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2009.06.17

出口戦略が必要なのは金融以外ではないのか?

サンケイ新聞より「景気下げ止まりで、早くも「出口戦略」が浮上

景気の下げ止まりの動きが広がる中、政府・日銀が百年に一度の経済危機に対応して発動した超異例の緊急措置をどのタイミングで正常化するのかという「出口戦略」が課題に浮上している。

政府の大規模財政出動や日銀による過剰な金融緩和といった強力なカンフル剤を投与し続けると、財政悪化で長期金利が上昇したり、銀行や企業に甘えの意識が広がるなどの副作用が起きるためだ。

ただ、正常化のタイミングや方法を誤ると、せっかくの景気回復の芽を摘んでしまう恐れもある。

■長期金利上昇

14日にイタリア南部のレッチェで開かれた主要8カ国(G8)財務相会合の共同声明は、「出口戦略」を重要課題に位置付けた。特に懸念されているのが、各国の積極的な財政出動に伴う長期金利の上昇だ。

すでにその兆候は出ている。
財政出動で大量の国債が発行されることを嫌気し、債券市場で国債が売られ、金利が上昇。
日本では先月下旬に、年初の1・2%台から約半年ぶりに1・5%台を付け、その後も高止まり傾向にある。

景気の回復過程で過度に金利が上昇すると、企業や家計の利払い負担が増えるほか、設備投資や住宅投資の意欲も冷え、回復の足を引っ張る。

与謝野馨財務・金融・経済財政担当相はG8後の会見で、「考える時期で、実行しようとする時期ではない」と、“出口”はまだ遠いとの考えを示した。

ただ、政府としては、経済対策で大盤振る舞いした分、「その後の財政再建の道筋をきちんと示す必要がある」(与謝野財務相)との思いも強い。

政府が16日の経済財政諮問会議に提示した「骨太の方針2009」の原案でも、「国際的な長期金利の上昇傾向が見られる」と懸念を表明。
「健全化への中長期的な取り組み姿勢を明確に示すことが不可欠」と強調した。

さらに、「安定財源の確保」の必要性を強調し、消費税率の引き上げを強くにじませた。

ただ、歳出削減や増税路線に対して与党内からは、「選挙が戦えない」との猛反発が起きており、歳出増大圧力は逆に強まるばかりだ。
衆院選で政権交代の可能性がある民主党も積極財政が色濃く、財政政策の正常化の前途は多難だ。

■モラルハザード

日銀の金融政策でも、企業の資金繰り支援のため、社債やCP(コマーシャルペーパー)を買い入れるという「極めて異例の措置」(白川方明総裁)が相次いで打ち出された。
発行先の企業が破綻(はたん)すれば、日銀が損失を負うことになり、中央銀行としての信認を失いかねない“禁じ手”だ。

さらに、銀行や企業が日銀の支援に甘え、経営のモラルハザードを招く恐れもある。

白川総裁は16日の会見で、出口について、「企業金融の動向、効果なども点検し、(買い入れ措置の期限である)9月末までの適切な時期に判断していく」と述べるにとどめた。

ただ、金融危機による市場の混乱が沈静化する中、CPの買い取りでは、応札額が購入予定額に満たない「札割れ」が続き、今月5日の入札はついに「ゼロ」となった。
社債も大手企業を中心に「発行ラッシュ」(同)となっており、自力で資金を調達できるようになってきた。

このため、水面下で解除のタイミングを模索し始めているもようだ。

日銀には出口戦略で苦い経験がある。平成12年8月に「ゼロ金利」の解除を強行したが、その後、景気が悪化し、政府から激しい批判を浴び、さらに異例の措置である「量的緩和」へと追い込まれた。

かつての経験を生かしスムーズな正常化を果たすためにも、入念な準備が必要になりそうだ。

金融や直接的には金利を適正水準にコントロールし財政を健全化することは政府・日銀にとっては非常に明確な目標ですが、本来の経済政策の目的は経済だけではなく、社会全体を将来とも健全に維持することです。

日本の現状は少子高齢化であり、人口減は免れないわけですから人口減によって経済規模は縮小するはずです。

ところが、政策は基本的に成長路線のままであって、特に公共投資では作ったけど使われない施設が沢山あったりします。
特に地方自治体で何かを企画するときに「誘致する」と良く言いますが、人口減・経済規模縮小の日本では誘致するとは誘致されたところが空き地になるのに等しい。
地方都市では、マンションが新しく建つと、その隣のマンションが空き家になる、といったことは十何年前から言われています。

現在、国も地方も政治がやっていることは「目の前に見えることの対策」だけであって、本来は政治や行政の最大の使命である民間企業ではできない長期的な対策は、以前の成長路線のままかあるいは「成長路線の一時停止」と言えるでしょう。

先に挙げた地方政治での「誘致」案件では、将来の人口減社会の現実の到来の時にどうするのか?と発案者に聞くと「その頃には我々は死んでいますよ」が返事だそうです。
もう、今が通り過ぎればよい、というレベルでのぶんどり合戦で、こんな将来像の国が信用されるわけがないです。

アメリカは、人口増加の国であり原理的に成長段階での金融資源の配分を自由にした方が効率が良い、ということで新自由主義に意味があったのでしょう。しかし、新自由主義は結局は新しくなくて旧来の自由主義と同じことになり、破たんしてケインズに戻らざるを得なかった。

日本は、何十年も一貫して少子高齢化社会であり、現実に人口減社会になれば経済は縮小するのが当たり前なのに、小泉・竹中に代表される日本の新自由主義者は「アメリカが世界標準」と称して、全く似合わない服を強引に日本に着せた、というべきでしょう。

少子高齢化社会から人口減社会になることは、何十年も前から言われていたことで現実に合うはずがない「改革」などに時間を使わなければ、今はもうちょっとマシだったのではないだろうか?

人口という資源不足のために、企業や学校・家庭といった各セクターが自分自身に必要なところを人に強く要求する、ようになってしまった。
その代表が派遣労働の大幅拡大であり、このまま行けば「解雇制限の撤廃」などになっていくでしょう。

政策が政策になっていない、と強く感じるのです。

6月 17, 2009 at 09:00 午前 国内の政治・行政・司法 |

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