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2009.10.10

Winny 事件の問題点

昨日(2009/10/09)は朝6時出発で、翌朝3時に帰宅の日帰りで、ネットワーク・セキュリティワークショップ in 越後湯沢に参加してきました。

白浜シンポジウムと同じく、木曜の昼に始まって土曜日の昼で終わる、足かけ3日のプログラムの真ん中だけ参加しているわけです。
さらに、わが家から湯沢だと3時間弱ですから、24時過ぎまで議論(?)していても、3時には帰宅出来ます。

今回の目玉は、誰がなんと言おうと、Winny 控訴審・無罪判決でありました。
3日間のプログラムはこれですが、2日目午後一番の講演「情報セキュリティ、個人情報保護、内部統制の相互関係を読み解く」の発表者である岡村久道弁護士は、パワーポイントを書き換えて、Winny 控訴審についての見解と解説を先にしました。

今回も、上原先生、岡村弁護士、丸山さん、佐々木先生、といった大物を初め、院生やOBといった方々と話をしてみました。話しているうちに段々と固まってきたのが、Winny 裁判を法律問題だけでとらえるのは間違いの元ではないのか?です。

上原先生は、控訴審について「包丁なのかピストルなのか、調べないで判決しているのは問題だろう」とのご意見であり、さらに「コードを読めば、何を作ろうとしたのか意図も分かるはずだ」と判決の論拠を問題にされています。

Winny 裁判については、当初から「包丁を作る事と、悪用することは別だ」論が強調されていて、特に技術開発の観点からは「開発自体を阻害するのは国家的損失である」といった意見が主流でありました。
もともと、この裁判は「著作権法違反」であり、さらにそのほう助が成立するか?だったのですから、論点は「著作権法違反をするためにソフトウエアを作ったことになるのか?」でありました。
ソフトウエアを制作する事についてだけ見てみると、検察側のこの主張はかなり無理があります。

しかし、現実には Winny は今も著作権法違反事件の道具として使われているわけで、この二つの間にある「何か」をどう考えるのか?という議論がほとんど無いと気づきました。

この「何か」を他の事件に当てはめてみると「事故」が相当するのではないのか?と思いつきました。

Winny 裁判について、刑事・民事で法的に決着が付いたとしても、ソフトウエアとしての Winny に問題がないことにはなりません。
刑事・民事の責任が明確になっても、事故が無くならないのでは社会的に問題だ、というのは航空機事故などを初めとする事故調査の問題としてわたしが以前から強く主張しているところです。

法的責任と社会的な問題解決はイコールではありません。
Winny は社会的な問題を解決するべきですし、Winny の公開について社会的に問題があったのではないのか?との評価と議論は不可避でしょう。

わたしは、Winny を誰でも使える状態で公開したのは、技術者の倫理の点では間違えであると考えます。
何かを作ったり、売ったりする場合には製造物責任といった形で、供給側には相応に責任があり、その中には倫理的な側面も当然あります。

ほとんどすべての技術は、もろ刃の剣であり、人を助ける技術の裏返しは人を殺す技術でもあります。
そこで、ほとんどの業界では「これをやると人が死ぬからやってはいけない」といったノウハウがあるわけですが、このノウハウを使うのは「プロフェッショナル限定・業界限定」ですから、ノウハウの共有が出来るわけです。
そこには「情報共有範囲を限定する倫理」が求められているわけで、すべてをオープンにして良いわけがありません。

Winny については、開発も利用も技術的には問題がない、と考えるべきです。
特に技術という面からは「作ってみないと分からない」ことは多いのですから、基本的に技術開発自体を事前に差し止めてはいけません。
しかし、それが全面公開して良い事ではないのですから、問題点は「公開のやり方」であったと言えましょう。

要するに「問題点」があって、それが解決していない事こそが、Winny 裁判で一番の問題なのではないでしょうか?と強く思うのです。

10月 10, 2009 at 10:08 午前 もの作り | | コメント (10) | トラックバック (0)

2009.10.08

こらぼれーしょん

パソコン通信の初期から存じ上げている、すがやみつるさんはマイミクですが、今日こんな日記を書かれていました。

1. すがやみつる作詞・広瀬香美作曲・歌『ビバ☆秋葉原』

Twitterが取りもつ縁で、今夜7時、歌手の広瀬香美さんのブログで、あたくしが作詞した『ビバ☆秋葉原(無線&PC篇)』(広瀬香美・作曲&歌)が発表されます。

9月30日に、広瀬さんが『ビバ☆秋葉原』という歌をブログで発表したことをTwitterで知り、その歌を聴いたのですが、「フィギュアとアニメの街・秋葉原」みたいな感じで、旧アキバ世代としては非常に違和感がありまして、発作的に替え歌をつくってTwitterで発表してしまいました。
今風にいえば「二次創作」ってヤツですね。

広瀬さんの歌がブログで公開されてから1時間も経ってなかったんじゃないかと思います。

原曲は、こちらです。
http://www.hirose-kohmi.jp/blog/?p=2550

そうしたらその歌詞が広瀬さんの目にとまって、歌わせて欲しいという依頼が、Twitter経由でご本人から届いたわけであります。

(後略)

その歌が公開されております。

officsil site Hirose Kihmi on the web  ビバ☆秋葉原(すがやみつるさんver.)

すがやざん自身が「 自分で聴いて、のけぞりました(^_^;)。 」と言われましても・・・・・。
まあナンというか、歌詞がものすごいです。

10月 8, 2009 at 08:28 午後 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

Winny無罪判決・要旨

共同通信ニュースより「【資料】 ウィニー裁判・判決要旨

ウィニー開発者の著作権法違反ほう助事件で、大阪高裁が8日に言い渡した控訴審判決要旨は次の通り。

【ほう助の成否】

(1)ソフトについて検討

ウィニーはP2P技術を応用したファイル共有ソフトであり、利用者らは既存のセンターサーバーに依存することなく情報交換することができる。

その匿名性機能は、通信の秘密を守る技術として必要にして重要な技術で、ダウンロード枠増加機能などもファイルの検索や転送の効率化を図り、ネットワークへの負荷を低減させる機能で、違法視されるべき技術ではない。

したがってファイル共有機能は、匿名性と送受信の効率化などを図る技術の中核であり、著作権侵害を助長するような態様で設計されたものではなく、その技術は著作権侵害に特化したものではない。ウィニーは多様な情報交換の通信の秘密を保持しつつ、効率的に可能にする有用性があるとともに、著作権の侵害にも用い得るという価値中立のソフトである。

(2)ほう助が成立するか

ネット上のソフト提供で成立するほう助犯はこれまでにない新しい類型で、刑事罰を科するには慎重な検討を要する。

原判決は、ウィニーは価値中立的な技術であると認定した上で、ホームページ上に公開し不特定多数の者が入手できるようにしたことが認められるとして、ほう助犯が成立するとした。

しかし、2002年5月に公開されてから何度も改良を重ね、03年9月の本件に至るが、どの時点からどのバージョンの提供からほう助犯が成立するのか判然としない

利用状況を把握することも困難で、どの程度の割合の利用状況によってほう助犯の成立に至るかや、主観的意図がネット上において明らかにされることが必要かどうかの基準も判然としない。したがって原判決の基準は相当でない。

被告は誰がウィニーをダウンロードしたか把握できず、その人が著作権法違反の行為をしようとしているかどうかも分からない。

価値中立のソフトをネット上で提供することが正犯の実行行為を容易にさせるためにはソフトの提供者が違法行為をする人が出ることを認識しているだけでは足りず、それ以上にソフトを違法行為のみに使用させるように勧めて提供する場合にはほう助犯が成立する。

被告はをネットで公開した際、著作権侵害をする者が出る可能性を認識し、「これらのソフトにより違法なファイルをやりとりしないようお願いします」と著作権侵害をしないよう注意喚起している。

また、被告は02年10月14日には「コンテンツに課金可能なシステムに持ってゆく」などと著作権の課金システムについても発言しており、ウィニーを著作権侵害の用途のみに使用させるよう提供したとは認められない。

被告は価値中立のソフトであるウィニーをネットで公開した際、著作権侵害をする者が出る可能性は認識していたが、著作権侵害のみに提供したとは認められず、ほう助犯の成立は認められない。

【結論】

被告にはほう助犯の成立が認められないのに一審判決がほう助犯の成立を認めたのは刑法62条の解釈適用を誤ったもので、検察官の所論は理由を欠き、いれることはできない。よって被告は無罪とする。

2009/10/08 12:52 【共同通信】

「Winny 著作権法違反幇助・二審は無罪判決」を書いた時点では、どういう論理で逆転無罪に持って行ったのか興味津々であったのですが、一審がソフトウェアとして価値中立であることを認めつつ、著作権侵害幇助としたのは筋が通っていないだろう、指摘して、「幇助というからには、積極的に違反を勧めているはずだ」というモノサシを持ってきて、検察側と一審判決に対して「何を言っているのだ」という感じの高裁判決ですね。

検察は一審の罰金150万円が軽すぎると控訴していました。それが、無罪判決ですから上告したいのでしょうが、高裁判決をひっくり返すには、

  1. 証拠は十分である
  2. 幇助を明確に証明する必要は無い
  3. ソフトウェアは価値中立ではない
といったことを最高裁に認めさせる必要がありますが、どれもがちょっと以上に無理でしょう。

元々ウィニー事件がネットで話題になったのは「ソフトウェアを作ったら刑法の幇助になるものか?」という素朴な疑問でした。
今回の高裁判決は、一言で言えば「世間から疑問があると指摘されてはいけない」と言っているようなものでしょう。

そういう風に見ると、あまり法律的なテクニカルな論理ではなく、明快な判決ではありますね。

10月 8, 2009 at 08:08 午後 セキュリティと法学 | | コメント (0) | トラックバック (0)

Winny 著作権法違反幇助・二審は無罪判決

毎日新聞より「ウィニー:2審は逆転無罪 著作権法違反ほう助

ファイル共有ソフト「Winny(ウィニー)」を開発・公開し、インターネット上で映画などの違法コピーを助長したとして、著作権法違反のほう助罪に問われた元東京大助手(39)に対し、大阪高裁(小倉正三裁判長)は8日、罰金150万円(求刑・懲役1年)とした1審・京都地裁判決(06年12月)を破棄し、無罪を言い渡した。

1審に続き控訴審でも、違法コピーの拡散による著作権侵害を、被告が図していたのかが最大の争点となった。

1審判決は「不特定多数が入手できるようウィニーを公開した。悪用される認識はあったが、意図したわけではない」としてほう助罪を認定したが、確定的意図は否定した。

これに対し、検察側は「著作権侵害を助長した確信犯で、罰金刑は軽すぎて不当」と主張。
弁護側は「純粋な技術検証が目的。面識のない不特定多数に対するほう助は成立しない」と無罪を主張し、双方が控訴していた。

また、ウィニーの技術特性や利用実態についても争われた。1審判決は「応用可能で有意義な技術」として、技術自体の中立性を認めたが、検察側は「匿名性が高いなど、著作権侵害が目的の技術」と指摘。
弁護側は「さまざまな分野に応用可能な技術で、著作権者にとっても利益がある」と反論していた。

1審判決によると、被告は02年5月から自身のホームページでウィニーを公開。群馬県の男性ら2人=ともに有罪確定=がゲームソフトなどを無断でネット上に公開した著作権法違反行為を手助けした。【日野行介】

【ことば】ウィニー

利用者が各自のパソコンに所有する映像や音楽などのファイルデータをインターネットを通じて共有、交換するソフト。送信者を特定しにくい「匿名性」と、不特定多数へのデータ拡散を可能にする「効率性」が大きな特徴で、著作物の違法流通を容易にし、暴露ウイルスの出現で警察や原発などの機密情報流出につながった。

今日から、湯沢で「ネットワーク・セキュリティ・ワークショップin越後湯沢」が始まっていますが、これは話題になっているでしょうね。
判決文がすぐに上がってくると思います。

10月 8, 2009 at 10:35 午前 セキュリティと法学 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.10.07

パチンコ店の社員が良く当たる機械を教えると、どのような罪になるのか?

落合洋司弁護士のブログ経由毎日新聞より「特別背任:高設定スロット教え損害…静岡で容疑者逮捕

メダルが最も出る設定にしたスロット台を特定客に教え、勤め先のパチンコ会社に損害を与えたとして静岡県警富士署などは6日、御殿場市中山、元パチンコ店マネジャー(31)を会社法違反(特別背任)容疑で逮捕した。また、客側の富士宮市上条、無職(42)ら3人も共謀者として同容疑で逮捕した。

県警によると、パチンコ店の社員の不正を同容疑で立件するのは全国初という。

逮捕容疑は、マネジャーが今年5月27日、勤務先のパチンコ店で、出る台を容疑者に教え、一緒に逮捕された男2人に遊技させてパチンコ会社に約15万円の損害を与えたとしている。

同署はマネジャーらが昨年11月~今年5月、総額3000万円以上の利益を得た可能性があるとみている。【平林由梨】

このニュースを最初に知った時には「そういうこともあるだろうねぇ~」と割と肯定的に感じて、タイトルしか見ていませんでした。
だから、マネジャーが逮捕云々もあまりきちんと認識していなかった。

今朝になって、落合洋司弁護士のブログを見て、全く違う視点で重要な指摘があったので、紹介します。

落合洋司弁護士の記事より

こういった行為に特別背任罪適用というのはかなり珍しいと思いますが、「出る台」というものは、誰が遊戯しても出る台ではないかと思われ、特定の人間が遊戯したからと言って、会社に財産上の損害が生じたと言えるかどうか、素朴に疑問を感じますね。

警察が、「全国初!」などと言ってマスコミに売り込みマスコミもそれに踊らされて記事にするが不起訴、というケースもあって、立件したのも全国初だが不起訴になったのも全国初、ということになってないかどうか、事後のフォローということも、報道したマスコミには望みたいという気がします。

確かにそうですよね。
この店の被った損害をどうやって認定するのでしょうか?

いわば不公平ではあるかもしれないから、損害を被ったのは同じ時刻にその店で遊んでいたお客だというのなら、まだ分かりますが、そうなると機械毎に当たりの率が違うことが問題になるでしょう。しかし、全ての機械が同じ確率であれば、お客は減る。
これはお客も分かっているから、上記の「公平でないと客が主張する」ことは無いでしょう。

もし、従業員が当たり率の良い機械を知っていて、自分でその機械でゲームをしたらどうなるのか?
調べていませんが、これは禁止されているはずです。従業員が賭博場で遊ぶことを許したら、賭博場が成立しませんから、禁止でしょう。

こんな事を考えると、「会社に損害を与えた」では話に無理がありすぎます。
非常に興味深いことですね。

10月 7, 2009 at 10:08 午前 事件と裁判 | | コメント (7) | トラックバック (0)

日本航空の厳しい現実

読売新聞より「日航国内線、9割が採算割れ…廃止追加は必至

日本航空の国内151路線のうち約9割が、今年4~7月の平均搭乗率で採算割れの状態にあることが、6日わかった。

全体の3分の1を超える52路線が50%を割り込んでいる。

経営基盤であるはずの国内線で深刻な赤字体質が明らかになり、日航が路線リストラの上積みを迫られるのは必至だ。空港整備のための特別会計の見直し論議にも拍車がかかりそうだ。

50%割れした52路線のうち、伊丹―旭川、伊丹―松本、札幌―秋田など7路線は40%を下回った。

一方、採算ラインとされる70%に達したのは羽田―宮古、羽田―石垣、伊丹―那覇など観光路線を中心に11路線だけだ。

60%台は22路線、50%台が66路線あった。
この結果、4~7月の搭乗率は56・0%で前年同期を5・3ポイント下回った。

日航は2011年度までに国内29路線を廃止する計画だったが、従来計画のままでは不採算路線が温存される懸念が強く、前原国土交通相直轄の「JAL再生タスクフォース」で抜本的な見直しが図られる模様だ。

文章を表に書き換えてみると、

搭乗率路線数割合累計
40%未満7路線5%5%
50%未満45路線30%34%
60%未満66路線44%78%
70%未満22路線15%93%
70%以上11路線7%100%
搭乗率が50%未満の路線の数が、1/3以上というのがいかにものすごいものかがよく分かりますが、仮に採算点の70%を下回ってはいるが60%以上ではある、という22路線が例えば採算点の引き下げなども含めて採算点を上回ったとしても、151路線中の33路線が黒字であるということで、22%にしかなりません。

現在の151路線から下位29路線を減らして、122路線にしてその内で33路線が黒字であっても、黒字路線率27%。
とてもではないが、改善にはならないでしょう。

搭乗率が50%未満の、52路線を廃止、99路線まで減らして、なおかつ33路線は黒字であっても、全路線の1/3しか黒字が確保できない。
現実問題として、これほどの変更をすると黒字の路線でも顧客離れに転ずるとも見えますから、多分もっと厳しい事態になるでしょう。

これでは、建て直すこと自体がもう無理なのではないでしょうか?

10月 7, 2009 at 09:42 午前 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.10.06

10月26日朝の東京地裁はすごそ~

ZAKZAK より「のりピー、麻原超え確実 傍聴券取得代行業者に注文殺到

今月末、東京地裁は空前の傍聴人ラッシュを迎える。21日の高相祐一被告(41)を皮切りに、23日には押尾学被告(31)、26日は東京地裁の傍聴希望者記録を更新するともいわれる酒井法子被告(38)と、薬物有名人の初公判が続くからだ。嵐の前の静けさの中、一足早く多忙のピークを迎えているのが傍聴券取得を代行する人材動員業者だ。

「傍聴券押さえます」

こんなキャッチコピーでマスコミ各社の「押尾学事件担当者」「酒井法子事件担当者」あてにチラシを送付しているのは、東京都内に本社を置く人材動員業者。

裁判史上最高の1万2292人が行列し、傍聴券48席に対する倍率が256.1倍に達した1996年4月の麻原彰晃死刑囚(54)初公判で約7000人を動員した実績を持つ業界大手だ。

同社は、同地裁で2006年9月に行われたライブドア元社長、堀江貴文氏(36)の公判(2002人、32.8倍)や、今年1月に大阪地裁で行われた音楽プロデューサー、小室哲哉氏(50)の裁判(1304人、21.4倍)でも傍聴席を確保してきた。
その実績から、マスコミ各社の注文が早くも殺到。動員する頭数の確保に忙殺されているという。

「酒井被告の初公判の傍聴希望者は、麻原死刑囚を大きく上回る最大1万5000人程度と予測しています。
麻薬事件としては異例の、50人収容の大法廷が使用される可能性が高いですが、それでも競争率は300倍。
マスコミ各社から記者席用と絵描きさん用に最低2席を求められていますので、5000人は動員しないと間に合わない」(営業担当者)

酒井被告に先立って行われる押尾被告の裁判も最大1万人が集まると同社は予測。これにも3000人近い動員をかけるというから大忙しだ。

同社はアルバイトとして約10万人の“会員”を抱えている。この会員に対し、オペレーター50人がメールとファクスを駆使して呼びかけ、当日のドタキャンも見越した人数を確保する予定という。

「最初に行われる高相被告は最大3000人程度の行列で済みそうなので、動員は1000人で十分。
これを予行演習として、2つのヤマの実動員数を予測し、大一番に備える形になるでしょう。創業以来、最も忙しい1カ月となるのは間違いありません」(同)

ちなみに、同社に動員を依頼した場合の料金は、拘束3時間×20人以上で、1人3000円から。個人からの依頼も受けているそうなので、どうしてものりピーや押尾を見たいという人は個人発注してみては?

10月26日の酒井法子被告・初公判は当然傍聴券交付裁判になりますが、同じ日に統一教会絡みの印鑑販売会社「新世」の特商法違反事件の裁判があります。
この裁判には、統一教会の関係者多数が来ていて、昨日(2009/10/05)は傍聴希望者が二百何十人だったそうです。

まあ、この朝はものすごい人が東京地裁に集まるのでしょう。

問題は、あたしもこの日は東京地裁に行く予定をしていることでして(^_^;)
以前から、何度も報告しているホームオブハート裁判の傍聴に行きます。
この裁判は、傍聴券交付は無いですが、時間がほとんど同じ10時開廷(新世も10時開廷)ですから、多分まだ抽選の余韻が残る東京地裁に行くことになるのでしょう。

それにしても「傍聴券取得を代行する人材動員業者」なんて会社があるとは知りませんでした。
基本的にはお店の行列を演出したりする会社なのでしょうが、裁判所内ある司法記者クラブ所属の記者以外は一般傍聴人扱いだから、こんなことになるでしょうが報道各社が取材競争するような事件なんでしょうかねぇ?

10月 6, 2009 at 09:43 午後 事件と裁判 | | コメント (0) | トラックバック (0)

円高じゃないだろう、という指摘

FujiSankei Business iより「【日本の未来を考える】東京大・大学院教授 伊藤元重 「貨幣錯覚」に陥るなかれ

為替レートの動向に注目が集まっている。最近になって1ドル=80円台まで円高が進む中で、経済界などにも円高警戒論が出てきているようだ。

為替レートが経済の実体に及ぼす影響は大きいので、経済界などが円高を気にすることはよく分かるが、いろいろなお話を伺っていると多くの人が「貨幣錯覚」に陥っているように思えてならない。

大学で経済学を教えるときは、名目為替レートと実質為替レートをきちっと区別すべきことを強調する。

円ドルレートで言えば、今の1ドル=89円と1995年のそれとはまったく意味が違うのだ。

この間、日本はデフレなどもあったので物価はほとんど変化していない。
しかし米国では穏やかな物価上昇が続いたので、2008年の消費者物価は95年のおおよそ1・4倍になっている。

これだけ物価の動きに乖離(かいり)があれば、為替レートの意味が違ってくる。

2009年の89円という名目でみた円ドルレートを、95年の物価を基準にして同じ実質為替レートになるように調整すると、115円という数字になる。
95年の物価をベースに計算しなおせば、1ドル=115円となり、この状況を円高と呼ぶことはできないだろう。

ちなみに95年という年をとりあげたのは、この年に日本が超円高を経験したからだ。この時、名目レートは1ドル=80円をきった。

この95年の80円の円高と(実質レートでみた)同じ状況を今経験するとなれば、それは57円となる。

つまり、現在の物価を前提として過去最高の円高を経験したとすれば、それは1ドル=57円であるのだ。
それに比べればこの原稿の執筆時の1ドル=89円では、過去のピークに比べて50%以上も円安になっている。

名目と実質を混同して経済を見ることを、経済学では「貨幣錯覚」(マネー・イリュージョン)と呼ぶ。

貨幣錯覚はしばしば人々の誤った対応を引き起こし、結果として経済に深刻な影響を及ぼすことがある。

そのもっとも有名な事例は1930年代の大恐慌の時代の賃金交渉である。

当時、多くの国では深刻なデフレが生じていて、物価が下がっていった。たとえば物価が2%下がっていれば、賃金が2%下がっても、実質賃金は同じ水準になる。
これが貨幣錯覚のない世界の話だ。

しかし現実には、多くの労働者は賃金を1%でも下げられることは自分の損失となると考え、賃金引き下げに大きく抵抗した。この結果、経済全体としても賃金は下がりにくい状態が続いた。

大量の失業が発生しており、物価が下がり続けているにもかかわらず(名目)賃金が下がらなければ何が起こるか明らかだ。
企業から見れば物価に対する賃金がますます割高になっている。
ようするに実質賃金が上がっているのだ。

その結果、解雇はさらに進み、企業倒産も増え、新規雇用は生まれない。
失業はさらに増えていった。
物価が下がれば賃金を下げても実質的に賃金は変わらないということを理解できない人々の貨幣錯覚が不況をさらに深刻な状況にしていった。

為替レートで貨幣錯覚に陥らないことが肝心だ。「円高」と勘違いして過剰に反応するようなことがあってはならない。(いとう もとしげ)

なるほど、と思う。

日本は、少子高齢化による経済規模の急激な縮小のさなかにあって、今のところ比較的に世界をリード出来る、技術力のある国といったところでしょう。
つまりは、国際的に日本は以前よりは弱くなりつつあります。
この中には、もちろんデフレ的な物価下落、賃金下落もあります。

対する、アメリカ(ドル)は、相変わらずの消費大国であって消費の規模を拡大することが経済成長そのものなのでしょうが、消費するべきものは石油も輸入する国です。
これでは、ドルは下落するのが当然で、ドルでの物価は上昇します。

円安、ドル安といった言葉が「何に対して」を示したり考えたりしないと、よく分からなくなりますが、円・ドル・物の価値で考えると、円もドルも価値が下がっています。
その結果、円高になってもガソリン代が下がらない・・・・・。

財界の一部が「円高放置は問題・・・」のようなことを言っているのは、誤誘導というべきでしょう。
現在注目するべきなのは、円の対ユーロレートなのでは無いでしょうか?

10月 6, 2009 at 09:53 午前 経済 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2009.10.04

空中衝突と自動車事故

東京新聞より「交差点で衝突7人死傷 真岡 見通し良好、出合い頭

三日午前十一時ごろ、栃木県真岡市大根田の市道交差点で、茨城県桜川市無職(76)の軽ワゴン車と、栃木県那須塩原市塩原、旅館従業員(61)のワゴン車が出合い頭に衝突、軽ワゴンドライバーと旅館従業員ら計四人が全身を強く打つなどして死亡。
旅館従業員の車に同乗の女性(84)が意識不明の重体、女性二人が重傷を負った。

ほかに死亡したのは、旅館従業員の車の真岡市鹿、農業女性(79)と同所、同(80)。

真岡署によると、二台は衝突の後、弾みで道路標識にぶつかるなどして交差点脇の畑に突っ込んで横転した。

旅館従業員の車には高齢の女性計六人が乗っていた。農業女性ら五人は、旅館従業員が勤める那須塩原市内の旅館に九月三十日から滞在し、帰宅する途中だった。

現場は信号機のない、見通しの良い交差点。軽ワゴンドライバー側に一時停止の標識があった。

写真でもテレビニュースでも、よく見える側で6人乗りのワゴン車の右側から軽自動車がぶつかって、ワゴン車とも左側の畑に飛び出し、道路との境界線にあるちょっと幅のある水路に引っかかって転倒、投げ出された方が死亡、というパターンのようです。

この交差点では、2年間に4回事故があったとのことですが、これは飛行機の空中衝突と同じことではないのか?と思います。

自動車を運転していると、動いているものには注意が行くのですが、止まっているものは無視するのですね。

飛行機の空中衝突では「窓に対して、常に同じところに相手機が見えたら衝突する」というのがあります。
理屈としては、相対角度が常に同じなのだから、完全に平行で同速度で動いている時以外は、進路が交差している、ということです。

これと同じことが自動車の運転で起きると、動かないから気づかないという問題が出てきそうで、今回は双方とも自動車だと全く気づかずにぶつかったのではないのか、と思うのです。

だからこそ、一時停止は重要なことなのですが・・・・・。

2年間に4回の事故というのは、多すぎるでしょう。確かに畑の真ん中の道でもあり、対策も限られているとは思いますが、「ドライバーが注意すれば防げる」というセンスでは、事故が無くならない交差点でしょうから、行政の責任の部分は大きいと思います。

10月 4, 2009 at 10:20 午前 事故と社会 | | コメント (2) | トラックバック (0)