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2007.05.05

裁判員の心得だぞうで

東京新聞より「証拠と常識で判断 裁判員に審理前説明へ

2009年から始まる裁判員が加わった刑事裁判で、裁判長が審理に先立ち、裁判員に口頭で説明する内容のモデル案が4日、明らかになった。
「法廷の証拠だけに基づき、常識に従って判断する」「報道情報で判断しない」「意見は裁判官と同じ重み」「務めた印象は話しても構わない」などと裁判のルールや注意事項が並んでいる。

裁判員への説明は、裁判員法で「裁判長は最高裁規則で定めるところにより、権限、義務その他必要な事項を説明する」と規定されている。最高裁は規則で「立証責任の所在」「証拠主義」などと大枠を示し、具体的内容は各裁判所に任せる方針。

裁判員はこうした説明を了解し「公平誠実に職務を行う」と宣誓する。

今回のモデル案は東京地裁を中心に作成され、諮問委員会準備会で法曹三者(最高裁、法務省、日弁連)や法学者らからも意見を聴いた。モデル案は23日に開かれる最高裁規則制定のための諮問委員会で報告され、全国の裁判官に配布される予定。

この記事は、東京新聞、中日新聞に載っていて、共同通信の配信です。
共同通信が配信して、新聞社の中で一社だけ取り上げた場合には後から訂正があったりするのですが・・・・

まぁこういう説明にならざるをえないでしょうねぇ。
しかし「常識に基づき判断する」だけでは「報道情報で判断しない」というのと「世評を判断基準にするかしないか」が矛盾しませんかねぇ?
さらに言えば、あまり無いかもしれませんがたまたまその事件の問題について極めて専門的な知識の持ち主が裁判員になっていたらどうするのか?

現行のプロの裁判官だけが判決する、という仕組みが誇張して言えば「裁判官は世間知らずだが、判決そのものは平均値に収まる」(判決には保守的安定がある)とは言えると思います。
わたしはその点について批判的であるから、一般市民が判決に加わる方が良いと考える者ですが、それは「判決(裁判)の不安定性」とか「裁判官+裁判員の構成が当事者にとって不公平になることがある」に直結します。

逆に言えば「今までと同じ裁判結果ではない」ことは明らかであるし、裁判員制度の導入そのものの目的がこれであった。

であるのなら「報道情報で判断しない」とだけ言い切れば済むことなのだろうか?
証拠の採用については自由心証であるから、裁判官と裁判員の知識によって証拠採用は決まるわけで、知識が自力で判断するほどのレベルではないから「報道情報で判断しない」というのは良く分かるが、その逆に「報道情報よりも深く知っている裁判員」が参加している場合には証拠採用も大きく変わる可能性があります。
つまり「報道情報で判断しない」では説明になっていない、と感じるところです。

今まで、トンデモ裁判として記事にされたものの中に「裁判官の常識欠如」が幾つもあります。
つまり「常識に従って判断する」という「常識」とはナンなのか?となりそうです。

5月 5, 2007 at 02:22 午後 裁判員裁判 |

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