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2007.11.06

パキスタン・戒厳令までの様子

東京新聞より「非常事態2日前決断かパキスタン大統領抗議の弁護士ら350人拘束

【イスラマバード=大場司】イスラマバードの情報筋によると、パキスタンのムシャラフ大統領が非常事態宣言を決断したのは、三日の宣言の二日前にあたる一日だったとの見方が強まっている。強権発動の準備は一カ月半前から本格化したとされ、綿密な計算で発動された可能性が高い。治安当局は五日、抗議行動の封じ込めを強化。宣言以来、野党支持者ら千五百人以上が拘束されたもようだ。

消息筋によると、ムシャラフ氏は一日にキアニ陸軍副参謀長ら軍側近との会合を開き、その場で非常事態の宣言を決めた可能性が高いという。前日には最大与党パキスタン・イスラム教徒連盟クアイディアザム派のフサイン総裁らとの会合が開かれていた。

ムシャラフ氏が最多票を得た十月六日の大統領選をめぐり、陸軍参謀長を兼任するムシャラフ氏の立候補資格を審理していた最高裁が、今月六日にも当選無効の判決を出す恐れがあった。

仮に最高裁が判決で当選を認めても、反政権的な姿勢を強める最高裁が、政権運営の障害になるのは確実な情勢だった。強権発動の準備は九月半ばから本格化していたが、反対する米国の圧力でムシャラフ氏は発動時期を慎重に見極めていたという。

地元メディアによると、東部パンジャブ州ラホールで五日、州高裁前に弁護士約二千人が集結して抗議行動を展開。警察当局との衝突で少なくとも二百五十人が拘束された。南部シンド州カラチでも弁護士が百人以上連行された。

一方、非常事態宣言後に解任され、自宅軟禁下にあるチョードリー前最高裁長官は四日夜、地元英字紙「ニューズ」の電話取材に応じ、「非常措置はすべて違法で違憲だ。神は最後に私の成功を祝福してくれるだろう」と述べ、政権と対決していく姿勢を強調した。

『大統領拘束』のデマ

【イスラマバード=大場司】非常事態宣言で事実上の戒厳令が敷かれたパキスタンの首都イスラマバードで五日、ムシャラフ大統領が「拘束された」「自宅軟禁になった」とのうわさが市民の間を駆けめぐった。

うわさは携帯電話などで瞬く間に広がり、昼食時の市民の話題を独占した。全く根拠のないデマにすぎないが、政府のメディア規制で国営テレビしか視聴できない状態が、うわさの拡大に拍車をかけたようだ。

国会議事堂周辺で取材していた地元民放テレビのイムラン・ラジャ記者は「衛星放送で国外では視聴できるが、国内では見られない。こんな不当な措置がいつまで続くのか」と怒る。

法曹団体による抗議行動を警戒して、国会議事堂や最高裁周辺は通行が全面禁止され、警察や軍の治安部隊が展開。警察官の一人は「これだけ警官がいれば、デモはできない」と語った。

だが東部ラホールなどでは抗議行動に集まった弁護士らを警察当局が次々と拘束。イスラマバードの弁護士は「当局も国際社会への体面上、首都では手荒なことはできない。地方ではやりたい放題だ」と指摘した。

ムシャラフ大統領はアメリカとの関係でもうちょっとうまくやるかと思っていたのですが、非常事態宣言でアメリカにも不安を強く与えるとは思いませんでした。

パキスタンはイスラム勢力では核武装を国際的に認められている唯一の国で、国際的に見て国内政治の安定を強く要請されていました。
政治の基本構造は、大統領と最高裁の政治的な対立のようで、政府と市民が衝突しているミャンマーとはまるで別だと思うのですが、それでも非常事態宣言でメディア規制などで同じような事になったと言えます。

その一方で、うわさ話が携帯電話で一気に広まるといったところは、現代社会そのもので強権発動の有効性も以前よりは遙かに無くなってしまったのではないでしょうか?

核保有国の政府が有効に機能しなくなるといったことは勘弁して欲しいのですが、その危険は高まりつつあると言えるでしょう。
注目している必要があります。

11月 6, 2007 at 11:25 午後 海外の政治・軍事 |

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コメント

あれ、携帯電話通じたのか。封鎖されているのかと思った。

投稿: phulax | 2007/11/06 23:34:30

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