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2009.08.31

政権交代に思う

2009/08/30の選挙の結果は、

民主308
自民119
公明21
共産
社民
国民
みんな
日本
諸派
無所属

となりました。

報道のトーンは「一大事」「予想外」のような感じの見出しが多いのですが、小選挙区制なのだから、大いにあり得る事でした。

その意味では、報道の姿勢の方にビックリするべきでしょう。

自民党の一部には「選挙の時期が悪かった」という弁解があるようですが、小泉内閣以後の安倍・福田・麻生と続いた3代の内閣では、どうにも希望が持てなかった。
民主党政権で「なにか希望が持てることが出てくるのか?」が一番の注目点でしょう。

行政は、本質的に欠陥を修正するのが仕事であって、例えば教育水準が世界的な競争では下り坂である、という事実に対して「じゃあ、学力テキストを大げさにやろう」とはなるでしょう。
しかし、将来どういう人材を作るのが良いのか?については「従前通り」なのですから、欠陥を修正しても、以前と同じにしかならず、より良くなる保証は無いわけです。

このようにわかりきったことに対して、小泉が持ちこんだ「新自由主義」を悪用(?)して「個人責任だ」とやってきたのが、上記の3代の内閣でしょう。

「欠陥を埋めることしかしない & 責任は個人だ」という行政を信用しろという方が無理であって、「こっちに進むから協力してくれ」という目標を掲げることが政治の重要な役割のはずです。

自民政権から変わった事以上に重要だとわたしが考えていることは、人口減社会へのソフトランディングプランです。
少なくとも、高度経済成長時代のように「一部だけ推進すれば、他も追従してくる」という社会は今後何十年もあり得ないでしょう。

そういう社会をどう描くか、それによって教育をどうするのか?、人はどのように住むのか、といったところまで整理しないと、社会を描くことができません。

あっちこっちで、団地の高齢化問題が出ていますが、どう考えても「すべての住宅団地の高齢化問題を解決」することはできません。
ある住宅団地の高齢化問題を解決するためには、別の住宅団地を更地にするしかない。

とにかく「こうやれば全部うまく行く」はあり得ないのだから、それでもこっちが良い、と決断する社会にしていくしかないし、セーフティーネットをあらゆる方面に用意して「個人責任だ」などと行政が言い放つようなことは無くすべきでしょう。

8月 31, 2009 at 10:46 午前 国内の政治・行政・司法 |

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