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2007.11.08

ミャンマー・国連に反発

CNN.co.jp より「ミャンマー軍政、スー・チー氏交えた3者協議を拒否

ヤンゴン──ミャンマー軍事政権は6日、民主化運動指導者アウン・サン・スー・チー氏を交えた協議を拒否し、「大国のごう慢さ」に屈しない姿勢を強調した。
同国を再訪問したガンバリ国連事務総長特別顧問は、軍政トップのタン・シュエ国家平和発展評議会議長との協議が実現しないまま、8日に出国する可能性が高くなってきた。

ガンバリ顧問はミャンマーの政治改革と、軍政および民主化勢力との和解を推進するため、スー・チー氏と軍政代表、自身の3者協議を提案していた。

軍政はスー・チー氏と対話する条件として、経済制裁の支持撤回を求めている。ただ、国営紙「ミャンマーの新しい灯」が情報当局者の発言として伝えたところによると、同氏はこの問題について軍政側に回答していない。

一方、潘基文国連事務総長は、ガンバリ特別顧問の再訪による事態進展がないことに懸念を表明。
潘事務総長は同顧問に対し、スー・チー氏との面会や、デモ制圧で拘束された仏教僧や学生らの釈放を実現し、民主化に向けた必要措置を実施するようミャンマーに圧力をかけるよう求めたという。

こうしたなか、国連人権理事会のピネイロ特別報告者(ミャンマー担当)は6日、軍政の許可を受けて、11日から5日間の日程でミャンマーを訪問すると発表した。ピネイロ氏の同国訪問は2003年以来。

ミャンマー政府は、ミャンマー国内の国連職員に対して外交官としての身分の更新の拒否などで事実上のを追放を始めていて、どんどんと鎖国状態になりつつあるようです。

中国との関係さえ維持出来れば国際社会に止まる理由はないといった感じなのかもしれません。
いまや何十年か前の北朝鮮並みの謎の国家になりつつあるところですが、中国政府の政策としてミャンマーが現状の方向であることを将来も是認すると必ずしも言えないのではないか?と感じます。
中国政府の庇護の元に現政権が、将来の中国政府の方針転換でミャンマーの政権転覆、国内争乱といったことも予想されるところで、かなり心配な要素でしょう。

国連がうまく状況をコントロールできるのかが、評価されるところかもしれません。

11月 8, 2007 at 09:29 午前 海外の政治・軍事 | | コメント (3) | トラックバック (1)

2007.11.06

パキスタン・戒厳令までの様子

東京新聞より「非常事態2日前決断かパキスタン大統領抗議の弁護士ら350人拘束

【イスラマバード=大場司】イスラマバードの情報筋によると、パキスタンのムシャラフ大統領が非常事態宣言を決断したのは、三日の宣言の二日前にあたる一日だったとの見方が強まっている。強権発動の準備は一カ月半前から本格化したとされ、綿密な計算で発動された可能性が高い。治安当局は五日、抗議行動の封じ込めを強化。宣言以来、野党支持者ら千五百人以上が拘束されたもようだ。

消息筋によると、ムシャラフ氏は一日にキアニ陸軍副参謀長ら軍側近との会合を開き、その場で非常事態の宣言を決めた可能性が高いという。前日には最大与党パキスタン・イスラム教徒連盟クアイディアザム派のフサイン総裁らとの会合が開かれていた。

ムシャラフ氏が最多票を得た十月六日の大統領選をめぐり、陸軍参謀長を兼任するムシャラフ氏の立候補資格を審理していた最高裁が、今月六日にも当選無効の判決を出す恐れがあった。

仮に最高裁が判決で当選を認めても、反政権的な姿勢を強める最高裁が、政権運営の障害になるのは確実な情勢だった。強権発動の準備は九月半ばから本格化していたが、反対する米国の圧力でムシャラフ氏は発動時期を慎重に見極めていたという。

地元メディアによると、東部パンジャブ州ラホールで五日、州高裁前に弁護士約二千人が集結して抗議行動を展開。警察当局との衝突で少なくとも二百五十人が拘束された。南部シンド州カラチでも弁護士が百人以上連行された。

一方、非常事態宣言後に解任され、自宅軟禁下にあるチョードリー前最高裁長官は四日夜、地元英字紙「ニューズ」の電話取材に応じ、「非常措置はすべて違法で違憲だ。神は最後に私の成功を祝福してくれるだろう」と述べ、政権と対決していく姿勢を強調した。

『大統領拘束』のデマ

【イスラマバード=大場司】非常事態宣言で事実上の戒厳令が敷かれたパキスタンの首都イスラマバードで五日、ムシャラフ大統領が「拘束された」「自宅軟禁になった」とのうわさが市民の間を駆けめぐった。

うわさは携帯電話などで瞬く間に広がり、昼食時の市民の話題を独占した。全く根拠のないデマにすぎないが、政府のメディア規制で国営テレビしか視聴できない状態が、うわさの拡大に拍車をかけたようだ。

国会議事堂周辺で取材していた地元民放テレビのイムラン・ラジャ記者は「衛星放送で国外では視聴できるが、国内では見られない。こんな不当な措置がいつまで続くのか」と怒る。

法曹団体による抗議行動を警戒して、国会議事堂や最高裁周辺は通行が全面禁止され、警察や軍の治安部隊が展開。警察官の一人は「これだけ警官がいれば、デモはできない」と語った。

だが東部ラホールなどでは抗議行動に集まった弁護士らを警察当局が次々と拘束。イスラマバードの弁護士は「当局も国際社会への体面上、首都では手荒なことはできない。地方ではやりたい放題だ」と指摘した。

ムシャラフ大統領はアメリカとの関係でもうちょっとうまくやるかと思っていたのですが、非常事態宣言でアメリカにも不安を強く与えるとは思いませんでした。

パキスタンはイスラム勢力では核武装を国際的に認められている唯一の国で、国際的に見て国内政治の安定を強く要請されていました。
政治の基本構造は、大統領と最高裁の政治的な対立のようで、政府と市民が衝突しているミャンマーとはまるで別だと思うのですが、それでも非常事態宣言でメディア規制などで同じような事になったと言えます。

その一方で、うわさ話が携帯電話で一気に広まるといったところは、現代社会そのもので強権発動の有効性も以前よりは遙かに無くなってしまったのではないでしょうか?

核保有国の政府が有効に機能しなくなるといったことは勘弁して欲しいのですが、その危険は高まりつつあると言えるでしょう。
注目している必要があります。

11月 6, 2007 at 11:25 午後 海外の政治・軍事 | | コメント (1) | トラックバック (0)

紀元会・集団暴行殺人事件・その5

「紀元会・集団暴行殺人事件・その4」の続報です。

信濃毎日新聞より「黒板消しで叩いただけ 集団暴行死で法廷

小諸市の宗教法人「紀元会」施設内での集団暴行死事件で、傷害致死容疑で逮捕された、同会員(29)の拘置理由開示の法廷が5日、長野簡裁で開かれ、同容疑者は容疑を否認した。

会員による集団暴行で死亡したとされる会員の奥野元子さんに対し、小林容疑者は「黒板消しで暴行した」としたが、幹部の女性と共謀した殴るけるの暴行は「していない」と述べた。

担当弁護士も、幹部の女性から「(奥野さんに)黒板消しで化粧するみたいにしろ」と言われ、軽く2回パタパタと顔に付けただけの単純暴行-と指摘。「命令に従っただけにすぎず、弁護士に対しては一貫して容疑を否認している」とした。

さらに、弁護士は事件について「主犯者が個人的な思いから暴行し、それに賛同した人がリンチに加わった」と主張。「主犯者と被害者との個人的対立がもと」と述べた。

蒲裁判官は、拘置理由として、犯行前後の行動や共謀の時期などをほかの容疑者と通謀するなど、証拠隠滅の恐れが否定できず、逃亡の恐れがある-ことを挙げた。

この種の事件では「○○しただけ」というのが必ずと言って良いほど出てきます。
集団で個人に圧力を掛けた場合でも、一人ひとりの行動は「○○しただけ」であっても、結果は犯罪に等しくなることがありますし、団体や会社などの組織の上司と部下といった関係だとパワーハラスメントといった言い方をすることもあります。

そういう事件の後になっても「○○しただけ」と言い張る事になると、これはかなり悪質と言わざるを得ないわけで、この事件でもイヤな感じになってきましたね。

11月 6, 2007 at 11:01 午後 事件と裁判 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.11.05

在ベルギー日本大使館にドロボーが侵入

読売新聞より「ベルギーの日本大使館からノート型パソコン9台盗難

在ベルギー日本大使館は4日、ブリュッセル中心部にある同大使館からノート型パソコン9台が盗まれたことを明らかにした。

オフィスビル7階にある大使館入り口の鍵が壊されており、空き巣被害に遭ったとみられる。週末の3日未明に侵入された可能性が高いという。

同大使館によると、外交上の秘密情報などは持ち出されていないことが確認されているという。書類などが物色された形跡もなく、同大使館は情報目当ての犯行ではないと見ている。(ブリュッセル・尾関航也)

ノートパソコン9台を盗まれて、「情報を取られていないから・・・」というのはちょっと情けないだろう。
いくらノートパソコンだって9台ともなれば、そこそこの大荷物で服に隠して持ち出す事は出来ない。
それほどのドロボー行為が出来るのが在ベルギー日本大使館ということ以外の何ものでもないだろう。

だいたい、「情報を持ち出していない」なんてことは分かるものなのだろうか?
別にアメリカのように海兵隊を警備に立てろとは言わないが、これでは誰だって不安になるだろう。
回りに対する影響の方がノートパソコン9台よりも遙かに大きい。

11月 5, 2007 at 11:20 午前 国内の政治・行政・司法 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.11.04

ネットいじめではなくて、いじめのネット利用だよ

京都新聞より「ネットいじめ、京の学校でも匿名の中傷「友」襲う

全国的にインターネットや携帯電話を使った学校でのいじめが問題となる中、京都市伏見区の中学3年の男子生徒が同級生らから悪質な「ネットいじめ」を受け、学校を休んでいることが発覚した。関係機関への相談も急増しているが、仲間内だけのサイトなどを通してのやりとりだけに、表面化するのはまれだ。現状や課題を追った。

「ばか」「キモい」「死ね」…。悪口中傷が携帯の画面いっぱいに並ぶ。男子生徒が伏見区の中学への転校を前に、「友達をつくりたい」と開設したホームページ(HP)。10月の登校初日、そのことを同級生らに伝えた。間もなくHPのブログ(日記)に卑劣な言葉の書き込みが始まった。

相手も分からない腹立たしさと恐怖。メールの返信で注意すると、中傷は過激になった。HP閉鎖や金銭を求める脅迫も交じる。アドレスなどから送信相手を突き止めた。同じクラスの女子生徒ら3人だった。学校や警察への相談を機に、彼女らはようやく詫びたが、男子生徒の傷は癒えない。うつ病と診断され、休学したままだ。

教育相談などを受け付ける全国webカウンセリング協議会(東京都)では、年間約1000件に上るいじめ相談の大半にネットが絡むという。学校単位の「学校裏サイト」での書き込み、他人のメールアドレスをかたる「なりすましメール」、他人に回すよう指示する「チェーンメール」など、自分の正体を隠した陰湿な手法が目立っている。

低年齢化も進む。今年1月、京都市南区の小学6年生(当時)の女子児童は、親友だった女子同級生とささいなことで言い争ったのを機に、複数の同級生から中傷メールを受けた。それまで楽しいやりとりの場だった携帯サイトの掲示板が使われた。「てめぇなんか、同じ中学にくるな」-。卒業を前にふさぎ込む娘に母親が気づき、保護者同士が集まるなどして収まった。「文字だけの世界はいったん行き違いがあると、どんどんひどくなる。恐ろしい」と母親は振り返る。

■教育現場、危機回避を指導

どうすればよいのか。関係者からは「携帯を持たせるべきでない」との声の一方、「現実的に無理。防犯面でも必要」という意見も多い。

京都府や府教委、府警は今年2月、「情報モラル教育」のサイトを立ち上げ、アクセスを制限する「フィルタリング機能」の設定方法や、迷惑メールの相談窓口の紹介を始めた。京都市教委も近くネットいじめを考える連絡会議を立ち上げる。

下京区の七条中では、1年生に3年生の指導内容を前倒ししてチェーンメールへの対処などを教える。「『○君って態度悪いと思わへん?』。友達からこんなメールが来たらどう返す?」。教師の問いに生徒がパソコンに一斉に返事を書き込む。村上幸1校長は「中学生のネット技術は高く、メールなどのモラルを教えるのに3年生では遅い。小学校で教えてもいい」と実感を込める。

情報モラル教育を研究してきた八幡小(八幡市)の富永直也教頭は「ネットでのいじめをなくすのは、通常のいじめをなくすのと同じく難しい。学校で教えるべきは、命の大切さと危機回避の方法」と指摘する。

深く静かに広がる「顔の見えないいじめ」。接続制限などの対処療法に加え、いじめの根を絶つ地道な対策が迫られている。全国webカウンセリング協の安川雅史理事長は「子どもが携帯電話の着信音を消したり、大人から隠れてメールをチェックするなどの変化を見逃さないで」と、親や教師らが「子どものSOS」を感じ取ることの大切さを訴えている。

ネットによるいじめ問題京都府警によると、ネットによる中傷の相談は2006年度で241件、4年前の3倍近くに上り、中高生の絡む事案も目立つという。京都市教委が6月に実施した抽出調査でも、携帯電話所持率が中学3年70%、小学6年25%に達し、中学生の約1割が「人権侵害のような書き込みをしたり、されたことがある」と答えた。神戸市では今年7月、私立高の男子生徒が多数の生徒から脅迫メールを受けて飛び降り自殺。同級生らが逮捕され、大きな社会問題となった。

この記事の内容は子どもたちがネットを利用することについて混乱している現状の平均値といったところでしょう。

しかし、極めて違和感を感じるところもあります。

  • 「情報モラル教育」のサイトを立ち上げ
  • アクセスを制限する「フィルタリング機能」の設定方法や、
  • 迷惑メールの相談窓口の紹介を始めた。
  • 京都市教委も近くネットいじめを考える連絡会議を立ち上げる。

こんな事、大人でも理解できないのではないか?
実際に「インターネットで下手に書き込みをすると他人を傷つけることあります」とインターネットにをやったこと無い大人に説明したと仮定すると、「じゃあ、注意して書き込もう」なんてことになる大人が居るか?
注意を忘れて書き込むか、インターネットを利用しないかのどちらかになるだろう。
なぜ、人を傷つけなくなるのかは、危うい経験をして覚えるているのが現実だ。

つまり、いくら事前に教育しても無理だよ。
第一、インターネットじゃなくても子どもたちは遠慮会釈無く批判したりするものだ、それをインターネット利用だけ「大人並みにやれ」というのは実現不可能だろう。
だから「携帯を持たせるべきでは無い」という意見は常に出てくるし、その反論もある。

この話の落ち着く先は、

  • 携帯電話は持たせる
  • その携帯電話ではインターネット利用は出来ないようにする

で大半が解決してしまうのではないか?と考えます。 上記の仕様の子供用携帯電話を使うようにすればよいわけです。

そもそも、子どもが携帯電話で掲示板を利用しなければならない状況なんてあるのか?
また、メールについても無制限にメールが出来ないと困るなんてことがあるモノだろうか?
携帯電話でインターネット(メールを含む)を子どもが利用する時に大人用と同列である理由があるとは思えない。
子どもがインターネット利用するとはどういうことなのか、をきちんと整理するべきでなんでもできる環境を子どもたちに「自力で管理しろ」というような無茶を言って何とかなると思っているのなら、ナンセンスとしか言いようがない。

11月 4, 2007 at 12:47 午後 教育問題各種 | | コメント (2) | トラックバック (0)

スカイマーク機内でカート暴走

朝日新聞より「スカイマーク機、着陸時にカートが動いて客が足を骨折

3日午後7時15分ごろ、スカイマークの神戸発羽田行きボーイング767―300型機が着陸時、飲み物用のカートが動いて乗客2人にぶつかった。
44歳の男性は右足の骨が折れる重傷で、47歳の男性も左肩に軽いけが。東京空港署が業務上過失傷害の疑いで捜査するとともに、国土交通省航空・鉄道事故調査委員会も4日、調査官2人を派遣する。

調べでは、客室最後部にあった重さ44.5キロのカートが着陸時の衝撃で動き出し、約13メートル走行した。カートは、車輪のストッパーのほか、本体を機体につなぐ留め金もある構造という。

あのカートは、ロッカーのようなところに収容してロックするような構造じゃなかったっけ?
脱出用シュートが自動的に展張するように操作するのも客室乗務員で、客室乗務員はしっかりした操作が必要なのだけど、ここらへんが怪しくなってきているのだろうか?

11月 4, 2007 at 12:23 午後 事故と社会 | | コメント (1) | トラックバック (0)

パキスタンで戒厳令

サンケイ新聞より「パキスタンに戒厳令憲法停止、最高裁長官排除

パキスタン国営テレビによると、ムシャラフ大統領は3日、非常事態を宣言、現行憲法を停止し暫定憲法命令を発令した。
命令はムシャラフ氏が兼務する陸軍参謀長名で出され、事実上の戒厳令。
イスラム過激派による自爆テロなど、国内の治安悪化を理由にするとみられるが、大統領選の出馬資格をめぐる訴訟で同氏に不利な判決を出すと予想される最高裁の封じ込めが目的とみられる。

民放テレビやAP通信によると、首都の電話回線が不通となり、軍がテレビ局や最高裁の建物に展開、最高裁の執務室にいたチョードリー最高裁長官を排除した。大統領は3日夜、戒厳令について国民向けに演説するという。

約8年間にわたり権力の座にあるムシャラフ体制への反感は国民の間で強まっており、反発を呼ぶのは必至。抗議デモが頻発する事態も予想され、核保有国であるパキスタンの混乱で、テロとの戦いを同国と展開する米国をはじめ国際社会の懸念も強まりそうだ。

最高裁では10月6日に行われた大統領選での立候補資格をめぐる審理が継続中。暫定憲法命令により、裁判所の機能も停止もしくは縮小される可能性がある。非常事態はムシャラフ氏に批判的なブット元首相が国外に出たタイミングを狙ったとの見方もある。

ムシャラフ氏は10月6日に行われた大統領選で最多票を獲得したが、事実上の軍トップである陸軍参謀長を兼務したまま出馬したため、公職兼任者の立候補を禁じた憲法に違反するとして対立候補が提訴していた。

ムシャラフ氏は1999年のクーデターで実権を握り、暫定憲法命令に基づき大統領に就任。2002年に総選挙を実施して民政復帰したが、憲法改正で議会解散権を得るなどして大統領権限の強化を図ってきた。

気にはしていた気ですが、まさか非常事態宣言・憲法停止といったことになるとは予想外です。
10月の選挙で最多得票というか圧倒的多数だとされていて、いわば信任された事になるでしょうが、その段階で「立候補が憲法違反だ」となって、公式には立候補していないようです。
つまり選挙自体が公職選挙ではなく人気投票だったことになってしまう。

パキスタンの政治史は極めて複雑で、JICA(国際協力機構)の資料(PDF)に「政治史に見る内政の特徴」というのがあります。
近代史では何らかの形で軍が政治に関与してきた歴史が上記の資料で述べられていて、政治的なターニングポイントはクーデターばっかりです。

また、社会主義や中国の意向もパキンスタンの内政に大きく関わってきました。
核保有国でもあり、無事に大統領選挙の決着が付くことを願っていましたが、戒厳令になってしまいました。
注目する必要がありますね。

11月 4, 2007 at 11:34 午前 海外の政治・軍事 | | コメント (0) | トラックバック (0)