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2009.07.05

謎の国ミャンマー

「神奈川県警・北朝鮮・ミャンマー・中国・・・・」に潘基文(バンキムン)事務総長がミャンマーを訪問しているとの記事を紹介しましたが、結論は不毛であったようです。
朝日新聞より「ミャンマー軍政「拒否」貫く 国連総長、実りなき訪問

ミャンマー(ビルマ)の軍事政権は、民主化運動指導者アウン・サン・スー・チーさんとの面会など、潘基文(パン・ギムン)国連事務総長からの要求をことごとくはねつけた。

ミャンマー情勢をトップ外交で動かそうとした国連側の狙いは、実を結ばなかった。
今後、国連のミャンマー外交が行き詰まるのは必至で、民主化運動の支援者らは別の道も探り始めた。

「面会は重要だ。ぜひ検討してほしい」。
4日午前、軍政トップのタン・シュエ国家平和発展評議会議長との2度目の会談で潘事務総長は、前日に了解を取り付けられなかったスー・チーさんとの面会の実現を繰り返し訴えた。

だが、国連の圧力に屈したとみられることを警戒する軍政側は、最後まで拒否の姿勢を貫いた。
前日の会談は2時間近くに及んだが、この日はわずか25分で終わった。

会談後、同行記者団が待つ首都ネピドーの空港に到着した潘氏は、「面会が実現しなかったという報告となり、申し訳ない」と悔しそうに顔をゆがめた。

国連側が今回の訪問で最もこだわったのが、刑事訴追され勾留(こうりゅう)中のスー・チーさんとの面会だった。
唯一の実現できそうな成果であり、象徴的な意味を持ちうるものだったからだ。

訪問前にいい感触があったわけではない。6月下旬にガンバリ国連事務総長特別顧問がミャンマーを訪れて事前調整をしたが、民主化に向けた協力について、軍政側から特段色よい返事はなかったという。

それでも潘氏が訪問に踏み切ったのは、昨年5月のサイクロン直後の訪問で政治課題に何ら触れず、批判されたことへの潘氏自身のこだわりがあった。また、周囲には「事務総長が動けば何か変わるのでは」との期待があった。

しかし、「リスクは承知の上」(国連幹部)で出た賭けは結局、成功しなかった。
国連側が求めた来年の総選挙までの全政治犯の釈放、公正で透明な選挙の実現に向けた環境整備についても、具体的な答えは得られなかった。

国連側は「軍政トップに直接国際社会の声を届け、これだけ詰めた議論をできるのは事務総長だけ」と主張。
潘氏も4日夜、「メッセージは伝わったと思う。(スー・チーさんに)会えなかったことを成功、失敗の基準にすべきではない」と述べたが、トップ会談でも事態が打開できなかったことで手詰まり感は強まっている。

「内政干渉」を嫌う中国などの反対で、国連安全保障理事会を通じた強い圧力が望めない中、事務総長を筆頭とする国連事務局による交渉が貴重な手段である状況に変わりはない。
だが、「成果」と呼べるものを何一つ持ち帰れなかった今回の訪問は、欧米諸国や人権団体などのさらなる非難を招きそうだ。

■「今は裁判中」繰り返し強調

軍政トップのタン・シュエ議長は4日、スー・チーさんとの面会を求める潘事務総長の要請を拒絶した際、スー・チーさんが裁判中であることを繰り返し強調した。

「ほかの時期なら喜んで許可したが、今は裁判中だ。司法に介入するわけにはいかない」

スー・チーさんの訴追で国際的な非難が高まる中、外交筋の間では、軍政は最後には面会を許すとの見方があった。議長が3日の会談で即答を避け、4日に改めて会談に応じたのも、ぎりぎりまでじらして「面会カード」の値をつり上げ、国際社会からの圧力緩和に最大限に利用する戦略との見立てだ。

だが軍政は、裁判中であることを盾に最後まで譲らなかった。

「軍政はスー・チーさんの問題を、最後まで司法の問題として押し通そうと腹を決めたようだ」。外交筋は軍政側の姿勢をこう読み解く。

軍政はこれまで、自宅軟禁やその延長を自ら決めたことで非難を浴びてきたが、「司法手続きは政府の意向とは無関係」と主張することで、批判をはねつける戦略だというのだ。

裁判所が禁固刑を言い渡した後に軍政が「恩赦」し、自宅軟禁に「減刑」すれば国際社会に対する絶好の「譲歩」のアピールにもなる。軍政のそんなシナリオすら指摘する関係者もいる。

だがいずれにせよ、国連トップの直談判でも譲歩しなかった軍政を今後、国際圧力で動かすのは難しいとの見方が強まっている。

民主化運動を支援する人権団体などからは、今回の事務総長の訪問を「タイミングを見誤った」と批判する声も出始めた。亡命先のタイで民主化運動に取り組む男性(43)は「国連は軍政のトリックにはまった。今回の訪問は完全に失敗だ」と話した。

海外を拠点に民主化を訴える亡命ビルマ人団体の多くは「国連だけの外交努力は限界を迎えた」と指摘する。その一部はすでに、軍政の国民への弾圧行為を国際戦犯法廷に刑事訴追するよう各国に働きかけるなど、国連の場だけに頼らない運動を始めた。
(ネピドー〈ミャンマー中部〉=松下佳世、バンコク=山本大輔)

潘事務総長に対しては「何もやらない」という評価が定着しつつあって、一発逆転を狙ったのかな?という印象も受けますが、その逆に絶対に事態が動きそうもないミャンマーに行って「公称したけどダメだった」という結果が出ないことをあえて実績稼ぎにしようとしたのか?とも感じます。

それにしてもミャンマーの軍事政権は手強いですね。

会談後、同行記者団が待つ首都ネピドーの空港に到着した潘氏は、「面会が実現しなかったという報告となり、申し訳ない」と悔しそうに顔をゆがめた。

会見の写真は公開されていますが、この一行から読み取れるのは記者団は空港に止められたということです。

再度、ネピドーの画像で説明します。

Up

画面の中央がピンマナ駅です、南側の赤丸で囲ったところが空港、右上の赤丸で囲った湖の周辺が先に建設された地域で、拡大してみると同じ形ですが、邸宅といった感じで巨大な建物が並んでいます。大きな建物の長さは150メートルぐらいですから本質的にはビルディングだと思いますが、なんで点在しているのか少なくともビジネスセンターとは言いがたいです。
左側に南北に連なっている建物は、後から出来ました。ピンマナ駅を通る鉄道は南北に通っていて、街道も続いています。
つまり、新たに建設された建物は旧市街地や鉄道からわざと距離を離して建てた、と見ることが出来ます。

Up1

記者団が留め置かれたと考えられる空港がこの画像です。

空港の建物としては、せいぜい50メートル×20メートル程度のものが一つ、駐機場は200メートル×150メートル程度なのですから、日本のローカル空港でもちょっと見られない規模です。しかし、滑走路の長さは3000メートル以上あるようで非常に異様であります。

7月 5, 2009 at 10:31 午前 海外の政治・軍事 |

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コメント

とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。

投稿: 履歴書の書き方 | 2012/05/19 12:28:11

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