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2006.09.09

原発のタービン問題

毎日新聞より「原発タービン:損傷、日立の設計ミス 保安院が見方固める
経済産業省原子力安全・保安院は、中部電力浜岡原発5号機と北陸電力志賀原発2号機の蒸気タービンで大量に見つかった損傷の原因について、タービン本体の設計ミスによる金属疲労との見方を固めた。

このトラブルでは約1500億円の損害が出ると見込まれ、原因が設計ミスと断定されれば、最終的に設計ミスと断定されれば、両電力は日立に多額の損害賠償を請求する見通しだ。

調査結果によると、このタービンでは、外側から3番目の羽根車に逆流した蒸気が衝突し、羽根の接合部に、ひび割れを起こした。
さらに低出力の運転時に、この羽根車に取り付けられた羽根に不規則な振動が起こり、ひび割れを大きくする要因となったと推定している。

日立は蒸気の逆流や不規則な振動の影響について、外側から2番目の羽根車までしか考慮していなかった。

タービンの損傷は今年6月、浜岡5号機でタービンの異常振動による緊急停止が起きて発覚した。
同原発では計663本の羽根で損傷を発見。志賀2号機でも羽根258本でひび割れや欠損が見つかっていた。
「原子力発電所問題」として取り上げた記事の結末がどうやら見えてきたようです。

どうも今回の記事によると、停止するときに生じる蒸気の逆流による負荷の頻度を低く見積もったので、繰り返し運転で破壊した。と説明しているように思います。
つまりは、原子力発電所のタービンの運転パターンを知らない設計であった、となってしまいます。
分からないのは、なぜこれほど致命的なところで設計ミスをしたのか?です。

1970年代以前なら「やってみないと分からないこともある」で通用しましたが、今ではお金さえ掛ければシミュレーションでたいていのことはチェックできます。
だからこそ、自動車のモデルチェンジの期間を短縮することが出来るようになった。

また、「原子力発電所問題」に貼った写真のようにタービンブレードの根本に穴を開けてピンで留める方式をとっていますが、これはジェットエンジンの開発では、耐久力が無くて放棄された技術でもあるのです。
蒸気タービンとジェットエンジンは違うでしょうから、なんとも言えませんが潜在的に危険ではあった、と言えるでしょう。

なんか原子力発電所だから、核事故の危険がなければ大問題ではない、といったトーンの記事になっていますが、大型蒸気タービンの設計に失敗したことは重大な問題です。
核事故ではないけど、発電所が長期間止まることに違いはないし、ましてチェックできなかったのはどういう理由なのだ?が問題でしょう。

毎日新聞の記事では「日立は蒸気の逆流や不規則な振動の影響について、外側から2番目の羽根車までしか考慮していなかった」となっていますが、この「考慮する」がシミュレーションを含むテストを指すのであれば「テストしなくて良い」とする理由はコストの問題だったのでしょう。
発電機のタービンでは事実上取り替えが利かないのだから、事前に全部検査するしかないわけで、それを省略することを決定したのだとすると、どういう根拠があるのか?こそが追求するべきところです。

問題が極めて根本的なところにあることになってしまって、見かけ上の「破損」よりも大きな問題であると思います。

現時点ではこの問題が「設計ミス」で合意できていないようですが、設計ミスではないのだとすると材質不良となるのでしょうか?
一般的にはこれは無いはずなんですがね。
わたしは、天然ガス用のコンプレッサーの羽根を加工していましたが、ある時に作り直しになりました。
理由は材質を変更したらテストを通らなかった、でした。
つまり、材質が設計強度に耐えるかどうかはテストしているはずだ、となります。

動的な状態のテストや経年変化のテストは現物では確かに困難ですが、それでもシミュレーションを活用すれば何とかなる。
それが「外側から2番目の羽根車までは確認した」となったのでしょう。
つまりは、これは人災ですよ。

どれほどひどい話なのかは、タービン羽根が吹っ飛んだ浜岡5号機は営業運転開始が2005年1月18日です。
2006年6月15日にタービン破損で自動停止です。


1年半と持たなかった。

どうなるのでしょうか?
日本には幸いなことに、重電機メーカは複数ありますし、タービンなどをやっているメーカーは重電機以外にもありますから、全部を取り替えることも不可能ではないですが思い切り基礎的なところでこれはひどいと思う。

9月 9, 2006 at 02:19 午前 もの作り | | コメント (5) | トラックバック (0)

2006.09.08

新聞に出てしまいました

神奈川新聞より「高校生が自作ロボでサッカー大会/平塚
平塚市高浜台の県立高浜高校(井出真理子校長)生徒が、センサーでボールを追うサッカーロボットの製作に挑んだ。同校で七日、技術者の指導を受けて完成したロボットたちが小さなフィールドを駆けめぐる「大会」が開催された。
教室では「性能は合格点」と話す生徒たちの歓声が響いた。

同校二年の総合的な学習カリキュラム(前期)で行われた。選択した生徒は十八人。
ベンチャー企業育成やキャリア教育などに企業OBらが取り組む特定非営利活動法人(NPO法人)「コアネット」が協力し、その専門スタッフが指導にあたってきた。

ミニカー型のロボットは、プラモデルなどに使用されるモーターで動く。
内部に、赤外線や可視光線に反応するセンサーを搭載。障害物をクリアしながら、リモコン操作も必要なく、巧みに走り回る仕組み。

直径十五センチほどのボールには、二十個の電球が内蔵されている。
ロボットは、その光球をセンサーでとらえ、ゲームが展開される。
より精密な動きを実現させようと、自らプログラムに着手した生徒もいるという。

この日、同校物理教室で開かれた「ロボカップサッカー大会」では、生徒が六グループに分かれ、勝ち抜き戦を行った。
「工夫を重ねたロボットが思い通りに動いた時は、本当にうれしかった」と、生徒の一人。

担当の太田昌之教諭は「多くの生徒が、これまで見られなかった意欲と集中力を発揮した。
思わぬ長所を引き出す結果に結びついた」と、成果に満足する。
記事全文です。
この記事に紹介された、授業はわたしが属しているNPOコアネットが昨年と今年、イーケージャパン(ELEKIT)社サッカー・ロボ915を使用した「サッカー・ロボ製作」と題した授業を平塚の高浜高校で実施してきたものです。
新聞記事は正確な内容ですが、ちょっと実際とは違うように取れる部分もあります。

より精密な動きを実現させようと、自らプログラムに着手した生徒もいるという。

これでは、既存のプログラムがあったり、学校も含めて指導者側がプログラムを提供したのか、とも取れますが、18人(6チーム)の生徒は、われわれが提供したサンプルプログラムの利用を拒否して、自力で作りました。
正直な話が、全チームがそういう選択をするとは思わなかった。

新聞記事の写真にもありますが、通常光で発光するボールと、赤外線を発光するゴール、壁に当たったら方向転換する接触センサーの3つのセンサーがあって、これだけでボールをゴールに運ぶプログラムを作ります。

わたしは本当に高く評価しているのですが、メーカのイーケージャパン社の製品に対するポリシーが「全部は説明しない」「大人の指導者が必須で子どもたちだけでは作ることが出来ない」でして、一見プラモデルなどと同列でヨドバシカメラや東急ハンズでも「工作模型」といった分類で店頭展示されていますが、教育のためのキットで娯楽用とはちょっと意味合いが違います。

サッカー・ロボ915については、ロボット本体はプラモデルのようなもので組み立てに数時間かかります。
その後、PCで作ったプログラムをシリアルでダウンロードして自律型ロボットとして作動するものですが、なんとプログラムについてはほとんど記述がない。
組み立てについてはネジの長さを間違えないように、マニュアルで上で長さの確認が出来るネジの実物大のプリントがあるのにです。
マニュアルの記述は製作が進むにしたがって、自分で調べたり、大人に相談したりすることを強制するように書かれています。

1年半前に、試しにこれを作ったときには一応ソフトウェアの専門家が3人で「どういう原理でボールをゴールに運ぶのか?」を何時間か議論してしまいました。(^_^;)

さらに、3つのセンサーを同時に動かすので、3重ループが必須です。
しかも、制御全体はフィードバック無しのオープンループですから、場合によっては電池の電力が低下すると動作が変わる。
光学センサーは取付位置によって、自分の車体の陰になったボールを見失う。
といった具合に、よくもまあと思うほど次から次に問題が出てきます。
正に開発の過程そのもので「答えがないことに挑戦する」を体験できるのです。

18人の生徒に6台のロボット(1万3千円)を用意することが出来たので、3人で1チームにしました。
サッカー・ロボ915は、2輪・キャタピラ・多足歩行の3つのタイプを作ることが出来て、さらにギアボックス組み立てで速度も3種類を選ぶことが出来ます。

これを利用して、最初の授業で全く中身が分かっていない生徒に、仕様書を作らせました。そして名前を付けさせました。
これが「わたし(達)の子ども」と言い出すことに繋がりますし、第一隣のチームとやっていることが違うので技術などを盗むことは出来るけど、コピーは出来ません。考えないと何も出来ない。


わたしがコアネット側のリーダーということで、授業全体のコンセプトを作ったのですが社会人講師が関わるのですから、学校の先生とは違う刺激を生徒に与えたい、ということで実社会で必要なことを体験させようと考えました。

昨年は生徒(今どきの高校生)とはどういう子どもたちなのかをあまり理解していなかったので、ちょっと空振り気味であったと反省し、今年は気分的に気合いを入れて取り組みました。

まず、授業の目的ですが、今の高校生が生徒でいる間と社会に出てから必要なことのギャップの大きなところとして
社会人との会話の要領が分からない。色々な年齢や立場の人と話す練習をしていない。といったところがあります。
まあそりゃそうでしょう。ごく普通に我々のことも「先生」と呼びかけてくるか、どう呼んだらよいのか迷っているのが分かります。
社会人になっても「弁護士にはどう呼びかけるか」とか迷うのですから、高校生が迷うのは当然です。
これこそが「社会人講師が学校に行く意義だろう」と思っています。
広い意味でのコミュニケーション能力の向上に役立つ経験を積んで欲しいところです。

どこかでこれをは経験してもらわなければならないのですが、考えてみると今の子どもたちは高校生になるまで大人と会話するのが親と先生ばかりなのですね。
社会を構成している色々な人と話をする機会そのものがないのですから、社会では当然必要な能力であっても経験がないのも無理ありません。

NPOのボスが学校で「我々(社会人講師)を先生と呼ばないで欲しい」と言ったのはもちろんだと思いましたが、その後がちょっと待てよでありました。「街の中いる、普通のオジサンです。駅とか交番のお巡りさん・・・」
駅は券売機で駅員が居ないから会話はないですよ。交番は無人だし。
つまりは「大人(社会)との会話は現実に機会が無かったのだ」となりました。

そして、学校では当然ですが先生と生徒は基本的に一対一の関係であって、生徒と生徒が議論するのは特別な場合です。第一学校教育で、大人との話し方なんてことを教えるという概念はなくて、それは親や地域社会の分担するところであったはずです。

ところが地域社会で、子どもたちを相手する大人の立場が無くなってしまった。
以前から人気があった「初めてのお使い」というTV番組がありますが、スーパーとコンビニとATMと通販で買い物が済んでしまう時代では「お使いは経験できないこと」になってしまっています。

チームワークが不得手だという話はあっちこっちで聞きますが、社会で必要なチームワークは自然に相手を手伝う、思いやるといったことが優先で、スポーツのポジションを決めるようにあらかじめ決めるわけにもいきません。
それやこれやが重なって、「チーム内で相談して」と指示しても日ごろ議論していない子どもたちが、そうそうすぐにチームワークに切り替えることは出来ないでしょう。

そこで下手に「講師に聞けば」と指導してしまうと「だって教えてくれなかった」と反撃されるのは目に見えています。
教えたいのは「あらかじめ教えてくれることばかりじゃない」だし「間違ったことを教えることもありうる」です。
3人一組にしてしまったので、そもそもサボることができない。常に手不足な状態に追い込みました。

そして、「ここはこうやって」といった具体的に手取り足取りした指導はしないように心がけました。
そうすると時間内に予定した作業は終わりません。
この点については高浜高校に深く感謝するところですが、総合学習の時間が一日の最後(6時間目)に割り当てられていたので、「いくらでも延長OK」でした。

高校の一時限は50分間ですが、50分間で終わったのは都合で強制的に終わらせたときだけです。
一回は100分間続いたこともありました。

それだけ苦労すれば、毎時間どこか「良くできた」と本心からほめることが出来るステップを乗り越えますから、これはほめました。
生徒自身はわたし自身を振り返っても「どこが良くできたのか分からない」であったでしょう。
しかし、社会との関わりは

自分でやってみて、評価してもらう

が必要であって、教科書に書いてあることに向かって何パーセント達成したか、ではない提案して実現する、が必須です。
これを経験させるようにしました。

3人一組ですから、ロボット本体を触っているのが一名、パソコンを操作しているのが一名、なのでその他のすべてがもう一人に全部掛かってきます。
プログラム担当など決めませんでした。やり方も生徒自身に決めさせることもしませんでした。必要に応じてプログラムを議論する、メカニズムを修正する。といったことをやらせました。

そうするとプログラムについて議論している内に「ちょっとやらせて」とかなります。あるいは「ここをこうしたらどうだ」と指示する者も出てきます。
チームワークの本質である、役割分担を自然に始めます。これを「君はプログラム担当」とかやると「プログラム担当が悪いから」と投げやりにする理由になってしまうのです。

各チームは基本的にクラスメイトでしたが、総合学習でロボットを選択した理由が「友達に誘われた」なども多く、チーム全員が積極的であったのではないし、今の高校生は(昔からか)照れるから積極的には出てきません。
それが、何回かやると「この子がPC担当で、わたしが指示する」とか言い出した。
「そりゃSEと言うのだよ」などとやっていました。

このような「あっちもあれば、こっちもある」といった授業になって「これこそが総合学習だなあ」でしたが、最終的にわれわれ社会人講師にも、先生にもどうどうと高校生らしく対応できるようになったのは生徒が自信を付けたからでしょう。
昨日は、紹介した神奈川新聞の他に、タウンニュース(神奈川県内全域のローカル新聞)、地域FM局の取材があって、生徒にインタビューしていましたが、いずれも堂々たる対応で大人達はだれも心配しないで「勝手にやって」といった雰囲気でした。


よく「最近の若者は」といった括りで「表現力が乏しい」「大人の会話が出来ない」などと言いますが、高校二年生にもなれば「言いたいことはある」のが当たり前で、それを「言い出せる機会を社会が与えていない」のだから、練習できないのだ。と良く分かりました。
携帯電話やインターネットでの検索、電子辞書を使うと隣の言葉を見ることがない、などが渾然一体となって若者の内から出てくる力を押さえ込んでいる、とでも言うべきではないでしょうか?
大人(社会)はもっと若者と付き合わないといけないですよ。

9月 8, 2006 at 10:46 午前 教育問題各種 | | コメント (1) | トラックバック (0)

PS3のBD障害

ZAKZAK より「ソニー親子、不協和音…会見で怒り爆発
世代ゲーム機「プレイステーション3(PS3)」の欧州での発売を今年11月から来年3月に再延期したソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)。原因が本体のソニーが供給する基幹部品の量産の遅れとあって、親子間の不協和音も聞こえてくる。
ソニー全体のV字回復戦略への影響も懸念される。

11月11日の国内販売初日の出荷は10万台、年内でも100万台に限定される。平成12年のPS2では、発売当初の3日間で100万台を出荷しており、当初は大幅な品薄となるのは確実だ。

来年3月末までに世界で600万台出荷という当初目標は変更しないとしているが、発売中の米マイクロソフトのXbox360に加え、任天堂も年内にWii(ウイー)を投入する中、日米欧のクリスマス商戦で出遅れることになる。

1本10億円以上といわれる開発費用を投じている内外のゲームソフト会社にとっては、ハードの販売拡大の遅れは死活問題だ。

深刻なのは、延期の原因がBDドライブ(駆動装置)に用いる青紫色レーザーの半導体の量産が遅れていること。
作っているのは親会社のソニーだ。

久多良木氏は会見で「本当は(発売延期の原因となった)ソニーの担当者が(記者会見に)来るべきだが来ていない」とカンカン。
ソニーの製造技術や能力が落ちたのではとのマスコミからの質問には、「現時点ではその通りかもしれない」と答えるなど、穏やかでない心中がありありだった。

ソニーはノートパソコン用リチウムイオン電池の発火問題を起こしたばかり。
技術力への信頼も揺らぎかねない。
鳴り物入りのゲーム機がクリスマス商戦に投入できないとなると、ディーラー筋は今後の取引をかなり厳しく見るようになるだろうし、ユーザーも強烈なマニアだけになってしまうかもしれない。
それ以前に、そもそも7万円というのが疑問だが。

それにしても、ブルーレイ・ディスクのためのレーザー半導体の量産が遅れているというのはどういう事なのだろう?
少量生産なら出来る、というのはちょっと了解しがたい。

恐ろしく高コストのものならある、コンシューマー機器に使えるほど低価格で作るラインがいまだに完成しない、ということでないだろうか?
仮にこのようなことであるとすると、ブルーレイ・ディスクを推進するソニーの売り上げはとにかくとして、収益性はどうなのだ?となると思う。

engadget にこんな記事が出てました。「プレイステーション3:HDMI端子搭載版(もっと高いほう)もケーブルは別売り
プレイステーション3の北米版公式サイトによると、プレイステーション3はデジタルHD出力に必要なHDMI端子搭載版(オープン価格の「もっと高いほう」)であってもHDMIケーブルは同梱されないとのこと。

7万円近いHDMI搭載版に挑む選良たる我らにとっていまさら3000円や4000円の追加出費が何だ!
HDMIつきモニタは買えなくてもHDMI搭載版を買っておく者のために分割後払いを用意して下さったと思え!
いま「おもしろい会社」とか言ったやつは誰だ!歯を食いしばれ!
いやはや、これはコンシューマー向けのゲーム機の話なのであろうか? まあ、ハイビジョン対応のテレビ・ディスプレーもそろそろ増えては来ているが、標準とは言い難いからケーブルは別です。というのはありかもしれないが、どっちを向いているのだろうか?との感はつきまとう。

わたしはフライトシュミレータはマイクロソフトに移管する前からやっていたが、リアルになるほど無理になってきた。
PCゲームが急激に衰退したのは「やり過ぎ」との声は大きい。
長寿命のゲームが比較的単純なものが多いことを考えると、ゲームは高級化するべきものなのだろうか?
さらに言えば、コンシューマー向け製品の代表格であるテレビが、CATV化などで多チャンネルになると、年寄りが使えなくなった。選択が増えるのが良いとは言えないのかもしれない。

NIFCON では大広間で太鼓の達人をプロジェクターで投影して置いておいたら、子どもたちが遠慮無く叩いていた。
こういうある種の原始的な楽しみがゲームの基本ではないだろうか?なんか全体としてPS3のコンセプトは方向違いであるような気がする。
おまけに量産できないでは、どうなるのだろうか?

9月 8, 2006 at 12:00 午前 もの作り | | コメント (6) | トラックバック (0)

2006.09.07

靖国問題は通り過ぎたのか?

朝日新聞より「防衛大学校長、小泉メルマガで首相批判
五百旗頭真防衛大学校長が、7日に配信される小泉内閣メールマガジンのなかで、「靖国参拝一つで、どれほどアジア外交を麻痺(まひ)させ、日本が営々として築いてきた建設的な対外関係を悪化させたことか」などと批判した。
通算248回を数えるメルマガでの首相批判は異例だ。

「小泉政権5年をこう見る」と題した寄稿文で、五百旗頭氏は「信用という対外資産は、首相が靖国参拝にこだわったことによって大きく損なわれた」とも批判した。

その一方、「小泉首相のあり余る魅力と国民的人気がアジア外交への批判を封じている」と分析。
対米関係や北朝鮮訪問を評価したうえで、「アジア外交の失点は小さくないが、それは小泉首相が再浮上の機会を後継者たちに残したものと考えて対処せねばなるまい」と記し、次期政権での中国や韓国との関係改善に期待感を示した。
なんとまぁ見事にタイミングの悪いというか、悪いからこそ意図的に朝日新聞だから記事にしたのか?です。
韓国朝鮮日報の今(一日に何度も変わります)のタイトルです。

「世界で最も起業しやすい国」 韓国23位・日本11位
ヒル次官補「6カ国協議復帰、北説得は困難」
韓日海峡沿岸知事会議、7日開幕
「オーマイニュースが報じた潘長官の辞意表明は事実無根」
「中国は北朝鮮崩壊を望んでいない」
【国連事務総長選】ヨルダン王子も出馬
【歴史】中国、伝説まで利用して韓国史を歪曲
【歴史】中国「漢江流域は中国の領土だった」
【記者手帳】『グエムル』盗作騒ぎを無視してはならないワケ
日本上陸した『グエムル』が大苦戦
この中で注目するのは、「【歴史】中国「漢江流域は中国の領土だった」」などです。
これは、「東北工程」と呼ばれる韓国・中国の歴史認識問題の協議のようですが、こんな事になりました。
中国が、韓国の古代史そのものを中国史の一部として組み込もうとしている。

中国の社会科学院・辺境地史研究中心は最近、箕子朝鮮・扶余・高句麗・渤海についてすべて中国の歴史であると説明する大量の研究課題の要約をホームページ上で公開した。
社会科学院は中国で最も大規模な政府傘下の研究所で、2002年から「東北工程」を通じて、高句麗史の改ざんを主導してきた機関だ。

中国社会科学院が今回、研究内容の大量公開に踏み切ったのは、2004年に韓国政府と中国政府が交わした高句麗史歪曲(わいきょく)の中断合意を破り、韓国の古代史そのものをのみ込もうとする意図とみられる。

社会科学院・辺境地史研究中心はホームページに掲載した「東北工程」 に関する18に及ぶ研究課題の要約のなかで「戦国時代、燕国領土は韓半島(朝鮮半島)、漢江流域の真番朝鮮にまで拡大していた」とし、漢江流域まで古代中国の歴史に含まれ、中国の領土だと主張した。
漢江はソウルを流れる河ですから、朝鮮半島の半分は中国領だ、ということになってしまうのです。 この記事が出た昨日は日韓自動翻訳掲示板の enjoy korea で韓国側の発言が急に「韓国と日本が組んで中国に対抗しよう」とかになりました。

考えてみると当たり前の話で、日本・韓国・中国・アメリカ・ヨーロッパ・台湾など国々があるのですから、常に相対的であって、日本と中国・韓国とひとまとめに論じること自体が、相手の国にも失礼に当たるというべきでしょう。

逆にいえば「靖国問題だけなんとかすれば後はOK」ではないわけで、ますます複雑化する国際情勢についてはここまで単純化して語るのは間違えの元じゃないかと強く思うのです。

9月 7, 2006 at 08:53 午前 国内の政治・行政・司法 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2006.09.06

国産輸送機は商売になるのか?

日経新聞より「国産ジェット機、2012年度に商業生産・官民で1200億円拠出
経済産業省は三菱重工業などと進める初の国産ジェット旅客機の商業生産計画の大枠を固めた。
2012年度の運航開始を目指して民間出資による特別目的会社(SPC)を設立し、約1200億円の開発費を調達。
三菱重工が実際の開発・販売を引き受ける。政府は開発費の最大3割を補助金として拠出する方向だ。約半世紀ぶりの国産旅客機の実用化を通じて、航空機産業や部品・素材産業の国際競争力を高める。

開発するジェット機は72席と92席の2タイプの中小型機。競合機よりも燃費を2割以上良くする。
YS-11の時にも特別な会社を作ってやったのですが、技術的にはまあまあだったものの商売としては赤字解散に至ったのですが、それと何が違うのか?と思ってしまいます。

YS-11の時には、離着陸距離が短い割合に乗客が多いというのが先進的なコンセプトであって同時期に出てきたフォッカーF27との競争に勝ちましたが、今回の機体のサイズはすでに激戦区なのではないでしょうかね?

何かと話題のボンバルディアは50人乗りから始めて100人乗りまでシリーズで販売しましたし。私が承知しているだけでも、世界で3社ぐらいが同規模の機体の販売競争をしています。
航空機産業は大型機では多国間で部品生産をするのが当たり前になっています、またエンジンについては事実上アメリカの独占状態ですし、各種の規格の統合の問題であまり独自なパーツを作ることも出来ない。

そういうがんじがらめの状態の時に「全面独自開発」を打ち出すメリットがあるのかな?これは自動車に極めて近い構造ですね。
自動車は、電子化の進展で「自動車の価格の70%がダッシュボード周辺で占める」などという例えが出てきました。
日本では、電子部品メーカが多いしまとめるエンジニアリング会社も優秀な会社が複数あるので自動車の電子化は一気に進みましたが、アメリカでは部品メーカは自動車会社の子会社だから技術的に進歩しなかった。ヨーロッパでは自動車用電装品メーカが少ないからこれまた進歩しなかった。

車体やエンジンといった機械で作る部分では自動車産業は稼ぐことが出来なくなっている。
自動車メーカーは確かに車体を売りますが、商売として稼いでいるのは中身であってドンガラではない、となってしまっています。
飛行機で強烈なのはやはりエンジンで先日NHKで放送された、ジャンボにも使われている大型エンジンについてのメーカの情報独占ぶりはすごいもので、その上でタービンブレード1枚が70万円から200万円とかだそうで、実はエンジンメーカはメンテナンスで稼いでいる。
これこそがキーテクノロジーでしょう。ここに手を出せないのでは、ビジネスとしてのビジョンになっているのか?となります。

リスクが大きいから寄ってたかってというのはちょっと方向が違うのではないか?国が資金を出そうが、何社もが集まっても旅客機マーケットそのものが変わるわけもないだろう。
一方で航空機部品メーカとしての日本の企業は着実に重要な地位を占めていて、今後例えば軍用機の独自開発のための人材確保、といった理由で仕事を作るのだとしても、何もこれほどの激戦区に乗り込む理由になるものだろうか?
形を取ったが中身はない、といったことになりそうな気がする。
むしろ、もっと小型のチャーター向けのビジネスジェットとか方がビジネス的な可能性は大きいのではないかな?

9月 6, 2006 at 09:37 午前 もの作り | | コメント (6) | トラックバック (0)

2006.09.05

危険運転致死傷罪から裁判員裁判

西日本新聞より「泥酔運転?業過容疑で逮捕 「飲酒は追突後」主張 福岡県警八幡西署
福岡県警八幡西署は4日、車で追突事故を起こし、相手の運転手らにけがをさせたとして、業務上過失傷害の疑いで北九州市の容疑者を逮捕した。
容疑者は酒に酔っていて足がふらつく状態だったが

「酒は事故後に買って飲んだ。
事故前には飲んでいない」と主張

し、飲酒運転を否認しているという。

容疑者は事故直後に近くのコンビニでカップ入り焼酎(220ミリリットル)を購入。「事故を起こして腹が立ったので飲んだ」と話し、焼酎は半分ほどなくなっていたという。
しかし、呼気1リットル当たり0・7ミリグラムの高濃度のアルコール分を検出したことなどから、同署は事故前に大量に飲酒していた疑いがあるとみて危険運転致傷罪の適用も視野に調べている。
裁判員制度が始まる2009年(おそらくは4月)以降にこれと同様の事件が起きると裁判員になった人は難しい判断に直面しそうです。

裁判員裁判になる事件は限られています。

裁判員制度の対象となる事件より

代表的なものをあげると,次のようなものがあります。
  1. 人を殺した場合(殺人)
  2. 強盗が,人にけがをさせ,あるいは,死亡させてしまった場合(強盗致死傷)
  3. 人にけがをさせ,死亡させてしまった場合(傷害致死)
  4. 泥酔した状態で,自動車を運転して人をひき,死亡させてしまった場合(危険運転致死)
  5. 人の住む家に放火した場合(現住建造物等放火)
  6. 身の代金を取る目的で,人を誘拐した場合(身の代金目的誘拐)
  7. 子供に食事を与えず,放置したため死亡してしまった場合(保護責任者遺棄致死)
今回は幸い死者は出ていませんが、死者が出た酔っぱらい運転が危険運転致死傷罪か業務上過失致死罪かで、裁判員裁判になるのかならないのか?の違いが出てきます。

起訴は検察が行いますから、今回のように「事故前は呑んでいない」と主張しても危険運転致死傷罪で起訴されて裁判員裁判になる可能性はあります。

今回の事件では、事故後に飲酒したのは確定しているとすると、裁判で争われるのは「事故前の飲酒を隠すために呑んだ」という検察の主張と、「事故後に腹が立ったから呑んだ」という被告側の主張のどちらが真実か?となりますし、事故前に泥酔するほど呑んで事故になったから危険運転致死傷罪が相当である、となるのか事故前の飲酒は泥酔するほどではないから危険運転致死傷罪に当たらないとなるのか、といった争いになりそうです。

ここで、飲酒の量などが問題になるのですが、最終的には容疑者がどういうつもりで呑んだのか、によって刑罰が変わると言っても良いでしょう。
呑み屋での記録とかが出てくれば客観証拠になるでしょうが、客観証拠がない場合には自白(供述)内容によって判断するしかないです。

これが日本の刑法が「犯意によって刑罰が異なる」が出てくる典型的な例であるわけです。
犯意を見抜くのはプロの検察官や裁判官にとっては当然のことかもしれませんが、素人である裁判員にとっては難しいのではないか?と感じます。

どう考えても事故後に「腹が立ったから自販機で酒を買って呑んだ」はへりくつそのものだとは思いますが、それを突破できるものか、被告の考えていたことをあらわにすることが出来るものか、難しい話です。

9月 5, 2006 at 03:23 午後 事件と裁判 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.09.04

ゆとり教育を否定すれば良いことか?

サンケイ新聞より「6割超の親が「学力低下はゆとり教育のせい」 民間調査
子供の学力低下の原因に「ゆとり教育」の導入を指摘する親が65.6%に達していることが、NTTレゾナントと三菱総合研究所が実施した調査で分かった。他の理由では「学習内容の質低下」(48.3%)、「教師の質低下」(44.2%)などが続いた。

調査結果によると、ゆとり教育の問題点について「学習内容の削減」と「授業時間数の削減」を挙げたのがそれぞれ約8割に達し、圧倒的に多かった。

学校教育に期待する内容では「学習内容の見直し」が61.2%と最多で、「教員の質の向上」も53.5%を占めた。「教育費負担の見直し」や「道徳教育の充実」を挙げたのもそれぞれ4割弱と多かった。
難しい問題ですね。
ゆとり教育に原因があって現状があると判断しても、ゆとり教育ではない社会が共にあったわけではないので検証が十分とは言えないでしょう。
確かにゆとり教育は教育内容の変革ではありましたが、教育そのものではない社会も変化しているのだから、教育そのものに大きな原因があるのか、社会の変化も影響しているのかを見極めることは極めて難しい。

そもそも学校教育が成立する前提には、家庭でのしつけもあるわけで最近のよく言われる「しつけが出来ていない」とか「学校でしつけをするべきか?」といった議論だけでもしつけの問題はどうなのか?があります。
つまりは総合的に考える必要があって「ゆとり教育だけを非難すれば問題解決」でないことは明らかでしょう。

高校生と話してみると、会話をうまく使い分けることができない生徒が多いです。
今の高校生は1990年前後に生まれていますから、物心付いたときには携帯電話があった世代です。
電子辞書を使うのも当たり前、パソコンで検索することは常識。といった世代です。

携帯電話・パソコン・電子辞書・Googleで検索などは、パーソナルとダイレクトがキーワードで余分な情報が入ってきません。
パーソナル化の加速はチームワークが出来ない方向への加速でもあるのでしょう。チームワークあるいはグループ内での作業の分担といったことが出来ないのが大きな問題で、一言で言うと人の作業を手伝うことが出来ない、となります。

この部分については学校教育はあまり関係ないのでは?と感じます。
学校では、40人の生徒に対して一人の教師が対応するので生徒にとっては自分と教師という「一対一の関係」となります。
隣の生徒と自主的に共同作業をすることは授業では必要がない。試験中に自主的にやるとカンニングですね。

見かけは、チームワークが作れないですが、これがクラブ活動(特に運動部)に不熱心であり、論争などしないとなったりしています。
昔から高校生は電車の中では騒々しいものだと決まっていましたが、わたしが社会人講師を引き受けてからよく観察していると、多くの高校生が会話していないことに気づきました。

仮に4人のグループだとすると、誰か一人が他の3人を相手に話していることが多いのです。3人の間に会話がない。つまりディスカッションになっていない。これではチームワークが出来るわけも無い。

理科の実験が「時間内に終わらせるために、失敗しない内容ばかりになっている」とも聞きますが、チームワークが必要な最大の理由は「一人じゃできない」にあって、チームワークを教えるためには「失敗させること」が必要だと思うのですが実験や実習ですら失敗出来ない(やらせない)のではチームワークなどは身に付かない。
チームワークの基本などは学校で教えるべき事ではない、とするのならどこでいつ教えるのか?という問題になりますね。

これがすべてゆとり教育が原因であり、ゆとり教育を止めれば解決するのか?と考えると、無理じゃないのか?と思うし、まして「成績」という意味での学力向上だけを進めると、チームワークに現れる「人への思いやり」といったものがさらに失われる可能性もあるのではないか?と心配です。

9月 4, 2006 at 08:00 午前 教育問題各種 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2006.09.03

カルト宗教被害者の会

ものみの塔=エホバの証人 第12回 被害者全国集会 といった内容でした。

正直に言いまして、わたしは「エホバの証人」と「ものみの塔」が同じ物であることも知りませんでしたし、被害者の会があることも知りませんでした。

紀藤弁護士がカルト宗教問題に熱心に取り組んでいることは直接聞いていたし、わたしも知っている「シャロンテート殺害事件」のマンソンファミリーが今も存在するという話は紀藤弁護士から聞いていたので、驚きはしましたが多少は知識があるものだと思ってました。

統一教会については合同結婚式は「ヘンだろう」し極めて高価な「つぼ商法」も論外だとは思いますが、オウムやライフスペースといった死者が出た団体、聖神中央教会の女性信者暴行事件といった刑法犯などは民事・刑事で法的に罰せられるべきだと思っています。

逆に言うと、民事・刑事で問題にならないのならカルト宗教被害はあまり問題にはならないのではないか?と考えていたことになります。
これが昨日かなりひっくり返りました。

すごかったのは、元信者の方の体験談の一つで「二世問題」と言うのだそうです。
二世とは親が信者になって子どもの頃あるいは生まれたときには信者になっていた人たちのことです。
彼の話は、小学校時代に七夕までもが親から行事に参加することを宗教上の理由で禁止され、そのためにいじめられたということから始まったのですが、本当にもの凄いのは脱会する前後の話でした。
彼は創始者(チャールズ・テイズ・ラッセル)の墓の写真を入手し質問をしたことで「審判」に掛けられて、脱会しました。
この事で、母親とも兄弟とも絶縁して今に至っているとのことでした。

「審判でした」と聞いた途端に「異端審問を今もまだやっているのだ」と驚いたのです。

異端審問をしてまで組織防衛をする宗教団体はカルト宗教であると言わざるを得ないでしょう。
こんな世界がすぐ隣にあるということに驚いた一日でした。


この集会には、紀藤弁護士、山口弁護士、山本ゆかり、藤倉善郎(自己啓発セミナー対策ガイド)といった良く顔を会わすメンバーが参加したのですが、藤倉さんが月刊「新東亜」を持ちこんできました。
月刊「新東亜」は韓国の新聞社・東亜日報が発行している月刊誌で日本の「文藝春秋」などに相当する社会評論雑誌です。

新東亜が統一教会批判記事を掲載したことで、2006年8月22日に統一教会員700人がが東亜日報社屋に乱入して、8時間にわたって立てこもったという事件がありました。

東亜日報社説 「統一教の本社乱入、国民の知る権利に対するテロ
朝鮮日報コラム 「東亜日報の受難

藤倉氏は問題となった生地が出ている「新東亜」を持ってきました。話によると都内のコリアタウンで売っているとのことですが、現物を見ることが出来るとは思っていなかったので、興味津々でした。
本の形は文藝春秋などよりも一回り大きく厚く、ちょうど漫画雑誌のサイズでした。

9月 3, 2006 at 02:15 午後 日記・コラム・つぶやき | | コメント (39) | トラックバック (0)

アルバイト・フリーターの正社員化問題

iza by 産経新聞社より「25~34歳層の解けぬ氷河“非正社員化”
総務省の四半期ごとにまとめる労働力調査詳細結果の平成18年4~6月期平均では、就業者のうち雇用者(役員を除く)は5101万人で前年同期比で69万人増えた。
うち正社員は同46万人増と2期連続で増加。
14年の同調査開始以来、最高となったうえ、非正社員の増加数(23万人)を初めて上回った。

年齢層別で正社員の増加が目立つのは、雇用環境の改善が顕著な新卒中心の15~24歳で、18万人増えた。
また、55~64歳も、企業に65歳までの雇用延長を義務づける改正高年齢者雇用安定法が4月に施行された影響などで28万人増加した。
ただ、25~34歳の層では正社員が6万人減る一方、非正社員は9万人増加し、非正社員化が進行中だ。
平成8、9年を中心とした就職氷河期に高校や大学を卒業した年代層で、正社員になれずパートやアルバイトのまま“高年齢化”していることがうかがわれる。

厚生労働省では「正社員になりたくても容易ではなく、職業能力開発の機会も乏しい」と分析。
不安定な雇用と正社員の6割程度という低賃金のために、結婚にも踏み切れず、少子化の要因にもなっているとされる。
厚労省では、19年度予算の概算要求で、非正社員の正社員化のための機会拡大に向けた施策に12億円を新規要求。
ハローワークでの企業の合同説明会・面接や、非正社員の能力開発を行う企業に助成するなど、同年代層の正社員化を促す考え。
同時にこの層で100万人近い「年長フリーター」についてもグループ訓練などを通じて正社員化を支援する。
現在30歳ぐらいの人たちが就職氷河期といわれていた時期の状態のまま10年が過ぎてしまった、ということでしょう。
なんで景気が回復しても、企業がこの人たちを採用しないで新規学卒者や定年延長などに向かうのか?が問題で、記事では「職業能力開発の機会も乏しい」と表現していますが、この説明では今ひとつ分からない。

スッパリと「就職しない限り、職業能力開発の機会が無いからだ」といった方が明快ではないか?

日本企業は学校教育をアテにしないで新入社員を自社の教育能力で育成してきた。これは、町工場ですら同じ事をやっていた。これに対して誰が来てもすぐに同じ仕事が出来る、とマニュアル化した職場を作ったのがパートやアルバイトで、正社員に要求する仕事とパート・アルバイトに要求する仕事を分けてしまった。

就労の形としてのパートやアルバイトが職業能力の向上につながらないのではなくて、職業能力が低くても成立する分野がパートやアルバイトの職場にある、ということでしょう。
さらには、正社員の場合は配置転換や転勤といったことで職業能力の変革が必須ですが、パート・アルバイトは配置転換や転勤がないことを前提にしているから、職業能力も特に変革することなく勤務することが出来ます。

このパート・アルバイトの就労状態の現実を考えると、どうやって正規社員にするのか?というのは、無理に近い。
もし賃金や手取りの問題であるのなら、最低賃金法の問題だろうし、一方で偽装請負のような正社員の仕事をパート・アルバイト・請負に置き換える事で、「なりふり構わず、将来構想もなく人件費削減自体が目標」といったバカバカしい経営を排除するような、方向に向かうべきだろう。

もう一つの側面として賃金の問題ではなく、正社員になれない人たちの社会性の問題だ、というのであればこれは大問題で、子どもたちにどうやって社会性を身につけさせるか?という教育の根幹のところを対策しなくてはならない。

おそらく現実はこれらのことが複合化して現状を作っているのだろう。
対策を考えるのは良いが原因とか理由とかを整理しないで対策など作ることが出来ないと強く思う。

9月 3, 2006 at 11:20 午前 国内の政治・行政・司法, 教育問題各種 | | コメント (7) | トラックバック (1)

新幹線新駅騒動その2

「新幹線新駅騒動が露わになってきた?」の続きです。

滋賀報知新聞より「新幹線新駅「凍結」議論入口で足踏み
嘉田由紀子知事の当選後初の新幹線新駅設置促進協議会の正副会長会議が、三十日に草津市内のホテルで開かれ、会長の嘉田知事、副会長となっている国松正一栗東市長ら関係六市長(栗東・草津・守山・野洲・甲賀・湖南)が出席した。

このなかで嘉田知事は新駅凍結に向けて、「JR東海に対して促進協議会として新駅の工事中断の申し入れ」を提案したが、各市長は(新駅設置促進に向け)関係市でも議会で議決を経てきた経緯があり、県の一方的な変更で計画を止めるのはいかがなものか」など強く反発、踏み込んだ議論はなされなかった。

新駅予定地・栗東の国松市長は会議後、記者会見で「凍結の事実をつくる前に、凍結を議論する資料を提示してほしい。新駅が不便、本数が少ないとする根拠や、法的問題も」と注文した。

これに対して嘉田知事は「(新駅計画を検証する)特命チームでデータをつくって出していきたい」とし、その上で「関係者から合意をもらい、民意としての凍結へ意見を集約したい」と話した。
嘉田由紀子知事が新幹線新駅の建設凍結を周長して県知事選挙に当選したのが、7月2日であるから夏休み明けに初会合となりました。
新聞記事によると

知事は「JR東海に対して促進協議会として
新駅の工事中断の申し入れ」を提案

となっていますが、促進協議会は各市が新駅建設に賛成として機能してきたのだから、いきなり「県知事が反対だから、促進協議会も反対のはず」というのはさすがに無理があるだろう。

原理的には、県が新駅建設の予算を執行しない=金を出さない、ということなのだろうが治外法権ではあるまいしそんなことも出来ない。
JR東海も新駅建設の契約主体が促進協議会つまりは地元であるとしているわけだから、促進協議会の意志決定のプロセスがどうなっていて、それを偏光するのにはどのような手続きが必要なのか?といったところが問題になるのだろう。

どういう展開になるのか、非常に興味深い。

9月 3, 2006 at 10:30 午前 国内の政治・行政・司法 | | コメント (0) | トラックバック (0)