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2008.06.22

小学校の天窓から6年生が転落死・その3

「続・小学校の天窓から6年生が転落死」にいただいたコメントで知った記事です。

日経新聞より「小6転落死、区が設計時に「3階屋上に児童入らず」と説明

東京都杉並区立杉並第十小学校で6年生の(12)が屋上の天窓から転落死した事故で、校舎設計時、杉並区と同小の担当者が「3階屋上に児童は立ち入らない」と説明したため、設計士が天窓の安全柵を設置しなかったことが19日、関係者の話でわかった。

同小は説明に反し、校舎が完成した 1986年当初から屋上を授業に使用して児童の立ち入りを続けたという。

設計士は「屋上に児童を入れるのなら、安全柵を設置したはず」と話しており、児童が立ち入らないことを条件に設計された屋上で20年以上も授業をしていた同小の安全管理体制が問われそうだ。

関係者によると、校舎の設計が話し合われた80年代前半、
杉並区と同小の担当者は設計士に
「3階屋上は普段鍵をかけるため児童が入らない」「屋上は使わない」と説明。
このため設計士は3階屋上の天窓を安全柵で囲ったり、天窓の下に防護ネットを設置したりしなかった。

大本の原因については、予想の範囲かなといった感想ですが、問題としては「なぜ設計段階の決定を無視して使い続けることが出来たのか?」でしょう。

この事故については、ネット上でも刑事責任の追及を誰に向けるのか?という話がいくつか出ていますが、今回明らかになった情報によれば刑事責任の追求で将来同種の事故を抑止することが出来るとも思えません。

いつも読んでいる「元検弁護士のつぶやき」さんでは、長い間医療訴訟関係の問題を取り上げていて、特に医師が医療の結果について刑事責任を問われることについての議論が深まっています。

その議論の一部に、事故調査のためには刑事免責や司法取引が有効ではないかという意見が出ています。
わたしは航空機事故の調査に代表されるように、刑事捜査優先では事故原因が解明できず、同種の事故を繰り返すことが多いという点で、事故についての刑事捜査の後回しあるいは免責や司法取引を真剣に考えるべきだと思っています。

今回の天窓からの転落事故の元々の原因が、記事の通りだとすると、校舎を企画した区側の担当者が決めた「屋上には立ち入らない事として設計した」という情報そのものが、伝えられなかった可能性が高いように考えます。

しかし、20年間も継続して使っているのですから、親子二代でこの屋上に上がったことがあるという人もいるような「公開された情報」でもあったはずです。
にもかかわらず「本来は立ち入っては行けない場所だ」と誰も気づかなかったのでしょうか?

地域における危険な情報の共有という観点では、完全に失敗ですね。
20年の間に「屋上に上がって大丈夫なのか?」といった問い合わせは何件かあったと思います。
それでも調べなかった。

こうなると、この事件の最大の問題点が「20年間も放置された情報共有の欠如」はなぜ起きたのか?という「原因解明」は非常に重要な意味を持ちますね。

強制力のある事故調査委員会がないと、警察以上の調査は無理なんですよね。
書類の押収などしてでも、原因調査をするべきだと思うのです。

6月 22, 2008 at 01:31 午後 教育問題各種 |

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コメント

打ち合わせ情報の共有と継続はもちろん重要なのですが、現状では、難しい面があるような気がします。

安全対策にはハード(施設)対応とソフト(運用)対応がありますが、後者はメンテナンス業者のようなプロでない限り、守ってもらう保証はありません。家電製品では一般利用者向けに取説があり、それを無視した場合は自己責任ということになっています。でも、これは訴訟対策のようなもので、現実には取説を読まない利用者は沢山いて、そういう人の安全は端から諦めているわけです。

それで、学校の施設管理者はプロかというと、立場上はそうかもしれませんが、実態上は素人が大半だと思います。教師や事務方が本来業務の片手間に行っている状況ではないでしょうか。さらに、建物には家電並みの取説すらないのが普通です。

こんな状況ですから、建設時の担当者(素人)との打ち合わせによる運用対策はあまり当てにできません。そこで優秀な設計者は、将来の使い方の変更を見越したフレキシビリティのある設計をします。

今回のような場合、屋上使用してもよいように設計するのがひとつの手ですが、無駄な費用が必要になり高い保険料になります。もうひとつの方法は、打ち合わせ記録が忘れ去られても、屋上使用する気にならないように設計することです。具体的には階段や手すりを設けなければよいわけです。実は、大人の教師でもトップライトが危険だという認識が薄かったのではないかという気がします。だから屋上で授業をした訳でしょう。しかし、手すりがなければ、打ち合わせや規則の有無にかかわらず使おうなどと誰も考えないはずです。

以上、現状では設計対応が重要という意見を述べましたが、将来的にはそれだけでは対応できない事例もあると思います。特に、学校のような公共施設では施設管理者は名実ともにプロであるべきと考えます。むしろ、民間施設の方がそういう意識が進んでいるのかもしれません。施設が企業の収益に占める比率は非常に大きく、不備があった場合の損害も大きいわけです。そのような視点からファシリティマネジメントを重視する経営者も増えています。学校もそのようになれば、打ち合わせが無視されるような事態は少なくなると思います。

投稿: zorori | 2008/06/23 19:50:35

連投、失礼します。

学校のような公共建物の施設担当者の実態は以下のようなものだと思います。

先ず、建物の新築などは数十年に1回の出来事です。従って、専門の職員を常雇用しておくことは普通ありません。日常管理のための用度課とか施設課などが設置されていればよい方で、普通は運の悪い会計課の職員が対応することになります。さらに、自分の家なら最優先かつ真剣に対応するでしょうが、そのような職員は本来業務をこなすのに当面忙しいのです。そのため、建築の設計者と認識に大きなタイムラグが生じます。設計余条件整理などの打ち合わせの段階は設計者にとっては非常に重要なのですが、施設担当者にとってはまだ後でなんとでも変更できるという認識で全然ピンと来ていないのです。現場で工事が始まって姿が目に見えて初めて、いろいろと注文が出てきたりするわけです。

このような片手間仕事では責任ある対応は無理があります。とはいえ、正職員での対応は無理でしょうから、専門家への外注が妥当だと考えます。ところが、受け手の業界がまだ十分育っていないという実態もあってなかなか難しいです。

投稿: zorori | 2008/06/23 20:18:50

>こうなると、この事件の最大の問題点が「20年間も放置された情報共有の欠如」はなぜ起きたのか?という「原因解明」は非常に重要な意味を持ちますね。

個々の「原因」はなんというか非常に単純なことのようですので、今後どう対策していくかを重視していって欲しいところです。

>杉並区と同小の担当者は設計士に
「3階屋上は普段鍵をかけるため児童が入らない」「屋上は使わない」と説明。
このため設計士は3階屋上の天窓を安全柵で囲ったり、天窓の下に防護ネットを設置したりしなかった

この部分で今回の問題点が結構ありますね。

設計の問題については、当時の条件で設計したわけで、後は使用者側の問題だと思いますが。

1.同小の担当者から、天窓の問題がつたわっていなかった(議事録含め)
2.同小の「屋上を使わない」方針が、危険の洗い出しなどの作業なしに変更された
3.使用者が使用している屋上の危険について気付く感度が鈍く、危険の洗い出しも行われていなかった

で、私は今回3が最も重要と思っています。

1.は伝わりにくくロスはあるんでしょうが、なんらかの形で残すようにしていかないといけない。
2.も、使用許可する前に、「何故、屋上が使用禁止だったのか」という疑問と調査をしろ、ということなんですが、1.が失われていたらしょうがない・・・のか?
いや、3.と同じなんですが、現場を見て、記録どうこうでなく、「危険を確認して」使用許可するなり制限するなり許可する前に改善工事するなりできたはず。

3.は「安全に対する感度」なんですが、そこまでの感度は求めないにしても、「大人」でなく「子供」が使う場所であれば、「子供」に対してどうかの視点は求められます。
ここが最大の問題点でしょう。

屋上の写真を記事などでみましたが、今回の事故は「天窓」で発生しましたが、
1.柵の高さ
2.地面の配管(転倒)
3.室外機のカバーの不備(手をつっこんだりする)
など、他にも不具合がないのかといえばあるのであって。

「安全」=「想定条件で一定レベル以下のリスクを回避した状態」であって、全く危険が無い状態ではないのですが、先生方がそのあたりをどうとらえていたかが気になるところです。

投稿: 北風 | 2008/06/24 7:12:15

    「安全」=「想定条件で一定レベル以下のリスクを回避した状態」
    であって、全く危険が無い状態ではないのですが、
    先生方がそのあたりをどうとらえていたかが気になるところです。

この点は、わたしが行っている複数の学校の先生に共通しているところは、非常にボトムアップ的と言いいますか、ルールを作って着実に、といった方が圧倒的です。

もちろん、我々に付き合っていただく先生はキャリア教育に興味がある方ばかりですから、例えば製造業の話に興味を持っていただけますが、先読みとか中抜きといった事にはなかなかならない。

極端に言えば、実業界では結果OKであるわけですが、学校の中ではこれは皆無と言って良いです。
なんでこんな事になるのか?と考えてみると、もちろん中抜きで結果OKでは授業にはならないわけで、当然プロセス重視なのでしょうが、もう一方に試験範囲などについて過度に厳密になってきていることも重要な要素のようです。

例えば、数学の試験で、社会問題をテーマにした英語の文章を理解して、答えを計算する。といった極端な応用問題をやらせると面白いという話は出ますが、現実にそんな試験はあり得ないです。

こういう、個々のプロセスの正確さを組み立てた上で授業行い、成績を個々のプロセスの完成度で評価しているから、基本的に学校の中ではイレギュラーなこともプロセス化されているところがあります。

例えば、生徒が学校を抜け出すエスケープの時期というのがあるのだそうで、その頃には先生が見張り番をしている。
こうやって、結果的には安定させているのでしょうが、そういう厳密なプロセス重視の要求は当然想定条件も狭めているのでしょう。
わたしの考えるところで、想定する範囲が狭いのは、学校運営全体の問題だと考えています。

投稿: 酔うぞ | 2008/06/24 10:33:49

>こうやって、結果的には安定させているのでしょうが、そういう厳密なプロセス重視の要求は当然想定条件も狭めているのでしょう。
わたしの考えるところで、想定する範囲が狭いのは、学校運営全体の問題だと考えています。

う~ん、ここで言うところの「プロセス」が分かりにくいのですが。

授業において、理科の実験など、生徒へ何を教えるか?のテーマは練りつつも怪我しないような配慮をされているわけで。
過去のエントリの「砲丸投げ」のようなものもありましたが、想定条件も含めた生徒の安全確保というのは、それはそれでプロセスなんだと思いますが。

投稿: 北風 | 2008/06/25 6:51:51

>う~ん、ここで言うところの「プロセス」が分かりにくいのですが。

プロセスというのは他に適当な言葉を思いつかなかったからですが、目的よりも手順を重視するといったことを強調したかった。

例えば、職業の話をするために生徒をクラスに無関係に集めた教室で、先生が孔子であるわたし達に話しかけてこなかったことがあります。

これだと部外者にとっては、どうやって授業が始まるのかが分からない。

そこで、先生らしき人に聞いたら、「出席を採るだけですから」と答えた。
じゃ「これで全員か?」と聞いたら、「担任じゃないから分からない」と答えた。

要するに「教室にいけと言われたから来た」という以上の意味はない。

この場合、目的は無いわけです。
教室に来るというプロセスを重視している。
当然、社会人が何を話すのかなんて関心無い。

目的無しでも手順は実行する、場合もあるような状況ですね。

もちろん、ここまでひどくなくても、手順と目的では、目的抜きでも手順を実行すれば良しとする、というところがあるのでしょう。

安全の確保については、安全を確保するための手順であるべきはずのところを、手順だけ実行するから、イレギュラーに対処できないということはありうると思います。

投稿: 酔うぞ | 2008/06/25 7:15:50

>プロセスというのは他に適当な言葉を思いつかなかったからですが、目的よりも手順を重視するといったことを強調したかった。

「マニュアル重視」というか、手順の意味について問う姿勢に欠けているというか。

40人(×複数クラス)の生徒を相手にするので、いちいち意味を問うていられないのだとは思うのですが。

>安全の確保については、安全を確保するための手順であるべきはずのところを、手順だけ実行するから、イレギュラーに対処できないということはありうると思います。

製造業なんかでも、「マニュアル重視」というか「手順書」はあるけどその背景の意味などが薄れていって「手順の実行」になっていって事故が起きるということはありますので、教員に限ったことではないんでしょうけど。

 「イレギュラー」にどう対応するか、は必ずしも「イレギュラー」ではないわけで。
「防災訓練」など「イレギュラーを想定して手順化しておく」ことで、「イレギュラー」が手順化される。
 今後の危険防止として、「校内の見落とされている危険箇所」というイレギュラーに対して、発見~事故防止をどう手順化するか、ということでもいいんですが。

投稿: 北風 | 2008/06/25 7:54:35

小6にもなりゃ、何が危険で、何が安全か、の区別くらいつくだろ?。ただ、今回の東北地震で改めてわかったように、学校設備が、ものの2~30年で劣化するようなつくりじゃ困るがな。ただ言えるのは、先日の「秋葉原通り魔 無差別殺傷事件」そして今回の件、「人(大事な友達)が一度死んだら、二度と生き返らない」ということはわかったんじゃないか、ゲーム世代は(リセットすればやり直せる、それと一緒で)『一度死んでも、生き返ると思う』っていうバカが多いからな、目の前でこういうことが起こりゃ、身にしみてわかったんじゃないか、「教科書には載ってない」言い勉強が出来たんじゃないのか。

話は変わるが、宮崎の東国原知事が「体罰容認」発言をした、と「ハッケン」[フジテレビ]でやっていた、口で言って聞かなきゃ、体でわからせろ。これ[コメント]を読んで不快に感じたんなら、自分の子どもの教育をきちんとしろ。他人に注意されて文句があるなら、最初からしつけろ、それが親の役目だ。


投稿: とおる | 2008/06/26 4:51:32

>とおる さん

>小6にもなりゃ、何が危険で、何が安全か、の区別くらいつくだろ?。

屋上の手すりに(例えば平均台のように)乗って遊ぶ。のであれば、危険なことは予想できるでしょうが、今回の事故の天窓の樹脂製トップの場合は、果たしてそこまで断言できるものでしょうか?

投稿: Enzo Romeo | 2008/06/26 18:49:03

>enzo さん
透明のガラス等に乗ったら危ないのは、小一でも分かりそうですが…
下が見えるんですよ? 陸棲動物として、本能的に恐怖を感じると思いますが…

投稿: 体罰反対 | 2008/06/27 13:06:39

>本能的に恐怖を感じると思いますが…

そりゃそうですが、だからどうすれば良いか?というのは別の話でしょう。

恐怖を感じたはずなのに乗った小学生が悪い、というのは無理だと思いますけど。

投稿: 酔うぞ | 2008/06/27 16:14:53

>体罰反対 さん

成金なひとの家で、床が(強化)ガラスでその下を錦鯉が泳いでいる、なんてのをテレビで見たことがありますけど、立入禁止の柵がなければ上に乗っても大丈夫だろうと思ってしまう可能性がないとはいえませんよ。

投稿: Enzo Romeo | 2008/06/27 18:56:57

>透明のガラス等に乗ったら危ないのは、小一でも分かりそうですが…
下が見えるんですよ?

杉並区の小学校の天窓は不透明では?

http://sankei.jp.msn.com/affairs/disaster/080619/dst0806192211010-n1.htm

上に乗って遊ぶと楽しいよと訴えかけているように見えませんか?

投稿: zorori | 2008/06/27 19:52:13

幼稚園児、保育園児、小学校1年生じゃあるまいし、説明されなきゃ、「何が危険」で「何が安全なのか」さえもわからんのか?。

投稿: とおる | 2008/06/28 20:36:42

酒飲んで運転したら危険、一気飲みは危険、運転しながらいちゃついたら危険・・・
ということもわからない大人も居るし。

投稿: tambo | 2008/06/28 23:41:53

人間は常に理性的に行動するとは限らないですからね。
危険防止には、理性的でない、あるいは意識不明でも危険に陥らないといったところまで対策することを目指すべきなのでしょう。

投稿: 酔うぞ | 2008/06/29 0:04:55

>幼稚園児、保育園児、小学校1年生じゃあるまいし、説明されなきゃ、「何が危険」で「何が安全なのか」さえもわからんのか?。

「危険があるとすればそれはどういうことか」は分かるでしょうが、現にある施設を見て「それが危険か安全か(その危険度合いがあるレベル以上か以下か)」を見分けるのは難しいと思いますよ。


投稿: 北風 | 2008/06/29 2:25:21

とおる氏のコメント(最初の方)はマルチポストみたいですよ。

危険教育もさることながら、マナー教育も大事かな。

投稿: zorori | 2008/06/29 10:06:54

まぁ雰囲気で大体は分かりますから、大人の対応と言うことでよいと思いますよ。

話を無理矢理繋げますが、学校に行くようになって色々大変なのだなと理解してきましたが、それをうまく表現することが出来ないでいます。

先日思いついたのは「学校での勉強はレンガの積み上げのようなところがある」です。

レンガを学習の単位と捉えます。
高校でレンガを積み上げるのは当然だとしても、レンガ積み競争をしても家にはならない。
闇雲にレンガを積んでもダメで「どういう積み方をするのか?」を考えながらレンガを積むべきなんですね。

ところが、学校では教科というか先生が独立しているから、家の作り方を授業で取り上げないわけです。
それよりもレンガ積み競争の方がやりやすい。

今度はレンガ積みが自己目的化してしまって「レンガ積み競争ルール」が精密化していくのでしょう。
これが出題範囲が問題になったり、解答に迷いが生じないように、選択式の解答になっていく。

レンガを積むことが家を造ることだ、なんてのは吹っ飛んでしまっているわけです。
この問題を個々の先生の責任にするわけにはいかないのですが、こういう傾向は非常に強いです。

応用力が極めて弱いなんてのは、細切れ学習のやりすぎだからだと思うのです。

投稿: 酔うぞ | 2008/06/29 10:24:18

大人でも説明しないと分からない危険は文明の発展とともに増えてきます。

飲酒運転が危険だとは今では誰でも分かっていますが、半世紀前はそうでもありませんでした。普通に飲酒運転していました。海外では今でもそんなところがるかもしれません。警察が懸命に説明を続けたから、そんなこと当たり前になったのですね。

建築に関することでは住宅のバルコニーや窓際に物を置くのは危険です。子供が足場にして手すりを乗り越え転落する可能性があります。説明なしで分かっている人はどの程度でしょうか。

投稿: zorori | 2008/06/29 10:27:32

>大人でも説明しないと分からない危険は文明の発展とともに増えてきます。

・危険の存在の把握
・危険のレベルについて

の2点があって、これを区別しないと話が混線するので。

>建築に関することでは住宅のバルコニーや窓際に物を置くのは危険です。子供が足場にして手すりを乗り越え転落する可能性があります。説明なしで分かっている人はどの程度でしょうか。

この辺り、
「危険の存在の把握」
「子供に対して確保すべき安全レベル(回避すべき危険レベル)」
の2つの問題があるんですよね。

投稿: 北風 | 2008/06/29 10:37:07

ひょいと思いついたのですが、事故の危険の度合いと、事故が起こりうる状況(?)は釣鐘曲線のような理解で良いかもしれませんね。

例えば、バルコニーに踏み台になるような物を置いたら、転落事故になる状況が準備(?)されたわけです。
その時の危険度は高い。

これが、平屋の一階建ての日本家屋のようにそもそも窓がほとんど無くて、縁側ばかりといったところでは転落事故になる状況からはほど遠い。

結局、危険度が高いところでは厳重な注意が予防策になる、しかし対策としては危険な状況になること自体を取り除いてしまう、のもアリだな。

ここらをバランス良く使い分けるのが、生活の知恵でありましょう。

投稿: 酔うぞ | 2008/06/29 10:48:18

 「防護策がない」っかいてあったり「注意書きがない」ってのは驚いた、どこにもありそうだよね「危険、入るな」って朱書きしてるよね?。屋上に策がないってホントなの?、オレが通ってた小学校昭和42年創立だが、あったよ。屋上に上ってないが、下から見りゃわかだろ、いんなもん。

酒飲んで運転したら危険だっって言う認識がないやつも確かにいるよ。だから事故は減らないんだろ。

 北風さん
「幼稚園児・保育園児・小学校1年生じゃあるまいし」の件、だったら親が一緒に行って、危険な場所、安全な場所を教えるべきでしょ?。
 まぁ、今の時代「共働き世代」で、子どもが学校から帰ってきても「お母さん」がいつもいるわけじゃないでしょうから。「学校(校庭)開放」もしてないよね、『学校長の許可なく、校内に入らないこと』かなんか注意書きしちゃって、入れないようにしてるもんな。『不審者対策』とか言って、校門も普通に開けられなくしてるのは、どうなの?。確かに「子どもたちを危険から守る」ってのは学校に課された使命だろうけど、危険予知能力は磨けないだろ、ただでさえないのに。

なんか、最後の方違う方向に言っちゃった(内容が)、ごめんなさい。

投稿: とおる | 2008/06/29 10:48:56

とおる さん

zororiさんが、上で紹介されたURLの写真をちゃんとご覧になりましたか?
http://sankei.jp.msn.com/photos/affairs/disaster/080619/dst0806192211010-p1.htm
http://sankei.jp.msn.com/photos/affairs/disaster/080619/dst0806192211010-p2.htm

天窓には柵や注意書きはありませんよ。
脊髄反射なコメントを書き散らす前に、元エントリーや他者のコメント、この事故の詳細をよく見ておくべきかと思います。

投稿: エディ | 2008/06/29 13:33:17

とおるさん、

>「幼稚園児・保育園児・小学校1年生じゃあるまいし」の件、だったら親が一緒に行って、危険な場所、安全な場所を教えるべきでしょ?。

いや、こんな天窓、見たこともない親も多いと思いますよ。だから、施設管理のプロがちゃんと管理すべきではないでしょうか?

親や先生にも無理なことは子供では当然不可能でしょう。

投稿: zorori | 2008/06/29 17:11:53

 少なくとも「教師」は、押さえとくべきじゃないの、その学校に勤めてるんなら。あとひとつ、「校内危険マップ」でも作って保護者に配るべきじゃないの?、そうすれば親も「ここは行っちゃいけないよ」って教えられるだろ、それでも行くようなら、ただのバカだ。もはや「好奇心旺盛」じゃ片付けられまい。

投稿: とおる | 2008/06/29 17:49:09

とおる さん

>少なくとも「教師」は、押さえとくべきじゃないの、その学校に勤めてるんなら。

ご説ごもっともですが、
だから元記事を良く読めと。
>校舎設計時、杉並区と同小の担当者が「3階屋上に児童は立ち入らない」と説明したため、設計士が天窓の安全柵を設置しなかった

公立学校は必ず転勤があるので、20数年前(設計時)の教員は誰ひとりいない筈です。
だから区(教育委員会)や学校管理職が危険箇所の申し送りのようなことを、きちんとやっておかないと同種の事故が繰り返されるぞと、システム面での議論をしているのに、なぜ「親」だの「子供」だの、あさって方向に話を持って行くのかな?

投稿: エディ | 2008/06/30 11:21:00

>とおる さん、エディ さん

上の方でコメントに書いているのですが

1.同小の担当者から、天窓の問題がつたわっていなかった(議事録含め)
2.同小の「屋上を使わない」方針が、危険の洗い出しなどの作業なしに変更された
3.使用者が使用している屋上の危険について気付く感度が鈍く、危険の洗い出しも行われていなかった

の3つの問題があって、システムと人(対策法は、教育などシステムになりますが)システムの両方を含んでいます。
どちらも今後の同種の事故につながりかねませんので、双方の対策を望むところです。

投稿: 北風 | 2008/07/01 9:13:14

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