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2009.07.30

アーチャリー vs サイゾー裁判の判決

一昨日(2009年7月28日)東京地裁で、原告オウム松本智津夫の三女(アーチャリー)被告株式会社インフォバーン(サイゾー)の名誉毀損裁判の判決がありました。

判決

  1. 原告の請求をいずれも棄却する。
  2. 訴訟費用は原告の負担とする。

でした。

サイゾー2006年12月号で「死刑確定は麻原神格化への序章!?”オウム事件”に今なお残された謎」と題して、編集部が宗教学者の島田裕巳氏のインタビュー記事を載せました。
島田裕巳氏はオウム事件当時に、マスコミに宗教学者としてオウム真理教についての説明などをしたために「御用学者」などと批判や中傷を受けていました。

オウム真理教の記録(ウィキペディアより)

これで分かる通り、2006年12月頃は上祐史浩らが2007年の独立向けて活動していた時期で、上祐派と主流派の争いがあるといった報道が続いた時期でした。

2006年3月27日に東京高等裁判所は、弁護側が控訴趣意書を提出しないことを理由に、控訴棄却の決定をして松本智津夫の死刑が確定しています。

このような背景で、サイゾーは島田氏にインタピューした形の記事を発表しました。

サイゾーこの死刑確定の持つ意味と、今後予想される教団の動向について聞かせてください。
島田今回の死刑確定は、麻原とその周辺(アーレフ内でも、上祐派ではなく、
麻原の三女・松本○○を中心とする主流派)が自ら希望したような印象があります。

こんな調子で記事は始まっています。
松本○○と書いたところには実名が入っています。

その意味では、典型的な報道記事による名誉毀損事件ですから、弁護側としては公共性、公益性、相当性について争うことになります。

原告側の請求は

  1. 損害賠償、500万円
  2. 訂正謝罪広告の掲載

でした。争点は以下の8点であるとなりました。

  1. 名誉毀損について
    1. 本件事件は原告の名誉を毀損するか否か
    2. 本件事件の公共性、公益目的および真実性の有無
    3. 被告が本件記事を真実と信じたことの相当性の有無
    4. 本件記事の公正な論評の法理による違法性阻却の有無
  2. プライバシー侵害について
    1. 本件記事における原告の実名の記載は原告のプライバシーを侵害するか否か。
    2. 本件記事のプライバシー侵害についての違法性阻却の有無
  3. 損害額
  4. 謝罪広告の必要性

原告側は、「1. 名誉毀損についての a. 本事件は原告の名誉を毀損するか否か」について

  1. 実名を記載する理由も必要性も存在しないのにもかかわらず、原告の実名を記載したことにより、社会による麻原および教団に対する絶対的な否定的評価に伴って、原告の社会的評価が低下する。
     
  2. 「松本○○(実名)を中心とする主流派」という表現によって、松本○○(実名)を中心とする主流派など存在しないにもかかわらず、原告が教団の主流派であり、派閥活動、教団活動を行っているとの原告個人についての虚偽の事実を適時したことにより、原告の社会的評価が低下する。

と主張しています。
これに対して裁判所は

  1. 本件記事の全体の構成、本件問題部分の前後の文脈および本件問題部分の表現からすれば、一般の読者は、本件記事について・・・中略・・・という解釈が成立しうるという島田の見解が紹介されているものと理解するものと認められる。
     
  2. 本件問題部分にある「松本○○(実名)を中心とする主流派」との表現は、原告が教団における主流派の中心人物であるとの事実を摘示しているものといえる。
    しかしながら、上記 1 (注 事実認定) で認定したとおり、オウム真理教事件の後には、麻原の三女である原告が教団運営の中心となっていることが公安調査庁によって公表され、また、原告が教団における麻原の後継者であることや教団において重要な地位にあることを前提として、原告と教団信者との関わりを含む原告の動向が頻繁に報道されていたことからすれば、一般の読者は、本件記事掲載当時、原告は、麻原の三女として、教団において重要な地位にあることを前提の知識として有していたというべきである。

(中略)

このように、「松本○○(実名)を中心とする主流派」との表現は、これまで公安調査庁やマスコミによって公表ないし報道されてきた事実を簡潔にまとめたものにすぎず、その内容は、本件記事が掲載された当時において、一般の読者がすでに有していた知識の域を出るものではない上、本件記事に占める割合は、量的にも質的にもさしたるものではないことに照らすと、本件記事が、原告の社会的評価をそれ以前に比較して低下させるものであると認めることはできない。

として、原告の主張を一蹴しています。
次にプライバシー侵害についての、原告の主張は

原告は、マスコミの報道において、「麻原三女」「麻原の三女」「麻原被告三女」「アーチャリー」などと呼ばれており、本件記事が掲載されるまで、マスコミの報道において、原告の実名が報道されたことはなかったところ、本件記事は、原告の実名を記載した上で、原告が、教団の派閥である主流派を率いて、教団を支配していると記載するものである。
原告の実名は、それ自体単純な個人識別情報であるものの、社会から全体的に否定的な評価を受けている教団の主流派の中心人物として実名記載されたことにかんがみれば、一般人の感受性を基準として判断すると、公開されることを欲しない私生活の事実に該当し、かつ、一般の人には知られていない事項というべきである。
したがって、本件記事における実名表記は、原告のプライバシーを侵害するものである。

と主張しています。
これに対して裁判所は

(前略)個人の氏名が社会的に否定的な評価を受ける事柄と結びついて公表されることは、当該個人にとって心の平穏を害されることになるから、一般人の感受性を基準にして判断した場合であっても、当該個人の立場に立てば、上記のような公開を欲しないのが一般的であると考えられる。その意味で、本家意気地において、原告が社会的に否定的な評価を受けている教団の主流派の中心人物として実名を公表されることについては、一般人の感受性を基準にして判断した場合に、原告の立場に立てば、上記のような公開を欲しないのが一般的であると考えられる。
しかしながら上記1(事実認定)のとおり、原告の実名については、平成9年における参議院予算委員会における公安調査庁長官の答弁や、平成12年度に公安調査庁が発表した「内外情勢の回顧と展望」および同庁が開設するホームページにおいて、すでに明らかにされているところである。このように原告の実名が公安調査庁によって社会的に公開されていることからすれば、本件記事掲載の時点において、原告の実名は、一般人に知られていないものとは認められないというべきである。
(中略)
以上の事情を総合考慮すれば、本件においては、原告の実名を公表されない法的利益がこれを公表する理由に優越するとまではいうことができないと解すべきであるから、原告のプライバシー侵害により不法行為は成立しないというべきである。

結論として、原告の請求を棄却して、被告のインフォバーン(サイゾー)の勝訴となりました。

個人的には、記事中に実名を出すことにどれほどの価値があるのか、よく分からないので情報発信側として、そこまでのリスクを冒す価値のあることなのかな?とは今も感じます。

一方、判決文を読んでみると、この判決は「個々の事情で判断する」といった色彩が極めて強くて、実名報道をめぐるどのような名誉毀損裁判でも踏襲される定型的な判決ではない、といえます。

したがって、控訴があれば別の判決が出てくる可能性はあるでしょう。

しかしながら、このようなデリケートな問題で、この判決を得たことは情報発信をする者にとっては一つのマイルストーンを与えられたと言えますから、その意味では偉大な判決の一つでしょう。

酔うぞ拝


オウム真理教の記録(ウィキペディアより)

1984年2月14日創設
1987年2月24日ダライ・ラマ14世とインドで会談
1988年7月6日ダライ・ラマ14世とインドで会談
 9月22日富士山総本部に来ていた在家信者が死亡(在家信者死亡事件)
1989年2月10日男性信者殺害事件発生。
 8月25日宗教法人化。
 11月4日坂本堤弁護士一家殺害
1990年2月18日政治団体「真理党」を結成、第39回衆議院議員総選挙に集団立候補、全員落選。
 5月熊本県波野村で国土利用計画法違反事件。
1991年9月『朝まで生テレビ!』に出演。
 12月『ビートたけしのTVタックル』に出演。
1993年6月6日男性信徒が逆さ吊り修行により死亡
 11月山梨県上九一色村の第7サティアンにおいて、サリンプラントを建設を開始
1994年1月30日薬剤師リンチ殺人事件が発生。
 5月9日滝本弁護士サリン襲撃事件。
 6月AK-74をモデルとした突撃銃を密造
 6月27日松本サリン事件。
 7月10日オウム真理教男性現役信者リンチ殺人事件発生。
 7月15日50℃の温熱療法修行による男性信者死亡事件。
 9月20日江川紹子ホスゲン襲撃事件。
 12月2日駐車場経営者VX襲撃事件。
 12月12日会社員VX殺害事件。
1995年1月4日「オウム真理教被害者の会」永岡弘行会長をVXガスで襲撃
 2月28日目黒公証人役場事務長拉致監禁致死事件で男性1人が死亡。
 3月20日地下鉄サリン事件。
 5月16日麻原彰晃こと松本智津夫を山梨県上九一色村の教団施設で逮捕。
 10月30日東京地裁が宗教法人法に基づく解散命令を決定(同年12月確定)。
 12月国会で宗教法人法改正法が成立。
1997年1月31日公安審査委員会、オウム真理教への破壊活動防止法の適用を棄却。
1999年4月東京都内の繁華街で”復活”をアピール[8]。
 12月3日団体規制法と破産特別法が成立。
2000年2月1日団体規制法に基づく公安調査庁長官の観察処分(3年間)が効力発生。
 2月4日「宗教団体・アレフ」として再編。
2002年1月上祐史浩が教団代表に就任。麻原彰晃との決別を表明。
2003年1月23日団体規制法に基づく観察処分の期間更新(2月1日から3年)決定。
 10月上祐史浩は古参信者の反発により、教団運営から退き、自室にこもる。
2006年3月27日東京高等裁判所は、弁護側の控訴を棄却。松本智津夫の死刑確定
 4月30日TBSの「報道特集」は、上祐史浩が新教団立ち上げ計画を明言していた事を報道。
 9月上祐史浩らは習志野市から、世田谷区南烏山移転。
2007年3月8日上祐史浩らはアーレフを脱退し、松本死刑囚の教義を完全排除した新団体を設立すると発表。
 2月宗教団体・アーレフ」と改称。
 5月7日上祐史浩らはアーレフ(旧・オウム真理教)から独立してひかりの輪を設立
2008年5月20日「Aleph」(アレフ)と改称。

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7月 30, 2009 at 10:26 午前 裁判員裁判 |

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