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2008.08.30

電動カブは期待できるか?

サンケイ新聞より「電動カブ発進 ホンダが開発へ

ホンダは29日、国内を代表する二輪車「スーパーカブ」の電気自動車(EV)版の開発に乗り出すことを明らかにした。

ガソリン価格の高騰や環境問題への対応策として、日本郵政グループが“電気カブ”導入の意向を示しており、一定の需要が見込めると判断した。

ホンダは「環境対応型バイク」の象徴として開発を進め、5年内の商品化を目指す。

開発に着手する電気カブは、四輪の電気自動車と同様に電池とモーターで駆動する。

電池は大容量で小型・軽量化しやすいリチウムイオン電池を採用する方向だ。
家庭で充電できる長所は残しながら、新型電池の採用で走行距離を大幅に伸ばす。
ホンダでは「過去のノウハウがある」(幹部)と実用化に自信をみている。

ホンダは平成6年に独自開発の電気スクーターを発売した実績がある。ただ、官公庁や自治体などへの販売が中心で、販売台数も200台にとどまり、現在は販売していない。

一方、日本郵政グループは集配用車両として現在8万9000台超の二輪車を保有しているが、次世代車両となる電気カブの開発についてホンダに打診しているもよう。
同グループの郵便事業会社は四輪車について今年度から全保有車両(約2万1000台)をEVに切り替える方針で、二輪車も順次EVに切り替える意向とみられる。

スーパーカブは昭和33年の発売以来、燃費の良さや耐久性が評価されて国内外で普及した。
現在、アジアや中南米を中心に世界15カ国で生産、160カ国以上で販売され、世界販売台数は累計6000万台を突破している。

スーパーカブとマブチモーターは日本でなくては生まれなかった商品だと思います。

両方ともアイデアとしては昔からあるジャンルで、いわば本格的な機械装置とオモチャの中間に位置づけられます。
子細に見ると、両方とも本格的な機械装置が大型化することで無視できた部分を「小型化に必要なことは何か?」といった観点から、当時としては非常に高級・高精度な技術を投入し、量産することで価格を引き下げて大量に販売しました。

電動カブは当然商品化のターゲットになっていると思っていたのですが、「5年以内に商品化を目指す」というのは意外なほどのスローペースと感じますが、価格の問題が大きいのかな?

たまたま昨日、電動(アシスト)自転車を調べていたら、リチウムイオン電池の採用で以前に比べると平均価格が上昇しているのですね。
高級なものだと、12万円ぐらい。「自転車を12万円で売ってしまう商品企画が成り立つとはすごい」と変な感心をしました。

電動カブというか電動原チャリの共通規格を定めれば、有料二輪駐車場で充電サービスといった事も実用になりそうですね。

8月 30, 2008 at 09:16 午前 もの作り | | コメント (1) | トラックバック (0)

2008.08.28

裁判員制度・横浜地裁

毎日新聞神奈川版より「横浜地裁が候補者割り当て、来年分1万8176人 /神奈川

来年5月に始まる裁判員制度に向け、横浜地裁は26日、来年分の県内の裁判員候補者を1万8176人と決め、各自治体の選挙管理委員会に割当人数の通知書を発送した。

横浜地裁管内では有権者約390人に1人、小田原支部管内では約452人に1人が候補者に選ばれる。

裁判員制度対象の殺人など重大刑事事件の発生件数は県内で過去5年平均211件で、1事件当たりの候補者を約100人と想定。制度スタートの年であることから、やや多めに候補者数を決めた。

自治体ごとの割り当ては、横浜、川崎の両政令指定都市は区単位で、その他は31市町村ごとに、有権者数に応じて決めた。
割当人数が最も多かったのは横浜地裁管内の相模原市で1443人。最少は小田原支部管内の清川村で7人だった。

各市区町村選管は有権者名簿から候補者を無作為抽出。裁判所は10月15日までに抽出結果をまとめて候補者名簿を作成。名簿に載った人には辞退希望などの調査票を12月初旬までに送る。

この名簿の中から、事件ごとに候補者を選んで裁判所に呼び出し、補充を含め最大8人の裁判員が選ばれる。
県内では、横浜地裁と地裁小田原支部で裁判員制度が実施される。来年5~12月に実際に裁判員に選ばれるのは、有権者7000人に1人ぐらいの確率になりそうだ。【池田知広】

結構複雑な手順になりますね。

8月26日地裁が割り当て人数を選挙管理委員会に通知
10月15日選挙管理委員会は、総数1万8176人を抽出し候補者名簿を作成
12月初旬選挙管理委員会は、候補者本人に調査票を発送
5月21日裁判員裁判制度開始

現実に個人のところに連絡が来るのは、11月末ぐらいになりますね。

わたしの地区の駅(たまプラーザ)の利用者の人口は約2万人ぐらいですから、50人ぐらいが候補者になります。
地図と照らし合わせてみると、いわゆる隣近所の範囲で1名が候補になるといった計算になりますね。

8月 28, 2008 at 08:46 午前 裁判員裁判 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.08.27

紀元会裁判

信濃毎日新聞より「紀元会集団暴行事件、元責任役員の初公判

小諸市の宗教法人「紀元会」施設内で昨年9月に起きた集団暴行事件で、死亡した会員ですし店経営者の女性(63)に対する傷害致死などの罪に問われた元同会責任役員の女性(50)の初公判は26日、長野地裁(土屋靖之裁判長)で開いた。

傷害致死について被告はほかの会員と暴行を加えたことは認めた上で「私は死に至るほどの暴行は加えていません」と述べ、暴行の程度については争う姿勢を示した。

犯行を被害者の家族内のけんかに見せ掛けるよう指示したとされる犯人隠避教唆の罪については「指示はしていない」と無罪を主張。被害者の次女(27)に加えたとされる傷害罪については起訴事実を認めた。

検察側は冒頭陳述で、事件を「カルト教団内における集団リンチ」とし、被告が実権を握る過程で会が「カルト化」したと指摘。
会員に指示して被害者の次女に暴行を加えた後、被害者を呼び出して1時間にわたって暴行を続け、死亡させたとした。

一方で弁護側は、事件は被害者の次女が被告の長女にお守りとしてコンドームを渡そうとしたことに被告や会員が激怒したことが原因-と主張。
「集団で暴行を加えることで互いの自制心がなくなり、結果的に死に至らしめるような暴行となった」とし、宗教上の教義や被告の会内部での支配権の確立などは事件とは無関係と強調した。

土屋裁判長は、被告が暴行を主導したかどうか、犯人隠避を指示したかどうかを争点とすることを決めた。

被告はスエットの上下に緑のジャージー姿で入廷。裁判官らの問い掛けにはっきりとした口調で答えた。

地裁には朝から約80人が傍聴券を求めて列をつくり、傍聴席には会員の姿もあった。

この報道だと「被害者の次女が被告の長女にお守りとしてコンドームを渡そうとしたことに被告や会員が激怒したことが原因」とサラッと書かれていて、ここだけ読むと「なぜ、それで会員が激怒するのか?」となってしまいます。

この「被告の長女」とは「次期総裁」とされていた少女15歳とされています。
紀元会の創始者は亡くなっていて、「いわゆる教主」が不在であるようです。そのために幹部レベルでの勢力争いがあったのだろうとは、推測できるところです。

検察が「カルト」と出してきたのは、こういった組織内の勢力争いに至るまでの経過を、カルト化として説明するためなのでしょうが、この裁判で集団リンチを指示したとするのは刑法上はどうなのでしょうか?
傷害致死などでは本質的には個人の犯意の問題になるでしょうから、現行の法制度ではなかなか扱い難い事件なのでしょう。

8月 27, 2008 at 10:45 午前 事件と裁判 | | コメント (0) | トラックバック (0)

試乗車での事故でディーラー社員を送検

サンケイ新聞より「異例! ベンツ試乗事故で助手席の販売ディーラーを書類送検

試乗させる際に適切な指導を怠った結果、暴走したベンツで男性をはね、重体にさせたとして、警視庁東京湾岸署は26日、助手席に乗っていた販売店の男性(38)を業務上過失傷害の疑いで書類送検した。

運転していた男性会社員(23)は自動車運転過失傷害の罪で起訴されているが、助手席のディーラーの責任が問われるのは極めて異例だ。

書類送検されたのは、東京都品川区のメルセデスベンツの正規販売店の男性。

調べによると、男性は6月15日、男性会社員にベンツを試乗させた際、「アクセルを踏むとすぐにスピードが出るので気をつけてください」などの適切な助言をしなかった疑い。

男性会社員は同日午後1時40分ごろ、品川区八潮の路上で制限速度50キロの道路を約150キロで暴走し、前方の車を追い越した後、横断しようと自転車で歩道から出てきた練馬区光が丘の男子大学生(20)をはねたとして起訴された。大学生は重体となった。

ベンツは排気量が大きく、スピードが出やすい車種だった。同署は試乗の際に適切な走行方法を指導すべきだったとして、販売店の関係者から事情を聴いていた。

この記事には続きがあります。「安全軽視「販売至上主義」に警鐘 ベンツ試乗事故

試乗中の車が起こした事故で警察がディーラーの責任を問うた今回の事故は、「売るためなら」と公道で150キロものスピードを容認したディーラー側の「販売至上主義」に警鐘を鳴らしたといえる。

東京都文京区のある自動車販売店は「免許の有無は確認するが、基本的には希望者には試乗してもらう方針」と話す。初心者や高齢ドライバーの場合は個別に判断するが、「試乗場所は販売店の周囲の決められたコースで、発進時のハンドル操作性など、運転しやすさを見てもらうのが目的」(同)のため、実際に断ることはまれだ。

今回のケースでは、試乗車が排気量6000cc以上という車種だったことが災いした。「こうした車では新車を買いたいという目的以上に、排気量の大きいエンジンを体感したいという欲求が試乗の目的になりかねない」(捜査幹部)。アクセルを踏めばすぐにスピードが出る。スピードを出すよう指示してはいないにせよ、ディーラー側は考えられる“暴走の危険”に対して、あまりに無自覚であったといえる。

日本自動車ジャーナリスト協会の日下部保雄会長は「車はお金があれば自由に買えるだけに、ドライバーには高い倫理観と自制心が必要だ。こうした事故を放置すると、車そのものが社会悪になりかねない。車の性能をきちんと知っているのは販売店なのだから、売ろうとして客に弱い立場にいるのではなく、強く指導してほしい」と話す。

最先端技術を取り入れた時価1000万円以上というベンツは、多くの自動車愛好家のあこがれであるはずだ。だからこそ、それを売る側には、「安全運転をする者にしか売らない」という高い倫理観が求められている。(道丸摩耶)

道丸記者(この方とはリアルでお会いしていますが)の、売る側には、「安全運転をする者にしか売らない」という高い倫理観が求められている。(道丸摩耶)という踏み込んだ書き方はなかなか良いと思います。

自動車の性能は非常にバラツキが大きくなって、わたしが車に乗り始めた40年ぐらい前に比較してみると、F1ではないのか?というほどの高性能車も市販されています。
その一方で、本当にげたであるかのように、何も考えないでも使える車もあります。

そのようなバラついた性能を体験できるのは自動車ジャーナリストぐらいしかいないわけで、多くの庶民にとっては自分が乗ったことがある車の範囲を超える性能には触れることがほとんどないのです。
その数少ない機会が「ディーラーでの試乗」です。

今回の事件ではディーラーの主張はおそらく、「(事故を起こした)ドライバーの技量や判断力を知る立場にない」だったのでしょうが、ドライバーの主張は「車の性能は体感したことがないから・・・」と客観的なレベルですれ違いがあったのだろうとも思います。

実際にほとんどの国産車のディーラーではいわゆる高性能車の試乗は簡単にはできません。
もちろん、実車が少ないということも大きいとは思いますが、結果として試乗するドライバーの手に余るような車を試乗させてはいない。
これを「わが社の試乗車は高性能車です。誰でも歓迎」といった売り出し方をしたのだとすると「売り手の倫理の問題」となってくるでしょう。

8月 27, 2008 at 10:16 午前 事故と社会 | | コメント (0) | トラックバック (0)

派遣労働と厚労省

朝日新聞より「派遣の「常用型」化を努力義務化へ 厚労省方針

厚生労働省は26日、登録型派遣で1年以上働く労働者について、雇用期間の定めのない「常用型派遣」や正社員などに転換させることを、派遣元企業に努力義務として課す方針を固めた。秋の臨時国会に提出予定の労働者派遣法改正案に盛り込む方向で、28日開かれる審議会の部会で提示する。

厚労省は今回の法改正で、不安定雇用として批判の多い登録型派遣から、比較的雇用が安定している常用型派遣への移行を促す方向だ。ただ、罰則のない努力義務にとどまることから、労働者側からの反発も予想される。

26日明らかになった骨子案によると、派遣元は登録型派遣で働く人について、

  1. 常用型へ転換するか直接雇用する
  2. 常用型への転換を促すための教育訓練などを行う
  3. 派遣先に直接雇用される前提で一定期間働く「紹介予定派遣」に切り替える

のいずれかを実施することが求められる。

派遣労働には、派遣元が労働者と長期に雇用契約を結び、派遣先が見つからないときも給与を支払う「常用型」と、派遣元が仕事があるときだけ雇用契約を結んで派遣先に送る「登録型」がある。

登録型は3カ月程度の細切れ契約が多く、いつ契約を打ち切られるか分からない不安定雇用だとして、社民党や共産党、連合などが専門的な業務に限定すべきだと求めている。
厚労省の統計では、派遣労働者の7割の約230万人(06年度)が登録型だ。

一方の常用型は、雇用の安定度は比較的高いが、全体の6割弱が数カ月から3年の有期雇用というのが実態(04年)。このため厚労省は、特に「期間を定めない」常用型への移行を促すことで、雇用の安定を図りたい考えだ。(生田大介)

厚労省が意図的に示しているのだろうと思うのだけど、朝日新聞も署名記事でありながら問題が雇用の不安定にあると読める見解で良いのか?と思う。

派遣労働 → 不安定な雇用 → ・・・・・・ → 低賃金 → マイナス成長

これでは「風が吹けばおけ屋がもうかる」のような論理展開ではないのか?
問題が何で、問題を解決するために派遣労働をどうするべきか?という話になっているとは思えない。

実際に「派遣労働を禁止したらどうなるのか?」に対する答えとして、「長期間同じ職場に縛り付けられるのはイヤだという人がいる」、といった問答が必ず出てくる。

社会にとっての問題が、マイナス成長などだとするのであれば「低賃金労働」こそが問題だろう。
ところが日本経団連などは「低賃金であることが重要」と言っている。

(将来の)社会不安 ← マイナス成長 ← 低賃金 ← 派遣労働
であるのだとすれば、対策は簡単だ。

派遣労働=高賃金

にしてしまえばよい。正社員よりも短期雇用の派遣労働者の方が賃金コストが高いとなれば、企業は自然に正社員を増やして派遣労働を削減するだろう。

社会全体のマイナス成長が問題になっているが、個人で見れば生涯にわたって考えると、社会に出るまでの子どもから学生の期間は、受益者として勉強しているのだから、社会的にはマイナス成長でしょう。
それが社会に出ると一転して社会をプラス成長させる労働者になります。
その後、介護でも受けるような立場から亡くなるまでは、これは社会の世話になる、社会的にマイナス成長要素です。
では、ニート問題などはどう考えるのか?言うまでもなく親の世代の資産を食いつぶしているわけで、社会的にはプラス成長を促進しているとは言いがたい。

このニート状態を企業のあり方に置き換えると、派遣社員だから労賃が下がる、という経営論理の企業ではないのか?と以前から思っています。

労働コストを下げるとは、労賃と労働の質を比較して「労賃は大いに低いが、労働の質はさほど下がらない」といったところに価値があるのでしょう。

要するに「適当な質の労働をより安く買う」ということにほかならない。
では、その「適当な質の労働」を誰が作ったか?

その企業以外が作った「労働の質」だから、企業自身のコストにはならないわけです。
これはまるで親の資産を食いつぶしているニートではないのか?

大企業から青年までニート化しているのが日本の現代ということなのでしょうか?
厚労省の方針は政策ですらないですね。

8月 27, 2008 at 09:42 午前 国内の政治・行政・司法 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2008.08.26

裁判員候補者決定

読売新聞より「裁判員候補352人に1人、地域差最大3・6倍…読売試算

来年5月に始まる裁判員制度で、全国の地裁が作成する来年の裁判員候補者名簿に登録される人の数が計約29万5000人に決まったことが、読売新聞の取材でわかった。

昨年の有権者数を基に試算すると、名簿に載る確率は全国では352人に1人。候補者は今年末までに郵送で通知を受け、この名簿から事件ごとに6人の裁判員が選ばれる。全地裁が1事件当たり100人の候補者を登録する計算をしており、仕事や家事を理由とした辞退者が出る事態に備えた形だ。

裁判員候補者名簿は、裁判員裁判を実施する全国60か所の地裁(八王子、堺など10支部を含む)が作成する。各地裁は候補者の抽選を行う管内の区市町村に対し、必要な候補者数を確定し、来月1日までに伝える。

読売新聞が各地裁に取材して集計したところ、全国では有権者約1億385万人(昨年)に対して、候補者29万4960人が名簿に掲載されることが決定した。ただ、4地裁は「今後、数が若干変わる可能性もある」としている。

いずれの地裁も、管内で発生する裁判員制度の対象事件数を推計したうえで、1事件当たり100人が必要として1年分の候補者数を計算した。

事件数については、過去3~5年間の平均値で推計した地裁が多いが、「事件の多発に備えて平均の24件よりも多い27件と見積もった」(山形)という地裁もあった。

来年は5月21日からの制度実施になるため、通常の年に比べ6割程度の候補者で足りる可能性が高いが、ほとんどの地裁は通常の8割と見込んで最終的な候補者数を算出した。「どの程度の人が裁判所に来てくれるか予想しづらい」(東京)、「年の途中で人数が足りなくなって新たに名簿を作成する事態は避けたい」(奈良)といった懸念から、多めに設定された。

名簿登録の確率は、

  • 千葉(220人に1人)
  • 大阪(245人に1人)

などが高かったのに対し、

  • 秋田(790人に1人)
  • 福井(685人に1人)

などが低く、最大で3・6倍の開きが生じた。地域によって、事件発生数が異なることが主な原因だ。

今後、各区市町村の選挙管理委員会が、指定された人数の候補者を選挙人名簿から抽選し、これを基に各地裁が候補者名簿を作成。
11~12月に、候補者本人に郵送で通知される。制度がスタートする来年5月21日以降、事件ごとに名簿の中から50~100人程度が裁判所に呼び出される。

裁判員制度は現時点では批判が強くなってきていて「共産、社民両党が裁判員制度延期を求める」といった報道もありますが、2004年5月21日に法律が全会一致で成立しています。

突如として裁判員制度が確定したといった印象があって結構ビックリしたものです。
わたし自身は裁判への市民参加は以前から賛成していましたから、当初は大賛成であったのですが、時間が経つにつれて裁判員制度ではなくて、陪審員制度にするべきだったと感じています。

しかし、だからと言って裁判を専門家に任せる方が良いという意見には反対です。

元検事である弁護士のブログなどで教えられたのは、刑法(裁判員裁判が対象とする裁判は、人が死ぬような事件に限定ですから刑事裁判だけです)の根本的な構成が良く言えば日本人的感覚に合ってはいるものの、いささか以上に情状が問題になる、ところでしょう。

もちろん、証拠が無い場合には推定無罪の原則で臨むのは諸外国と変わらないのですが、罪の重さが「犯意」によって変わってしまうのです。
このために、被告(犯人)の供述の評価が重要になるわけで、専門家が判断している現在の裁判制度では供述をどう評価するのかについて、専門家同士だからバラツキがない、ということのようです。

このような理屈の法律では素人の裁判員が決める量刑がバラつくといった事になると指摘されています。
一方で、専門家が作った「相場」自体に社会が不満なのだからバラついて当然だ、という考え方もあります。

このような問題について、事前に合理的な対応策を講じるとすると、これは刑法の全面改定しかない、となります。
どのように変化していくのか、非常に注目するべき裁判員裁判制度がいよいよ動き出しました。

8月 26, 2008 at 10:12 午前 裁判員裁判 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.08.25

斎場で間違えが分かった

FNNニュースネットワークより「福岡・太宰府市九州自動車道男女6人死傷事故 女性2人の「死亡」と「重体」を取り違え

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3日、福岡・太宰府市の九州自動車道で男女6人が死傷した事故で、警察は、女性2人について、「死亡」と「重体」を取り違えていたと発表した。

この事故は23日、福岡・太宰府市の九州自動車道で、普通乗用車が中央分離帯に衝突し、男女6人が死傷したもの。

警察は24日、死亡したのが当初「重体」としていた福岡市の飲食店従業員(27)で、福岡市の専門学校生(24)は「死亡」ではなく「重体」と訂正した。

警察は、2人の親族から「間違いない」と身元を確認していたが、斎場に訪れた専門学校生の友人が「遺体は別人」と指摘し、取り違えがわかったという。

本当なのか?と驚きました。

  1. 警察は、2人の親族から「間違いない」と身元を確認
  2. 斎場に訪れた専門学校生の友人が「遺体は別人」と指摘

法医学で鑑定すれば、容易に防げる事だろうと思うのですが・・・・。

8月 25, 2008 at 10:34 午前 事故と社会 | | コメント (2) | トラックバック (0)

大分県教員採用試験問題

朝日新聞より「大分県教委、新たに不正確認 処分人数2ケタも

大分県教育委員会の汚職事件を受け、教員採用や昇任人事をめぐる不正の実態調査を進めている県教委の教育行政改革プロジェクトチーム(PT)は24日、職員の不正への関与を新たに確認したことを教育委員に報告し、職員本人や上司らの処分方針に関する複数の案を示した。

最も厳しい案の場合、処分される人数は2ケタに上るという。処分は月内にも行われる見通しだ。

この日、県庁であった教育委員の協議会で報告された。
協議会は非公開。関係者の話を総合すると、処分される人数は最も厳しい案の場合、事件で起訴され懲戒免職になった義務教育課参事2人と校長、教頭の4人を含めて2ケタになるという。

主に減給や戒告などの懲戒処分が検討されている。
職員が関与したとされる不正の具体的内容については、詳細は明らかにされなかったという。

この日の協議会では、事件の再発防止のための組織改革の一環として、来年度から教員出身の人事担当者を減らす方針も決まった。
麻生益直・教育委員長は取材に対し、代わりに教員以外の県教委職員や知事部局出身者を増やす考えを示した。

大分県教委では今年度、義務教育課人事・免許班に8人、高校教育課人事班に5人が配置されており、多くが教員出身という。
元参事も教員出身で、人事・免許班を総括していた。

これは不正人事に絡む汚職事件などの処分案なのでしょうね。
ということは、誰が考えても不正人事そのものには手が着いていない、と見るだろうし実際の教員が疑惑の目で見られることになるでしょう。

教員採用については、あっちこっちで「コネが絶対に必要」などと以前から言われていました。
大分県では、試験成績の改竄をしているのだからこの部分は人事の信用性を著しく失墜させた、という点で問題です。

この種の大規模な問題になりますと、何が起きたのかを細かく解明することが出来ないのですが、そうすると「先生は信用できるのか?」と疑念が発生するといった展開になるでしょう。

では、刑事事件で強制捜査をすれば問題は解消するのか?というと直感的には「刑事捜査による社会に対する効果は限定的だ」と思うのです。

誰か特定の人物が、引き起こした事件ではなく代々引き継がれてきたのでしょうから、現時点で「犯罪者」となった人たちは「なんでオレだけ」と思うでしょうし、そもそも社会正義の観点からは「以前からこんな事になっていた」と主張することは大いにあり得るでしょう。

よく似た構造の事件について、非常にうまく説明している記事がありました。
NIKKEINET BIZ+PLUS より「そして誰もいなくなった――長銀裁判とは何だったのか

タイトルから分かる通り、長銀裁判の無罪判決について背景などを説明しています。
4ページにわたる長文ですが、見出しを並べてみます。

  • 「法律」と「法律の精神」のはざま
  • 裁判官の補足意見に込められた長銀破綻の本質
  • スケープゴートにされた“バブルの象徴”
  • 大手を振って歩く「同じ穴のむじな」だった面々
  • 権力者たちの責任回避の果て
  • 刑事事件化によるカタルシスの危うさ
  • 皮相な善悪二元論を超えて

筆者の箭内 昇氏は

1947年生まれ。
70年東京大学法学部卒、日本長期信用銀行入行。法律室配属を皮切りに、広島支店、企画部、人事部、公共金融部、ニューヨーク支店副支店長、企画部企画室長などを経て、97年に取締役営業2部長。
同新宿支店長を経て98年4月に執行役員新宿支店長となるが、同年7月に当時の経営陣を批判して辞職。

現在はアローコンサルティング事務所代表として経営コンサルティングを手がける。
りそなHD社外取締役。

ですから、いわば当事者なのですね。
長銀事件が、被告だけの責任ではないと誰もが考えることですが、では銀行を潰すような事件に誰も責任が無いのでしょうか?というとそれはあり得ません。この点については

今回の判決要旨は次のとおりだ。「97年3月の大蔵省通達による経理基準はまだガイドライン的なものだったので、長銀が関連ノンバンク向け貸し出しについて、旧基準を使って不良債権処理の先送りをしたとしても、違法とはいえない」

結局、最高裁は厳密な規定解釈に論点を絞り込み、いわば法技術的な見地から無罪と判断したのであり、その限りでは全く妥当な結論だ。だが、別の視点から見れば、不良債権処理先送りを容認した旧経理基準そのものの適法性については、判断を回避したともいえる。

この大蔵省通達の根拠法であり、決算の憲法ともいうべき商法は、「貸し倒れの恐れがある債権は引当金を積むべし」と規定している。「保守的で健全な決算をせよ」というのが法の精神だ。

その視点からすれば、「銀行が支援する以上、関連会社向け貸し出しの貸し倒れはあり得ない」という牽強付会(けんきょうふかい)の理論を盛り込んだ旧経理基準自体には、重大な問題があったといわざるを得ない。そして、この甘い経理基準に便乗して大胆に関連会社を不良債権隠ぺいや先送りの道具に使っていった長銀経営者の行為は、法律そのものには違反しなかったとしても、法の精神に違背した「広義の粉飾決算」だったというべきだろう(本コラム第20回参照)。

一方、この甘い経理基準を放置することで結果的に長銀の粉飾決算に加担した大蔵省も、「未必の故意」もしくは「重大な過失」による「共犯者」だったというべきだ。

この点、今回の判決における古田佑紀裁判官の補足意見はきわめて重要だ。

「関連ノンバンクについては、(大蔵省の行政指導による)母体行主義が存在していたため、母体行である銀行は、自行の関連ノンバンクに対して原則積極支援を求められる立場にあったところ、税法基準においては積極支援先に対する貸付金には原則として回収不能と評価することはできないという考え方がとられており、この考え方からは、関連ノンバンクに対する貸付金を回収不能とすることは(本判決の結論どおり)困難であったと思われる」

「(だが一方)業績の深刻な悪化が続いている関連ノンバンクについて、この税法基準の考え方により貸付金を評価すれば、実態とのかい離が大きくなることは明らかであると考えられ、長銀の本決算は、その抱える不良債権の実態と大きくかい離していたものと推認される」

「このような決算処理は、当時において、それが直ちに違法とはいえず、また、バブル期以降のさまざまな問題が集約して現れたものであったとしても、企業の財務状態をできる限り客観的に表すべき企業会計の原則や、企業の財務状態の透明性を確保することを目的とする証券取引法における企業会計の開示制度の観点からみれば、大きな問題があったものであることは明らかと思われる」(カッコ内は筆者、一部要約)

まさに的確な指摘であり、古田裁判官の複雑な思いが伝わってくる。

裁判所の判断を肯定しますと、無罪判決は当然となりますが、実際に何が起きていたのかについては次のように説明しています。

日銀と大蔵省は、80年代に俯瞰(ふかん)的な金融情勢を見誤ってバブルを引き起こし、90年代にはグローバル化に逆行する護送船団方式の不良債権処理で、日本経済を危機に陥れた。政治家は、バブルに便乗して金策に精を出し、96年の住専処理では農協擁護の横車を押して、大蔵省に公的資金アレルギーを植え付け、その結果銀行界への公的資金投入を遅らせた。

政府は長銀が破たんするや、旧経営陣を刑事告発することで、問題や責任を限定、極小化しようとした。
事実、その後大手銀行が野合的にメガバンクを誕生させていく中で、国民はこれでバブル処理は終わったと安堵する。

だが、その直後から大手銀行の不良債権問題が再燃し、わが国経済は重大な難局を迎えた。結局、泥沼化した不良債権問題を決着させたのは、竹中平蔵金融担当大臣という、政治家でも官僚でもバンカーでもない1人のエコノミストだった。

実は、そこに「不良債権とモラルハザードは表裏一体」という、わが国不良債権問題の本質が収斂(しゅうれん)している。政治家も金融当局も銀行トップも、関係者は誰一人自らの非を認めず、自らの手で不良債権問題を処理することもできなかった。

箭内氏は刑事裁判の結果が無罪であっても、モラルハザードになってしまったところはどうなんだ、と続けます。

今日、わが国は不信渦巻く混迷の中にある。その最大の責任は、「ノブレス・オブリージ」の精神を失った既得権者にある。高い地位にある者ほど大きな責任を果たしてこそ、国民は権力者に信頼を寄せる。

だが、今のわが国は権力者が責任回避と開き直りを押し通す情けない国に堕落した。筆者には、旧経営者に全責任を押し付けることで国民の目をそらせようとした長銀裁判こそが、その嚆矢(こうし)だったように思える。

そして、長銀の無罪判決がおりた後の「そして誰もいなくなった」状態こそ、壮大なモラルハザードの象徴に思えてならないのだ。

第3に、近年、長銀事件のように不祥事件を刑事事件化することで、かえって本質的な問題が埋没しているような気がする。

長銀事件以降、不祥事件が起きるとワイドショー的雰囲気の中で、企業トップや役職員を逮捕するケースが目立つ。三菱自動車事件、耐震偽装事件、食品偽装事件、賞味期限改ざん事件、コクド事件、ホリエモン事件、村上事件、NOVA事件、日雇い派遣不正事件などなど。

刑事事件化してしまうと、すべて「善か悪か」というステレオタイプに押し込まれ、こうした実態が埋没してしまう。政治家や官僚たちもこれを奇貨として、「クサいものにふた」をし、個別・特殊問題、民間サイドの問題として抜本処理を先送りしがちだ。これでは、食品偽造事件など同根の不祥事が頻発するのは当然だし、国民の意識を変えることも困難である。

この問題に関しては、メディアの役割がきわめて重要だ。中立的で正確な情報や問題の核心を突く深い分析を国民に提供できるのは、メディア以外にない。今回の長銀判決では、多くのメディアが当時の金融行政の実態をかなり正確に分析し、報道している。

「10年前に同様の報道をしてくれていたなら」というのは筆者の恨み節かもしれないが、メディアは、間違っても視聴率引き上げにこだわるあまり事実を脚色したり、扇情的な報道に走ったりすることのないよう、ひたすら祈るのみだ。

この記事は、2008/08/18の配信であり、大野病院事件の福島地裁判決が出たのが8月20日です。
大野病院事件の無罪判決についても、マスコミ批判はかなり強くあります。
箭内氏が指摘する
今日、わが国は不信渦巻く混迷の中にある。その最大の責任は、「ノブレス・オブリージ」の精神を失った既得権者にある。高い地位にある者ほど大きな責任を果たしてこそ、国民は権力者に信頼を寄せる。
は非常に重大だと思うのですが、現在の福田首相はまるで正反対を向いているのではないのか?と感じてしまうところが、現在の日本の病んでいるところだと言えるでしょう。

8月 25, 2008 at 10:26 午前 事件と裁判, 国内の政治・行政・司法, 教育問題各種, 日記・コラム・つぶやき | | コメント (4) | トラックバック (0)

2008.08.24

21世紀の自動車税の検討?

サンケイ新聞より「排気量からCO2排出量へ 経産省が自動車税制の変更検討

経済産業省が平成21年度の税制改正で、エンジン排気量の大きさを中心に税額を決めている自動車税制を見直し、走行1キロメートル当たりの二酸化炭素(CO2)排出量を基準に税額を決める方式への変更を検討していることが23日、わかった。

同様の仕組みは欧州各国が取り入れ始めており、地球温暖化を防ぐグリーン税制の目玉にしたい考えだ。しかし、これまで優遇されてきた軽自動車の税負担が大幅にアップするため、自動車メーカーなどの反発は避けられず、調整は難航しそうだ。

現行の自動車税は、排気量1リットル以下のリッターカーの自家用乗用車で年額2万9500円、最高の6リットル超で11万1000円など、排気量に応じて税額が定められている。排気量660cc以下の場合は税金が優遇される軽自動車税となるため、年額7200円に抑えられている。

経産省では地球温暖化対策の一環として、こうした自動車税制の見直しに着手する。1リットル当たり2300グラムのCO2が排出されているガソリン消費の削減に向け、CO2排出量そのものを基準にした自動車税制への転換を目指す。すでに同省では自動車メーカーとも協議を始めており、21年度税制改正要望で、CO2排出量を基準とする税制の検討方針を盛り込む。

ただ、CO2排出量を基準とした税制になると、排気量が大きい大型車が不利になるほか、これまで優遇されている軽自動車の税額が重くなる見通し。自動車メーカーの今後の商品ラインアップに大きな影響を与えるほか、軽自動車ユーザーなどからの反発も予想される。

地球温暖化対策を進める欧州では、すでに英国やフランスがCO2を基準にした自動車税制を導入している。来年1月から導入するドイツではCO2排出量を基準として、排出量が少ないほど税金が安くなる仕組み。走行1キロメートル当たりの排出量が100グラム未満の自動車には、自動車税を免除し、燃費のよい中小型車やハイブリッド車への移行を促す計画だ。

日本でも燃費向上を促すため、グリーン税制が導入されており、排気量などをもとにした目標燃費を15%以上上回る自動車には自動車税などの軽減措置を講じている。しかし、経産省ではCO2排出を削減するには自動車税の抜本的な見直しが必要と判断し、今後、関係方面との協議を急ぐ方針だ。

最初は文字通り「CO2排出に比例する税制に改正」と読んでしまいましたが、電池自動車など非内燃機関自動車に対応する税制への変更をしないわけにいかない、ということですね。

自動車では、ガソリンエンジン(オットーサイクル)とディーゼルエンジン(ディーゼルサイクル)がほとんどですが、今までに自動車に使われたエンジンは沢山あって、ロータリーエンジンは上記に種類以外では世界的に普及したエンジンですが、自動車税は日本ではヘンなことになっています。

内燃機関としてはガスタービンエンジンは単体としては大変に効率が良いのですが、自動車向きとはちょっと言いがたいですね。

理屈としては、太陽電池など自然エネルギー利用の自動車というのもあり得るわけで、そういうものにも対応できる税制を考えるのでしょうか?
CO2排出削減を税制で促進すること自体には、反対ではありませんが、それが自動車税に「CO2排出量比例の仕組みを採用」か?と考えますと、ちょっと以上に疑問です。

現在でも、天然ガスエンジンもあるわけで燃料やエンジンの方式によってCO2排出量はかなり変わりますし、電池自動車や内燃機関との組み合わせであるハイブリッドについて合理的な税制が決められるものなのでしょうか?
あまり短期間で変わるような税制ではまずいと思います。

追記

何気なく「自然エネルギー」とか書いてしまったが、自転車はどうするのだろう?
わたしの叔父の山本悌二郎はソーラー電動車いすを作ってます。
もし、電池自動車に自動車税を掛けるのだとすると、電動車いすは性能制限をすることで「自動車ではない」とするのでしょうね。
そうなると「性能とは何か?」になってしまいそうです。

道路整備のコスト負担や、道路の専有面積といった事を考えると、50CCスクーターとリヤカーはどっちが税負担を重くするべきなのか?といった事になりますね。

もし、CO2排出だけについて税負担を変えるというのであれば、これはガソリン税など燃料そのものに課税するべきなのかもしれません。

8月 24, 2008 at 09:58 午前 国内の政治・行政・司法 | | コメント (2) | トラックバック (0)