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2007.06.19

アナログ的社会を育てるべき

などを書いてきたのは、最近の日本の価値判断があまりにデジタル思考に偏っているのではないか?感じているところがあるからです。
ところがこういった話だけでなく、こんな話も出てきました。

弁護士紀藤正樹のLINC TOP NEWS-BLOG版より「統一協会に加担する清水エスパルスに衝撃」

僕の所属する全国霊感商法被害対策弁護士連絡会は、統一協会が実質主催するPease Cup出場を決めた清水エスパルスに対し、6月7日、15日の2度にわたり、出場辞退を求める通知書を発しました。

この間の経緯は、日刊スポーツの記事を見てください、

清水の広報部は「統一教会の主催なら出場はしていない。財団と統一教会がつながりがあるような話も聞いたが、直結した関係とは認識していない。予定通り出場する」と話している。」とのコメントが発せられていますが、事実直視の姿勢のなさ、現実感のなさに驚きを通り越して、あきれます。

http://www.nikkansports.com/general/p-gn-tp0-20070608-210090.html

2度目の通知書では、清水エスパルスに面談を求めていますが、清水エスパルスは、現在においても被害が続いている日本の統一協会問題、そして霊感商法問題の深刻さに心をいたし、ファン・サポーターのためにも、フェアプレー精神や、スポーツマンシップに反するこの大会の出場辞退を決められることを心から希望しています。


[参考]清水エスパルスの2007年5月29日広報

全く別の種類の問題ですが、こんな記事もあります。

事象の地平線より「水伝またきた」

今度は、前野[いろもの物理学者]昌弘さんの日記より。小学校の道徳、授業参観で水伝授業が行われた模様。脱力するようなやりとりが記載されているので引用しておく。
「ああいう非科学的な授業をなさるのはどうしてですか?」
「あ、いやちょっとまずいかなと思って他の先生と相談したんですが、いいか なということで」
相談してこれかーーーい!
「道徳の授業で嘘教えてはいけませんよね」
「いえ、一応『これは科学的には正しいかどうかわからないことです』と前置 きしました」
「私は隣のクラスの父兄だから、最初から聞いてたわけじゃないけど、途中から見る限り、あなたの見せ方は『どうだこの実験凄いでしょ』という感じで、どう見ても『正しいかどうかわからない』というふうには聞こえませんでした よ、それに問題は『正しいかどうかわからない』じゃない。『間違っている』んです」
「え、そうなんですか、知りませんでした」
「あなた、『ありがとう』って紙貼ったら結晶の形がよくなるなんて、そ んなアホな話信じたんですか?」
「いや私は言葉を大切にするという授業の中で『この話が本当だったらいいなぁ』という願望で・・・」
「つまりあなたの願望であって実験的事実じゃないでしょ。それを子供にホントみたいに語ってどーすんです」
「すいません、以後気をつけます」
そんなあっさり謝るぐらいなら最初からするなよこんな授業(T.T)
「以後って、、、、そういえば他の先生にも相談したって話ですが、他の 先生がまた同じような授業されるってことですか」
「はいたぶん」
やっぱりやるのかよ(;_;)
「・・・・・・・・じゃあ後日また、この話をしに伺います」
 問題の先生、道徳としても水伝じゃ内容がダメだということに全く気付いていない様子orz。学校の先生が率先してこういう話にハマられると大変に困る。特に初等教育がこれだと……。
 しかし、相談してもチェック機構が全く働いていないというのは、一体どうなっているのだろう。そんなに道徳について何も考えてない人ばっかりだったのだろうか。

わたしには、これらの事件に共通しているのは「良いか悪いか」をデジタルに決める、文字通りのシロクロを付ける、という発想で物事が進んでいるところをこそが問題なのではないか?と思うのです。

清水エスパルスの広報の回答は

「統一教会の主催なら出場はしていない。 財団と統一教会がつながりがあるような話も聞いたが、直結した関係とは認識していない。

これでは「怪しい」といったことは判断基準にならないと宣言しているわけです。
小学校の道徳の時間に「水伝」をやった先生の言い分は、先生自身の願望、科学的に正しいかどうか分からない、などであってこれまた「怪しいけど、授業で使って悪いとは言われていない」のごとき反応です。

それほど「怪しい」といったアナログ的な判断は否定されるものなのだろうか?
むしろ実社会では「アナログ的価値観の理解」こそが「不愉快なことをしない」といった基本的なところに結びつくのではないかと思う。

ところが、実際にはマスコミの報道すらデジタル的決めつけが非常に多くなってきた、と感じます。
特に、ちょっと技術的なことになるとすぐに犯人捜しになってしまう。その結果としてアナログ的な改善は評価されない。
これは個々の問題ではなくて、社会全体の問題だと思う。結果をあまりに重視しすぎるのは良くないというだけのことなのだが、一方で技術的な評価をアナログ的に行うといったことは日本は長年やっていなかった、代替手段として使われたのは「それは外国では・・」だったのではないだろうか?
いずれにしろ、問題を調べる、議論するといったことをもっと重要視するべきで、それは様々の分野に共通する日本の大問題だと思う。

6月 19, 2007 at 12:30 午後 日記・コラム・つぶやき |

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