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2009.04.16

御殿場事件・驚愕の一審判決を最高裁が是認

大石英司の代替空港で知りましたが、「御殿場事件」が上告棄却になりました。

大石英司の代替空港より「※ 元少年5人の有罪確定へ 静岡・御殿場の少女集団強姦未遂」

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090415-00000544-san-soci

>2審東京高裁は、少女の証言の信用性について、「日時を除きほぼ一貫しており、具体的で自然」と指摘、

 凄まじく滑稽な話。「日時」という肝心要の部分で、もう公訴棄却って話ですよ。普通なら。それが、裁判官が堂々と、「日時を除いては合っている」とか、何だそれは…‥。だいたい、日時所か、天候まで全く違っているのに。

 言ってみれば、死因は銃創なのに、「刺しました」と自白した犯人を有罪にする時に「凶器を除き被告の証言は一貫しており…‥」みたいな話をするような無茶ですよ。

 なんでこんな無茶苦茶な話が堂々とまかり通るのか。

この事件に付いては、大石英司氏や阿曽山大噴火氏(阿曽山大噴火コラム「裁判Showに行こう」)でも取り上げていて、わたしも以前取り上げています。

2007.08.27の記事「御殿場事件を考える」、2008.09.05の記事「御殿場事件判決」です。

一審の静岡地裁の判決が問題で、地裁での審理中に「起訴した日時には事件が起きていないことは確認された」のに、地裁判決はこの点について「被害者の供述は犯行日を除き、一貫している」「被告人らの供述も、犯行日を除き一貫している」という理解しがたい、判決理由で有罪としています。

高裁も地裁もどうも、事実調べをしないで弁護側の控訴と上告を棄却したようです。

静岡新聞より「不当決定 と弁護団 御殿場の少女暴行未遂

御殿場市で2001年、少女に乱暴しようとしたとして当時16―17歳の元少年らが強姦(ごうかん)未遂罪に問われた事件で、最高裁は15日までに元少年5人の上告を棄却し、いずれも有罪とした東京高裁判決が確定する見通しとなった。
元少年らや家族、支援者たちは「最後の希望も裏切られた」と不満をあらわにした。

決定は弁護側の上告趣意について「単なる法令違反、事実誤認の主張であり上告理由に当たらない」と退け、「事件当日は雨で野外での犯行は不自然」と降雨記録に関する新証拠を提出するなどした弁護側の主張には一切言及しなかった。

弁護団の鈴木勝利弁護士は「門前払いに等しい不当な決定。物証がないのになぜ有罪か、合理的な理由を示さない姿勢は危険であり、自白偏重の傾向を招きかねない」と批判した。

元少年らはいずれも社会人となった。決定の通知を受けて「前向きに生きるしかない」と声を掛け合ったという。実刑判決の4人は近く収監される見通し。

物証がなく被害者証言が起訴の柱となっている点で、法学者の間では14日に最高裁が無罪判決を言い渡した痴漢事件との類似性を指摘する意見が出ている

荒木伸怡立教大大学院教授(刑事法学)は「無罪判決は物証なくして有罪にできない、という基本原則を重視した。逆に本件は降雨データなど被害証言と食い違う証拠があるのに、証言や自白が重視された。
判事の間で意見の差異がうかがえる」と疑問を呈した。

山本雅昭静岡大法科大学院准教授(刑法)は「本件は全員一致の棄却であり、裁判官は確信を持って判断したと見るべき。供述の信用性に疑問はあるが、混雑する電車の痴漢とは状況の複雑さが違い、供述が明白だったことも結論が分かれた一因では」と分析した。

たまたま、最高裁の痴漢事件・無罪自判判決があって、報道記事も色々出ていますが、わたしが最初に無罪報告を読んだのは山口利昭弁護士の「ビジネス法務の部屋」に書かれた「必読!!痴漢事件・最高裁逆転判決(速報版)」でした。

すでにマスコミ各社で報道されているとおり、防衛医大教授の強制わいせつ被告事件につきまして、本日逆転無罪の最高裁判決が出ました。(すでに最高裁HPにて判決全文が閲覧できます)ひさびさに背筋がゾクゾクとするような判決文です。これはプロの法律家であれば必読でしょう。裁判官5名のうち、反対意見2名という僅差の多数判断ですが、ビックリするのは「被告人は本当に痴漢をしたのか、しなかったのか」という点だけでなく、「被害者の供述は詳細で理路整然としており、時系列的にも合理的である」といった一般的な供述の信用性判断の手法を批判し(これ、涙が出そう・・・・!裁判員制度にも大きな影響を与えそうです)、かつ事後審制の法律審たる最高裁の「事実審理の在り方」にまで論争がなされている点であります。これはおそらく学者の先生を交え、大いに今後論争される判決になるものと思われます。また、きちんと判決全文を読んでからエントリーしたいと思います。(とりいそぎ、速報版です)

※ちなみに、私が痴漢被告事件を扱った経験からすると、満員電車のなかで「下着のなかに手をいれた」場合は強制わいせつ罪、「下着もしくは服の上から触った」場合は大阪府条例(迷惑防止条例)違反罪として立件されるのが通常かと思われます。(なお、交通ルールさんのご指摘により、スカートをめくって下着を触った時点で強制わいせつ罪に該当する、とのことのようです。また確認させていただきます)

※なお、裁判官が述べているとおり、本件は被害者であるAさんの証言が信用できない、というものではなく、記憶違いや人違いなどについての可能性がないことに「合理的な疑いが残る」というものであります。このブログも、冤罪者支援とか、痴漢被害者支援といった立場からではなく、冷静に事実審理の在り方を考える、というスタンスで述べるものであります。(あしからず)

さっそく、最高裁判決をPDFで見ました。

裁判官那須弘平の補足意見は,次のとおりである。

1 冤罪で国民を処罰するのは国家による人権侵害の最たるものであり,これを 防止することは刑事裁判における最重要課題の一つである。
刑事裁判の鉄則ともいわれる「疑わしきは被告人の利益に」の原則も,有罪判断に必要とされる「合理的 な疑いを超えた証明」の基準の理論も,突き詰めれば冤罪防止のためのものである と考えられる。

本件では,公訴事実に当たる痴漢犯罪をめぐり,被害を受けたとされる女性(以 下「A」という。)が被告人を犯人であると指摘するもののこれを補強する客観的 証拠がないに等しく,他方で被告人が冤罪を主張するもののやはりこれを補強する 客観的証拠に乏しいという証拠状況の下で,1審及び原審の裁判官は有罪・無罪の 選択を迫られ,当審でも裁判官の意見が二つに分かれている。

意見が分かれる原因 を探ると,結局は「合理的な疑いを超えた証明」の原理を具体的にどのように適用 するかについての考え方の違いに行き着くように思われる。

そこで,この際,この 点について私の考え方を明らかにして,多数意見が支持されるべき理由を補足して おきたい。

2 痴漢事件について冤罪が争われている場合に,被害者とされる女性の公判で の供述内容について「詳細かつ具体的」,「迫真的」,「不自然・不合理な点がな い」などという一般的・抽象的な理由により信用性を肯定して有罪の根拠とする例 は,公表された痴漢事件関係判決例をみただけでも少なくなく,非公表のものを含 めれば相当数に上ることが推測できる。

しかし,被害者女性の供述がそのようなも のであっても,他にその供述を補強する証拠がない場合について有罪の判断をする ことは,「合理的な疑いを超えた証明」に関する基準の理論との関係で,慎重な検 討が必要であると考える。
その理由は以下のとおりである。

ア混雑する電車内での痴漢事件の犯行は,比較的短時間のうちに行われ,行為 の態様も被害者の身体の一部に手で触る等という単純かつ類型的なものであり,犯 行の動機も刹那的かつ単純なもので,被害者からみて被害を受ける原因らしいもの はこれといってないという点で共通している。

被害者と加害者とは見ず知らずの間 柄でたまたま車内で近接した場所に乗り合わせただけの関係で,犯行の間は車内で の場所的移動もなくほぼ同一の姿勢を保ったまま推移する場合がほとんどである。

このように,混雑した電車の中での痴漢とされる犯罪行為は,時間的にも空間的に もまた当事者間の人的関係という点から見ても,単純かつ類型的な態様のものが多 く,犯行の痕跡も(加害者の指先に付着した繊維や体液等を除いては)残らないた め,「触ったか否か」という単純な事実が争われる点に特徴がある。

このため,普 通の能力を有する者(例えば十代後半の女性等)がその気になれば,その内容が真 実である場合と,虚偽,錯覚ないし誇張等を含む場合であるとにかかわらず,法廷 において「具体的で詳細」な体裁を具えた供述をすることはさほど困難でもない。

その反面,弁護人が反対尋問で供述の矛盾を突き虚偽を暴き出すことも,裁判官が 「詳細かつ具体的」,「迫真的」あるいは「不自然・不合理な点がない」などとい う一般的・抽象的な指標を用いて供述の中から虚偽,錯覚ないし誇張の存否を嗅ぎ 分けることも,けっして容易なことではない。

本件のような類型の痴漢犯罪被害者 の公判における供述には,元々,事実誤認を生じさせる要素が少なからず潜んでい るのである。

イ被害者が公判で供述する場合には,被害事実を立証するために検察官側の証 人として出廷するのが一般的であり,検察官の要請により事前に面接して尋問の内 容及び方法等について詳細な打ち合わせをすることは,広く行われている。

痴漢犯 罪について虚偽の被害申出をしたことが明らかになれば,刑事及び民事上の責任を 追及されることにもなるのであるから(刑法172条,軽犯罪法1条16号,民法 709条),被害者とされる女性が公判で被害事実を自ら覆す供述をすることはな い。

検察官としても,被害者の供述が犯行の存在を証明し公判を維持するための頼 りの綱であるから,捜査段階での供述調書等の資料に添った矛盾のない供述が得ら れるように被害者との入念な打ち合わせに努める。

この検察官の打ち合わせ作業自 体は,法令の規定(刑事訴訟規則191条の3)に添った当然のものであって,何 ら非難されるべき事柄ではないが,反面で,このような作業が念入りに行われれば 行われるほど,公判での供述は外見上「詳細かつ具体的」,「迫真的」で,「不自 然・不合理な点がない」ものとなるのも自然の成り行きである。

これを裏返して言 えば,公判での被害者の供述がそのようなものであるからといって,それだけで被 害者の主張が正しいと即断することには危険が伴い,そこに事実誤認の余地が生じ ることになる。

ウ満員電車内の痴漢事件については上記のような特別の事情があるのであるか ら,冤罪が真摯に争われている場合については,たとえ被害者女性の供述が「詳細 かつ具体的」,「迫真的」で,弁護人の反対尋問を経てもなお「不自然・不合理な 点がない」かのように見えるときであっても,供述を補強する証拠ないし間接事実 の存否に特別な注意を払う必要がある。

その上で,補強する証拠等が存在しないに もかかわらず裁判官が有罪の判断に踏み切るについては,「合理的な疑いを超えた 証明」の視点から問題がないかどうか,格別に厳しい点検を欠かせない。

3 以上検討したところを踏まえてAの供述を見るに,1審及び原審の各判決が 示すような「詳細かつ具体的」等の一般的・抽象的性質は具えているものの,これ を超えて特別に信用性を強める方向の内容を含まず,他にこれといった補強する証 拠等もないことから,上記2に挙げた事実誤認の危険が潜む典型的な被害者供述で あると認められる。

これに加えて,本件では,判決理由第2の5に指摘するとおり被害者の供述の信 用性に積極的に疑いをいれるべき事実が複数存在する。

その疑いは単なる直感によ る「疑わしさ」の表明(「なんとなく変だ」「おかしい」)の域にとどまらず,論 理的に筋の通った明確な言葉によって表示され,事実によって裏づけられたもので もある。

Aの供述はその信用性において一定の疑いを生じる余地を残したものであ り,被告人が有罪であることに対する「合理的な疑い」を生じさせるものであると いわざるを得ないのである。

したがって,本件では被告人が犯罪を犯していないとまでは断定できないが,逆 に被告人を有罪とすることについても「合理的な疑い」が残るという,いわばグレ ーゾーンの証拠状況にあると判断せざるを得ない。
その意味で,本件では未だ「合 理的な疑いを超えた証明」がなされておらず,「疑わしきは被告人の利益に」の原 則を適用して,無罪の判断をすべきであると考える。

この那須弘平裁判官の補足意見は一般常識として反対の余地が無いかのよう見えますが、堀籠幸男裁判官の反対意見は

私は,多数意見には反対であり,原判決に事実誤認はなく,本件上告は棄却すべ きものと考える。その理由は次のとおりである。

第1 事実誤認の主張に関する最高裁判所の審査の在り方

1 刑訴法は,刑事事件の上訴審については,原判決に違法又は不当な点はない かを審査するという事後審制を採用している。

上訴審で事実認定の適否が問題とな る場合には,上訴審は,自ら事件について心証を形成するのではなく,原判決の認 定に論理則違反や経験則違反がないか又はこれに準ずる程度に不合理な判断をして いないかを審理するものである。
そして,基本的に法律審である最高裁判所が事実 誤認の主張に関し審査を行う場合には,その審査は,控訴審以上に徹底した事後審 査でなければならない。

最高裁判所の審査は,書面審査により行うものであるか ら,原判決に事実誤認があるというためには,原判決の判断が論理則や経験則に反 するか又はこれに準ずる程度にその判断が不合理であると明らかに認められる場合 でなければならない。刑訴法411条3号が「重大な事実の誤認」と規定している のも,このことを意味するものというべきである。

2 刑訴法は,第一審の審理については,直接主義,口頭主義を採用しており, 証人や被告人の供述の信用性が問題となる場合,第一審の裁判所は,証人や被告人 の供述態度の誠実性,供述内容の具体性・合理性,論理の一貫性のみならず,論告 ・弁論で当事者から示された経験時の条件,記憶やその正確性,他の証拠との整合 性あるいは矛盾等についての指摘を踏まえ,その信用性を総合的に検討して判断す ることになるのであり,その判断は,まさしく経験則・論理則に照らして行われる のである。証人や被告人の供述の信用性についての上訴審の審査は,その供述を直 接的に見聞して行うものではなく,特に最高裁判所では書面のみを通じて行うもの であるから,その供述の信用性についての判断は,経験則や論理則に違反している か又はこれに準ずる程度に明らかに不合理と認められるかどうかの観点から行うべ きものである。

第2 事実誤認の有無

1 本件における争点は,被害者Aの供述と被告人の供述とでは,どちらの供述 の方が信用性があるかという点である。

被害者Aの供述の要旨は,多数意見が要約しているとおりであるが,Aは長時間 にわたり尋問を受け,弁護人の厳しい反対尋問にも耐え,被害の状況についての供 述は,詳細かつ具体的で,迫真的であり,その内容自体にも不自然,不合理な点は なく,覚えている点については明確に述べ,記憶のない点については「分からな い」と答えており,Aの供述には信用性があることが十分うかがえるのである。

多数意見は,Aの供述について,犯人の特定に関し疑問があるというのではな く,被害事実の存在自体が疑問であるというものである。すなわち,多数意見は, 被害事実の存在自体が疑問であるから,Aが虚偽の供述をしている疑いがあるとい うのである。しかし,田原裁判官が指摘するように,Aが殊更虚偽の被害事実を申 し立てる動機をうかがわせるような事情は,記録を精査検討してみても全く存しな いのである。

2 そこで,次に被害者Aの供述からその信用性に対し疑いを生じさせるような 事情があるといえるかどうかが問題となる。

(1) 多数意見は,先ず,被害者Aが車内で積極的な回避行動を執っていない点 で,Aの供述の信用性に疑いがあるという。この点のAの供述の信用性を検討する に際しては,朝の通勤・通学時における小田急線の急行・準急の混雑の程度を認識 した上で行う必要がある。この時間帯の小田急線の車内は,超過密であって,立っ ている乗客は,その場で身をよじる程度の動きしかできないことは,社会一般に広 く知れ渡っているところであり,証拠からも認定することができるのである。身動 き困難な超満員電車の中で被害に遭った場合,これを避けることは困難であり,ま た,犯人との争いになることや周囲の乗客の関心の的となることに対する気後れ, 羞恥心などから,我慢していることは十分にあり得ることであり,Aがその場から の離脱や制止などの回避行動を執らなかったとしても,これを不自然ということは できないと考える。Aが回避行動を執らなかったことをもってAの供述の信用性を 否定することは,同種痴漢被害事件において,しばしば生ずる事情を無視した判断 といわなければならない。

(2) 次に,多数意見は,痴漢の被害に対し回避行動を執らなかったAが,下北 沢駅で被告人のネクタイをつかむという積極的な糾弾行動に出たことは,必ずしも そぐわないという。しかし,犯人との争いになることや周囲の乗客の関心の的とな ることに対する気後れ,羞恥心などから短い間のこととして我慢していた性的被害 者が,執拗に被害を受けて我慢の限界に達し,犯人を捕らえるため,次の停車駅近 くになったときに,反撃的行為に出ることは十分にあり得ることであり,非力な少 女の行為として,犯人のネクタイをつかむことは有効な方法であるといえるから, この点をもってAの供述の信用性を否定するのは,無理というべきである。

(3) また,多数意見は,Aが成城学園前駅でいったん下車しながら,車両を替 えることなく,再び被告人のそばに乗車しているのは不自然であるという。しかし ながら,Aは,成城学園前駅では乗客の乗降のためプラットホームに押し出され, 他のドアから乗車することも考えたが,犯人の姿を見失ったので,迷っているうち に,ドアが閉まりそうになったため,再び同じドアから電車に入ったところ,たま たま同じ位置のところに押し戻された旨供述しているのである。Aは一度下車して おり,加えて犯人の姿が見えなくなったというのであるから,乗車し直せば犯人と の位置が離れるであろうと考えることは自然であり,同じドアから再び乗車したこ とをもって不自然ということはできないというべきである。そして,同じ位置に戻 ったのは,Aの意思によるものではなく,押し込まれた結果にすぎないのである。 多数意見は,「再び被告人のそばに乗車している」と判示するが,これがAの意思 に基づくものと認定しているとすれば,この時間帯における通勤・通学電車が極め て混雑し,多数の乗客が車内に押し入るように乗り込んで来るものであることに対 する認識に欠ける判断であるといわなければならない。この点のAの供述内容は自 然であり,これをもって不自然,不合理というのは,無理である。

(4) 以上述べたように,多数意見がAの供述の信用性を否定する理由として挙 げる第2の5の(1),(2)及び(3)は,いずれも理由としては極めて薄弱であり,こ のような薄弱な理由を3点合わせたからといって,その薄弱性が是正されるという ものではなく,多数意見が指摘するような理由のみではAの供述の信用性を否定す ることはできないというべきである。

3 次に,被告人の供述については,その信用性に疑いを容れる次のような事実 がある。

(1) 被告人は,検察官の取調べに対し,下北沢駅では電車に戻ろうとしたこと はないと供述しておきながら,同じ日の取調べ中に,急に思い出したなどと言っ て,電車に戻ろうとしたことを認めるに至っている。これは,下北沢駅ではプラッ トホームの状況についてビデオ録画がされていることから,被告人が自己の供述に 反する客観的証拠の存在を察知して供述を変遷させたものと考えられるのであり, こうした供述状況は,確たる証拠がない限り被告人は不利益な事実を認めないこと をうかがわせるのである。

(2) 次に,被告人は,電車内の自分の近くにいた人については,よく記憶し, 具体的に供述しているのであるが,被害者Aのことについては,ほとんど記憶がな いと供述しているのであって,被告人の供述には不自然さが残るといわざるを得な い。

(3) 多数意見は,被告人の供述の信用性について,何ら触れていないが,以上 によれば,被告人の供述の信用性には疑問があるといわざるを得ない。

4 原判決は,以上のような証拠関係を総合的に検討し,Aの供述に信用性があ ると判断したものであり,原判決の認定には,論理則や経験則に反するところはな く,また,これに準ずる程度に不合理といえるところもなく,原判決には事実誤認 はないというべきである。

第3 論理則,経験則等と多数意見の論拠

多数意見は,当審における事実誤認の主張に関する審査について,「原判決の認 定が論理則,経験則等に照らして不合理といえるかどうかの観点から行うべきであ る」としている。この点は,刑訴法の正当な解釈であり,私も賛成である。

しか し,多数意見がAの供述の信用性に疑いを容れる余地があるとして挙げる理由は, 第2の5の(1),(2)及び(3)だけであって,この3点を理由に,Aの供述には信用 性があるとした原判決の判断が,論理則,経験則等に照らして不合理というにはあ まりにも説得力に欠けるといわざるを得ない。

多数意見は,Aの供述の信用性を肯定した原判決に論理則や経験則等に違反する 点があると明確に指摘することなく,ただ単に,「Aが受けたという公訴事実記載 の痴漢被害に関する供述の信用性についても疑いをいれる余地があることは否定し 難い」と述べるにとどまっており,当審における事実誤認の主張に関する審査の在 り方について,多数意見が示した立場に照らして,不十分といわざるを得ない。

裁判官田原睦夫の反対意見は,次のとおりである。

私は,多数意見と異なり,上告審たる当審としての事実認定に関する審査のあり 方を踏まえ,また,多数意見が第2,1において指摘するところをも十分考慮した 上で,本件記録を精査しても,原判決に判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認が ある,と認めることはできないのであって,本件上告は棄却すべきものと考える。
以下,敷衍する。

1 当審は,制度上法律審であることを原則とするから,事実認定に関する原判 決の判断の当否に介入するについては自ら限界があり,あくまで事後審としての立 場から原判決の判断の当否を判断すべきものである(最二小判昭和43.10.2 5刑集22巻11号961頁参照)。具体的には,一審判決,原判決及び上告趣意 書を検討した結果,原判決の事実認定に関する論理法則,経験則の適用過程に重大 な疑義があるか否か,あるいは上告趣意書に指摘するところを踏まえて記録を検討 した場合に,原判決の事実認定に重大な疑義が存するか否か,及びそれらの疑義 が,原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるに足りるものであるか否 かを審査すべきこととなる。

2 本件は,被告人が全面否認し,物証も存しないところから,原判決の事実認 定が肯認できるか否かは,被害事実の有無に関するAの供述の信用性及びAの加害 者誤認の可能性の有無により決するほかない。そのうち加害者誤認の可能性の点 は,一審判決が判示する犯人現認に関するAの供述の信用性が認められる限り,否 定されるのであり,また弁護人からも加害者誤認の可能性を窺わせるに足る主張は ない。そうすると本件では,Aの被害事実に関する供述の信用性の有無のみが問題 となることとなる。

3 そこで,上述の視点に立って本件記録を精査しても,Aの供述の信用性を肯 認した原判決には,以下に述べるとおり,その論理法則,経験則の適用過程におい て重大な疑義が存するとは到底認められないのである。

(1) Aは一審において証言しているが,その供述内容は首尾一貫しており,弁 護人の反対尋問にも揺らいでいない。また,その供述内容は,一審において取り調 べられたAの捜査段階における供述調書の内容とも基本的には矛盾していない。

(2) 多数意見は,Aの述べる公訴事実に先立つ向ヶ丘遊園駅から成城学園前駅 に着く直前までの痴漢被害は相当に執ようで強度なものであるにもかかわらず,車 内で積極的な回避行動を執っておらず,成城学園前駅で一旦下車しながら,車両を 替えることなく再び被告人の側に乗車している点も不自然であるなどとしている が,Aは,満員で積極的な回避行動を執ることができず,また痴漢と発言して周囲 から注目されるのが嫌だった旨,及び成城学園前駅で一旦下車した際に被告人を見 失い,再び乗車しようとした際に被告人に気付いたのが発車寸前であったため,後 ろから押し込まれ,別の扉に移動することなくそのまま乗車した旨公判廷において 供述しているのであって,その供述の信用性について,「いささか不自然な点があ るといえるものの・・・不合理とまではいえない」とした原判決の認定に,著しい 論理法則違背や経験則違背を見出すことはできないのである。

(3) また,多数意見は,本件公訴事実の直前の成城学園前駅までの痴漢被害に 関するAの供述の信用性に疑問が存することをもって,本件公訴事実に関するAの 供述の信用性には疑いをいれる余地があるとするが,上記のとおり成城学園前駅ま での痴漢被害に関するAの供述の信用性を肯定した原判決の認定が不合理であると はいえず,他に本件公訴事実に関するAの供述の信用性を肯定した原判決の認定に 論理法則違背や経験則違背が認められず,また,Aの供述内容と矛盾する重大な事 実の存在も認められない以上,当審としては,本件公訴事実にかかるAの供述の信 用性について原判決と異なる認定をすることは許されないものといわざるを得な い。

4 なお,付言するに,本件記録中からは,Aの供述の信用性及び被告人の否認 供述の信用性の検討に関連する以下のような諸問題が窺える。

(1) Aの供述に関連して
Aの痴漢被害の供述が信用できない,ということは,Aが虚偽の被害申告をした ということである。この点に関連して,弁護人は,Aは学校に遅刻しそうになった ことから,かかる申告をした旨主張していたが,かかる主張に合理性が存しないこ とは明らかである。女性が電車内での虚偽の痴漢被害を申告する動機としては,一 般的に,①示談金の喝取目的,②相手方から車内での言動を注意された等のトラブ ルの腹癒せ,③痴漢被害に遭う人物であるとの自己顕示,④加害者を作り出し,そ の困惑を喜ぶ愉快犯等が存し得るところ,Aにそれらの動機の存在を窺わせるよう な証拠は存しない。

また,Aの供述の信用性を検討するに当たっては,Aの過去における痴漢被害の 有無,痴漢被害に遭ったことがあるとすれば,その際のAの言動及びその後の行 動,Aの友人等が電車内で痴漢被害に遭ったことの有無及びその被害に遭った者の 対応等についてのAの認識状況等が問題となり得るところ,それらの諸点に関する 証拠も全く存しない。

(2) 被告人の供述に関連して
本件では,被告人は一貫して否認しているところ,その供述の信用性を検討する に当たっては,被告人の人物像を顕出させると共に,本件当時の被告人が置かれて いた社会的な状況が明らかにされる必要があり,また,被告人の捜査段階における 主張内容,取調べに対する対応状況等が重要な意義を有する。

ところが,被告人の捜査段階における供述調書や一審公判供述では,被告人の人 物像はなかなか浮かび上っておらず,原審において取り調べられた被告人の供述書 及び被告人の妻の供述書等によって,漸く被告人の人物像が浮かび上がるに至って いる。また,その証拠によって,被告人は,平成18年4月に助教授から教授に昇 任したばかりであり,本件公訴事実にかかる日の2日後には,就任後初の教授会が 開かれ,その時に被告人は所信表明を行うことが予定されていたことなど,本件事 件の犯人性と相反すると認められ得る事実も明らかになっている。

また,近年,捜査段階の弁護活動で用いられるようになっている被疑者ノートは 証拠として申請すらされておらず,被告人が逮捕,勾留された段階での被告人の供 述内容,心理状況に関する証拠も僅かしか提出されていない。さらに,記録によれ ば,被告人の警察での取調べ段階でDNA鑑定が問題となっていたことが窺われる ところ,その点は公判では殆ど問題とされていない。

(3) 仮に上記(1),(2)の点に関連する証拠が提出されていれば,一審判決及び 原判決は,より説得性のある事実認定をなし得たものと推認されるが,以上のよう な諸問題が存するとしても,当審として原判決を破棄することが許されないことは いうまでもない。

この反対意見にある通り、狭く解釈すると上訴審では事実認定をしていけない、という解釈も成り立つわけで、御殿場事件では「日にちがずれていても犯罪があった。被告が犯人」が事実認定であるから、上訴審は判断をしなかった、という事になりそうです。

これでは、近い将来「日本の裁判所は信用できない」という評判が立ちかねないわけで、その危機感が痴漢えん罪事件の疑いがあるとして、最高裁判所が自判した。 それ自体が異例のことなので、三対二の多数決になった。ということでしょう。

4月 16, 2009 at 12:17 午後 事件と裁判 |

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先日、防衛医大の先生の痴漢疑惑事件が最高裁で逆転無罪となりました。聞くと4年くら 続きを読む

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昨日、総選挙の知らせが届いたのですが、よく読むと最高裁判所裁判官国民審査のお知ら 続きを読む

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コメント

反対派の方々は慣習を気にしているんですかね?
女学生Aが1回電車を降りた後、
また同じ電車に乗るのは理解しかねるんですが。
30秒もすれば次が来るんだし。

日本唯一の最高裁判所なんですから、
法律審とか言わずに、下が迷った時は道を示した方がいいと思います。

投稿: なる | 2009/04/16 22:43:34

>高裁も地裁もどうも、事実調べをしないで弁護側の控訴と上告を棄却したようです。

「地裁」は「最高裁」のtypoですね?

投稿: エディ | 2009/04/17 21:45:00

先程テレ朝のドキュメンタリーを見ましたが、驚愕させられました。な、なんと、警察は知っていましたが、裁判所もこんないい加減な審理をしていたのですね。
数々の矛盾には何の説明もなく、(雨がその場所だけ降っていない方が不自然)(問題の日にちを女子高生が間違って被害届出すこと自体が不自然)(出会い系の男に相談することも不自然…まず友人や家族ではないですか)(最高裁が請求棄却することも不自然)(裁判所が少女の供述矛盾点を無視すること不自然)、警察と裁判所が同じ方向を向いて協力しているように感じられたことがおそ恐ろしかったです。

被害者の親は、もしかして相当な有力者か、警察か裁判所の関係者なのですかね。

こんな警察と裁判所のつるんだ感じの不自然な事件がまだあるんだと戦慄を覚えました。警察と裁判所のグルになっているとしか見えない所が怖い過ぎます。

投稿: 知らなかった人 | 2009/06/01 20:27:08

TVで見て、なんだこれは?
またマスコミの少年過保護主義かよっ、と思って調べてみたら・・びっくり。

裁判の体をなしてないですね。
犯行日・罪状を変えた時点で「ふざけんなバカヤロウ!」と裁判長が怒るべき。

当の少年達も素行は悪かったようですし、あまり同情はしてないのですが、
こんな惰性・馴れ合いの裁判に、普通の市民が巻き込まれることを考えると怖すぎです。

投稿: びっくりした人 | 2009/06/01 20:50:26

こいつ、後からつき合ったんだけどさ、酔ったときに僕がうっかりこの話題だしちゃったとき、言ってたぜ。

『検察なんて、「オンナ」を出せば簡単よ』
って。

この女のバックに「その筋の人」が居るから、今だから言える話。

投稿: 女の知人 | 2009/06/12 0:11:27

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