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2007.09.29

参議院神奈川選挙区小林議員の選挙違反

東京新聞神奈川版より「事前共謀なかった 小林温氏派選挙違反事件検察側と真っ向対立

七月の参院神奈川選挙区で当選した自民党の小林温前議員(43)陣営の選挙違反事件。二十八日の横浜地裁での初公判は、出納責任者で元公設秘書と、自民党県連職員の弁護側が、選挙にかかわった大学生らに渡した金について「公職選挙法で認められた単純労務への報酬であり、事前共謀もなかった」と無罪を主張し、検察側と真っ向から対立する展開になった。

検察側は冒頭陳述で、小林前議員が四月に「若さをアピールした選挙運動を展開したい」と話したのを受け、両被告が五月に電話で「若い選挙運動員を集めるため日当一万円の報酬を支払う」と打ち合わせており、事前の共謀があったと指摘。

一方、大学生らがビラ配りなど選挙活動をしていたことを元公設秘書が知っていたかどうかについては、「選挙運動員にビラ配りに対するねぎらいの言葉をかけた」「ビラ配りについての大学生らの会話を聞いていた」などと間接的な事実を列挙したにとどまった。

また、八月二十六日に都内のホテルで、小林前議員本人から任意で事情を聴いた調書も証拠として提出したが、内容は詳しく明かさなかった。

弁護側は、大学生らに渡した金の趣旨は、街頭演説のための場所取りや旗の設営といった単純労務に対する正当な対価だったと主張。
大学生らがビラ配りに携わったことは認めつつ、街頭演説の設営作業の合間に十五分から一時間程度行ったにすぎず、また、鈴木被告はそのことを知らなかったと反論した。

公選法の「百日裁判」の規定に従い、判決期日は十二月四日とされ、それまでの公判日程も指定された。 (中沢穣)

「小林温議員・選挙違反で当選無効の可能性その7」を書いたのが、8月30日でこの時点では小林議員は辞職せずに補欠選挙に持ちこむのではないか?と思っていました。
しかし、9月4日に議員辞職となったために時点の松あきら候補が繰り上げ当選となりました。

小林議員とその周辺に選挙戦略があるのかが非常に疑問があるところですが、今回も小林前議員の言動には大いに疑問を感じます。

朝日新聞神奈川版より「県警、小林氏を聴取

大学生らに日当を払って選挙運動をさせたとして、自民党の小林温・前参院議員=議員辞職=の出納責任者だった元公設秘書ら2人が公職選挙法違反(日当買収)の罪で起訴された事件の初公判が28日、横浜地裁で開かれる。
元公設秘書らの弁護側は、公選法で認められた労務への正当な報酬だったとして無罪を主張する方針で、日当の趣旨が争点になるとみられる。県警は捜査段階で、小林氏から参考人として事情を聴いていたことも新たにわかった。 (藤山圭、小島寛明)

公選法違反罪で起訴されたのは、7月の参院選で小林氏の陣営の出納責任者を務めた、元公設秘書と、党県連職員。

起訴状によると、両被告は7月29日から8月1日ごろの間、大学生ら24人に、参院選の期間中にビラを配って小林氏への投票を呼びかけさせた報酬として、計153万円を支払ったとされる。

公職選挙法は、投票の呼びかけを伴わない事務や労務に対して、一定の報酬を支給できると規定している。

捜査当局のこれまでの調べでは、大学生らは小林氏が街頭で演説をする駅頭での場所取りや、のぼりの設営といった、演説の準備を担当。その後、街頭で有権者にビラを配って投票を呼びかけたとされる。検察側は、これらの一連の行為が集票活動にあたる、と指摘するとみられる。

一方、捜査段階で鈴木被告は「買収はしていない」と容疑を否認。弁護側は公判で「選挙運動への報酬ではなく、労務に対して日当を支払った」と主張する方針だ。出納責任者として、選挙期間中のほとんどを事務所で業務を担当していたため、大学生らがビラを配っていたことへの認識がなかった、などと主張するとみられる。

この事件を巡り、県警は捜査段階で、参考人として小林氏から任意で事情を聴いた。小林氏は「何も知らない」と答えたという。

議員辞職を表明した今月4日の記者会見で、小林氏は「県警や地検の事情聴取は受けたか」との質問に対して「受けていない」と答えていた。

8月26日に事情を聞かれていたのに、9月4日の記者会見の質問に「聞かれていない」と答えた小林前議員のセンスの悪さは目を覆うばかりで、こんな事だから自民党からの支援も受けられないのでしょう。

全体としてこの事件は「センスが悪い」と評するのが一番近いかな?と思うところですが、両被告の主張もちょっと考えられない内容で、公設秘書と県連職員なのだから選挙実務について全くの素人と同様の主張をしては、今後は政党関係者として動ける世界は無くなってしまうでしょう。

確かに選挙の現場にいると「公選法の解釈は???」とか「公選法は改正するべきだ」と思いますし、議論もします。
しかし、選挙は当選を目指すのが当然であって、仮に落選してもダメージを最小限にするように努力する、だから選挙違反と追及されないために一生懸命やる。のが当然なんですね。

両被告の主張の根幹は現在の公選法の解釈と運用について反対するという立場から出ているのだろうと思いますが、被告の立場で100日裁判で主張出来ることとは思えません。
なんのために反論しているのか良く分かりません。ひょっとすると、本当に知らなくて今に至っても知らないで反論しているのでしょうか?

9月 29, 2007 at 11:55 午前 選挙 | | コメント (0) | トラックバック (0)

ミュンマー争乱3日目・鎖国に

大紀元日本より「ミャンマー:抗議デモの発端に、反中共の声

【大紀元日本9月28日】ミャンマー僧侶が主導した抗議デモは拡大しつつ、僧侶と民衆も参加したが、僧侶や日本人カメラマンを含む9人の犠牲者を出す最悪の事態に発展した。
外国メディアの分析によると、10数万人の大規模な平和的抗議はミャンマー軍事政権にとってこの10年来の最も劇的な抗議活動であり、民衆がミャンマーの経済が中共(中国共産党政権)の影響を受け、搾取されているのを意識したことの現れであると指摘した。

UPI通信は、今回の大規模な抗議に経済的要素が指摘した。特に、ミャンマー政府は先月、石油の値段を5倍も上げた。托鉢で生活する僧侶にもこの問題は深刻であり、これまで5、6世帯で僧侶1人の供物を賄えたが、現在は20世帯も必要だからだ。

抗議活動の発端に、反中共の声

抗議活動の兆しは以前からあった。
最初の兆しは今年2月で、中共が国連安全保障理事会でミャンマー軍事政権を制裁する決議案を否決した後のことである。
いわゆる「青年僧侶連盟(Young Monks Union)」と名乗る団体はミャンマーのインド国境に近接するアラカン州で宣伝チラシを配り始めた。
中共の否決に抗議した上、中国製品を排斥することを求めた。この地域には、豊かな石油と天然ガスがある。

また、別の抗議チラシには、ミャンマーの石油と天然ガス開発で中共はミャンマーを搾取していると抗議する内容があった。
中共は現地の住民を雇わず、中国から労働者を供給し、不満を募らせた地元農民らは、中共所有の天然ガス会社の事務所を攻撃したという。

ミャンマー・アラカン州の主要都市シットウェ(Sittwe)で、中国雲南省に直通する新しい港が中国資本で建設が進んでいる。この港は将来、海軍基地としても使用できるように開発を進めており、鉄道と道路は勿論、石油輸送管も整えおり、石油と天然ガスを中国に輸送できる。
この港は、従来のシンガポール・マラッカ海峡を通らず、石油輸送船はペルシャ湾からシットウェに直航できる。 そのため、この地域は、ミャンマー軍事政権を抗議する焦点なのである。

Up

シットウェで先週、ミャンマー軍事政権に対する抗議活動があった。現場の警察官は、デモの僧侶に武力弾圧という上層部の命令を拒絶した。
最後に軍事政権は軍隊に出して催涙弾を使用して、威嚇発砲してデモ隊を追い払った。

インドの時事研究センター( Institute For Topical Studies)主任インド政府内閣官吏ラマン氏(B. Raman)は今年8月19日、南部ミャンマーと中部ミャンマー地域では弾圧される学生と僧侶の抗議デモは軍事政権だけに反対しているのではなく、中国共産党にも反対していると指摘した。
大量の中国人エンジニアと労働者を駐在させている石油と天然ガス開発地区では、このデモ活動が多くの民衆の支持を獲得している。

中共はアフリカでも類似する問題に起こしている。中共は、スーダンで多額の石油投資をしたが、スーダンの人権保護に注力せず、国際社会の強烈な反発を引き起こした。
中央アフリカ地区の投資は更に広範囲な強烈な反対を招いた。
特に、ザンビアで,野党の愛国前線は昨年、ザンビア選挙で、中共に反対する政治綱領を宣言した。

ミャンマーにおける中共勢力の存在は、更に複雑な事情がある。
それは中共がシットウェで開発しているベンガル湾海軍基地であるこの基地に対してインド側は懸念を抱いている。
中共がインド西側のパキスタンで建設したグワダール港(Gwadar )海軍基地と同様に、インド国防の不安材料となっている。

今度の僧侶、尼僧が参加する抗議の重要性の一つはこのデモが、民主化運動指導者アウン・サン・スー・チー氏との連合に発展したことを挙げられる。
ミャンマー軍事政権は、僧侶と市民や学生、アウン・サン・スー・チー氏が団結した抗議活動に直面し、日に日に高める愛国主義と反中国共産党の感情が絡み合い、その上石油価格の高騰によりもたらされた苦しい経済状況で、ミャンマー軍事政権は窮地に追い込まれた。

ミャンマーは1962年から軍事政権によって支配され、独裁者のネ・ウイン氏が1988年に民主運動で退陣し、軍事政権は1990年に総選挙を行ったが、国民の支持を得たアウン・サン・スー・チー氏に権力を渡すことを拒絶した。過去18年で、同氏が自宅に軟禁されたのは通算で約12年になる。

かつて東南アジアでは最も豊かな国家ミャンマーは今や、国民の平均年収は200ドルの世界で最も貧しい国の1つである。
政府はここ数年、経済を開放し、近隣の中国、インドとタイが狙っている大量の石油と天然ガス貯蔵区の採掘権が、軍事政権の支えとなっている。

大紀元をご存じの方はさすがに少ないと思いますので、ちょっと説明しますと反中国共産党新聞で、各国語で中国共産党批判記事を配信しています。
内容が化なり分析的で、今回の記事も中国がミャンマーの西海岸に新港を建設中というものです。

Google Earth で見ると、Sittwe はイギリスが建設した港湾都市というか植民都市であることが良く分かります。
現在の港のさらに奥にどう見ても新しい建物の整った港があって、これが新港かと思いますが、地上部を見ると、Sittwe の街から隔絶していて、軍事基地でないかと思われます。

先ほどのNHKニュースでは、ミャンマー政府(軍事政権)はインターネットの接続を切ったとのことでした。
日本大使館はミュンマー国内の日本人に対して「出国を検討するように」と促しているそうです。

すでに、報道関係者は入国できないために殺害された長井さんは観光ビザでミャンマーに入国していますが、インターネットの接続を切ったとなるとすぐに国際電話の制限になるでしょう。
つまりは21世紀の鎖国に向かうと思われ、国際社会との普通のつき合いを促すためにも、国連に主導による制裁にならザルを得ないのではないか、と思います。
これについては、中国の決断が大きいのですが、中国も来年のオリンピック、2010年の万博と国際社会に合わせざるを得ない要素が大きい、という指摘もあります。

9月 29, 2007 at 01:30 午前 海外の政治・軍事 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2007.09.28

ミャンマー・邦人死亡しかし不明な事が多い

ミャンマーでフリーカメラマンの長井健司さんさんが取材中に銃撃を受けて死亡したようですが、今ひとつ状況がはっきりません。
報道では何時頃の事件なのか伝えられていませんが、2007/09/27の夕方頃であったようです。
ヤンゴンなどでは夜間外出禁止令が出ていて、この時間帯を無視したデモがあったという情報もありますが、今ひとつはっきりしません。

ひどいのは日本の外務省で、HP上にもなんの記事もありませんし、そもそも長井さんについての政府の説明は、町村官房長官が述べたものに止まっています。

AFPBBより「ミャンマーの反軍政デモ、日本人を含む9人が死亡

【9月28日 AFP】ミャンマーの国営メディアによると、27日の同国の軍事政権による大規模な反軍政デモに対する武力鎮圧で、日本人男性を含む9人が死亡した。また国営メディアは、民主化運動指導者アウン・サン・スー・チー(Aung San Suu Ky)さんが所属する同国最大野党、国民民主連盟(National League for Democracy、NLD)を騒乱を扇動しているとして非難した。

27日午後にテレビで放送された速報では、女性1人を含むデモ参加者11人が負傷し、治安部隊側も31人が負傷したという。

国営メディアは「デモ参加者は、治安部隊に対しレンガや棒、ナイフなどを投げつけ、治安部隊は威嚇射撃を行わざるを得なかった」と報じた。さらに、26 日にも1人が死亡し3人が負傷したことも報じられたが、匿名の政府高官らから伝えられた3人の僧侶の死亡については言及はなかった。

死亡した日本人は、東京都港区に本社を置く独立系ニュースプロダクション「APF通信社(APF News)」所属の映像ジャーナリスト、長井健司(Kenji Nagai)さん(50)であることが同社によって確認された。国営メディアによると、長井さんはビデオカメラを所持しており、観光ビザでミャンマーに入国していたという。報道ビザは軍事政権が発行禁止の措置を取っている。

国営メディアは、NLDを10日間にわたる一連の反軍政デモに金を払って人々を参加させ、騒乱を扇動しているとして非難。また、同党のMyint Thein広報官とHla Pe議員がほかの政党メンバーとともに拘束され取調べを受けていることを明らかにした。NLD関係者によると、2人はそれぞれ夜間に家宅捜索を受け拘束されたという。

また、国営メディアは、国外に亡命しているメディア関係者に対しても騒乱を引き起こしているとして非難するとともに、国民に対し「外国から雇われている」勢力からの情報に注意するよう警告している。ミャンマーでは、亡命者からの目撃情報や写真、ビデオ映像などが、同国内での出来事を世界に伝える上で重要な役割を果たしている。(c)AFP

21世紀どころか19世紀の話ではないのか?と思うほどの鎖国状態を目指しているとしか思えない情報です。
中国に対しては国際世論は影響力を行使するように働きかけていますが、ミャンマーの軍事政権がまともな外交姿勢がないためか中国も簡単には説得できる状況ではないようです。

朝日新聞より「中国が「工作組」派遣 自制働きかけへ ミャンマー

中国政府は27日、ミャンマー情勢の緊張を受けて、中国外務省の当局者を中心とする「工作組」をヤンゴンに派遣した。
中国筋が明らかにした。工作組はヤンゴンで軍事政権の当局者と面会し、これ以上の犠牲者を出さないよう自制を働きかけるとみられる。

胡錦濤(フー・チンタオ)国家主席や温家宝(ウェン・チアパオ)首相の「特使」としなかったことについて、同筋は「特使とすると、タン・シュエ国家平和発展評議会(SPDC)議長ら軍事政権の指導部との会見を設定しなければならない。いまの混乱状態では困難と判断し、工作組として送り出した」と説明した。

中国が特使を送り込めないミャンマーとはどういう状態なのでしょうか?
日本から報道陣は入っていないようで、APやAFPなどが僅かに写真やビデオを送ってきていますが、組織的な報道は出来ていないようで27日の「9人死亡」というニュースもニュースサイト毎に少しずつ違っていて、本当はどういうことなのかが分からない状態です。

日本政府は長井さんの死亡についてミャンマー政府に抗議するとしていますが、それ以外の制裁については「行わない」と述べた様子です。
果たして、現時点でこれは正しい判断なのか疑問があります。今後事態が急展開した時に対応できるのか?主に外務省の責任は大きいと思いますが、日本にとって外務省はここ一番で本当に国益を損ねてきた、という印象がわたしにはあって「今回もか?」とも思うところです。

9月 28, 2007 at 10:12 午前 海外の政治・軍事 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.09.27

ミャンマー・国連での国際政治問題が顕在化?

ミャンマーの軍事政権に反対する僧侶のデモが大規模になって死者と負傷者多数が出たと報じられ、国連も動きを見せています。
国際政治の問題になりつつあります。

CNN.co.jp より「僧侶らのデモ隊に発砲、死者の情報 ミャンマー軍政

ヤンゴン──仏教僧主導の反軍事政権デモが続発するミャンマー政局で、僧侶らが前夜に布告された集会禁止令などを無視し旧首都ヤンゴンのシュエダゴン・パゴダ(仏塔)付近で26日、デモ行進を新たに実施した。ヤンゴンでは9日連続の抗議デモ。

これに対し、警官隊はデモ隊を解散させるため仏教僧らに威嚇発砲し、催涙ガスも発射。タイに本部があるミャンマーの反軍政グループはCNNに対し、衝突で少なくとも1人の僧侶が死亡、市民3人が負傷した、と述べた。

この事実の真偽は不明だが、ミャンマー内の活動家の証言としている。別の仏塔に結集していたデモ隊にも発砲、死亡者が出たとの情報もある。

反政府感情の高まりを懸念し、国民の尊敬を受ける僧侶の弾圧はこれまで避けてきた軍政が強硬路線に転じたこともうかがわせる。
軍政の人権侵害などを批判する欧米諸国が威嚇発砲、デモ規制に反発するのも必至となっている。
26日のデモは収まったとみられるが、27日以降の僧侶、軍政の動向が極めて注目される重大局面となってきた。

シュエダゴン・パゴダでは、僧侶、活動家ら多数が逮捕された。警棒で殴打される暴力も受けたという。行進に参加していた僧侶、市民らの数は不明。

軍政は25日夜、午後9時から午前5時までの外出禁止令を布告、5人以上の集会も禁止した。26日の実力阻止はこれに基づくものだ。

AP通信によると、同パゴダ周辺では仏教僧や支持者200人近くが排除を狙う警官隊に追跡され、一部は混乱の中で倒れる騒ぎとなった。治安当局はパゴダ入口に有刺鉄線を張り進入を阻止したが、デモ隊はこれを突破する動きも一時見せた。警察のオートバイが焼かれたとの情報もある。

デモ隊には、仏教僧と学生、民主化運動指導者アウン・サン・スー・チー氏率いる野党・国民民主連盟のメンバーなどが加わっていた。シュエダゴン・パゴダから市内中心部の別のパゴダに向かったが、軍のトラックに阻止された。

CNN.co.jp より「ミャンマー情勢で国連安保理の緊急招集を要請、英首相

イングランド・ボーンマス――政府批判の仏教僧らと軍政の対立が深まるミャンマー(ビルマ)情勢で、英国のブラウン首相は26日、国連に対し安保理の緊急招集を求め、事態悪化の防止に努める特使を早急に派遣すべきだとの考えを示した。

与党の労働党大会が開催されているボーンマスで記者団に述べたもので、デモ多発を受け外出禁止令、集会禁止などを打ち出した軍政の対応を踏まえ、「今後数日間の情勢の注視が極めて重要」と事態の悪化を懸念、早急な対応策を求めた。

また、欧州連合(EU)の閣僚級会議が招集され、ミャンマーへの制裁策延長を協議する方針を明らかにした。

今回のデモ隊には、仏教僧と学生、政治改革運動指導者でノーベル平和賞受賞者のアウン・サン・スー・チー氏率いる野党・国民民主連盟のメンバーなどが加わっているとされる。自宅軟禁中の同氏の亡き夫は英国人で、英政府はスー・チー氏の処遇問題でミャンマー軍政を一環して批判してきた。

読売新聞より「ミャンマー緊迫で国連安保理、非公式の緊急会合

【ニューヨーク=白川義和】国連安全保障理事会は26日、ミャンマー情勢の緊迫化を受け、同日午後(日本時間27日未明)に緊急の非公式会合を開くことを決めた。

安保理筋によると、ガンバリ国連事務総長特別顧問による情勢報告の後、ミャンマー軍政に自制などを求める報道機関向け声明を発表する方向で調整が進められている。

一方、米国と欧州連合(EU)は26日、安保理が「制裁を含むさらなる措置」を検討することを求める共同声明を発表した。米英などが近く制裁決議案を提案する可能性もあり、ミャンマーへの圧力強化に反対する中国、ロシアなどとの対立が予想される。

日本は1988年の軍事クーデータによる現政権(軍事政権)を素早く承認していますが、イギリスなどはアウン・サン・スー・チー女史の軟禁といったことに反対し、またミャンマーの軍事政権自体が首都の移転などについても海外に情報を明らかにしないこともあって、ほとんど唯一の友邦が隣国中国となっています。

中国から見ると、ミャンマーの西海岸はアンダマン海・インド洋に繋がる軍事的要衝と言えます。
ミャンマー国内の動向も重要ですが、今回の事件をテコに米英と中国との争いにどういう影響が出てくるのか、といった面からも注目するべきでしょう。
もちろん、その間に立つ日本の立場も大問題です。

9月 27, 2007 at 09:57 午前 海外の政治・軍事 | | コメント (2) | トラックバック (3)

2007.09.26

ミャンマー2大都市で夜間外出禁止令

「ミュンマーの10万人デモ」の続報です。
CNN.co.jp より「軍政の警告無視し仏教僧らがまた抗議デモ、ミャンマー

ミャンマー(ビルマ)・ヤンゴン――緊迫化しているミャンマー情勢は25日、仏教僧らが政府の警告を無視し、最大都市ヤンゴンなど2都市で反軍政の抗議行進を新たに実施した。市民も合流したとみられている。

参加僧侶の規模拡大などに危機感を持つ軍政は24日、放送を通じて内外の勢力に扇動されたとするデモ隊への対抗措置の可能性に言及、強硬策に出ることも示唆した。
国民の尊敬を受ける僧侶を弾圧すれば国民の反発をさらに煽ることから軍政当局はこれまで慎重姿勢を示してきたが、双方が衝突する事態も否定出来ない段階に入ったとも言える。

AP通信によると、ヤンゴンでは数万人規模の僧侶が市内中心部にあるシュエダゴン・パゴダ(仏塔)周辺に結集、行進を始めた。
支援する市民ら数千人がこれを声援するなどした。
行進は現地時間の午後5時ごろ終わったという。
ヤンゴンでの抗議の行進は8日連続となった。
第2の都市マンダレーでも約700人が行進した。
このほかの都市でも行進が発生したとの情報がある。

一方、軍政側は政府支持の集団がトラックに乗ってヤンゴン市内を巡回、大規模な集会は不法と僧侶らをけん制している。

反軍政デモは、8月中旬の燃料値上げがきっかけになったもので、これまで100人以上が拘束されている。
軍政が僧侶のデモに暴行を加えたこともあり、若手の僧侶が抗議行動の最前面に立つ形となった。

Up

マンダレーの位置を追加しました。
マンダレーは Google Earth ではっきりと見える立派な王宮がある古都で、イギリスに占領された時の首都でした。
人口についての情報がはっきりしないのですが、ザッと90万人ぐらいのようです。ヤンゴンとマンダレーでミャンマー全体の人口の10%は確実に超えるようで、そこでデモが起きたとなると次の段階に進むと考えるべきでしょう。

ヤンゴンに夜間外出禁止令 ミャンマーより「ヤンゴンに夜間外出禁止令 ミャンマー

ミャンマー軍事政権は26日、燃料費の引き上げなどに抗議する僧侶らの反政府デモを抑えるため、デモが盛り上がりをみせている旧首都ヤンゴンと第2の都市マンダレーに夜間外出禁止令を発令した。また、5人以上の集会禁止も改めて指示。軍政は平和的な僧侶らのデモに対し実力行使を控えてきたが、今後デモの弾圧に乗り出す可能性もある。(時事)

現在のミャンマーはある種の鎖国状態で、報道のほとんどがバンコックなどからになっています。
まして、首都であるネーピードー市からの情報が全く無いので軍事政権の動き自体も分からない。
いわば「明日何が起きるのか判らない」といった感じです。

9月 26, 2007 at 10:55 午前 海外の政治・軍事 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2007.09.25

ミュンマーの10万人デモ

読売新聞より「ミャンマー僧侶デモ10万人に、軍政が「強硬措置」警告

ミャンマーの僧侶による反政府デモは24日、最大都市ヤンゴンで10万人以上が参加し、1988年の民主化要求運動以来最大の規模となった。

一方、軍事政権は、同日夜の国営放送で、デモを先導する僧侶に対し強硬措置で臨むことを初めて明らかにし、これ以上のデモ拡大を容認しない姿勢を示した。
今後、軍政による僧侶の拘束も予想され、情勢は一層の緊迫局面を迎えた。

在ヤンゴン消息筋によると、トゥラ・ミン・マウン宗教相が24日、同国仏教界で最も権威のある高僧らと面会。「抗議デモは高僧の教えに背くもので、矯正されないのであれば(軍政が)法に基づいた措置を取る」と説明し、高僧は了承したという。
また、「国民は(犠牲者が出た)88年の再来を望んでいない」とも述べ、現段階では、僧侶に対し直接武力を行使する考えがないことも示したという。

同筋によると、ヤンゴンではこの日、僧侶と市民らが、NLD(国民民主連盟)本部事務所前や、88年の民主化運動の舞台となり現在は封鎖されている大学付近などを行進、中心部の幹線道路の交通はマヒ状態に陥った。女優ら国内の著名人も駆けつけ、僧侶に食糧や水を寄付。
参加した市民の一部は涙を流しながら民主化運動指導者アウン・サン・スー・チーさん(62)の解放を訴えた。

スー・チーさんが書記長を務めるNLDのメンバーの一部もデモに参加。軍事政権の治安当局はデモに対し直接の鎮圧行動を控え、デモも24日夕には平穏に終了したが、ヤンゴン市内では事態緊迫化を受け、警備態勢が着々と強化されている。
軍政は近く、新首都ネピドーで会合を開き、デモへの対策を協議する予定だという。

外務省・各国地域情勢より

5.内政

(1)1988年、全国的な民主化要求デモにより26年間続いた社会主義政権が崩壊したが、国軍がデモを鎮圧するとともに国家法秩序回復評議会(SLORC)を組織し政権を掌握した(1997年、SLORC は国家平和開発評議会(SPDC)に改組)。

(2)1990年には総選挙が実施され、アウン・サン・スー・チー女史率いる国民民主連盟(NLD)が圧勝したものの、政府は民政移管のためには堅固な憲法が必要であるとして政権移譲を行わなかった。  総選挙以降、現在に至るまで、政府側がスー・チー女史に自宅軟禁措置を課す一方で、同女史は政府を激しく非難するなど、両者の対立が続いてきた。2003年5月には、スー・チー女史は政府当局に拘束され、同年9月以降、3回目の自宅軟禁下に置かれている。

(3)2003年8月、キン・ニュン首相(当時)が民主化に向けた7段階の「ロードマップ」を発表し、その第一段階として、憲法の基本原則を決定するため国民会議を開催する旨表明した。同年5月、国民会議が約8年ぶりに再開され、継続的に審議が行われている。

(4)2004年10月、キン・ニュン首相が更迭され、ソー・ウインSPDC第一書記が首相に就任。

(5)2005年7月、ニャン・ウイン外相は、ASEAN外相会議(於:ラオス)の際、現在進行中の国民和解と民主化のプロセスに集中したいため、2006年のASEAN議長国就任を見送る旨発表。

(6)2005年11月7日、ミャンマー政府は、首都機能をヤンゴンからピンマナ県(ヤンゴン市の北方約300キロメートル)に移転する旨発表。2006年3月頃までに政府機関は概ね移転を終了し、移転先はネーピードー市と命名された。

ミャンマーの人口は5322万人(外務省)で旧首都のヤンゴンは人口集中で450万とも500万以上とも言われています。
そこで10万人規模のデモですから大事件ですが、ミャンマーが現在の軍事政権になってからのいきさつは毎日新聞の「ミャンマー:民衆デモ拡大 軍事政権の「裏切り」に怒り」に詳しい記事があります

ミャンマーで反軍事政権デモが急激に拡大した背景には、アウンサンスーチー書記長率いる最大野党「国民民主連盟」(NLD)が圧勝した90年の総選挙結果を軍事政権が無視し、権力の座に居座り続けて国民を抑圧してきたことへの怒りが根底にある。軍事政権が「(必要に応じた)行動を取る」と警告したことにより、両者の対決構図が強まり、緊張が一気に高まってきた。

最大都市ヤンゴンでのデモには、これまで様子を見ていた多くの市民たちも続々と参加し、88年の民主化要求デモ以来前例のない10万人規模となった。軍事政権側が直接介入に出ないことが市民らの結集を招いた。

急速にデモ参加者が拡大した最大の理由としては、長年にわたって国民が抱いてきた軍事政権への嫌悪感がある。

  1. 88年3月の学生デモを機に全国に広がったゼネストに対し、国軍は9月、クーデターを決行して全権を掌握。デモ隊への無差別発砲で1000人以上の死者が出た。軍事政権は総選挙実施を公約した。
  2. 90年5月の選挙ではNLDが8割以上の議席を得て圧勝した。だが、軍事政権は「新憲法制定が政権移譲の前提」として選挙結果を拒否した。
  3. 軍事政権は93年1月に新憲法の原則を審議するための国民会議を設置したが、たびたび長期休会を繰り返し、会議がようやく終了したのが今月3日だった。

一連のデモは国民会議終了と前後するように起きた。軍の権力維持を担保した条項がちりばめられた新憲法の制定手続きに、国民の多くが何の期待もしていないことが示されている。

一方、前日まで今回のデモを一切報じなかった国営メディアは、デモ激化を受けた24日夜、軍事政権の「警告」を伝え、デモのさらなる拡大をけん制した。

軍事政権は昨年10月にヤンゴンから中部ネピドーへの首都移転を発表した。その主な理由は、今回のような事態の発生を警戒してのことだ。
ヤンゴンで大きな混乱を招いても、治安を確保しやすい山間部に首都を移しておけば、権力維持は可能だとの戦略がある。
最高権力者のタンシュエ国家平和発展評議会(SPDC)議長ら政権幹部は、ネピドーで事態を注視しながら対応策を検討しているとみられる。

新首都はミャンマーのほぼ中央部の旧都マンダレーと南の旧首都ヤンゴンとの間に位置します。

Up

Google Earth で新首都近辺25キロ四方を見てみると、かなり大規模な開発が行われているように見えますが、街ではなくて施設が道路から奥まって配置されているまるで軍事施設のような感じです。

88年以来の大規模な反政府運動になるかもしれません。

9月 25, 2007 at 09:31 午前 海外の政治・軍事 | | コメント (1) | トラックバック (1)

2007.09.23

10月以降の裁判(傍聴)予定

10月以降の裁判予定です。(さすがに神戸まで傍聴には行けません(^_^;)
聖神横浜教会事件、平和神軍事件の二件は裁判としては終盤になりました。
「お茶の水大学」とタイトルした事件は、まことに変な展開になっていて「本件訴訟の経緯」を一読することをお勧めします。

10月25日聖神横浜教会事件小学生虐待東京高裁818号法廷
16:30~
11月12日ホームオブハート名誉毀損東京地裁527号法廷
13:10~
11月13日ホームオブハート名誉毀損東京地裁611号法廷
13:15~
11月13日お茶の水大学HP名誉毀損・プロバイダ責任制限法
独立当事者参加(民訴47条)
神戸地裁204号法廷
13:15~
12月7日ホームオブハート金銭被害損害賠償東京地裁527号法廷
10:00~
12月17日平和神軍HP名誉毀損刑事裁判東京地裁428号法廷
13:30~

9月 23, 2007 at 03:23 午後 裁判傍聴 | | コメント (6) | トラックバック (0)

円天・配当停止・従業員解雇

読売新聞より「独自通貨「円天」の健康商品会社、会員5万人への配当停止

高額の配当や、「円天」と呼ばれる独自通貨をもらえるとうたって、全国の会員から多額の「協力金」を集めていた東京都新宿区の健康関連商品販売会社「エル・アンド・ジー」が今年2月以降、配当の支払いを中止し、各地の消費生活センターに苦情が相次いでいることがわかった。

今月20日には、同社が社員の大半を解雇したことも判明。同社の会員は約5万人、集めた資金は約1000億円に上るとみられ、返金を求めて訴訟を起こした会員の代理人弁護士は「不特定多数から資金を預かることを禁じた出資法違反の疑いが強い」と指摘している。

健康補助食品などの製造・販売を目的に1987年に設立された同社は、2004年ごろから全国各地のホテルで演歌歌手やタレントを招いた説明会を開催。「1口100万円の協力金を預けて会員になれば3か月ごとに9万円の配当を支払う」「1年後の満期には元本を返金する」などとうたって、会員の勧誘を始めた。

同社のパンフレットなどによると、会員になった場合、3か月ごとの配当とは別に、協力金の額に応じ、「円天」と呼ばれる独自通貨がもらえる。会員は、「円天市場」という会員限定のバザー会場やインターネット上で、この円天と、カニなどの魚介類やアクセサリー類、オーディオ機器などの商品を交換できる。「円天を使っても協力金の元本は保証される」というシステムが口コミで人気を呼び、会員はこの3年余りで、主婦らを中心に約5万人にまで増加した。

しかし今年1月ごろから会員への配当が滞り始め、2月には同社が「配当を一時保留する」「配当を円天に切り替える」と会員に通知。解約を申し出ても「来年2月以降でなければ応じられない」などと協力金の払い戻しを拒んだことから、各地の消費生活センターに相談が相次いでいる。

関係者によると、同社はその後も、従来の会員に「会員を集めてもらえなければ配当ができない」と訴えるなど、新規の会員の募集を続けていたが、今月20日に、60人前後いるとみられる社員の大半を解雇した際には、同社の幹部が「会社の規模を縮小して、経営の健全化を図りたい」と釈明したという。

今年5~7月にかけ、協力金など総額3200万円の返還を求めて会員3人が起こした損害賠償請求訴訟の代理人を務める藤森克美弁護士(静岡県弁護士会)は「知人や家族の紹介で入会したため、被害を訴えにくい会員が多く、潜在的な被害者は相当数に上るのではないか」と話している。

同社は、読売新聞の取材に対し「個別の取材には応じていない」とコメントしている。

テレビの報道特集番組で取り上げられたりしていましたが、カマの蓋が開いたというところでしょうか?

構造的にはマルチ商法でしょう。

似たようなものに「八葉グループ」と「ジー・オーグループ」などがあっていずれも破綻して大事件になっています。

こういう「大事件」はいつまで経っても無くならないものなんですね。

9月 23, 2007 at 12:09 午後 事件と裁判 | | コメント (1) | トラックバック (2)

自宅放火殺人少年事件の調書流出

日経新聞より「調書漏えい、草薙氏がNHK提訴へ 地検に供述していない

リージャーナリストの草薙厚子さんは22日、奈良県田原本町の医師宅放火殺人の供述調書漏えい事件をめぐるNHKの報道に対し、本を出版した講談社と連名で「虚偽であり提訴する」とのコメントを発表した。

NHKは同日午前のニュースで、草薙さんが奈良地検の任意の事情聴取に対し、中等少年院送致となった長男(17)の精神鑑定を担当した京都市の精神科医に頼み、「調書の写しを見せてもらった」と話していることが分かったと報道した。

草薙さんと著書「僕はパパを殺すことに決めた」を出版した講談社は「まったくの虚偽であり、NHKには強く抗議し、訂正放送を求めましたが、応じないため、提訴することにいたしました」とコメントしている。〔共同〕(02:05)

「話していることが分かった」という報道はちょっとどうかと思いますが、それ以上にこんな報道が出ているのが気になります。

調書の写しから草薙氏指紋検出・奈良医師宅放火殺人

奈良県田原本町の医師宅放火殺人の供述調書漏えい事件で、少年院送致された長男(17)を鑑定した京都市の精神科医が使用した調書の写しから、フリージャーナリスト草薙厚子さんの指紋が検出されていたことが21日、関係者の話で分かった。
奈良地検は、指紋が残された経緯を慎重に捜査している。〔共同〕 (14:01)

調書引用本の著者を任意聴取・奈良放火殺人で地検

奈良県田原本町の医師宅放火殺人の供述調書をめぐる秘密漏示事件で、奈良地検は14日、調書を著作に引用したフリージャーナリストの草薙厚子さんを任意で事情聴取した。

中等少年院送致された長男(17)を鑑定した京都市の精神科医から調書の写しを受け取った疑いが持たれており、経緯などを聴いたとみられる。

草薙さんは同日午後、家宅捜索を受けた東京都杉並区の自宅前で報道陣に「率直な気持ちは『嫌だな』という思い。これから地検に向かいます」と話し、係官とともに車に乗り込んだ。

地検に告訴していたのは長男と父親で、長男の祖父(66)は「捜査は当然のこと」と話した。

草薙さんは元少年鑑別所法務教官。地方局のアナウンサーや通信社テレビ部門のニュースデスクなどを経てフリージャーナリストとなった。〔共同〕(00:05)

奈良放火殺人、調書漏洩で鑑定医宅捜索・写し渡した疑い

奈良県田原本町の医師宅放火殺人事件で中等少年院送致となった長男(17)らの供述調書をフリージャーナリスト草薙厚子さんに漏らしたとして、奈良地検は14日、秘密漏示容疑で長男を鑑定した京都市左京区内の精神科医宅や、東京都杉並区内の草薙さん宅などを捜索した。精神科医から事情を聴いている。

同容疑の強制捜査は異例で、少年法と憲法の言論の自由をめぐり、論議を呼びそうだ。

問題となっているのは、ことし5月、元少年鑑別所法務教官の草薙さんが講談社から出版した「僕はパパを殺すことに決めた」。長勢甚遠法相(当時)が6月、「司法秩序、少年法への挑戦だ」として調査を指示。東京法務局も講談社と草薙さんに再発防止を求めて勧告していた。

調べなどによると、精神科医は、昨年6月に母子3人を焼死させたとして、放火と殺人の非行事実で家裁送致された当時高校1年の長男の精神鑑定を担当。その後、草薙さんに、事件の調書の写しを渡した疑いがもたれている。〔共同〕(14:06)

以上はすべて日経新聞電子版に掲載されている共同通信社配信の記事で、上の記事が新しい記事です。
整理してみると

  1. 放火殺人をした長男と父親が地検に告訴
  2. 調書漏洩で鑑定医宅などを奈良地検が捜索
  3. 長男の祖父も被害感情を明らかにしている
  4. 草薙氏は調書の入手ルートなどは明らかにせず
  5. 調書の写しから草薙氏の指紋が検出された
  6. NHKは草薙氏が「調書の写しを見せてもらった」と報道
  7. 草薙氏と講談社はNHKの報道に「地検に供述していない」として虚偽報道で提訴するとコメント

「指紋が検出された」というのはどう考えても地検が公表した情報としか思えないわけですが、捜査過程で出すべき情報なのでしょうか?
その先に「精神科医に写しを見せて貰った」になるわけですが、これも「草薙氏が見せて貰った」でも「精神科医が見せた」でも事実としては同じ事です、そうなるとこれは証拠の信頼性の問題でになってしまって、公判廷で確定するべき事柄とも取れます。

もともとが「報道と秘密」の問題であって、基本的には情報の信頼性や公表手順の公正さを問う事件でしょう。
ところがこの事件の報道そのものが「検察が出した情報だろう」的なことを伝えるのでよいのだろうか?「奈良地検の発表によると」とするべきではないのか?

あえて「藪の中」に持って行くということなのだろうか?

9月 23, 2007 at 11:31 午前 事件と裁判, 国内の政治・行政・司法 | | コメント (0) | トラックバック (1)