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2010.03.17

平和神軍裁判・上告棄却有罪決定・その2

弁護士紀藤正樹のLINC TOP NEWS-BLOG版より「不当な最高裁判決に驚き!と困惑!!

国家権力が、市民の表現につき、恣意的に、逮捕起訴できることを容認する判決が出ました。

この事件で、中傷という評価は誤っています。
少なくとも、この事件は、市民として「できうる調査」はしていた事案です。

ですから今回の最高裁判決は、本当に驚きです。
市民に、マスコミと同様の調査義務を課すというのでしょうか?

いまだ「インターネット」は、市民側の表現媒体として、成熟していないということでしょうか?
あるいは、簡単に信じやすいという、受け手側の成熟が待たれるということでしょうか?

時代の変化を経て、以前は有罪であったものが、有罪でなくなるということも現にあります。
有名な伊藤聖氏翻訳の「チャタレー夫人の恋人」は、わいせつ物頒布罪として、第1審では、伊藤聖は無罪、高裁、最高裁と有罪判決が出されましたが、現在では、何ら問題なく出版できています。

⇒チャタレー事件

では一体なぜ、その時代に、伊藤聖氏は、有罪とされたのでしょうか?
それは時代の変化に、裁判所がついていけていないからです。

ですから、橋爪さん、これにめげず、歴史を作った生き証人として、そして歴史がこれからも動いて、判例が変わる可能性があるものとして、まさに先駆者として、生きていってください。

橋爪さんには、表現者として、まだまだやることがあると思います。

=今回の最高裁判決を下した裁判官 全員一致というのが驚きです。

  1.  宮川 光治   第一小法廷 弁護士出身
  2.  櫻井 龍子   第一小法廷 官僚出身
  3.  金築 誠志   第一小法廷 裁判官出身
  4.  横田 尤孝   第一小法廷 検察官出身
  5.  白木 勇    第一小法廷 裁判官出身

asahi.com(朝日新聞社):ネット上の中傷書き込みで名誉棄損罪確定 最高裁初判断 - ネット・ウイルス - デジタル

ネット上の中傷書き込みで名誉棄損罪確定 最高裁初判断

2010年3月16日

 インターネット上で虚偽の内容で企業を中傷した男性会社員(38)について名誉棄損罪が成立するかどうかが争われた刑事裁判の上告審で、最高裁第一小法廷(白木勇裁判長)は男性の罰金刑を確定させる決定をした。15日付。第一小法廷は、ネット上の書き込みなら名誉棄損罪成立の判断が緩やかになるかどうかについて「個人利用者によるネット上の表現行為でも成立判断は緩やかにはならない」とする初判断を示した。

 男性は2002年10~11月、ラーメン店をフランチャイズ展開する企業が「カルト集団」という内容を自分のホームページに書き込んだとして、04年に名誉棄損罪で在宅起訴された。一審・東京地裁判決は、マスコミや専門家がネットを使って情報を発信する場合と比べ、個人利用者が発する情報の信頼性は一般的に低いと指摘。「個人利用者に求められる基準の調査をして書き込んでいれば罪は成立しない」と述べ、従来の同罪の成立に比べ緩やかな基準を示して無罪とした。しかし、二審・東京高裁はこの基準を否定して男性に罰金30万円を宣告。男性側が上告していた。

 今回の決定で第一小法廷は、個人利用者がネットに載せた情報であるからといって、閲覧する側が「信頼性が低い」と受け取るとは限らないと指摘した。

 そのうえで、ネットに載せた情報は不特定多数の利用者が瞬時に閲覧でき、名誉棄損の被害が深刻になる可能性がある▽ネット上の反論によって十分に名誉回復が図られる保証はない――といったネットの特性を考慮。名誉棄損罪が成立しないのは、活字や演説など判例が積み重なってきた従来の表現行為と同様、内容が正しいと誤って信じたことについて「確実な資料、根拠に照らして相当の理由があると認められるとき」だけだとする考え方を示した。

 この考え方にたって男性のケースを検討。他のネットの書きこみ、企業の内部関係者のメールなどを真実と信じて企業を批判したことを「中には一方的な立場から作成されたに過ぎない資料もあるうえ被告の理解も不正確で、関係者に事実関係を確認することも一切なかった」などの点から、「罪が成立する」とした二審判決が相当と結論づけて弁護側の上告を棄却した。(中井大助)

判決文を見ていないので、判決の結果だけで考えると「平和神軍裁判・上告棄却有罪決定」で書いた

しかし、今回の事件については、その種の判断に踏み込んだのは地裁だけであり、高裁・最高裁は意図して判断を避けた、という印象です。
から一歩も出ませんが、その結果として紀藤弁護士が指摘するように
市民に、マスコミと同様の調査義務を課すというのでしょうか?
という、より大きな問題にしてしまった、と思います。

報道では

小法廷は「ネットの情報は不特定多数が瞬時に閲覧可能で、時として深刻な被害がある。
それ以外の表現手段と区別して考える根拠はない」と判断した。
(毎日新聞記事)
とあるのですが、「深刻な被害がある」という一般論で、個々の事件の有罪無罪を決定するのは有り得ないし、判断基準を変える理由がないという説明を、可能性だけで判断したら、それこそ「包丁の生産を禁止できる」になってしまいます。
これはいくら何でも論理とは言えないでしょう。

最高裁が決するべきは、市民の表現の自由との関係性への言及であって、その上でどうか?という判断であるべきでしょう。
それを「結果があるから、他と同じ」というのは小学生並みの論理としか思えない。
ひょっとすると、世界的に歴史に残るバカな判決、になるかもしれないという印象があります。

早く判決文を見たい。

3月 17, 2010 at 10:45 午前 裁判傍聴 |

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