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2006.10.20

日本は国際標準規格に乗り出せるのか?

毎日新聞より「国際標準規格:日本主導へ人海戦術 脱欧米目指す
パソコンのような製品の規格から品質保証の管理に関する国際標準まで、幅広い分野の国際規格づくりで、日本が影響を強めることを目的とした政府の「国際標準総合戦略」の原案が19日、分かった。

欧米主導で進んできた国際標準策定の流れを変え、日本企業に有利な競争環境を整えるのが狙いだ。政府の知的財産戦略本部(本部長・安倍晋三首相)で年内にまとめる。

95年に発効したWTO(世界貿易機関)協定では、国内の標準規格は国際標準をもとに作ることが義務付けられた。このため、自国の技術を国際標準にできれば、国際的な競争を有利に戦うことができるわけだ。
しかし、国際標準を決める標準化機関での日本の存在感は薄い。
ISOを制定する国際標準化機構(本部・ジュネーブ)で733ある主要会合のうち、議論の仕切り役をする「幹事」を日本人が務めているのは47会合(6.4%)だけ。
ドイツ、米国、英国に遠く及ばない。関係者によると、欧米のペースで議論が進められ、日本の技術が優秀でも、不利な規格を決められるケースが多いという。

このため政府が主導し、初めて戦略を取りまとめることになった。

ただ、海外で作られた標準規格を受け入れたうえで、優秀な製品を作り成長してきた日本企業にとって、「国際標準を自分たちで作るという意識は薄い」(関係者)のが実情。

一方で米国や中国はすでに自国に有利な国際標準作りに力を入れ始めており、他国との標準化競争は激烈になりそうだ。
昔に比べればインターネットの普及などで規格や条文といった情報の流通はずいぶん良くなったと思いますが、どうもそういう公式情報を流通させるのがお役人を中心にする専門家が独占する業務だ、といった雰囲気を感じます。

10年ぐらい前に、新たに決まった何かの条文のコピーが必要になって、関係団体に出かけたところ「いつかは紙が来ますが、いつになるのか分かりません。他にはどこでも手に入らないでしょう」というトンでもない話を聞かされました。もう、情報を流通させる意志はない、としか言いようありません。

その頃に比べれば、今は遙かに良くなっていますがそれでも規格については入手の困難性は他の情報の比ではないです。特に海外の規格ですね。お金を掛けて収集するより手がないと思いますが、やっているのかねぇ?

国際標準規格に乗り出す前に国内での規格の利用について実務的に促進することが必要ではないだろうか?少なくとも規格を求めてあっちこっちの団体をウロウロするといったことは国家的な大損失だと思う。
日本では、国家規格以前に国鉄規格があったりしたから、統一管理が出来ないといったところがあった。そういう日本における規格とはどういうものだったのか、といったところまで振り返ることが必要だと思う。

10月 20, 2006 at 09:07 午前 国際経済など | | コメント (1) | トラックバック (0)

2006.10.19

教育再生は学力向上じゃないように思う

朝日新聞社説より「教育再生 学力の底上げをめざせ
初会合のあいさつで、首相は課題として「学力の向上」を挙げ、教員免許の更新制や学校評価が必要だと力を込めた。さらに規範意識や情操を身につけるための方法を議論するよう求めた。

学力と規範意識を高めるのは、今の教育の重要な課題である。だが、この二つは切り離して考えるのではなく、つながりにこそ目を向けなければならない。 03年の国際的な学習到達度調査でも、学力の基本である読解力が3年前の調査に比べて落ち込んだ。
読解力の高い層のレベルは変わらなかったが、低い層は一段と下がっていた。
しかも、低い層の割合が他の国に比べて大きい。
新聞の社説は総花的でどこに主眼があるのかはっきりしないことが多いのだが、この社説は特に分からない。
という以上に書いた人物が問題を把握していないのではないかと想像できる。

そもそも現在の高校までの教育では学力は大学受験の偏差値としてしか評価していない。
そして大学受験の基本であるセンター試験はマークシート方式である。

私は社会人講師としてNPOの他のメンバーと学校に出向いているが、NPO内部で「どうしようか?」という議論をいつもやっている。
そういう会議の時に良くでてくる案に「かなりの量の問題を出して、順繰りに解かせると・・・」というのが出てくるのだが「現在の受験対策の中心が問題を直感的に見て、解ける問題から解くなので順繰りに問題を解かないよ」と指摘するとNPOのメンバーはビックリします。

教科書は1年間の授業、実際には30週間程度で世界の歴史を教えることが出来るようになっています。
考えてみると、教科書がこれほどまでとぎすまされた教育技術の集大成であるのだから企業などがOJTと称してやっている教育内容は学校教育に比べると遙かに緩いものである、と言って良いでしょう。

しかし、国語の教科書に出てくる文学作品を読むだけで文学に親しむとか、美術の教科書で絵画を楽しむことが出来るとは思えないことで分かるように、教科書やさらに学校教育の中核部分は人生の一部を指導するものだ、という当たり前のことを受験を代表とする試験によって忘れてしまっているのではないだろうか?と強く思うようになってきました。

トレーニングという意味であれば、多くの場合は失敗しては反復して挑戦することが不可欠です。
自転車に乗れるようになるのに、一度も失敗しないように教育するなんて事は不可能だ。
ところが、教科書や教科だけの世界では自転車を説明しているようなところがあって「失敗の話は別だ」という感じです。

高校生を例に取ると、一年間で登校する30週程度から、試験や行事などが減ってしまって授業があるのは大体26週程度になります。一年間の半分ですね。
8時に登校して4時には授業が終わりますから、8時間で一日の1/3を学校で過ごします。年間だと1/6を授業時間に使います。
睡眠や食事などに一日の1/3(8時間)が必要とすると、1/6+1/3=3/6=1/2が高校生の時間であって、残りの半分の時間は家庭教育・社会教育の時間に充てられるべきでありましょう。

教育の時間ということであれば、1/6対1/2で学校以外で広く教育するべき時間が3倍もあるのです。
家庭教育の時間は家庭があればそうそう変わるものではないでしょうが、社会教育の時間つまり社会での人(大人)とのつき合いについては、団塊の世代などがすごした頃に比べると大幅に変わってしまったのが今の世の中です。

大体、子どもたちは街の中で大人に触れる機会がほとんどありません。
駅で切符を買うのもの券売機です。お店もスーパーやコンビの利用が多いから「お使い」に行く先がない。聞いた話ですが、小学校の高学年になるまでお金を使うところを見たことがない子どもが居るそうです。
また、携帯電話の普及は女の子の家に電話をすると父親が出てきて言い訳する、という経験を奪ってしまう。

さらに大人が忙しくなってしまって、三丁目の夕日がノスタルジーになってしまっています。
わたしは学校教育・社会教育・家庭教育と並べたときに学校教育あるいは学力の水準維持のための努力は全体としてはよくやっていると思いますよ。
社会の変化が社会教育以前とは全く変わってしまったことを考えてみることの方が重要ではないか?と思っています。
社会人講師が学校には行っていく意味はかつての社会教育の部分そのもので今の時代は必須であろうと思っています。

つまりは、教育改革の中心を先生の指導力や学課の成績に置いて考えてもダメではないか?社会教育が教えていたことを学校に持ちこむことが必要なのではないか?と強く思っています。

10月 19, 2006 at 08:58 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.10.18

780万円が逆転判決

サンケイ新聞より「お年寄りにぶつかり780万円賠償 高裁で逆転判決
交差点を歩いていて女性(27)とぶつかり、転倒して骨折した高齢女性(93)が、この女性に損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が18日、東京高裁であり、宮崎公男裁判長は女性に約780万円の支払いを命じた1審判決を取り消し、高齢女性側が逆転敗訴した。

宮崎裁判長は「女性は普通にゆっくりと歩いており、高齢女性との接触を避けなければならない注意義務はなかった」と判断した。

判決によると、女性は平成16年8月、東京都世田谷区の下北沢駅前の交差点を歩いていて、立ち止まりかけたところで歩いていた高齢女性とぶつかった。
高齢女性は右足の骨を折った。

1審・東京地裁判決は「健康な成人の歩行者は高齢者や幼児などの交通弱者に注意を払い、ぶつからないようにする注意義務がある」として、賠償の支払いを命じた。
780万円の賠償判決が逆転した、というのに驚いたのですが、さらに第一審判決が780万円の損害賠償とはどういう事なのでしょうか?

確かに93歳と高齢ですから、骨折の治療中にボケてしまうといったことも現実にあり得るでしょうが、それを骨折事故の相手側に負わせるのはおかしいし、治療費としてそれほどになるものだろうか?
一体780万円の損害賠償とはどういう根拠で算出されたものなのだろうか?

走っていて激突したとかではなく、むしろ立ち止まることろでぶつかったということだと、控訴審判決のように、注意義務に反していないということなることはあり得るでしょう。
そういう状況で気になるのは「なんで780万円?」ですね。

10月 18, 2006 at 11:10 午後 事件と裁判 | | コメント (1) | トラックバック (0)

ソニーのリチウムイオン電池事件・その7

「ソニーのリチウムイオン電池事件・その6」ではソニーに対して東芝が損害賠償請求する方向になったと報道されましたが、「ソニーのリチウムイオン電池事件・その2」
ソニーは「発火はデル製パソコンの充電回路と充電池に混入した金属粒子が特定の場所に入り込んだ場合にのみ発生する」と、自社製パソコンでは問題は発生していないと説明する。
パソコン各社も独自に安全確認を行っている。
ソニー製充電池を自社製のパソコンに使用している富士通や東芝は「充電回路の設計がデルとは異なる」などとして、いずれも「発火の可能性はない」とし、NEC、日立製作所、松下電器産業は、パソコンにソニー製リチウムイオン電池は搭載していない。

どんなものだろうか?
なんでソニー製の電池が発火するのか?という問題は、この説明では「発火を回路によって食い止めている」と受け取ることが出来るが、物理的破壊とかPCとして機能しないといった使用状況で発火するというのならとにかく、普通に使える大衆商品であるパソコンにそこまで危なっかしい部品を供給するのは、供給業者としておかしくないか?
と書きました。
この記事の真意は「これほど割り切れるものか?」ということだったのですが、肝心のソニー製品も回収になりました。

サンケイ新聞より「ソニー、自社製品も電池回収 業績下方修正も検討
ソニーは17日、ノート型パソコン「VAIO(バイオ)」の一部機種に搭載した自社製リチウムイオン電池を自主回収・無償交換すると発表した。

対象は当面9万個(国内6万個、中国3万個)だが、全世界では30万個程度になる見通し。
すでにNECと米ヒューレット・パッカード(HP)を除くほとんどのパソコン大手がソニー製電池の回収を発表。全世界で800万個を超える空前規模のリコールになる。
次世代ゲーム機「プレイステーション3」の発売前値下げの影響もあり、ソニーの業績下方修正は必至の情勢だ。
さらには IT+PLUS によると「ソニー製電池の不具合、「金属粉」以外の原因も
ソニー製リチウムイオン電池の事故原因は「電池内部に混入した金属粉によるショート」だけではない可能性が出てきた。
中国レノボ・グループが発火した電池内蔵のノートパソコンを調べたところ、事故原因を特定できなかったためで、ソニーもレノボのケースについてはなお調査中という。

ソニーはレノボ製パソコンでの不具合を受け、9月28日には全面的な自主回収に追い込まれた。
レノボでの発火事故は日米欧で3件確認されている。

レノボはそれぞれの事故で分析を進めたが、原因を特定できていない。
デルやアップル機の事故でソニーは「混入した金属粉でショートが起こった」と認めたが、レノボは日本で回収した事故機の元素分析で「異物混入を見いだせなかった」としている。
直感的にヘンだと思うのです。
金属粉が入っていることが原因のすべてであれば、PCメーカ別に出火の可能性がある・無いといった理屈はあり得ない。
もしPCメーカーの回路設計によって出火する可能性があるのなら、回路設計の制限と現実のPC製品との違いをチェックすればよいことだろう。
さらには、金属粉が混入していない電池に交換することでPCの回路の安全性が多少低くても出火しないようになるのなら、PCの回路について問題にすることでもあるまい。
ところが、レノボのケースでは金属粉ではないという。

これでは、確実な対策は全面使用禁止しかあるまい。
情報を小出しにして分かっていないことを分かっているかのようにコントールして失敗する例はたくさんあって、ソニーの電池問題もこの例に当てはまるのだろう。

10月 18, 2006 at 09:06 午前 もの作り | | コメント (3) | トラックバック (0)

2006.10.16

ソニーのリチウムイオン電池事件・その6

「ソニーのリチウムイオン電池事件・その5」で損害賠償請求になるかもしれない、と書きましたが現実のものになりそうです。

日経新聞より「東芝、ソニーに賠償請求へ・パソコン電池回収
東芝はノートパソコンに搭載したソニー製リチウムイオン電池の自主回収・交換問題で、電池を供給したソニーに損害賠償を請求する方向で検討に入った。

回収による製品イメージ悪化や販売機会の損失について補償を求める方針だ。

富士通も賠償請求の検討を始める見通し。
大手企業間のトラブルは損害額や補償額を明らかにしないであいまいに解決することが多かったが、株主の監視の目が厳しくなる中で、賠償請求などの手段が広がる可能性がある。

東芝は83万個のソニー製電池の回収を進めている。
電池本体や物流経費など交換にかかわる直接的費用はソニーが負担する方向で交渉が進んでいる。
しかし「販売機会損失やブランド価値の低下などについても補償を求めざるを得ない」(東芝首脳)としている。
サンケイ新聞は10月15日付の記事に「ソニー痛恨、相次ぐ誤算 BDレコーダーもトラブル」と経営全体の問題と取り上げています。
(ソニーは)リチウムイオン電池や次世代ゲーム機の部品調達トラブルに続き、次世代DVD「ブルーレイ・ディスク(BD)」規格の録画再生機(レコーダー)は、当初目指していた性能に達しないまま発売される状況に陥った。

「数日前から業界内では話題だった。『ソニーがまたしくじった』って」。
電機大手関係者が明かすのはBDレコーダーでのソニーの“誤算”だ。今月開かれた電機・IT(情報技術)の国際見本市「CEATEC(シーテック)ジャパン」。
開幕直後の華々しい発表会は、皮肉にもソニーに厳しい現実を突きつける場となった。

発表したBDレコーダーは目指していた2層記録ができず、1層しか録画できないことが判明したのだ。
松下電器産業が発表したレコーダーは録画・再生とも2層対応。
BDは1層25ギガバイトを記録できる大容量が魅力だけに痛恨の結果となった。
記事は株価の下落傾向が続いていることにも言及していますが、すべての経営判断にはメリット・デメリットがあるわけで、ソニーは結果において外れクジを引き続けているとも言えますが、そこに保険を掛けることが経営では最重要なポイントでありましょう。

組み立てメーカが先端製品を扱うためには量産技術だけを外部に委託するのが本筋だと思います。
良く分からない部品を買ってきて組み立てるのではメーカとは言えないし、量産も出来ない。
これが最先端技術ではなくて、市場に溢れていて他社も使用している汎用部品であれば、部品メーカが使い方を説明してくれるから、あまりよく判らない部品を使用して組み立ててもリスクは極めて低い。

リチウムイオン電池では絶縁紙のメーカが勝手に品質を変えたのが事故の一因であるとされていますが、勝手に品質を変えたことがチェックできないのではダメだ、という問題になります。
要するにこんな難しいことが出来る会社ではない、となってしまいます。

リチウム電池を使用しているPCメーカが損害賠償請求に進むのは、この先対策などでもっと問題が出てくると見ているからではないでしょうか?

10月 16, 2006 at 08:34 午前 もの作り, 経済・経営 | | コメント (1) | トラックバック (1)