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2009.09.08

これはビックリ、左側通行に変更・サモア

NHKニュースより「サモア 左側通行へ変更

南太平洋のサモアで、車の通行がこれまでの右側から左側へと変更され、7日、新たな交通ルールでの通行が始まりました。

政府は、この変更によって、オーストラリアや日本から安い車を輸入することができ、国民の利益になると説明しています。

サモアの首都アピアでは、7日早朝、これまでの右側通行で走っていた車が停車し、交通ルールの切り替えを待ちました。
そして、午前6時、ツイラエパ首相がラジオ放送を通じて右側通行から左側通行への変更を宣言すると、道路の右側に止まっていた車がゆっくりと左の車線に移りました。

今回の変更にあわせて方向を示す標識は書き換えられ、道路では警察官が交通整理にあたっています。
しかし、バスの多くは、右側に乗降口があるこれまでのもののままで、子どもなど利用者は、車の行き交うところで注意しながらの乗り降りを余儀なくされていました。

サモア政府は、混乱や事故を避けるため、初日から2日間を休日としたほか、制限速度を引き下げたり、アルコール類の販売を3日間禁止する措置をとっています。

政府は、この変更によって、同じ左側通行で近隣のオーストラリアやニュージーランド、それに日本から安い車を輸入することができ、国民の利益になると説明しています。

今のところ、大きな混乱は起きていないということですが、交通の安全が確保できるのか、心配する声も上がっています。

これはビックリですね。

わたしは、沖縄県が日本に復帰(1972年)した後に、アメリカ式の右側通行を左側通行に切り替える時の大騒動(1978年)をリアルタイムで見ていたので、今ごろになって、さらに右側通行から左側通行に変更するというので、大変にビックリしました。

ウィキペディアにまとめてるデータによると

ナミビア・ナウル1918
カナダ1920代
ポルトガル1928
チェコ・ハンガリー1930-40年代
オーストリア1938
台湾1945
パラオ1945
フィリピン1945
中国大陸1949
スウェーデン1967
沖縄1978
ミャンマー1980
ジブラルタル1990年代

ほとんどが左側通行から右側通行への変更です。スウェーデンがヨーロッパ大陸ということで、右側通行に変更した例を、沖縄では参考にしたようです。

わたしには、第二次大戦で自動車交通なんてのものが無くなってしまった時に、アメリカ軍が占領していたのだから、右側通行にならなかった理由が分かりません。
実は、人と車の対面交通を実現するために、戦後になって人は右側通行に変更したのですね。
この時に、自動車は右側通行でも一向に構わなかったようにも思います。

そんな感覚のところに「左側通行に変更」ですから、大変に驚きました。
どんなものでしょうかねぇ?

9月 8, 2009 at 05:33 午後 海外の話題 |

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コメント

> アメリカ軍が占領していたのだから、右側通行にならなかった理由が分かりません。

勝手な想像ですが、鉄道はまだ残っていて、それが左側だから、道路交通もそのままだったってのは、いかがでしょう。

投稿: お代官 | 2009/09/09 10:37:07

>勝手な想像ですが、鉄道はまだ残っていて、
>それが左側だから、道路交通もそのままだったってのは、いかがでしょう。

わたしの叔父は、日産自動車でブルーバード(510)の主査だった太田昇なのですが、彼に聞いたときにも、同じく「鉄道を全部逆にするのは無理だ」として押し切ったようだ、と言っておりました。

しかし、アメリカが軍事占領上の必要性が重大であれば、沖縄県のようにアメリカ式にしたでしょうし、交通標識も現在のISO準拠になるまでは、基本的にアメリカ式でした。

終戦直後はイギリスも占領軍で来ていたわけで、今回のデータで台湾などもすぐに右側通行になったことを考えると、日本国内ではイギリスの力が強かったのかな?と感じます。
当時は、日本国内ではアメリカ派よりイギリス派の政治家・官僚が多かったのでしょう。

まあ、あと50年もすると、先進諸国では自動車を自分で運転するのは、特別な例となっていて、どっち側通行なんてのは問題じゃなくなっているのかもしれません。

投稿: 酔うぞ | 2009/09/09 10:54:56

 私は、ちょうど切り替わる時に、沖縄にいましたね。懐かしい話題です。あの時は、切り替えが早朝で、救急車両の通行制限が一時的にかかったことを覚えています。
 当時の沖縄で、運転してもらってた叔父が、いつのまにか車線を間違って、父とか母が慌てていたのが、印象的でした。
 子供だったことで、不謹慎と思いますが、個人的にはなんか、なんかおおきく変わるイベントに参加している感じで、面白かったという印象の方が強いですね。
 また、基地の中は右側のままだったので、本当に中と外の世界は、違うんだというのが感覚的にも実感できたというのもありますね。
 日本の場合は、連合軍つまり今の国連軍に占領されたわけですから、米国と英国の意見が分かれる時は、日本の好きな方を選べたということではないでしょうか。(苦笑)

投稿: ogami | 2009/09/09 15:07:30

 なんで現状の日本が、自動車は左側通行のままなのかは置いといて・・・。
 鉄道を右側通行に切り替えるのは無理ってのは、かなり詭弁なんじゃないかと思いますね。
 なぜなら・・・。
 鉄道とそれ以外のトラフィックが触れる場所は、路面電車を除いて、踏切だけですよね。
 踏切は同じ道路を共有するのではなく、交差するだけなので、交差する同士の通行方向が逆でもあまり問題は発生しないと思われます。
 実際には、混合交通である路上で、歩行者だけ右側通行であっても、それがゆえの問題は発生していない訳ですしね。

 ちなみに、空(航空機)と海(船舶)は、それ以前から日本も含めて右側通行が世界的に標準だったようです。
 まぁ、これらは元から他のトラフィックと交わる箇所がほとんど無かったのですけどね。
 唯一あるとすれば、飛行艇でしょうか。
 飛んでいる間は航空機、着水時は船舶として扱われる特殊な乗り物ですからね。
 あと、強いて上げれば着陸状態の航空機は自動車に相当するのでは無いかと思われるのですが。
 実際問題としては、航空機は着陸時も専用の走路しか走行しないので、左側通行でも問題は発生しないのでしょうね。
 だとすれば鉄道も?

投稿: craftsman | 2009/09/10 17:27:13

右側通行・左側通行問題はどうも鉄道が元になっているらしいです。

そりゃ、一番古い機械的な交通主題とも言えるでしょうから・・・。
(ローマ時代には馬車の交通事故が問題になったらしいが)

飛行機の空中衝突事故第一号は正面衝突なんだそうで「なんでそんな事になったのだろう?」と不思議でしたが、これは鉄道路線を航路にして飛んでいたから、なんだそうです。

そこまで、鉄道路線が重視されているのか?となると、今でもヨーロッパ大陸内で統一されてないのですね。

だから、どうも先進国のヨーロッパ諸国のことを崇めてしまった日本が「重大なことだ」とやったんじゃないかなあ?

投稿: 酔うぞ | 2009/09/11 9:46:02

鉄道の場合進行方向が変わると、分岐が全て逆になってしまうのが大きな問題でしょうね。

例えば複線で進行方向が逆の線に入る場合、一旦ポイントを通り過ぎてバックで進入するような動きになります。正面衝突を避けるためですね。線路配置が元のままで複線の進行方向を変えると、分岐が正面衝突を誘発する配置になります。慣れでどうなるものではありません。

他にも、操車場や車庫への入線時に保安度が低くなる配置に変わってしまうことなども予想されます。鉄道の場合、進行方向を変えると、信号機などの交換にとどまらず、線路そのものの大規模な工事が必要になるでしょう。土地買収も新たに行う必要があるかもしれません。お金と時間がかかりますね。

投稿: About | 2009/09/11 18:58:26

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