« ロケのトラブルは実は多いのだ | トップページ | 中国の対北朝鮮政策 »

2008.01.21

サイバー VS 文科省その2

Matimulogさん(町村先生)に指摘されてしまいました。

しかし、この点では文科省の方が筋が通っているのではないか。

普通の通信制大学では、少なくとも年2回のスクーリングがあり、そこで日頃の勉強の成果が先生の前で試される建前がある。 これに対してサイバー大学は、上記記事によれば、一般の通信制大学のような「スクーリング(面接授業)」を一切しないことが特徴で、「一度も通学せずに大卒資格が取得できる」とPRしているとのことである。

それでテクノロジーを使い、テレビ会議システムを活用した遠隔対面授業をやるかと言えば、「大学側は、在校生のうち約200人は1回も対面やカメラで本人確認をしていなかった」というわけである。

言い方を悪くすると「目くそ鼻くそ」なのだと思うのであります。

元記事には「サイバー大学がうまく行くものかは疑問無しとはしない」と遠慮がちに書きましたが、一応は文科省とすり合わせをした上で開校の運びになったのだから、とりあえずサイバー大学を否定はしませんが、本音は従前の大学とは全くの別物にならざるを得ないのではないか?とも思うわけです。

その上で、今回問題にしたのが「ICカード」なのか「サイバー大学の仕組み」なのかが問題になるはずですが、文科省は認可した建前からも「ICカードだけを問題にした」のだと考えます。

しかし、町村先生の指摘の通り「そもそもサイバー大学で従前の大学と同質の教育が出来るものなのか?」という疑問はあるわけですが、わたしそれなら文科省は認可するべきではなかった、さらに実は文科省はサイバー大学のやり方を理解できないまま認可したのではないか?と疑っています。

町村先生は次のように指摘していますが

これでは、代返してくださいというものだし、大学の単位だけほしい人向けに、大学の授業を受講してレポートを書くという産業が育成されてしまうだろう。

その通りだと思います。わたしは、文科省はそういう仕組みを認可したのだと思うわけです。

そして、その担保として大学の言い分はパスワードを利用するといった主張などとして出てくるわけ。
わたしは大学がスクーリングが無しで成立するのものか?と思います。

つまり、全然「ICカードの問題じゃない」
インターネット利用のサイバー大学という仕組みがどうあるべきかを、文科省は考えていないのだろう、と思うのです。
結局は、文科省がインターネットで何が出来るのか、インターネットの教育はどうあるべきか、といったことについて腰が引けていて、何も考えていないのだろうと強く疑っています。
そういうインターネットについて「文科省として判断したくない」という姿勢がサイバー大学問題にも現れた、と考えています。

サイバー大学がICカードを使っていない事に対して、ICカードを使えば問題がないのか?と考えると、町村先生の指摘のようにもっと高度な保障を求めて、生体認証とかになっていく。
それでも問題は残るでしょう。

こうなると、文科省は「サイバー大学という仕組みについては、分かりません。考えてません」というの実情なのではないのか?
文科省が主導してサイバー大学が出来るとは思えないのであります。

とどのつまりは「分からない物だから、イチャモンを付けている」のとどこが違うのか?
と思うのであります。

1月 21, 2008 at 08:09 午後 教育問題各種 |

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/2299/17776074

この記事へのトラックバック一覧です: サイバー VS 文科省その2:

コメント

先例となるはずだった長野の大学院は不認可にしてますね。こっちは大学としての体を為してないから、もちっとなんとかせい。といった感じだったと記憶してますが。

それにしても、どう考えても事前に予想できる問題で、大学の信用にも関わる事項。「いくらなんでも、ちゃんとするだろう。」くらいにしか文科省は考えていなかったように感じられます(とくに証拠はありませんが)。そういう意味で「何にも考えていない」と批判されても文句言えないでしょうね。

投稿: 中山 | 2008/01/22 0:35:54

どうせだったら、バーチャルを極めるような、あっと驚くような、従来の大学と発想が違う仕組みにすればよいのにと思います。

あっとは驚かないけど、例えば専用端末を使うことにして、受講生にバーチャルリアリティの中での講義をオンデマンドで受けさせて、その中で音声で質問させたり、講義の要点をしゃべらせたりして、受講確認を取るというのはどうかな?
質問はある程度重複するから回答は省力化できるし、講義の要点をしゃべることで理解も進む。これなら大講義室のリアルな授業よりよくね?

投稿: 町村 | 2008/01/23 0:18:25

町村先生

>どうせだったら、バーチャルを極めるような、
>あっと驚くような、
>従来の大学と発想が違う仕組みにすれば
>よいのにと思います。

全くです。

最初に「サイバー大学をやる」という情報に接したときに「文科省が認めないだろう」と先に思いついて、その後「でもやってみたい人は考えるだろうから、すごくなるかも」と両方を思いました。

それが、スタートしてみたらコレだった。

どうも「徹底的に議論してやりました」では無さそうですね。

今になるとなんか別の思惑があったのかいな?とも思うところです。

投稿: 酔うぞ | 2008/01/23 12:42:01

 ソフトバンクもヤフーも、(1)つっぱしる。(2)したたか叩かれる。普通ならそのままへこたれてもいいところ、(3)そこを克服して強くなっていくというところがありますからね。

 もし、同じ文化を持っていれば、がつんと巻き返しを図るんじゃないかと思いますが、オーナー、スポンサーにどこまで深い思い入れがあるか、意地があるかにもよりますかね。

 一応、バックには、IT企業、通信事業者が控えていますから、やる気さえあれば、金も人も技術も投入できると思います。

 とはいえ、勉強って、本に線をひいて、手書きノートをとって、実際に先生から学び、図書館で調べ、人前で報告し、友人と議論し、たまにはみなで飲食を共にして、同学の者、違う分野の人たちとサロンで語り合えて、というところが基本なんでしょうね。
 
 非常に贅沢ですが、結果として、どうしても暇と金がかかってしまうものだろうと思います。

 パソコンやデータベースや情報ネットワークは、そこに便利さと効率性をもたらしますが、あくまでも補助的な道具でしかないようにも思います。(もちろん、いまやパソコンがないと論文かけない。思考がまとまらない、原稿が送れない、ただですら守れない締め切りがさらに守れないという、情けない状況ではありますけども。)

 ITで大学の機能を全て補完できるのかどうか。バーチャルリアリティがリアリティにどこまで迫れるのかということなんでしょうか。

 でも、やはり人は会った方がいいと思うんですよ。

 そして何より、ここの授業料そこそこ高くてですね。近所の大学に進学するのと経済的な面では大差ないのではないかと。
 メリットや存在意義は「時間」ということになるんでしょうか。でも、図書館を代替するほどのデータベースが提供されているわけでもなし。結局、町の図書館くらいには、足繁く通わざるを得ないと。となるとこれも怪しくなりますね。

 さて、理想的なバーチャル大学に進化していくためには、これから数倍の情報化投資が必要になると思います。
 放送大学よりも、良い先生をもっともっとスカウトしてこないといけませんしね。人件費もかかりますね。
 成功するためには、野球チームをもう1個買うくらいの気合いが必要です。

 でも、そうやって投資をすればするほど、爆発的に受講生が増えるでもしない限り、授業料が一般の大学よりもどんどん高くなるかもしれません。

 そこはお得意の価格破壊をやって、所得格差による教育格差に対する解決策を一つ提示していただきたいと。教育機会を広げていただけるのであれば、それは非常に立派なことだろうと思います。

 ということで、
 「本人確認機能付き専用受講端末」を駅前で無料配布するというようなことをやっていただけないかと。
 「3ヶ月無料」とか。
 このあたりもお家芸ではないかと思うのです。

投稿: 鈴木正朝 | 2008/02/22 10:40:34

コメントを書く