« 自民党の大借金 | トップページ | 振り込め詐欺は懲役20年 »

2010.03.23

交通警察の連続事故を考える

サンケイ新聞より「白バイ追跡で激突のバイク男性が死亡 東京・足立区

東京都足立区の国道4号で22日午後、警視庁の白バイに追跡されていた原付バイクがガードレールに衝突した事故で、23日朝、原付バイクを運転していた同区千住旭町のマンション管理人(64)の死亡が確認された。

警視庁千住署によると、原付バイクが制限速度を約20キロ超えて走行していたため、白バイが追跡。大山さんは後方を確認するように振り返った後、左側のガードレールに衝突し、頭を強く打った。大山さんは事故直後は意識があったが、病院へ搬送途中に意識不明となったという。

鈴木一明千住署副署長の話

「追跡は適正だったと認識している。亡くなられた方のご冥福(めいふく)をお祈りします」

追尾中に白バイが人身事故、広島

17日午後3時10分ごろ、広島県府中町本町1丁目の町道交差点で、緊急走行していた県警交通機動隊の男性巡査長(30)の白バイが、近くのアルバイト店員女性(17)の自転車と衝突。女性は右足に軽傷を負った。

広島東署によると、巡査長はナンバープレートを折り曲げた2人乗りのバイクに職務質問しようと停止を求め、逃げられたため数分間にわたり追尾。赤色灯をつけサイレンを鳴らしながら信号のない交差点に進入した。

同署は「追跡方法に問題はなかった」としている。

双方とも「追跡方法に問題は無い」なのだが、それでは「問題がない追跡でも死亡事故があり得る」となってしまう。
要するに、「交通警察の行動に伴って市民が死傷するのは仕方ない」ともとれるわけだが、そのようなことが自然に是認されるはずもなく、「死亡事故を起こしても追跡するべきか?」となるし、当然「追跡を禁止しろ」という意見も出て来るだろう。

普通に考えて「通常業務中に大事故を起こして、死亡に至った」しかないのではないか?

何時までも「追跡に問題は無い」と言っていられるものか、少しは何とかしないとまずいだろう。
そろそろ限界だと思う。

3月 23, 2010 at 11:32 午前 事故と社会 |

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/2299/47886386

この記事へのトラックバック一覧です: 交通警察の連続事故を考える:

コメント

ただまぁ、逃走してる犯罪者を追わないということは、素直に警察の指示に従う方がバカだということになるわけで、そういう訳にはいかないでしょう。

今回の事例も、前者は自業自得、後者もサイレンが聞こえている状況で交差点に入っている様なので、そりゃあ問題ないとしか言えないでしょうね。

少し前、自動車等を強制停止させる機械ができるかも、なんて話もありましたが、そうでもないと難しいのかもしれませんね。
今現在でできる方法だと発砲させるくらいしか・・・
あとは、現行犯でなくても逮捕できるようにして、マーカーペイントを撃つとか?

投稿: めいさいらっぱ | 2010/03/23 12:19:59

めいさいらっぱ さん

そこで「何がナンだから・・・」を取っ払って考えてみる必要があるのでは?
と思うのです。

「警察が追跡した」 → 「死亡事故になった」

を優先したらどうか?と。

「死亡事故だが」 ← 「追跡方法に問題は無い」

で全部が説明がつくことなのか?
いくらでも拡大できることなのか?

仮に、赤信号でパトカーが交差点に進入したら、それを避けた車が歩道に飛び込んで、歩行者多数が死亡。

といったケースでも「追跡方法に問題は無い」と言うつもりなのか?

どこで線引きをするのだ?

話しにならないのが、鶴見の事故で、赤信号で止まっているパトカーが右折違反の車を見つけて、発進し赤信号に進入して、右から直進してきた車とぶつかった。

これについては「原因を調査する」になっていますが、赤信号に突入する時に、左右を確認していないからぶつかった、以外の理由は無いわけで、故意に事故を起こしたのか否かの問題になる。
(ぶつかっても仕方ない、止まると思った)

全体として、「追跡方法に問題は無い」を誰が決めるのか?を含めて、考え直さないでよいのか?
という意見です。

投稿: 酔うぞ | 2010/03/24 8:51:37

警察発表の「追跡方法に問題はなかった」は、
脱税・申告漏れのあった企業が「国税(税務)当局との見解の相違」と
発表するのと大して変わらない気がしますね。

投稿: Enzo Romeo | 2010/03/24 11:38:50

警察官の拳銃使用や自衛隊の「非戦闘地域」も似たような構図ですね。
これは本当の緊急時と思われる発砲でも疑問視する団体がいるため、実情がどうであろうと「適正である」としなければならないジレンマではないかと思います。
まずは市民の側に是々非々で判断する能力を身につけないと改善は厳しいのではないでしょうか。

投稿: サルガッソー | 2010/03/25 0:39:54

コメントを書く