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2008.08.25

大分県教員採用試験問題

朝日新聞より「大分県教委、新たに不正確認 処分人数2ケタも

大分県教育委員会の汚職事件を受け、教員採用や昇任人事をめぐる不正の実態調査を進めている県教委の教育行政改革プロジェクトチーム(PT)は24日、職員の不正への関与を新たに確認したことを教育委員に報告し、職員本人や上司らの処分方針に関する複数の案を示した。

最も厳しい案の場合、処分される人数は2ケタに上るという。処分は月内にも行われる見通しだ。

この日、県庁であった教育委員の協議会で報告された。
協議会は非公開。関係者の話を総合すると、処分される人数は最も厳しい案の場合、事件で起訴され懲戒免職になった義務教育課参事2人と校長、教頭の4人を含めて2ケタになるという。

主に減給や戒告などの懲戒処分が検討されている。
職員が関与したとされる不正の具体的内容については、詳細は明らかにされなかったという。

この日の協議会では、事件の再発防止のための組織改革の一環として、来年度から教員出身の人事担当者を減らす方針も決まった。
麻生益直・教育委員長は取材に対し、代わりに教員以外の県教委職員や知事部局出身者を増やす考えを示した。

大分県教委では今年度、義務教育課人事・免許班に8人、高校教育課人事班に5人が配置されており、多くが教員出身という。
元参事も教員出身で、人事・免許班を総括していた。

これは不正人事に絡む汚職事件などの処分案なのでしょうね。
ということは、誰が考えても不正人事そのものには手が着いていない、と見るだろうし実際の教員が疑惑の目で見られることになるでしょう。

教員採用については、あっちこっちで「コネが絶対に必要」などと以前から言われていました。
大分県では、試験成績の改竄をしているのだからこの部分は人事の信用性を著しく失墜させた、という点で問題です。

この種の大規模な問題になりますと、何が起きたのかを細かく解明することが出来ないのですが、そうすると「先生は信用できるのか?」と疑念が発生するといった展開になるでしょう。

では、刑事事件で強制捜査をすれば問題は解消するのか?というと直感的には「刑事捜査による社会に対する効果は限定的だ」と思うのです。

誰か特定の人物が、引き起こした事件ではなく代々引き継がれてきたのでしょうから、現時点で「犯罪者」となった人たちは「なんでオレだけ」と思うでしょうし、そもそも社会正義の観点からは「以前からこんな事になっていた」と主張することは大いにあり得るでしょう。

よく似た構造の事件について、非常にうまく説明している記事がありました。
NIKKEINET BIZ+PLUS より「そして誰もいなくなった――長銀裁判とは何だったのか

タイトルから分かる通り、長銀裁判の無罪判決について背景などを説明しています。
4ページにわたる長文ですが、見出しを並べてみます。

  • 「法律」と「法律の精神」のはざま
  • 裁判官の補足意見に込められた長銀破綻の本質
  • スケープゴートにされた“バブルの象徴”
  • 大手を振って歩く「同じ穴のむじな」だった面々
  • 権力者たちの責任回避の果て
  • 刑事事件化によるカタルシスの危うさ
  • 皮相な善悪二元論を超えて

筆者の箭内 昇氏は

1947年生まれ。
70年東京大学法学部卒、日本長期信用銀行入行。法律室配属を皮切りに、広島支店、企画部、人事部、公共金融部、ニューヨーク支店副支店長、企画部企画室長などを経て、97年に取締役営業2部長。
同新宿支店長を経て98年4月に執行役員新宿支店長となるが、同年7月に当時の経営陣を批判して辞職。

現在はアローコンサルティング事務所代表として経営コンサルティングを手がける。
りそなHD社外取締役。

ですから、いわば当事者なのですね。
長銀事件が、被告だけの責任ではないと誰もが考えることですが、では銀行を潰すような事件に誰も責任が無いのでしょうか?というとそれはあり得ません。この点については

今回の判決要旨は次のとおりだ。「97年3月の大蔵省通達による経理基準はまだガイドライン的なものだったので、長銀が関連ノンバンク向け貸し出しについて、旧基準を使って不良債権処理の先送りをしたとしても、違法とはいえない」

結局、最高裁は厳密な規定解釈に論点を絞り込み、いわば法技術的な見地から無罪と判断したのであり、その限りでは全く妥当な結論だ。だが、別の視点から見れば、不良債権処理先送りを容認した旧経理基準そのものの適法性については、判断を回避したともいえる。

この大蔵省通達の根拠法であり、決算の憲法ともいうべき商法は、「貸し倒れの恐れがある債権は引当金を積むべし」と規定している。「保守的で健全な決算をせよ」というのが法の精神だ。

その視点からすれば、「銀行が支援する以上、関連会社向け貸し出しの貸し倒れはあり得ない」という牽強付会(けんきょうふかい)の理論を盛り込んだ旧経理基準自体には、重大な問題があったといわざるを得ない。そして、この甘い経理基準に便乗して大胆に関連会社を不良債権隠ぺいや先送りの道具に使っていった長銀経営者の行為は、法律そのものには違反しなかったとしても、法の精神に違背した「広義の粉飾決算」だったというべきだろう(本コラム第20回参照)。

一方、この甘い経理基準を放置することで結果的に長銀の粉飾決算に加担した大蔵省も、「未必の故意」もしくは「重大な過失」による「共犯者」だったというべきだ。

この点、今回の判決における古田佑紀裁判官の補足意見はきわめて重要だ。

「関連ノンバンクについては、(大蔵省の行政指導による)母体行主義が存在していたため、母体行である銀行は、自行の関連ノンバンクに対して原則積極支援を求められる立場にあったところ、税法基準においては積極支援先に対する貸付金には原則として回収不能と評価することはできないという考え方がとられており、この考え方からは、関連ノンバンクに対する貸付金を回収不能とすることは(本判決の結論どおり)困難であったと思われる」

「(だが一方)業績の深刻な悪化が続いている関連ノンバンクについて、この税法基準の考え方により貸付金を評価すれば、実態とのかい離が大きくなることは明らかであると考えられ、長銀の本決算は、その抱える不良債権の実態と大きくかい離していたものと推認される」

「このような決算処理は、当時において、それが直ちに違法とはいえず、また、バブル期以降のさまざまな問題が集約して現れたものであったとしても、企業の財務状態をできる限り客観的に表すべき企業会計の原則や、企業の財務状態の透明性を確保することを目的とする証券取引法における企業会計の開示制度の観点からみれば、大きな問題があったものであることは明らかと思われる」(カッコ内は筆者、一部要約)

まさに的確な指摘であり、古田裁判官の複雑な思いが伝わってくる。

裁判所の判断を肯定しますと、無罪判決は当然となりますが、実際に何が起きていたのかについては次のように説明しています。

日銀と大蔵省は、80年代に俯瞰(ふかん)的な金融情勢を見誤ってバブルを引き起こし、90年代にはグローバル化に逆行する護送船団方式の不良債権処理で、日本経済を危機に陥れた。政治家は、バブルに便乗して金策に精を出し、96年の住専処理では農協擁護の横車を押して、大蔵省に公的資金アレルギーを植え付け、その結果銀行界への公的資金投入を遅らせた。

政府は長銀が破たんするや、旧経営陣を刑事告発することで、問題や責任を限定、極小化しようとした。
事実、その後大手銀行が野合的にメガバンクを誕生させていく中で、国民はこれでバブル処理は終わったと安堵する。

だが、その直後から大手銀行の不良債権問題が再燃し、わが国経済は重大な難局を迎えた。結局、泥沼化した不良債権問題を決着させたのは、竹中平蔵金融担当大臣という、政治家でも官僚でもバンカーでもない1人のエコノミストだった。

実は、そこに「不良債権とモラルハザードは表裏一体」という、わが国不良債権問題の本質が収斂(しゅうれん)している。政治家も金融当局も銀行トップも、関係者は誰一人自らの非を認めず、自らの手で不良債権問題を処理することもできなかった。

箭内氏は刑事裁判の結果が無罪であっても、モラルハザードになってしまったところはどうなんだ、と続けます。

今日、わが国は不信渦巻く混迷の中にある。その最大の責任は、「ノブレス・オブリージ」の精神を失った既得権者にある。高い地位にある者ほど大きな責任を果たしてこそ、国民は権力者に信頼を寄せる。

だが、今のわが国は権力者が責任回避と開き直りを押し通す情けない国に堕落した。筆者には、旧経営者に全責任を押し付けることで国民の目をそらせようとした長銀裁判こそが、その嚆矢(こうし)だったように思える。

そして、長銀の無罪判決がおりた後の「そして誰もいなくなった」状態こそ、壮大なモラルハザードの象徴に思えてならないのだ。

第3に、近年、長銀事件のように不祥事件を刑事事件化することで、かえって本質的な問題が埋没しているような気がする。

長銀事件以降、不祥事件が起きるとワイドショー的雰囲気の中で、企業トップや役職員を逮捕するケースが目立つ。三菱自動車事件、耐震偽装事件、食品偽装事件、賞味期限改ざん事件、コクド事件、ホリエモン事件、村上事件、NOVA事件、日雇い派遣不正事件などなど。

刑事事件化してしまうと、すべて「善か悪か」というステレオタイプに押し込まれ、こうした実態が埋没してしまう。政治家や官僚たちもこれを奇貨として、「クサいものにふた」をし、個別・特殊問題、民間サイドの問題として抜本処理を先送りしがちだ。これでは、食品偽造事件など同根の不祥事が頻発するのは当然だし、国民の意識を変えることも困難である。

この問題に関しては、メディアの役割がきわめて重要だ。中立的で正確な情報や問題の核心を突く深い分析を国民に提供できるのは、メディア以外にない。今回の長銀判決では、多くのメディアが当時の金融行政の実態をかなり正確に分析し、報道している。

「10年前に同様の報道をしてくれていたなら」というのは筆者の恨み節かもしれないが、メディアは、間違っても視聴率引き上げにこだわるあまり事実を脚色したり、扇情的な報道に走ったりすることのないよう、ひたすら祈るのみだ。

この記事は、2008/08/18の配信であり、大野病院事件の福島地裁判決が出たのが8月20日です。
大野病院事件の無罪判決についても、マスコミ批判はかなり強くあります。
箭内氏が指摘する
今日、わが国は不信渦巻く混迷の中にある。その最大の責任は、「ノブレス・オブリージ」の精神を失った既得権者にある。高い地位にある者ほど大きな責任を果たしてこそ、国民は権力者に信頼を寄せる。
は非常に重大だと思うのですが、現在の福田首相はまるで正反対を向いているのではないのか?と感じてしまうところが、現在の日本の病んでいるところだと言えるでしょう。

8月 25, 2008 at 10:26 午前 事件と裁判, 国内の政治・行政・司法, 教育問題各種, 日記・コラム・つぶやき |

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コメント

記事を興味深く拝見いたしました。
ところで、記事の最後で唐突に福田総理への批判がなされていますが、どういった点が「正反対を向いている」と感じられるところなのか、具体的にご教示いただけないでしょうか。

投稿: tokisaka006 | 2008/08/25 23:49:26

tokisaka006 さん

    ところで、記事の最後で唐突に福田総理への批判がなされていますが、
    どういった点が「正反対を向いている」と感じられるところなのか、
    具体的にご教示いただけないでしょうか。

別に福田総理だけじゃないのです、例えば以前から強く批判している請負派遣の問題などと繋がっています。

現時点で、日本はヨーロッパ諸国やアメリカさらに中米や中国にも国際的な競争力では地位がどんどん低下しているのが明らかになっています。

では、この間日本は何をしてきたのか?
簡単に言えば「とりあえず何もしない」であったと言えるでしょう。
「我慢すれば、景気が持ち直す」といった考え方だったのですね、ところが成熟社会であるはずの西ヨーロッパも全然違う政策を取っていて現在の違いになった。

これが「経済限定」とか「治安については」といったある特定の分野についてだけの問題なのか?と見てみると、箭内氏の記事に出てきた「モラルハザードだろう」という指摘が重要であると感じました。

長銀事件も大野病院事件もさらには三菱ふそうトラック事故でも、刑事事件で結論を出せばよいという種類の話ではないでしょう。
正にモラルハザードとは病気で言えば全身症状を表す言葉ですね。

このような状況で、福田首相に何を要求するのか?と言えば「将来像を示すこと」だとわたしは思いますし、そうでなくても「以前の首相とは違うことをやる」ことが今の首相に求められていることの代表です。

そういう観点で見て、福田首相は日本が劣化した20年間ぐらいの悪い面が全部出てきているようなところがあると言えるでしょう。

もっとも、誰が政治指導者に相応しいのか?を日本国民が提示できないから「前とあまり変わらない政治家しか出てこない」とは言えるのですが・・・・。

投稿: 酔うぞ | 2008/08/26 10:34:50

酔うぞ様
御回答ありがとうございました。
福田首相に代表されるかどうかは別にして、モラルハザードが大きな問題だという点には同意します。
「将来像」という点については、かつて国民は小泉元首相が示した将来像に同意して、しかもそれが企業のモラルハザードを促進したような経緯がありますから、なかなか難しいですね。
結局、いまの日本国民が「目先の事」しか考えないことが問題なのだろうと思います。

投稿: tokisaka006 | 2008/08/27 21:59:02

とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。

投稿: 職務経歴書の書き方の見本 | 2012/02/03 19:07:56

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