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2008.01.17

三菱ふそう・刑事裁判の記事

「三菱ふそう・クラッチハウジング破断事故で経営者に刑事責任」の続報です。

東京新聞神奈川版が

と3本の記事を、読売新聞神奈川版が

と2本記事を出しています。裁判は弁護側の即日控訴で東京高裁で続くことになりました。

ここまで大量の記事が出てくるのは異例だと思いますが、読売新聞・東京新聞ともにかなり踏み込むことで間接的に強い批判をしていると感じます。

この事件を刑事裁判で社会的な責任追及をすることが正しいのか、わたし自身は疑問があります。
確かに、O-157による集団食中毒事件での業務上過失致死傷罪での有罪判決と同じ構造という指摘はその通りだと思いますが、弁護側の主張にある「部下がやったこと」というものまた事実でしょう。

もちろん、責任者として社長や上司が事件の責任を追及されるのは当然ですが、責任ではなくて原因はどこにあったのか?を考えると、欠陥部品を設計してしまう会社全体であって、社会的な観点からは「会社があることが良くない」となります。

仮に、会社が潰れてその経営責任を経営者に取らせたらその方が理解しやすかったかもしれない。

法的には「リコールするべきところ隠した」で十分なのかもしれませんが、もう一歩踏み込んで「なぜリコール隠しをすることになったのか?」を解明するべきだったのかもしれません。

技術上のトラブルで事故になった例はたくさんあって、非常に有名なのは最初のジェット旅客機コメットの構造疲労による空中分解事故が連続したのがあります。

コメットの墜落は当時は与圧キャビンの疲労試験が行われていなかったことなど、未知の領域の技術を使用したことによる事故と解釈できます。

その一方で、100年・200年前から知られている技術上の問題に引っかかって事故になることもあるわけで、そのために技術者を高等教育して育成しています。

今回の三菱ふそうのハブ破損事故・クラッチハウジング破損事故は、最終的にリコールになるのですが、公表された範囲でも国交省が「リコールの説明になってない」と突き返していた例があったと記憶しています。

以前から繰り返し書いていますが、ハブ破損事故は他社の例を考えると材質の問題ではないのです。
部品の形状そのものが強度不足を生みだしている、と考えるべきです。
しかし、ハブは周辺に多数の部品があるために、部品の形状を変えると交換する部品数が増えすぎてコストアップになる、という判断があったのだろうと想像しています。

裁判がこのレベルまで踏み込んで判断していれば、後のためにも大変に良かったのではないか、と考えますが今回の判決が法的追求の限界であろう事は分かります。

読売新聞神奈川版より「弁護側「承服できぬ」部下の証言巡り失望感

問われる企業責任

三菱自クラッチ欠陥事件の判決を受け、横浜市中区の横浜弁護士会館で開かれた社長被告らの弁護側の記者会見。
「到底承服できない」「予想外の判決」などとして、控訴して戦う姿勢を強調した。

社長被告の主任弁護人の金森仁弁護士は「結果責任を押しつける検察官の主張を追認し、企業経営者に実現不可能な義務を課す判決であり、到底承服できない。上級審で是正されることを確信している。検察は、単に結果責任を過失とした」と即日控訴した。

ほかの被告の判決の受け止め方について、それぞれの弁護人が説明した。

役員被告は「判決は不当で、承服できない。高裁判決で正当な判断を望みたい」と話しているという。会長被告は「無批判に検察官の主張に追随した判決。必ずや控訴審で是正されると信じる」と判決を批判。品質保証部長被告は「予想外の判決にがく然とし、憤りさえ覚えた。不具合はトラック・バスカンパニーの取り扱う案件であり、乗用車部門に属している私に責任はまったくなかった」と話しているという。

過失認定について、金森弁護士は「検察は2000年のリコール問題で、運輸省にとにかく全部報告していればよかったと主張していたが、判決は本当にそういうことが可能なのかすら判断しておらず、あの時、何をすべきだったのかがわからない」と語った。

企業責任を厳しく問うことになった判決内容について「厳しければ、どういうことをすべきかという規範を示すべき。今回の判決はその規範を示していない」とした。

クラッチの不具合自体を知らなかった社長被告の過失が認定されたことについて、金森弁護士は「過失と結果が結びついていればいいが、結びついていない。公判で部下が『自分は基準に従わないで適当に選び出して、上司にはウソの報告をしました』と法廷で証言しているのに全く無視している。なんのために今まで審理してきたのか」と失望感をあらわにした。

横浜地検の中井国緒次席検事は、判決について「当方の主張が認められた判決であると理解している」とコメントしている。

不具合故意に無視

前田雅英・首都大学東京教授(刑法)の話「埼玉で起きた国内初のO(オー)157による集団食中毒事件と同じ構図。汚染井戸水を幼稚園児に飲ませて死なせ、業務上過失致死罪で有罪となった元園長は、水の危険性は知っていたが、O157は知らなかった。

今回の判決は、社長被告が、汚染井戸水に相当する『安全性にかかわる重要部品の不具合』を知っていたと認定し、クラッチ部品の欠陥に対する認識を問わず、事故の予見可能性につなげた。社長被告は、重要な不具合を故意に無視しており、有罪とした判断は納得できる」

三菱自動車を巡る動き

90年6月ごろ大型車のクラッチ部品の不具合が多発
97年11月総会屋への利益供与事件を受け、会長と社長が引責辞任し、社長被告が社長に就任
00年7月リコール隠しが発覚。社長被告が9月に引責辞任を発表
01年5月リコール隠し事件で三菱自と元副社長らに罰金の略式命令
02年1月横浜市内で大型トレーラーのハブが破断。脱落したタイヤの直撃で母子3人が死傷(ハブ欠陥事件)
10月山口県内で大型トラックのクラッチ部品が破損し、壁に衝突した男性運転手が死亡(クラッチ欠陥事件)
03年1月三菱自から商用車部門が「三菱ふそうトラック・バス」として分社
3月母子死傷事故の被害者の母親が、三菱自や国に損害賠償を求めて横浜地裁に提訴
04年5月神奈川県警が虚偽報告事件で会長被告らを、ハブ欠陥事件で部長被告らを逮捕。三菱ふそうがクラッチ部品の欠陥を認めてリコール
6月神奈川、山口両県警がクラッチ欠陥事件で、社長被告らを逮捕
06年4月三菱自や国に対する損害賠償請求の民事訴訟で、横浜地裁が三菱自に550万円支払い命令。制裁的慰謝料は認めず
12月虚偽報告事件で横浜簡裁が会長被告らに無罪判決
07年12月ハブ欠陥事件で横浜地裁が部長被告らに有罪判決
08年1月クラッチ欠陥事件で横浜地裁が社長被告らに有罪判決

読売新聞神奈川版より「天井に目やる社長被告 クラッチ欠陥隠し有罪

横浜市で母子が脱落タイヤの直撃で死傷した事故に端を発した三菱自大型車欠陥3事件。16日の横浜地裁判決は、男性運転手が死亡したクラッチ欠陥事件で企業トップの刑事責任を初めて認めた。

禁固3年(執行猶予5年)の有罪判決を受けた同社元社長・社長被告(71)やほかの元役員について、鈴木秀行裁判長は部下の欠陥隠しを追認したり、不具合の漏れが出ることを承知したりしていたと指摘。長年続いてきた欠陥隠し体質が、事故につながったと結論づけた。

さらに、「不合理な弁解をろうしている」と批判した。弁護側は判決を不服として、即日控訴した。

◆入 廷

山口県で起きた運転手死亡事故から5年。横浜地裁に午後1時10分、社長被告はコート姿で背筋を伸ばし、三菱ふそうトラック・バスカンパニー元社長・役員(70)、三菱ふそうトラック・バス元会長(67)、三菱自元執行役員・品質保証部長(65)の3被告とともに、ゆっくりとした足取りで正門をくぐった。

◆判 決

午後1時30分。横浜地裁101号法廷。グレーのスーツ姿に青いネクタイの社長ら4被告が、長いすに並んで判決言い渡しに臨んだ。
「被告人社長を禁固3年に処する」
無罪を主張してきた社長被告は、大きく頭を動かし、裁判長の方に向き直って見据えた。ひざの上で手を握り締めた。

「(社長に)就任当初から、不具合情報を二重管理していたことなどを熟知していた」
社長被告は「二重管理」の言葉に大きく首を横に振ったり、天井に目をやったりした。

「事故を未然に防止する注意義務があるのに怠った」「不具合の情報が保存されていたのに、国に調査できないと虚偽の報告書を出した」

2時間に及ぶ判決理由読みあげが進むと、社長被告は険しい表情になり、手をさすったり落ち着かない様子をみせた。

◆企業責任

「リコールを多く出せば会社のイメージを損なう」「費用もかさむ」――。判決は、不具合を隠す三菱自の企業体質についても厳しく指弾した。

さらに、「不具合の情報を国に報告するものと、秘匿するものに区別して二重管理していたことが慣行化していた」とした。

三菱自は大口のユーザーを個別に呼んで改修する「指示改修」を販売会社に指示していたが、「指示改修は安全対策として不十分」と結論付けた。

こうした一連の措置について、「安全上極めて不十分な闇改修」とし、社長被告について「代表者として自覚に欠け、無責任」と批判した。

ほかの元役員らについても「長年にわたる隠ぺい体質を打破しようとの積極的な気持ちをもたなかった」と無責任体質を糾弾した。

役員被告は顔をこわばらせて床を見つめ、会長被告はマユをひそめ目を閉じ、うつむいて聞き入っていた。

■三菱自社員ショック隠せず■

16日夜、東京都港区芝にある三菱自動車本社ビル。元社長ら幹部陣の有罪判決に、中年の男性社員は「えっ、本当に? 全然聞いていなかったので、コメントできない」とショックを隠しきれない様子をみせた。

また、川崎市中原区の「三菱ふそうトラック・バス」川崎製作所では、男性社員が「有罪判決が出たことを重く受け止めている。一連の不祥事の後、現場の社員の安全意識は高まり、幹部らとのコミュニケーションも増えた。三菱の社員として、お客様を第一に考え、仕事に励んでいきたい」と話した。

東京新聞神奈川版より『ブランドイメージ守るため』 三菱自元社長ら有罪 遺族 『少し救われた』

欠陥放置は企業トップの責任-。三菱自動車製大型車の欠陥クラッチ事故をめぐる判決公判で、横浜地裁は十六日、三菱自元社長の社長(71)ら四被告に有罪判決を下し、「会社代表者として無責任な態度だった」と企業トップの過失責任を厳しい口調で断罪した。四被告は即日控訴したが、三菱自製の欠陥車で愛する家族を奪われた遺族らは「少し救われた」と安堵(あんど)の表情も見せた。 (三菱自裁判取材班)

午後一時十分、横浜市中区の横浜地裁前に姿を見せた社長元社長ら四被告はいずれもワイシャツにスーツ姿。やや緊張した面持ちながらもゆっくりとした足取りで、弁護人とともに一〇一号法廷に入廷した。

鈴木秀行裁判長に促され、座ったままで有罪の主文を言い渡されると、社長被告は大きく首をかしげ、残る三被告は硬直したように顔をこわばらせた。ひと息置いた後、鈴木裁判長は淡々とした口調で、判決理由の朗読に入った。その中で裁判長は「ブランドイメージを守る目的で、ヤミ改修を行っていた」と指摘した。

一昨年十二月、虚偽報告事件の横浜簡裁判決で無罪を言い渡された際、「警察と検察は猛省を」とコメントした三菱ふそうトラック・バス元会長の会長被告(67)。今回の公判でも、「検察官は無理やり、過失構成した」と強い口調で捜査当局を批判したが、この日の判決では、その面影はなく、みけんにしわを寄せ、目をつぶったまま動かなかった。

大型車部門の最高責任者だった元役員の役員被告(70)は顔をしかめてうつむいていたが、厳しい判決の朗読が続くと、込み上げるおえつを抑えるようにせき払いをした。品質・技術本部副本部長だった品質保証部長被告(65)は両手をひざの上に置き、目を閉じて、うつむいたままだった。

満員の傍聴席には、欠陥クラッチ事故で亡くなった男性運転手=当時(39)=の遺族もいた。公判で証言台に立ち、「(リコールしないことに)一人でも強く反対していれば、主人は死ぬことはなかった…」と悔しさをにじませた男性の妻に代わり、この日は息子が傍聴。じっと判決に聞き入っていたが、閉廷後はほっとした様子を見せた。

傍聴席抽選 3倍の132人

横浜地裁前には昼すぎから、用意された一般傍聴席四十二席に対して約三倍の百三十二人が抽選に並んだ。二〇〇四年十月六日の初公判から約三年三カ月が経過したが、一流企業の頂点に立った元社長らの刑事責任を追及する裁判への関心の高さをあらためて示した。

抽選に並んでいた横浜市泉区の無職男性(64)は「一流企業の元社長が死亡事故の刑事責任を問われるというのは珍しいと思う。どんな判決が出るか、ちゃんと聞いておきたいと思って来たが、こんなに並んでいるとは」と驚いた様子。同市青葉区の大学院生の男性(25)は「元社長は不具合があることを知っていたのだろうか。知っていて放置していたとすれば、経営者としての元社長から学ぶべきことは何ひとつないと思う」と話した。

判決冷ややかに

三菱自動車から分社化した三菱ふそうトラック・バスの社員らは、元幹部らの有罪判決を冷ややかに受け止めていた。

同社川崎製作所に勤める男性社員(27)は「当たり前」ときっぱり。真剣な表情で「事件については現場に情報が流れず、報道で知ることばかり。生産現場は不良品を売りたくないが、営業は販売台数を優先して考える。互いに交流はなく、現場同士の横のつながりを深めるべきだと思う」と話した。

別の男性社員は「以前、抜き打ち検査というのは社内に存在しなかった。『この日にチェックに入る』ということが分かっているから、担当者は全員で数字やミスのつじつま合わせをして報告していた。どの現場もそういうものだという認識で、グループ全体がそうだった」と隠ぺいが起きた背景に言及。「有罪になった元幹部は全員、こうした土壌の中で育っているので、欠陥隠しは起こるべくして起こったと思う」と、当時の社内体質の問題を指摘した。

東京新聞神奈川版より『欠陥ハブ事件』遺族の増田さん 幾分の心の整理も

「少し、救われた気持ちがします」
横浜母子三人死傷事故で死亡した大和市の主婦岡本紫穂さん=当時(29)=の母増田陽子さん(58)は、三菱自元社長らの有罪判決に、ほっとひと息をついた。

母子三人死傷事故をめぐる「欠陥ハブ事件」の裁判はほとんどすべてを傍聴したが、直接の当事者ではない今回の「欠陥クラッチ事件」は傍聴してこなかった。それでも判決が気になり、仕事中に携帯電話のインターネットで速報を読んだ。

「社長は責任者。一番罪が重いと思っていた」。執行猶予が付いたことには納得がいかないが、欠陥ハブ事件に続く有罪判決となったことで、幾分、心の整理もついた。「私なりに進む方向を変えていきたい」。今後は紫穂さんへの思いをつづった文章をまとめることも考えているという。

鹿児島・息子奪われた母『心癒やされず涙』

「息子の話をすると、今も涙が出てね…」。鹿児島県の男性運転手=当時(39)=が死亡した三菱自動車製大型車のクラッチ事故で、横浜地裁は十六日、被告全員を有罪とした。事故から五年余り。同県霧島市の母親(72)は、自慢の息子を奪われた心の傷が癒やされることはなかった。

「子供を大きくするのは大変だった」。母親は苦労しながら女手一つで子供たちを育て上げた。男性は長男で、サラリーマンなどを経てトラック運転手に。

「『長距離の運転手は危ないからやめて』と頼んだこともあった。巡り合わせで(事故を起こした)トラックに乗ることになって…」と母親は涙を浮かべた。

がむしゃらに働き、幸せな家庭と念願のマイホームも手に入れた男性の命を突然奪ったのは三菱自が隠し続けた「欠陥」だった。高速道で制御不能になったトラックは暴走。懸命のハンドル操作で一般道に出た後、地下道入り口に激突した。

「(激突した場所の)横に上り坂があって、そっちに行けば大丈夫だったかも。でも暗くて、ブレーキも利かなかったのだろう」。おととし初めて事故現場を訪れたという母親はあきらめきれないようにつぶやいた。

三菱自が事故原因のクラッチ系統の欠陥を認識し、社内会議で組織的隠ぺいを決めたのは、男性の事故の約六年半前。二〇〇〇年の「クレーム隠し」発覚後も欠陥を隠し、リコールしたのは事故の一年半後だった。

霧島市の勤務先で有罪判決を聞いた母親は「被告は判決を受け止め、ちゃんと罪を償ってほしい」と、静かに語った。

東京新聞神奈川版より「傍聴を終えて 三菱事故、忘れまい

最初はまさに「ちんぷんかんぷん」だった。

三菱自をめぐる三つの刑事裁判は二〇〇四年九月から、横浜簡裁・地裁で相次いで始まった。異動してきてまもなくのころで、細かい点は頭に入っていなかった。「疲労限」「応力」「トルク」…。法廷で飛び交う専門用語をノートに次々と書き留め、後から意味を確かめた。

「欠陥ハブ事件」の公判では、横浜母子三人死傷事故で亡くなった岡本紫穂さん=当時(29)=の母増田陽子さん(58)が、ほとんど欠かさず傍聴を続けていた。その増田さんが公判途中で突然席を立ち、法廷を後にしたことがあった。

後から聞くと、責任逃れをするような被告の言動に、たまらない気持ちになったという。遺族の深い悲しみを知るとともに、裁判が有罪か無罪かを争う「法廷ゲーム」のようにも思えてきて、やるせない気持ちになった。法廷で証言した三菱自関係者が、問題に関与していたにもかかわらず、同社関連会社にとどまっていることを知った時には、あまりの厚顔無恥ぶりに心底あきれた。

実感を得たくて、事故現場にも足を運んだ。夕暮れの緩やかな坂道。紫穂さんと、手を引いていた長男=同(4つ)=とベビーカーの二男=同(1つ)=はどんな会話を交わしていたのだろう。タイヤが少しでもそれていたら、通る時間が少しでもずれていたら、ガードレールがあったなら…。運命の残酷さを思う。

三つの裁判は合計で百二十回にも上り、「詳報」として県版で掲載した回数は合わせて二十八回を数えた。だが、どれだけ「真相」に迫れたのかは分からない。裁判の舞台は東京高裁へと移されるが、取材した記者として、事故を忘れずにいたい。(佐藤大)

1月 17, 2008 at 10:48 午前 もの作り |

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