弁護士が多すぎる」という意見の説得力をそいでいる。脱税で摘発される弁護士も後を絶たない。

今年3月にも、8億円超を脱税したとして、東京弁護士会所属の弁護士が所得税法違反罪で起訴されたばかりだ。

国民のための司法とは?

そもそもいまの法曹人口拡大策は、日弁連も合意したうえで閣議決定されたことだった。

経済の国際化や社会問題の複雑化などで法的トラブルの増加が予想されることなどを理由に、司法制度改革の一環として決められたことで、基礎となる議論を行った政府の「司法制度改革審議会」には、法学者や裁判官、検察官だけではなく、弁護士の代表も加えられていた。

「今ごろになって、『弁護士が多すぎる』なんて言い始めるのはおかしい」。

ある法務省関係者は、こう眉(まゆ)をひそめる。

普通にサンケイ新聞のこの記事を読んで、問題があることは分かるが、なぜそうなったのかが分かる人はまずいないだろう。

現状では、弁護士が「弁護士が多すぎる」と言っているわけだから、弁護士の団体である日弁連は弁護士増員に反対したのか?と考えるわけですが、そもそも日弁連の反対を押し切って、法務省が「弁護士を増やす」などと言ったら今ごろは国が分裂するほどの大騒ぎになっていたでしょう。

つまりは、少なくともその時々の日弁連執行部は弁護士増員に賛成していたはずです。

だから、法務省関係者が

「今ごろになって、『弁護士が多すぎる』なんて言い始めるのはおかしい」。
というのも当然だろう。となります。

この事情をものすごく面白く解説した本が「こんな日弁連に誰がした?」です。

まるで、三国志とか史記のような感じで、

誰それの時代に、○○な背景の元に、××な思惑を持って、△△した結果、思惑に反して、◎◎になってしまった。
といった調子で書かれています。

弁護士は「面白いけど、ちょっと違う」といった意見も多いようです。

わたしはこの本を読むまで、全く知らなかったのですが、現在の司法試験合格者の中から法曹三者(弁護士・検事・判事)になる、法曹人養成の一元化は戦後になって始まったことなのだそうです。
戦前は、弁護士と裁判官は別の資格であった。

現在は、「検事を辞めて弁護士になる」「弁護士から裁判官に任官する」といった身分的(仕事的)な交流があります。

「こんな日弁連に誰がした?」の説明では

弁護士の中で「弁護士出身の裁判官を増やすべきだ」という声が大きかったのは、戦前は裁判官にはなれない、いわば二級法曹人だと感じていた戦前を知っている弁護士にとっては、議論の余地のない「当然の運動」であった。
とあって、これは大いに納得出来るところです。

では、全ての裁判官は弁護士出身者がなるべきか?と考えてみると、ある程度以上弁護士として経験を積んだ人がなるべきだ、となりますし、それも弁護士として優秀な実績を上げていることが条件でしょう。
そうなると、「優秀な稼ぎの多い弁護士が、裁判官になる」ですから、これでは「成功しているビジネスを捨てて、公務員(官僚)になれ、というのと同義語になってしまいます。

全く、この通りの展開を下敷きにしたテレビドラマが、「SHARK ~カリスマ敏腕検察官」です。
アメリカでもテレビドラマになるくらいの話で、現実問題としては制度的に成立するわけがない。

弁護士増員問題は、現状を見ても良く分からないのですが、過去の説明を聞いても良く分からないのです。
そして、「よく分からないけど決まった」というのは、その時々のかなり短期的な、あからさまに言えば派閥抗争なども含む、政治的な判断で、あっちこっちに流されていった結果が、弁護士500人時代から、3000人時代になってしまったわけです。

さらに、法科大学院が文科省と大学の思惑で仕組みを作ってしまった。
これは、結果を見ても法曹人を世に送り出すという本来の目的よりも、大学教育の範囲を広げることに重点を置いた仕組みなのではないでしょうか?
この背景には、少子化による18歳人口の減少をカバーする教育範囲の拡大があるのは当然です。

というわけで、極めていびつな弁護士増員プロジェクトの本当の姿が露わになりつつある、というのが現状のように思います。

「こんな日弁連に誰がした?」は、とりあえず面白く読みやすい本なので、お勧めです。

4月 12, 2010 at 10:50 午後 セキュリティと法学 |

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コメント

>そもそも日弁連の反対を押し切って、法務省が「弁護士を増やす」などと言ったら今ごろは国が分裂するほどの大騒ぎになっていたでしょう。

弁護士会が反対したくらいで国は二つに割れません。
死刑制度は確か弁護士会は反対しているようですが、国が二つに割れてますか?

弁護士会は強制入会なので会員の政治信条の自由を守るため政治的な行動、つまり特定政党を支持できません。政党からみれば票にも選挙運動にも役に立たない組織です。政治的影響力はないに等しい。

弁護士増やさない? そうだったら隣接法律専門職に訴訟代理権認めちゃおうかな、どうする? なんて囁かれたら。。。

投稿: YO!! | 2010/04/15 11:07:41

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