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2007.12.29

バスの火事で考えた

読売新聞より「成田空港行き路線バスでボヤ、けが人なし…東関東自動車道

29日午前10時15分ごろ、千葉県四街道市物井の東関東自動車道下り線で、成田空港行き路線バスの後部から出火、エンジン付近と座席の一部を焼いた。

乗客38人は避難し、同社が用意した代替バスに乗り換えて、予定より45分遅れの午前11時45分に同空港に到着した。けが人はなかった。

バスは群馬県渋川市の関越交通が運行。渋川市を出発して、乗客の大半は成田空港を利用する予定だったとみられる。荷物の焼失はなく、今のところ飛行機に乗り遅れたなどの苦情もないという。

千葉県警高速隊が、男性運転手(45)に事情を聞くなどして出火原因を調べている。

たまにバスの出火というのがありますが、今回も「座席の一部を焼いた」とのことですから、車内に相応に熱が伝わるレベルの出火だったのでしょう。

まぁ利用者に実害は無かったようですが、さらに考えると「もっと早く消火できるのではないのか?」とも思うのです。

簡単に言ってしまえば、火災報知器と消火装置ですね。
飛行機だと常識的に付いてますが、バスはどうなんだ?
消火器を積んでいることは確かですが、火災報知器はあるのかな?火災報知器を付ければ、すぐに消火装置の設置に話は進みますよね。

自動車でタイヤの空気圧を検知できる乗用車はごく少数ですが、飛行機では大昔からある機能です。
自動消火装置なんて太平洋戦争中の日本軍戦闘機ですら実用されてました。

いまだに自動車の安全運行をドライバーの点検を基準にしているのは問題じゃないのか?
普通の乗用車でも、冷却水、エンジンオイルについてはセンサーは整っているわけだから、タイヤの空気圧感知は標準的に欲しいし、業務用であるバス・トラックではブレーキ・ベアリングなどの温度感知、エンジン部の火災感知、消火装置の設置、ぐらいは進めるべきじゃないのか?

ITS(高度道路交通システム)を叫ぶのなら、情報だけでなくハードウェアとして自動車そのものもより高度化するべきだろう。
自動運転がある程度とはいえ実用化されているのにいまだにほとんと一世紀前の車のあり方と同じというのはいくら何でもすでに賞味期限切れだと思う。

12月 29, 2007 at 04:30 午後 もの作り | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.12.28

毎日新聞・論点(2007/12/28)

毎日新聞(紙面)で「どう考える 15歳の理科離れ」として、三人の意見を紹介しています。

三人のご意見はいずれも極めて重大な提言であると思いますが、中央教育審議会や教育再生会議で出ている論点とは全く違うというか、むしろ中央教育審議会や教育再生会議の議論に対して否定的な意見ばかりだと評価しても良いかと思います。

  • 何でもかんでも点数で序列をつけ、それをもって全人格をうんぬんする悪習
  • 理工系の職にある者と例えば金融マン(ウーマン)との、生涯所得を比較すれば差は歴然
  • 薄給でも就職できれば幸運なほうで、理工系の博士号を取ったのに職がなく、塾の講師などで糊口をしのぐ人も多い
  • 教育制度に小手先の策をろうしてではなく、社会の理数軽視や文理格差を本気で改善すること
  • 大学入試で知識しか問われない日本
  • 日本の入試は、知識理解の問題を出すことで、国全体の教育の方向を縛っている。
  • この十数年の日本の学習指導要領は、理科の時間を減らすだけでなく、理科的な知識の要となるような内容を削り、断片的にしか学べない内容を残してきた。
  • 学んだことが次につながり、現在の社会でどのように使われているのか、そうしたことに結びつける余裕のないカリキュラムにした。
  • 先生に対して社会全体がもっと支援を行い、先生が意欲を持って教えられる環境を作ることが不可欠だ。
  • 先生の雑用を減らし、授業の準備に専念できる環境を整えることが長期的には大切なことだ。
  • 21世紀に求められているのは「高度の知識を身に着け、それを活用する」という質の高い学力
  • 科学の学習が社会生活や自然現象とどうつながっているか、将来の仕事にどう生かされるか、という考え方が非常に弱い。
  • 深刻なのは、授業のスタイルと学習環境の劣悪さだ。「生徒自ら実験を行う」「生徒同士で課題の話し合いをする」と答えた日本の生徒は著しく少ない。
  • 日本の学校の授業は、伝統的スタイルに縛られている。質の高い学力を身に着けるためには自分で表現する、共同で探索し、対話するといった学び方の質の改善が不可欠だ。
  • これらは国の教育行政の責任だ。日本は80年代の臨時教育審議会以降、国の教育予算を削減し続けてきた。教育予算は国内総生産(GDP)比でOECD加盟国中最低クラス。
  • 授業と教科書の改革、子どもたちが興味を持てるようなメディアや学習環境の整備、そして教師への支援だ。
  • 国は教育の質を高めるグランドデザインを提示し、未来投資に乗り出すことが求められている。

といったところには深く同意します。

効率至上主義でやってきたせいか、質とも言うのでしょうが授業に厚みがないのだろうというのは容易に理解できます。
生徒の側から見れば「面白くない」でしょう。

ところが、その「面白くない授業に耐える」ことが選抜になっているわけです。
入試が知識の程度を試す方向に偏っているから、次の段階として「時間内にいかに大量の回答をするのか」という方向に向いてしまいました。
そこで「反射的に回答が出るように訓練する」のが受験勉強になっています。

これはスポーツのトレーニングと同じで、回答速度の訓練ですから、同じようなことを繰り返しやることになる。
知的好奇心などとは正反対にあることで、これで勉強が面白い、とか将来の自分の興味に役立つだろう、なんて思うことは不可能でしょう。

なによりもまずいのは、これで通用するのが「受験勉強」なので、議論とかチームワークといった他人との関わりについてせっかく学校に居ながら訓練できない事です。

本当に自分の意見がない子どもなんてのはそうそう居ないでしょうが、意見の言い方を知らないから言わないという生徒は多い。
「みんなと同じ」となってしまう。

しかし、そういう大人に社会の運営は任せられないわけで、良くも悪くも他人との関わりを学校時代に練習して欲しいし、それが何十年か前に比べると非常に高度な水準を要求されているのだから、現在の教育の方向は必要なことを育てないどころか、削っていると評価するべきだ。

極めて深刻な問題になりつつあると思っています。

以下「毎日新聞2007/12/28の「論点」より


「大人の理数離れ」の反映

米沢富美子(慶応大学物理学科名誉教授)

「報われない仕事」に敏感な子供たち。評価も待遇も改めて優秀な人材育成を。

経済協力開発機構(OECD)の学習到達度調査(PISA)の、06年結果が発表された。日本の順位がここ数年、理科の成績や科学への興味に関して下降気味であることが、学力低下、理数離れの根拠として論じられている。

しかし、どのような調査データも、結果の数字だけで一喜一憂するのは愚である。調査の仕方や背景、データの統計性をまず問うてみる必要がある。テストの結果については、調査参加国の増加が日本の順位低下の一因だとすでに言及されている。

そもそも、真の学力は数字では測れない。価値観は多様であり、数値化できるものではない。何でもかんでも点数で序列をつけ、それをもって全人格をうんぬんする悪習を断たない限り、教育は崩壊する。PISAテストのための受験参考書の類が出版されているのを知って、仰天した。

点数の高い子どもが、将来は立派な科学者になる保証はないし、逆もまた真だ。アインシュタインは学校嫌いで中学は中退しているし、大学入試も一浪した。日本初のノーベル賞受賞者で物理学者の湯川秀樹博士は子どものころ、活発な兄弟たちに比べて目立たなかったので、父親は秀樹少年を大学ではなく専門学校に進学させようと考えた。PISAテストにしても、天才の力量を凡才の大人が作っだこざかしいテストで測れると思うのが、どだい間違いだ。

子どもたちの理数への興味喪失をテストの結果が示唆しているなら論ずるべきは「子供の理数離れ」ではなく「大人の理数離れ」である。社会が理数を見捨てているのだ。

社会への貢献度に対する評価や待遇において、理工系の職は軽んじられている。大学・企業を問わず理工系の職にある者と例えば金融マン(ウーマン)との、生涯所得を比較すれば差は歴然だ。社会における発言権でも、科学技術がからんだ国の政策に、科学者の意見がいれられることは少ない。社会のほころびがさまざまな格差として顕在化しているが、こうした「文理格差」も憂慮すべき問題だ。

薄給でも就職できれば幸運なほうで、理工系の博士号を取ったのに職がなく、塾の講師などで糊口をしのぐ人も多い。私は、物理学科で大学院修了まで育て上げた学生が、理工系の職に就けず銀行や証券会社に行くのを、切歯扼腕の思いで見てきた。学生たちは、子どものころから科学が好きで大学院まで進んできたのだ。その彼らが社会の現実に直面して、科学からの撤退を余儀なくされる。こういう状況で子どもたちを理数に勧誘するのは詐欺だと思う。

子どもたちも、理工系の仕事が必ずしも正当に報われないことを、敏感にかぎ取っている。資源のない日本にとって科学技術立国こそが唯一の道で、担い手の優秀な人材は必須だから、焦眉の事態だ。子どもたちの理数離れの問題は、教育制度に小手先の策をろうしてではなく、社会の理数軽視や文理格差を本気で改善することで、初めて解決可能になるのである。

大学入試の改革重要

滝川洋二(東京大学教養学部附属教養教育開発機構客員教授)
知識しか問わず、学ぶ楽しさから遠い教師が意欲を持てる環境作りも不可欠。

学習到達度調査(PISA)で、科学的活用力は、前回2位から6位(531点)と下がったが、OECD加盟国内では、断トツに高いフインランド(563点)に続く2位グループにとどまっている。授業時間が世界で最も少ない理科でよくこれだけの成果を出したものだ。義務教育の理科は、日本では70年代には1048時間だったのが、現在は640時間である。英国(今回14位515点)では、多数の人は1212時間学んでいる。多民族国家で、経済格差が大きい英国に比して、日本は有利な点が少なくないが、国の教育への姿勢が異なるのを感じる。

大学入試で知識しか問われない日本で、知識を基本に考える力を養うには、より多くの時間が不可欠だ。次の学習指導要領で、義務教育の理科が790時間に復活するのは、状況の改善に少しつながるのではと期待している。

もっと根本では、大学入試を変えることが重要だ。英国では、大学入試にも理科では20%程度を実験を工夫したリポートの評価に充てている。日本の入試は、知識理解の問題を出すことで、国全体の教育の方向を縛っている。

「PISAのテスト問題のような、知識を基本にしながら考える力を評価する問題」や実験リポート評価を大学入試で採用することは、教育を大きく変える原動力になるだろう。ここを変えないで小、中、高校の先生の教育力を批判するのは、公正ではない。

この十数年の日本の学習指導要領は、理科の時間を減らすだけでなく、理科的な知識の要となるような内容を削り、断片的にしか学べない内容を残してきた。

一例で小学校3年を取り上げると、以前は1・2年で教えていた内容を、生活科の創設で理科を全く教えなくなり、3年では数週間ごとに学ぶ内容が変わる。学んだことが次につながり、現在の社会でどのように使われているのか、そうしたことに結びつける余裕のないカリキュラムにした。これは中学まで同じ傾向が続く。断片的な内容を学ぶ意欲は、入試などの外部要因に求め、学ぶこと自体の楽しさを基本に据えることから遠ざかってしまった。ここを変えないと、問題の解決にはならないだろう。

中学高校の理科の教師は理系出身だが、小学校教員は文系なので理科をあまり学んでいない。今、小中高校で理科を780時間学べば小学校教師になれる。70年代には1573時間だった。以前の義務教育より少ない時間で教師になれるので、60%は理科が不得意とのデータもある。この状況で、全員参加の悉皆的な学力テストで学校に競争させようとしても、子どもに本当の学力がつくはずがない。

先生に対して社会全体がもっと支援を行い、先生が意欲を持って教えられる環境を作ることが不可欠だ。世界に比べて、一クラスの人数が少なくない中で、先生の教育力は実はまだかなり高い。先生の雑用を減らし、授業の準備に専念できる環境を整えることが長期的には大切なことだ。

国の未来投資、転換を

佐藤学(東京大学大学院教育学研究科)
教育現場劣化は長期の予算削減が原因。授業時間増より「学び方の質」の改善を。

今回の調査で、日本の義務教育終了時の学力は低下傾向にあり、かろうじて世界の上位レベルを維持しているということが明らかになった。しかし、学力の低下に目を奪われ、授業時間を増やせばよいという論調に走るべきでない。調査結果をじっくり検証すれば、授業時間と学力が相関していないのは明らかだ。21世紀に求められているのは「高度の知識を身に着け、それを活用する」という質の高い学力であり、単純な授業時間増では身に着かない。

そこで問題となるのが、日本の子どもの学習態度だ。科学の学習が社会生活や自然現象とどうつながっているか、将来の仕事にどう生かされるか、という考え方が非常に弱い。00年調査でもこうした傾向が出ていたが、今回その深刻さがはっきり表れた。

ただ、報道されているように「数学・理科への関心意欲が低い」と単純化するのはどうか。関心・意欲が高いのは、コロンビアやブラジル、インドネシアなどこれから産業発展を遂げようという国々。関心・意欲の低下は、産業主義を脱した先進国の宿命でもある。また、関心・意欲の高さと学力の高さは必ずしも一致していない。

深刻なのは、授業のスタイルと学習環境の劣悪さだ。「生徒自ら実験を行う」「生徒同士で課題の話し合いをする」と答えた日本の生徒は著しく少ない。日本の学校の授業は、伝統的スタイルに縛られている。質の高い学力を身に着けるためには自分で表現する、共同で探索し、対話するといった学び方の質の改善が不可欠だ。

一方で、教師に対して実施された調査では、教師の自律性が低いこと、学校の自由度が低いことが示された。教師の質は調査対象になっていないが、この20年で他の先進国の教師は大学院卒レベルの専門性を持つようになり、日本は完全に後れを取った。中学高校の授業開発研修も不十分。日進月歩の科学を教える立場にありながら、教師自身が卒業時点での知識しか持ち合わせていないのは問題だ。

しかし、これらは国の教育行政の責任だ。日本は80年代の臨時教育審議会以降、国の教育予算を削減し続けてきた。教育予算は国内総生産(GDP)比でOECD加盟国中最低クラス。教員は、オーバーワークで疲弊している。この悪条件の中で生徒の学力がいまだ上位クラスを維持できているのはむしろ奇跡的だ。ただ、教育現場の劣化を放置すれば、子どもたちの学力は急低下するだろう。

ただちに手をつけなければならないのは授業と教科書の改革、子どもたちが興味を持てるようなメディアや学習環境の整備、そして教師への支援だ。中央教育審議会は小中学校の理科の授業時間増を決めているが、そんなことをするより、はるかに効率的だ。

草の根レベルでの授業の改革は、少しずつ進んでいる。こうした取り組みを支えるためにも、国は教育の質を高めるグランドデザインを提示し、未来投資に乗り出すことが求められている。

12月 28, 2007 at 04:40 午後 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

学位商法の実態調査結果

サンケイ新聞より「不正規学位 46校48人 採用・昇進に使用も 文科省初調査

「学位商法の実態調査が始まる」の結果発表ですね。元記事は日経新聞で

研究や教育活動の実体が確認できず、実在するかどうかさえはっきりしない海外の大学で取得した“学位”が、日本国内で大学教員の採用の際などに悪用されている実態を把握するため、文部科学省は23日までに、国公私立大の人事部局を対象にした全国調査に乗り出した。 今秋にも結果を公表する。

こうした海外の大学は「ディグリーミル(DM、学位工場)」などと呼ばれ、米国では取得した博士号などの学位を就職に悪用するケースが問題化。国内でも最近になって大学案内の教員紹介などで、DMとみられる大学・研究機関の学位が十分にチェックされないまま掲載されている事例が表面化している。

調査は
(1)教員の採用、昇進の審査でDMとみられる機関の学位が重要な判断材料になった例
(2)入学案内やホームページなどでこうした学位を公表している例
などについて、該当する教員数などの報告を求めている。

でした。今回のサンケイ新聞の記事

実態のない大学の“学位”を販売する「ディプロマ・ミル」(学位工場、DM)などによる学位商法問題で、公的な認定を得ていない海外の大学などの“学位”を使用している教員が国公私立大学・短大46校に計48人いることが27日、文部科学省の初の実態調査で分かった。なかには、国立大の採用や昇進の条件を満たすために使用された悪質なケースもあった。文科省は「学生を誤解させ、大学の信頼性を低下させかねない」として各大学に注意するよう求めている。

調査は、国内で学位商法問題が注目されたことを受け、国内の国公私立の全大学・短大計1195校を対象に、今年7月から実施。米国や英国、中国など4カ国の安全な大学を紹介する「ホワイトリスト」に登録されていない大学の学位を使用する教員(教授、准教授、講師、助手)の人数を質問していた。

この結果、今年3月末時点で、該当する“学位”を大学の紀要や入学案内、ホームページなどに記載していた教員は、46校で48人にのぼった。学校名は公表していないが、内訳は、国立大10校に10人、公立大4校に4人、私立大28校に29人、私立短大4校に5人だった。

文科省によると、大学は、記載の削除や使用を慎むよう教員へ注意するといった対応をしているという。

また、平成16年度から18年度までの3年間を対象に調査した結果、教員としての採用や昇進の審査書類に記載していたのは、43校48人。内訳は、国立大7校に8人、公立大3校に4人、私立大26校に28人、私立短大7校に8人だった。

このうち、記載した“学位”が、採用や昇進の審査の開始条件だったり、重要な判断要素だったケースが、国立大1校(1人)と私立大3校(3人)であった。各大学では、今後の対応を検討中という。

この問題をめぐっては、大分大学が今年10月、工学部の准教授が採用時に、応募資格である「修士以上の学位取得」を満たすため、公的な認定を得ていない米大学の「修士号」を使用していたとして、雇用契約の取り消しを決定していた。

同省高等教育局は27日付で各大学へ通知を送り、「正規の学位を授与する機関として(学位商法)問題への教職員の自覚を促すように」などと厳正な対応を要請した。

「教員の学位は、大学の信頼度を測る物差しだから、不正規な学位は本来ゼロであるべき。約50人という数字は大きい」。日米の大学事情に詳しいある大学関係者は、調査結果をこうみる。

これまでに、早稲田大学、聖心女子大学といった有名大学も「学位商法」に汚染されていたことが明らかになっていた。文科省が今回、全大学の実態を把握する調査を実施したこと自体は評価できる。しかし、この数字は“氷山の一角”にすぎない。

まず調査対象には、平成15年以前に採用され、18年度までの3年間に昇格しなかった教員は含まれない。また、ホームページなどへの表記は、すでに文科相が調査実施の意向を示した後の時点を調べたため、該当者が削除してしまったケースもあるほか、各種発行物については、学外のものは対象外だった。

「不正な学位の使用者はもっといる」。学位商法問題に詳しい静岡県立大学の小島茂教授はこう前置きした上で、「数字を把握しただけでは、国際的な感覚からすれば生ぬるい。不正な学位を大学から排除し、高等教育の質を高めるためにより毅然(きぜん)とした態度が必要」と指摘する。

米国では、ディプロマ・ミルが横行している事態を踏まえ、厳格な法整備を行ったうえで、行政訴訟や捜査当局による摘発など厳しい対応をしている州もある。日本でも、立法と行政の両面で、この問題により積極的に取り組む時期が来ているのではないか。(池田証志)

■ 学位商法問題学位や称号を販売する機関「ディプロマ・ミル」(学位工場、DM)や、質が低く公的な認定を受けていない大学などが発行する“学位”が、キャリアアップやビジネスに悪用されている問題。米国ではこれらの所持者が捜査当局による摘発や公職追放を受け、社会問題化している。韓国でも逮捕者が出ている。

大学内での使用が50人ですから、一般企業や各種団体、出版上の名目といったところで使われているの10倍20倍だと考えるべきですね。
かなり多いと言うべきでしょう。

間違えなく、大学をはじめとする研究機関などの信頼性を損ねることになります。
社会的に極めて強く非難し、ディプロマミルそのものを詐欺として取り締まるべきです。

一般社会にとって、学位はいわばお札の印刷のようなものでしょう。
学位そのものを疑ることはない。しかし、学位の持ち主の能力が期待はずれであっても、それ自体が大問題にはならない(個別の判断をすればよいのだから)。

これをお札に例えると「どこから持ってきたお札なのかは調べないのが普通」と言うほどのことでしょう。
それが「実はどこかの国のよく見たこと無いお札だが、調べてみたら国が無かった」のような話ですよ。

社会の信用という面からは強力に排除するべきものです。

12月 28, 2007 at 02:02 午前 国内の政治・行政・司法 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.12.27

名古屋高裁の危険運転致死傷罪判決

中日新聞より「4人死亡飲酒事故で懲役18年 名古屋高裁 危険運転致死傷を適用

愛知県春日井市で昨年2月、飲酒運転の車が赤信号の交差点に入りタクシーに衝突して4人を死亡、2人にけがを負わせたとして、危険運転致死傷などの罪に問われた元会社員(27)の控訴審判決が25日、名古屋高裁であった。片山俊雄裁判長は「赤信号を認識したのに意に介さず、相当な速度で交差点に進入したと認められる」と述べ、業務上過失致死傷罪等を適用して懲役6年(求刑懲役20年)を言い渡した一審・名古屋地裁判決を破棄、危険運転致死傷と道交法違反の併合罪を適用して懲役18年を言い渡した。

控訴審も一審と同様、危険運転致死傷罪の成立要件である「被告が意図的に赤信号を無視したかどうか」が争点となった。

片山裁判長は、事故現場の一つ手前の交差点で被告が赤信号を無視したことを認識していた点に着目し、「次の交差点では、それ以上に信号表示に注意するのが普通。赤信号を意に介さず交差点に入った以外に考えられない」と指摘して、同罪の成立を認めた。

弁護側は「青信号と思いこんでいた」と主張したが、判決は「なぜ思いこんだかについての具体的な説明がなく、信用できない」と退けた。

量刑について、片山裁判長は「酒を飲んだ後に帰宅するために車を運転したという動機に酌量の余地は皆無」と指摘した上で、「無謀な行為で取り返しのつかない結果を生じた。過去に6回の交通違反があり意識に問題がある」と述べた。

判決によると、被告は昨年2月25日午前1時ごろ、酒を飲んで乗用車で同市の国道302号を運転しながら赤信号の交差点に進入。青信号で入ってきた航空自衛隊小牧基地の隊員4人を乗せたタクシーに衝突し、運転手と隊員ら4人を死亡させ、女性隊員と被告の車の同乗者の2人に重軽傷を負わせた。

この事件は、確かテレビでも取り上げられたように思いますが「青信号だと思い込んでいた」というのはあまり考えられない言い訳で「そんなの通用するものか?」とも思っていました。

落合洋司弁護士が「[刑事事件]4人死亡飲酒事故で懲役18年 名古屋高裁 危険運転致死傷を適用 」で次のようにコメントしていました。

一つ手前の交差点では、クラクションを鳴らしつつ通過したとされていて、赤信号を認識しつつ無視した後の、次の交差点では「無視」ではなく「見落とし」というのは、やや不自然、不合理な弁解、という印象は受けます。

では、あり得ないか、というと、人間の行動ですから、あり得なくはない、そうではないと排斥しきれない、と考えたのが地裁判決であり、あり得ない、排斥できる、と考えたのが高裁判決、ということになるでしょう。微妙な事実認定の問題であり、証拠を見ていない立場から、その当否を俄かには決しがたいものがあります。

この高裁判決が、福岡の幼児3名死亡事故の判決へ与える影響、ということを論じる向きもあるようですが、問題になっているのが危険運転致死傷罪ではあっても、事案の内容が異なっていて、影響がある、ない、などと安易には言えないと思います。

落合弁護士のご意見はまことに妥当なものですが、では実際にはどんな現場なのだろうか?と地図で見てました。
特に「前の信号が赤なのを突っ切って、次の信号も赤を承知で突っ込んで事故になった」と裁判所が判断したと見られますから「どんな場所なのだ?」であります。

どうもココのようです。
地図を見ると、問題の二つの信号の距離は250メートルぐらい。国道302号線で、東名阪自動車道が上を高架で通っている二階建ての道路です。

250メートルですから、時速72キロで走れば約12秒で次の信号ですね。

これはなかなか微妙な距離で、止まれないほど近い距離では明らかに無いし、一つめの信号を通過後の数秒後には次の信号の判断を迫られるわけだから、前の信号のことを忘れてしまった、というのも無いでしょう。

だからこそ、前の信号をクラクションを鳴らして通過した、が非常に重大な判定基準になったのでしょう。

前の信号は赤だと認識したが、数秒後に出てくる信号は青だと認識した、というのが弁護側の主張であったのなら「その意見は採用できない」となるでしょうね。

ただこれで「赤だと認識して突入した」と言えるのか?となると、難しいかな?とも感じます。
仮に、通過した信号に気を取られて前の信号に気がつくのが遅れた、であれば話は違ったかと思いますが、通過時間で12秒、信号への対処に数秒という微妙な時間が決め手になってこの判決になったのかな?と思うところです。

12月 27, 2007 at 05:11 午後 事件と裁判 | | コメント (0) | トラックバック (0)

高知大学で何が起きているのだ?

高知新聞より「票すり替え と告発 高知大学長選考」(フレーム内にリンクしています)

高知大学の学長選考で、現学長の相良祐輔氏(72)の再任を決めた学長選考会議の決定に対し、高知大教授ら十四人が二十六日、学内意向投票の開票作業後、「何者かによって票の差し替えがされた」として被告発人不詳のまま、窃盗罪と偽計業務妨害罪で高知地検に刑事告発した。
国立大学法人の学長選考をめぐる刑事告発は全国で初めて。

学長選挙で票の差し替えだとして刑事事件として告発というのはちょっとすごいと思い高知新聞の関係記事のタイトルを見てビックリです。

  1. 高知大学長選び不透明 学内投票は現職劣勢(2007/10/16)
  2. 高知大学長選「規則違反で無効」?相良氏が再任(2007/10/18)
  3. 密室の逆転劇 高知大学長選で構内取材拒否(2007/10/18)
  4. 高知大学長問題 選考会議無効を決議 2学部、1研究科(2007/10/23)
  5. 学生「不信払拭を」 高知大学長問題(2007/10/24)
  6. 選考会質問状に未回答 波紋広がる高知大学長問題(2007/10/31)
  7. 関係者に箝口令? 高知大学長選考会議(2007/11/07)
  8. 高知大学長選やり直さず 選考会議「結果に疑義なし」(2007/11/08)
  9. 高知大学長選 学生が署名2085人分提出(2007/11/22)
  10. 相良氏学生に持論展開 高知大学長選考(2007/11/29)
  11. 高知大学生有志 学外委員にも質問状 学長選考問題(2007/12/13)
  12. 高知大教授ら 学長選考無効と提訴へ(2007/12/13)
  13. 抗議疑問視に学生反発 高知大学長選考(2007/12/22)

個々の記事を読んでも細かいところが分からず、今ひとつ理解できません。

1番目の記事「高知大学長選び不透明 学内投票は現職劣勢(2007/10/16)」には

高知大学長選び不透明 学内投票は現職劣勢

 高知大学(高知市曙町二丁目)は、国立大学法人移行後初めての学長選考を十七日に行う。
候補者は現学長の相良祐輔氏(72)と、同大大学院黒潮圏海洋科学研究科長の高橋正征氏(65)の二人。
次期学長の任期は来年四月から四年間。

同日の学長選考会議で決定される見通しで、それに先立ち同大学は五日、教職員八百九十三人を対象とする「学内意向投票」を実施している。
十五日時点で結果は公表していないが、複数の教職員によると、高橋氏が相良氏を上回っているもよう。
「学内意向投票」には法的拘束力はないとされる中で、意向投票と選考会議の学長決定が食い違った他県の国立大学法人では、学内外から批判が高まるケースが表面化しており、今回の投票結果が最終的な学長選考に反映されるかどうかが注目される。

この後に行われた「学長選考会議」は

高知大学長選「規則違反で無効」?相良氏が再任

高知大学(高知市曙町二丁目)の国立大学法人移行後初の学長選考が十七日行われ、理事や学部長、学外有識者で構成する「学長選考会議」(議長=篠和夫農学部長)は次期学長に現学長の相良祐輔氏(72)を決めた。
しかし同氏の得票は五票で、「出席者(十人)の過半数」という同会議の規則を満たしておらず無効という指摘が続出。今回の学長選では「学内意向投票」をめぐる不透明性も明らかになっており、選考のあり方が厳しく問われる結果となった。

とのことですから、「学長選考会議」の決定が審議規則に反しているから無効という主張であれば単純明快ですが、告訴が「学内意向投票の集計で業務妨害」とするのでは、学長選挙結果には影響しないですよね。

これでは嫌がらせも同然ですが・・・・・。
どこまで行っても「内部の人気投票の信頼性」の問題では、刑事事件にはならないのでは?と感じます。

12月 27, 2007 at 01:41 午後 教育問題各種 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2007.12.26

国家基本問題研究所なんだって

IZA 阿比留記者のブログより「来年に向けた一つの希望の光、国家基本問題研究所

阿比留記者の記事とはいえブログですから、少々略しますが「国家基本問題研究所」なんてものが出来ていたとは知りませんでした。

案内してもらったのができたばかりの保守系シンクタンク、「国家基本問題研究所」の真新しい事務所でした。
ジャーナリストの桜井よしこ氏と、田久保忠衛・杏林大客員教授らが中心となって呼びかけたものだそうです。

このシンクタンクは18日に約40人が参加して事務所開きをしたばかりだとのこと。
予定では、来年1月に米国による北朝鮮のテロ支援指定国家指定解除に反対する声明を出し、その後、記者会見やパーティーを開いて活動を本格化させるそうです。
将来的には、米国にあるようなときの政権の政策・方針にも影響を与えるような大きなシンクタンクにしていきたいという話でした。現在のメンバーは以下の通りです(50音順、敬称略)。

理事=石原慎太郎、伊藤隆、稲田朋美、遠藤浩一、小倉義人、城内実、斎藤禎、桜井よしこ、高池勝彦、田久保忠衛、塚本三郎、中條高徳、中西輝政、長島昭久、西修、平河祐弘、平沼赳夫、松原仁、屋山太郎、渡辺周 評議員=荒木和博、井尻千男、上田愛彦、潮匡人、梅澤昇平、工藤美代子、佐藤守、すぎやまこういち、芹澤ゆう、立林昭彦、西岡力、春山満、平松茂雄、渕辺美紀 企画委員=桜井よしこ、田久保忠衛、高池勝彦、潮匡人、遠藤浩一、大岩雄次郎、城内実、島田洋一、冨山泰、西岡力

民主党の若手議員が3人メンバーに入っていて、平沼氏も参加しているのが目につきますね。これがどういう意味を持つのか。
官僚はあえて入れなかったそうです。既得権益保護に走ることを警戒したということでしょうか。すでに支援者も集まりつつあるというこどした。
桜井氏恐るべしです。「趣意書」にはこうあります。

《私たちは現在の日本に言い知れぬ危機感を抱いております。緊張感と不安定の度を増す国際情勢とは裏腹に、戦後体制から脱却しようという志は揺らぎ、国民の関心はもっぱら当面の問題に偏っているように見受けられます。平成19年夏の参議院選挙では、憲法改正等、国の基本的な問題が置き去りにされ、その結果は国家としての重大な欠陥を露呈するものとなりました。

日本国憲法に象徴される戦後体制はもはや国際社会の変化に対応できず、ようやく憲法改正問題が日程に上がってきました。しかし、敗戦の後遺症はあまりに深刻で、その克服には、今なお、時間がかかると思われます。「歴史認識」問題は近隣諸国だけでなく、同盟国の米国との間にも存在します。教育は、学力低下や徳育の喪失もさることながら、その根底となるべき国家意識の欠如こそ重大な問題であります。国防を担う自衛隊は「普通の民主主義国」の軍隊と程遠いのが現状です。

「普通の民主主義国」としての条件を欠落させたまま我が国が現在に至っている原因は、政治家が見識を欠き、官僚機構が常に問題解決を先送りする陋習を変えず、その場凌ぎに終始してきたことにあります。加えて国民の意識にも問題があったものと考えられます。

私たちは、連綿と続く日本文明を誇りとし、かつ、広い国際的視野に立って、日本の在り方を再考しようとするものです。同時に、国際情勢の大変化に対応するため、社会の各分野で機能不全に陥りつつある日本を再生していきたいと思います。そこで国家基本問題研究所(国基研・JINF)を設立いたしました。

私たちは、あらゆる点で自由な純民間の研究所として、独立自尊の国家の構築に一役買いたいと念じております。私たちはまた、日本の真のあるべき姿を取り戻し、21世紀の国際社会に大きく貢献したいという気概をもつものであります。

この趣旨に御賛同いただき、御理解をいただければ幸いに存じます。御協力を賜りますようお願い申し上げます。》

ここに書かれている問題意識は、私も完全に共有します。
日本がこのままで溶けていってしまう、しかし、現在の政治情勢、国会の構成では政治にもなかなか期待できないというときに、こうしたシンクタンクの活動が始まるのは有意義なことだと考えます。
ある程度の規模と広がりを持たないと、社会に意見を十分に発信していくことは難しいでしょうが、その点でもメンバーはまだまだ増えそうですし、将来性に期待が持てる気がします。

来年に向けて楽しみが一つ生まれました。
今年は参院選以降、どうしても日本の将来にとっていい材料が思い浮かばず、煩悶することが多かったのですが、一筋の光明を見た思いです(少しおおげさですが)。
こうした保守系の活動が本格化し、その提言が政権・与党や国民各層の耳に届き、一定の影響力を持つようになればと心から願います。

平沼新党構想に期待をかける人も多いようです。ただ、これもタイミングと状況次第だと思うのですが、新党結成にはリスクも考えられます。例えば、自民、民主両党の保守派がある程度平沼新党に結集した後、保守派がほとんどいなくなった自民、民主両党が大連立し、公明党もついていった…なんてパターンも想定できます。となると、完全なサヨク・リベラル政権ができ、保守派はそれにほとんど影響力も発言権も持たなくなるという事態も生じかねません。逆に、平沼新党がキャスティングボードを握るような展開になれば面白いのですが、どうでしょうね。

まあ、先のことは分かりませんから、今はこつこつとやれることをやるだけですね。私自身も年が変わるのをきっかけに、心機一転したいと思っています。政治はまだまだ、来年もドタバタ劇や離合集散、悲喜こもごもの愛憎劇に脱力してしまうような愚かな現象…といろいろありそうです。

阿比留記者の意見に全面的に同意は出来ませんが、その代表が仕組みの変更に大きく寄りかかりすぎているのではないのか?と感じられるところです。

確かに「国家基本問題研究所」なるシンクタンクを作るのは勝手だし、全くの無意味とも思わないが、理事などに名を連ねている人たちが作ってきた社会が問題なのじゃないのか? そりゃ「わたしたちは野党でした。自分たちの考えていた社会(国家)と現実が違うから作り直す」という意見はあるだろうけど、

教育は、学力低下や徳育の喪失もさることながら、その根底となるべき国家意識の欠如こそ重大な問題であります。

そうなのか? じゃあ、国家意識つまり国家帰属意識以外のところは現在の教育はそれなりの効果を上げているのか?
そんな視点から教育問題を取り上げていたらここまで大きな騒動になっているわけが無いだろう。
単に「近頃の若者に社会を任せることが出来るのか?」という漠然とした不安が誰にでもある、というのが実情で、それを「国家意識の欠如」に理由を求めるのは無理がありすぎだろう。

なんというか、五十歩百歩というか、どちらも古いよという印象が極めて強い。
この際だから、偏見と非難されることを承知で書いてしまうが、阿比留記者も櫻井よしこ氏も「ジャーナリスト」の枠の中にとどまって、周囲に影響力を及ぼすつもりなのだと思う。

広い意味でのジャーナリストつまり何かを伝える人というのは、社会の一人ひとりが伝えたい事がある人の代理人だろう。
ネットワークの実用化は、代理人の必要性を非常に大きく減らしてしまった。あるいは、減って当然なのだ。
だから新聞の販売数は大きく落ち込んでいるし、テレビも見る人が減ってきた。
その分だけジャーナリストの発言力は割り引いて考えなければならない。

では、なぜそのようなマクロな「ジャーナリスト削減論」に対して、現実は個々のジャーナリストは活躍できるのか?
もちろん「使いやすいから」しかないですよ。
ネットに集まる顔の見えない大衆よりも個人が分かっているジャーナリストの方が扱いやすい。

ジャーナリストがネットワークを目の敵のように扱っている事の問題点は、ジャーナリストが本来立脚するべき「大衆からの意見を代理する」という本質的な仕事の「大衆」から足を踏み外しかけている事でしょう。 易きに流れているのではないでしょうかね?

国家基本問題研究所

12月 26, 2007 at 01:35 午後 国内の政治・行政・司法 | | コメント (5) | トラックバック (1)

大阪府知事選挙・意外なことが

サンケイ新聞より「ポスター掲示スペース不足は確実? 大阪府知事選説明に15陣営、選管やきもき

来年1月10日に告示される大阪府知事選の立候補者が乱立しそうな勢いだ。候補者用ポスター掲示板のスペースは10人分。
ところが、これまでに15陣営が府選管に説明を聞きに来ており、不足する可能性も出てきた。知事選で過去に10人以上立候補したケースはないものの、府選管は、作り直しやスペースを増やすことも視野に入れている。

出馬表明の記者会見をしたのは、

  • 自民府連推薦の弁護士でタレント、橋下徹氏(38)
  • 民主、国民新推薦の大阪大大学院教授、熊谷貞俊氏(62)
  • 共産推薦の弁護士、梅田章二氏(57)

の3人だが、ほかにも続々と立候補手続きの説明を府選管に聞きに来ており、その数は計15陣営。
選管では、実際に出馬するかの確認を続けているが、立候補予定者の人数は絞り切れていない。

前回平成16年の知事選で説明を聞きに来た人数は9陣営で、実際に出たのは5人。
知事選立候補者で過去最高だったのは昭和50年と平成11年の9人で、今回はそれを上回る可能性が出ている。

他の都道府県では、東京都で平成11年に19人が立候補したことがあるものの、兵庫県では5人(昭和49年)、京都府では6人(昭和45、49年)がそれぞれ最も多く10人以上立候補するケースは珍しい。

今回の事態の背景として、府選管は「候補者がなかなか決まらなかったこと」をあげる。太田房江知事(56)が今月3日に出馬を断念したため、立候補予定者は告示1カ月前になっても梅田氏しかいない状況だった。最近立候補を決意した1人は「知事選をめぐる混乱ぶりをみて立候補しようと思った」と明かす。

掲示板は横約2.5メートル、縦約85センチで、上下2段に5スペースずつとっている。府内約1万3000カ所に設置する予定で、すでに各市町村の選管に作製を指示したが、10人以上が出馬した場合、スペースを増やしたり、掲示板を作り直したりする必要性が出てきた。作り直しになれば、多額の経費が必要になるほかサイズも大きくなり、設置場所を変えなければならない可能性もある。

府選管は立候補予定者の確認に追われているが、「分からない」と答える陣営も多いといい、担当者は「告示まで年末年始を挟んでおり、時間がない。早めに出馬の意思を確認したい」とやきもきしている。

いやはや、ひゃははははは(^_^)

選管のやきもきというのは良く分かりますね。

誰がなんと言おうと、選管も含めて選挙の関係者は「だれが立候補するのか」は把握していますよ。
わたしが関わった選挙でも、公示前つまり公式には立候補していない段階で選管に電話するときに「○○事務所の山本ですが」で十分に通用しますからね。

選管が立候補しそうな人を把握できないというのは実務的には結構深刻な事態です。
説明会などがありますが、一つの陣営に対して3人の出席として計算すると、10候補なら30席が20候補だと60席になってしまうから、部屋の用意を変えないといけない。

もちろん掲示板の作り直しから、腕章やタスキの用意、書類のキットの準備といった細かいことが全部変わるのわけですから、現場としては大変です。

まして、各種の業者も年末・年始で休むでしょうから、極めて融通が利かない時期ですね。
大阪府選挙管理員会の事務局は大変でしょう。

12月 26, 2007 at 12:39 午後 国内の政治・行政・司法 | | コメント (2) | トラックバック (0)

教育再生会議の古色蒼然

読売新聞により「理科専科教員の設置、「道徳」教科化…教育再生3次報告

政府の教育再生会議(野依良治座長)は25日、首相官邸で総会を開き、理科教育強化のために理科専科教員の設置を進めることや小中学校で「道徳」の教科化などを柱とした第3次報告を決定し、福田首相に提出した。

同会議は来年1月、これまで3回の報告を踏まえ、最終報告を取りまとめる予定だ。

第3次報告は、「公教育の再生」を掲げ、<1>学力の向上<2>徳育と体育の重視<3>大学・大学院の抜本改革<4>学校の責任体制の確立――などを重点課題とした。

具体的には、2006年国際学習到達度調査(略称PISA)などで、理数系の学力水準が低下していることを踏まえ、小学校高学年に理科専科教員の設置を進めるなど、理科教育の強化を打ち出した。さらに、学力向上に向けた意見交換のため、各都道府県の代表者による「全国教育再生会議」の開催を提案した。

2次報告に続き、「道徳」を教科化し、偉人伝や古典などを活用して感動を与える教科書を作成することを打ち出した。だが、点数での評価はせず、学級担任が担当するとした。

第3次報告の焦点だった「教育バウチャー制度」については事実上見送った。その代替案として、公立学校の学校選択制を通じて、児童・生徒数に応じた運営費を配分するモデル事業を実施することを明記した。

大学・大学院の抜本的な改革としては、国立大の大学・学部の再編や、大学全入時代を踏まえて入学定員の減少による質の向上を求めた。

さらに、子供の携帯電話にフィルタリング(選別)機能を義務づけるための法的規制の導入を求めた。

この「教育再生会議」はさっさと潰した方が社会のためだと強く思う。

理科教育のために理科の専任教員を増やせば良いというほど単純なものではないだろう。
理科や技術は非常に考える・決断する・実験してみるを要求されることで、特に「色々考えを巡らせてみる」ことが重要で理科限定の話ではない。
たまたま理科に重要な結果が現れている、ということだと思う。

塾などが指導している「考える以前に回答を反射的に出す」訓練によってペーパーテストの成績を上げ得るところに問題があるのではないのか?

だとすると、いくら理科実験をやっても考えないでやってるだけは意味がないし、そもそも他の教科で「反射的回答」はっかりやっていては意味無いだろう。

思うに、今必要なのは学習の細分化ではなくて統合化だと思う。
実現不可能かもしれないが、理科の実験レポートを国語の教師が国語力の観点から評点する、といったことが実社会への訓練としてはより適切ではないのか?

算数・数学ではいわゆる応用問題で文章や絵から問題を探り出すといったことを重視するべきだろう。

穴埋めのような回答を求めても、実社会にはそんな問題はほとんど無いし、第一学習進度の到達度をチェックすることは、学習効果の測定そのものと言えるのだろうか?

工学技術的には物事を分解して評価する手法は明快ではあるが「総合評価」は別にするのが普通で、製品などの評価は「総合評価」のところだけに限定される。

細分化した評価の積み上げだけでは社会は評価しない。これが「プロダクトアウト」の問題で、教育再生会議がやっているのは「プロダクトアウトの推進」そのものだと思うし、そこを非常に危惧しています。

12月 26, 2007 at 11:06 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

入国審査の変更一ヶ月

朝日新聞より「外国人指紋採取制度1カ月 入国拒否は95人

法務省は25日、日本に入国する外国人から指紋採取と顔写真撮影をする制度が始まってから1カ月の運用状況を発表した。11月20日から12月19日までの間に日本に入国した約70万人のうち、制度に基づいて採取した指紋や顔写真が過去の退去強制者のリストと一致したために入国を認めなかったのは95人だった。

内訳は退去命令が77人。より重く、一定期間入国ができなくなる退去強制処分が17人。残る1人は指名手配犯で、警察当局に身柄を引き渡された。他人名義の旅券を使ったり、自分の氏名を変えて新たに旅券を作ったりして入国しようとしたケースが多かったという。

一方、従来の方法で入国拒否された例を含めると、この1カ月の入国拒否者は計588人で、06年の1カ月平均より180人少ない数字にとどまった。同省は「制度が知られるようになり、抑止効果が出ているのではないか」とみている。

「この1カ月の入国拒否者は計588人」。70万人中の588人ですから0.08%ですね。
率としては少ないけれども、絶対数としては意外と多いものですね。

さらに、588人中の95人が新システムで入国を拒否した数で16%。これも意外に多い。 過去の強制退去者と顔写真・指紋が一致したということはニセのパスポートを持ってきて偽名で入国を試みた、ということですね。

確かに抑止効果は出ているのでしょう。

12月 26, 2007 at 10:44 午前 国内の政治・行政・司法 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.12.25

警察官が霊感商法その4

毎日新聞より「霊感商法:祈願代だけでも1200万円以上…訴えた男性

神奈川県警の警備課長を解任された警視が関与したとされる霊感商法事件で、県警が詐欺容疑で家宅捜索に踏み切るきっかけとなった横浜市の男性会社役員(44)の訴えの全容が分かった。

ヒーリングサロンに通っていた男性は「先祖が入水自殺して苦しんでいる」などと言われ、祈願代だけで1200万円以上を要求され、金を払えなくなると新規加入者の勧誘も求められていたという。

関係者によると、男性は04年4月、会社経営の不振がきっかけで「びびっととうきょう青山サロン」(東京都港区)に通うようになった。その月にサロンを経営する有限会社「E2(イースクエア)」の女性社長から「あなたの会社は戦国時代は首切り場だった。運気を下げ業務等に影響している」などと言われ、翌月「除霊代」として現金490万円を支払った。

さらに会社の経営が思わしくなかった05年8月、女性社長から家系図を見せるように言われ、「4代前の先祖が鳴門海峡で入水自殺している。あなたはその人の生まれ変わり。自殺した人は苦しんでいる。『お迎えに行きましょう』」と持ちかけられた。

男性は数日後、女性社長やサロンの女性スタッフら数人で兵庫県淡路島の南端まで行き、魂を呼び寄せるという「お迎え」という儀式をした。女性社長から「自殺した先祖とその妻の魂を呼び寄せた」として計90万円を要求され支払ったという。

さらに男性が会社の資金繰りに困ってサロンに通えないようになると、女性社長から新規加入者の勧誘を求められたほか、「ほかの会員の前で“奇跡”の話をしなさい」と言われ、会社の業績が上がったという話をさせられたという。

男性はサロンに通っていた04年4月から今年3月までの間、サロンに総額1660万円を支払ったが、うち1280万円は計4回にわたる祈願代や「お迎え」代などで、残りはライセンスなどの霊感グッズ代。支払いのため、1000万円以上の借金をしていたという。

女性社長は23日の記者会見で「納得の上で支払ってもらった」と主張。びびっととうきょうの広報担当者は「男性とは弁護士を通じて話し合いを続けており、こちらからお話することはない」とコメントしている。【山衛守剛】

会社側のコメントにある「納得の上で支払ってもらった」というのはホームオブハート裁判でもホームオブハート側が主張していることで、

宗教法人ではない→宗教ではない→信仰の対象ではない→お布施などではない→支払はサービスの対価

というのが最近の流行のようですね。

2004年4月から2007年3月までですから、丸3年で1660万円を支払っています。
4回の祈願代やお迎え、その他の霊感グッズの購入となっていますが、常識的にも報道からも「相談する」「回答がある」「対応する行為」となっていますから、一回の祈願などについて前後で数回の接触は最低限あるはずです。

仮に、前後で5回このこのサロンに通ったとすると、丸3年で20回となります。
2ヶ月に一度と見るのか毎月と見るのかといったところです。

祈願などですから、どう見ても「お金を払って具体的な何かを得る」とは言いがたいのですが、そのようなこと会社の社長が毎月のように行くこと自体がおかしいわけです。

ホームオブハート裁判の被害者弁護団の紀藤正樹弁護士のサイトに最初に出た被害者(原告)勝訴の判決全文が出ています。

開始終了内容金額
2002/07 MASAYAコンサートへの勧誘
2002/07/27MASAYAコンサートに参加¥45796
2002/07/28「ビッグベアークラブハウス」会員になることを勧誘
2002/08/13「MASAYA個人ワーク」への参加を申込¥88227
ビッグベアークラブハウスの入会金と年会費¥336000
アイランドセミナーの参加費¥126695
2002/08/30「MASAYA個人ワーク」
2002/08/31商品の販売店を営むことを提案
2002/09/14MASAYAコンサートのリハーサルへの参加豊原(HANAZAKURA)の会員の会員になる¥5000
2002/09/17会員権代の支払¥1000000
2002/09/25豊原でのセミナーへの参加費¥230230
2002/09/272002/09/29豊原でのセミナーに参加
2002/10/042002/10/07アイランドセルフトレーニングに参加
2002/10/08伊豆ツアー代金、ハワイツアー代金¥300000
2002/10/09商品仕入れ、ツアー代の残金¥691000
2002/10/11商品仕入れ代¥900000
2002/10/11ハワイツアー代金の残金¥330000
2002/10/122002/10/14セミナー参加
2002/10/14絵画を購入させられる¥367500
2002/10/16セミナー代¥200000
2002/10/19セミナー代¥200000
2002/10/19店の開業を約束させられる¥4100000
2002/10/20セミナー代¥199000
2002/10/202002/11/25ハワイツアーに参加
2002/10/31店の費用とセミナー代¥1280000
2002/11/012002/11/05お花の小道帰途ツアーに参加¥299180
2002/11/06店の費用を支払¥2000000
2002/11/082002/11/11マネートレーニング・セミナー¥154650
2002/11/11ビデオとCDを購入させられる¥260000
2002/11/12開業予定の店の費用が2000万に変更となった
2002/11/182002/11/21屋久島のセミナーに参加¥280000
2002/11/222002/11/24山の学校オプショナリーツアー参加¥180230
2002/11/302002/12/01チャイルディッシユツアーに参加¥113000
2002/12/062002/12/08セミナー参加¥213260
2002/12/132002/12/15ヒーリングセラピートレーニング¥257720
2002/12/212002/12/23レクチャーワークに参加¥287750
2002/12/272003/01/01マスタートレーニングに参加¥457750
2003/01/012002/01/04山の学校セミナー参加¥219760
2003/01/062003/01/07ハーブ講習会¥80000
2003/01/18エンロールメントトレーニングへの参加¥236960
2003/01 末弁護士などに相談して、参加を取りやめた

この頻度でセミナーなどを次々に受けることがすでに洗脳されているとしか言いようがありません。
今回の会社社長の例も「毎月なんからの接触があった」と想定されるところがすでにおかしいわけです。
まして「経営が苦しいことを相談に行って、そのために借金をする」のでは普通の状態とは言えないでしょう。
これほどまでに人は瞞されやすい。ということですね。

12月 25, 2007 at 07:13 午後 事件と裁判 | | コメント (0) | トラックバック (0)

個人情報保護のため?都教育委員会

サンケイ新聞より「児童・生徒の個人写真も持ち出し禁止 東京都教育委員会

児童・生徒の個人情報を教職員が学校外へ持ち出して紛失するケースが相次いだため、個人情報を含んだメール送信の禁止など管理基準の厳格化を検討していた東京都教育委員会が、セキュリティー対策に生徒らの個人写真や歯の検査表などの持ち出し禁止を明記していることが24日、分かった。

個人写真については、羽村市の小学校の元男性教諭が交通事故死した子供の写真をホームページ上に無断掲載した事件も起きており、都教委は基準の厳格化で、個人情報流出によるトラブルや被害を可能な限り防ぎたい考えだ。

情報セキュリティー対策基準は21日、中高一貫校を含むすべての都立学校に通知された。緊急連絡先の電話番号以外、個人情報の持ち出しを原則禁じている。指導記録や進路希望調査はもちろん、校内で個人情報を取り扱い中、離席する場合も情報をUSBメモリーに一時保存して、施錠できる保管庫に入れるように求めている。

対策基準は、個人情報の持ち出しを

  1. 絶対禁止
  2. 原則禁止だが、校長の承認があれば可能
  3. 包括的に可能

に分類。例えば、児童・生徒の個人写真、健康診断表や歯の検査表は「絶対禁止」。教員が自宅で採点をしようと考えて持ち出す場合が多かった定期テストの答案用紙は、校長の承認を得なければ持ち出せないよう定めた。

このほか、個人情報を含むメールの送信も原則禁止。やむを得ず送信する場合は、校長の許可を得てパスワードを設定することや、USBメモリーを校外に持ち出す際は、複数人で運搬し、鍵付きのケースに収納するなどの措置を取らなければならないとしている。

都教委は、先月から全教員を対象に個人情報管理の研修を実施。学校外で児童・生徒の個人情報を話題にした会話も慎むように求めていた。

こういうのは「禁止事項」を定めれば良いのでしょうか?

少なくとも交通事故死写真をアップした教員のような人物の行為の歯止めになるとは思えない。
だから「こんなこともあるから持ち出し禁止を厳格にしよう」というのは、筋違いということでしょう。

「トラブルや被害を防ぎたい」とのことだけど、被害を防ぐのは当然としても、被害とトラブルを同列に置いて対処するべき事なのか?

例えば、インターネット上に写真を公開したら、それは善意・悪意・必然性などに無関係に回収不可能になる。
そういう事実を「悪いこと」「問題がある」「仕方がない」「構わない」という判断をその時々にしていくことが必要であって、事前に決めておくのは極めて難しい。

写真を例にすれば、プリントした写真を持ち出してもネットを通じてバラ撒かれることは無いわけで、つまりは写真の持ち出しよりもネットワークの使い方の問題の方が重要だと考えます。

先日、神奈川県立の高校1年生に話したのは

「高校一年の女子です。父は○○電鉄の部長です」と書くだけで、個人が特定できる。

なんて話もしました。
もちろん○○電鉄には生徒が通学に使う電車の名前を使ったのですが「○○電鉄の部長はたぶん10人ぐらいだろう。100人は絶対に居ない。その内で高校一年の娘の親は1人しか居ない。だから特定できる」と種明かしをしたわけです。さすがにギョッとした表情になりました。

質問で「ネットワークを見張っていて、削除をドンドンやっている映像がテレビで紹介されたが」とありましたが、これについても「単に文字や絵だけをチェックしても別の言い方に置き換えたりするから、機械的なチェックでは難しい」なんて答えをしました。

高校1年生にこういう話が通用する時代なのですから、東京都教育委員会はもっと知恵を使うべきでしょう。
校長など管理職の手間は激増する割には明らかに効果は薄いと考えます。
教育委員会自身の責任逃れのための規則制定ではないのかな?

12月 25, 2007 at 11:01 午前 個人情報保護法 | | コメント (2) | トラックバック (0)

マイクロバスのドア

朝日新聞より「バス運転の男性ら、容疑で逮捕 外環道バス転落事故

東京都練馬区の東京外環道内回り大泉ジャンクション付近で24日、マイクロバスのドアが開き、小学校5年が車外に投げ出され、トラックにはねられた死亡事故で、埼玉県警は25日、バスを運転していた同県川越市今福、会社員と、トラックを運転していた運転手の両容疑者を自動車運転過失致死の疑いで逮捕した。

県警高速隊の調べに対し、マイクロバスの運転手は調べに対し、バスの出入り口を「(ドアが開かないようにする)自動に切り替えていなかったようだ」と話していた。県警はドアが誤って操作された可能性もあるとみて、事故直前のドアのロック状況などを詳しく調べている。

県警によると、バスは06年の製造。ドアはスライド式で、開閉を手動と自動に切り替えるレバーが、運転席付近とドア付近にあった。

バスは埼玉県川越市を拠点に活動するサッカーチーム「川越福原サッカークラブ」を運営する有限会社名義で、マイクロバスの運転手は同社員。小学5年生は、茨城県かすみがうら市でのサッカーの練習試合を終えて出発する際、前から2列目のドア側に近い席に座っていたらしい。落ちる直前、ドアの乗降口にあるステップの部分にいたという。

まず間違えなく落ちた少年がいたずらでドアを開けてしまったのでしょう。このマイクロバスについては前の記事に解説があります。

朝日新聞より「走るバスのドア開き、小5転落 ひかれ死亡 都内高速道

24日午後6時10分ごろ、東京都練馬区大泉町4丁目の東京外環道内回り大泉ジャンクション付近で、走行中のマイクロバス(定員29人)のドアが開き、埼玉県ふじみ野市の小学5年生が車外に投げ出された。少年は路上で、後続のトラックにはねられ、まもなく死亡した。県警高速隊はドアが開いた原因などを調べている。

Up1

バスのドアはスライド式で、車体左側の中央付近にある。開閉は自動と手動を切り替えられる型で、切り替え装置はドアの昇降口付近と運転席にあるという。

県警の聴取に対し、マイクロバスの運転手は「自動に切り替えていなかったようだ」と話しているといい、手動になっていた可能性が高い。死亡した少年はドア付近にいたらしい。

Up2

一帯は片側2車線と大泉の出口に向かうための側道のある区間で、バスは右側の本線を、トラックは左側の本線をそれぞれ走っていた。トラックを運転していた埼玉県入間郡内の会社員男性(25)は「バスから物が落ちてきて、トラックに当たったと思った」と大泉料金所の社員に通報してきたという。

Up3

走行中のバスから転落した事故は、

  • 01年6月、宮崎県高崎町(現・都城市)の国道で、スイミングスクールの送迎マイクロバスの窓から小学2年の児童(7)が転落して死亡
  • 05年3月、静岡県焼津市の東名高速で、愛知県美浜町の小学6年の児童(12)が観光バスの窓から転落し、後続の車にひかれて死亡
――などがある。

自動車のドアをロックする機構については色々な考え方があって

  • 車速に応じて自動的にロックするもの
  • 運転席だけはロックしていてもドアハンドルでいつでも開くもの
  • 内側のドアハンドルで開くことが出来ないもの(チャイルドロック)
  • 開くと警報が鳴るもの(バスの非常扉)

などがあります。
ヨーロッパ車では、常に内側からドアが開くものが多かったと思います。(最近はどうなのだろう?)

今回のマイクロバスは29人乗りですから、中型免許で運転できる上限でしょうか。
つまり事実上バスなのであって、ドアも社会中央部の運転手からは見えにくいところにあります。
そのドアが走行中にロックしていない、というのは日本の現在の車の標準的な仕様としては異例なように感じます。
車速感応型の自動ロックを採用するべき車種でしょう。

確かに「自動ドア状態にセットすれば手動で開かない」ことは間違えないでしょうが、これはドアを運転者が開閉するための仕組みでしょうね。走行中に開かないようにする、といった機能を直接目的にはしていないのではないだろうか?

そんな風に考えると、このバスの設計(企画)と走行中にドア開けることが引き起こした事故でしょう。
特に、この種の車では自動ロックは不可欠ではないだろうか?

12月 25, 2007 at 10:27 午前 事故と社会 | | コメント (8) | トラックバック (1)

2007.12.23

福島県教育長の記者発表

福島民友新聞より「白河高未履修で、校長を停職1カ月

白河高が昨年度の3年生必修科目の未履修を隠ぺいした問題で、県教委は21日、「昨年の調査以降も校内の実態を適切に把握せず、所属教員に対する必要な是正を行わなかった」などとして、校長(60)を停職1カ月の懲戒処分に、また適切な対応を誤ったとして同校教頭(57)、同(51)を戒告の懲戒処分にした。

県教委の学習生活指導グループ参事についても、昨年調査したにもかかわらず実態を把握できなかったとして厳重注意とした。前任の教育指導領域総括参事についても、現在所属している町教育委員会に指導上の措置を依頼した。

また、FIS(国際スキー連盟)フリースタイルスキー世界選手権猪苗代大会の開催費膨張問題で、県と県教委は同日、「財務計画の見直しなどを怠り、大会組織委員会の財務計画に疑義を生じさせ、県や県教委の信用を失墜させた」として、前県教委生涯学習領域スポーツグループ参事の県立高校長(56)と前生涯学習領域総括参事だった消防学校長(57)、現同領域スポーツグループ参事(55)と、大会組織委員会の前事務局長(55)=22日付で異動=の計4人を戒告の懲戒処分とした。

県教委によると、4人はそれぞれの時点で、大会予算が変動する見込みがある、もしくは予算を超過していることを認識しながら、適切な対応を怠った。

野地陽一教育長が同日、記者会見して一連の処分を明らかにした。

「白河高校・既卒生の必修漏れが発覚」の続報であり、しかも「校長が停職一ヶ月」という聞いたことのない重い処分でありますが、良く見ると

  • 白河高校履修偽装で卒業させた事件
  • フリースタイルスキー開催に関する予算計画がずさんであった事件

をセットにして「処分を発表しただけ」ですね。

たまたまいずれの問題もわたしは取り上げていますが、両方とも「処分は後回しで良いから対策をきちんとしろ」というべき事柄でしょう。

特に、白河高校の必修科目の履修偽装は、他の方も指摘していますが「通信教育ででも、なんとかする義務がある」のであって、何もせずに放置する一方で行政内部で処分すれば良いという問題ではないですよ。

そういう視点で、この報道を見てみると、福島民報は「白河高校長停職1カ月 未履修で懲戒処分」で

福島県教委は21日、白河高で未履修の隠ぺいが発覚したことを受け、同校の遠藤教之校長(60)を停職1カ月としたほか3人を懲戒処分にした。停職1カ月は一連の県立高校の未履修問題で最も重い。国際スキー連盟(FIS)フリースタイルスキー世界選手権大会で適切な対応を怠り、県教委と県の信用を失墜させたとして現県立高校長の前生涯学習領域スポーツグループ参事(56)ら4人を戒告にした。

野地陽一県教育長自身も21日開かれた、県教委の定例会で異例の厳重注意を受けた。

と報じています。
県教育委員会で、教育長が厳重注意を受けたというのでは、これまた内部の処分であって、本質的には県議会とか県知事が扱うべき問題を「どうやって閉じこめようか」と考えて「処分したと記者発表した」としか思えません。
両新聞社がこのような「異様な感じ」を伝えようして、福島民報新聞は2つを並べ、福島民友新聞は3つを並べた、ということでしょう。

天網恢々疎にして漏らさず、という言葉を思い出しますね。

12月 23, 2007 at 10:11 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)