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2007.12.08

総務省がフィルタリングの原則加入を打ち出したが

日経新聞より「携帯有害サイト制限、未成年者は原則加入・総務省、各社に要請へ

総務省は7日、未成年者が携帯電話の出会い系サイトなど有害サイトを閲覧できないようにするフィルタリングサービスに原則加入するように携帯電話会社に要請する方針を固めた。

出会い系サイトなどで犯罪に巻き込まれる未成年者が後を絶たないため。10日にNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクモバイルの首脳を総務省に呼び、増田寛也総務相が要請する。携帯各社も対応する見通しだ。

現在、携帯各社はフィルタリングサービスに加入するかは保護者の意思に任せている。

今後は保護者が未成年者のために新規契約する際は自動的に同サービスに加入する仕組みとし、希望しない場合のみ申し出てもらう。既契約者についても加入していない人には加入を強く促すよう求める。

まぁ一歩前進だとは思うが、なんでこの程度の「対策」しかできないのか、という方がよほど問題だと思うのだが・・・・・。

効果という点では、子ども用の携帯電話がどうあるべきかをちゃんと提示することが先決だろう。
現在、保護者にフィルタリングサービスの加入を選択させていて、その結果がどうも芳しくないというのだから、保護者がフィルタリングサービスの意味や必要性を理解していない。さらに言えば子どもに持たせる携帯電話がどんなものなのかを知らない事の証明でしょう。

であるからして「子供用携帯電話」を普及させることが一番分かりやすい、とわたしは主張するのです。
子どもが、社会人のそれもバリバリのITエキスパートが使うような携帯電話を持つ必要性はないでしょう。
今回の総務省の方針は、高性能携帯電話を子どもに買わせて、かつ能力制限をしようというある種の詐欺的商法を促進しているようなところがあって、第一フィルタリングサービスはいわば「最低限の対策」に過ぎなくて「どういう携帯電話が子どもには必要か?」という視点が全く欠けているとしか思えない。

では、この問題を文科省はどう見ているのか?というと「携帯電話は学校で必要としない」という理由で全くチェックしていない。確かに「校内での活動」には不要だろうが、子どもたちの生活全般から言えば「不要」とは言えないだろう。
どう考えても「関わりたくないから知らない」と文科省が言い張っているようにしか思えない。
その結果が、「この程度の対策」になったのだろう。

12月 8, 2007 at 11:01 午前 ネットワーク一般論, 教育問題各種 |

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コメント

http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/col/20070424/121743/
http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/special/20071205/1005039/

 この辺読んでると、フィルタリングくらいでどうにかなるなんてものじゃないですね。
 固有名詞を出さないから検索にひっかからず、PCからは見えない、携帯専用の裏サイトで、個人のいじめ情報が流通しているんですから。
 しかも、研究者が言うには、
「ネットがあるから子供が悪くなったんじゃない。最初から悪かったんだ」
だそうです。最初の被害が2000年ですから、i-modeや携帯メールの普及直後です。
 メディアとか大人と関係なく、本質的に子供は邪悪な嗜好を持っているという前提で対処する必要があるあそうです。性善説で社会が回るなら警察はいらない。

投稿: Inoue | 2007/12/08 11:56:22

ところで、酔うぞさん、このblogに検索窓つけてもらえませんか?既出の情報と重複しないようにしたいんです。自分も、ふと気がつくと、以前と同じことを書いてたりしますから。

投稿: Inoue | 2007/12/08 11:59:26

>であるからして「子供用携帯電話」を普及させることが一番分かりやすい、とわたしは主張するのです。

同感。
http://www.willcom-inc.com/ja/plan/phone/safety/index.html
http://www.willcom-inc.com/ja/lineup/ws/005in/index.html
子供用携帯はこれで十分です。月額1029円、発信先3箇所限定、Web不可、E-mail可能。
 これなら悪用はかなり難しい。

投稿: Inoue | 2007/12/08 12:06:54

今年は昨年は一校だけ行った小学校に19校行くチャンスがあって、その内の15校ぐらいに行った計算になります。

それで分かったことは「小学生は基本的には昔から変わらない」でありました。
この傾向は、中学一年の夏休み前ぐらいまでは同じようですね。
要するに良い意味で子どもなのです。

これが、高校生になると学校間のバラツキも学年間野バラ付きも大きくなるし「昔とは違うぞ」と実感します。

中学一年生ぐらいだと「携帯電話を持つのはまだ早い」などと生徒同士で話していましたが、これが高校だと携帯電話を持っていることを前提に授業を進めても大丈夫、つまり100%が持っているのです。

そもそも、携帯電話が店頭で買えるようなったのが94年ぐらいからで、まだまだ物珍しいのかもしれません。
その意味でも、話を整理しないといけない。

で、結局今の大人は「子どもが携帯電話を持っている世界を知らない!」が最大の問題だと思います。

最初に「子どもは昔から変わらない」と言ったのは、社会人講師という立場で普通に街で子どもを見かける時よりは話もするし、もっと踏み込んで得意不得意とかも見た上での判断ですから、教師の方々は「昔から変わらない」と自信を持って断言できるのでしょう。

本質の部分は全くその通りなのだけど、周辺というか環境が全く別物になっているのは明らかで、それを「周辺のことだから」と取り上げないし深く考えてもいないのでしょう。

以前、紀藤正樹弁護士に聞いた話(著書にも紹介があります)に弁護士になってすぐに扱った事件に、「無言電話事件(刑事)」があったそうです。

この事件は、分かれた男が後に交際した女性にストーキングした犯人の女性、という事件だったのですが、犯人と被害者つまり電話の距離が数百キロ離れていたらしい、さらに公衆電話から掛けていた。

このため警察は「広域捜査」で複数の県警が同時に捜査する事で、公衆電話で掛けている最中に現行犯逮捕してようやく立件できた、というのですね。

当時は通信ログなんて絶対に出さないという時代ですから「交換機を見ていても良いよ」という条件で警察が独力で通信線の追跡を自力でやったとか言うのです。

新しい機械とか文化が出てきてから、法整備など行われるわけで、いつでも後手後手に回るのは仕方ないところでしょう。

しかし、子供用の携帯電話についてはわたしは「学校が強制してしまえば良い」と思うわけで、文科省がやるべき事で、総務省は文科省の意向を携帯電話会社に伝えるという形でなければいかんですよ。

総務省が「子どものために」などと言い出すのは「1984」(ジョージ・オーウェル)のビッグブラザー気取りというべきですよ。


PS  検索窓についてはちょっと気にはしていますが、手が回りかねています。そろそろ取りかかりましょう。

投稿: 酔うぞ | 2007/12/08 13:44:46

>で、結局今の大人は「子どもが携帯電話を持っている世界を知らない!」が最大の問題だと思います。

 それと、携帯Webの世界を知らないんです。私も実は自分ではほとんどやらないので伝聞ばかりです。だって、パケット料金が別にかかるし。私の携帯は月2500円しか払ってません。
 携帯Webは、携帯料金だけで、月5000円くらい払っている人だけが参加できる、かなり敷居の高い世界なんです。そんな金を、中高生がどこから調達するんだか知りませんが。
 ちなみに、中高年が携帯の出会い系サイトに詳しくないのは老眼で小さい画面がきついからでしょう。

投稿: Inoue | 2007/12/08 18:51:47

はじめまして.
小学生の子供をもつ親として,感心を持っています.

技術面と教育面の両方を充実していかなければならないと思っています.まずは技術面として,フィルタリングの加入は,むしろ強制でもいいくらいだと思っています.

それから,携帯電話に限らず,インターネットなどでの「道徳」,「マナー」も学校の教育カリキュラムに組んで欲しいと思っています.

私の家では子供たちとそういう面についてよく話をしていますが,すべての家庭がそうだとは限りません.親が子供たちと話をできるだけの知識を持っているとも限りません.限られた家庭の子供たちだけが親とネットのマナーについて話をしても,すべての子供たちに伝わらなければ意味がありません.

「調べ学習」などと称して PC を使用させる機会があったりするようですが,ネットでの道徳面については全く指導がないようです.義務教育の小中学校の間に,そうしたマナーを習得させて欲しいと切に願うものです.

投稿: いかちょー | 2007/12/08 21:31:18

 援助交際を研究してきた社会学者の言葉ですが、
「人に善悪は教えることはできない。教えられるのは損得だけだ」

 つまり、
「そんなことはしてはいけない」
のではなく、
「そんなことをすると、こんなに損をするからやめた方がいいよ」
と教えるべきなんです。

投稿: Inoue | 2007/12/08 21:41:27

今の流れは、単に昔からある、モラル・パニックからくる「新しいもの」についての拒否とかわらないのではないですか?

リテラシーの問題を言うのであれば、むしろ、Webつきなら(より高級な)スマートフォンに限定するぐらいのほうがいいと思いますよ。あれはケータイ文化じゃなくてPC文化ですし。

普通のi-mode などのブラウザだと、アドレスバーが常時出ていないとか、HTMLソースを確認できないとか、そういった機能制限ゆえにリテラシーが深まらないし、自分の作ったサイトや書き込んだ情報が、存在を知らせた仲間内だけじゃなくていろんな人から見られるという想像力を働かせにくいでしょうから。

アメリカだと、ケータイ文化じゃなくてPCですが、実のところ親がけっこう野放しにしてて Myspace, photobucket, Stickam, Buddypic といった「若者SNSとそれに関連するサービス」で、、結構いろいろあるようですが、子どもからネットを取り上げろ、とか、親に選ばせるな、という話にはなっていないようです。アメリカでもCIPAはあるので、学校ではフィルタリングはほぼ必須状態ですが、補助金を蹴ってもフィルタリングをしない学校がもしあればそこに子どもを通わせる自由は親にはありますし、家庭での選択は不可侵です。彼らは、教育と、あとは悪意の大人の(性犯罪者としての)排除が基本だと考えていると、私は認識しています。

「保護者がフィルタリングサービスの意味や必要性を理解していない」とのことですが、欠点を理解して選択しないのは、悪いことではないはずですよ。私がもし親であれば、フィルタリングはかけません。私は、携帯フィルタリングのデータベース会社のネットスター設立以前、まだ ALSIでやっていたころに、会合に出かけていって、担当者に質問をしたことがありますし、インターネット協会(旧ENC)のフィルタリング関係の事業は、発足時から見ています。私は、その言動から彼らを基本的に信頼できない人達と思わざるをえませんので、そういうサービスに子どもを預ける気にはなりません。もし私が保護者で、このようにフィルタリングを選ばないとしたら、それは「理解していない親」になるのでしょうか?

投稿: 崎山伸夫 | 2007/12/09 2:12:04

 恣意的なフィルタリングなんて信頼できないというのは管理人さんも同意なさっていることで、まったく賛成です。

 しかし、こどもに情報機器を無制限に与えていいかとなると、かなり疑問があります。だって彼らは不法行為の責任が取れないのだから。
 民事賠償能力がなく、親が肩代わりせざるをえない。だったら、親がこどもの行動を制限するには合理的な理由がある。刑事責任も軽減されるのだから、やっぱり、社会の側でこどもの情報機器使用に年齢制限を設けるのもいたし方ない。
 能力的には小学生でもバイクや自動車は運転可能ですが、一定年齢まではそれが許可されないことには相応の理由があるのです。

>リテラシーの問題を言うのであれば、むしろ、Webつきなら(より高級な)スマートフォンに限定するぐらいのほうがいいと思いますよ。あれはケータイ文化じゃなくてPC文化ですし。

 ここでおっしゃっている「リテラシ」とは、単なる情報機器の操作能力のことで、情報を的確に摂取し、発信する判断能力のことではないです。高性能機器を使わせたから判断力が育つというものじゃないでしょう。
 2ちゃんねるが匿名だと思って、
「A小学校の下校途中の供を殺してやる」
とかいうような書き込みを行って、威力妨害罪で捕まる大人が後を絶たないですが、PCからの書き込みが圧倒的に多い。

投稿: Inoue | 2007/12/09 9:40:09

>「保護者がフィルタリングサービスの意味や必要性を理解していない」とのことですが、
>欠点を理解して選択しないのは、悪いことではないはずですよ。

こんな高級な判断が出来る人は、ごく少数ですよ。
先日は、高校でワンセグ携帯でテレビを休み時間に見ている生徒がいました。

機器が進歩すればそれを使う人が増えるのは当然で、それを社会としてどうするか?という観点はいずれは自然に出来上がることなのでしょう。

問題は、それまで過渡期をどうするか?であってスタティックな原理原則をベースにしても現実に対応できないことは多々あります。

そういう「現実に対応できない事柄」もやがては原理原則を中心とすることころに落ち着いていくのが社会の進歩なのでしょう。
つまりはダイナミックな視点も不可欠であると。

「今どうするのか?」という観点では、学校が携帯の機種制限をしてしまうのが、一番効果的だろうとも思いますよ。

投稿: 酔うぞ | 2007/12/09 10:41:22

> ここでおっしゃっている「リテラシ」とは、単なる情報機器の操作能力のことで、情報を的確に摂取し、発信する判断能力のことではないです。

いえ、後者です。もちろん、高性能機器で十分だ、という話をしているのではなく教育も必要でしょう。ただ、ケータイブラウザは、判断のための情報が適切に提示されないので、そういうものが提示されるもののほうが望ましいでしょうね、ということです。

> ワンセグ携帯でテレビを休み時間に見ている生徒

文字通り「休み時間」であるとすると、何が問題なのかわかりません…。私が小学生のころは、休み時間に自宅からもってきた文庫本を読んでいて担任に因縁つけられかけましたが。

一番わからないのは、学校の中での利用に学校が制限をかけるのはそれなりの合理性があると思うのですが、学校の外のことに学校が家庭の判断を越えて口を出していいという根拠です。

投稿: 崎山伸夫 | 2007/12/09 14:24:41

>学校の外のことに学校が家庭の判断を越えて口を出していいという根拠です。

 同級生どうしのいじめは、いじめ行為が、たとえ校外で行われても、学校が管理責任を問われることがあります。だって、その関係を作ったのは間違いなく学校なのだし。
 上司が部下にセクハラを働いた場合、その場所が企業外であっても、人間関係は企業で作られているから、企業にも一定の責任があるのです。

 学校裏サイトが多数存在し、しかも親まで一緒になって同級生や担任教師を誹謗中傷するというようなことが行われているのです。それって学校に管理責任が生じませんか?

投稿: Inoue | 2007/12/09 18:52:13

>文字通り「休み時間」であるとすると、何が問題なのかわかりません…。

「休み時間」であれば、テレビの視聴、携帯ゲーム機で遊ぶ、iPodで音楽を聴くなど全て許されると?

投稿: エディ | 2007/12/09 22:28:03

> Inoueさん

いじめやセクハラという直接の危害行為と、直接には危害ではないものをごっちゃにするのはおかしいですよ。まして、高々子どもを学校に通わせているだけの、しかも成人である親の行為について、なぜ学校に管理責任が生じるのか理解不能です。携帯電話のネット利用に関しては、高々リスクであって、そして大多数の利用はおそらくは直接には無害でしょう。で、その無害な部分について、人生に有用だから守っていこうと考えるか、有用だと言えるものでもないが無害なのだから自由を尊重するべきだと考えるか、あるいは、無害な部分を守るために「ある程度」コントロールするべきと考えるか、それとも、無価値、というか理解できないからとりあえず禁止するべきと考えるか、が問題なのでしょう。フィルタリングは、無害なものもたくさん道連れにしてブロックするという意味では、最後のにかなり近いですね。

> エディさん
「休み時間」をどのように管理するかは、ある程度学校の方針があるでしょう(授業間の短い休憩と昼休みでは違う方針があっても自然でしょう)が、「全て許されると?」と、まるですべて許されざるべき行為のようにおっしゃるのはおかしいのでは?全て許す学校があっても問題はないと思いますよ。

投稿: 崎山伸夫 | 2007/12/10 1:23:10

>> ワンセグ携帯でテレビを休み時間に見ている生徒

>文字通り「休み時間」であるとすると、何が問題なのかわかりません…。

これに問題がないというのでは「子どもの携帯電話を問題にする事はない」ですよね。

なんで子どもがワンセグ携帯を持っている必要があるのか?
これは間違えなく「必要ない」です。

子どもの携帯電話議論の核心は「持ちたいものを持つ」ではなくて、「必要だから持たせる」なのです。

文科省は携帯電話について全くなんの判断もしていないから、東京都が突っ走る事になったのです。
そこで、一部の学校ではというか建前上は全部の学校が「携帯電話の持ち込み禁止」としていて、父兄から「安全上必須だ」という話と交錯して、現状があるのです。

何が問題か?というのは「この携帯電話を子どもに持たせることの社会的な意味合いの検討」であって、それを無視して「持っていること」を議論するのは意味無いと考えています。

投稿: 酔うぞ | 2007/12/10 9:36:37

>崎山伸夫さん

そもそも「学校(小中高)に勉強に関係ない物は持ち込まない」のが普通であって、休み時間であれば許されるとか言う以前の問題です。

>全て許す学校があっても問題はないと思いますよ。
そんな学校に通わせたい親はほとんどいないと思いますよ。

投稿: Enzo Romeo | 2007/12/10 17:47:17

> 「学校(小中高)に勉強に関係ない物は持ち込まない」のが普通

少なくとも私の受けた教育のうち中高(一貫校)はそういうものではなかったので…。

> そんな学校に通わせたい親はほとんどいないと思いますよ。

私が中学に入学したのは、もう四半世紀前になってしまいますのでiPodはありませんでしたが、仲良くしてた人達のサークル部室には普通にAppleIIのコピー機とか、粗大ゴミから拾ってきたテレビとかはあって、昼休みや放課後はテレビを見たりゲームをしたりしたような記憶があります。また、当時だと Walkman に代表される携帯カセットテーププレーヤーが流行していましたが、持ってきている生徒は私を含め、結構いました。教室にギターを持ち込んでいる人もいて、休み時間などにいじってましたが、彼は今、プロのミュージシャンです。さらに、その種の新しいもの以上に古典的な「勉強に関係ない物」といえば本や雑誌で、漫画雑誌を読む人は普通にたくさんいましたし、私はやはり勉強に関係ないコンピュータ関係の専門書(VAXのアーキテクチャ・ハンドブックは通学時の持ち歩きはちょっと辛かったです…)や、あるいは哲学や社会科学関係の書籍(当時はニューアカのブームでした)を結構学校の空き時間や通学の電車の中で読んでいました(学校の図書室のものも結構読みましたが、自分で買ったものも多かったです。レヴィ=ストロースの「親族の基本構造」は図書室で借りましたが、ニーチェの「善悪の彼岸」「道徳の系譜」といったあたりは文庫本なので自分で。雑誌だと、まだ「思想の科学」とか、「話の特集」とか、元気が良かったですね。「噂の真相」は同級生が読んでいて存在を知りました。いずれにしても、「学校の勉強」とは無関係でした)。というわけで、勉強に関係ない物を持ち込まない規範がもし存在してそれを私が忠実に守っていたら、今の私はないと思います。

さて、その学校ですが、私の入学するよりずいぶん前から現在に至るまで中学受験における人気校なのですが…。

投稿: 崎山伸夫 | 2007/12/11 0:43:33

> なんで子どもがワンセグ携帯を持っている必要があるのか?
> これは間違えなく「必要ない」です。

これを判断するのは、酔うぞさんでなければ私でもなく、学校内では個々の学校の現場であり、学校を出たらそれは親権者の判断することでしょう。

家庭内虐待のように親権者の判断が絶対でない(というかまずい)ケースももちろんありますが、それはあくまで例外であって、酔うぞさんであれ政府であれ東京都であれ学校であれ、家庭内の私的自治を侵すのは不当だと思いますよ。

投稿: 崎山伸夫 | 2007/12/11 0:48:10

>少なくとも私の受けた教育のうち中高(一貫校)はそういうものではなかったので…。
>さて、その学校ですが、私の入学するよりずいぶん前から現在に至るまで中学受験における人気校なのですが…。

その学校は「普通の学校」ではないことに気付かないようですね…。
「○○の常識は世間の非常識」と言う言葉が頭に浮かびました。

投稿: エディ | 2007/12/11 1:06:32

> その学校は「普通の学校」ではないことに気付かないようですね…。

エディさんは「許されない」と言っているのですから、普通かどうかは問題ではないのでは?

ちなみに、小学校は近所の公立でしたが、図書室には、女性の手足を斬り落とし、鼻を削ぎ、毒を盛って声を奪い、聴覚を失わしめ、目をくりぬいたうえで、便所に投げ入れる、といった描写がたくさんある本があり、休み時間等に愛読しました。なぜか自前の「蟹工船」の文庫本を読んでいたら「お前アカか」と担任に絡まれましたが。残酷本は問題ないようでした。残酷本の著者は司馬遷で、中国古典名作集というタイトルだったので絡まれなかったのかもしれません。

それはともかく、私の子どものころに、あれこれと「学校の教えるもの」以外について干渉し、家庭にまで口を出して、というと、愛知と千葉の管理教育が大きく話題となっていて、愛知の東郷高校の禁書リストの話なども、いろいろ見た記憶がありますが、「有害サイトフィルタリング」と叫んでいる人達の言っていることと、あの時代の管理教育の話と、正直、どこが違うのかあまり区別がつきません。まぁ、体罰という名の暴力の部分は関係ないにしても。

投稿: 崎山伸夫 | 2007/12/11 3:06:00

>崎山伸夫さん

崎山さんの持ち出される例は、極端なものばかりですね。

投稿: Enzo Romeo | 2007/12/11 10:18:08

>これを判断するのは、酔うぞさんでなければ私でもなく、
>学校内では個々の学校の現場であり、
>学校を出たらそれは親権者の判断することでしょう。

どうしてそこに「社会として」という判断が入らないのでしょうか?

個人の意見であって社会の意見ではない、ということであれば「社会の意見は存在しない」とか「万事、多数決で決めるしかない。多数決を経ていない意見は無意味だ」となってしまいます。

それでは明らかに極論に行きますよ。
何度も紹介していますが、東京都がなんで「インターネット規制条例」なんていうものを言い出せたのか、ということの方が問題でしょう。

要するに、もっと安定的な社会にするためにどうするか?を考えたいということであって「誰が」とか「わたしは」というところから、少々離れないと話は進まない、という極めて当たり前の話をしているのです。

それにしても「なぜ、酔うぞに意見を述べる立場に無い」と決めることが出来るのかな?
その論理が良く分からない。

ま、事実としてわたしは首相でもないから国家レベルで命令できる立場ではないが、逆に言えば「首相なら決められるか?」
そっちの方がヘンだと思いますけどね。

投稿: 酔うぞ | 2007/12/11 10:53:08

>家庭内虐待のように親権者の判断が絶対でない(というかまずい)ケースももちろんありますが、
>それはあくまで例外であって、酔うぞさんであれ政府であれ東京都であれ学校であれ、
>家庭内の私的自治を侵すのは不当だと思いますよ。

明らかに、学校は家庭そのものではありません。

学校に「家庭だから」を持ちこまれて問題になっているが「モンスターペレアレント問題」ですよ。

と言うか、こういう二分論が、家庭の独立vs学校の自治=必修科目履修偽装などに繋がっているのではないでしょうかね?

必修科目履修偽装なんてのは周囲がチェックしていれば出来るわけがないです。
なんで起きたのか?
学校の中のことを周囲が見ていなかったからでしょう。

わたしは、総合的に見て学校がもっと社会と一体化するべきであって、その中で子どもたちはもちろん、親についても以前よりも学校のルールを重視するべきだ、と考えています。

もちろん、あえて承知でやっている家庭は自由に私立に行くとか、留学するとか現在もしているわけです。

あくまでも地域社会の中でどうあるべきか、は見直すべきですよ。

そして、それを考えていないで「携帯はインターネットではない」という誤解が、現実には事件になっているわけです。

さらに言えば、現在の高校生のインターネットへの実感は「PCでのアクセスは、家では出来ない」「学校では授業でやるもの」なので自分で使うのは携帯だけ、というのが平均値です。

これは、家庭では父兄が履歴をチェックできることを知っているから、自分のためだけには使えないのでしょう。
学校では、自由にPCに触れるのはクラブ活動などで積極的に使う生徒だけです。

しかし、高校生だとメールが使えない生徒は事実上皆無ですが、これが全部携帯メール。

だからプロフが恐ろしい事になっている。
http://www.yomiuri.co.jp/net/frompc/20070201nt0e.htm

こんな記事を読むと「本当かよ?」と感じますが、じゃあプロフに登録する生徒数の割合はどのくらいなら妥当なのか?と考えると、数パーセントじゃないでしょうかね?
それが半分以上とか大半といったことなると、危険性なんてのはどうなっているのだ?
としか言いようがない。

これでは、刃物を持って遊んでいるのと大差ないのではないのか?
その使い方を誰かが教えているのか?

しかし、現実は学校のタテマエは「携帯は持ち込み禁止」なのです。
これは文科省がそう言っているから現場もオウム返しに言っているだけなのですが、そのために「どう指導するか」が抜け落ちてしまっています。

そこで「総務省が乗り出してきた」わけで、その不気味さといったら、大変な問題だと思いますがね。

投稿: 酔うぞ | 2007/12/11 11:16:18

 親戚の小学生に「携帯って必要ないの?」と聞いたら、校内に公衆電話があるから、親とかへの連絡はそれで十分間に合ってると言うのです。ただ、親から子供への連絡は学校代表番号にかけて、校内呼び出しになってしまうから、それがちょっと不便だと言います。

 私は、生徒への親からの連絡なんて、ポケベルで十分だと思うのです。あれなら単機能だから端末安いし、悪用のしようもない。
 ポケベルは、キャリアによるサービスは終了しましたが、サードパーティが企業向けにサービスをしてます。

投稿: Inoue | 2007/12/11 12:00:31

品川区では小学生向けのPHSを利用したベル?を配ってますね。

一方には携帯で居場所を把握したいというのがあり、片方で飛行機に乗るときに電源を操作では切れない、と言う問題が発生しているわけです。

世の中は簡単には決めようがないですね。

どこから子どもたちの文化圏に携帯が入ってくるのかが興味のあるところですが、どうも中学の2~3年ぐらいかららしいです。

その一方で、メールに否定的な高校生がたまにいて、これはこれで大問題なんですよ。
大学ではメールは必須ですからね。
メールが使えないと授業に出られないなんてケースもあるそうで。

そんなところからも、社会的にどう着地させるかと言う問題なんですよね。

投稿: 酔うぞ | 2007/12/11 19:39:08

> 総合的に見て学校がもっと社会と一体化するべきであって、その中で子どもたちはもちろん、親についても以前よりも学校のルールを重視するべきだ、と考えています。

そのような前提をたてるには、現状の日本の多くの学校は、あまりにも牢獄のようなものではないですかね?協調性を善とし、ベクトルを問わずに逸脱を憎む文化。私が中高と私立に行ったのは、親の考えもあるにせよ、そのような文化の中では、文字通り生き続けられないという感覚を抱いたからです。実際、小学校時代によくいじめられていたし、そういう中で、死にたいと思うことも少なからずありました。

教育カリキュラムがいろいろ変わって、そういう部分も多少は変化したのかな?と思いましたが、酔うぞさんとここのコメント欄のみなさんのご発言をみると、そういう文化はむしろ健在であって、それをとことん強化することで問題を乗り切るべきだ、とおっしゃっているように思います。

「ウェブ炎上」著者の荻上チキ氏は、「学校裏サイト」の問題は擬似問題ではないか、と述べています。私もそう思います。
http://d.hatena.ne.jp/seijotcp/20071207/p1

社会学者の内藤朝雄氏によれば、いじめは「閉ざされた濃密な人間関係」が原因です。
http://d.hatena.ne.jp/izime/

これはネットいじめについても同様でしょう。新しいコミュニケーション道具の問題ではなく、新しいコミュニケーション道具と新しい人間関係を築ける可能性にもかかわらず、閉ざされた関係を強化するツールとしてしか使えていないことが問題です。

必要なことは、子どもを学校という閉ざされた濃密な人間関係に押し込めることではないはずです。学校を地域に多少開いたところで、それが開いた人間関係になるのか、今の風潮では疑問ですね。そもそも、地域が閉ざされた濃密な人間関係だったら、そこには逃げ場はないわけですし。

> もちろん、あえて承知でやっている家庭は自由に私立に行くとか、留学するとか現在もしているわけです。

なるほど、息苦しい場所に押し込められたくなければ、出て行け、ということですね。同調圧力の強い教育が当たり前の環境で育ち、それが大人の社会になっても続き、それが嫌で海外に出て行くひとはたくさんいますね。私はなんだかんだで踏みとどまっていますが。それがいい社会なのでしょうか?

> だからプロフが恐ろしい事になっている。

URLを書かれた記事では、「しかし意外にもプロフによる事件は起きていない」ということですから、現実のリスクはそんなに高くなっていない、ということですよね。最後のところの「心配」されている話は、コミュニケーション形態の変容、でしかなく、それが永続的かどうかもまだ分からないような話ではないかと(ジェネレーションギャップがある状況で上から目線で非難してるだけ、というのとどう違うのか分からないですし)。そして、こういう風潮は、日本のプロフ固有とはいえない可能性が高いです(英語圏の若者向けSNSに少なからず同様の利用形態はあるようです)が、日本ほどの狂騒的な話にはなっていません。

酔うぞさんの活動には素晴らしいものも多いだけに、正直なところ、この問題に関してのお考えには、かなり失望しています。

投稿: 崎山伸夫 | 2007/12/12 1:31:42

崎山伸夫さんへ

 擬似問題ではないです。実際に脅迫、名誉毀損、侮辱罪に相当する行為が起きていて、さらに、民事上の賠償責任も発生しかねない事態になっている。
 ああ、なるほど。リアルでもそういうことは起きますよ。ネットだけの問題と違う。リアルの人間関係が背後にあることも事実でしょう。
 但し、大人の場合は事後的な対応で被害回復が可能ですし、刑事罰による予防効果もあるでしょう。

 しかし、子供は、毎年、新しい人が学校集団に入ってくるのです。そして、毎年同じ問題が起きる。入れ替わりが激しいのです。だから、予防効果は働かないし(人生経験がないから)、賠償資力もない。
 だから、子供はネットにおいても制限がついてやむをえない・・・なんだか繰り返しになってしまいましたが、私の見解はそういうことです。

 うまく話をすり合わせることはできないもんでしょうか。

投稿: Inoue | 2007/12/15 14:30:24

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