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2006.01.28

インターネットに書かれるから証言拒否や追加訴訟

昨日(1月27日)は横浜地裁で「中西 vs 松井」裁判を午前10時半から傍聴し、午後1時半には東京地裁で「平和神軍刑事事件」裁判を傍聴しました。
この二つの裁判は、民事事件と刑事事件(民事は判決が確定している)の違いはありますが、共にインターネット上の日記(中西先生)HP(平和神軍事件)で書いた内容を名誉毀損であるとして事件になったものです。
たまたま昨日はこの二つの全く関係の無い事件で同じ問題が持ち上がりました。

平和神軍事件では、検察側証人の尋問の3回目があったのですが、前回から証人が「インターネット上に面白おかしく書かれるから証言できない」と証言拒否を繰り返し、前回は裁判長が「インターネット上で扱われるから証言出来ないというのは理解出来るから、ケースバイケースで」と一見して「インターネット上に裁判の情況が伝わることを証言拒否の理由に出来る」と取れるような発言をしたので、わたしは問題であるとして取り上げました。

わたしは個人的には「裁判をやってそれがインターネットに取り上げられるのは大変だな」と思うので、ある程度はこの種の苦情があることは理解できます。
しかし裁判は公開なのだから、証言拒否はもちろんインターネットで取り上げられるのも仕方ないし裁判という社会的なリスソースを使うことのコストであろうと思っていますから「我慢しなさいよ」という立場です。

昨日「中西 vs 松井裁判」で原告側弁護士が驚くべき発言をしました。
産総研の中西先生が京都大学の松井教授のシンポジウムにおけるプレゼンテーションの内容についてインターネット上の個人の日記(雑感)で批判したことで「名誉毀損である」と損害賠償請求が起こされたので、わたしが名目上ではありますが「インターネット上の表現の自由を考える会」に深く関わっている関係からも「この裁判では中西先生を応援する」として山形大学助教授の apj さんと共に「環境ホルモン濫訴事件:中西応援団」というサイトを作って、裁判の様子を伝え、中西先生を応援する立場で傍聴に多くの方の参加をいただくように呼びかけるなどの活動をしています。

この活動は名誉毀損事件が提起されて裁判が始まってから始めたものですが、この種の動きが原告側にプレッシャーを与えるであろうことは承知しています。
しかし、元々裁判と言うものは「ある時点で区切って考える」ですから、裁判が始まった後の問題をその裁判に取り込むことは裁判を混乱させるので御法度というべきものでしょう。
ところが、原告側は apj さんの記事を証拠として提出しました。

つまり裁判の内容を批判したインターネット上の記事をその裁判の証拠として提出したというもので、裁判の範囲を広げる方向に動きました。
これに対して昨日は被告側弁護人の弘中弁護士が「後からの話を持ち出すべきでない」と述べたのに対して、原告側弁護人は追加の訴訟あるいは別の訴訟を起こす、と宣言しました。

この将来の訴訟とは「元の裁判について、報じるインターネット上の記事が問題だから訴訟する」というもので、「環境ホルモン濫訴事件:中西応援団」に責任者として名を連ねている apj さんと酔うぞには、訴訟を起こされる可能性が出てきました。


最初に述べたように、裁判を起こしてみたらインターネットに逐一報告されるというのは今まであまり例の無いことだったのだ、と改めて気づきました。
裁判の内容が社会に伝わるのは、多くは新聞・テレビなどの報道で最近まではこれ以外の方法が無く、幾つかの事件で記者会見で被害者が積極的にマスコミに情報を出す、といった手法が珍しいくらいでした。
この数年はインターネットの普及で裁判の当事者がHPで社会に知らせるという手法が出てきて、わたしが関わっているものとしては「ホームオブハート事件」「DHC事件」といったものがあります。

裁判の原告・被告といった当事者になってしまうと、情報を多く出すことで相手側からの反撃を受けることもあり、当人が当事者の裁判記録のHPはあまり活発には出来ません。
その点「傍聴してインターネット上に裁判の様子を出そう」というのはごく最近の動きといって良いようですが、専門に裁判傍聴を扱っているサイトや記事なども出てきています。

これは当事者にとっては「新聞に報道されるのはたまらないが我慢するか」で裁判を始めてみたところ、インターネットで報道され、特に関係者がネット上ではそばに居ることを考えるとインターネット上に裁判記事が出ることは新聞に報道されることの比ではないと容易に想像できます。

裁判傍聴記をインターネット上に公開することは傍聴人の大幅拡大に等しく、わたしも含めてこの種の記事を出す方が増えているのは裁判員制度を考えて裁判の実態を見て記事にしよう、といった方が多くなったからでしょう。
つまりはインターネット上での裁判の経過報告は今後増えるでしょうし、記事の書き方によって問題になるケースも出てくると思いますが、それでもこの方向はより拡大するだろう。と考えています。

1月 28, 2006 at 12:21 午後 | | コメント (0) | トラックバック (4)

2006.01.26

役所の面子争い・アイドリングストップで論争

朝日新聞より「「温暖化対策」「危険」アイドリングストップで省庁が論争

信号待ちなどでエンジンを切ってしまうのがアイドリングストップでドイツなどではアイドリングしない人が居ないというぐらいの情況で日本でもアイドリング・ストップを促進するべきだという議論があったのだが、どうも経産省・環境省と警察庁・国交省が「環境 VS 安全」で論争して話が進まないのだそうだ。
昨年春、閣議決定された京都議定書目標達成計画でも、二酸化炭素削減のために取り組んでいくことが確認されている。
しかし、日本自動車工業会が昨年秋から「アイドリングストップをしている時に事故が起こると、エアバッグが開かない」などと反対論を展開し始めた。
警察庁はこれを支持し、「そんな危険なことを政府として推奨できるのか」と言い出した。
ところが停車中の衝突事故というと追突だから、追突ではエアバッグは開かないわけで、それが問題になるのかよ?ということにもなって、なんのことはない「今までやっていないことだから、責任持てない」というようなことなのだろう。

あまりに事の本質から離れている議論ではないのか?
アイドリングストップするとブレーキのバキュームが弱くなるから坂道では原則としてアイドリングストップしてはいけない、といった実際的なノウハウの普及の方がよほど問題だろう。

1月 26, 2006 at 06:57 午後 国内の政治・行政・司法 | | コメント (1) | トラックバック (0)

削除基準作り・総務省

読売新聞より「自殺サイトなど、有害情報削除へモデル約款…総務省
総務省は25日、インターネットの自殺サイトなどの有害情報について、ネット接続事業者(プロバイダー)が契約に基づいて自主的に削除できるように、有害情報の具体例を列挙した契約約款のモデルを7月をめどに作成することを決めた。
なんか今さらプロバイダに削除する根拠を与えるって意味がかなり薄いと思うのですが・・・。

blog とか掲示板を運営しているのは個人であってプロバイダじゃないですよ。
プロバイダ責任制限法は「プロバイダ等」となっているから掲示板の設置者でも免責されました。
有害情報削除についても同じにしないとダメでしょう。
というかそろそろ「プロバイダを含む管理者」とかしないと自宅サーバを初めとして単なるコンテンツ管理者(掲示板のオーナーなど)に管理権限があるのか無いのか、
あるとすると管理者スキルをどうやってチェックするのか教育するのかといった実務的な問題がゾロゾロ出てきます。
2ちゃんねるではひろゆき氏に「管理者として削除しなかったから敗訴」という判決が出ていますが、削除についてガイドラインを今頃作ると言い出して、それがプロバイダに限定なんてのは何を考えているのでしょうか?

1月 26, 2006 at 10:08 午前 国内の政治・行政・司法 | | コメント (1) | トラックバック (0)

探偵・盗撮で損害賠償

毎日新聞より盗撮:探偵に賠償命令「プライバシー侵害」 京都地裁
探偵業者の調査対象となった京都市内の女性(40)が、マンションの自室近くの通路にビデオカメラを設置され盗撮されたなどとして、この業者(同市中京区)に慰謝料など計523万円の支払いを求めた訴訟の判決が25日までに、京都地裁であった。中村隆次裁判官は「女性のプライバシーが侵害されたことは明らか」として、業者に50万円の支払いを命じた。
この部分だけとタイトルを見るとなんか撮影が不当であるかのような印象を受けますが、どうも正当な(って何が?ですが)探偵業上の撮影であって、本人に知られないために盗撮になっている、という亊案のようです。
探偵業者相手の訴訟に詳しい「興信所・探偵問題研究会」の河原林昌樹弁護士(大阪弁護士会)は「探偵業者を調査対象者が訴える例自体が少ないが、盗撮によるプライバシー侵害を認めた判決は初めてだと思う。業界への警鐘になるだろう」と話している。
イヤ、そりゃその通りですが弁護士さんも探偵を使って調査しているんですよね。
また弁護士さんも含めて探偵に調査を依頼したら「証拠の写真を持ってこい」というのが当然でしょうから、いったいどうしたものか?
女性の代理人弁護士は「盗撮の認定は評価できる」と指摘。一方、同市内の別の探偵業者は「例えば路上で盗撮した場合はどうかなど、プライバシー侵害の基準は不明だが、賠償を命じる判決が出たことで、さまざまな面で今後の調査活動に影響が出てくるだろう」と話している。
小泉解散で複数の法律が廃案になってしまったのですが、その一つに「探偵業の業務の適正化に関する法律案」があったのですが、こうなると法律を整備しそれなりにチェックすることも必要でしょう。
自称探偵が「復讐引き受けます」とかやれる方がおかしいのに、調査で撮影するのが盗撮では取材などにも問題が出てます。整理が必要ですね。

1月 26, 2006 at 09:47 午前 事件と裁判 | | コメント (1) | トラックバック (0)

冤罪防止・取り調べをビデオ撮影するか?

朝日新聞社説より「幼児殺害無罪 自白頼り捜査の危うさ
朝日新聞記事より「取り調べ録画、「大阪・福岡を特区に」 日弁連が提案

「自白問題・ひどい判決」を書いた後に豊川で自白が信用できなから無罪という判決があって、自白・冤罪問題がクローズアップされていますが、わたしは以前から取り調べをビデオで撮影するのは事件の解明に有力な手段だろうと考えている素人です。
しかし、法務省以下の検察・警察は「ビデオ撮影は良くない」という意見で、日弁連と対立していました。
朝日新聞の社説と記事はこのような背景で出てきた記事です。

社説の最後はこう結んでいます。
朝日新聞は、取り調べをビデオに撮り、自白の強要がないか検証できるようにすべきだと主張してきた。それは密室捜査の弊害を減らし、供述の信用性の判定にも役立つはずだ。
この裁判は、もっぱら自白の任意性や信用性をめぐって2年半も続いた。裁判員制度が始まれば、一般市民が審理に加わる。分かりやすく迅速な裁判のためにも、ビデオでの記録は欠かせない。
記事の方にはなぜ日弁連が特区を提案したのかが説明されています。
2年間試行し、「捜査に支障が生じる」という捜査機関側の導入反対論に理があるか、検証しようという狙いだ。
提案では、可視化するケースを、裁判員制度の対象となる重大事件などに限る。容疑者側が録画・録音を拒否することもできる。捜査側の判断で取り調べを録音しているケースは今でもあり、法改正などは必要ないという。
刑事弁護に詳しい弁護士が多い福岡と大阪を選んだ。
わたしはごく自然に「なんで取り調べをビデオで撮ることがダメなのだ?」と思うのですが、元検事の弁護士さんのご意見は反対のようです。
ご自身は冤罪問題に非常に厳しい判断をしている(検察を叱っている)方なので「現場には我々には分からない事情もあるのね」としか思う他ないのですが、それでも裁判員裁判になると「分かりやすい」が優先されるべきではないかと思います。

ビデオ撮影するのが絶対に良いとか絶対に悪いとかでは無いだろうと思うのです。つまりはビデオ撮影を原則とするといったことからやってみれば良いと思うのです。

最近は東京警視庁のパトカーにはほとんどビデオカメラを前に向けて積んでいるようですが、アメリカではパトカーが一人乗務のこともあって常時撮影しているようです。
以前は出来なかったことが出来るようになったら、とりあえずやってみるぐらいでちょうど良いと思うのですが。

1月 26, 2006 at 09:32 午前 国内の政治・行政・司法 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.01.25

インターネット実名制で被害防止・韓国

韓国中央日報社説インターネット実名制で悪質なコメントを追放しよう
検察が、林秀卿(イム・スギョン)さんの息子の死亡記事について悪質なコメントを書き込んだ25人を刑事処罰することにした。悪意的なコメントに検察が動き始めたのだ。インターネット掲示板に根拠がない誹謗や名誉を棄損するコメントを載せて処罰された事例はあるが、悪意的なコメントを刑事処罰するというのは今回が初めてという。時遅しという感はあるが、当然の措置だ。
今インターネットでは悪口や誹謗、人身攻撃が乱舞している。一言で‘無法天下’だ。最近は林秀卿さんの事件のように他人の不幸を楽しむ加虐的、変態的なコメントも多い。
これは弁護士 落合洋司 (東京弁護士会) の 「日々是好日」さんが1月23日に取り上げた「[インターネット事件]インターネット「悪性レス」に法の処罰」と同じ事件について、中央日報が社説を出したものです。

どこの国にでもあることなのだと思うし、小倉秀夫弁護士名義のコメントは「某巨大匿名掲示板の管理人を名誉毀損又は侮辱の共同正犯ないし幇助犯の疑いで刑事告訴する被害者が現れたときに、警察ないし検察がどう動くのかということは、難しい問題としてあり得ますね。」とまで述べていますが、わたしは管理者経験をもってすると実名制などをもってしても管理することは不可能だろうという気が強くします。

確かに「これは論外」という発言があって、それを削除するのは簡単なのですが、削除したからといって問題は隠されただけで社会として解決したのか?となると、削除で解決できるのは「確信犯的落書きをした場合だけ」です。

以前、見るに堪えない掲示の内容を追いかけてみたら、刑事事件そのものであった、ということすらありました。
関係者(弁護士さん)にコンタクトしたから分かったことで、また弁護士さん(被害者も)わたしの管理するところに書き込みがあったことの情報を得たことを喜んでいて「ほとんど管理者は反応ありません」とおっしゃってました。
ルール化を強化してもどこかに抜け穴は残るわけで、ルールによる機械的な排除と並列して、途中や結果に対して判断する受け手側の能力向上も図らないといけない。
しかし往々にして事前の対処は利用者の油断に直結するところがある、というのが悩ましいところです。

わたし自身は、「実名制で・・・・」といった手法はムダであるという観点で反対する者です。

1月 25, 2006 at 10:34 午前 ネットワーク一般論 | | コメント (9) | トラックバック (0)

続・堀江逮捕・各社の社説

昨日に引き続いて新聞の社説をチェックしてみます。
日経新聞  監視委、増員だけでなく独立性強化を
朝日新聞  自民の責任 「わが息子」だったのでは
毎日新聞  小泉答弁 堀江事件は「別問題」ではない
産経新聞  代表質問 なぜ「別問題」かの説明を
東京新聞  首相の答弁 『別問題』では通らない
北海道新聞 堀江社長逮捕*マネーゲームへの警鐘
宮崎日日新聞堀江社長逮捕・虚業の錬金術はもう終わりだ
ライブドア問題、証券問題に触れていない社説は以下でした。
読売新聞、西日本新聞、琉球新報、沖縄タイムス、北國新聞

興味深いのは自民党・小泉首相の責任を問題にしている社説が非常に多いということで、わたしは違和感を感じます。
では詳細を見てます。

日経新聞  監視委、増員だけでなく独立性強化を
私たちはかねて政府からの独立性が高い米証券取引委員会(SEC)のような組織をつくるよう主張してきた。
与謝野馨経済財政・金融担当相は記者会見で、証券取引等監視委員会の権限強化に関連して「人数が十分かどうか考えていかなければならない」と述べ、監視委の増員で対応する考えを示した。金融庁からの組織面の独立については「現段階では組織をいじることは考えていない」と表明した。
しかし金融庁の傘下にある監視委の対応が後手に回り、ライブドアによる不正行為が見過ごされていた可能性が高いことを考えれば、人員増だけでは問題の解決につながらないことは明らかだ。
結果として自民党が堀江容疑者の社会的な信用を高めたのは確かである。とりわけ堀江容疑者の出馬に深くかかわり、選挙の後も党運営への協力を要請したりした武部氏の責任は重い。
朝日新聞  自民の責任 「わが息子」だったのでは
郵政民営化に反対した亀井静香氏への「刺客」として、武部氏が前社長を総選挙に引っ張り出した。無所属だったとはいえ、武部氏をはじめ竹中経済財政担当相(当時)らが応援に入り、公認候補者さながらのてこ入れぶりだった。
それなのに捜査が動き始めたとたん、武部氏らが手のひらを返したように無関係を装っているのはどうしたことか。
かつて堀江前社長を「わが弟、息子」と呼んだ武部氏が「私はどんな若者にも父親のような気持ちで接している」と釈明したのは滑稽(こっけい)ですらある。
当時から、時間外取引や株式分割といった手法には批判がつきまとっていた。それを承知で人気取りのために利用した。その責任はきちんと認めるべきだ。
毎日新聞  小泉答弁 堀江事件は「別問題」ではない
「この件と自民党幹部が応援したことは別の問題だ」--。小泉純一郎首相は24日も、こう答弁を繰り返した。だが、本当に別問題なのか。首相がそう考えているとすれば、その方が問題だと考える。
「がんばった人間が報われる」のは当たり前としても「勝ち組」「負け組」と平然と色分けされる社会がいいのか。
「小さな政府」は当然だが、規制が緩和され自由化が進む社会は、同時に公正さを担保するため法律違反を厳しく監視する機能が強化されなければならない。
その点、金融庁や証券取引等監視委員会の陣容は十分なのか。
選挙当時、経済財政担当で、その道のプロのはずの竹中氏がライブドアの危うさを見抜けず、積極支援したのが示唆的でないか。
重ねて言うが、元の規制社会に戻せと言いたいのではない。「別問題」と突き放していては議論は進まない。反省すべきは反省するのも改革だ。それが分からぬようでは、やはり、首相は「裸の王様」ということになる。
産経新聞  代表質問 なぜ「別問題」かの説明を
「稼ぐが勝ち」と言い放った堀江容疑者を持ち上げて選挙を戦ったことと、日本の将来にとって必要な小さな政府を実現するための小泉構造改革とは峻別(しゆんべつ)されねばならない。首相は二十四日夜、「不明だった」と責任を認めたが、さらに説明を尽くしてほしい。小泉改革の真価が問われている。
民主党も堀江容疑者に出馬要請を試みて実現しなかった経緯がある。道義的責任追及の資格はあるのだろうか。
神崎武法公明党代表は「構造改革の影ともいうべき歪(ゆが)みが広がっている」と指摘した。こうした論議を深め、格差拡大につながらない政策の実現こそが求められている。
東京新聞  首相の答弁 『別問題』では通らない
選挙で応援したのは、ニッポン放送とフジテレビに買収攻勢を掛け、巨額の和解金を得た後だった。小泉自民党はマネーゲームを法のすき間をついた脱法行為と疑わず、市場の競争原理に乗った「勝ち組」ともてはやした。結果的にホリエモン的なものに“お墨付き”を与え、「二極社会」「拝金主義」を許す社会風潮をあおる形になった。
首相は代表質問二日目が終わった後になってようやく、国会の外で記者団に「人物を隅々まで調べるのは難しい。不明と言われれば甘んじてうける」と一定の責任を認めた。
「別問題」答弁では済まないと判断したのだろうが、どこまで責任を自覚しているか分からない。
北海道新聞 堀江社長逮捕*マネーゲームへの警鐘
現代の「錬金術」ともいわれた株式分割自体は違法ではないが、その裏で風説の流布など市場を欺くような行為をしていたなら刑事責任を問われるのは当然だ。
ルールを守れない経営者には、市場から退場してもらうしかない。
堀江容疑者を信用してライブドアの株を買っていた個人投資家は、裏切られた思いだろう。上場廃止になる可能性もあり、株式市場全体にも大きな影響を与えることが予想される。
自著で「人の心はお金で買える」とまで言い切った堀江容疑者。その経営はマネーゲームそのものだった。
堀江容疑者の逮捕は、拝金主義的な経営への警鐘としたい。
宮崎日日新聞堀江社長逮捕・虚業の錬金術はもう終わりだ
堀江社長は「ずるいと言われても合法だったら許される。倫理観は時代で変わる」などと豪語していた。だが、もうけさえすれば、法律の明文に触れない限り何をしてもいいという発想が基本的に間違っている。
これまでライブドアが行ってきた株式分割を駆使しての株価引き上げ、これを基にまた企業買収にかかるやり方などは、違法ではないにしても脱法行為に近い極めて危うい手法である。虚業とも呼べるだろう。結果的には高くついたということだ。
「人の心はお金で買える」。堀江社長はこう発言した。企業倫理も無視するような社会は誰も望んでいない。
こうしてまとめてみると、ここで取り上げた全ての社説がホリエモン個人・脱法的手法・証券取引等監視委員会・自民党・政治・社会と一様に書いたような社説で、わたしは「これは社説ではなくて感想文か子供の作文か?」という印象が強いです。
特に「人の心はお金で買える」→「ルールが守れない」→「刑事事件も当然」とも読めるような論調は三段論法的手法とも言えるもので、こんな書き方ならどんな意見にすることも出来る。
事実としての問題がどこにあるのか?というと、わたしは絶対に一直線上には無いと判断しています。
昨日のテレビで誰かが「やはり日本は製造業でやっていかなければ」と言ってました。 その通りですが、それはとりもなおさずマスコミなどが「儲からない仕事」にすることを意味するはずですが、製造技術などのノウハウにはお金を払うつもりがないのに、著作権料を既得権と強く主張するような構図になっている現実をどうするのか?となります。

そこで庶民も世界的に見れば小金持ちになったから「株式投資でもするか」となるのは当然で、株式市場は昔の鉄火場からより安全な場に変化するべきだし、それでも本質的に含む危険については十分な教育をするべきです。
安全の確保のためには証券取引等監視委員会や東証の責任は以前とは比べものにならないほど大きなものになっているのですが、さっきのテレビのニュースで東証の社長が驚くべき発言をしていました。
ライブドアの株式分割(100分割)は極めて脱法的だと判断していたが、当時は株式分割が個人投資家に株式購入の機会を与えるものとされていたために、規制すると東証が批判される恐れがあったので、そのままにした。
これでは行司役が逃げているわけで、「東証では市場が健全に成立していません」宣言そのものです。
わたしはこの発言のみを持って、東証社長の責任を追及するに十分であると断じます。
新聞社説も市場において明確でなく機能しないルールに従うのは参加者の責任で、後から処罰されて当然だ、などという世界に説明不可能な社説を発表している時代じゃないでしょう!!

1月 25, 2006 at 09:02 午前 事件と裁判 | | コメント (1) | トラックバック (4)

2006.01.24

堀江逮捕・色々な社説

ホリエモンが逮捕されてしまい、新聞各社の社説も一斉に取り上げています。面白いのはかなりトーンが違うところです。
日経新聞堀江社長逮捕が突きつけた課題
朝日新聞堀江社長逮捕 人の心はお金で買えぬ
読売新聞あっけなくはがれた“虚業”の仮面
毎日新聞堀江社長逮捕 「すべてはカネ」が足をすくった
産経新聞ライブドア事件 堀江流を終わらせよう 「時代の寵児」メッキ剥げた
東京新聞堀江社長逮捕 失った信用は買えない
西日本新聞堀江社長逮捕 転落したマネー至上主義
北國新聞堀江社長逮捕 テレビメディアの責任も
全体として「大事件」的な取り上げ方をしているという印象を受けますが、少なくともわたしには「どこが大事件なのか分からない」です。
はっきり言えば「あいつはやっぱり」というだけの内容だと思いますが、それをこれだけ多くの新聞社が社説に取り上げるというのはある種のマスコミ性ヒステリーといった感すら受けます。

わたしがネット上で見ている新聞の内で現時点で「堀江逮捕」で社説を発表していない新聞社は
北海道新聞、宮崎日日新聞、琉球新報、沖縄タイムス
ですが、これらの新聞社も何時間かすると「堀江逮捕」で社説を発表するかもしれません。
これら社説の内容をザッと見てみます。

日経新聞堀江社長逮捕が突きつけた課題
監視委や金融庁が、この時に機敏かつ深く、ライブドア側の行動を調査していれば、逮捕容疑になった事実をつかみ得た可能性が強い。そうすれば、この1週間の市場の混乱もなくてすんだはずだ。
市場の番人にふさわしい権限と陣容を持つ「日本版SEC(米証券取引委員会)」の必要性は緊急である。早急に監視委を抜本的に改組し機能を強化すべきである。
朝日新聞堀江社長逮捕 人の心はお金で買えぬ
今回の逮捕で崩れたのは、株価や政界の思惑だけではない。彼が呼び起こした期待感も、金の魔力で実力以上に膨らんではいなかっただろうか。犯罪の捜査にとどまらず、検証すべき点は多い。
読売新聞あっけなくはがれた“虚業”の仮面
ライブドアの暴落を契機とする売りの殺到は、東証のシステムをマヒさせた。高すぎる授業料だ。
毎日新聞堀江社長逮捕 「すべてはカネ」が足をすくった
こうした環境の変化は日本人の勤労意識にも変化を与えているが、ライブドアショックは、株価だけでなく、堀江社長が強調してきたカネがすべてという考え方にも冷水を浴びせた。
浮利を追わず。堀江社長の逮捕を機に、改めて考えてみたい。
産経新聞ライブドア事件 堀江流を終わらせよう 「時代の寵児」メッキ剥げた
ある種の後ろめたさを伴ってしかるべき「万事お金」という拝金思想を、恥ずかしげもなく大声で唱える。聞く側も深く考えもせずに「これこそが資本主義」と受け入れてしまう。そんな危うい日本社会を映していないか。
ライブドアの経営実態の本格解明はこれからだ。逮捕はされても起訴されるかどうかはわからない。起訴されたとしても、裁判所がどう判断するかはまだ予想できない。
しかし、時価総額を上げることに腐心し、そのためにルールすれすれの行為を繰り返していた点は否定しようもない。ルールや制度の不備を突くやり方を自慢げに語る。そんな堀江流をほめそやすのは、もう幕にしたい。
東京新聞堀江社長逮捕 失った信用は買えない
上場企業にこんな悪質な経営をされては、一般投資家はたまったものではない。経営に詐術は許されない。東京ばかりか、ロンドンやニューヨークの市場まで混乱させた責任は、あまりにも大きいと言わねばならない。
堀江容疑者の著書には「人間を動かすのは金。人の心はお金で買える」という慢心の言葉がある。拝金主義もここまで来たかという思いがする。失った信用は、もう買えない。
西日本新聞堀江社長逮捕 転落したマネー至上主義
堀江容疑者は「日本の株式市場には不備がある。勉強しないと、ずる賢い人にだまされてしまう」と公言していた。
法の抜け道を目ざとくつくライブドアの「暴走」とは裏腹に、証券市場の公正性と規律を保つ監視役であるはずの金融庁や証券取引等監視委員会、東京証券取引所の対応は遅く、緩慢だった。
株式分割や株式交換は、一九九九年以降の商法改正で規制が緩和され、市場は事前規制型から事後チェック型に転換した。しかし、市場の自由化の一方で、制度やルールの整備は後手に回ってきた。ライブドアの暴走を許し、市場を混乱させた金融庁などの責任は軽くない。
北國新聞堀江社長逮捕 テレビメディアの責任も
今回の逮捕容疑は、会社買収などの際に、虚偽の事実を公表した偽計や風説の流布の疑いについて指示・関与したとされる点である。これも株価を高く保つという目的は共通していた。テレビメディアは、堀江社長に利用されていることを十分知ったうえで、公共の電波に乗せ続けてきたのである。視聴率のためにあえて反社会的な側面に目をつぶってきたと言われても仕方あるまい。
ただ、時価総額経営はライブドアの「一手販売」ではなく、他の一部のIT関連企業などにも共通した経営手法である。十分な売り上げや利益の裏付けなしに、株式分割などで時価総額を増やし、買収資金を調達する手法にはおのずと限界があり、成長期待がしぼんだ段階で、風船のように膨らんだ株価もしぼむのは自明の理である。
並べてみると、倫理観や社会常識といったいわば哲学的な観点からの社説と、金融庁の監督の問題などシステムの問題だとする社説があることが分かります。
「拝金主義は排除するべきだ」なんてのは実社会にはほとんど意味が無い。つまりは事件の対策にはならない。こんな社説なら書かない方が良いと思うのだが、皆さんはいかがえお考えでしょうか?

1月 24, 2006 at 08:40 午前 事件と裁判 | | コメント (1) | トラックバック (3)

2006.01.22

最近のトラックバック雑感

最近は以前に比べると未知の方からトラックバックをいただくことが増えて、ありがたいことだと思う一方で「トラックバックだけ」というのがものすごく多いのに違和感を感じます。
わたし自身は大体は「どこそこ記事・・・・」としてトラックバック先があること明示していますが、まるっきりそういう表示をしないというのは「単なる読者集め」であろうし「場合よってはトラックバック・スパム」ではないのか?と強く感じます。

どこに境界線を引くのでしょうかね? 先日、トラックバック先を見に行ったら、何の関係も無い記事だったという例があって、これはトラックパックを削除させてもらいました。なんか初心者の方のようでしたが、やはり blog は公表・公開する記事なのですから読者の立場を考えることは必要だと思いますし、読者が「なんだコレは?」と思うようなことは避けるべきことだと思っています。

どういうのが、今後の blog のあり方になっていくのでしょうかね?

1月 22, 2006 at 10:31 午前 ウェブログ・ココログ関連 | | コメント (8) | トラックバック (1)

ライブドア問題・根は深いぞ

日経新聞社説より「社説 今こそ本物の「日本版SEC」を作れ(1/22)
法や制度が本来想定したものとは異なる使い方をし、投資家を惑わせて株価をゆがめ、その価格を利用して利益を得るという、制度と市場の濫用(らんよう)である。
ライブドアの一連の行為はその都度、市場関係者や法曹関係者の間で議論を呼んだ。当時の金融担当相が「問題だが適法」と発言した立会外取引はTOBルールに従うよう法改正され、株式分割も東京証券取引所などの指導と運用で投機の温床になることを防ぐ手だてが講じられた。

問題は証取法を所管する金融庁と傘下の証券取引等監視委員会が、ライブドアの行為の違法性を早い時期から真剣に検討し行動をチェックしようとした形跡がないことだ。
これは別に証券取引等監視委員会特有の問題ではないと思います。
鉄道事故、航空事故では以前から専門調査機関が弱すぎることが指摘されていました。
証券取引等監視委員会に対してもこの社説は「監視委は金融庁の下請けのような位置づけで、調査の権限が弱いうえ告発権もない。」としています。

専門機関・専門家にもっと責任を持たせて判定させるべきです。

身近な例としてはインターネット上の相談にしばしば見るようになってきたのですが「(法的に)解決するのには?」という相談の激増があります。
だいたいもめ事の解決には複数の手だてがあって、法的解決なんてのはそのごく一部のはずなのですが、いきなり「法的解決」です。かえって話がこじれるのではないか?と思うし、「相手が病的では解決にならないだろう」なんて印象を受けることもしばしばあります。

専門機関での調査経過などを公表しないといったことも専門機関が判断(判定)の主体になるにはとても実行不可能であるとの印象を受けますが、それでも「何でも警察・お役所」では無理なのだという現実に対処するためには、例えば鉄道・航空(場合よっては自動車も)事故で刑事責任を免責できる権能を持った「事故調査委員会」が無ければ事故を減らすのに効率的である、とは言えないでしょうし、証券取引等監視委員会も「自分がルールだ」と言い張ることによって「市場参加者には資格がある」と言えるという仕組みにすることが不可欠です。

なんでもかんでも裁判、ということのまずさはちょっと調べるとゾロゾロと出てくるし、そもそも裁判官は神様じゃないのだから(神様であることを要求してはいけない)裁判官も判定できないこともある、ということを承知していなければいけないのに、それを忘れているのが今の風潮ですね。

1月 22, 2006 at 10:11 午前 国内の政治・行政・司法 | | コメント (0) | トラックバック (1)

サーバー型放送を開始だそうだ

日経新聞より「サーバー型放送、2007年度開始へ・NHKも課金検討
NHKや民間放送のテレビ番組などを受信機に蓄積し、いつでも視聴できる「サーバー型放送」が2007年度中に始まる見通しとなった。放送、通信、電機メーカーなど約90社が参加するプロジェクトチームが3月末をめどに関連規格を統一、専用受信機の開発など本格準備に入る。NHKは視聴者から番組ごとに料金を徴収する有料放送として展開する計画だ。
2011年7月24日には地上波の放送は停波になって、テレビ放送はデジタル波(UHF帯の使用)に移ることになっています。
そこに「2007年度中にサーバー型放送を開始」って混乱の極みですね。
とりあえず、現状(CATV)から変えるつもりはないぞ。

1月 22, 2006 at 08:39 午前 新商品やお買い物 | | コメント (0) | トラックバック (0)