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2010.03.16

平和神軍裁判・上告棄却有罪決定

サンケイ新聞より「ネット書き込みでの名誉毀損めぐり最高裁が初判断 有罪判決確定

ラーメンチェーン店の運営会社が「カルト集団」と関係があるかのような書き込みをインターネットのホームページ(HP)に掲載し、名誉を傷付けたとして、名誉棄損罪に問われた会社員(38)上告審で、最高裁第1小法廷(白木勇裁判長)は、被告側の上告を棄却する決定をした。

1審東京地裁の無罪判決を破棄、罰金30万円の逆転有罪とした2審東京高裁判決が確定する。決定は15日付。

ネットの書き込みで名誉棄損が成立するかどうかについて、最高裁が判断を示したのは初めて。

同小法廷は「個人がネットに掲載したからといって、閲覧者が信頼性の低い情報と受け取るとは限らず、ほかの表現手段と区別して考える根拠はない」と指摘。

その上で、「不特定多数が瞬時に閲覧でき、名誉棄損の被害が深刻になり得る。ネット上での反論で被害回復が図られる保証もない。ネットだからといって、より緩やかな要件で同罪の成立を否定すべきではない」と結論づけた。

1審は「ネットは利用者が自由に反論でき、情報の信頼性も低い。故意のうそや、可能な事実確認をしなかった場合に名誉棄損罪が成立する」との基準を示し、無罪とした。しかし、2審は「ネットで真実ではない書き込みをされた場合、被害は深刻になる。

ネットは今後も拡大の一途をたどると思われ、信頼度の向上が要請される」などとして、名誉棄損を認めた。

判決によると、被告は平成14年、自らのHPにラーメンチェーン店の運営会社を「カルト団体が母体」などと中傷する書き込みを行った。

う~ん、残念。

いわゆる「平和神軍裁判」ですが、そもそもネット上の書き込みが名誉毀損罪で刑事裁判になることが珍しく、起訴された時点では初めての事例だったと思います。

わたしは、被告とも良く会っているから、そういう意味で残念というところがありますが、それ以上に残念だと思うのは、最高裁が上告棄却にしたために、高裁判決で確定したことです。

地裁の判決は、当時も「画期的」と言われたもので、高裁が地裁の判決に対して反論するような審理をした上での、有罪判決であればまだしも、高裁判決は何もしていないというか、「ネットで悪口を書いたのだから有罪」というレベルの判決でした。

刑法の名誉毀損罪の誕生の歴史はわたしにもなぞの部分が多いのですが、名誉毀損罪の条文には

刑法 第230条(名誉毀損) 
公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。
2 死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない。

とあるだけなのです。

単なる悪口を言うことが、そのまま名誉毀損罪に当てはまることではないというのは、常識的なことのように見えますが、その違いが公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者が名誉毀損罪に該当するというのですから、「公然と事実を摘示し」とは具体的にどういう状況を指すのか?となります。

名誉毀損罪が刑法に定められた時期は、調べた範囲で刑法の成立と同時のようです。
つまり、刑法の成立。明治40年(1907年)4月24日・成立・明治41・10・1施行です。
この頃の歴史的事実は下記の通りです。

1871最初の日刊新聞「横浜毎日新聞」刊行
 第一代 伊藤博文内閣
1890東京横浜間で電話サービス開始
 第三代 山県有朋内閣
1894謄写版発明
1894日清戦争始まる
 第五代 伊藤博文内閣
1904日露戦争始まる
 第十一代 桂太郎内閣
1908刑法施行
 第十二代 西園寺公望内閣
1925最初のラジオ放送
 第二十四代 加藤高明内閣

このような時代なので、「公然と事実を摘示し」とは、新聞・雑誌の記事にすることを指していると考えています。
解説書でも、家庭内での悪口などは「公然と」ではない、という説明になっています。

1912年7月30日に明治時代が終わり大正時代になります。
1905年頃から1925年ぐらいまでを大正デモクラシーとして、市民運動が開花した時期とも言われます。

名誉毀損については、主に新聞雑誌などで政治家など著名人への名誉毀損行為に対して、個人が反論する権利の実現、という面があったのであろうと想像します。

新聞・雑誌・ラジオ程度しかマスメディアたり得るものが無い時代に、名誉毀損が問題になったのは、マスメディアの記事でありましょう。
その他の個人はもちろん、一般の事業会社などでも、新聞・雑誌などと同等の広報機能はありませんでした。 それを「公然と事実を摘示し」という表現で示したのだろうと思います。

しかし、現代ではインターネットを利用することで、個人がマスコミを上回るほどの広報力を持っています。

従って、旧来の「公然と事実を摘示し」をそのまま適用すると、個人もマスコミと同等の責任がある、となりますが、それ自体が妥当かどうか?という問題が生じることは明らかです。
つまりは、時代の変化に応じて条文の解釈について裁判所はガイドラインを示す義務があると考えます。

しかし、今回の事件については、その種の判断に踏み込んだのは地裁だけであり、高裁・最高裁は意図して判断を避けた、という印象です。
なによりも残念なのは、インターネット時代の名誉毀損事件について、十分な審理をしなかった、と評価することができる高裁と最高裁の決定です。

3月 16, 2010 at 09:07 午後 裁判傍聴 |

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