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2009.11.01

サンケイ新聞の派遣労働についての視野狭窄

サンケイ新聞より「どうなる労働者派遣法改正 規制強に「雇用不安定化」の懸念高まる

「派遣切り」や東京・日比谷の「年越し派遣村」…。昨年以降、社会問題化した労働者派遣制度に鳩山政権がメスを入れようとしている。

製造現場の派遣禁止などが柱だが、失業率は戦後最悪の水準にあり、雇用環境は依然厳しい。

「弱者救済」を目指した派遣見直しだが、企業に大きな負担を強いることになり、雇用を不安定化させる懸念は消えない。
鳩山由紀夫首相は難しい政策判断を迫られている。(飯塚隆志、山田智章)

10月27日午後、東京・霞が関の厚生労働省で行われた労働政策審議会(厚労相の諮問機関)の労働力需給制度部会。
席上、全国中小企業団体中央会の市川隆治専務理事が、資料に目をやりながら声を荒らげた。

「これでは75万人が失業する。派遣労働者の保護というが、究極の派遣切り法案ではないか」

議題は「労働者派遣制度のあり方」だった。

民主、社民、国民新の3党が合意した労働者派遣法改正に関する審議で、事務方が配布した資料には、法改正で75万人もの派遣労働が禁止対象となることが読み取れた。

派遣に頼る中小企業には、その穴埋めで人材を確保できるほどの余裕はない。
市川氏の発言は、そんな危機感を代弁するものだった。

鳩山政権が目指す労働者派遣法改正は、製造現場への派遣や日雇い派遣などを原則的に禁じるものだ。
派遣会社に登録して仕事することも原則禁止となる。

昨年以降の不況で製造業中心に「派遣切り」などが相次いだことを受けたもので、長期安定的な雇用の実現が狙いだ。

製造業派遣の解禁など小泉政権が行った規制緩和を「弱者切り捨て」と断じる鳩山政権の目玉施策だが、行き場を失った派遣労働者が正社員になれる保証はどこにもない。

「製造現場の派遣労働者は半分以下に激減した」

ある派遣業界関係者はこう指摘する。平成19年6月現在の派遣労働者数は184万人。

その4分の1強の47万人は製造業派遣だったが、最近、急激に減ってきたという。
理由は明白だ。鳩山政権の規制強化を先取りした動きである。

三菱自動車は、1400人いた製造現場の派遣労働者ら非正規社員を3月末までにゼロにした。

工場の稼働率が上がり始めた今は、関係会社からの応援や、派遣会社を通さず期間限定で直接雇用する期間従業員の採用などで対応し始めた。

ただ、直接雇用による労務コストの増加は大変な負担だ。

このため「多くのメーカーが海外生産比率を高める方向で検討している」(製造業幹部)という。

村田製作所は、15%の海外生産比率を25年3月期までに30%に高める方針だ。
円高に備えた経営戦略の一環だが、「派遣規制強化のリスク回避も後押しした」(広報部)という。

工場の海外移転は雇用の不安定化を加速させる。

さらに登録型派遣の原則禁止も影響が大きい。主婦らが派遣会社と契約し、家庭の事情に合わせてアルバイト感覚で働くことができなくなる。
それでも鳩山政権は派遣制度を抜本的に見直せるのか。

「3党合意を踏まえて通常国会への法案提出を目指す」。首相は10月29日の衆院本会議で、こう答弁した。

ただ、民主党内も一枚岩でなく、「あれもこれも規制するだけでは混乱を生む」との慎重論は根強い。

ある中堅議員は「規制強化で企業の人件費を圧迫すると、正社員の賃金引き下げを起こすかもしれない」と語る。
特に労働組合の支援を受ける議員は、正社員の雇用問題に敏感に反応する。

熱心なのは社民党党首の福島瑞穂消費者・少子化担当相だ。
「3党合意の抜本改正案から少なくとも後退しないように、進むことはあっても後退しないように」とクギを刺す。

労政審は年内に答申を出すが、これを受けた議論次第で政府・与党内に大きな論争が起こる可能性は十分にある。

意図してこういう記事にまとめたということなのでしょうが、サンケイ新聞はどういう形がよいと考えているのでしょうか?
まるで、かつての社会党の「なんでも反対」そのものと同じ論理展開の記事だと思います。

派遣問題を「何とかしなくてはならない」となったのは、新自由主義論者の「一部が先行して良くなれば、全体が良くなる」論に結果が出なかったからです。

派遣労働の問題は、長期雇用が企業に負担になる、ということを解決すると称して、実質的な賃下げを行ったところにあります。
雇用の安定と、賃金の関係は経済学的には「総額の一致」であるべきでしょう。
長期雇用でその間に受け取る賃金の総額と、短期雇用の繰り返しで受け取る賃金の総額は同じであるべきだ、同一労働同一賃金です。
ここでいう賃金とは、給与以外のものを含む総額です。
そして短期雇用の繰り返しは、その間の失業手当や就職のための再訓練費用などを含みますから、当然の事ながら、総人件費としては短期雇用者の方が高くなることになります。

企業にとっては、長期雇用のリスクを避けるために、賃金コストを短期的に上昇させるのか?という決断が必要です。

しかし、こんな面倒な「決断」をしなくても良くなる手法が一つあって、それが「短期雇用者の賃下げ」です。
というよりも、長期雇用者と同程度の時給にすれば見かけ上は「同一賃金」になります。

これでは、労働力の源泉である能力の再生産(訓練)が全くできないわけで、労働力の食いつぶしそのものになっているわけです。
この事を無視しているような政策が、医療とか学校教育でもまん延したのが新自由主義の最大の問題点でした。

近代健康保険の原理は、健康保険が無い社会の方が実際には医療費(社会問題も含む)が大きくなると分かったからです。
アメリカでは、国民皆保険制度が無いのに健康保険料の総額は人口比で他国のほぼ倍です。
そして医療水準の平均はOECD諸国間では下の方です。
つまり、恐ろしく効率が悪い健康保険制度です。

企業が労働者に何を求めるのか、といったことは国家百年の計といったものにはならなくて当たり前です。だから、国の政策は企業と同一歩調であってはなりません。
この事は、この10年で分かったことの一つでしょう。

それをこのサンケイ新聞の記事は「意図して昔の論調をそのまま持ってきた」と思うのですが、役に立たないでしょう。
新聞社なのですから、なんか提案するべきですよ。

11月 1, 2009 at 10:43 午前 経済・経営 |

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コメント

 日比谷の年越し派遣村、多分今年もなんらかの形で開かれるんでしょう。昨年末からもう1年過ぎようとして、政権が変わったと言え、全ての人がハッピーで年を越せる状態とはとても思えません。いつの時代でも貧富の差はそこに有り、その境遇が自らの怠慢で招いた場合も、いやそうでなくその人の真摯な努力にも拘らず否応なく追い込まれた場合もあるでしょう。そうした人々に少しでも余裕のある人々が善意の手を差し伸べ、束の間の癒しかもしれませんが年を越せるように支援の手を差し伸べることは、人と人との絆、日本人の気持ちの有り様を海外に示すことにもなり大いに意義あることだと思います。

投稿: テスラ | 2009/11/02 21:04:10

テスラさん

今注目しているのにサンケイ新聞の
「【デフレの恐怖】(上)「安い買い物」が給料下げる」
連載です。

どうも、上中下らしいので、まだ書かないのですが全文が上がったら書こうと思っています。

    >少しでも余裕のある人々が善意の手を差し伸べ、
    >束の間の癒しかもしれませんが年を越せるように
    >支援の手を差し伸べることは、人と人との絆、
    >日本人の気持ちの有り様を海外に示すことにもなり
    >大いに意義あることだと思います。

ここはなかなか難しいし、日本では整理されていない分野です。

まず、長期的問題と短期的な問題を分けて考えないと、本来の目標である平準化が出来ません。
短期的目標とは正に「年末派遣村」が象徴的であって、少なくとも昨年は大成功でありました。

長期的目標というか問題解決は見通しが立っていません。

参考になるかもしれないのは、イギリスの貴族のあり方ですね。
「金持ちだから働いてはいけない」というのがありました。
しかし、現実はそのために旧来の貴族は新進の貴族になる、商工業者に取って代わられて、今では大投資家として金儲けに結果的に邁進していたりします。
そもそも、貴族が働かないから、労働者を多数雇うことになるというのが、今では機械が取って代わるわけだから、金持ちが働かないでも、直接雇用に結びつくとも言いがたい。

わたし自身は何度か述べていますが、やはり時間というモノサシの問題じゃないのか?と思っています。

少なくとも、派遣労働を是とする意見は、労働力を再生産する以上の速度で食いつぶしている、未来に対する借金なのですから、これを何とかしなければならない。

じゃあ未来とは何か?というと、日本ではストレートに人口減ですよ。
最近ようやく人口1億人割れといった言葉が表に出てきていますが、いまだに「なんとかして人口回復」という論調が基盤になっています。
どうもこれが違うのではないのか?と思うようになってきました。

2050年だとわたしはまあ確実に死んでますから、知ったことではない(藁)なのですが、日本が活力を維持するためには、限界集落はとにかくとして、限界集落よりは多いけどとても自立できない自治体の積極的な整理、具体的には住民をより大きな都市に集めるといった策が必要なのではないか?と思い始めています。

わたしが現在の住居である横浜市の北部に引っ越して来た頃に、現在の多摩ニュータウンのあたりには街はありませんでした。
その時代に戻ることを積極的に考えないと、地面に社会コストが引っ張られてしまいます。
団地が完成するのに20年掛かったとすると、畳むのにはもっと時間が掛かるでしょう。
しかし、赤字の状態を維持するにしても限界はあるわけで、今はそういうビジョンとして色々な意見が求められているはずで、その中で論拠無く「人口が回復すれば」とか「人口が回復するまでは」といった前提にするばかりではなく「実行が5000万人程度の日本では」といったシナリオも考えるべきだと思っています。

失われた10年は短期的な視野では問題は解決しないことを教えていると考えます。

投稿: 酔うぞ | 2009/11/03 10:22:56

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