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2006.12.08

教員の評価は無理だろう

サンケイ新聞より「教員の評価、誰が…教育再生会議きょうから審議
教員評価を誰に委ねるかという問題がクローズアップされている。政府の教育再生会議が来年1月にまとめる中間報告の素案に、「児童・生徒らによる教員評価」が盛り込まれたためだ。
「ダメ教師の排除につながる」という期待がある一方、教育関係者からは「子供や保護者に迎合する教員が増えてしまうのでは」という慎重論や批判が相次いでいる。
記事中にも「慎重に」といった識者の見解が紹介されているのだが、非常に不思議なのは「なぜ教員を評価しなければならないのか?」を詳しく検討した様子が見えないことです。
記事はこの点についてこんな説明になっています。
「教育はサービス」と唱える政府の規制改革・民間開放推進会議は、児童・生徒や保護者による教員評価を再三、求めてきた。

この結果、3月末に閣議決定した「規制改革・民間開放推進3か年計画」では、「学校教育活動に関する児童生徒・保護者による評価を学校評価の一環として実施し、評価結果を公表するよう促す」と明記。
教育再生会議の素案にも「保護者、学校評議員、児童・生徒などが参画する仕組みを導入する」と盛り込まれた。

昨年度に「指導力不足」と認定された公立校教員506人のうち、約2割は教壇を去ったが、大半は依願退職など本人の希望によるもので、教委の判断で免職させる「分限免職」は6人のみ。
「現場で自浄作用が働いていない」との声は大きい。福岡県筑前町で起きたいじめ自殺では、担任教諭がいじめを助長していたとされ、「問題教師排除」の世論は強まっている。
つまりこの説明では「教員を評価する」が前提になっているわけで「なぜ評価するのか?」は議論していないようです。
「言うまでもない」と言われそうな気がしますが、解決するべき問題の代表的なものが「いじめ」だったりします。
簡単に言えばいじめ問題が解決するのなら教員の評価はする必要がないとも言えます。
以下同文で「問題を解決する」方が優先事項だと思うのですが、それが「教員の評価システムをどう作るのか?」に置き換わっています。

もちろん日教組対策もあるとは思いますが、今や日教組対策などは置いておいても良いでしょうし、少なくとも社会が学校に求めていることが実現すれば、日教組の極端な活動も抑制される可能性は大きいでしょう。

そこで元に戻って「教員の評価を誰がいつやるか」ですが、こんなものどう考えても「一年間が終わってから」でしょう。
もちろんいじめ自殺とか大騒動になれば、年度の途中でも評価になるでしょうがそれではいじめ問題の解決ではなくて、教員に「いじめ問題を放置すると評価が悪くなるぞ」と警告するだけのことで、見逃した場合などについては対策がない。

何度も例に出しますが、これは生産管理的に見ると「各工程のベストは全体のベストに違いない」というすでに否定されている論理そのものに見えます。 不良品排除の論理とも言えます。

現在日本の製造業では、不良品を排除するではなくて「不良品を作らない」で合意していて世界的に成功しています。

不良品排除を試みると、不良品を見逃して先に送ることになりがちなのです。
今回は「教員の評価」ですが、なんとかしなくてはならないのは教員だけではなく生徒にもいることは明らかです。生徒を「排除」しようとすると「排除の基準の問題」になって先送りが増えます。
つまり問題は解決どころか改善もされないことなりがちなのです。

現在は学校で問題が起きると全校集会を開く例が多いですが、これはいわばラインの停止と点検でしょう。
自動車会社の組み立てラインなどでは、「誰でもラインを停止できる」ことで製造能力を維持しています。
これを学校に置き換えると全校集会は誰でも開催できるようにする。といったことになるでしょう。
この例は非現実的ですが、目的は何か?と考えた場合に「教員を評価する」なんてのはお題目亥序ではないと思います。
教員の評価はちょっと考えると「どうやってやるんだよ」だし「その効果はどこに現れるのだ?」についても分からない。

ちょっとひどすぎると思う。

12月 8, 2006 at 09:57 午前 教育問題各種 | | コメント (8) | トラックバック (0)

2006.12.07

超人的ドライバー

CNN.co.jp より「地球40周、走行距離「100万マイル」の車を博物館に
走行距離「100万マイル」(約160万キロ)を走り抜いた車がこのほど、ウィスコンシン自動車博物館に寄贈された。100万マイルは、地球を「40周」した距離に相当する。

正確には「100万1385マイル」を走った車の持ち主は、セールスマンのピーター・ギルバートさん。1989年に購入した「サーブ900SPG」で、1週間に7日、来る日も来る日も、この車でウィスコンシン州内を走り回ってきた。

ウィスコンシン州ハートフォードの自動車博物館は、歴代のクラシック・カーや希少な車が展示されており、ギルバートさんはここへこのサーブを寄贈。

新たにサーブを購入し、今日も走り続けている。
89年に購入して2006年まで使用したとなると、17年間になります。
それで100万マイル=160万キロを割ると、実に年間9万キロ以上!
年間250日仕事で乗るとして、毎日360キロ!!

すごい人もいるものだ。
わたしも一番多く運転したときには年間5万キロを超えてましたが、その倍の運転を17年間続けるとはよくまあ身体が持ったものだと感心します。

12月 7, 2006 at 10:31 午後 海外の話題 | | コメント (2) | トラックバック (0)

すごいサービス。金返せだ

メンテしたのかな?と思ったが、なんか反応が変わった手いるとは思えないのでアナウンスを見て仰天した。


株価はまた下がるだろう。


本メンテナンスは「データベース分散化」及び「ココログベーシック/プラス/プロバージョンアップ」を目的として作業を行っておりました。

昨夜の負荷テストにて、負荷が高まりレスポンスが悪化するという現象が発生いたしました。

当初は改善できる項目であると判断し、修正/検証作業を行いましたが、本日になっても原因の特定ができず、問題の解決には更に長時間を要すことが予想されたため、一旦メンテナンス前の状態に戻させていただき、 12月7日(木)15時にサービスを再開いたします。

ココログをご利用いただいている皆様には、長時間お待ちいただいたにもかかわらずこのような状況となってしまいましたこと、お詫び申し上げます。

尚、データの消失など、お客様のココログへの影響はございませんので、ご安心ください。

今回のメンテナンスで予定されていた改善項目につきましては、今回の問題点について対策を講じた上で、改めてスケジュール等をご報告させていただきます。

12月 7, 2006 at 04:55 午後 ウェブログ・ココログ関連 | | コメント (2) | トラックバック (0)

ムチャクチャに長いメンテナンス

やっと終わったのかな? テスト書き込みね。

12月 7, 2006 at 04:49 午後 ウェブログ・ココログ関連 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2006.12.04

住基ネット違憲判決について

大阪高等裁判所で住基ネットがプライバシー権の侵害だとする判決が出ましたが、これに対して二つの社説を紹介します。

読売新聞社説12月2日付 「危険性を過大視した高裁判決
住民基本台帳ネットワークの目的外利用など運用面の危険性を過大視してはいないか。

住基ネットへの接続でプライバシー権を侵害されたとして大阪府内5市の住民が個人情報の削除などを求めた訴訟で、大阪高裁は、個人情報保護対策に欠陥があるとして住民の離脱を認める判決を言い渡した。

全国の15地・高裁で同種訴訟が係争中だが、高裁判決は初めてだ。
これまで住基ネット離脱を認めたのは金沢地裁だけだった。他の10地裁判決は、その公益・有用性に理解を示している。
電子政府・電子自治体の構築が求められる中、この高裁判決には疑問が少なくない。

「個人情報が際限なく集積・結合されて利用されていく危険性が具体的に存在する」と、判決は述べた。
しかし、この一例だけをもって、住基ネットが危険だと言えるのか。

これは、住基ネットそのものの問題ではない。
情報管理のあり方が問われたに過ぎず、個人情報保護法の施行後には、こうした対応は考えにくい。

判決は、本人が情報の提供や利用の可否を決める「自己情報コントロール権」が侵害されたという。
しかし、これはまだ確立した法概念ではない。

住基ネットによる行政の効率化が進んでいる。
国の機関には、パスポートの発給申請など年間3000万件の情報が提供され、10月からは年金受給者の現況確認にも使われ始めた。
これで年間2600万件もの「現況届」は不要になる。個人離脱はコスト増を招く。
中日新聞社説12月4日付 「既成事実押し付けるな
政府は、プライバシー侵害の恐れが消えない住民基本台帳ネットワークを国民に押し付けるべきではない。
電子政府構想でバラ色の夢を振りまくのではなく、デメリットとも向き合うべきだ。

住基ネットに生年月日などの個人情報を入力された大阪府民が情報削除を求めた訴訟で、大阪高裁は「ネットはプライバシー権を保障した憲法一三条に反する」と判断した。

さらに、さまざまな個人データの入った複数のコンピューターをつなげば特定の人を丸裸にすることもでき、その情報を行政機関が本人の予期しない形で利用する恐れもある。
この点を大阪高裁が「自己情報コントロール権侵害」と認め、データマッチングの危険性に言及したのはシステムの本質をついている。

ただし、自己情報コントロール権は公権力に対する権利を中心に考えるべきであって、市民間で過度に重視すると「透明人間として暮らす権利」を認めることになりかねず、弊害も生じる。

いずれにしろ政府の説明に国民は納得していない。国税庁が一昨年始めた所得税の電子申告の利用率も著しく低い。これは電子政府なるものが、住民にとっては政府の宣伝とは逆にわずらわしく、不安を感じさせるものであることを示している。
この二つの社説の「勝負」ということだと、余波売り新聞の方がより踏み込んでいると思う。

中日新聞が指摘している
さまざまな個人データの入った複数のコンピューターをつなげば
という点について読売新聞は
住基ネットそのものの問題ではない。 情報管理のあり方が問われたに過ぎず、個人情報保護法の施行後には、こうした対応は考えにくい。
個人情報保護法の全面施行は民間部門が遅れていただけなんですが・・・・・。
ま、それは置いておいて確かに情報管理の問題であり住基ネット特有の問題ではない。
強いて言うのであれば、情報を高度に集積することによる問題発生のリスクにどう対処するかはありますね。

それよりも、プライバシー権の侵害というのが正面切って出てきたのに驚きました。
自己情報コントール権が住基ネットの4情報(氏名・住所・生年月日・性別)にまで及ぶものとは思えません。
4情報を全く出さないのでは社会的には存在しないわけで、そのような生活はあり得ないでしょう。

わたしは名前などは社会に公表するから意味があるもので、公表しないのなら名前の存在自体が不要であると考えます。匿名があるではないか、という指摘もあるとは思いますが匿名で情報を発信してもその行為自体が個人の存在を示していますから、匿名という名前を名乗っているわけで実名とハンドルとの違いぐらい意味しかないです。

結局は読売新聞が指摘するように運用の問題であって、住基ネットの原理・原則の問題を自己情報コントロール権で決定できるというのは間違えだと考えます。
しかしながら、住基ネットが運用レベルで有用なのか?となると大いに疑問です。
パスポートの発給申請など年間3000万件の情報が提供され・・・・
そんなに大量に利用されているとは思えないのですが・・・・。
ここらは正確な利用状況を政府は公表するべきでしょう。
アメリカでは社会保障番号でなんでもできるようになったために、身分を盗まれる事件の報告があります。
日本でも知らない間に戸籍を書き換えられている事件がありますが、何でもかんでも住基ネットの11桁の番号によるとすると、誤り訂正がどんどん大変になります。情報の手中はどこかでデメリットに転換するのは確実でそういうリスクも総合的に判断することが必要なのですが、利用状況の公表もないのでは「有効だ・危険だ」の論争が延々と続くことなります。
政府はさっさと住基ネットの利用状況を公表するべきです。

12月 4, 2006 at 07:52 午前 個人情報保護法 | | コメント (8) | トラックバック (1)

2006.12.03

消費者被害防止を考える

2003年だったかと思うのですが、SYSOPの会合の帰り道で「ライブドアはいったい何を商売にしているのだ?」という話になって、結局何をやっているか分からない。楽天は実際にお金を動かしているのだから、全然違うだろう。という話になったことがありました。

そして、ライブドアは社長が逮捕されるという展開になったわけですが、株価の暴落で大損害だという人が大勢います。

土曜日の夜に「近未来通信被害者相談会」があって覗いてきましたが、これも近未来通信の宣伝であるIP電話の中継局オーナーなんて話はちょっと事情に詳しい人から見ると、大々的なビジネスとして展開できるわけがないのは明らかでした。
ところが、すごい数の人が引っかかっていてどうも多くの人は「IP電話」とか「通信事業」と言うことで信用してしまったようです。

この二つの会社の問題は、基本的には詐欺あるいは詐欺的商法であったとしてもそれを十分な知識や判断力があれば避けられたわけで、危ないと判断していたわたし(達)がもっと大声で「危ない」というべきだったのではないか?と思いましたね。

12月 3, 2006 at 09:12 午後 日記・コラム・つぶやき | | コメント (5) | トラックバック (0)