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2008.03.22

広島県知事の選挙疑惑

中国新聞より「県議名閲覧を許可 藤田知事後援会「対策費」疑惑

藤田雄山広島県知事の後援会政治資金不正事件の裁判記録開示をめぐり、広島地裁は二十一日、知事の元秘書らが「一九九七年の知事選で金を渡した」などと広島地検に供述した県議、県議経験者ら十七人の実名閲覧を県議会に認める決定をした。県議会は二十四日に主要会派の代表者会議を開き対応を協議する。

決定によると、十七人のうち十一人は、実名閲覧を許可しない地検への不服を県議会が申し立てた昨年三月時点の現職で、申し立てに賛成し、閲覧による不利益も甘受する意思を示している▽公的地位にあり、地位にかかわる事柄の調査、批判への受忍範囲は一般人より大きい―と判断した。

残る六人も「(知事選当時は)公職に就き、一定の調査、批判は甘受すべき立場」とし地検による実名閲覧の不許可を取り消した。

地検は、実名閲覧について「氏名が一人歩きする」「仮に公選法違反でも既に時効が成立して捜査はできず、疑いだけで落選などの不利益の恐れがある」と主張した。決定は「県議会には個人情報保護条例などの規律があり、必ずしも氏名が一人歩きするとは言えない」などと退けた。

記者会見した県議会の林正夫議長は「申し立てのほとんどが認められた。(対応は)二十四日に各会派の代表者会議を開き、みなさんのご意見を聞いて決めたい」と説明。藤田知事は「司法の場で判断、決定されたものでありコメントは差し控えたい」との談話を発表した。

地検の信田昌男次席検事は「開示するか、最高裁に特別抗告するかどちらかになる。決定の理由などを詳細に検討し、早急に対応を決めたい」としている。

地検が抗告しなければ、議会は訴訟記録を閲覧する予定。ただ、議会は地裁への不服申し立てで、県議の実名は真否が判断されるまで内部資料にするとしており、公開されるかどうかは不透明な情勢だ。(長田浩昌、門戸隆彦)

実名閲覧を求める広島県議会の不服申し立て

藤田雄山広島県知事後援会の政治資金不正事件で、元秘書が1997年の知事選をめぐり、当時の県議17人の名前と金額を記したメモに基づき、広島地検に「金を渡した」などと供述。地検は2006年9月の裁判記録開示で県議会にこの調書の閲覧を認める一方、県議の実名は伏せるなどしたため、昨年3月12日に申し立てた。

藤田雄山 ( ふじた ゆうざん ) 広島県知事のプロファイルが広島県のHPにあります。

昭和57年9月
(~平成元年6月)
元参議院議長藤田正明秘書
平成元年7月参議院議員(広島選挙区)に当選
平成5年11月広島県知事に当選(当時全国最年少)
平成9年11月広島県知事に再選
平成13年11月広島県知事に再選
平成17年11月広島県知事に再選

問題になっている選挙が、1997年ですから3回前の平成9年の選挙のことです。

確かに検察の主張する「いまさら時効だし」というのはその通りですが、議会「やるものを検察が特別抗告してまで止めるとなるとそれ自体が「どういうことだ?」となりそうです。

この事件については全く知らなかったのですが、以下が事件化した始まりだそうです。

広島地検が2005年11月、藤田雄山知事後援会の元事務局長の自宅を捜索した際、1997年の知事選に関する元秘書の手書きメモを押収。県議15人の名前と金額が記載され、10人は今も現職とされる。地検の調べに元秘書は「メモが残っている以上は話すべきであると思う」と現金提供を供述した。地検は、元事務局長がワープロ打ちした別のメモも押収。元秘書の手書きメモにはない県議3人の名が含まれ、元秘書はこのうちの2人に30万円ずつ渡したと供述している。2人が今も現職かどうかは分かっていない。

その後の動きは、2007年5月29日付けの中国新聞が特集記事を作っています。「<特集>強制捜査から1年半 知事選 疑惑の構図

藤田雄山広島県知事後援会の政治資金不正事件は、知事選をめぐる県議への対策費や自民党県連への上納金などの疑惑を次々に浮かび上がらせた。知事、議会とも疑惑解明を目指してきたが、議会での関係者の証言などは実現せず、真相は今も闇の中で県民の政治不信もぬぐえていない。広島地検の強制捜査から29日で1年半。4回の知事選をめぐる疑惑の構図と、知事、県議会の取り組みを検証する。(荒木紀貴)

▽知事の取り組み 元事務局長ら説得続く

二〇〇五年十一月の事件発覚後、「事実が判明した時点で県民に説明したい」と繰り返してきた藤田知事。当初は、元後援会事務局長と面談を重ねたが、裏金の使途は聞き出せず県民に説明できない状況が続いた。

昨年九月の裁判記録開示で、過去の知事選での買収工作を認めた元秘書の供述調書の存在が明らかになると、知事は元秘書の聴取も模索。だが、説明は拒まれたとし、昨年十二月に参考人として出席した県議会調査会では、事実関係は「分からなかった」と連発した。

知事の調査が進みだしたのは、昨年末に県議会が一回目の辞職勧告を決議してから。元事務局長と元秘書が一転して説明を始めたとして、知事は今年二月、元事務局長が「桧山俊宏元県議会議長から暗に金を要求された」と訴えていることも公表した。

同月の県議会定例会で知事は、元事務局長が調査会への出席を内諾したと明言。元秘書も出席の準備をしていると述べた。だが、答弁の一週間後、元事務局長は出席内諾を撤回した。桧山氏が所属する自民党議員会が知事に「名誉を棄損した場合には直ちに法的手法を取る」と通告したことなどを理由に挙げた。

四月の県議選後、議長に選ばれた林正夫氏は今月二十一日、知事に最大限の努力を要請。知事も記者会見で二人の説得を続ける考えを強調した。六月二十一日開会予定の定例会までに、事態を打開できるか否かを議会側は注目している。

▽議会の取り組み 知事の調査結果待ち

事件は当初、藤田知事の個人後援会が舞台だった。しかし昨年二月、検察側が初公判で「毎回の知事選で各種議員へ対策費と称して現金を支払うなど多額の出費が必要だった」と指摘し、事態は一変。県議会を巻き込む展開となった。

県議会は昨年三月に調査会を設置。全県議から自己申告書の提出を受けたが、全員が金の受け取りを否定した。さらに、(1)有罪判決が確定した元後援会事務局長(2)県議への対策費提供を供述した元秘書(3)自民党県連への上納金疑惑で名前が浮上した元県連会長代行の桧山俊宏元県議会議長― の三人に出席を求めたが、いずれも拒否された。

昨年十二月にまとめた報告書は「対策費や使途不明金は明らかにできなかった」としている。

疑惑解明を果たせないまま迎えた今春の県議選では、事件が争点として浮上。自民党系の現職十人が落選した。最大会派だった自民党議員会は離脱者も相次ぎ、所属議員を改選前の二十八人から十四人に減らした。

改選後の今月十八日、主要会派による代表者会議では、早期解決を目指す方針で一致。林正夫議長は知事に面会して最大限の努力を尽くすように要請した。県議会としての今後の取り組みは「知事の調査結果をみて協議する」としている。

(1)期目 参院議員から転身 対策費2、3億円配る?

一九九三年の知事選は参院議員から転身を図った藤田知事が、現参院議員の亀井郁夫氏(広島)や元県教委教育長ら四人と争う激戦だった。開示された元秘書の供述調書によると、知事陣営は票の取りまとめや不評を抑える目的で、国、地方の政治家らに計二、三億円の対策費を配ったという。

「金の出所は藤田家から出たと言うくらいにしてほしい」「使った先は国、地方のバッジ族、関係諸団体」―。元秘書の供述調書は知事選の「舞台裏」を記す。一方で「それぞれの政治生命など重要な問題を多数はらむ」とも述べ、金を渡した相手に関する具体的な供述は拒んでいる。

元秘書は昨年十月、県議会調査会に提出した文書で「法に抵触したことは間違いありません」と回答。参考人招致はずっと拒否している。

(2)期目 事実上の「無風」 メモには17県議の名前 自民県連に上納金渡す?

一九九七年の知事選は共産党系候補との一騎打ちで、藤田知事が大差で再選された。事実上の「無風」だが、元秘書の供述は、「円満に選挙を終えるため」の対策費が三、四千万円に上り、自民党県連には上納金を渡したとする。

裏金の物証がほとんどない中、対策費を渡したという県議十七人の名前と金額を記したメモが元事務局長の自宅から押収された。元秘書は供述調書で「メモが残っている以上話すべきである」とし「折に触れて現金で渡したように記憶している」と述べた。

十七人には、今年四月の改選前まで現職だった十人も含まれていた。ただ、地検は県議の実名を伏せて開示したため、県議会は三月に広島地裁に不服を申し立てた。地裁の判断は、まだ下っていない。現金の受け取りは全県議が否定している。

自民党県連への上納金疑惑は、元秘書が「元事務局長から聞いた話」として三千万円を渡したと供述。だが、県連側は全面否定し、藤田知事も四月の記者会見で「元秘書、元事務局長とも『三千万円を持って行ったという覚えはない』と断言した」と述べ、供述調書と大きくくい違う。

(3)期目 共産候補下す 県連幹部が増額を要求?

共産党候補を大差で下した二〇〇一年の知事選でも、自民党県連への上納金疑惑がくすぶる。

元秘書の供述調書は「元後援会事務局長から聞いた話」として「県連に千五百万円を渡した」と記述する。さらに「信頼できる人から聞いた話」として、県連会長代行だった元県議会議長の桧山俊宏氏が第三者を介して三千万円の増額を求めてきたとしている。

藤田知事は今年二月に元事務局長の聴取結果を公表。桧山氏から知事選前に「参院選が三千万円だから知事選は五千万円かのお」と言われた―との説明を受けたと明かした。実際の金の授受は答えなかったという。

一方、桧山氏は関与を全面否定。県連の中川秀直前会長も今月の県連大会で、上納金疑惑について「調査の結果、事実を裏付けるものは見当たらなかった」と述べた。

(4)期目 初の政治資金パーティー 裏金の使途なお闇の中

知事選を二年後に控えた二〇〇三年十二月、知事後援会は四選に向けた活動資金を集めるため、初めての政治資金パーティーを開いた。八千六百万円を集めたが、県選管には収入が五千万円だったと報告。差額の三千六百万円を裏金にしていた事実が明るみに出た。

裏金の使途について、元事務局長は供述調書で「表に出せない活動費に使った」と説明しただけで、黙秘を続けた。県議会調査会の参考人招致も拒否し、裏金が流れた先は謎のままだ。

県議の一部は今年一月、元事務局長が裏金を私的流用したとして業務上横領容疑で地検に告発。元事務局長は調査会に提出した文書で「いわれない告発だ」と反論した。

●クリック 藤田雄山知事後援会の政治資金不正事件

4期目の任期に入った2005年11月29日、広島地検が強制捜査に着手。03年の政治資金パーティーで8600万円を集めながら、県選管には収入を5000万円と過少報告したなどとして、当時の後援会事務局長が政治資金規正法違反罪で起訴され、禁固1年6月、執行猶予3年の有罪判決が確定した。初公判で検察側は、毎回の知事選で県内の各種議員に対策費と称して現金を渡していたと指摘。裁判終了後、知事や県議会が裁判記録の閲覧を請求し、地検が約1000ページ分の記録を開示。対策費は1993年の1期目の知事選で2、3億円▽2期目が3、4000万円▽2、3期目には自民党広島県連に上納金が渡った―とする元秘書の供述調書が明るみに出た。

最終的に確認されていないとは言えここまで大きな話になっているとは驚きです。
2005年11月に広島地検が事務局長の自宅を捜索したというのは前回の知事選挙に絡んでの捜査ですね。
そして次の選挙は2009年11月に予定されていますから、現時点でほぼ1年半前だとなります。

こうしてみると、すでに次の選挙への影響を考えるべき時期になっているわけで、今後どういう展開になるのか興味深いです。

3月 22, 2008 at 09:27 午前 国内の政治・行政・司法 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.03.21

座間市長7戦不出馬に

神奈川新聞より「米軍再編で座間市、早期決着へ/星野市長は7選不出馬固める

任期満了に伴う九月の座間市長選で、県内首長最多の六期目を務める星野勝司市長(65)が出馬しない方針を固めたことが二十日、分かった。健康上の不安などが理由とみられる。市長は懸案の米軍再編について、これまで堅持してきた反対姿勢から柔軟路線に転じ、残り約半年となった任期中に「決着をつけたい」として、国側による基地恒久化解消策の提示を待って最終調整に入る。

市長の出馬をめぐっては、座間市に隣接する大和、厚木両市長がいずれも四選を目指したものの落選したことから、後援会幹部の多くが七選を不安視したことも背景にあるとみられる。

同市長は、市議会三月定例会最終日の二十一日、進退を正式に表明する。今後は星野市長による後継指名の有無や、各会派による独自候補の擁立の動きに焦点が移りそうだ。

一方、米軍再編で市長は、キャンプ座間(座間、相模原市)への米陸軍第一軍団前方司令部の新設が「基地恒久化につながる」として反対を堅持してきた。しかし、市長と同じ反対の立場で再編交付金の対象外となっていた山口県岩国市に二月、容認派の市長が誕生。星野市長が本州では唯一の反対派となっている。

こうした状況の中で、市長は昨年十二月、「防衛は国の専管事項と存ずる」などと市議会で発言。防衛省は「一定の理解をいただいている」(幹部)と話すなど、市長の反対の姿勢が軟化していると判断。今月中にも、市長が当初から求めてきた恒久化解消策を提示する方針だ。

恒久化解消策の是非は今後、地元市議や町内会長らでつくる「基地強化に反対する座間市連絡協議会」(会長・星野勝司市長)が最終判断する見通しだが、その内容次第では再び態度を硬化させる可能性もあり、予断を許さない情勢だ。

市長は、一九七二年に座間市議に初当選し、三期を務めた後、八四年の市長選で初当選。二〇〇五年から全国基地協議会副会長を務めている。

市長の任期は4年ですから24年間も市長の交代がなかったことになります。

1972年に市議会議員に当選ですから36年前の話ですね。
それで現在65歳ということは、29歳からずっと市議会議員・市長を務めてきたことになります。

ここまで来ると選挙制度の根幹にも疑問が出てきてしまいそうです。
いくら有能な首長であっても16年とか20年といった長期間を務めるのは問題じゃないでしょうか?

3月 21, 2008 at 11:53 午前 国内の政治・行政・司法 | | コメント (0) | トラックバック (0)

高校の閉校式

読売新聞神奈川版より「三崎水産高68年の歴史に幕 創立82年 大秦野高も

県内唯一の水産高校である横須賀市の県立三崎水産高校と、82年の歴史がある秦野市の大秦野高校の閉校式などが19日、行われた。
再編統合で校名がなくなり、OBらが式典に駆けつけ、別れを惜しんだ。

同水産高は、来月から県立海洋科学高校に衣替え。
1940年に水産講習所として開校、48年に現校名となった。実習船湘南丸による漁業実習などで知られ、海洋冒険家の白石康次郎さんら計7550人を輩出。だが、近年は、県内の漁業、水産業の後継者不足などを反映し、漁業生産科、食品産業科などの志願者が激減。新1年生から、計4学科を廃止し、海洋科学科の1科となる。

閉校式には、在校生や卒業生ら約370人が出席。同窓会長の竜崎知治さんが「実習船の油がなく、実習できない時もあった。伝統をしっかり受け継いでほしい」とあいさつした。

一方、4月から県立秦野南が丘高校と統合して県立秦野総合高校となる大秦野高校でも、完校記念式典が同市文化会館大ホールで開かれた。

同校は26年(大正15年)、秦野町立実科高等女学校として開校、50年から「大秦野」に変わった。定時制を含め、1万7000人の卒業生を輩出した。

神奈川県立大秦野高校にはNPOの活動で体験学習としてロボット製作の授業を2年間で三十数時間実施しました。
そんなこともあって、大秦野高校の完校式には参加してきました。

高校の統合はあっちこっちで行われていますが、多くの場合は校舎は残って再利用されて別の学校になりますが、大秦野高校は建物に問題があるらしく更地にして職業訓練関係の施設に生まれ変わるのだそうで、校舎が無くなってしまうのは気の毒です。

今年度は、小学校、高校、中学、大学と行ったことになり合計すると80回ぐらいになります。
これだけ見て回ると、小学校では意外なほど校風が明確にあることが分かってきましたし、高校では進学率などの数値的なデータとは別に子供から大人への変わり目という時期に学校がどう考えているのか、といったことも学校の大きな特徴だと分かってきました。

わたしが見聞した範囲は、公立校ばかりでありそれも進学については中以下の成績の学校ばかりですが、その中でも大秦野高校は完校式でとても自然な良い高校生像を生徒諸君が示したのを見て「良い学校だったな」と思いました。

実際に授業を引きうけたりして学校の内部の事情が分かってくると、新聞報道などで伝えられていることの背景が実はもっと深刻というか簡単に解決できる問題はないことが分かってきました。
機会があれば多くの方に若者が良き社会人になれるように気を配っていただきたいと思います。

3月 21, 2008 at 11:42 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.03.20

4脚ロボット発展す

Engadget Japanese より「動画:蹴られても滑っても立ち直る四脚ロボ BigDog

DARPA出資のもと開発されている四脚ロボBigDogの新しい動画が公開されました(続きに掲載)。Boston DynamicsのBigDogは軍用・荷役用を想定したガソリンエンジン駆動の4脚ロボ。体重は約105kg (旧バージョンは約75kg)、体高約70cmくらい。

エンジン音を鳴らしながらよたよた歩く、蹴られても上手くバランスをとって立ち直るといったあたりは以前の動画でも公開されていましたが、今回の動画に含まれる「約150kgの荷物を背負いつつ、氷の上で同時に2本以上の脚が滑っても一瞬ヒザをついて立ち直る」場面は必見です。下の動画では開始1分20秒くらいから。

Defense Advanced Research Projects Agency は日本語訳だと色々あって、国防高等研究事業局、国防総省高等研究計画局、国防高等研究計画庁、などがありますが有名な無人車での走行実験などを莫大な金額を掛けてやっています。

この4脚荷役用ロボットは発表当時から「気味が悪い」などと言われてましたが、YouTube にアップされている動画「BigDog - Boston Dynamics (2008)」(Engadget Japanese のリンク先そのもの)を見ると、非常に難しいことに挑戦しています。

アシモにはこれは出来ないでしょう。
なんかタチコマを思い出してしまうわけです。

3月 20, 2008 at 03:19 午後 もの作り | | コメント (1) | トラックバック (0)

MRJ発進!?

日経新聞より「三菱重工、小型旅客機事業化へ・国産40年ぶり

三菱重工業は国産初の小型ジェット旅客機を事業化する方針を固めた。

全日本空輸と日本航空が最大で合計70機を購入する方向で最終調整しており、アジアの航空会社からの打診を含め一定の受注数が確保できると判断した。

今後高成長が見込める小型旅客機市場に参入し、航空機事業を拡大する。国産旅客機の誕生は「YS―11」以来、約40年ぶりで、部品や素材など日本の製造業に幅広い波及効果が期待できそうだ。

三菱重工は小型ジェット旅客機「MRJ」について航空各社と価格や保守、納期遅れの際の補償などで詰めの交渉をしている。条件面で合意すれば、全日空は早ければ月内にも購入を決める見通し。その後、三菱重工が取締役会で事業化を正式決定する段取りだ。

新規にビジネスに挑戦すること自体は大歓迎でありますが、競争激甚のリージョナルジェットの業界に参入することがそれほど良いビジネスなのかな?と思います。

YS-11の研究が始まったのは、戦争が終わってすぐで世界的にも純民間機はどうあるべきか?といった構想が色々と提案されて、世界の航空技術者たちが「戦争用の飛行機から民間機に」と競争していた時代でした。
その意味では「民間機を作る」こと自体に大きな意味がありました。

同時に、少量生産であるために部品製作レベルまで人的資源を投入でき、しかも技術的に高度であるところが波及効果が大きいとされました。

その後、飛行機に使われるバーツも専業メーカが出来て航空機メーカはかなり組み立て産業になってしまい、ボーイングとエアバスの両者は大型部品を結合して飛行機にするメーカとなっています。

今では、パーツの大型化など人手の削減の方向で競争が激しくなっていて、量産効果もビジネス上必須になっています。
つまり以前ほどの波及効果はないと言えるでしょう。

もちろん、航空機製造技術の基盤維持のために航空機開発をすることが必要との意見はその通りだと思いますが、それがビジネス的に厳しいだろうという事実を変えることにはなりません。
第一、YS-11でもビジネス的な失敗でその後が続かなかったのです。
当時よりも現在の方が遙かにライバルは多く、ニーズからすると高級・高価格の機体は売りにくいでしょう。

確かに、技術的な研究や波及効果については飛行機を作ることで得られるものは大きいかとも思いますが、それがビジネスとして良いのか?というのは別問題でしょう。
高級で低価格の商品を少量生産する、というものすごく難しい問題になりそうです。

少量生産にしかならないリージョナルジェットの製造がビジネス的に成功するのか?それこそが大いなる挑戦と言えるかもしれませんが、少なくとも今までのやり方の延長上にはビジネス的にはマイナス要素の方が大きいだろうと思います。

3月 20, 2008 at 12:02 午後 もの作り | | コメント (0) | トラックバック (0)

国松長官狙撃事件が解明される?

サンケイ新聞より「警察庁長官銃撃で77歳男が犯行示唆の供述 秘密の暴露

にわかには信じがたい報道です。
事件についての記事では個人名を載せないようにしていますが、今回は個人名そのものが事件とも言えるので掲載します。

平成7年3月、国松孝次警察庁長官(当時)が東京都荒川区の自宅マンション前で銃撃された事件で、別の強盗殺人未遂事件で実刑判決を受けて上告中の中村泰(ひろし)被告(77)が警視庁に対し、犯行を示唆する供述をしていることが19日、分かった。中村被告は犯行前後の現場の状況について詳細に供述しているほか、銃撃に使用したとされる回転式拳銃と同種の拳銃を米国内で購入していたことも判明した。

長官銃撃事件について警視庁はオウム真理教による組織的犯行とみていたが、新たに中村被告の供述を得たことで、その信憑(しんぴよう)性についても慎重に捜査を進めている。

中村被告は13年10月に大阪市で発生した現金輸送車襲撃事件などで強盗殺人未遂や銃刀法違反の罪で起訴され、昨年3月に大阪地裁で無期懲役の判決を受け、最高裁に上告している。

中村被告は警視庁に対し、犯行当時の状況について詳細に述べたうえで(1)犯行に使用した自転車を現場から南西約600メートルの喫茶店前に乗り捨てた(2)犯行後にJR山手線に乗り拳銃を東京・西新宿の貸金庫に預けた-と供述。このうち(1)については、事件直後の放置自転車一斉捜索で供述通りの場所で発見されていたことが判明。(2)についても、中村被告が契約していた貸金庫の記録から当日の午前9時26分に開扉されていたことが分かった。

また、当初は犯行の2日前に銃撃しようと長官の住むマンションに向かったが、スーツ姿の警察官2人が長官を出迎えたことから警備が強化されたと思い、この日の犯行を断念したと供述。実際、2人の警察官が長官宅を訪れており、この事実は警察内部でもほとんど知られていなかったという。

警視庁では、こうした供述が「秘密の暴露」にあたる可能性があるとみている。

長官銃撃事件では、米国コルト社製の38口径回転式拳銃と、殺傷力が高く国内で使用例がない特殊なホローポイント型のマグナム弾が使用された。拳銃と銃弾の入手ルートについて中村被告は、1980年代後半、偽名を使って米カリフォルニア州のガンショップで購入したと供述。警視庁が捜査員を米国に派遣して調べた結果、中村被告の供述を裏付ける記録が見つかった。

拳銃は犯行の翌月、伊豆大島へ向かうフェリーから海に投げ捨てたとしており、警視庁はこのときの乗船記録も入手している。

中村被告は、14年11月に名古屋市で発生した現金輸送車襲撃事件で現行犯逮捕され、この事件では懲役15年の実刑判決が確定している。名古屋の事件で逮捕後、警視庁などが捜査を進めた結果、中村被告が大阪の事件を引き起こしていたほか、西新宿の貸金庫などに大量の拳銃や実弾を隠し持っていた。

中村被告は産経新聞の取材に対して「(犯行への関与について)否定も肯定もしない」としたうえで、警視庁の調べを受けていることは認めている。

■警察庁長官銃撃事件

平成7年3月30日午前8時半ごろ、東京都荒川区南千住の自宅マンションを出た国松孝次警察庁長官(当時)が短銃で狙撃され、4発中3発が腹などに命中、重傷を負った。警視庁公安部は16年7月、オウム真理教の幹部ら3人を殺人未遂容疑で逮捕したが、東京地検は「関与を疑う根拠はあるが立証は困難」として嫌疑不十分で不起訴処分にした

読売新聞記事データベスにまとめ記事がありました。
それを元に、八王子のスーパーの事件、週刊新潮とサンケイ新聞の報道とその裁判について加筆しました。
赤字で示したのが、未解明の事件。茶色で示したのが中村泰被告が関わったと解明された事件です。

1930東京で生まれる
1949東京大学理科2類入学
1951薬品などを盗んだ罪で有罪判決を受け、大学中退
1952自動車を盗んだ罪で実刑判決を受け、服役
1956都内の銀行で金庫破りに失敗。帰宅途中に警視庁武蔵野署の警察官を射殺。大阪市東成区などで潜伏後、出頭し、殺人罪などで無期懲役の判決
1976仮出所
1995警察庁長官狙撃事件発生。その日付で事件を連想させる詩を書く
1995八王子市のスーパーで拳銃強盗発生、3人射殺
1996三重県名張市の知人宅で生活を始める
1999大阪市西成区の三和銀行玉出支店(当時)現金輸送車襲撃事件発生(類似事件)
1999大阪市東成区の東海銀行今里支店(当時)現金輸送車襲撃事件発生(類似事件)
2001大阪市都島区の三井住友銀行都島支店(閉鎖)現金輸送車襲撃事件発生
2002名古屋市のUFJ銀行押切支店現金輸送車襲撃事件で強盗殺人未遂の現行犯で逮捕
2002警視庁と大阪、愛知両府県警が、東京や大阪などの関連先から拳銃と実弾を押収
2003名古屋地裁で懲役15年の判決。控訴
2003週刊新潮が「国松長官狙撃犯は東大中退の殺人鬼だった」「八王子スーパーで3人射殺」と報じる
2003サンケイ新聞が「八王子スーパー強盗3人射殺事件」「拘置の男再逮捕へ」と報道
2004警視庁が銃刀法違反容疑で再逮捕
2004名古屋高裁で懲役15年の判決。上告
2004大阪府警が都島事件で再逮捕
2007週刊新潮、大阪地裁で敗訴
2008週刊新潮、大阪高裁で敗訴

こうして並べてみますと、実際に起きた事件と報道と中村泰被告の行動が混乱していることが分かります。

週刊新潮が名誉毀損事件で敗訴した「国松長官狙撃犯は東大中退の殺人鬼だった」「八王子スーパーで3人射殺」報道記事について、サンケイ新聞も報道していますが、今回サンケイ新聞が「国松長官狙撃事件」について報道しました。

サンケイ新聞の記事はどう見ても警察がリークしたものだと思いますが、表にしたように一連の事件がすべて中村泰被告が起こしたと見ることは出来るわけですが、一方では「そんなことはあり得ることでしょうか?」とも感じます。

どういうことなのでしょうか?

3月 20, 2008 at 11:28 午前 事件と裁判 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.03.19

A・C・クラーク死す

CNN.co.jp より「A・C・クラーク氏死去 「2001年宇宙の旅」作者

(CNN) 著名SF作家のアーサー・C・クラーク氏が19日未明、スリランカの首都コロンボ市内の病院で死去した。90歳だった。非営利団体アーサー・C・クラーク基金の関係者が明らかにした。

第二次世界大戦中の英空軍将校時代にレーダーの開発を担当。1945年に無線関連雑誌に、衛星通信の構想を提示する論文を寄稿した。

1950年代から作家活動に入り、多数の小説や短編小説、30作以上のノンフィクションを執筆。SF映画の金字塔「2001年宇宙の旅」の脚本を、スタンリー・キューブリック監督と共同執筆したほか、同名小説を著した。

米国がアポロ月探査計画を実施していた期間中にはテレビのコメンテーターを務め、アポロ11号の乗組員と人類初の月面着陸に関する著作を共同執筆した。

スリランカには50年代から移住し、98年にはナイトの称号を授与された。若い頃に患ったポリオの合併症のため数年間車椅子で生活し、最近は腰も痛めていた。

何も言いますまい。
印象深い順に作品名を並べてみました。

  • 『海底牧場』
  • 『銀河帝国の崩壊』
  • 『幼年期の終り』
  • 『前哨』
  • 『白鹿亭綺譚』
  • 『未来のプロフィル』
  • 『都市と星』
  • 『渇きの海』
  • 『地球帝国』
  • 『楽園の泉』
  • 『宇宙への序曲』
  • 『火星の砂』
  • 『宇宙のランデヴー』
  • 『宇宙のランデヴー 2』
  • 『宇宙のランデヴー 3』
  • 『宇宙のランデヴー 4』
  • 『宇宙島へ行く少年』
  • 『神の鉄槌』
  • 『2001年宇宙の旅』
  • 『2010年宇宙の旅』
  • 『2061年宇宙の旅』
  • 『3001年終局への旅』
  • 『地球光』
  • 『天の向こう側』
  • 『10の世界の物語』
  • 『太陽からの風』
  • 『人間と宇宙の話』 『宇宙への挑戦』
  • 『スリランカから世界を眺めて』
  • 『楽園の日々―アーサー・C・クラーク自伝』

3月 19, 2008 at 11:15 午前 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

超伝導モーター実用化?

FujiSankei Business iより「世界最大365キロワット 超電導モーター IHIが船舶推進装置向け開発

IHI(旧石川島播磨重工業)は17日、世界最大出力365キロワットの超電導モーターを使った船舶用推進装置=写真=を完成させ、横浜事業所(横浜市磯子区)で報道陣などに公開した。同社は出力を400キロワットに高めた超電導モーターの販売を2009年度から始める。超電導モーターの販売は国内メーカーでは初めてという。

Up

公開した超電導モーターは、福井大学や住友電気工業など7社1大学の産学グループが共同開発した。船舶の分野も二酸化炭素(CO2)の排出削減が課題になっており、この推進装置を搭載した船は従来型のディーゼル駆動船に比べ燃費が15~40%向上する。

一定の温度以下になると電気抵抗がゼロになる超電導材に、高温タイプのビスマス系線材を採用。冷却剤に液体ヘリウム(マイナス269度)に比べて高温の液体窒素(約マイナス200度)が使え、断熱が容易で扱いやすいという。

4月から耐久性を検証するための24時間連続負荷運転に入り、7月から400キロワット超電導モーターの製作に着手する。将来は「船舶以外の分野にも超電導モーターを売り込みたい」(舶用超電導推進事業室部長)としている。

船舶用に普通のモーターとして超電導技術が使われるとは「なるほどねぇ」といったところです。

400キロワットでは、それこそ潜水艦の巡航用でしょうか(^_^;)

液体窒素の冷却で機能するのであれば、充分に実用出来るとは思いますが、冷やし続けなければいけないわけですから、そのエネルギー収支はどうなのでしょうか?
その分を入れても、燃費向上なのでしょうか?

超伝導モーターの制御はどうするのでしょうか?興味深いですね。

3月 19, 2008 at 10:57 午前 もの作り | | コメント (3) | トラックバック (0)

2008.03.17

裁判に気づかずに、2億5千万円の賠償が確定

神戸新聞より「裁判気付かず マンション建設反対の自治会敗訴 神戸

神戸市内のマンション建設をめぐり、地元住民の反対で「計画が進まず損害を受けた」として、不動産業者が自治会と会長に損害賠償を求めた訴訟で、大阪地裁が会長に約二億五千万円の支払いを命じていたことが十七日、分かった。自治会側の敗訴は、入退院を繰り返していた会長が出廷しておらず、業者の訴えがそのまま認められたため。自治会の預金約一億円と会長宅が差し押さえられる事態になった。

敗訴したのは、同市東灘区西岡本の百六十五世帯でつくるヘルマンハイツ自治会と会長(85)。

訴状や関係者によると、自治会は地元で計画されたマンション建設に反対。二〇〇二年、予定地を所有していた不動産業者に土地境界確認の立ち会いを求められたが、応じなかった。

不動産業者は当初、マンションを計画するデベロッパーに土地を売却する予定だったが、自治会の協力が得られなかったため断念。別の会社に転売した際、「売却益が約二億五千万円少なくなった」として昨年十一月、自治会と会長を訴えた。

地裁は会長に口頭弁論への出廷を数回文書で求めたが、会長によると、当時、入退院を繰り返していたため文書に気付かず、代理で受け取った使用人らも会長に知らせなかったという。その結果、地裁は今年一月、「争いなし」と認め、業者勝訴の判決を言い渡した。

会長は判決にも気付かず、控訴期限も過ぎた今月初めになって、銀行などから、会長名義の自治会預金約一億円と、会長が住む二階建て自宅が土地ごと差し押さえられたことを知らされた。

会長は「個人の資産まで差し押さえられつらい」と話しつつ、十六日に開いた自治会総会では「全責任は自分にある。今後、この訴訟に関連し自治会として負担すべきものはすべて自分が支払う」と住民に釈明。自治会の弁護士は「判決が確定し厳しいが、自治会の預金を少しでも取り戻すための法的措置をあらゆる可能性から検討したい」と話している。

住民は組織的対応を 自治会問題に詳しい愛知江南短期大学の中田実学長(社会学)の話

自治会の行為に正当性があるかどうかが争点だが、今回はその点が争われておらず、気の毒としか言いようがない。自治会をめぐる訴訟では、活動を役員個人の問題とせず、弁護士とよく相談し、住民が組織的に対応することが大切だ。

ヘルマンハイツというのは、西岡本7丁目の住宅街のことですね。

自治会の住人に問題を公開すればすぐに弁護士に対応させるといった話になったと思いますから、それすらしなかったのでしょう。

実際に情報がどのように流通したのかが非常に興味のある点ですね。

3月 17, 2008 at 05:33 午後 事件と裁判 | | コメント (4) | トラックバック (1)

2008.03.16

全国学力テストの学校別成績公開問題

日経ネット関西版より「保護者「学校別成績教えて」続々――全国学力テスト、一部拡大の自治体も

文部科学省が昨年4月、小学6年生と中学3年生を対象に43年ぶりに実施した全国学力テストを巡り、保護者らが、学校別の成績などの公開を自治体に求める動きが相次いでいる。

同省は序列化につながるとして詳細な結果は公表しないよう通知しているが、「結果が分かれば学力改善に有効」と、自治体を相手に訴訟を起こしたケースもある。
公表範囲を一部拡大した自治体もあり、対応は割れている。

学力テストは国語と算数・数学で、知識を問うA問題、記述式など活用力をみるB問題で構成。文科省は昨年10月、全国と都道府県ごとの平均正答率だけを公表した。

各地の教育委員会には市区町村や学校ごとの成績を提供したが、「学力を把握し指導に役立てるのが目的で、学校の順位付けが狙いではない」とし、公表しないよう要請。
同省は、来月実施する今回のテストでもこの方法を貫く方針だ。

しかし「地域ごとの具体的な成績が分かれば、生徒や保護者に課題を改善しようとする動きが出るはず」と、公開を求める動きが出てきた。

大阪府枚方市には昨年10月以降、学校別の正答率など3件の情報公開請求があった。
市はいずれも応じなかったが、うち1件の請求者は不服として大阪地裁に提訴。
鳥取、愛知両県や京都府でも住民らが公開を求めた。

一方、同じ目的で実施されてきた自治体独自のテストについては、既に学校ごとの成績を公表しているケースもある。

枚方市では以前行った市独自の学力テストの学校別成績の公開を市民が求めた訴訟で、大阪高裁が「テストの目的を十分周知すれば、開示しても著しい支障はない」と判断。
敗訴した市側は公開に踏み切った。

市の担当者は「独自テストと同じ司法判断が出るとは限らないし、文科省の方針に従わなければ国との協力関係に支障が出る恐れもある」と対応に苦慮する。

宇都宮市は2003年度から行っている市独自のテストについて、国語の「書くこと」「読むこと」など領域別の各校の成績を公表している。
「保護者らに知ってもらうことは学力改善に有効」(学校教育課)と判断したためで、支障は生じていないという。

このため全国学力テストも公表範囲を一部拡大。
市内の全小中学校93校のホームページに、各校の領域別の平均正答率を掲載している。

こんなことが訴訟になっているとは知りませんでした。
確かに、学校別の成績を完全に非公開にする理由はあまり強いものではないでしょうが、学校間の違いという面では成績も含めていわゆる校風言われるところが結構大きく違っていますから、それをどうやって公開するのか?といった方が問題のように思います。

それにしてもそこまでして学校別の成績を知ることが重大なことなのでしょうか?なんか違和感が残ります。

3月 16, 2008 at 12:21 午後 教育問題各種 | | コメント (4) | トラックバック (0)

ETCゲートを遅くする?

産経関西より「ETC通過「ひと呼吸置いて」山陽姫路西料金所、24日から

高速道路料金所のETCレーンを高速で通過する車が多いことから、NEXCO西日本関西支社(大阪市北区)は、山陽自動車道の山陽姫路西料金所で、バーが開くタイミングを0・4秒遅らせる通過速度抑制対策を24日から実施する。
同社は「ETCレーンの普及に伴って事故も増えており、今後拡大していきたい」という。

ETCレーンについて各道路会社は、事故防止の観点から時速20キロに減速するよう呼びかけている。しかし、車とバーとの接触や追突事故を避けるために、車を感知すると早めにバーが開くよう設定されていることから、実際は数十キロで通過する車が多い。同支社によると、姫路西料金所の場合、20キロ以下で通過する車はわずか2%だという。

センサーが車を感知してからバーが開くまでの時間は公表されていないが、現在の設定より0・4秒遅らせることで、「ドライバーはこれまでよりひと呼吸置かなければ通過できない感じになる」という。当面は、事故防止のため職員が現場に立つほか、看板や横断幕でも注意と協力を呼びかける。また、ETCレーン手前に段差舗装を施すなどの整備も進めていくという。

(2008/03/15 15:20)

意味が分かりません。

「ETCレーンの普及に伴って事故も増えており、今後拡大していきたい」

とはどういう事故なのでしょうか?
深刻なのは追突事故でしょう。
追突の防止という観点だけを考えれば、ETCも含めてゲートの廃止が一番であるのですから、突然減速させることが事故防止になると言うのは何を考えているのでしょう?

確かに、ETCカードを挿していないから作動しなかったという経験はありますし、前車が間違えてETCゲートに入って止まってしまったというのも経験しました。

ETCが実用化した最初期から使っていますから、わたし自身は慣れていると言えますが、それでもゲートが通行可能かどうかといった情報を確認するのは大変で、自動車運転の中でも難しい技量の一つと言えるでしょう。

そういう話をほったらかしておいて、ゲート開閉のタイミングを遅くすると何がどうなると言うのでしょうか?

3月 16, 2008 at 11:47 午前 日記・コラム・つぶやき | | コメント (8) | トラックバック (0)

派遣労働の削減になるか?

日経新聞より「キヤノン、工場の派遣社員ゼロに・年内メド6000人直接雇用

キヤノンは製造現場での派遣契約を年内に全面的に打ち切り、正規雇用に切り替える。
子会社を含め国内で働く1万2000人の派遣社員のうち、約5割を期間契約の社員として年内に採用。正社員への登用も進める。

コマツも2009年3月末までに工場の派遣社員全員を期間社員に切り替える。
待遇改善で優秀な人材を確保し、生産技術や品質など国際競争力の向上に役立てる。

サービス・流通で進む非正社員の正規雇用の動きが、製造業に本格的に広がり始めた。

キヤノン本体とグループ会社18社が製造現場での派遣の活用をやめる。
昨年末に生産人員の3割を占めていた1万2000人の派遣社員を順次減らし、年内にほぼゼロにする。
うち6000人は最長2年11カ月の期間社員として採用。
意欲があれば正社員に登用し、08年度に1000人程度を見込む。残る6000人分の仕事は「業務請負」に切り替え、作業を外部委託する。 (07:00)

日本の雇用構造は「就社」であってその会社でどのような仕事をすることになるのか分からないのが普通です。

エンジニアとして仕事を始めて、営業に回り、人事を経験してから子会社の社長になる、といった経歴はごく普通のことです。

高校などでキャリアの説明をするときにこのような実態については全くリクエストがないですね。
学校教育に置ける「職」とは業務のことばかりで、簡単に言えば職人さんの世界しか取り上げません。だから現在でも大半の人が仕事に就く「サラリーマンとは」という話が伝わりません。

堺屋太一氏が「終身雇用制度は外れの会社に入社したらずっと苦しむ制度でもある」と指摘していますが、個人としては「職人志望で好きなことをやりたい」というのはあるでしょう。

つまり「就社」は好まない傾向が元々あるわけです。
それを可能にしたのが派遣労働制度で、特定機能だけを対象に始まったのですがそれを何でもアリにしてしまいましたから、単なる安い労働力になってしまいました。

何回か書いていますが、企業は労働力を集約して生産をする一方で、賃金として収益を再配分する大きな役目があります。
この両方のバランスが取れた状態が経済として整合が取れている状態であって、人経費が高すぎれば事業が成り立ちません。

では人件費が安すぎたらどうなるのでしょうか?
どこかから本来の人件費に相当する費用を誰かが持ってくるわけです。これはいわば借金でしょう。将来の購買能力を借りてしまっています。

そんな面倒なことを考えないでも、自社で新人教育をしないのが派遣労働者に業務をさせる意味ですから「誰が教育したのでしょうか?」となります。
「自社では教育せずに、誰かの教育の成果を利用してる」のは確実ですから、よほどの高給を支払わないと「教育の再生産が出来ない」のは明らかです。

どちらにしても「持続可能なやり方ではない」のが明らかで、まさに「借金経営そのもの」と言えるでしょう。借りているのがお金でないから分からないだけ。

こんなことで「業績が良い」と自慢するのは、バブル時代の借金長者の経営者と全く同等だと思いますね。

3月 16, 2008 at 11:26 午前 経済 | | コメント (3) | トラックバック (0)

チベットの暴動について・その2

毎日新聞より「チベット:暴動が甘粛省に波及…亡命政府 30人が死亡

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【北京・大谷麻由美、ニューデリー栗田慎一】中国チベット自治区で始まった暴動は15日までに、西部・甘粛省甘南チベット族自治州夏河に波及した。

チベット仏教僧侶を含む数百人が14日にデモ行進し、15日には治安当局がデモ隊に催涙ガス弾を発射した。AP通信が地元住民の話として伝えた。 暴動の成り行き次第では、他のチベット族居住地にも飛び火する可能性が出てきた。

一方、インド北部ダラムサラを拠点とするチベット亡命政府は15日、ラサの14日の武力鎮圧で30人の死亡が確認されたと発表。国連の即時介入と現地調査を求める声明を出した。中国国営新華社通信は、ラサの暴動で商店主ら10人が死亡したと伝えていた。

こうした中、チベット自治区の司法当局は15日、ラサの暴動に加わった僧侶らに出頭を呼びかける通告を出した。住民の密告も奨励しており、あらゆる手段で事態収拾を急ぐ姿勢を見せている。

通告は「18日午前0時までに出頭すれば減刑し、他の犯罪者の検挙に協力すれば刑の免除もあり得る」としている。「期限までに出頭しない者や犯罪者をかくまった者には厳罰で臨む」と警告した。

チベット亡命政府は声明で死者100人の未確認情報もあるとし、「平和的なデモが無差別殺人で抑圧されている」と非難。中国政府が暴力的な鎮圧を続ければ「チベット人は方向性を失う」として暴力の連鎖の深刻化に懸念を示し、全チベット人に暴力で対抗しないよう求めた。

声明はまた、チベット仏教最高指導者のダライ・ラマ14世を暴動の「首謀者」とする中国政府の主張について「全く根拠がない」と全面否定した。

インドの首都ニューデリーでは15日も、中国大使館の塀をよじ登ろうとするなどした亡命チベット人ら約50人が警察に逮捕された。ダラムサラでも約300人がデモ行進したが、大きな混乱はなかった。インド政府は中国側での暴動に関連し、国内の亡命チベット人による政治活動を厳格に取り締まる方針を確認している。

毎日新聞 2008年3月15日 21時14分 (最終更新時間 3月16日 0時59分)

AFP BB より「チベット仏教僧ら新たに抗議デモ、甘粛省

【3月15日 AFP】】中国のチベット統治に抗議するデモが暴動に発展した問題で、中国甘粛省で15日、チベット仏教の僧侶らによる抗議デモが新たに行われた。これに対し中国治安当局は、催涙ガスを用いてデモを中止させようとしていたという。チベット支援団体が明らかにした。

ワシントンD.C.を拠点とするチベット支援団体「チベットのための国際キャンペーン(International Campaign for Tibet、ICT)」と、ロンドン(London)に本部を置く人権団体「フリー・チベット・キャンペーン」によると、これまでで大規模となった抗議行動が、同地のチベット仏教の僧院ラブラン寺を中心に行われているという。

フリー・チベット・キャンペーンの広報担当者によると、デモ参加者が複数の政府関連の事務所を破壊。同団体によると少なくとも1000人が抗議行動に加わったという。一方、ICTは抗議行動に参加したのは最大で5000人とした。

フリー・チベット・キャンペーンは、同州の博拉郷と碌曲県でも抗議行動が行われ、博拉郷では車数台が焼かれたという。また14日に夏河で行われた僧侶主導の抗議行動には、約4000人以上のチベット民族が参加したと発表した。(c)AFP

なんでこんな争乱がこの時期に起きたのでしょうか?が良く分からないですね。

確かに中国は実際的にはチベットを侵略して支配下に置いていると言えますし、チベット族自治区での散発的な反中国政府運動はありましたけど、これほど大々的な事件は聞いたことがありません。

もちろん、中国政府の主張のように「ダライラマ一派が首謀した」といったようなことも信じがたいです。

そうなると事件のきっかけはなんだったのでしょうか? 中国の中央政府は、オリンピック前にこんな騒動になることは何よりも嫌っているでしょうから、中央政府が特に取り締まりを強化しないでしょう。

つまり、中国政府とチベット亡命政府の正面衝突とは思えません。。 中国の地方政治の問題なのでしょうか?
この点については、毒ギョウザ事件で見られた、中国地方政治の発言が中央政府と摩擦を引き起こしそうになっていたところに注目しています。

中国は共産党政権の強力な政治体制で第二次大戦後の中国をまとめてきましたが、自由経済に移行することで自然に中央集権的な政治体制から地方自治になるはずで、実際に自由選挙も地方自治から始められたはずです。
これらが裏目に出たのでしょうか?現時点では謎が多い事件です。

3月 16, 2008 at 10:49 午前 海外の政治・軍事 | | コメント (1) | トラックバック (1)