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2010.01.04

改正著作権法の施行

サンケイ新聞より「ダウンロード違法化…著作権法改正で進む「ネットと著作権」論議 注目集めるフェアユース

インターネット上のコンテンツの「ダウンロード違法化」を含む改正著作権法が施行された。

これにより、著作権者の許可なくネット上にアップロードされた音楽や映像をユーザーが自分のパソコンなどにダウンロードすることは、「私的使用」であっても禁止。

罰則がなく、違法性を認知していなければ適用されないことから、効力には疑問の声もあるが、文化庁は「自粛効果はある」としている。

これを機に、「後手後手」と批判されてきたネット上の著作権対策をめぐる動きが活発化しそうだ。(池田証志、猪谷千香)

ビジネスを阻害

ネット上のコンテンツの著作権侵害に対してはこれまで、主にアップロード面での規制に力点が置かれ、ダウンロードは私的使用目的であれば違法ではなかった。
しかし、ネット社会の進展とともにユーザーによる違法な流通が増え続け、「正規のコンテンツビジネスの育成を妨げる規模に増大している」(文化庁著作権課)。

社団法人「日本レコード協会」の調査によると、携帯電話向け違法サイトからダウンロードされた音楽の推計数は過去3年間、右肩上がり。

平成20年には、正規配信(3億2500万曲=約678億円相当)を上回る4億700万曲にまで増えたとみられている。

また、社団法人「コンピューターソフトウェア著作権協会」(ACCS)の調べでは、昨年8月の1日間で、ファイル交換ソフト「シェア」で流通したニンテンドーDS用の海賊版ゲームは約90万本(38億7千万円相当)もあった。

このような事態を踏まえ、文化庁の文化審議会で検討した結果、欧州諸国で近年取り入れられているダウンロード違法化を求める報告書を提出。
昨年の通常国会で、「著作権を侵害してアップロードされた事実を知りながらダウンロードした場合は違法」などを盛り込んだ同法改正案が可決された。

業界は効果に期待

「昨年まで『違法なダウンロードはやめてください』といえなかったが、これからはいえる。正規配信が増えるだろう」。

レコ協は改正法に期待を寄せる。違法配信サイトを紹介する雑誌の存在も問題視されていたが、すでに自粛を求める文書を出版社側に送付しており、「1月からはなくなるはず」とみている。

ACCSも「コンピューターゲームにはプログラムのほかに、映像や音楽が含まれる。今回の違法化の対象になる」。同課は「違法化の対象となるものがある」との見解だ。

改正法を“てこ”にユーザーに対し損害賠償訴訟を起こすことも可能だが、業界関係者は「金額が小さく、現実的ではない」とみる向きが大勢だ。

ユーザー団体は反発

法改正に反対する意見も根強くある。

メディアジャーナリストらからなる一般社団法人「インターネットユーザー協会」(MIAU)は

「業界団体は少ないサンプルをもとに、自分たちの権益を守ろうとしている」
と批判した上で、
「あいまいな規定で罰則もなく、効果に疑問。新たなコンテンツやビジネスの育成を萎縮させるだけだ」
と指摘している。

確かに、法改正の効果については議論を呼んだが、レコ協は、適法な音楽配信サイトを認証する「Lマーク」が全体の97%に普及していることから、ユーザーは違法サイトを見分けられるみている。

「クリエイターがコンテンツの対価を得て生活ができ、新たなコンテンツを作る『創造のサイクル』を途絶えさせないためにルールを守ってほしい。日本人は順法意識が高く、違法ダウンロードは減るはず」と同課。ただし、順守されない場合は罰則化も検討することになるという。

進む議論

ダウンロード違法化以外にも、ネット上の著作権に関する議論が進む機運が高まっている。

政府の知的財産戦略本部は今年、違法アップロードの監視などを義務づけるプロバイダー責任制限法の改正について、専門調査会で検討する方針。
今年前半には「知的財産推進計画2010」にまとめられる。

さらに、著作物を公正に利用する限りは著作権侵害と見なさない「フェアユース(公正利用)規定」についても導入の是非を文化審議会で検討し、年内には報告書が提出される見通しだ。

フェアユースは米国などで採用されており、ユーザー団体からも「コンテンツの流通を促進する」と期待されている。

ネット上の著作権に詳しい松田政行弁護士は「情報は今やインフラであり、ユーザーは水道代やガス代と同じように対価を払うべきだ。ダウンロード違法化は情報化社会の発展に必要な措置といえる」と改正法を評価し、さらなる法整備の必要性を訴えている。

注目集める「フェアユース」

著作権侵害を防ぎながらコンテンツ流通を促進させ、経済や文化を発展させるにはどうしたらよいのか-。
現在、関係者の間で注目を集めているのが「フェアユース」(公正利用)だ。
著作物を公正に利用する場合は著作権侵害にあたらないとする規定で、米国や英国などで導入されている。

国内の著作権法では、著作物を利用する際には事前に権利者の許諾が必要となる。
しかし、米国のフェアユースでは、「オリジナル作品の市場を奪わない」などの4つの要素を勘案して公正利用にあたるとされれば許諾は不必要で、著作権侵害で訴えられても抗弁の根拠となる。

フェアユースに詳しい国際大学の城所岩生客員教授は

「ネットの普及で1億総クリエーターという時代なのに、硬直的な著作権法がコンテンツの制作や流通を萎縮させている。海外の企業に奪われているネットビジネスの育成、引いては日本文化の育成にもつながる」
とメリットを指摘する。

ユーザーの間でも、フェアユースを導入すべきという声が上がっているが、法体系が異なる米国のフェアユースをそのまま導入すべきではないとの意見もある。
城所教授は「ユーザーは過剰な期待を抱き、権利者は過剰な警戒をしている。日本版フェアユースをどのような条文にするか議論すべきだ」と話している。

ダウンロード違法化著作権を侵害して違法にインターネット上にアップロードされたコンテンツ(音楽、映像)のダウンロードは、私的利用目的であっても改正著作権法により禁じられた。

ただし、アップロードの違法性を知っていた場合のみ適用。罰則はない。昨年の通常国会で成立し、今年1月1日に施行された。改正前は、私的利用目的であれば違法ではなかった。

パソコン通信を始めてすぐに著作権問題に直面したのですが、法律論と実務・慣習の間に大きなギャップがあって、現実的な落とし所がよく分からないまま20年以上が経過したと言えます。

最初に「???」と思ったのが「書評記事」でした。
専門の雑誌から、新聞・雑誌までおびただしい書評記事が出ていたのですが、考えてみるとこれらの記事の一つひとつが著作権の許諾を正式に取っているわけがありません。

著作権の実務では、複数の著作権者が絡んできます。原著者、編集、発行といった具合です。
これらを全部あたってみますと、相手が捕まらないなどで簡単に半月ぐらい掛かってしまいます。
まして、記事中に、文章、写真、イラスト、図表などがありますと、それをいちいちたどることになります。

書評については「業界の慣習がある」と聞きました。
要するに、書評記事は出版社著作者側から見ますと、宣伝になるから無許可でも著作権を問題にしない、ということですね。

この考え方は、実際的であるし良く理解できるところですが、これこそがフェアユースなのでしょう。

ところが、日本の著作権法のどうしようもないところは、著作権を自然発生としていることです。

このために、法律の文章にすら、著作権があります。

ここまで来ますと、著作権法が情報の流通を阻害するために機能しているとしか言いようがありませんし、何人も著作権法に違反せずに生活することは出来ない、とも言えます。

基本的に、原著者が著作権を放棄できるようにするべきでしょう。

わたしの理解では、著作権の自然発生的な面としては「誰が作ったものかの真贋(しんがん)争い」は人類文明が記録されるころからあったことは確実です。
それが「法律で積極的に保護するべき財物」となったのは、印刷機の発明が大きいようです。

グーテンベルクが活版印刷機を発明したのが、1445年だとされてます。1455年に「グーテンベルク聖書」を印刷したことが、印刷機の普及の始まりとされていますが、マルティン・ルターの宗教改革(1520年、プロテスタントの始まり)は印刷機が聖書を大量に作り出したことが、教会に行くことを減らしてカトリック教会の権威を減らしたことだ、とされています。

当時、印刷機一台は工場一軒分ぐらいの価格であった、とも言われています。
当然、印刷というビジネスは巨額な投資が必要でかつ無限の市場を持っている商売ととらえられていたのでしょう。

そのように巨費をかけた、印刷物の権利を守る必要があったので、著作権という考え方が確立した、とわたしは解釈しています。
つまり、著作権=発行者の権利です。

日本の著作権法では、著作人格権の考え方として、著作者の権利を作りました。
同様に編集権なども作ったのでしょう。

しかし、著作人格権つまり「誰が原著者か?」という問題と、発行者の権利を同次元で解釈するから変なことになります。

通称「ミッキーマウス法」という問題があります。
著作権は個人の著作に根本をおいているために「死後○○年の権利」という形になっています。
しかし、ミッキーマウスのようにいつまでも商業上の権利があるものにとっては、個人の死(ウォルト・ディズニー 1901~1966)を結びつけることに無理があるからとして、法律の方を改正することになりました。

そんな事を言ったら、紫式部とか紀貫之はどうしてくれるのだ、とわたしは思います。

ウォルト・ディズニーも紫式部も、ユリウス・カエサルもその著作において、今も世界中から尊敬を受けていることに間違えはないでしょう。

そして、源氏物語やガリア戦記の著作権が出版社・編集者(解説者)にあって、原著者にはないことも疑いはありません。

つまりは、著作権法自体が著作と流通、それらの権利についてあまりに粗雑な規定をしているのであって、いわゆる権利者はその荒れ地の中で権利を押し広げる運動として、ネットを目のカタキにしている、と理解した方が現実的でしょう。

著作権管理団体は、契約した著作権についてだけしか管理しないのですから、著作物全体に網をかぶせるような議論をする立場に無い、と思いますしそのような権利を全国民に付託されている立場でもありません。
その意味では、著作権団体が管理する著作権(著作権者)について明らかにした上での議論にしないと法律の改正を主張する権利があるのか?となります。

著作権法は、考え方も含めて抜本的な改正が必要です。

1月 4, 2010 at 11:10 午前 セキュリティと法学 |

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受信: 2010/01/07 20:08:46

コメント

著作権法十三条により、「憲法その他の法令」には、著作権は認められません。
また、団体名義の著作権、映画の著作権は公表後50年、または70年と定められており、著作者の死後何年ではありません。
したがって、団体名義の方が保護期間は短くなります。
映画の著作権は、当初団体名義に含まれていたのが、ミッキーマウス法の影響で公表後70年に延長されたものとおもいます。

投稿: Akela | 2010/01/04 16:10:31

いや、手続論を扱うのではなくて、考え方をやり直すべきだろう。
というのが根幹にあります。

著作権法に関する限り、法律以前の自然な倫理にピッタリと適合しているとは、わたしには思えないのです。

それゆえ、ネットがスタートした1985年当時に、著作権法は全く対応出来ず、今回の改正もあまり変わらないだろう。と思います。

そして、罰則を強化するようなことに進むと、ドンドンと著作権法が現実と離れていく。
とわたしは考えています。

投稿: 酔うぞ | 2010/01/04 17:16:28

酔うぞさんへ
 色々描いていくと、長くなったので、トラックバックおよびリンクで記事を描きました。
 個人的に、発行権に関わるビジネス市場を保護することは必要と認識しています。これを、著作権とは別に論議すべきであるということには賛成です。
 ただ、文章にせよ絵とかにせよ、偶発的な要素が強いものですから、自然発生的に権利が生じなければならないものと認識しています。
 著作財産権と人格権は、現行法でも別扱いですので、現行法のままで残しておくべきだと思います。 

投稿: Nari | 2010/01/07 20:17:15

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