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2007.06.15

三菱ふそうのハブ問題裁判・その2

「三菱ふそうのハブ問題裁判」の続きです。

サンケイ新聞より「過失ない と無罪主張 元部長側が最終弁論 タイヤ脱落による母子3人死傷事故

横浜市で平成14年、三菱自動車製大型トレーラーのタイヤが脱落、母子3人が死傷した事故で、業務上過失致死傷罪に問われた同社元部長と、元グループ長の公判が14日、横浜地裁(木口信之裁判長)であり、弁護側が改めて無罪を主張し結審した。
判決は12月13日に言い渡される。

最終弁論で弁護側は、

  • 「両被告は事故を予見できず、過失はない」と主張
  • 「検察側はハブ破損の原因究明も十分に行わず短絡的に起訴したもので、論告も過失の有無を検討していない」
と検察側の主張を厳しく批判した。

論告によると、平成11年6月に広島県で同社製バスのタイヤが脱落する事故が発生。
運輸省(当時)が報告を求めたが、両被告は車輪と車軸をつなぐ「ハブ」の破損が原因で過去にも同種の不具合が15件発生していたにもかかわらず、「同種不具合はない」と虚偽報告し、欠陥を放置した結果、母子死傷事故を招いた。

最終意見陳述で被告の元部長は「(11年のバスのタイヤ脱落事故で)ハブの強度不足を疑ったことは全くない」と話し、元グループ長も「あとからハブのリコール届が出されたからといって、結果論だけで処罰を受けるのは納得できない」と訴えた。
検察側は4月の公判で、元部長に禁固2年、元グループ長に禁固1年6月を求刑している。

事故は14年1月10日、横浜市瀬谷区の県道で発生。
走行中の同社製トレーラーの左前輪が脱落、坂道を約50メートル転がり、歩道を歩いていた大和市の主婦(29)の背中を直撃。主婦は死亡し、長男と二男が軽傷を負った。

事故原因の究明を刑事裁判で行うことの問題点は、22年前の日航123便事故の時から問題になっていて、今も続いているというべきでしょう。

三菱ふそう(当時)のハブ破断などによる自己責任ついて、当初はドライバーの過失とされたものが、取り消されたりしています。

わたしは、技術的に三菱には責任があると考えます。
大きな理由は、トラック(バス)という世界中で似たような機構を採用している大型車で、普通に起きる事故・故障ではなくて三菱車に集中して起きているのですから、設計・製造に問題があると考えるからです。

しかし、これを刑事事件として特定の個人に責任を負わせることが出来るのか?となると大いに疑問です。

刑事責任を問うのであれば、間違えなく検察には立証義務がありますが、このような技術的な問題について、明白な過失を立証することは困難でしょう。
今回、弁護側の最終陳述が「過失の有無を検討していない」と指摘したのはこの事をさしているのだと思います。

事故原因の解明と刑事責任を決めることとどちらが大事か?という問題は、比較することが出来ない性質のものですから、刑事責任追及が出来れば事故原因も対策も明らかになるわけではありません。
つまりは、この裁判の決着が付いても本当のに事故原因は何で、どうすれば解決するのかは明らかにならないでしょう。つまりは、同じ事故がまた起きる可能性があるということで、問題解決にならないのではないでしょうか?

自動車事故がこれだけ多数起きても、日本では原因の研究が遅れているし、航空機事故に至っては、資料を提供にすら問題が生じています。
こういうところを逆に突くと、エレベータの死亡事故(メンテナンスコストが急激に低下した)、ジェットコースター死亡事故(検査の問題か設計の問題か)、プール事故(通達の理解不足)といった技術的な安全確保に知恵が回らないことになるのだと考えています。

6月 15, 2007 at 10:11 午前 もの作り |

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コメント

日本のこういう問題に対する追求の仕方には「事故の再発をいかにして防ぐか」という視点が欠如していると考えますね。 それは何故かを少々掘り下げれば...

事故本体に関する免責を保証する考えの下、専門の委員会を常設して権威と責任を与える場合、通常は事故当事者(多くは刑事罰上では被告=加害者)はその代償として全ての証拠提出を義務付けられた上、それらを隠匿することに極めて厳しい処置を課するという方法論と実践が必要となります。
こういう事を断固として実施した場合、原因ははっきりし易くなる(完全に解明出来る保証は無い)んですが、明るみに出た原因を放置したり再発させたりした場合、こりゃ社会的には非常に重い責任を負う必要が生じる訳です。

おそらく日本ではこれを政治や業界が嫌うんでしょう。 だから責任問題の大半を刑事罰として処理したがるし、そういう方向性の法律しか立法府は作りたがらない。
つまるところ、お役人(&政治家の大半と企業首脳部の多く)の責任逃れ体質&知識不足を露呈しとるって事ですな。
おまけに委員会に対して妙な説明責任や人情論をぶつけて不要なものを背負わせようとする悪癖もありそうだし...そうしたがるのは当然「媒体」と呼ばれる業界の方々ですな。 これではマトモな委員会なんぞ金輪際できっこありません。 お役人が良くなっても誰も委員の成り手が有りませぬ(苦笑)...

P.S.お久しぶりです。 某FC○R時代はお世話になりました。
某単語で検索していたらこのブログが掛かって来たので挨拶代わりにコメントさせていただきました。
(でもとりあえず匿名希望)(笑)

投稿: 通りすがりの懐かしい顔 | 2007/06/16 21:46:06

    お久しぶりです。 某FC○R時代はお世話になりました。
    某単語で検索していたらこのブログが掛かって来たので
    挨拶代わりにコメントさせていただきました。
    (でもとりあえず匿名希望)

はて?どなたでしょうか?(まぁいいけど)ここまで書いたらメールが来た(^_^)

ところで「某単語で検索」って・・・・・(ドキドキ)

木曜日に15万人ほどおいでになったのでありますよ。
ぶちまけてしまうと、ここは最近の平均アクセスは1500/日ぐらいです。
それが木曜日は16時から24時で15万・・・・。

某Yahoo!の実力を思い知った次第であります。
結構、ちょっと技術に偏った方向で尖った意見を書いているという自覚はあるので、なんかのはずみに世間に広く公開されるかもしれない、なんて改めて思っているところです。

本文にちょっと書きましたが、三菱のハブ破損問題は刑事事件になった場合には「検察が証明しろ」と弁護側(被告側)が主張するのは当然であって、それじゃ原因究明にはならない。
シンドラーエレベータは「捜査中だから」と何も言わない、そのために何か対策はしているのだろうけど、それも分からない。

仕組みが複雑になればなるほど、事故原因の究明は難しくなるわけで、刑事捜査が事故原因の究明をしなきゃならんというのでは、それ自体がヘンです。

なんと言っても、安全が話題になったラルフネーダーが騒いだ頃に、ボルボは事故調査チームを作って実際の事故の解析をしています。
調査とは本来こういうものであって、日本はいつまで経っても調査を独立させないまま、社会がどんどん複雑化することを放置している、という印象ですね。

わたしは、情報ネットワーク法学会に参加しちゃいましたが、この学会の構成メンバーはすごく面白くて、学者、弁護士、エンジニア、評論家、ネットワーク管理者もちろん、法務省・総務省・検察庁も居ます。バラバラなのです。
逆に言うとネットワークの安全管理なんてことにはこれだけの人が寄ってたかってやらないと無理だ、ということでしょうね。

ところが政府レベルになると「○○問題の専門家」とやっているわけで、もうここらへんからボタンの掛け間違いと言うべきです。

裁判員制度に興味があるので、弁護士さんブログを継続して読んでいたら、かなり問題だと分かってきましたが、その副産物として「鑑定人が判決してるようなものだ」という面もあるというのですね。
ところが鑑定を受けるところが少ないから、同じ鑑定人ばかりが判定することになる。
なんてこともあるそうで、どうも事故調査とか鑑定といったものの、社会的な重要性をもっと真剣に考えないといけないと思っております。

投稿: 酔うぞ | 2007/06/16 22:18:17

医療に関しても同様ですね、
特に昨今では医学的に根拠の無い判決が出ていると聞いています。
それに反応して医学的に全力を尽くすよりも、法的責任の範囲内での治療にシフトしているようで、防衛医療と呼ばれているようです。

投稿: サルガッソー | 2007/06/18 15:31:05

サルガッソー さん

事故の結果責任を負わせるのは法的には必要なことだと思いますが、それだけでよいのか?となるとどう考えても違っていて、アメリカの航空機事故の調査では免責されるから調査が進むのは間違えないでしょう。

自動車事故では、ドライバーの過失責任は厳しく追及しますが、道路の環境などについては「他車は通過しているから」を理由に「問題なし」としちゃうのですよ。

これも調査すると「かなり危険な道路」とか判断が下るでしょう。

結局、事故調査とは「灰色の程度を明らかにすること」が使命であって、刑事裁判の「シロクロをつける」とは別次元のことなのですよね。

ところが、日本では公式に「灰色の程度を認定する」仕組みがないから、シロクロをつける以外がない、のでしょう。

医者が逃げ出すのも「灰色は評価されない」からでしょうね。
紀藤弁護士が「負けたことがありません」という弁護士はダメだ、と言っていましたがその理由は「負けるかもしれない事件を受けないから」だそうです。

これも「灰色だと手を出さない」例でしょうね。

公式にかつ恒常的に事故を調査してデータを積み上げ、事故調査がいつでも出来るようにすることは、極めて重要だと思うのです。

投稿: 酔うぞ | 2007/06/18 15:53:13

酔うぞさん
>結局、事故調査とは「灰色の程度を明らかにすること」が使命であって、刑事裁判の「シロクロをつける」とは別次元のことなのですよね。

同意します。
よく裁判をもって「真実を明らかにしたい」と表現されますが、実際には検察と弁護団が自分に都合の良い証拠のみを提出、認定しあうようですね。
結局裁判では真実は明らかにならないのだと感じています。
一方で児童や精神を病んだ人の犯行は「社会の闇」という言葉に簡単に転嫁されている気もします。

社会、マスコミに対して、原因調査と責任転嫁は別ということを啓蒙していきたいですね。

投稿: サルガッソー | 2007/06/18 18:21:07

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