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2009.10.14

教員免許更新制度の停止

朝日新聞より「教員免許の更新制、10年度限り 文科省方針

教員を続けるために10年に1度大学などで講習を受け修了することを義務づけている教員免許更新制をめぐり、文部科学省の政務三役は13日、10年度限りで廃止する方針を固めた。

制度は今春始まったばかりだが、現場にはかねて「教員としての技量向上に効果があるかどうかは不透明」「ただでさえ忙しい教員がさらに疲弊する」という批判がある。

文科省が同日開いた有識者との会合でも批判的な意見が強く、制度を続ける必要性がないという判断を固めた。

文科省は、現在の制度下で講習を受講しなくても免許が失効することがないよう、11年1月の通常国会で関係法令を調整する考えだ。

教員免許更新制は、安倍晋三政権の目玉として設けられた教育再生会議などが提案。

幼稚園から高校までの教員が対象で、制度化に当たって文科省は「最新の知識技能を身につけてもらうことが目的」と説明してきた。

ただし、現場には不満も多く、民主党は今年7月、無駄な事業を洗い出す「事業仕分け」の中で、廃止すべきだとの結論に至った。

教員の数は、ざっと100万人ですから、毎年10万人を大学で講習会を受けさせ、試験をして免許を更新するわけです。
これが自動車運転免許のように、30分の講習とかいうものではなく、何日間かなのですから、それほどの負担を負ってもやることなのか?となります。

一方で、教員になって以来、19年間も児童に性的ないたずらをし続けていた教員が居るのですから、これはなんとかしなくてはいけない。

要するに、免許更新は良いとしても、その手段の問題でしょう。
そして、現実問題として免許更新制度では無理だ、ということですね。

現在の教員の仕事は、かなりヘンなことになっていて、外国の例と比較すると「どういうことだ?」というところが多々あります。

わたしが感じる、教員とその周囲の問題には以下のような点があります。

  1. 専門的な学科の授業もこなせる教員を要求するから、万事に素人の教員になっている。
  2. 授業以外の仕事が多すぎる
  3. 逆に、授業が出来ると、授業以外が出来ない教員でも通用してしまう。
A はわたしが関わっているキャリアー教育関連が代表ですが、教員の仕事は就職した時点で、教員の職から変わることがありません。
ほとんどの職場は、営業をやったり、人事をやったり、倉庫番になったり、と職種が変わりますが、教員は教員から変わりません。

このように特殊な職業の人が、生徒に仕事について語る方が無理、というものです。
その他、理科の実験や音楽といった事についても「教員としてレベル」でしか見ていない、子どもたちから見ると専門家の驚嘆するような授業を受けることが出来るチャンスを奪っている、とも言えます。

B 教員が、クラブ活動での事故の刑事責任を問われたりしています。
元々が授業の専門家として仕事に就いた者を、授業外のことについて、刑事責任を追及できるというのはどんな考え方なのでしょう。
さらには、実験など準備と後片付けといったことが必要な授業でも大学のように助手が準備する、といったことはほとんどありません。

最近大問題になりつつあるのが、学校のIT化で教員にIT専門家を要求するから、情報の先生が校内にケーブル張の工事をしたりしています。
どう考えても、ネットワーク機器のメンテナンスなどが片手間で出来るわけがないのですが・・・。

授業以外のことを増やして、授業の内容が薄まっているとも言えます。

C は極めて深刻な話です。
AやBで示した問題の解決策の中に、社会人講師や学校ボランティアといった外部の人と学校が協力して行く、といったことが徐々に実現しているのですが、外部の人間はほとんどがビジネス経験者ですから、ビジネス上の手順で進めるのが簡単なのですが、教員の多くはそれが分からない。

言葉を変えると「社会人失格な教員が居る」というのが現実です。
困ったことに、教員の評価基準には社会人としての能力評価は全くありませんから、教員としては別に問題ないとされてしまいます。

良い事も悪いこともひっくるめて、教育界の現場が一般社会とは全く別の世界になっている事こそが問題で、それを教員免許の更新でなんとかしよう、というのは無理でしょう。

10月 14, 2009 at 09:44 午前 教育問題各種 |

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