« 衛星写真はすごい!! | トップページ | 若年性アルツハイマーで裁判が停止 »

2009.04.09

日経新聞社説の脳天気ぶり

日経新聞社説より「規制改革に再点火し危機を克服せよ

政府が規制改革推進3カ年計画を再改定し閣議決定した。また規制改革会議(議長・草刈隆郎日本郵船相談役)は2009年度の運営方針を決めた。
3年目に入った草刈体制は今年度末を1つの区切りとしており改革の真価が問われる年になる。

小泉政権による規制改革の強化がワーキングプアを生む温床になったなどという、根拠の薄い批判が経済危機の深刻化とともに勢いを増している。

しかし危機が雇用を脅かしている今こそ、働く機会を広げる改革の重要性は増している。麻生政権は規制改革に再び火をつけ、危機を乗り切るための展望を示すべきだ。

改革逆行の典型は労働者派遣の規制強化だ。厚生労働省は日雇いなど期間が30日以内の派遣を原則禁止するための法案を国会に出した。

だが失業の憂き目に遭った人にとっては1日単位から仕事を見つけられるのはありがたいものだ。
この法案が危機対応策として適切かどうか、審議を尽くし明らかにしてほしい。

タクシー台数の需給調整の復活も雇用にマイナスだ。工場で働く派遣労働者などの当座の受け皿を確保するためにも、タクシー運転手への門戸は大きく開いておくべきだ。

今年度、規制改革会議は雇用の増進と内需拡大に役立つ成長分野の改革に集中して取り組む。
医療や介護、保育、農林水産業など雇用拡大の受け皿になる可能性を持つ分野の改革を大胆に推し進めてほしい。

再改定した3カ年計画は、病院や診療所が健康保険の運営者に出す診療報酬の明細書(レセプト)の電子化について、与党の一部議員の要望を取り入れて「地域医療の崩壊を招かないよう、自らオンライン請求することが当面困難な医療機関などに配慮する」と付け加えた。離島や山村などで小さな診療所を経営する高齢の医師は、電子請求をこなせないという医師会の声が背景にある。

だがレセプトの電子請求を医療機関に義務付けなければ、医療のIT(情報技術)化は画竜点睛(がりょうてんせい)を欠く。電子レセプトがあまねく行き渡れば、実際に行われている治療方法の分析がたやすくなり、医療の質の向上に役立つ。患者や国民の利は大きいし、健康保険を運営する企業や自治体はコストを抑えられる。医療機関にとってもコスト低減につながるのではないか。

高齢医師には代行請求の仕組みを完備すればよい。電子化のための設備導入に政府の財政支援があってもよいだろう。万策を尽くして「オンライン請求が困難な医療機関」を1つも出さないことが肝要である。

新自由主義丸出しとでもいうのでしょうか?

この社説は、アメリカのサブプライムローンといった、ある意味では「確信的詐欺商品」のようなものが出てきた理由が「過度の規制緩和である」という解釈に対して、どのような説明をするのでしょうか?

機械工学では、二酸化炭素排出量を設計に直接取り入れるなんてことはしません。考えると当たり前ですが、コストですら設計の結果で決まるのであって、強度計算の中にコストが出てきたりはしません。

もちろん現実的にはコストが有限であることを知っていますから、単なるはしご段をカーボン複合材で設計したりはしませんが、将来カーボン複合材の価格が下がれば「鉄で設計するとは何事か!」と怒られる時代が来るのかもしれません。

こんな風に考えてみると「チョウが飛ぶと雪崩が起きる」といった因果関係を詳細に検討し尽くすのは、現実には無理だから「どこかで無限であって変化しない」ところがあるとして、それについては考えないようにしています。

規制改革の考え方には「無限にあるから影響しない」という面が強すぎるのではないでしょうか?

日経新聞社説が書いているタクシー台数の需給調整反対論も現実問題として収入にならない、タクシーを増車してどうなるのでしょうか?という視点がありませんから、こんな事が書けるのでしょう。
「タクシーの需要はあるのだから、規制反対」でなくてはなりませんが、そこを論じることなく「タクシーの需要については考慮する必要は無く、供給規制に反対」となっています。

機械工学の例を出したのは、どこかを無限である(あるいは0である)といった考え方はパラメーターなのであって、助変数として「動かして考えなくてならないことの、一つの状態」なのだということを「普通はしない」だけのことです。

それを「市場は無限である」といった神がかりのような前提で進んできたのが新自由主義の正体でしょう。

ブッシュ政権は、金持ちの相続税を無しにすることを計画していたそうです。
これを金持ち優遇のように採るのはいささか無理だと思うが(政策として合理性がない)投資にだけ注目しますと、資金を集中して「より巨額の投資が容易に行えるよう誘導する」という政策と理解する事はできます。

しかし、実際にはリターン(利益)を確保するための投資先そのものを作る必要が出てきて、サブプライムローンが大々的に拡大してしまいました。

「どこかに無限がある」という発想自体が限界なのだ、と解釈するべきです。

今必要なのは「お天道さまは見ている」といった謙虚さであり、無限であるとしてきた事柄について「本当に無限なのでしょうか?」と考え直すことでしょう。
規制改革の是非といった次元におとしめて進んできたこと自体が間違えだったはずです。

4月 9, 2009 at 09:22 午前 日記・コラム・つぶやき |

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/2299/44614140

この記事へのトラックバック一覧です: 日経新聞社説の脳天気ぶり:

» 強度 トラックバック 強度
強度について書いています 続きを読む

受信: 2009/04/13 23:59:49

コメント

コメントを書く