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2009.07.31

オバマ大統領に資格無しとナンクセを付ける右派

AFP BB より「過激な米右派、オバマ氏の出生地と大統領資格に難癖

【7月30日 AFP】
米保守派の少数の非主流派が、バラク・オバマ大統領の大統領資格に異議を申し立てている。彼らの多くは、基本的にアフリカ系米国人が大統領になるという考えに反対する者たちだ。

■右派や人種差別主義者の巣窟「バーサーズ」

彼らは「バーサーズ」と名乗るグループで、インターネット上のブログから果ては裁判所でまで、「米国生まれの合衆国市民でなければ、大統領となることはできない」と規定している合衆国憲法を引き合いに出して、オバマ大統領がホワイトハウスにいる資格はないと糾弾している。

オバマ氏の出生に関わるうわさは、米ハワイ州生まれだとの事実を示す出生証明書などの証拠があるにもかかわらず、広がり続けている。煽っているのは、右派の過激派や人種差別主義者(レイシスト)、ホロコースト否定論者などが集まるグループだ。

過激派を研究する南部貧困法律センターのマーク・ポトック氏は、「彼らは基本的にレイシストか極右の集まり。ここから今回の運動全体が起こっている」と分析する。

同氏によると、運動を率いている人びとの構成は「オバマ氏に大統領であってほしくないと強く考える者たち」で、その理由は「主にオバマ氏が黒人だから、また確実に彼がリベラルだから」だという。

■「オバマ氏はケニア生まれ」の証明に躍起

独立系インターネット新聞「ワールドネットデイリー」は、オバマ氏の出生地に疑義を申し立てる署名に40万を超える電子「署名」を集めた。
こうしたサイト上で「バーサーズ」は日々、「オバマ出生のストーリーに関する新たな疑惑」を持ち出している。

「バーサーズ」の1人はこれまでに3回、インターネットオークション大手イーベイにオバマ氏がケニアで生まれたとする「出生証明書」を出品しようとしたが、失敗した。

また、バーサーズはすでに数か所で、オバマ氏は米国内の生まれではないと主張する裁判を起こし、却下されている。中には最高裁への提訴もあったが、最高裁は聞く耳を持たなかった。

■政府や議会は「ハワイ生まれ」を再三保証

オバマ氏の本名はバラク・フセイン・オバマ、1961年8月4日ハワイ時間午後7時24分、ホノルルのカピオラニにある産婦人科専門病院で誕生――
今週初め、ハワイ州当局はオバマ大統領がハワイ生まれだとの出生証明を余儀なくされた。大統領就任からすでに2回目だ。

一方、米下院は27日、ハワイの州への昇格50周年の機に、「第44代アメリカ合衆国大統領はハワイで生まれた」ことを確認する法的拘束力のない決議を採択した。

■反体制勢力の闇の伝統、陰謀説も影響

「米国には陰謀説の歴史がある。反体制の伝統の一部ともいえる」と、シンクタンク「ポリティカル・リサーチ・アソシエイツ」の米右派運動の専門家、チップ・バーレット氏は指摘する。

バーレット氏によれば米国には、全国民人口に比べればわずかながら、米国政府はフリーメーソンやカトリック教会、ユダヤ人銀行家などの「秘密のエリート集団」に乗っ取られてきたと信じる人びとがいる。

ビル・クリントン元大統領もこの陰謀説の標的にされ、米国内のすべての武器を押収するために国連の助けを求めていると糾弾されたことがあるという。
(c)AFP/Virginie Montet

ひえ~でありますが、よくよく読むとかなり興味深い問題です。

  • 人種差別というか、白人至上主義
  • 陰謀論
  • インターネット

が合成されて、こんな話になっているのですね。

「バーサーズ」の1人はこれまでに3回、インターネットオークション大手イーベイにオバマ氏がケニアで生まれたとする「出生証明書」を出品しようとしたが、失敗した。

これは何を狙って、出品したのでしょうか?
「オークションで高値が付いたから、確かな情報だ」とでも主張する予定だったのでしょうか?
本末転倒ですが・・・・・。

「21世紀なのだなあ~」とも「300年ぐらいでは人は変わらない」とも感じるところです。

7月 31, 2009 at 10:40 午前 海外の政治・軍事 | | コメント (0) | トラックバック (0)

債務整理のやっぱり

サンケイ新聞より「利息返還金で債務整理トラブル多発 手数料高い・広告と違う

年間1兆円規模で推移している消費者金融からの「利息返還金」をめぐり、債務整理を請け負った一部の弁護士や司法書士に、「手数料が高過ぎる」などといった苦情やトラブルが相次いでいる。

事態を重く見た日弁連が異例の弁護活動指針を打ち出したほか、消費者金融から「法曹の正義はどうした」という批判まで飛び出す事態になっている。

巨額市場に目がくらんだ一部の弁護士や司法書士が、ずさんな活動をしていることが原因のようだ。

大都市圏の電車やバスに最近、「債務整理の無料相談」「いますぐ整理」「借金苦を解決」といった弁護士や司法書士事務所の活字が目立つ。
地方テレビ局を中心に月1千本ものCMを流すところもあるという。

弁護士、司法書士が掘り起こしに躍起となっているのが、過去に高い利率(グレーゾーン金利)で消費者金融を利用したため、当時の利息の返還請求ができる人たちだ。

日本貸金業協会によると、平成19年度に業界から返還された利息金は、利用者の借入金の元本返済に充当されたのが約4200億円、現金で還元されたのが約5200億円の計9400億円。
20年以降は1兆円を超えているという。

消費者金融にとって経営の根幹を揺るがす事態になる一方、返還手続きを請け負う弁護士や司法書士にとり“返還金バブル”となっている。手数料20%と仮定すれば、2千億円もの市場ができた計算だ。

突如出現した大市場に、日本弁護士連合会(日弁連)、日本司法書士会連合会(日司連)ともに「統計はない」というものの、依頼者との間でトラブルが増えていることを認める。

  • 「面会もなく勝手に手続きを進める」
  • 「高い手数料を取られた」
  • 「広告に書いてある内容と違う」

といった声が多いという。

派手な広告で事務所の処理能力を超えた数の依頼を受け、事務が滞っているケースもあるようだ。債務整理で稼いだ2億4千万円もの所得を隠していた司法書士の存在も明らかになった。

6月には、中堅消費者金融のネオラインキャピタル(東京都港区)が司法書士団体などに、「弱者保護の実現のため業界全体で(安価な)手数料体系の統一を検討してほしい」と、法曹の正義感に訴えた要望書を提出。
「高利息などで批判されっぱなしだった消費者金融が“逆襲”に出た」と金融界で話題になった。

相次ぐ苦情に日弁連は23日、債務整理を受任する弁護士に向けて「指針」を打ち出した。弁護活動に関する指針ができるのは、極めて異例なことだ。

指針では、

  • 「債務処理の目的は債務者の経済的更生にある」と明記。
  • 「依頼者(債務者)と直接面談する」
  • 「『家を残したい』といった依頼の趣旨を尊重する」
  • 「再度の融資が難しくなるなど、リスクを告知する」

ことなどを求めた。

指針作成にかかわった宇都宮健児弁護士は「弁護士として当たり前のことが行われなくなっているケースがある」と話す。
日司連でも「広告表現に関するガイドラインの策定作業をしているほか、報酬や手数料についても全国的な調査に乗り出す」(担当者)という。

ただ、弁護士も司法書士も基本は個人業。「最後はそれぞれのモラルを信用するしかない」(日司連)という声が出ている。

田園都市線で東京地裁に行くときに、電車の中でも駅の構内でも「債務整理広告」が大変に目について、こんな事で大丈夫なのか?と思っていたところです。

地方テレビ局を中心に月1千本ものCMを流すところもあるという。

すごい大営業ですよね。
一言で言えば「それほど儲かる」なのですから、中には悪徳商法があっても不思議ではない。

ただ、弁護士も司法書士も基本は個人業。「最後はそれぞれのモラルを信用するしかない」(日司連)という声が出ている。

こういう声がある業界が、変革できないと業界自体が潰れてしまうのは、歴史の教えるところですね。

7月 31, 2009 at 10:22 午前 国内の政治・行政・司法 | | コメント (3) | トラックバック (1)

2009.07.30

アーチャリー vs サイゾー裁判の判決

一昨日(2009年7月28日)東京地裁で、原告オウム松本智津夫の三女(アーチャリー)被告株式会社インフォバーン(サイゾー)の名誉毀損裁判の判決がありました。

判決

  1. 原告の請求をいずれも棄却する。
  2. 訴訟費用は原告の負担とする。

でした。

サイゾー2006年12月号で「死刑確定は麻原神格化への序章!?”オウム事件”に今なお残された謎」と題して、編集部が宗教学者の島田裕巳氏のインタビュー記事を載せました。
島田裕巳氏はオウム事件当時に、マスコミに宗教学者としてオウム真理教についての説明などをしたために「御用学者」などと批判や中傷を受けていました。

オウム真理教の記録(ウィキペディアより)

これで分かる通り、2006年12月頃は上祐史浩らが2007年の独立向けて活動していた時期で、上祐派と主流派の争いがあるといった報道が続いた時期でした。

2006年3月27日に東京高等裁判所は、弁護側が控訴趣意書を提出しないことを理由に、控訴棄却の決定をして松本智津夫の死刑が確定しています。

このような背景で、サイゾーは島田氏にインタピューした形の記事を発表しました。

サイゾーこの死刑確定の持つ意味と、今後予想される教団の動向について聞かせてください。
島田今回の死刑確定は、麻原とその周辺(アーレフ内でも、上祐派ではなく、
麻原の三女・松本○○を中心とする主流派)が自ら希望したような印象があります。

こんな調子で記事は始まっています。
松本○○と書いたところには実名が入っています。

その意味では、典型的な報道記事による名誉毀損事件ですから、弁護側としては公共性、公益性、相当性について争うことになります。

原告側の請求は

  1. 損害賠償、500万円
  2. 訂正謝罪広告の掲載

でした。争点は以下の8点であるとなりました。

  1. 名誉毀損について
    1. 本件事件は原告の名誉を毀損するか否か
    2. 本件事件の公共性、公益目的および真実性の有無
    3. 被告が本件記事を真実と信じたことの相当性の有無
    4. 本件記事の公正な論評の法理による違法性阻却の有無
  2. プライバシー侵害について
    1. 本件記事における原告の実名の記載は原告のプライバシーを侵害するか否か。
    2. 本件記事のプライバシー侵害についての違法性阻却の有無
  3. 損害額
  4. 謝罪広告の必要性

原告側は、「1. 名誉毀損についての a. 本事件は原告の名誉を毀損するか否か」について

  1. 実名を記載する理由も必要性も存在しないのにもかかわらず、原告の実名を記載したことにより、社会による麻原および教団に対する絶対的な否定的評価に伴って、原告の社会的評価が低下する。
     
  2. 「松本○○(実名)を中心とする主流派」という表現によって、松本○○(実名)を中心とする主流派など存在しないにもかかわらず、原告が教団の主流派であり、派閥活動、教団活動を行っているとの原告個人についての虚偽の事実を適時したことにより、原告の社会的評価が低下する。

と主張しています。
これに対して裁判所は

  1. 本件記事の全体の構成、本件問題部分の前後の文脈および本件問題部分の表現からすれば、一般の読者は、本件記事について・・・中略・・・という解釈が成立しうるという島田の見解が紹介されているものと理解するものと認められる。
     
  2. 本件問題部分にある「松本○○(実名)を中心とする主流派」との表現は、原告が教団における主流派の中心人物であるとの事実を摘示しているものといえる。
    しかしながら、上記 1 (注 事実認定) で認定したとおり、オウム真理教事件の後には、麻原の三女である原告が教団運営の中心となっていることが公安調査庁によって公表され、また、原告が教団における麻原の後継者であることや教団において重要な地位にあることを前提として、原告と教団信者との関わりを含む原告の動向が頻繁に報道されていたことからすれば、一般の読者は、本件記事掲載当時、原告は、麻原の三女として、教団において重要な地位にあることを前提の知識として有していたというべきである。

(中略)

このように、「松本○○(実名)を中心とする主流派」との表現は、これまで公安調査庁やマスコミによって公表ないし報道されてきた事実を簡潔にまとめたものにすぎず、その内容は、本件記事が掲載された当時において、一般の読者がすでに有していた知識の域を出るものではない上、本件記事に占める割合は、量的にも質的にもさしたるものではないことに照らすと、本件記事が、原告の社会的評価をそれ以前に比較して低下させるものであると認めることはできない。

として、原告の主張を一蹴しています。
次にプライバシー侵害についての、原告の主張は

原告は、マスコミの報道において、「麻原三女」「麻原の三女」「麻原被告三女」「アーチャリー」などと呼ばれており、本件記事が掲載されるまで、マスコミの報道において、原告の実名が報道されたことはなかったところ、本件記事は、原告の実名を記載した上で、原告が、教団の派閥である主流派を率いて、教団を支配していると記載するものである。
原告の実名は、それ自体単純な個人識別情報であるものの、社会から全体的に否定的な評価を受けている教団の主流派の中心人物として実名記載されたことにかんがみれば、一般人の感受性を基準として判断すると、公開されることを欲しない私生活の事実に該当し、かつ、一般の人には知られていない事項というべきである。
したがって、本件記事における実名表記は、原告のプライバシーを侵害するものである。

と主張しています。
これに対して裁判所は

(前略)個人の氏名が社会的に否定的な評価を受ける事柄と結びついて公表されることは、当該個人にとって心の平穏を害されることになるから、一般人の感受性を基準にして判断した場合であっても、当該個人の立場に立てば、上記のような公開を欲しないのが一般的であると考えられる。その意味で、本家意気地において、原告が社会的に否定的な評価を受けている教団の主流派の中心人物として実名を公表されることについては、一般人の感受性を基準にして判断した場合に、原告の立場に立てば、上記のような公開を欲しないのが一般的であると考えられる。
しかしながら上記1(事実認定)のとおり、原告の実名については、平成9年における参議院予算委員会における公安調査庁長官の答弁や、平成12年度に公安調査庁が発表した「内外情勢の回顧と展望」および同庁が開設するホームページにおいて、すでに明らかにされているところである。このように原告の実名が公安調査庁によって社会的に公開されていることからすれば、本件記事掲載の時点において、原告の実名は、一般人に知られていないものとは認められないというべきである。
(中略)
以上の事情を総合考慮すれば、本件においては、原告の実名を公表されない法的利益がこれを公表する理由に優越するとまではいうことができないと解すべきであるから、原告のプライバシー侵害により不法行為は成立しないというべきである。

結論として、原告の請求を棄却して、被告のインフォバーン(サイゾー)の勝訴となりました。

個人的には、記事中に実名を出すことにどれほどの価値があるのか、よく分からないので情報発信側として、そこまでのリスクを冒す価値のあることなのかな?とは今も感じます。

一方、判決文を読んでみると、この判決は「個々の事情で判断する」といった色彩が極めて強くて、実名報道をめぐるどのような名誉毀損裁判でも踏襲される定型的な判決ではない、といえます。

したがって、控訴があれば別の判決が出てくる可能性はあるでしょう。

しかしながら、このようなデリケートな問題で、この判決を得たことは情報発信をする者にとっては一つのマイルストーンを与えられたと言えますから、その意味では偉大な判決の一つでしょう。

酔うぞ拝


オウム真理教の記録(ウィキペディアより)

1984年2月14日創設
1987年2月24日ダライ・ラマ14世とインドで会談
1988年7月6日ダライ・ラマ14世とインドで会談
 9月22日富士山総本部に来ていた在家信者が死亡(在家信者死亡事件)
1989年2月10日男性信者殺害事件発生。
 8月25日宗教法人化。
 11月4日坂本堤弁護士一家殺害
1990年2月18日政治団体「真理党」を結成、第39回衆議院議員総選挙に集団立候補、全員落選。
 5月熊本県波野村で国土利用計画法違反事件。
1991年9月『朝まで生テレビ!』に出演。
 12月『ビートたけしのTVタックル』に出演。
1993年6月6日男性信徒が逆さ吊り修行により死亡
 11月山梨県上九一色村の第7サティアンにおいて、サリンプラントを建設を開始
1994年1月30日薬剤師リンチ殺人事件が発生。
 5月9日滝本弁護士サリン襲撃事件。
 6月AK-74をモデルとした突撃銃を密造
 6月27日松本サリン事件。
 7月10日オウム真理教男性現役信者リンチ殺人事件発生。
 7月15日50℃の温熱療法修行による男性信者死亡事件。
 9月20日江川紹子ホスゲン襲撃事件。
 12月2日駐車場経営者VX襲撃事件。
 12月12日会社員VX殺害事件。
1995年1月4日「オウム真理教被害者の会」永岡弘行会長をVXガスで襲撃
 2月28日目黒公証人役場事務長拉致監禁致死事件で男性1人が死亡。
 3月20日地下鉄サリン事件。
 5月16日麻原彰晃こと松本智津夫を山梨県上九一色村の教団施設で逮捕。
 10月30日東京地裁が宗教法人法に基づく解散命令を決定(同年12月確定)。
 12月国会で宗教法人法改正法が成立。
1997年1月31日公安審査委員会、オウム真理教への破壊活動防止法の適用を棄却。
1999年4月東京都内の繁華街で”復活”をアピール[8]。
 12月3日団体規制法と破産特別法が成立。
2000年2月1日団体規制法に基づく公安調査庁長官の観察処分(3年間)が効力発生。
 2月4日「宗教団体・アレフ」として再編。
2002年1月上祐史浩が教団代表に就任。麻原彰晃との決別を表明。
2003年1月23日団体規制法に基づく観察処分の期間更新(2月1日から3年)決定。
 10月上祐史浩は古参信者の反発により、教団運営から退き、自室にこもる。
2006年3月27日東京高等裁判所は、弁護側の控訴を棄却。松本智津夫の死刑確定
 4月30日TBSの「報道特集」は、上祐史浩が新教団立ち上げ計画を明言していた事を報道。
 9月上祐史浩らは習志野市から、世田谷区南烏山移転。
2007年3月8日上祐史浩らはアーレフを脱退し、松本死刑囚の教義を完全排除した新団体を設立すると発表。
 2月宗教団体・アーレフ」と改称。
 5月7日上祐史浩らはアーレフ(旧・オウム真理教)から独立してひかりの輪を設立
2008年5月20日「Aleph」(アレフ)と改称。

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7月 30, 2009 at 10:26 午前 裁判員裁判 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2009.07.29

競泳用水着の新規定

朝日新聞より「非透水性素材は一切認めず 高速水着めぐり新規定

国際水連は28日の理事会で、記録の大幅な伸びを助けている高速水着に歯止めをかけるため、素材を織物のみとする新規定を決めた。

透水性のない素材は一切認めず、世界選手権で続出している新記録を助けているラバーやポリウレタン製水着だけでなく、織物素材にポリウレタン製パネルを張り付けている高速水着の火付け役ともなった「レーザー・レーサー」も使用できなくなる。

当初は10年1月から適用予定だったが、メーカーなどが対応に時間が必要として来春まで延ばした。

水着が体を覆う範囲を男子選手は腰からひざまで、女子選手は肩からひざまでとした。

あるメーカー担当者は「これで水着はシドニー五輪以前の水準まで戻る。現在の記録を破るのは相当難しい」と話した。(阿久津篤史)

透水性のない素材は一切認めず
としても今度は「透水性とはなんぞや」ということになりそうに思います。

記事では「繊維製品はOK」のように受け取れますが、原理的にはどういう繊維だって作れるわけで、非透水性の繊維製品は成り立つだろう。

いっそ、自由勝手にした方が面白いのではないだろうか?

7月 29, 2009 at 07:55 午前 もの作り | | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.07.28

今日のお出かけ

今日(2009年7月28日)は裁判傍聴が3件連続でありました。

10時ホームオブハート裁判その6
11時ホームオブハート裁判その1
13時10分オウム3女(アーチャリー)vsインフォバーン(サイゾー)裁判判決

でありました。

わたしは田園都市線で表参道乗換、千代田線で霞ヶ関、のルートでいつも行っているのですが、9時前に駅に着いたら「乃木坂で人身事故・霞ヶ関~表参道間は不通」と表示が出てました。

さて、どういうルートで行くか?と考えてしまいました。

  1. 永田町-赤坂見附乗換で、丸ノ内線で行く
  2. 大井町線・京浜東北線-有楽町乗換で、日比谷線で行く
  3. 大井町線・東横線-中目黒乗換で、日比谷線で行く

結局、ルート3で行きました。
しかし、ごく最近、大井町線は溝の口始発になっていますから、初めて溝の口からの大井町線に乗りました。

時間は、乗換が一度多いのにほとんど変わらずに到着しました。けっこう良いルートかも。

さて、傍聴の結果報告ですが

ホームオブハート裁判その6は結審しました。
オウム3女(アーチャリー)vsインフォバーン(サイゾー)裁判判決は、被告のインフォバーンの勝訴、原告の請求棄却でありました。
この件については、後で詳しく報告します。

今日は、ヘンな買い物もいくつかしました。

ファンクション357

ぺんてるのシャープペンシル。
0.3、0.5、0.7の3種類の芯が入っている。
多色シャープペンシルにするつもり。

デジタルマルチテスターPM11

普通のテスター、ハードケースの手帳型で持ち歩きに便利そう。
今後、学校に行く際に持っていた方が良さそう。

7月 28, 2009 at 07:50 午後 裁判傍聴 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.07.26

法教育について

読売新聞の教育ルネサンスより「(6)法教育 法曹から助言

ルールがなぜ作られるのかを教えることで、規範意識を育む。

「証人は被告の親友だから、かばいたくなるんじゃないかな」「被告も証人の話も疑わしいけど、それだけじゃ有罪にできないよ」

6月2日、福井市の福井大学付属中学校で、3年生の授業として開かれた模擬裁判。森田史生教諭(41)が時間切れを告げても、判決を検討する議論はやまなかった。

模擬裁判は、30歳代の男性が福井市内の電器店で人気のゲームソフトを盗んだ疑いで逮捕、起訴されたという設定。生徒たちは、「裁判官・裁判員」「検察官」「被告・弁護士」など役割ごとに八つの班に分かれ、男性のアリバイや警察に自供した点などを争点に裁判を進めた。

結審後、班ごとに結論を発表したが、「有罪」としたのは「傍聴人」の二つの班だけで、他の班はいずれも無罪だった。

模擬裁判の指導役で、福井市内で開業する井上毅弁護士が「皆さんの顔に正解はどっち?と書いてあるけど、この話に正解はありません。自分たちが人を裁くことについて考えるのが大切です」と授業を締めくくった。

被告役を演じた藤井大君(14)は「みんなに囲まれて緊張したし、被告の気持ちが少し分かった。自分が裁判員になったらそこまで考えて判決を出したい」と話した。

森田教諭や井上弁護士は、福井法教育研究会に参加している。模擬裁判で使ったシナリオも研究会が作ったものだ。法教育の目的は法律の知識を学ぶのではなく、法的なものの考え方を身に着けることに主眼を置いているという。

中心メンバーの橋本康弘・福井大准教授は、背の小さい人が常に前に並ぶ背の順のルールの是非を考える授業や、廊下を走らない、人の悪口を言わない、給食を残さないの三つの決まりに優先順位をつける授業などを身近な法教育として例示。「生徒がルールの意味を理解し、納得した上でルールを受け入れることが重要だ」と説明する。

しかし、法的なものの考え方に慣れていない学校の先生が多く、学校で法教育を行う難しさを感じている。背の順のルールを取り上げてはと提案すると、「議論することによって生徒たちが整列しなくなると困る」と難色を示す教師もいたという。

今年5月に始まった裁判員制度をきっかけに、検察官や裁判官が模擬裁判に参加するなど、法の世界と一般との接点が増えた。井上弁護士のように学校現場に足を運ぶ人もいる。授業の進め方についても、法曹関係者の助言を期待する声は強い。

授業時間の確保も課題だ。森田教諭によると、同大付属中は模擬裁判も含めて年に10時間を法教育に割くが、一般的に、社会科の中で法教育に該当する部分は3、4時間しかない。森田教諭は「公立の中学校でも社会科の時間に法教育ができるようにしたい」と話し、内容を圧縮した授業モデルを検討している。(塩見尚之、写真も)

裁判員制度殺人や強盗傷害などの重大な刑事事件の裁判に抽選で選ばれた20歳以上の国民が参加する制度。今年5月21日に始まった。裁判員6人と職業裁判官3人の構成で、有罪か無罪かの事実認定と有罪の場合の量刑を多数決で決める。8月3日にも最初の裁判員裁判が開かれる予定になっている。
(2009年7月23日 読売新聞)

「高校生模擬裁判選手権2009」を書いたのは、この記事を読んだからです。

森田教諭や井上弁護士は、福井法教育研究会に参加している。

模擬裁判で使ったシナリオも研究会が作ったものだ。法教育の目的は法律の知識を学ぶのではなく、法的なものの考え方を身に着けることに主眼を置いているという。

中心メンバーの橋本康弘・福井大准教授は、

背の小さい人が常に前に並ぶ背の順のルールの是非を考える授業や、廊下を走らない、人の悪口を言わない、給食を残さないの三つの決まりに優先順位をつける授業などを身近な法教育として例示。

「生徒がルールの意味を理解し、納得した上でルールを受け入れることが重要だ」と説明する。

しかし、法的なものの考え方に慣れていない学校の先生が多く、学校で法教育を行う難しさを感じている。

背の順のルールを取り上げてはと提案すると、「議論することによって生徒たちが整列しなくなると困る」と難色を示す教師もいたという。

非常に重要なのは、この部分ですね。

法教育が必要だ、という意見に誰も異論を唱えないと思っているのですが、実は法教育とはなんぞや?ということが社会の特に教育関係者に通じていないから、ごく一部の学校の先生や、弁護士さんがイライラしていることが、昨年の法教育セミナーに参加してようやく分かったわけです。

「高校生模擬裁判選手権2009」に書いた通り「人は神の視点を与えられずに裁判に参加しなければならない」ということをわたしは忘れていました。
しかし、上記に紹介されてい「議論することによって生徒たちが整列しなくなると困る」と難色を示す教師、というのは「教師だから神の代理で当然だ」というところから出てくる発想だと言えます。
教師が神の代理かどうかは議論しないとしても、人である限り神にはなり得ない、ということを実感しないままで良いのか?という問題が残ります。

この先生は結局のところ人が神になったり、人になったりする都合の良い世界をイメージしてそこらか一歩も出てこないわけです。
学校教育は極めて合理化した洗練された手法の集大成ですから、あまりに根源的あるいは哲学的な命題に時間を割くことができないし、そのためのお約束として「先生は正しいものである」としているわけです。
それは「先生は神の代理である」という考えた方に直結している面があります。

しかし、人は根源的なところで社会に他人に対面することにもなるわけで、そこを整理したのが法律です。
法律の考え方は、絶対的な正しさが無いことが前提になっているはずです。例えば刑法ではいくら怪しくても、立証されなければ無罪です。こういういわば相対性あるいは精度の限界といったものを考慮するのが法的な考え方の中核であるはずなのです。要するに「絶対は無い」です。
こう考えてみると、一部の強硬な裁判員裁判反対論の中にも同じく「神の視点が確実に存在する」と思いこんでいる主張があるように感じました。

わたしのイメージでは、法教育を主唱している方々の論は、社会では少数派であり日弁連が一生懸命にアピールしても上滑りである、と感じます。
わたしも含めて多くの法律素人は「法律は絶対である」と思っているから「判決も絶対の真実である」と思いこむわけです。
だからこそ冤罪についても非常に厳しく反発しているわけですし、その逆に重罰化も世論であります。
これらが基本的に「判決は絶対の真実に基づいて下る、神の判断」だと直感的に感じているところがあるのだと思います。

これでは、裁判官・検事・弁護士は神であって、神が扱うべき裁判に裁判員が参加するのは反対だ、というのならそれなりに了解できる反対意見であると思いますが、そもそも法曹人は神だというのが間違っているのは言うまでもないわけで、そんな情緒的なことで裁判員制度に反対されても賛成しかねます。

しかし、日本が世界で競うためには国民の法的判断力を質的に高めることが極めて重要で、非常に大きな課題である、と強く感じています。

7月 26, 2009 at 10:48 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (1)

高校生模擬裁判選手権2009

日本弁護士連合会のHPより「第3回「高校生模擬裁判選手権」を開催します!!

日本弁護士連合会は、2009年8月8日(土)に、第3回高校生模擬裁判選手権を東京、大阪、福岡の3箇所で同日開催します。

この大会は、1つの事件を素材に、法律実務家の支援を受けながら、参加各校が検察チーム・弁護チームを組織し、高校生自身の発想で争点を見つけ出し、整理し、模擬法廷で証人尋問・被告人質問を行います。

刑事法廷で要求される最低限のルールに則り、参加各校の生徒が検察側と弁護側に分かれ模擬裁判を行う経験を通じて、物事のとらえ方やそれを表現する方法を学び、刑事手続の意味や刑事裁判の原則を理解することをねらいとしています。

今回は地方裁判所の法廷を会場とし、より本格的な模擬裁判を行います。

ご観戦をご希望の方は、添付のチラシ裏面の「観戦のご案内」をよくお読みの上、当日各会場受付に直接お越し下さい。

ご参加を心よりお待ちしております。

昨年こんな記事を書いています。「高校生模擬裁判選手権」

多くの方は、実際に裁判を傍聴されていないでしょうし、何度も見ないと検察・弁護のテクニックの違いに触れることもないですから、わたしはかなりマニアックに見ていたことになります。

事件としては、起訴は殺人事件で、弁護側の主張は無罪、という正面衝突の事件で実際の裁判でも紛糾するだろうと思われるものでした。
なお、予選会(関東大会では8校が参加)から決勝戦まで同じ事件を扱います。
刑事裁判ですから、弁護士・検察官・被告・証人の4者が登場するのも、全試合同じです。

  1. 被告は、被害者の妻の兄つまり義理の兄弟
  2. 被告が被害者の結婚式に欠席したことで、以前は不仲であった
  3. 事件当日は、翌朝に釣りに一緒に行く約束をして、二人で酒場でかなり深酒をした
  4. 事件現場である、被告の仕事場で独身寮がある運送会社の構内に戻ってきたところで、被害者が被告を十数回殴打した。
  5. 被告は、数日前に同僚に頼まれて購入した全長40センチ以上の包丁を事務所から取り出して、トラックの駐車場に出た。
  6. 被害者は、被告に向かってきたので、包丁を上下に振って抵抗、被害者の腕に骨に達する傷を負わせた
  7. なおも、被害者は被告に迫り、よろけてトラックにもたれかかった、被告に覆い被さった。
  8. 被告は、包丁を持っていた手を出していたので、被害者の左胸に刺さり、被害者は死亡した。
  9. 被害者は、刺されて倒れた後に「兄貴、俺はもうダメだ」と被告に言って死亡した

この事件には、第三者が2名関わっていて、一人が証人になります。その状況は

  1. 同僚Aは喧嘩の仲裁をするが果たせず「勝手にしろ」と言い残して、独身寮の部屋に帰ってしまった。
  2. 目撃者として証言する、同僚BはAよりも先に喧嘩に気づくが、独身寮の階段から見ていて、仲裁には入らず最後まで事件を見ていた。

まるでミステリーのようなことなのですが、物語ではないので読者に相当する観客は「神の視点」が与えられていません。
上記の説明は、ほとんど小説の骨子のように書きましたが、わたしは関東大会と決勝戦で数回に渡って同じ事件を説明を、検察役と弁護役の高校生のプレゼンテーションを聞いたから組み立てる事が出来たのであって、実際の高校生の論告などは、これら全てを述べてはいません。

また、わたしにはまだ謎なのですが、目撃者がどの位置に居たから何が見えて、何が見えないかは分かりません。
実際の裁判では重要な事ではない、という判断になるのかもしれません。

このような、複雑な事件を題材にして、検察と弁護の攻防が行われるのですが、判決は下しません。

関東大会の優勝校は、湘南白百合学園高等部でした。
不思議なことに、わたしは関東大会で会場が複数あったために見ていませんでしたが、他の学校のレベルもかなり高いと思っていたら、昨年度の優勝校であるといった説明があって、関東大会優勝というのはどんな学校なのか?と非常に関心がありました。

関西大会の優勝校は、京都教育大学附属高校でした。
HPに関西大会の様子が紹介されています。

わたしは多くの裁判を応援していますし、情報ネットワーク法の関係ではそこそこ勉強もしていますが、それでも傍聴人として事件を見るとき自分が神の視点で法廷に出た情報が全てのであるかのように思いこむところがある、と気づかされたのです。

理屈としては、特に民事事件だと法的な正義の追求よりも互いの勝ち負けの問題だ、と承知しているのですが、それでも情報が全部出ていると思いこむわけです。
もちろん「神ならぬ者に知る由もない」のは間違えなく、それを傍聴者としては忘れている、ということですね。

それに気づいたのが、昨年の高校生模擬裁判選手権を見て理解した一番大きな収穫でありました。
今年もとても楽しみにしています。

7月 26, 2009 at 10:27 午前 裁判員裁判 | | コメント (0) | トラックバック (1)