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2008.06.12

陪審員がメモじゃなくてパズルを

落合洋司弁護士のブログ経由、AFP BB より「陪審員が裁判中に「数独」 オーストラリア

【6月12日 AFP】オーストラリアで3か月にわたって続いていた麻薬犯罪の裁判で、陪審員らが以前から退屈しのぎにパズルの「数独」をしていたことを認めたため、同裁判の裁判長は10日、裁判の中止を決めた。

シドニー地方裁判所のピーター・ザフラ裁判長は10日、女性の陪審員長を含む5人が、審問開始の2週目以降、裁判中に人気の数字パズルゲームをしていたことを認めたため、裁判の中止を決定した。

同裁判では、これまでに訴訟費用で100万豪ドル(約1億円)以上が費やされ、目撃者105人あまりが証言をしていたが、陪審員長は、「熱中していられるから」その間ずっとパズルをしていたという。

陪審員長は、「証言の中には退屈なものもあり、常に集中しているのは難しかった。(パズルは)訴訟の邪魔にはならなかった」と話した。

覚せい剤を販売用に大量に製造したとして終身刑に問われている被告人の1人が、裁判中に陪審員長がパズルを完成させているところを目撃した。

弁護士らは、陪審員たちがペンを動かしているのは、何かのメモをとっているのだろうと信じて疑わなかったという。

被告人の1人の弁護を担当するR弁護士は、オーストラリア放送協会(ABC)の取材に対し、「非常に熱心な陪審員たちだと思っていた」と話した。

「裁判長も、素晴らしい陪審員だと何度もほめていた。大量にメモをとっている様子などを評価していた。実際に何をしていたのか知った今となっては、非常に腹立たしい」(弁護士)

数独で遊んでいた陪審員らは処罰されないが、数週間以内に新たな陪審員と総入れ替えが行われる。(c)AFP

ありゃまあ~、というのが感想ですが、落合弁護士は次のようにコメントされています。

日本の裁判員制度でも、現在は、まだ制度がスタートする前で模擬裁判が行われている状態にあり、模擬裁判で裁判員役を務めている人々はそれなりに意識が高い人たちですから、「わかりにくい」「自信がない」等々の、まじめに取り組むことを前提にした問題点が噴出しています。
しかし、それ以上に怖いのは、この記事にあるような、やる気のない、ふまじめな裁判員の存在でしょう。
こういった人々も、評議の際には、有罪無罪、死刑に処すかどうか、といった重要な決定に関わることになり、それを考えると、やはり、かなり怖いものがあります。

実際に裁判を傍聴してみると、かなり興味がある法廷(知人が当事者)を傍聴しても、途中で寝てしまうことがありました。

少なくとも、今の裁判の進行では、素人が法曹人でかつ裁判慣れしている人たちと同等の緊張感や集中力を維持するのは不可能です。 (逆に、弁護士が法廷で集中していたために、次のスケジュールの時間をまったく間違えていて、傍聴人は全員知っていたという椿事もありました)

わたしは、基本的に裁判員制度賛成で、その理由は裁判に市民参加が良いだろうと思うからですが、それが裁判員裁判がよいのか?となると非常に根本的なところで、なぜ、陪審制ではなくて参審制にしたのか疑問を感じています。

ところで、このニュースの記事のように裁判員が公判中に不適格な行動をした場合の手続は決まっているのでしょうかね?
現時点では、裁判員が事故や病気だと交替だと思っているのですが、公判が丸々一日終わったところで「全然意味がない」とか分かったらどうするのだろう?

裁判を打ち切って、やり直しになるのでしょうか?

6月 12, 2008 at 09:35 午前 裁判員裁判 |

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コメント

 日本の場合は、マークシート世代が増えてますんで、
判断に迷ったら鉛筆を転がす
が主流になるかもしれません^^;)。

投稿: apj | 2008/06/12 17:27:53

今日も高校に行ってきたのですが、教育というか知識とか生活といったことについて、最近は「説明できないほどややこしい」とか「簡単な答えは無い」といった指導が欠落しているのではないのか?と思うようになってきました。

現実問題として世の中に簡単な事なんてのは無いわけで「資格さえあれば」といったことは通用しない場合の方が多いくらいだ。

ところが、子どもたちの指導は「単純明快」ばかりだから、本当は難しいことを無理矢理単純化して解答するようなところがあります。

むしろ解答が「あれもあればこれもある」といったものの方が、実社会では議論できるわけです。

なんか入口から間違っているような気がします。

投稿: 酔うぞ | 2008/06/12 21:54:52

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