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2009.04.03

消費者庁の夜明け前

読売新聞より「産地偽装知りながら公表せず、農水省が千葉県に対応要請

千葉県が県内業者の産地偽装を知りながら、日本農林規格(JAS)法に基づく改善指示をせず、公表もしなかったとして、農林水産省は3日、千葉県に対し、速やかに同法に基づく指示や公表を行うよう文書で要請した。

表示偽装を巡っては、同省と都道府県で業者への指示や公表などの対応に差があり、「不公平だ」という声があがったため、同省は1月、一律公表するようJAS法の運用指針を改定していた。指針改定後、同省が都道府県に対応を要請するのは初めて。

偽装があったのは県内の水産物業者で、今年1~2月に同省と県が合同で計3回調査に入り、業者は「中国産や韓国産の貝を国産と表示し、販売した」と認める文書に署名していた。

同省は県に対し、業者への改善指示を求めたが、県は3月23日に、改善指示よりも一段低い行政指導を行い、公表も見送った。

今回の要請は地方自治法に基づく助言にあたるが、強制力はない。

同県食の安心推進室の伊藤靖雄室長は「偽装をしていたという証拠がなかったので指導にとどめたが、今後の調査で改善指示をする可能性もある」と説明している。
(2009年4月3日21時40分 読売新聞)

今国会では消費者庁の設置に向けて、審議が進んでいます。
先日、紀藤正樹弁護士が衆議院の特別委員会で参考人として議員の質問に答えていました。その状況がビデオライブラリにあります。

わたしも以前は直感的には「消費者庁はあった方が良いだろう」といった程度の認識であったのですが、詳しく話を聞くそのような話では収まらないところに追い込まれているようなのです。

すでに欧米を中心にして「消費者大臣国際会議」というのが機能しているのだそうで、日本には消費者庁がないから、会議に参加できない情報も入ってこない、という状況になりつつあるとのことです。

これでは、貿易立国が成り立たないわけで、なんとしてでも消費者庁は必要だと、ということになって、どっちかというと生産第一の政府与党が旗を振って、野党がそれに応じているという図式で、消費者庁の設置に動いているということのようです。

急速に動き出したのは、福田首相の置き土産でありました。

漠然と消費者庁といったものをイメージしたのは、SFで読んだのが最初だろうと思いますが、具体的にイメージできたのは堺屋太一氏の短編小説に「役所の方向を逆にしたら」というテーマのものがあって、生産と消費、需要と供給といった組合せで見たときに、役所のやるべき事がどちらを向いても役所は成り立つといった趣旨の話を読んだときです。

例えば、工業製品について役所は作る側の立場に立とうが、消費する側の立場に立とうが、本質的な立ち位置は生産と消費の間にあることに変わりはない、あえて言えば「どちらに向いているのか?」ぐらいの違いしかない。

しかし、一旦事が起きるとどちらを向いているのか?は大きな問題になります。それが、今回の千葉県の対応に良く現れています。

偽装をしていたという証拠がなかったので指導にとどめた
これはそっくりそのまま「企業が偽装でないことを証明できないから差し止めた」と置き換えることが出来ます。

ではこれを、当事者同士で争えば良い、行政は関知しないとするとどういう事になるのか?

この場合、食材の原産地表示の偽装ですから、一般消費者向けであって、ここの消費者にとっては、損害額としては10円とか100円といったところになるでしょう。
これでは裁判を起こすことは出来ません。

消費者庁設置の考え方には、消費者行政として、ここの消費者に代わって訴訟を提起できる「父権訴訟」というのも想定されています。

紀藤弁護士が、参考人として強調していたことに「犯罪収益の没収」がありました。
これは、現状では詐欺で有罪になっても、被害金額を取り戻すための手数が大きすぎて、被害者が結果的に放棄してしまうから、懲役の期間にも隠しおおせれば「その方が割がよい」と犯罪を繰り返す、ということだそうです。

これは、犯罪以外でも行政処分が軽いから、法律違反を起こすといったことにも現れています。
例えは談合事件などですね。普通に考えると、談合がばれたら会社が潰れる、なればやりませんよ。

こんな事を考えてみると、たまたまとは言え、よくもまあここまで業界よりの消費者行政をやっているものだ、と記録しておこうという意味で書きました。

4月 3, 2009 at 11:08 午後 国内の政治・行政・司法 |

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コメント

おはようございます、

「業者は「中国産や韓国産の貝を国産と表示し、販売した」と認める文書に署名していた。」

のに、

「偽装をしていたという証拠がなかった」

ことになるのですかね?

それから、

「当事者同士で争えば良い、行政は関知しない」

とするのなら、調査結果を公表する必要がありますよね。別に消費者は訴訟をしなくても、買い控えるという選択もあるのだし。

投稿: zorori | 2009/04/04 7:36:35

zorori さん

わたしも上手に説明できるほど理解できていません。

今までの、法学的な体系(?)は社会が処罰するべきもの=刑法、刑法の対象外だが社会が個々の事例を判定するもの=民法、法が関与しないが社会が不快に感ずるもの=道徳、といった構造でした。

これを象徴的に示しているのが「六法」です。

六法は、憲法、民法、刑法、商法、民事訴訟法、刑事訴訟法のことだとされていました。
しかし、法律の半分が行政法だと問題になって、司法試験でも行政法を扱うようになってきました。

六法はいずれも、当事者間の争いがあるわけですが、行政法は本質的には役所の手続などを決めているわけで、結果としては行政指導などが行われますが、裁判の対象になるのは行政の行為についてであって、その元となる事件に付いては裁判になるのは、六法の範囲というある種の穴になっているわけです。

これが、例えば個人情報保護法では行政の命令に反すると、業者に懲役刑が科せられる可能性があるのに、情報を流出させられた被害者は全く別に民事訴訟を起こすしか無い、従って一人あたり500円で先手を打たれると損害賠償請求訴訟を起こさない、となるわけです。

こういう状況の時に、zorori さんがご指摘のように「行政が発表する事で、消費者に選択の余地が生じる」というのは、消費者側からは「{選択の}幅が広がる」になりますが、業者側からは「{販売の)幅が狭まる」になります。

これを法的に見ると「促進する」は自由競争の範囲とされ、制限するのは「営業妨害そのもの」ですから、この二点を争点にしたら営業妨害の認定が出るでしょう。

つまり「消費者に代わって結果を公表する」というところで、すでに「父権訴訟でやるぞ」ということにしないと、理屈の上では大変だと言えます。

では「行政の不作為」というのはどうか?となると、これは旧厚生省のエイズ汚染ワクチン問題で何年も争ったような事になるわけで、近代社会としてはそれではまずいだろう、という事になります。

これらを、総合すると「消費者一般の保護と権利」といった概念を新たにつくらないといけない。

つまり、消費者庁を設置することで、先に述べた法体系全体の考え方を変えないといけない、となります。

この部分こそが、国会での審議の裏側にあるところで、紹介したビデオを見ると国会議員は本音としては「消費者庁なんて手を出したくない」という感じがあるように思います。

というのは、日本は堺屋太一氏の指摘にもあるように「最適生産国家」としてやってきたわけです、生産イコール供給のために国家を最適化してきた、行政は供給を見張っていれば、需要側に問題は生じない、という考え方でした。

その意味では、行政{国家)の中に供給体制があり、需要側には選択の余地がないとも言えるのでしょう。

まして、需要側のニーズがないといった場合にも、供給側に市場原理がすぐには働かない。
例えば、公共交通機関の運賃なんてのは代表ですね。
全く違う交通機関との関係で運賃を決めていた。
そのため、赤字路線を廃止できない、なんてことも起きた。

本来的に、供給側と需要側、全体を見張る行政という構造であるべきだと思うのですが、それは「最適生産国家」からの脱却になります。

消費者庁に現在の行政組織を何を移管するのか?という行政にとっては切実な問題も当然見えてくるわけで、現時点では「とりあえず保守的に」というのが国会議員の心理なのでしょう。

この問題は、色々と検討する余地が多々あると思っています。

投稿: 酔うぞ | 2009/04/04 8:41:53

酔うぞさん、解説ありがとうございます。難しい問題がありそうですね。

>これを法的に見ると「促進する」は自由競争の範囲とされ、制限するのは「営業妨害そのもの」ですから、この二点を争点にしたら営業妨害の認定が出るでしょう。

確かに、風評被害で訴訟になることがありますね。ただ、疑問のある調査結果を公表したというわけではなく、業者の供述という事実を公表するのもまずいのでしょうか?しかも、今回ニュースになって流れているわけですから、農水省のプレス発表も訴訟の恐れありなのでしょうか?


投稿: zorori | 2009/04/04 11:11:09

    ただ、疑問のある調査結果を公表したというわけではなく、
    業者の供述という事実を公表するのもまずいのでしょうか?

    しかも、今回ニュースになって流れているわけですから、
    農水省のプレス発表も訴訟の恐れありなのでしょうか?

実務的にはOKというか、仮に業者に訴訟を提起されても行政は勝てると思いますが、理論的には{行政の行為が正しいから}訴訟の根拠がないということにはならないでしょう。
つまり、行政にとっては「トラブルに踏み込む選択」ではあると思います。

元々は、JAS法違反についても公表する事になっていなかった、というか全ての行政手続についてどのように公表しなければならない、という規定自体が無いですよ。
官報に載せれば公表なんですから。

それを農水省が手続を示した、それに対して県がその通りにやっていない、という問題であって、消費者庁を設置するべしという意見は、このような「言った言わない」的な問題にしないために消費者庁が必要だという主張です。

自治体が「絶対安全運転」で行政を運営したら、現状では実際問題として「全てが秘密」になるでしょうね。
そして、情報は採りにいく方が「情報公開法に基づく申請」を必要とする、となるでしょう。

どこまで行っても、行政自身が「情報の供給者側」という仕組みに変わりはないわけです。
そして、日本全体が「供給者が正しい」という仕組みで動いて来た、それゆえ供給者側には個人よりも高い倫理性を求めていたわけですが、悪徳商法会社は犯罪のために会社を作るといった事をやっているのですから、倫理性を求めるだけでは無理になってきた、ということですよ。

そこで、供給者と消費者が同列にならないか?ということでしょうから、今までの日本の全体構造を崩すことにしかならない。

当事者は国会議員も含めて、現状を変えたくないから、今は変なことなっているのだと思います。
過渡期の現象として見るべきでありましょうし、今まで行政などが職員の善意に基づいて全体として社会を良くしてきたと見るべきで、実は単なる努力であったとは再確認するべきなのでしょう。

わたしの考えでは、これから若い人たちにとっては、法学的な判断力は我々の世代の何倍も重要になると思っています。

投稿: 酔うぞ | 2009/04/04 11:33:37

おはようございます。

>実務的にはOKというか、仮に業者に訴訟を提起されても行政は勝てると思いますが、理論的には{行政の行為が正しいから}訴訟の根拠がないということにはならないでしょう。
つまり、行政にとっては「トラブルに踏み込む選択」ではあると思います。

ああ、そういうことならよく分かります。情報開示に対しても秘密を守らなけらばならない事項ではないけど、積極的に公表すれば、よけいなトラブルを抱え込むことになって面倒だという。

要するに、行政のインセンティブの問題かと思います。行政の不作為問題は逆に公表や指示をしないことがトラブルになるということですから、両方向のインセンティブがバランスよく働けばよいのかなと思ったりしています。

投稿: zorori | 2009/04/05 7:32:19

    要するに、行政のインセンティブの問題かと思います。
    行政の不作為問題は逆に公表や指示をしないことがトラブルになる
    ということですから、両方向のインセンティブがバランスよく
    働けばよいのかなと思ったりしています。

その通りなのですが、行政にとって「現在時点で、より良い手順」と「将来期待される、より良い手順」があるのでしょう。
これは、民間企業などでも同じで、新自由主義が行政サービス(現業)の民間化を主張した根拠として、状況の変化に素早く対応できる、を挙げていました。

しかし、行政は基本的に法律で規定された事しかできないわけで、その規定自体が「福祉に寄与する」といった抽象的な表現から「48時間以内に結論を出す」といった規定まであります。
これでは、同じ事柄に対しても解釈の違いが出てくるのは仕方がないでしょう。

突き詰めていくと「根本的にどっちを向いて考えれば良いのだ?」となるわけで、その向きがいわばカスケード構造なのだと思います。

わたし達ネットワーカーの古手にとって、非常に苦労して説明してきたのが、ネットワークの実社会への組み入れでした。
会社などの構造がカスケード(上位下達)であり、ネットワーク構造自体が会社の組織に合わないのが最大の難点でした。

日本の行政組織がカスケードであることは、行政・法律という問題の性質上今後も変わる事がないと思いますが、それが 役所 → 供給者 → 需要家、という構造だけでよいのか?が問題になっているのでしょう。

平たく言えば、役所が需要家のニーズを着実に把握すれば、PDCAサイクル(Plan/Do/Check/Action)が順当に回転する、とは言えるのですがこれでは共産主義にも出来なかったことをやる事になります。

多分

  供給者のニーズ → 役所 → 供給者の実践 → 需要家 → 需要家の評価
  需要家のニーズ → 役所 → 供給者の実践

の両方を同時に回すことになるのだと思います。
役所にとっては、「どちらに先に話し聞けばよいか?」となるでしょうね。


こう考えてみると、消費者庁の設置は役所の先回りでは不十分だとする社会の見方の反映であって、その意味では役所の持っている本質的な権力を削減するような方向だと、議員や役人が感じているのかもしれませんね。

投稿: 酔うぞ | 2009/04/05 9:46:11

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