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2007.05.11

小学校で屋上から落下物

毎日新聞より「突風:小学校屋上から鉄製ふた落下、児童2人重軽傷 兵庫

10日午後3時すぎごろ、兵庫県宝塚市立中山五月台小の南校舎(4階建て)屋上で、冷房設置工事のため置いてあった配管ダクト用鉄製ふた(幅30センチ、長さ2メートル、厚さ1ミリ、重さ約5キロ)が突風で飛ばされ、集団下校のため校庭にいた6年生約60人の上に落下した。

男児が左腕を複雑骨折する重傷を、女児(11)が額に軽傷を負った。

同市消防本部によると同日午後3時10分ごろ、風速14.9メートルの突風が観測されていた。

4階建ての屋上から300×2000の鉄板が落ちてきて死者が出なかったのは幸いでありました。

強風で置いてあった鉄板が飛んだというのも置き方に過失があるかと思います。しかしそれ以上に問題なのは、屋上で工事をしている下を集団下校させていたというのはどういうことなのでしょうか?

板とは言っても重さが5キロにもなるもので、風に乗ってひらひらと遠方まで飛んだとは言えないでしょう。
安全についてどこか根本的なところに違和感を感じます。

5月 11, 2007 at 09:12 午前 事故と社会 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2007.05.10

犯罪被害者の刑事裁判参加

毎日新聞社説より「被害者の裁判参加 制度導入は論議深めてから

犯罪の被害者らが被害者参加人として刑事裁判に参加して証人や被告に直接質問したり、論告・求刑を行えるようにする刑事訴訟法などの一部改正案への異論が、ここに来て目立ち始めた。
政府は被害者団体の要望に応える形で制度導入を決め、今国会での成立を目指しているが、導入に反対する被害者団体もあり、被害者の総意に基づく施策とは言えない状況になってきた。
裁判の構造まで変える改正案だけに、拙速を避けるべきは言うまでもない。

被害者参加人の制度は、被害者団体の署名運動などから導入への動きが進んだ。
昨年10月には法制審議会での論議が始まり、その答申を受けて今年3月には改正案が閣議決定された。
刑事訴訟法という基本法を改正するにしては異例のスピードで、議論に費やされた期間はいかにも短い。

もともと「被告を犯人と決めつけることにつながりかねず、被告側の防御も難しくなる」として、弁護士からは反対論が強かったが、日本弁護士連合会(日弁連)は今月初め、理事会を開いて現時点での制度導入に

反対する意見書を賛成78票、
反対1票、棄権3票で採択

した。全国の弁護士の圧倒的多数の反対が投影された形だ。

真実を発見すべき法廷が「報復の場」になりかねない、といった懸念を表明する法律家や知識人も少なくない。

裁判での被害者対策は立ち遅れており、被害者、遺族には起訴状さえ渡されず、被害者側からは「立証に必要な時に証言を求められるほかは見向きもされない」との批判や不満が絶えなかった。
対策の充実は急務で、被害者の要望をできる限り取り入れるのは当然だ。
裁判への参加を被害者の人権としてとらえる被害者団体の主張には、説得力もある。

しかし、別の被害者団体からは

  • 「法律の素人の参加は難しい」
  • 「参加しないと、加害者への処罰感情が薄いと受け止められる」
  • 「被告から心ない言葉が返ってくれば、精神的ダメージが増幅される」
といった反対論も聞かれる。

被害者対策は総合的な視点に立って推進すべきでもある。経済的支援策や精神的なケアの充実も急がねばならない。裁判参加への要望は、被害者を軽視しがちだった検察官への批判とも無関係ではない。

国会では慎重に論議し、性急に結論を出してはならない。

わたしは刑事裁判で被害者が検察官側で意見を述べるといった法的な仕組みには賛成しない。

いくつかの問題点はすぐに指摘できるけれども、それ以前の問題として「復讐刑とどう違うのだ?」に説明ががつかないと思う。
おおやけに裁判を起こすこと、つまり犯罪を社会として判断することは人類文明史上で王様などの重要な仕事とされていて、「泣いて馬謖を斬る」とか赤穂浪士の討ち入り(1703年)など法の支配と個人的な感情との衝突を問題にした事件や言葉と残っているが、結論は「法の支配が優位」であることに全世界が同意している。

一方で、被害者は公的にはなんの援助も受けられないという状態が長い間続いていた。
「犯罪被害者等基本法」は平成十六年の法律である。

犯罪の被害者に社会としてもっと援助するべきなのは当然だが、それが刑事裁判で・・・・となるのはどこかがおかしい。

ことの本質は、結局は検察の手抜きではないのか?
社説も指摘しているように、元は(行政・法律として)検察は被害者に極めて冷淡であった。
もし、検察が被害者の立場を十分に法廷に反映しようとするのであれば、莫大な手間の増加になるだろう。
そこで、被害者に検察役をやらせる。ということではないのか。

これでは、検察は不要であるという方向に向いてしまう。検察の存在意義の問題でもある。

最近の政府の施策は妙に薄っぺらに感じることが多いが、この改正案もその代表格だと言える

5月 10, 2007 at 10:09 午前 国内の政治・行政・司法 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2007.05.09

ジェットコースター脱線死亡事故その5

「ジェットコースター脱線死亡事故その4」の続きです。

サンケイ新聞より「メンテナンス悪かった エキスポランド幹部、責任認める

エキスポランド社の幹部が事故後、取引先の関係者に「今回の事故はメーカーの製造責任はない。すべて私どものメンテナンスが悪かった」と事故の責任を認める証言をしていたことが9日、分かった。

当初、「解体スペースがなかった」などと説明していたが、実際には新たな倉庫が3月に完成していた。

「風神」は大手遊具メーカー「トーゴ」(会社更生法適用)が製造。
エキスポランドは購入後、平成4年3月から運用を開始し、導入後のメンテナンスは所有者の同社が独自で実施していたという。

関係者によると、エキスポランド社の幹部は事故後、取引先の複数の関係者に「老朽化した部品は製造メーカーの関連会社が提供していたが、当方で事故機の車軸を交換したという実績はなかった」と話した上で、事故について「メーカーの製造責任はなく、すべてメンテナンスが悪かった」と責任を認めたという。

また同社は例年1~2月に車両を解体し、超音波や磁気などで金属内部の亀裂を確認する探傷検査を実施していたが、今年は1月末に目視検査だけを行い、探傷検査は連休後の5月15日に先送りしていた。

当初から出ていた話に段々と近づいている、という感じです。

乗客の話として何分か前から段々と調子が悪くなってきたとの情報があって、常識的にもそれまで全く変形もない部品が突如として破断することはそうそうあることではありません。

そこで問題になるのは分解検査よりも日常点検や運用中の異常を発見する能力がどのようなものだったのか?でありますが、サンケイ新聞の別の記事コースター事故 破断個所は日常点検外 捜査本部、部品を鑑定」によると

事故原因となった2両目の車軸の破断個所は、同社の日常点検の対象外だったことが9日、吹田署捜査本部の調べで分かった。
折損原因は長時間同じ負荷が繰り返しかかったことによる金属疲労との見方が強まっており、捜査本部は点検の在り方に問題があった可能性もあるとみて破断した部品を鑑定し、破断に至ったメカニズムの解明を急ぐ。

調べでは、同社は月1回の定期点検以外に、

コースターの始業点検と
中間点検の1日2回実施している。

事故当日も担当社員2人が無人でコースターを3周走らせる点検や目視による確認などをしたが、異常はないと判断した。
しかし事故原因となった車軸の破断個所は日常点検の対象になっていなかったという。同社は「現時点では日常点検の項目に入っていなかったとしか言いようがない」と説明している。

これまでの調べで、破断したのは6両編成の立ち乗り式コースター「風神雷神II」の2両目の左側車輪の車軸。車軸は長さ約40センチ、直径約5センチのニッケルクロム鋼と呼ばれる合金製。大小5つの車輪で構成されるユニットと車両本体をつなぎ、車軸の先端がナットで固定されている。

Up_15

破断個所はナットで覆われ外から見えない部分が軸の方向に対し垂直に折れており、断面は凹凸がなくほぼ平らな状態だった。先端部分がナットの根元から折れた後、点検孔から飛び出し、落下したとみられる。

日常点検が一日2回であるのなら、事故が起きた0時50分ごろというのは点検直後であるかもしれません。
また何回も乗っている乗客は午前中に乗ったときにも「以前とは違う」と感想を述べていて、継続的に試運転をしているのであれば何らかの異変を発見できたのではないかと考えられます。

これらのことから大いに考えられるのは、日常点検も形だけのものであったのではないか?です。

何らかの異常サインを見逃していたのであれば、正にハインリッヒの法則そのもので、何かを見過ごしていないか?を検証することが重要であると思います。

5月 9, 2007 at 09:54 午後 事故と社会 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2007.05.08

ジェットコースター脱線死亡事故その4

ジェットコースター脱線死亡事故その3」の続きです。

産経関西より「スタート直後、激しい揺れ 5両目の乗客証言 コースター事故

軽傷を負った京都市内の40歳代の男性会社員が産経新聞の取材に応じ「乗った瞬間に違和感があり、スタート直後から激しい揺れを感じた」などと事故の状況を詳しく証言した。

捜査本部は、事故を起こした車体に、発車前から異常があったことを示す重要な証言と判断。7日も業務上過失致死傷容疑で前日に引き続き現場検証しており、車輪を支える車軸が折れて脱線した2両目を中心に調べている。
今回の事故で乗客の具体的な証言が明らかになったのは初めて。

男性は6日午後、自宅で取材に応じた。男性は5両目の前列右側に乗車したが、

1年前にも同型車両に乗車しており、
当時と比べ「乗った瞬間に違和感があった」
と証言。

コースターが出発した直後から激しい横揺れを感じ、車輪が脱落したコース後半の降下に差し掛かった際、「『バキバキ』という異常音がして明らかにおかしいと思った」という。

脱落後、急停止した瞬間、車体が跳びはねるような縦揺れを起こし、激しい衝撃で一瞬気を失ったが、気付いた時は部品の白い破片が飛び散り、金属のこすれたようなにおいがしたという。

立って乗るのですから、違和感は足で感じたたとも言えるわけでしょう。簡単に言えば、傾いているとか方向がずれているといったことであると考えて良いでしょう。

この男性は5両目に乗車しているのですが、実際に壊れたのは2両目ですから、2両目はそうとうおかしな状態であったのではないか?と考えます。

出発直後から揺れたとは他にも取材に答えた人の話として伝っていて、確実なようです。
そうなると、音や作動状況に変化があったと見るべきで、運行係員などは変化を感じていなかったのか?が問題になるでしょう。

ハインリッヒの法則が当てはまるのではないでしょうか?

5月 8, 2007 at 08:34 午前 事故と社会 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2007.05.07

ジェットコースター脱線死亡事故その3

「ジェットコースター脱線死亡事故その2」の続きです。

NHKニュースに興味深い記事が出ています。「超音波検査を先送り ジェットコースター事故」の中に出ています。

エキスポランドは、普通なら毎年1~2月、建築基準法で定められた年1回の法定検査を行う。

車両を解体して「探傷検査」と呼ばれる超音波を使って部品の内部亀裂の有無などを調べるのだが、今年は

解体に使う車庫に空きがなく

、5月の連休後に先送りした、という。

これで想像できることは、日常点検では静止状態で部品の取付にゆるみがないかをチェックするぐらいだったろうということです。
鉄道などではハンマーでチェックするといった方法で実績はありますが、それは部品の定期交換が前提になっているわけで、今回はどうも部品交換をしないという方向だったようで、それでは「いつか破断が起きることを覚悟」の運用とどう違うのか?となりますね。

お客にサービスを提供できる体制ではなかった、となってしまいます。

「金属疲労は想定していなかった」と釈明していますが、じゃあ「破断しないと考えていたのか?」にしかならない、力を繰り返し受ければいつかは物が壊れるのは人類の常識であって、破壊のメカニズムの問題ではない。

「金属疲労による破断は想定していなかった」という釈明は部品の定期交換をしている場合に、交換時期に至る前に破断事故があった場合だけで、今回のように「壊れるまで使うことになっていた」では当然の結果であって、もし磁気探傷などで事前に発見できたら運が良かったということにならないか?

5月5日夕方(事故当日)の記者会見では

事故原因については、同社の保守点検に問題がなかったことを強調。事故の状況や原因について説明した建部淳・施設営業部長は車軸が折れた原因について「金属疲労か、加工の際に何らかの欠陥があったかのどちらかだと考える」と述べた。

さらに「保守点検の責任は当社にある」としながらも、「金属疲労の場合は日々の目視点検では見つけられない」「加工上の欠陥はメーカーの問題になる」との見解を示した。

折れた車軸は平成4年の「風神雷神II」導入以来、一度も交換されていなかったが、「過去に不具合はなかった」「休日は2台とも動かしているが、入場者の少ない平日は交互に1台ずつを休ませている」などと自社の正当性を繰り返した。

とまで言っているのだが、折れたシャフトの寿命をどう見ていたのか?と突っ込んでみれば良かったのに、と思う。
いつか壊れる、と分かっていて検査すれば事故になる前に交換時期が分かる、と思い込んでいたとすれば、保守点検の実務の問題じゃなくて考え方として失格だろう。

5月 7, 2007 at 09:29 午前 事故と社会 | | コメント (8) | トラックバック (0)

2007.05.06

サマータイムと和時計

「大石英司の代替空港」は毎日読んでいるのだけど、サマータイムについての議論がありました。

ありましたと過去形にしたのにはこんな理由があります。

※ この下にサマータイムに関して書いた訳だが、サマータイムに関して書くと、過去のブログでの議論を把握せずにコメントする人々が大勢いらっしゃるようなので、疲れたからメルマガに追い出す。なお、当ブログでは今後ともサマータイム導入に向けて頑張ります。

と言われても過去ログは覚えてないし、そもそもサマータイムって何さ?という程度の興味しかありません。
今回特に気になったのには理由があって、常用しているスクリーンセーバーの飛鳥クルーズ・スクリーンセーバーを見ていたら、ロサンゼルスがサマータイムだと表示されていた。世界地図上ではロサンゼルスと東京は同緯度ぐらいで、調べてみたら「福岡と同じぐらい」とある。「結構、南側なのにサマータイムか」と思ったわけですよ。

それでサマータイムをネット上で見たら、ウィキペディアにこんな紹介がありました。

主な地域の実施期間

2007年現在。

  • アメリカ合衆国
  • ヨーロッパ各国
  • ロシア
  • オーストラリア
  • ニュージーランド
  • ブラジル

なお、ドイツ・フランス・ブラジルでは年々、廃止を求める意見が増加している。

日本が戦争直後にサマータイムを短期間採用したことがありましたが、現在は採用されていません。同様に採用後廃止(停止)になった国々は

  • 日本(後述)
  • 香港(1941年-1979年)
  • 韓国(1987年-1988年)
  • 中国(1986年-1992年)
  • オーストラリア北部・西部(1917年、1942年-1944年)
  • 台湾(1945年-1979年)
  • コロンビア
  • モロッコ
  • アルゼンチン

とのことです。
元が「冬は朝が早いから」ということで始まったようなので、赤道よりの地域にとってはあまり関係ないことなのに、香港で採用されていたとは驚きです。

大石英司氏のブログでもウィキペディアの日本がサマータイムが停止になった理由の解説にも「利用する人の立場の違い」がすごく強調されていて面白いものですね。

現在はサマータイムの採用に反対する理由の大きなものが、コンピュータの時計を設定し直すのはコストのムダだ、というのがあってこれはもっともだと思うところです。
アメリカのサマータイム事情として「目覚ましの設定を変えましょう」と放送があるというのだから変更のための社会的コストはある程度の金額にはなっていますね。

日本にはサマータイムどころか不定時法という素晴らしい時計がありました。
和時計ですね。

何年も前に和時計を買ってますが(^_^)そのきっかけになった記事です。
マカロニアンモナイトより「和Time生活日記」この記事は和時計について説明した記事の最後に生活を実践してみた、というものです。

和Time 生活に挑んだのは、秋風にちらほらサーファーが浮かぶ御宿海岸近くの住宅地。
雑木林はすでに枯色、田圃には稲穂が輝いて、実りの秋を感じる風景。すごーく田舎ではないが決して都会でもない。
この辺りでは毎日朝7時、昼12時、夕方5時に音楽が鳴って時刻を知らせてくれる。
江戸時代に限らず、農家や漁師が多い地域では、個々が時計に頼るより、みんなが一斉に同じ時間が分かるほうがやっぱり便利なんだろう。

この時鐘ならぬ時曲とお天道様に合わせた暮らしは、お天道様より一足早く起きることから始まる。
目覚めれば、まだちゃーんと暗い。いつもなら二度寝を決め込むところだけど、今朝は暗がりでそそくさと着替えて、外に出る。
東の空は結構明るいが、西には月が輝いている。明六ツってこんなもんかな?
しばらくすると見る見る空が明るくなって、お天道様登場。日の出はいつ見てもありがたい。エネルギーがフルチャージされる実感。清々しい、そしてやる気満々の朝である。

せっかくの和Time生活なので、七輪に火を熾す。
井戸はないから水くみは無し。庭先でのお手軽アウトドアという感じだ。お湯を沸かして、土鍋でご飯を炊いて、みそ汁作って、やっと朝ご飯。支度に時間がかかった分ありがたいのか、しっかり身体が起きてるから十分味わえるのか、ご飯がすごく美味しい! 毎朝こんな風に始めたいものだ.。
さっき1回目の音楽が聞こえたから、そろそろ一時(いっとき)経て朝五つ頃かな?

庭仕事などをしばらくしてからひと休み。大工さんや職人さんに10時のお茶を出すのも、ひと息つく方が効率がいいからなんだろう。さて、もうひと仕事がんばろうという気になる。
再び仕事を始めるとお昼の音楽。そろそろお昼の支度にかかろうか?

お昼を食べて、仕事して、一息ついて、また仕事にかかる。何かを始めて1時間はあっという間だけれど、ひと仕事には一時(いっとき)の長さがちょうど良い案配のようだ。

“お八ツ”が済めば、本日最後のひと仕事。日が傾いてくると日暮れまではあっと言う間だ。急がなくちゃ、日が落ちる。とうとう3回目の音楽が流れる。手暗がりにお天道様のありがたさをしみじみ感じながら、片づけ。

いや、もっと行動的に秋の夜長を堪能しようと、星空を見に出たり、目を凝らして本を読んでもみたけれど、すっかり一日に満足して眠気を覚え、真夜九ツには床に入った。

翌日からもこの調子で3日間を過ごした。初日こそ、時計が気になったり、もっと何かをしなくちゃと思いもしたが、だんだんお天道様の位置と体内時計が自然と馴染んできたようだ。影の長さとか、鳥の声とか、風と雲の動きとか、ささいな発見も新鮮だった。子供の頃の感覚を取り戻していくような安心感。心身共にとても楽で、これはきっと健康にも良いだろう。

いつもの暮らしを和Timeに変えることはできないけれど、たまには昔の時間をもとに一日を組み立てて、少し不便な暮らしをしてみてはどうだろう。錆び付きがちな五感を刺激できるし、人に地球に優しい暮らしだと思うのだけれど...。

現在も過去もほとんど和時計は文字盤を月に一度取り替える必要があります。しかも時刻の表示が太陽が上がる時点を基準にするので時計のある緯度に依存することになりに、腕時計にして海外旅行に使うと全く意味をなさいことになります。

わたしが常用している腕時計はカシオの PROTREK FISHING GEAR でこの時計には24時間時計で日の出日の入りを液晶表示しています。
季節によって日の出日の入りは変わるわけですから、これは立派に和時計です。
当然のことながら「緯度設定」機能があります。

そこで、腕時計にGPS機能を付ければ「世界和時計」が出来るじゃないか、思うわけですよ。誰か作りませんかねぇ。
それ以前に、PC時計の和時計版に世界地図(緯度)を連動させる方が先決かな?

5月 6, 2007 at 08:51 午後 日記・コラム・つぶやき | | コメント (1) | トラックバック (1)

電子メールについて考えるその2

「電子メールについて考える」の続きです。

「電子メールシステムと sendmail」は届きましたが、3000円に近い本としてはまぁ役に立たない。
全部ダメということでもなく、資料的な意味は認めますが、現在の問題についても将来の方向についても見解が出てません。

そんなタイミングでコメントをいただきました。

前には書かなかった事情があって、それが電子メールの高度化(?)に私が注目する大きな理由です。

最近の高校生はインターネットを
積極的には使わないらしい。

これは高校に社会人講師として話に行って高校生に聞いてみた結果です。
また、ネット上での大学生や新社会人の行動などを見てもどうも昔我々がネットに熱くなって色々なことを探っていたのとは違うような雰囲気を感じます。

今の高校には情報の授業が必修ですから、コンピュータが使えない・使ったことがないという生徒はいません。
しかも、携帯電話を持っていない生徒は皆無に等しくメールやゲームをやっているのは当然。
その上で「インターネットはあまり見ない」とかいうからとまどってしまいます。

自分自身のことを考えると子供の時から「情報を調べるのが大好き」でありました。こういう人は少なくはなく、パソコン通信に入ったら「知識自慢」がゾロゾロ居るのには驚いたものです。
しかし当時は「通信をすること自体が特別なこと」だったから、通信をしなくても社会生活にはなんの問題もありませんでした。

ITバブルは社会的にインターネットバブルとなっていきますが、会社の中では「IT化=誰でもパソコンが使えて当然」となりました。
パソコン通信に手を出している人たちは別にパソコンを使うことが商売でなくてもパソコンを使わないとパソコン通信も出来ないのだから、パソコンを使うこと自体を問題にする人は居なかったのですが、普通の会社員にインターネットの利用やパソコンの使用をさせるとなると、その抵抗は激烈なものがありました。

当時は「個人の得手不得手の問題だろう」ぐらいにしか感じなかったのですが、今になると当時の判断は間違っていたのではないか?と思うようになってきました。

子供の頃を思い出してみると、わたしは情報収集癖というか野次馬根性は他を圧していたと思います。なにしろ、小学校の時のいつもの遅刻の理由が「新聞を読んでいて遅れる」だした(^^ゞ
たまたまパソコン通信で知り合ったメンバーは似たような人ばかりで、今でも「ちょっと相談」と年中電話しています。

そういう経験があったので「いずれは誰もがインターネットを利用して野次馬になる」といった感覚があったのだと思うのですが、先の高校生などの例を見ているとインターネットが普及して10年にもなるのに「立場上メールのやり取りは出来ます」といった人が実はもの凄く多くて、鑪野次馬は増えていないと気づきました。

野次馬は放っておいても自力で情報を取りに行きますが、野次馬で無い人は情報が来るまで待っている。
こういう図式であるとすると「ホームページからダウンロードしろ」というのをメールアドレスを知っている人に指示しても実行されない、のは当然ではないのか?となりました。
そこで「メールの高度(?)な利用を考える」となったわけです。
これは社会的な問題のような思えてきました。技術は社会の要請に応じるものでしょうから、メール以外のポイントキャスト(ブロードキャストに対抗する)的な何かが出来ても良いですよね?
調べれば調べるほど、メールシステムでは無理があるような印象が出てきました。

5月 6, 2007 at 12:38 午後 ネットワーク一般論 | | コメント (0) | トラックバック (0)

ジェットコースター脱線死亡事故その2

「ジェットコースター脱線死亡事故」の続きです。

複数の新聞に色々な記事が出ていて、全部を総合して読むと運用上でかなり問題があったのではないか?と思われます。

最初にサンケイ新聞から構造図を引用します。

Up_14

NHKニュースより「折れた車軸 1度も交換されず

エキスポランドによりますと、2両目の車両は、左側の車輪を車体に固定する長さ40センチほどの車軸が折れて、車輪が脱落したため、脱線したとみられていますが、この車軸は、15年前に運行を始めてから1度も交換されていないことがわかりました。

サンケイ新聞より「車軸、1年以上無点検 整備ミスの可能性も コースター死亡事故

車軸は毎日の点検や月1回の定期検査の対象でなく、最後の点検は昨年2月だった。
今回の事故について各地の遊園地関係者は、整備ミスの可能性を指摘しており、エキスポランドの安全管理体制が今後の焦点となりそうだ。

車輪のユニットは5個の車輪で構成される。
円柱状のレールを上から車輪2個、下から車輪1個、外側から車輪2個で挟み込む仕組み。
1両に左右それぞれ1ユニットずつある。左側の車軸が折れたため車輪ユニットごと脱落、車両ごと左側に倒れて鉄柵(てっさく)に直撃した。

車軸は合金製。折れたのは外側の先端部分で、ユニットを固定するナットの内側にあたる。
カーブが続き、遠心力を受けるなどして負荷が掛かった可能性がある。

「金属疲労か、部品を加工する際のミス」と同社幹部は説明する。ユニットのカバーののぞき窓から毎朝、ナットの締め具合などを確認していたが、車軸の状態は超音波などを使った年1回の分解検査でしかチェックできないという。

風神雷神IIは2編成を交互に使い、1日に計約180回運行していた。

風神雷神IIは、大阪市で開かれた花の万博で人気を集めた「風神雷神」をスケールアップしたとされる。
“元祖”の風神雷神は、花博会場で突然止まる事故もあったが、熊本県荒尾市の「三井グリーンランド」で平成3年3月、再デビューした。グリーンランドは毎朝、車軸の状態を確認。
運行3万回ごとにメーカーで検査し部品を取り換える。

最近は18年9月に検査し、ねじなどを交換。
「1カ月以上かかり、費用も膨大になるが、やむを得ない」と東健次・遊園地支配人。
「車軸が折れたのなら整備ミスが大きいのではないか」とし、「ちょっとしたことで大事故につながる。きちんと整備をやっていく必要がある。金属疲労で折れたのか、構造的な問題か判明しないが、金属疲労なら目視では分からない」と話す。

13年5月、コースターの車軸が折れ、重傷者2人を出した富士急ハイランド(山梨県富士吉田市)は、専門業者に依頼し3カ月に1回、超音波で車軸を含め車両全体の傷を調べている。

朝日新聞より「エキスポランド、2月の定期検査で事故機をA判定

大阪府吹田市のジェットコースター死亡事故で、エキスポランド社が今年2月に吹田市に提出した事故機の定期検査報告書で、今回の事故で破断が起きた車軸も含め、全検査項目を「A判定(=良好、指摘なし)」としていたことがわかった。

破断につながるような傷やゆがみがあれば事前に発見できた可能性もあり、同社の定期検査が適正だったかどうかが、原因解明と責任追及の焦点となる。

報告書は、モーターやブレーキ、座席などの検査結果を「良好・指摘なし」から「要注意」「要修理・法不適合」までABCの3段階で評価するが、同社は「台車・車輪装置」も含めて全項目をA判定としていた。

同社は例年、事故機の定期検査の際、あわせて車両を分解する点検も自主的に行っているが、今年は開園35周年記念の新アトラクションをつくるため、今月15日から始める予定だったという。

国土交通省の定める定期検査とはエレベータと同じものだと覚えています。
いわば検査として日常点検の次ぐらいの位置づけと言って良いでしょう。
では実体はどうか?と見ると

車軸は、15年前に運行を始めてから
1度も交換されていない

他社はというと、運行3万回ごとにメーカーで検査し部品を取り換えるとのことですから、15年間無交換で何回ぐらい稼働したか?となると、15年×1日に180回×年間300日=81万回。桁が違います。

構造図を見ると、上側に2個、下側に1個、側面に2個と5個の車輪が付いている台車が一本の車軸に取り付いている構造ですが、この軸と台車は回転運動をするように取り付けてあるのではないかな?と想像します。

であるとすると、きちんとスイングするのか?は重要な機能ですが、それを確認するためにハレールの無いところで動かして動作を確認する必要があります。直感的にはそういう検査はしていなかったのではないか?と思います。

どういう検査をしてきたのか?が一番の問題と言えるでしょう。

5月 6, 2007 at 11:38 午前 事故と社会 | | コメント (2) | トラックバック (2)