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2008.06.13

続・ネット犯罪予告に対応可能なのか?

「ネット犯罪予告に対応可能なのか?」の続編です。

パソコン通信のNIFTY-Serveでは管理者(SYSOP)はニフティ社と契約していましたから、管理は契約上の義務でした。

その中には、発言削除から通報まであったわけですが、当初はそもそもネット対応の法律が無くて、ずいぶんと勉強したものです。

最初に考えたのは著作権法への対応でした。パソコン通信最後の方には、児童ポルノ児童売春禁止法とか、個人情報保護法なども出てきました。

今回問題になっているような、重大な刑事事件に発展するかもしれない情報をチェックして必要であれば警察に通報するというのは、NIFTY-Serve時代にも理論上はあり得ました。
しかし現実の事件にはならなかったようです。

今回の「殺人予告」とはまったく違いますが、インターネットを利用した殺人事件は、2001年1月にイスラエルで16歳の少年が射殺された事件で、当時ネット界で「とうとう殺人か」と話題になります。

それ以前にわたしが人に説明するときに「ネットワークは普通の実社会と同じで、犯罪もあります。詐欺などは多いが、今のところ殺人事件はない」と言っていましたが、この事件以後それは言えなくなりました。

しかし、ネットワークが日本で一般に公開されたのが1985年、16年経って世界初の殺人事件が起こり、さらに7年経ってネット予告の大量殺人事件となりました。
大量刺殺事件は歴史的にはかなり昔からありますから、ネット予告が初めてとなります。
ネットの歴史から見ると、凶悪犯罪にネットワークを使うのはかなり最近の事だと言えます。

パソコン通信のNIFTY-Serveの時代にも、裁判員裁判になりそうな事件はありました。
わたしが記憶しているのは、チャットの相手がネットオカマだと知って、アパートの部屋に灯油を撒いて放火した。という事件がありました。

つまりは、凶悪事件のタネになるような人と人の出会いもネットワークだから当然あるという事です。
しかし、管理者のサイドから見ると色々と段階を追って見るしかありません。

  1. まったく問題なし、非常に平和。
  2. いわゆる、荒らしなどにどう対応するか?
  3. 他人にを欺したりする、危険がないか?マルチ商法などが代表ですね。
  4. 度の過ぎたいたずらにならないか?浮気・不倫が代表かな?
  5. 本当に危険な情報ではないのか?自殺・誘拐・襲撃・・・・・
  6. ネットワーク活動自体が犯罪ではないか?著作権侵害、名誉毀損

この程度はすぐに思いつきます。
しかし、実務的には参加者の刑事にあらかじめ「本当に殺人を実行します。住所氏名」なんて書いてないわけですよ。
まして「あのヤロ~ぶっ殺す」と書く(発言)する事は珍しくない。

つまり、管理者にとって「危険な発言」が事実かどうかが先ず分からない。
これが「殺します。何月何日」とか見つければ、その段階で警察に通報できるでしょうが、そこまで問題のある掲示を放置しておくべきなのか?となります。
人間の心理として事件を予告するような場合「多くの人に見せたい」という気持ちが重要なのだそうです。

そこでパソコン通信時代のNIFTY-Serveのように管理者がマメに発言削除すると、そういう発言自体をしなくなります。
この「予防的な発言削除」については、当時から評判が悪くて多くの人が「自由に発言できて消されない」という事で2ちゃんねるに書き込みました。

延々と書いて何を言いたいのか?というと、ネット上で管理者が見ている範囲では殺人でも文字だけから、実行してしまうのまであるわけですから、その判断は極めて難しい。フィルタリングソフトなどはうまくいかないでしょう。

そこで、判断をするために必要があれば調査しないと削除することも通報する事も出来ない、という事になります。
管理者としての実態はこの場面になることが圧倒的に多いでしょう。
著作権法違反とか、名誉毀損といったことがらであれば、被害者が分かりますから被害者に連絡を取ってみれば、争いの内容が分かる事が多いです。

しかし、無差別殺人の計画なんてのは場所が特定されない限りは予防も出来ません。
今回、総務省と警察は「通報してくれ「となりましたが、じゃあ「明日、地下鉄で無差別に殺します」とか書き込まれても、警察だって対応できません。どの地下鉄なのか分からないのでは、あっちこっちの都会が警戒態勢を敷く事になります。

つまり「通報する」事だけでも、大変な手間が発生するものなのです。 まして、書き込み内容をマメにチェックしている掲示板や、読者がいない掲示板などには「見せたいのだから」書き込みはありません。大量に発言があって読者が多い、匿名で発言出来る、削除が少ない掲示板。となりますから、そういう掲示板で「発言をチェックする」には新たに人員を配置する必要があります。

その上で、上記のような「作業」が必要なのだから、わたしには実行不可能に近い話だろうと思われるのです。

6月 13, 2008 at 05:40 午後 ネットワーク一般論 |

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受信: 2008/06/16 13:02:04

コメント

 どうもパニック状態に陥っているように思えます。第一、犯罪予告をわざわざしてくれる人が、全体の犯罪に対してどれくらいの比率なのか考えれば、そのような事に労力を費やす前に、もっと出来ることは多いと思います。
 思いつきだけで行動するまえに、まあ落ち着け、と冷静にたしなめる人がいないのでしょうかね。

 先日可決されたネット法案もそうですが、発生した事件を奇貨として、インターネットへの監視を強化したいだけではないかと邪推してしまいます。

投稿: SatoRue | 2008/06/13 18:27:51

SatoRue さん

    先日可決されたネット法案もそうですが、
    発生した事件を奇貨として、
    インターネットへの監視を強化したいだけ
    ではないかと邪推してしまいます。

そういう面は間違えなくあると思います。
ただ「ちょうど良いから」というほど頭が回転している
とは思えない。底まで知らないだろうと思うのです。

むしろ単純に「急速にネット利用が広まるのは悪いはずだ」
といった雰囲気でやっているのではないかと思います。

どっちにしろ、問題がどこにあるのかを考えていない
だろう事だけは確かで、
それでは問題解決の方向にすら向かない、というべきです。

投稿: 酔うぞ | 2008/06/13 19:17:45

今回の犯人の書き込みを読むと果たして「予告」なのか?と感じます。
限りなく独り言に近い書き込みで、私の反抗予告のイメージである事前の犯行声明とはギャップが存在します。

独り言を誰も聞こえない肉声で言うか、誰かが見るかもしれないネットで吐き出すかの違いにしか感じられません。

独り言まで規制される社会と言うのはいやなものです。

投稿: サルガッソー | 2008/06/14 14:00:05

サルガッソー さん、

>今回の犯人の書き込みを読むと果たして「予告」なのか?と感じます。

そうですよね。
だから、地震の前兆現象(apjさんの喩)と同じなんですね。
多分、地震予知と同じ運命を辿ると予想。

投稿: zorori | 2008/06/14 16:37:26

(マスコミがなんとなく想定していそうな)パーフェクトは無理と思います。でも、努力を放棄すべきではないとも思います。やっぱり公共空間で「殺します」というのは異常でしょう。不特定多数が読めるものを「独り言」とみなすのはちょっと変ですよ。(くどいようですが今回の事件が防げたはずだとは言いません)

投稿: やまき | 2008/06/15 23:08:45

    パーフェクトは無理と思います。
    でも、努力を放棄すべきではないとも思います。

う~ん、努力は必要であることには異論はないですが、効果があるとは思えないのですよね。

先ず、何事でも同じですが、効き目があれば副作用もあるわけです。さらには利かない場合もでてくる。
社会に働きかけるのだからコストも重要です。

  働きかけ関数(コスト)=効果あり+効果無し+副作用=最終的な効果

なのでしょう。
そして、時間共に変化する。

わたしが問題にするのは、もちろん「最終的な効果」が「コスト」に見合うか?です。

努力とはコストに他ならないですから、コストを掛けましょうというのは賛成で、何とかするべきだと思う。

問題は「何をするのか?」つまり関数ですね。
これが大変に難しくて、機械的にチェックするのなら安いけど、人手を掛けると途端にコストは跳ね上がるけど、最終的な効果はさほど高まらない、という関係になるように思います。

投稿: 酔うぞ | 2008/06/15 23:34:53

酔うぞさん、おはようございます。

>わたしが問題にするのは、もちろん「最終的な効果」が「コスト」に見合うか?です。

その通りですね。ただ、「人命は地球より重い、コストでは論ぜられない」と言う人もいます。1兆円の費用がかかろうとも、殺人事件1件を防げれば十分であるとかなんとか。

でも、その費用を交通対策に投じれば100人ぐらいの命が助かるかもしれない。そうすると、100人を犠牲にして1人を助けていることになりますね。

問題は、警察の中でも殺人事件と交通対策は別の部署で縦割りだということではないかと。ましてや、社会全体のコスト配分はなかなか難しいですね。

投稿: zorori | 2008/06/16 7:19:01

はじめまして。
この件について興味深いITmediaの記事です。http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0806/12/news036.html
やはりCGM的な仕組みが現実的なのでしょうか?

投稿: tt | 2008/06/16 9:33:34

酔うぞさん、もちろんおっしゃることはわかります。
ただ、依然として、パーフェクトを基準としてコストや効果の計算をされているように思われます。対策といったって、警察などが出動するものから「おいおまえ、なんかヤバい投稿してるんじゃねえか?」と警告を出すだけのもの(案外バカにしたもんでもありません。ささいなきっかけで踏みとどまる奴だっているでしょう)まで多々ありますよね。
それと、コスト対効果という話は一見自明なんですが、効果の測定の困難な防犯という文脈でもちだすのはどうかなと思われます。双方証拠がないままでの不毛な議論が展開されかねません。

投稿: やまき | 2008/06/16 13:57:28

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